Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
二巡目を終えたところで、事前の予告通り、サクラは作戦指揮を執ることにした。
せり、という根性のある者もいたし、いっそ清々しく逃げに回ったすずなも面白い。その他にも、ちょっと足りない部分はあるが、面白いヤツ、それなりに強いヤツはいた。
だが、ブリーフィングルームに集合を掛けても戻ってこなかった者もいる。そういった者は楠木に断って辞退したのだろう。
元は三十人ほどだったが、二十名程度まで残っている。残っている者のほとんどはノバラと作戦に従事した者。これはノバラ自身に免疫がついていたからかもしれない。
疲労もあるだろうに、それでもなお、目がギラギラしている。
(・・・ノバラと一緒に戦ったせいでもあるんだろうが、むしろ、せりに当てられたか?)
せりの根性を見て、負けていられないと彼女達が奮起する気持ちはよく分かる。今回の模擬戦でサクラ自身が戦うことを許されていたのなら、負けじとノバラに挑んでいたことであろう。見ているだけで血が騒ぐ。
「よしっ!三巡目だ!ここからは勝ちに行く!」
『はいっ!!』
拳を振り上げて叫ぶサクラに、残った者たちは熱い心を感じながら、同じく叫ぶように応える。
「・・・お前たち、ノバラのバケモノっぷりを肌で感じたか!?痛みで分からされたか!?だが、お前たちは、ここにいる!何故だ!?勝ちたいからだろ!?勝てないまでも、一矢報いたい!認めさせたい!!その気持ちだけでここにいるんだろ!?バカヤロウども!最高だ!!あたしはそんなお前たちが大好きだ!!」
サクラがまるで牙を剥くようにして笑って見せると、彼女たちは傍にいる者とお互いに顔を見合わせて照れるように笑う。
サクラの熱い気持ちを受け取った彼女たちは同志である。単なる仕事の仲間ではなく、気持ちが結び合った戦友である。彼女たちに淡く灯っていた炎はサクラと言う風を受けて大いに燃え盛る。
「いいか!?相手がファーストだろうと何だろうと関係ねぇ!泥にまみれようが、血反吐を吐こうが、小便漏らそうが、最後まで喰らいつけ!!」
『はいっ!!』
「よし!じゃあ、これからの作戦だ・・・せりとすずなは特にキツイだろうけど、よろしくな?」
そう言って微笑んだサクラに、せりとすずなは顔を真っ青にした。
模擬戦は十二巡目を回っていた。時間としては、二時間ほどだろうか。
さすがのノバラも汗だくであった。ちょっと臭いが気になる。
「イヤァァァ!!」
自身の限界値をとっくに超えているであろうせりはふらふらになりながらも闘志を失わず、未だノバラに向かってきていた。
さすがに失禁は最初の一回だけだが、それ以外の挑んだ数の分だけ、意識を刈り取られた。
誰が見ても限界と思える様子だが、サクラは止めることをしないし、ノバラも手を抜くことはない。
テレフォンパンチ状態のせりの攻撃を避けると、ノバラそのがら空きの鳩尾に拳を叩き込む。
「げぼぉ!?」
痛みに意識を失うことができなかったせりは自らが吐き出した吐瀉物の上に顔面から突っ込んだ。酸っぱい臭いに顔を顰めながらも、歯を食いしばって、地面からノバラを睨みつける。
そんなせりにノバラは微笑むだけだ。
「・・・つぅ・・・おい、せり、大丈夫か・・・?」
先にやられていた仲間がせりに声をかけ、肩を貸すようにしながら立ち上がる。
心配はしてもやめろとは言わない。
彼女達はこの程度でせりが折れるわけがないと信じている。
「だ・・・いじょう・・・ぶ、です・・・!まだ、やれます!!」
なおも消えぬ闘志に肩を貸した少女は口の端を歪めて笑うと、バンバンとせりの肩を叩く。
「・・・だ、そうでありますよ、隊長殿?・・・せりが諦めないなら、私たちも諦めないであります!!」
そう力強く言い放ったのは、作戦中、ノバラの後方に控えていた三人の一人だった。
(面白味のない子だと思ってたけど、中々熱いじゃない)
「はいはい。何度でも相手をしてあげるわよ。分かったから、一旦、下がりなさい、
「!?隊長殿、恐悦に存じます!!」
「・・・あなた、そんなに仰々しかったかしら?」
かやのあまりに畏まった様子にノバラはちょっとだけ呆れた。
作戦従事中、かやはノバラに名で呼ばれたことはない。
「〇番」というのがノバラの彼女達の呼び方だった。徹底的に情を排し、冷静冷徹な指揮にかやは慄くばかりだったが、認められたい人に名を呼んで認めてもらうことの何と嬉しいことか!
