Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「は~い、できたよー。お昼は『はらこめし』でーす!」
はらこめしとは、酒、醤油、砂糖を合わせて煮たてたものに、鮭の切り身を入れて煮た後、それをとりだし、はらこ(いくらの分ける前段階のもの)を五十度から六十度のお湯で静かにほぐして、ザルにとり、水を切る。そして、最初に作った煮汁に軽く入れてから、すぐに取り出し、これを醤油、みりんを合わせた調味液につける。水の代わりに最初の煮汁を入れて米を炊き、できあがったごはんに煮た鮭とはらこを上に乗せて作ったものである。
誤解覚悟でものすごくざっくり説明するとすれば、鮭の親子丼である。
ノバラが厨房に入ってから、思ったより時間がたっていないところを見ると、どうやら先にある程度の下ごしらえをしていたことが分かる。
(誰が賄を作る予定だったとしても、出す予定だったなぁ。これは)
幸いにも(不幸にも?)、今日は昼時でも客がいなかったことから、リコリコの面子全員でノバラの賄に舌鼓を打っていた。
(・・・ノバラめ。私らは実験台か・・・おいしいからいいけど)
せっせと給仕しながら、ノバラがこっそりメモを取っているのを認めた千束は、皆がどんな反応をしているか、ちゃんとおいしいのかを確認していることに気づいていた。
ノバラが普段から料理をしているのは分かるが、食べるのはすみれと楓くらいだと想像できる。この二人の舌は、ある意味ノバラが調教済みなので、いまいち自信がないのかもしれない。
「ん・・・おいしく、できてますね。ノバラ」
「ありがとう、たきな!・・・味、濃くない?」
「良い塩梅ですよ」
「よかったぁ・・・」
ほっとした様子のノバラを見るに、比較的食いなれている面子以外の、たきな、クルミ辺りを気にしているようだった。
なお、クルミはスプーンでかっ込んでいるので、聞くまでもない様子である。
「ノバラちゃん!おかわりー!」
「はいはい」
一番に食べ終わって、おかわりの手を上げたすみれにノバラは苦笑しながら、次の一杯をよそっている。
ちらいとそちらに目を向けて見れば、結構な量がまだ余っているようだった。
(そう言えば、すみれはハンパない量を食べてたなぁ・・・)
昨日の狂気のずんだ祭りでは、絶対食いきれないだろう、とちらりと思う程度には量があったにも関わらず、いつの間にか全て無くなっていた。確かに千束たちも相当量食べたが、腹をパンパンにするほど頑張ったサクラとケロリと食べ切ったすみれが大半を食べたと言っても過言ではあるまい。
その胃袋を満たそうと思えば、その量もさもありなん、といったところか。
「ノバラ、ボクにもくれ」
「それでは私も」
「くっ・・・・・・わ、私も、いやいや、やっぱダメ!」
「はいはい。クルミちゃんとたきなねー。ミズキはお茶にする?」
「・・・そうするわ~・・・はぁ~・・・はらこめし、結構高いし、そうそう食べられないのに・・・せめて!せめて日本酒が飲めれば!」
クルミとたきなは昨日のカロリーオーバーをまったく気にした様子もなく、普通におかわりをするようだが、ミズキは血の涙を流すようにして悔しがっている。ノバラが淹れたお茶を飲みながら、このお茶が、酒ならな、とばかりに恨めしい表情をしていた。
「ミズキ、昨日、司令と結構飲んだんでしょ?休肝日作らないと体壊すよ?」
「だから、今日飲んでないんじゃない!」
「でも、食べすぎは気になると?」
「あんたらみたいにすぐにカロリー消費できると思うなよ!?見ろ!千束だってちょっと気にしてるだろ!?」
飛んできた流れ弾に千束はビクッとしながらも、明後日の方を向いて誤魔化そうとする。
たきな辺りから言われるならまだしも、ミズキに言われるのはショックがでかい。
「いやー、私はちょっと、昨日食べ過ぎたからー、ちょおっと胃がもたれてるかなーって」
満更、嘘でもないが、やや苦しい言い訳だった。
その言葉を聞いて、ノバラが思わず目を潤ませるが、何というかウソくさい。
「そ、そんな!千束お姉ちゃん・・・ごめんね、私がいっぱい作りすぎたせいで・・・」
うるうると涙で目を潤ませ、寂しそうな表情をするノバラ。
(くぁぁぁっ!?演技だって分かってるけど、私が悪いみたいだろ!?)
