Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
水族館を出た頃には、夕飯を摂ってもおかしくないくらいの時刻にはなっていた。
昼がやや早めだったことも考えれば、丁度、お腹が空くくらいの時間である。
きゅるるぅ、と聞いたことがない鳴き声に何の動物かと千束が辺りを見渡せば、恥ずかしそうにすみれがお腹を抱えていた。
「あぅ・・・」
「ん~?何か、可愛い動物の鳴き声が聞こえたぞ~?」
にやにやと千束がすみれの顔を覗き込めば、すみれは困ったように眉を寄せている。
「千束ちゃん、イジワルしないで~・・・」
「よしよし、すみれは可愛いな~」
ぐりぐりとすみれの頭を撫でてやれば、えへー、とすみれが笑顔を浮かべる。
(・・・う~ん。大型犬みたい)
「おっし!じゃあ、もんじゃを食べに行くぞ~!」
観光名所だけあって、食べようと思えば、東京グルメ全てが味わえる。
「便利ですよね、ここ」
「家から近いのも嬉しいよねー」
「ノバラはもんじゃ食べたことあるんですか?」
「実は初もんじゃ」
「私もです」
たきなとノバラは初めてのもんじゃらしく、二人でうきうきと楽しみにしている様子だった。
しかし、たきなとノバラが食べたことがないということは、当然、すみれも食べたことはないわけで。
「何だ?私以外は初もんじゃか?ふふふっ、ならば、千束さんに任せなさいっ!」
唯一経験者の千束は胸を張って、右拳で胸をたたいた。ぶるんってなった。
「・・・って言っても、ここは基本店の人が焼いてくれるんだけどね?」
鉄板の上では具材が細かく刻まれ、綺麗に土手が作られ、今、まさにだしが投入されていた。店員さんの手で。
「がっかりだよ、千束」
あれだけ自信満々だったのに、いざ店に入ったら、店員さんにお任せした千束をノバラはジト目で見ていた。
「おいしく食べれるんだからいいだろ?」
だが、そんな目で見られても、千束は動じない。何故なら、おいしく食べたいからだ。
「失敗して、生焼けのところを「ぐぇぇ」って言いながら食べるのもお好み焼きの醍醐味だけども。今日はそういうの求めてないんで許す」
「・・・何でちょっと上から目線なんだよ」
言いたいことは分かるけどさー、と千束は少し口を尖らせながら、対面に座るノバラを見やる。
「お好み焼きってそうなんですね・・・」
「ほぇー・・・」
一方、そういった経験のないたきなとすみれは目を見張った。
わざわざお金を払っているのに、そんなことするの、と言いた気だった。
「店にもよるし、客にもよるけどな。食べ放題とかやってるところだと、基本は自分たちでやるし。こだわりの強い人は、自分で焼きたがったりするから」
「千束はカッコつけてやったくせに、ひっくり返すときに失敗するタイプ」
「おぉい!?んな、昔のことを掘り返すな!?」
「あ・・・実話なんですね」
ぐつぐつとだしが煮立ってきたところで土手を崩しながら具材と混ぜ合わされていく。
薄く広げられたところで、どうぞ~、と声が掛けられ、いざ食べようというところですみれが首を捻った。
「・・・どうやって食べるの?」
「ふふふ、いいか、すみれ。もんじゃは、はがしでこうやって・・・」
千束が食べるまでを実演しようとしていたところ。
「・・・はい。すみれ、あ~んして」
「あ~ん・・・ん~!ぱりぱりもちもち!おいしー!」
それよりも素早くノバラがはがしで外側を軽く削ると手前側にはがしを引っ張る。ジジジ、という焼ける音をさせながら、生地が十分に焼けていることを確認すると、ノバラは隣に座っているすみれに差し出した。
ごく自然にすみれはその生地を口にすると、幸せそうに目を細めている。
「・・・君らね」
見せ場を無視される形になった千束は、ちょっと悲しそうな顔をするが、隣でたきなが目をきらきらさせていたので、千束もノバラに倣って、たきなに生地の付いたはがしを差し出した。
「・・・たきな、あ~ん」
「はむっ・・・・ん・・・なるほど、このはがしで押し付けていたところがちょっとパリパリになるのに、中の生地はもっちりしている感じなんですね。おいしいです」
「お、おぅ・・・」
たきなが軽く目を瞑って口を開くところが、何かエロかったので、千束は思わず頬を赤く染めた。
そんな千束の様子を見たたきなは、くすり、と笑うと、自らもはがしで生地を取り、千束に差し出した。
「千束、お返しです。・・・あ~ん」
「わ、私はいいよ」
たきなは奥ゆかしく左手を添えて千束の口の辺りにはがしを持ってくるが、千束は恥ずかしそうに、顔を背ける。
「あ~ん!」
だが、たきなはそれを許さない。ちょっと強めの口調でそう言って、千束をキリッとと見つめると、千束は観念したように、たきなの方を向いて口を開ける。
「あ、あ~ん」
千束は口に入れられたもんじゃを噛み締めるも、恥ずかしさが勝って味を感じなかった。
「おいしいですか、千束」
「う、うん、おいしいよ、たきな」
「では、もう一回・・・」
「いやいやいや!後は自分でやるから!」
「・・・残念です」
恥ずかしがっている千束見ながら、たきなはクスっと笑った。
一方その様子を見ていたすみれは当然自分もやりたくなる。
「あー、いいなー!私もやるー!ノバラちゃん・・・あ~ん」
「んー・・・?あ~ん・・・もうちょっと、焼いた方がおいしいかな?」
