Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
昼近くになって千束はすみれを伴ってリコリコに出勤した。
「いらっしゃいませー」
(ん!?・・・あれ、たきな!?縮んだ!?)
青いリコリコの給仕服に身を包んだ少女が千束達を出迎えた。
ツインテールにした黒い髪がぴょこぴょこと揺れている。
前髪を上げるようにおでこの上辺りで結ばれた黒いリボンはクルミとお揃いか、そもそも彼女のものか。クルミは千束たちを出迎えた少女の様子をカウンターに座ってにやにやしながら見ていた。
ちょっとだけつり目気味な少女は、少しだけ頬を染めて、首を傾げながら、千束の顔を覗き込んだ。
「あー!ノバラちゃんだー!かわいいー!」
千束が気付くよりも早く、後ろから千束を追い抜いたすみれがそう声を上げながら、少女に抱き着く。
(・・・って、ノバラかよ!?焦った・・・たきなが小っちゃくなったかと思った・・・)
「おっ・・・と、すみれ。大丈夫そうね?」
体格差も体重差も結構あるだろうに、ノバラはすみれが突撃するように抱き着いてきたにも関わらず、吹っ飛ばされることもなく綺麗に抱き留める。よしよし、とノバラがすみれの頭を撫でると、すみれは幸せそうな顔をするが、次の瞬間に何かを思い出したように頬を膨らませた。
「うん?・・・あーっ!ノバラちゃん、酷いよ!すみれを置いていくなんて!」
「ごめんごめん。でも、それもお仕事の内だからねー。千束なら怖くないでしょ?」
ぽふぽふと軽く頭をたたいてやれば、すみれは唇を尖らせながらも不承不承といった感じで、甘えるようにノバラに持たれかかった。
「・・・うん。千束ちゃんのごはんおいしかったし」
千束はその言葉を聞きながら、最低限姉の尊厳は保たれたな、と内心で安堵する。
「ありがとう、千束」
真っすぐにお礼を言ってくるノバラに千束はやれやれとため息をついた。
「まったく。すみれが大泣きして大変だったぞ?んで、楓さんは?アンタはともかく、楓さんは許さん」
「ざんねーん、司令は、本部に行ってまーす。そして、そのまま、仙台へ帰還でーす」
「なぁ!?あの人、マジ逃げかよ!?」
「んー?というよりは、タイムアップだね。楓さんなりにすみれをなだめようとはしてたみたいだけど」
ダメだったんだね、とノバラが苦笑する。
「だって、しれぇ、酷いんだよ?仕事だから仕方ないだろってしか言わないんだもん」
いや、さっきノバラも同じこと言ってたでしょ、と首を傾げ、千束はノバラを見ると、頬を掻くような動作をしてから、口の辺りに手を当てたので、内緒話か、と千束が少し体を屈める。
「・・・分かるでしょ。子どもがお父さんとお母さんから同じこと言われているのに、どっちかの言うことしか聞かないみたいな感じ」
あぁ、と目の前にいる少女を見ながら、うんうんと頷いた。
(フキが、私とノバラが一緒に暮らしているときは、お前が甘やかすから、ノバラが私の言うこと聞かないんだろ、とかなんとか言ってたっけ?・・・あれ、でもその後に、あんなに素直だったノバラが私の言うこと全然聞いてくれないんだけど、ってフキに怒った記憶もあるな)
この場合どっちが父親役でどっちが母親役かな、と益体もないことを考える。
客観的な目線で言えば、口うるさいフキが母親か。後者を考えると、千束は単身赴任していて、たまに帰ってくるお父さんである。
ノバラたちの場合はもっと分かりやすく、明らかにノバラがお母さんなわけであるが。
「・・・それじゃ、元凶はやっぱりお前か!?」
「てへ?」
いつものとおり笑って誤魔化すノバラだが、普段の目隠れ状態ではなく、小たきなの様相のノバラは非常に怒り辛い。
なまじ相棒に似ているせいで、いつも通りに接していいのか、千束は少し戸惑って、ぐぬぬ、と拳を握るに留まる。
「・・・ふ~ん?」
その様子を見て、ノバラはにたぁ、と笑みを浮かべた。
(あ、また、碌でもないこと考えてやがるな!?でも、これないける!)