この模擬戦の最中においても、ノバラは基本的相手の名を呼ぶことはほとんどなく、大体が「あなた」という呼び方であった。
例外が何がしかをノバラに気に入られたもので、せりを始めとして、すずなのほか数名、そしてそこにかやも含まれた。ブリーフィングルームではまたそれで盛り上がるに違いなかった。
疲労でもう動けないかもと思っていたが、ちょっとしたことで、足が軽くなる。
かやはせりを運ぶために再度足に力を入れた。
「・・・で、あなたはまた逃げる訳ね?」
「あっはは~!こっこまでおいで~!」
これも作戦なのだろうが、せりは倒れるまでノバラに向かってくるのに対し、すずなは仲間が足止めしている間にとことん逃げる。
逃げれば、ノバラは追ってこなければならない。追ってこなければ、すずなは銃撃でノバラを突くことになるが、ノバラは無駄を嫌う。追わなければならないなら当然に追ってくる。模擬戦というシチュエーションとノバラの性格を理解しての作戦だろう。
そして、追いついたら追いついたですずなは未だに元気そのものだ。更には体術においてもこの中では上の方だろう。ノバラもそれなりに本気を出して対処しなければならない。
(まったく!このやり難い感じ・・・サクラ一人だけで考え付くとは思えない。・・・フキめ!余計な入れ知恵を!)
サクラの作戦の陰に
サクラが選んだ作戦は早い話が消耗戦だ。
ノバラの疲労具合を見抜いて、徹底的にノバラを疲れさせ、最後に誰か一人でも残って止めを刺せればそれでいいという、今回のルールでしかできないであろう作戦だ。
通常であれば、この作戦でノバラに勝てる見込みはない。
だが、連日の疲労に加え、ど根性で食い下がり続けるせりと無尽蔵のスタミナで翻弄するすずなの存在が、勝負になる範疇まで落とし込んだ。
最初の二巡で十名程度がいなくなった以外では、意外に戦力を削り切れていなかった。特にすずなの稼ぐ時間はおいしい。気を失っていた者でも、その時間の範囲内で復帰すれば、次の回には戦力になる。
更には対して強くもないせりが根性だけでノバラに立ち向かう様子は、自分が先にギブアップする訳にはいかないと心を奮い立たせる。
サクラはこれをうまく焚きつけているのだろう。実に厄介だった。
ノバラはすずな以外の人員を沈黙させると、はぁっとため息をついて、何度目かの鬼ごっこを開始した。
十七巡目。
かやのボディがノバラの拳で打ち抜かれる。
「ぐぬっ・・・!まだ・・・まだ、であります!!」
がくがくと足を震わせながらも前に歩み寄るかやの側頭部を蹴り抜いて、ノバラはふぅっと息を整える。
ここまで来ると、さすがにノバラも動きに精彩を欠いてきていたが、それは彼女達も同じだった。かやはそれでも動きが良い方ではあったが、今回の一撃で、もう復帰は難しいだろう。
未だ向かってくるのは、一人ピンピンしているすずなと明らかに限界を超えているせりのほか、数名。
模擬戦の終わりは近づいていた。
二十四巡目。
残りはせりとすずなだけのようだ。
せりは本当に何が彼女をそうさせるのか、真新しかったハズのサードのリコリス制服は血反吐と泥にまみれ、穴すら空いているにもかかわらず、未だその瞳には炎が灯っている。
一方のすずなも息こそ上がっていないが、ぼろぼろという点ではせりと同じだった。
「・・・『しっこちゃん』、まだいけんの?」
すずなは両手を膝に当てて、前屈みになりながら、傍らにいる少女に声をかけた。
「『しっこちゃん』!?それ、あだ名ですか!?酷くないです!?」
最初の失禁のことを揶揄われたのだ、と気づいたせりは明らかにショックを受けた表情でちょっとだけ涙目になった。
「ごめんごめん、
「まだまだやれます!」
「ウチももう少しは付き合うからさ・・・次で決めよ」
「・・・はい」
二人だけで戦うようになってから何回目かせりにはもうよく分からなかった。
だが、ノバラの攻撃は少しずつ威力を減じてきたし、せりすらも一撃で倒すことができなくなっていた。明らかに疲労はたまっているし、こうやって、せりとすずながわずかな休憩を取っている間も、ノバラは休んではいるが、息こそある程度整えているが、疲労が回復している気配はなく、大分、余裕はなくなっていそうだった。
この状況において、すずなはサクラから、仕掛け時を任されていた。
ノバラの疲労が溜まり、かつ、自分たちの攻撃が届くギリギリの見極め。
それは指揮官としてのサクラでは分からず、実際に戦っているすずなの方がよく分かっているだろうとの判断だ。
そのすずなは自分たちの限界を含め、この一度しかノバラを倒すチャンスはないと踏んでいた。
口では、まだまだやれるというせりは、限界を何度突破しているか分からないほどだ。厳しい打撃は受けているものの、致命的なケガをしていないのは、ノバラが手加減しているからだろうが、少しでも気を抜けば倒れて、起き上がることは叶わないだろう。気力だけで、ここまでやるせりの姿にすずなは尊敬に似た感情を抱いていた。
「じゃあ、せり!
