Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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大人の時間

副題は cigar kiss に対して、精神的な口づけで乾杯しているという意味で英訳したけど。
どう見ても誤訳ですね。でもいいんです。気分なので。


第三章 Daily Life
51 glass kiss


 カランと氷の音がする。

 

 楓とミズキが飲み始めてから小一時間ほどは経っただろうか。

 

 ミズキはチラリと店内を改めて見渡してみる。

 

 さほど広い店ではない。

 カウンターでは店員が一人コップを拭いているくらいで、人気は少ない。

 

 店全体の壁面の中段は水槽になっているようで、熱帯魚がゆったりと泳いでいる。店全体は若干暗めだが、水槽越しの明かりが何とも良い雰囲気だった。

 

 オッサンが勧めるだけあるな、と思いつつも、普段行く店に比べれば、ちょっと頼むのに勇気がいるような値段にちょっと慄いたのだが、本日の連れは全く動じた様子も見せなかった。手慣れた様子で、白金の薔薇が描かれたバーボンを喜々として頼んでいた。

 

(それ一杯で、何回もランチに行けるわ・・・それを躊躇もしないで)

 

 経済観念が残念というよりは、楓は昔からお金を使うのが楽しいというような感じがして、普通の人が悩むようなところを全く悩まない。まぁまぁ高給取りなせいでもあるが、投資やら何やらにもつぎ込んでいるようで、手慰みに始めたと言っていた割には儲けを出しているからかもしれない。

 

 ミズキは自分の手元にあったカクテルをクイッと飲み干すと、楓と同じ物を頼む。スッと置かれたそれを唇を湿らせ程度に軽く舐めると、楓に視線を移した。

 

 他愛もない話だけをしていて、本当に聞きたいことは聞けていない。

 

 だが、それは互いに酔ってでもいなければ、話せないことでもあった。

 

 いい感じにアルコールが体に回って火照っているが、不思議と頭はクリアなままだった。

 

「・・・USBの中身は確認したわ」

 

 ミズキがそう切り出すと、楓は軽く笑みを浮かべて、グラスを呷った。

 

「・・・本当なの?」

「確度はかなり高い」

 

 話している内容はかなり機密性が高い。自然、二人の言葉は傍から聞いては何を言っているのか分からないようになる。

 

 ミズキが確認したUSBの中身はこうだ。

 

 延空木事件に匹敵するであろう事件が近い内に起こること。

 本部の人員では対処ができないこと。

 千束とノバラ、すみれが対処に当たる必要があること。

 一方ですみれは健康上の理由から無理はさせられないこと。

 

 そして、現在もとりわけ危ない組織が暗躍し始めていること。

 

 これらを分析したデータと楓の考察をまとめた内容がUSBの中に保存されていた。

 

「それであの子たちを?」

「・・・頼むよ」

 

 懇願するような楓の様子にミズキは違和感を覚える。

 

「いいけど・・・楓、アンタ、本当にそれだけ?」

「どういう意味だい?」

「こう言っちゃなんだけど、アンタ、それくらいじゃ悩まないでしょ?」

 

 元来、楓は研究者らしい研究者だ。

 専門は情報工学とは言え、基本的に自分の好奇心や研究心が最優先で、他人の都合など省みない。

 ラジアータ関連を含めた、次世代AIの研究にしたって、他を蹴落としてでも自分がやろうとするくらいにはガツガツしていた。

 

 ミズキ自身も含めた同期の者には、色々と気を遣っているところもあり、情が深い部分は確かにあったが、それにしたって、研究を抜きにした話である。一度研究に没頭し始めてしまえば、それこそ何かに取り憑かれたかのように、あるいは全てを忘れてしまいたいようなのめり込みっぷりで、ノっているときの楓の様子には、ミズキも引くほどであった。

 

 それが、次世代AIの開発と実証を兼ねるとは言え、リコリスの司令官なんぞになったというのは驚きであったし、ノバラはともかく、すみれやその他の人員への関わり具合は、司令官というよりは保護者のようなものであり、楓の研究者らしさが薄くなっているようにも感じていた。

 それがどうにも奇妙でならない。

 らしくないとは言わないが、ボタンを掛け違えているような納まりの悪さを感じる。

 

