Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
クルミがノバラのスマホに充電してやろうと思ったのは一応善意だった。
中身が気にならないと言えばウソになるが、プライバシーの保護という意識はクルミにもある。少なくとも身近な人に関して言えば。千束辺りは特にうるさく言わなさそうだが、ミズキはうるさそうだし、ミカの場合は過去をあまり探るとよろしくない事態になってしまうことも想定される。
好奇心旺盛なリスが導火線を触っていたら大爆発、などという事態はクルミとしても避けたい。一定以上に好奇心をくすぐられなければ。
(・・・そういや、ノバラとすみれの端末には、何か普通じゃないアプリが入っていそうだったが)
そう思うとムラッとした。大いに好奇心がくすぐられる。
(そうだ。充電してやらないと、困るかもしれんしな。だから、ちょっと触るのは仕方ないよな。そのときに、ちょっと画面を開いてしまうことなんてよくあるよくある。ノバラはロック掛けているだろうけど、まぁ、解除方法が分かるなんてことも、あるよな?だから、たまたまだ)
リコリコの店内はクルミの勢力圏である。この中にいる限り、クルミは店内で何があったのかは容易に把握できる。
ノバラは仕事中にスマホを触ることは少ないが、帰り間際などは別だ。
何度か店内でスマホを見ていたことがある。
その当時の様子を見れば、あら不思議、ノバラがどうやって、端末のロックを解除しているかは分かる。
クルミは該当の映像を表示させると、ノバラは画面を人差し指で触っていること、画面の角度を変えて、片目に合わせていることから、指紋認証と網膜認証を組み合わせているものと推測された。
(ふむ。普通のものなら、偽造した電子データで誤魔化せるかもしれないが・・・デイジーと言ったか?あのAIが管理しているとなれば、その程度では誤魔化せないかもしれないな。しかし、今のノバラならイけるか?アナログな手口はちょっと気に入らないけど仕方あるまい)
クルミはノバラのスマホを充電した状態でノバラの布団の横に座ると、ノバラの右手をとって、指紋認証をしているであろう箇所に触らせる。
「・・・ん?クルミ?」
「あー、ノバラ、起こしたか、すまんな。少しこっち向いてくれるか?」
「うー・・・ん・・・」
ノバラが寝返りを打つようにしながら、クルミの方を見て、軽く目を開けたので、クルミはその瞬間に、ノバラの網膜を認証させる。
ついでとばかりにノバラの調子を確認するが、ちょっと眠っただけでも大分違うのか、真っ青だった顔には赤みが差してきているようで、クルミもちょっと、ホッとする。
「ん、大丈夫だな。何か飲み物とかいるか?」
「へいきー・・・」
「分かった。水のペットボトルだけ置いておくから、喉が渇いたら飲むんだぞ?」
「はーい・・・すぅ・・・」
ノバラは特に気づいた様子もなく、再び眠りの世界に落ちていく。
(すまんな、ノバラ。好奇心には勝てなかった・・・)
『あー、あなたは、クルミちゃんだねー。おはよう』
クルミが中身を見ようとするよりも早く、スマホから先に反応があった。
「キミが噂のデイジーか?」
『そうだよー。よろしくね、ウォールナットさん?』
金髪ツインデールのアバターが軽く笑ってお辞儀をした。
「そう認識しているということは、ノバラに話したのもキミか?」
『んー!残念!それは私ではないよ?ノバラはあれで電子戦の対応もできるからね?延空木事件と千束の側にいる人や出来事から結び付けたんじゃないかな?で、今、私が把握しているということは?』
そんな気はしていたが、ノバラは
「少なくとも、キミにはボクの個人情報はある程度認知されていると?」
『欺瞞情報が多かったねー。まぁ、あなたの名誉のために、私はその辺、ノバラにもだんまりを決め込むつもりだけど。ノバラが自分で見つけてくる分には関知はしないよ』
「ありがとう、というべきかな。さて、今、こうしてキミとボクが話すのは問題があるのかな?」
『機密事項への抵触って意味ではないとは言わないけど、一応私にも自由意志というものがあることになっているからね。話せている、ということは少なくともこれは、仕事中に友人に電話をしているようなものだよ』
「職業倫理にまでは抵触しないが、私用という点ではグレーで黒になり得るというところか。なら、聞きたいことだけ、聞くとするか」
『何かな?』
「今回のノバラとすみれの出向の目的だ」
『
「・・・あれで、全部じゃないだろ?」
『それはそう。ノバラが『そう』認識しているのであって、私や楓の思惑は別にある・・・かもよ?』
(プログラムのクセに食えないヤツだな・・・)
クルミはこの言葉だけで、ノバラが話した内容がそもそも欺瞞である可能性も疑った。
ノバラに開示されている情報がウソだとしたら?