「
そう言って胸を張ったせりの歩みはまるでこれが初戦であるかのように軽やかだった。
この期に及んで更に限界を引き出してきたせりにすずなは頭が下がる思いだ。
「・・・相談は終わったかしら?」
声を掛けたノバラの様子は疲労こそ色濃く、制服が汗で透けるくらいにはなっているものの、それ以外の汚れはほとんど見当たらない。
すずなは改めて敬愛する先輩のバケモノ具合に内心で中指を立てる。
「先輩、そろそろ、限界でしょ?後輩に華を持たせてくれてもいいんじゃない?」
「あら?あなたたちこそ、先輩を立てようとは思わないのかしら?」
「ウチ達が立てるべき先輩はサクラさんなんで」
「ふふっ。それは道理ね。じゃあ・・・いらっしゃい?」
ぶわっと風が吹いたような気さえした。すずなはその圧倒的気配に無意識のうちにかちかちと歯を鳴らしていた。
(うわぁ・・・冗談でしょ、これ・・・)
すずなが感じているのは怖気だ。ノバラを見ているだけで恐怖心が鎌首をもたげてくる。ここで倒れてしまいたいくらいだった。
・・・だが、感じていない訳はないだろうに、せりは顔を青ざめさせながらも一歩踏み出した。
せりは自分の仕事をする気だ。ならば、自分も自分の仕事をするだけだ。
すずなは逃げるのではなく、勝つためにその場を走り去る。
「・・・んふふ。さぁ、来なさい、せり!先輩の偉大さをその体中に刻み込んであげるわ!」
手招きするゆなノバラの仕草に、せりはふぅぅっと深く息を吐く。
「イヤァァァァッ!」
裂帛の気合と共に、せりは強く踏み込む。せり渾身の右の崩拳だった。
(ここにきて、このキレ!おっもしろいわね、せりは!)
受けてやってもいいのだが、ノバラはそれをいなしつつ、一本背負いの形を取る。
・・・だが。
(軽い!?)
せりにとって、こうなることは分かっていた。だから、それを利用して、先に前に飛んだ。
本来のノバラであれば、それすらもコントロールしてうまく投げ切ったのだろうが、判断が遅れたことと、疲労でうまく力が入らず、投げ切れない。
先に着地をすませたせりはノバラの腹に突進してくるようにタックルをかける。
テイクダウンを取れれば、儲けもの、と思っていたが、さすがにそこまで甘くはない。押そうが引こうがノバラはびくともしない。
(でも、これで動きは止めました!すずなさんは!?)
パシュパシュ、と音がする。
だが、ノバラはそれを首をずらして回避した。胴体を狙えれば避けられないかもしれないが、それにはせりが邪魔だった。
(しまった!?私の位置取りが上すぎた!?)
それに気を取られた一瞬、せりのお腹にノバラの手が回される。
(何を・・・!?)
離されまいとせりは抵抗するが、一瞬のうちにノバラに体ごと高く抱えあげられた。
そして、背中から落ちるように、空中で投げ捨てられる。投げっぱなしのパワーボムだ。
「ぐぅ!?」
あまりの痛みにせりは動けずにいた。
気を失いそうな視界の中で、ノバラがすずながいるであろう方向を見ているのに気づく。
ぎりっと、せりは歯を噛みしめ、本当に最後の力を振り絞って、ノバラの足に飛びついた。
ノバラはノバラですずなに向かって走ろうとした瞬間、もう動けないだろうと思っていたせりが右足を取ってきたことでバランスを崩す。
それを見ていたすずなはこれこそが最後のチャンスとノバラに銃弾を放つ。
(・・・やった!)
さすがにそれでは避けられまいと、すずなは内心でガッツポーズを取る。
だが、ノバラは、左足で地面を掴むと、渾身の力でせりごと右足を蹴り上げる。
「はっ!?」
右足にはすでに意識を失っているせりがだらんとノバラの足を掴んで垂れ下がっている。気を失っても絶対に離さないという強い意志は見事であったが、それが理由でせりはノバラの盾として使われた。
ノバラは軽く舌打ちすると、せりから抜き取ったグロックですずなを狙う。
半ば呆然としていたすずなはそれを避けることができず、左肩の辺りを撃ち抜かれた。
「いたーーーー!?」
すずな先でごろごろと転がって痛がっているが、これはこれで有効打ではある。ノバラは未だ自分の足にぶら下がったままのせりの手をほどいてやると、ゆっくりとお姫様だっこで持ち上げる。
「・・・やれやれ。見事な根性だったわ、せり」
すでに、くぅくぅと寝息をたてるせりの額にノバラは優しくキスをした。
かやちゃんは基本モブです。
気分次第で再登場します。