「えー・・・じゃあ、もう一回。あ~ん」
「ん。合格点ね。おいしくできてるわ。あとは自分で食べなさいね」
「はーい」
周囲の目も全く気にせず、一切動じた様子もなく、すみれの差し出したもんじゃを躊躇なく、「あ~ん」してもらったノバラに、千束は色んな意味で、メンタルすげーな、と半ば呆れた。
思い思いに食べていると、あっという間に無くなってしまう。
「お、追加するか・・・お好み焼きもあるけど、今日はまぁ、もんじゃだろう。このスペシャルなやつにするか」
「あー!私、焼いてみたい!」
「すみれは、壊すからダメよ。コテくらいならまだしも、鉄板壊しそうだし」
「ノバラちゃん、酷いー!・・・でも、自分でも自信ないから、自重するー。あ、たきなちゃん!たきなちゃんやってみて!」
「私ですか?まぁ、いいですけど・・・」
品物を持ってきた店員さんにやってみたいというと、鉄板の掃除と油を引くのだけやってくれた。
「では、参ります!」
たきなはお手本通りとばかりに、具材を鉄板の上に取り出すとコテでカンカンと具材刻んでいく。そのスピードは熟練すら思わせるものだった。
だが、よく見ていた千束とノバラは思った。
((・・・たきな、細かすぎ))
もうちょっとざっくりでもいいぐらいなのだが、具材は相当細かく刻まれていた。次いでたきなは土手を作るが、完全な円とドームを形成するという、たきなの几帳面な性格がよく出ていた。
だしを投入すると、煮立ったの確認し、土手を崩して素早く具材と合わせると、薄くのばしていく。
近くで見守っていた店員さんも手際の良さに思わず拍手するほどだった。
「どうやら、合っていたようですね」
「いや、ほぼ完璧だったな。ほら、たきな最初の一口をどうぞ」
そう言われて、たきなは自分で作ったもんじゃをはがしで取る。
「ん・・・ちょっと、水っぽいでしょうか。おいしいですけど」
「あー・・・刻みすぎて、野菜の水分が出すぎたかな?まぁ、その内水分飛ぶだろうけど」
「これはこれで、もっちり感が強くておいしいよ?」
「うんー。私もこれ好きー」
わいわいと食べているうちにもんじゃは無くなる。すみれが悲しそうな顔をするので、最後とばかりに頼んだのはあんこ巻きだ。
「おー、スイーツも鉄板で作るんだー」
すみれが感心したように声を上げる。
「ふっふっふ。ここではやってないけど、デザートもんじゃというのもあるのだよ、すみれくん」
「本当!?もんじゃってすごいんだねー」
おいしそうにあんこ巻きを食べたすみれが満足そうに微笑んでいた。
食事を終え、うーんと千束は背筋を伸ばした。
「いやー、食ったし、遊んだな」
「そうだね」
「楽しかったー」
「ふふっ、そうですね」
全員が満足そうな笑顔を浮かべているのを見て、千束は嬉しくなる。まぁ、色々とハプニング?もあったものの、楽しんでくれたようで何よりだった。
「それじゃ、鋭気を養ったところで、明日からまたバリバリ働きますか!」
「千束、すみれ。遅刻しないでね」
「特に、千束、今日も映画を見すぎたりしないように」
「うへ~い」
「は~い」
真面目組に釘を刺された千束はちょっとだけうんざりしたような様子で答えるが、すみれは素直に返事をして手を挙げていた。
「それじゃあ、今日はここで解散かな。んじゃ、また明日な。すみれ行くよー」
「はーい。じゃあ、ノバラちゃん、たきなちゃん、またお店でねー」
千束は軽く、すみれはブンブンと手を振って、その場を後にする。
「さて、ノバラ、私たちも帰りましょうか?」
「そうだね。あ、でも、食料品は買いに寄ろうね?」
そう言う、ノバラに、はいはい、とたきなは苦笑し、ノバラと二人、帰路についた。
家に着くと、ノバラが食料品を冷蔵庫に仕舞い、たきなはお風呂を入れる。
たきなとノバラは一緒に入るときもあるが、別々に入ることも。
部屋もバラバラで寝ることもあるし、一緒に寝ることもある。
特にそれを決めているわけではないが、お互いに何となく、一緒にいたいときは一緒にするようにしている。
今日は一緒に入りましょうか、とたきなが考えていたところに、ノバラのスマホがなる。着信の相手先を見たノバラは疲れたようにため息をついた。
「・・・は~い。・・・急ぎ?ん~もう!行けばいいんでしょー?ごめん、たきな、出かけてくるよ」
「最近、多いんじゃないですか?」
「まぁ、仕方ないよ」
やれやれ、といった様子のノバラにたきなは不穏なものを感じる。
「・・・・・・私も行きましょうか?」
そう提案したのは、ノバラが心配だからでもあるが、何となく嫌な予感がしているからでもある。
「あは。ありがとう。でも、今日のはちょっとダメかな。お願いできるときは、たきなにも私の仕事振りを一度見てもらおうかな?」
「そう・・・ですか・・・」
さすがに、ノバラがうん、と言わないものに、無理矢理ついていくのには抵抗があるため、たきなは不承不承ながらも引き下がった。
「遅くなると思うから、たきなは寝ててね」
そう言い残すと、ノバラは自分の部屋に引っ込んで着替えをしている。ノバラの着替えが終わるのを待って、たきなはノバラを見送る。
「ノバラ・・・気を付けて」
「は~い。行ってきます」
ノバラはそう言って、出かけて行って。
・・・その日はいつまで経っても帰ってこなかった。
そして訪れる不穏な空気