主にたきなが無表情のままこちらを見ている様子が怖い。その目は、いいから食えよ、ノバラが作ったおいしいごはんなんだぞ、と言っているようだった。千束はその圧力に屈して、ふるふると震えながら、器を差し出した。
「わ、私も、もらおうかな!」
ぱぁっとノバラが顔をキラキラと輝かせるが、千束には分かる。これも演技だ。
「いっぱい食べてね!」
心なしか多めによそわれて返された。
千束は、今後のダイエットを思って、遠い目をした。
「先生もおかわりどうですか?」
「じゃあ、もらおうか。・・・ノバラも大分料理が上手になったな」
ミカがおかわりを持ってきてくれたノバラの頭を撫でると、ノバラはちょっと恥ずかしそうに笑みを浮かべている。
ミカも訓練生時代のノバラを見たことはあるはずだったが、久しぶりにノバラと会ったとき、すぐに思い出すことができなかった。喫茶リコリコを始めた頃、お祝いと称して、花を持参したリコリスが千束を姉と慕っており、自分のことを先生と言うので、そう言えば、とやっと思い出したほどだ。
以来、何かに付けてやってくるノバラは、千束を娘とすると、遠くに住んでいる孫のように思えていた。そんな彼女が、会う度に色々とレパートリーを増やし、腕自体もメキメキと上達している様子を見るのは嬉しかった。
まぁ、今回のはらこめしは喫茶りこりこで出すには合わないが、昨日のずんだは中々良かった。いくつかは、メニューに加えることを真剣に考え、ノバラにレシピの提供も受けている。
(ふむ。だが、ノバラは、腕も問題ない。調理関係を任せようか?)
通常は、パフェ関係については、千束、たきな、ミズキが作るが、この店の売りの和菓子やコーヒーはミカが作っている。しかし、ノバラなら、コーヒーはともかく、和菓子を任せてもいいだろうと思う。
この配置ならすみれを接客に回せば、距離を保たせることもできる。
ミカは楓から一つの依頼を受けている。
それはすみれに自立心を持たせること。少なくともノバラへの依存体質を少しでも改善することだ。
これは、楓なりの危機感ではあるのだろうが、ミカも二人の関係を見て危ういとも感じていた。
千束とノバラの関係は年が近いながらも母と子のそれだったが、ノバラの精神の成長とともに、概ね姉妹関係で落ち着いている。これはフキでも同様だ。
一方で、ノバラとすみれの関係は一見すると、母と子の関係に見える。だが、ノバラはどちらかと言うと姉として接しているのに対し、すみれは母を求めているような節もある。この微小なかけ違いは後々、大きな問題を孕みそうではあった。
だからこそ、楓も今の内にすみれの成長を促し、千束とノバラと同じような姉妹関係に落ち着けようとしているのだろう。
その意味では適度にべったりの状態から離すことができる、喫茶リコリコでの働かせ方は丁度良い感じではある。
千束がサポートに付くことを考えれば、おそらくだが、すみれはそれで何とかなるかもしれない。
だが、ミカはノバラの方が心配だった。
ノバラは見た目こそ子供っぽいが、精神は意外に成熟している。子供っぽい言動や仕草は、作っている、と言ってもいいだろう。自分の見た目から相手が求める反応をもはや無意識レベルで返しているのだと思われた。
しかし、すみれに対しては、彼女の求める反応ではなく、近寄り過ぎれば離れ、離れ過ぎれば近寄るという何とも微妙な距離感を持っている。これこそが、ノバラが母親になり切れず、姉として接しているように見える理由だろう。
故にあまり物事を深く考えていないすみれより、色々と気にし過ぎているノバラの方が厄介なのだ。
今回の研修、彼女には知らされていないだろうが、この点を自覚させる意味もある。
(まぁ、ノバラの近くにはたきながいることになる。たきなもノバラを見て学ぶこともあるだろう。・・・特にノバラは、ここにきて『仕事』もあるようだしな)
「さて、ノバラ。片付けが終わったら、一緒に仕込みを手伝ってくれるか?」
「あ、はーい」
昼食を済ませた皆の器をてきぱきと片付けながら、ノバラが笑って返事をする。
その笑顔はたきなにも似ているが、愛する