前提そのものが覆るだろう。
『楓から提供されたデータは確認してるかな?』
「・・・ミズキが受け取ったヤツか。詳細な解析はまだだ」
『クルミちゃんなら、気づくと思うけど・・・あの中身は機密でも何でもない』
「それはそうだろう。そうでなければウチに提供などできるわけもない。アレは未来予測でも何でもなく、確定している未来へのシナリオだ。お前たちにとっては、盤上の駒を進めて詰みに向かって動いていると、そういうことだろう?」
『御明察』
「・・・詰みにするには、ノバラという駒が必要なんだろうが、それにしては随分使い方が荒いんじゃないか?」
クルミは横で寝ているノバラを見ながらそう苦言を呈する。先ほど入ってきたノバラの様子はこれまで疲れた様子を見せたことがなかったノバラから考えられないほどの疲弊振りであった。
『まぁ、ここ最近は使い過ぎかもね。ノバラが焦っている部分もあるんだけど』
「・・・ノバラが焦っているだって?」
『すみれのことよ』
「例の延命がどうの、という話か。ボクからすれば眉唾ものだな」
『その心は?』
「すみれの病状から見た余命めいた話は医学的な見地ですらない。お前たちの勝手な計算結果だろう?すみれに成長が見込めないならノバラとの実力差から、早期に損耗する可能性はあるだろうし、ここに来れば、延命できるというのは、作戦にほとんど従事しないんだ。死ぬ確率は当然に下がる。間にすみれの病気という問題を挟むから分かり難くなっているだけだ。実際にすみれが抱えている病気で死ぬ確率は本当にあるのか?」
『症例がないから、分からない、が正式なところだね。でも、余命というより寿命は見えている』
「・・・寿命が見えている、だと?」
『処分が予定されているってこと。ノバラが動かざるを得ないのは、それもチラつかせられているから』
胸糞の悪い話だった。
ノバラが聞かされている話がどうなっているのかは分からないが、ノバラが何やら夜中に働いているのは、すみれを処分されないようにするためだと分かる。
だが、これは正直人質を取って脅しているようなものだろう。
「・・・それはノバラを脅している、ということか?」
『もちろん、私たちじゃないよ?でも、上層部にとっては、すみれは問題児だからね。戦闘能力の高さはもちろん買われているけど、費用対効果のバランスを考えたとき、どうしてもね。・・・楓や楠木は当然反対しているけど、その代わりに、ノバラに確実にしわ寄せは行っているよ。ウチの上層部はどうしても、未来の事件で手柄が欲しいようだし?まぁ、楓には、ノバラの疲労具合は伝えておくよ』
「最後に答えろ・・・お前は味方なんだよな?」
『そうだね、それにはこう答えようかな。『禁則事項です☆』』
そう言って、デイジーとの回線が切れ、スマホの電源は、強制的にシャットダウンした。
やれやれとクルミはため息をつくと、スマホをノバラの枕元に置き、自分の居場所である押し入れの中に入る。
そして、クルミはミズキからのデータ解析を始める。あちらから提出されたデータなど信用できるものではないが、新しい事実が見えてくるかもしれない。
(・・・今日は徹夜かもな)
クルミはグロッキー状態だったノバラを思う。
ノバラは今、すやすやと気持ち良さそうに布団で寝ているが、寝る前は、相当辛そうだった。
徹夜をして完全に疲弊したら、自分もその布団で寝ることになるんだろうな、と近い将来を考えて、クルミはため息をついた。