普段、たきなが絶対にしない表情なので、千束はいつものとおり、遠慮なくノバラの頭に拳骨を落とす。
「てぃ!」
「んきゅぅ!?」
何か変なことを言おうとしていたノバラの機先を制する形で、千束がノバラを叩いたので、ノバラが変な鳴き声をあげる。
「まったく!すみれだって、子どもじゃないんだから、ちゃんと話してやりな!」
「・・・ふぁ~い」
若干、涙目になりながら、叩かれた頭をさする様子はちょっと可愛らしかった。
だが、まぁ、ある意味確信犯なので、あまり反省の色は見られない。
「ちぇ~!クルミちゃん、ダメだったよ!」
「だから言っただろう?さすがの千束もそんなんじゃ誤魔化せないって。約束通り、お昼の賄はノバラが作るんだぞ~」
「うぇ~い・・・」
ノバラが肩を落としながら、厨房の方に歩いて行く様子を見るに、どうやら、千束がたきなに寄せてきたノバラに甘くなって、すみれの件が誤魔化せるかどうか賭けていたらしい。
「・・・君らねぇ・・・」
千束がこめかみに青筋を浮かべるが、まぁ、座れとクルミが千束をカウンターに座るよう促す。
ちなみに、すみれはノバラニウムを補充すべく、おんぶお化けとなって、ノバラと一緒にキッチンへ入っている。
「千束、あんまり怒ってやるな。あれで、「すみれ、大丈夫かな?」、「千束、怒ってないかな?」って、ずっとそわそわしてたんだぞ?見てられないから、ボクがたきなとお揃いの格好してみろって言ったんだ。・・・あ、リボンはボクのサービスだぞ。ノバラは鏡見て、これならいけるって言ってな。ボクはさすがにそれで誤魔化すのは無理じゃないかって言ったんだが」
「あはは。しかし、あの子がそんな心配をね~・・・」
意外と言えば意外だった。
千束にして見れば、昔のノバラの印象が強く、自由気ままで、他人に気を遣ったり、心配したりというタイプではなかった。実際は、他に気を回すほど余裕もなく、自分のことで手一杯だったのかもしれないが。
「・・・そういや、たきなは?」
千束は相棒の姿を探してきょろきょろと辺りを見回す。クルミが下を指さしたので、射撃場で練習中なのだろう。
「あら、びっくり。そんな状態のノバラをたきなが放置するなんて」
「たきなはある意味共犯だからな。ノバラがたきなにそんな姿を見せるわけないだろ」
「ああ、なるほどね」
ノバラはたきなのところに泊まることになるのだから、そんな様子を見せてしまえば、たきなが気に病むかもしれないということだ。
その点、クルミは無関係だから、気が緩んだということであろう。
完璧振っている割に、そういうところで脇が甘い。
意外に隙の多い妹の様子に千束はくすくすと笑った。
「ありがと、クルミ」
「んー?」
千束のお礼の言葉に、クルミは思い当たりがないような顔をするが、その素知らぬ様子を見ながら、千束はにやりと笑みを浮かべた。
「・・・アンタもあの子に気を遣ってくれたんでしょ?」
そう言うと、クルミは慌てたように腕をばたばたと振って、顔を真っ赤にした。
「ち、ちがっ!?ボクはそんなつもりじゃ!?」
「いいじゃん、照れなくても・・・」
にひひ、と笑いながら、千束がクルミのおでこを人差し指でつんつんとすると、クルミは口を尖らせるようにしながら、もごもごと言い訳する。
「・・・ボクの隣でそわそわされて、目障りだったから・・・。それに・・」
「んー?それに?」
「お前の妹なら、ボクの妹みたいなもんだろ?」
えへん、と胸を張ったクルミを見て、千束は声を上げて笑った。
(これはたぶん、お互いが、自分の方が姉だと思ってるな!)