「ミズキには敵わないな・・・だが、今は話せない」

 

(機密が高くて、ヤバい話が関わっているのか。つくづく厄介事に好かれるわね、あの子)

 

 そうなれば、わざわざUSBでデータを渡してきた理由も見えてくる。

 

 今の喫茶リコリコは某子リスのせいで、DA本部並みには情報セキュリティがガチガチだ。まず中で取り扱っているデータが表に出ることはない。

 

 そして、口で話さなかったのは、内容がそれなりにヤバいと楓が思っているからであり、迂闊に口に出すつもりがない、ということでもある。

 現場担当者のノバラが思っていることを勝手に話すことと、司令官としての楓が話すことでは重さが違うし、その内容も一段階濃い。

 

「だから、ノバラか・・・」

「そうなる」

 

 DA仙台支部エクストラの実質筆頭。

 最上ノバラの関わった案件は厄介事が多いと言われるが順番は逆だ。

 厄介な案件にそうと周りに知らせずノバラを投入しているからである。

 

 信頼されていると言えば聞こえは良いが、実態は上層部が押し付けているのである。何しろ使い勝手がいい。

 

 フキの最優。任務に忠実かつ冷静。

 千束の最強。圧倒的身体能力と洞察力。

 

 この二つを受け継いで高いレベルでまとめている。ここにノバラ自身の隠密能力が加わるのだから、基本的に万能の手札なのだ。

 

 DA札幌支部時代にはそれこそ日本全国に単独派遣されていたくらいだ。

 

 表の作戦の裏で、油断した相手の喉笛に背後から食らいつく、狩りの名手。

 

 ノバラが『影狼(shadow wolf)』と呼ばれる所以でもある。

 

「そりゃあ、荒れそうね・・・」

「まぁ、いざとなったら、敵味方通りすがりも全部ひっくるめて全力で振り回すようなヤツだからな。平穏に終わることを願うよ」

 

 楓のあまりの評価にミズキは思わず苦笑した。

 自らの妹みたいな千束も周りを振り回す台風みたいで大概だが、姪っ子のような存在でもあるノバラはそれに輪をかけて酷いことがよく分かる表現だった。

 

「そう言えば、たきなのことは?」

「ん?似ているのは、見れば分かったが、姉妹云々は知らんぞ?」

「そうなの?私もたきなを見ていて、誰かに似てるなぁとは思ってはいたけど、昨日ノバラを久しぶりに見て、ああ、コイツだ、と思ったわ。楠木さんから、何か言われていないの?」

「それ関係は特に言われていないな・・・私がノバラを異動にかこつけて引き抜いたことには未だに愚痴を聞かされるが」

 

 DA仙台支部でデイジーが本格稼働するに当たり、開発主任であった楓が特殊作戦群司令官に抜擢されると同時、必要十分な戦力として、縁のあったノバラを指名した。ノバラのことは楠木も狙っていたのだが、後輩の泣き落としに絆され泣く泣く楓にノバラを渡したという経緯がある。

 

「あはは・・・でも、あれ、謂わばご祝儀でしょ?」

「それでも言わずにいられないんだろ。アイツが使えれば、本部はもっと楽だったろうからな」

 

 延空木事件でも、後手に回らずに済んだかもしれないことは確かだ。

 真島の能力と異様なタフさは厄介だったが、正直、千束よりも相性が良かったことは確かだ。あれ程大きい事件になる前に終息できた可能性は高い。

 

「でも、それだと千束は・・・」

「間に合わなかったかもしれないな。あの子も方々調査はしていたみたいだが」

 

 しかし、あの事件があったからこそ、千束は助かったとも言える。それを考えれば、クルミを仲間に引き込めたのは僥倖だった。クルミがいなければ、辿り着けなかったであろう。

 

「不思議なものね・・・」

 

 意味のないような巡り合わせが後になってから、重要な意味を持つこともある。

 

「人生とはままならないものだよ」

 

 ちょっと澄ました顔で楓はにやりと笑みを浮かべてグラスを掲げて見せた。

 

「・・・じゃ、ままならい人生に」

 

 そう言って、ミズキも同じように笑みを浮かべてグラスを掲げる。

 

「「・・・乾杯」」

 

 口に入れたバーボンは苦くて、そしてどこか甘かった。

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