Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
たきなが喫茶リコリコの中に入ると珍しいことにすでに千束とすみれがいた。
カウンターの中ではコーヒーサーバーを片手に、千束の愛用のマグカップにすみれがコーヒーを注いでいる最中のようであった。
「おはようございます、千束、すみれ」
たきなの声に千束はすみれからマグカップを受け取ってから、たきなの方に向き直る。
「おはよう、たきな」
「たきなちゃん、おはよー・・・ノバラちゃんは?」
一方のすみれはたきなを見て、ぱぁっと微笑むと、何か足りない、とばかりにキョロキョロとノバラの姿を探している。
「・・・昨日の今日なので休むように言っておきました」
たきながそう答えると、千束は納得したように頷いたが、すみれはショックを受けたのか、口を大きく開いたまま、涙目になった。
「昨日のへろへろ具合なら、それが妥当かな。タフなあの子にしては珍しいけど」
言いながら、千束はマグカップに口をつけると、少し顔を顰めて、砂糖とミルクを入れていた。
珍しい、とたきなが不思議そうに見ると、千束は苦笑しながら、目配せする。
(ああ・・・すみれが淹れたんですね。そして、あんまり美味しくないと)
黙って飲んでいるのは優しさだろうか。それとも、今のすみれに更なるショックを与えないようにとの配慮だろうか。
「・・・ノバラちゃんがいないノバラちゃんがいないノバラちゃんがいない・・・」
暗い顔をして虚空を見つめながらブツブツとノバラの名を呼んでいるすみれを見るにその両方だろう。たきなも今のすみれにはあまり話しかけたくない。
「それにしても、二人が先に来ているのは珍しいですね?」
「先生から早く来いって言われてさ」
「任務です?」
「そうだけど・・・たきなはお留守番。私とすみれで行ってくるから、たきなはお店の方頼むよ・・・今のすみれに接客させたくないし」
えへ、えへへ、と涙目になりつつ、半笑いで、時折ぴくぴく痙攣しているすみれは控え目に言って怖い。ヤバい薬の中毒症状のようだった。
・・・いや、ノバラ中毒患者だったか。
「ほら!すみれ、行くよ!!」
そう言いながら、千束がすみれのポニーテールの先っちょをみょんみょんと引っ張ると、それに合わせて、すみれの頭ががくがくと揺れる。
「あぅあぅ!千束ちゃん、髪引っ張んないでー」
「イヤなら早く支度をせい!」
千束が髪の毛を離すと、すみれは自分の髪を撫でながら、抜けていない様子を見て、ホッとしているようだ。未だ涙目だが、他人様にお見せできない表情からは何とか復帰している。
すみれの支度と言っても、通常のリコリスと違い、装備らしい装備のないすみれは、中身が非常食(という名のお菓子)が入ったサッチェルバッグを背負うだけなのだが。
「そんじゃ、たきな、店の方はよろしくねー。あ、あと、残りのコーヒーも頼んだ!」
「あ、それ私が淹れたんだよ!後で感想教えてね!じゃあ、たきなちゃん、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
たきなは手を振って、二人を見送ると、厨房から自分のカップを持ち出し、コーヒーサーバーからすみれが淹れたというコーヒーを注いで一口飲む。
「・・・苦っ・・・」
おそらく豆の分量を間違えているのであろうが、あまりにも苦すぎた。なるほど、これは千束が顔をしかめるはずだ、と思いながら、千束がしていたように、砂糖とミルクをたっぷり入れて残りを味わう。
何とか飲める程度にはなったが、問題は残されていた。
(・・・すみれを傷つけないようにするには、どんな感想を言えばいいんでしょうか?)
「それで、千束ちゃん。何処に遊びに行くの?」
ぱたぱたと千束の前を走るすみれはくるりと回って、千束の方を振り向くと、ノバラ不在のショックを忘れたような笑顔をしていた。
「任務だって、言ってるでしょうが。アンタ、仮にも研修名目で来てるんだよ?」
完全遊びに行くモードのすみれに千束は苦笑するが、すみれはきょとんとした顔をする。
「え?お店で働くだけじゃないの?」
「それだけで、ノバラまで付いてくるわけないでしょ?・・・いや、あの子ならやりかねんか?・・・ま、まぁ、すみれは、私にくっついて、非殺傷任務の何たるかを学ぶのが研修の目的だからね。初心を忘れてはいかんよ?」
「はーい!」
「おーし。よい、お返事だ!」
千束はぐりぐりとすみれの頭を撫でてやると、幸せそうな顔をする。
優しくしすぎるとちょっと不満気にするので、ちょっと強いかな、というくらいで撫でてやるのがコツだった。
「・・・今回の仕事。私とすみれの担当ってのがミソだね」
「ほえ?」
「ドンパチ確定だけど、殺すなってこと」
「えぇ~・・・自信ない・・・」
気のせいかすみれのポニーテールがしおしおと萎びれているように見えた。
「難しく考えるなよ。テンション上げすぎないようにするだけでしょ?」
「・・・う~ん」
思案気な顔で腕を組むすみれ。
千束はすみれが困っている理由は分かっている。
すみれはバトルジャンキーの気がある。
戦闘中に興奮するのは誰にでもあることだが、すみれのそれはより顕著だ。元々、感情コントロールが下手なこともそれを助長している。
興奮して我を忘れれば手加減できなくなる。そして、手加減の利かなくなったすみれはその一挙手一投足が凶器そのものである。
よって、すみれが『普通』に生きていくためには、自らの感情を一定に保つことが必要不可欠なのだ。
リコリコで接客をしているときは、下手くそなりに上手くやっていたように思う。緊張のせいか、ぎこちなさはあるものの、意識的に力を入れすぎないようにすることで、結果として感情のコントロールが行われていた。周りの環境の影響もあるだろう。すみれに害意を持つものは皆無であるし、むしろ微笑ましく見守られていたからこそ、すみれの感情には波が立たなかった。
だが、これを戦闘に活かそうとすれば難しい。まず、環境がそれを許さない。
害意を向けられたすみれは、それを排除しようとするだろう。
また、意識的に力を制御するあまり、いざというとき自分の身を守れないという事態も想定される。
力の制御と感情のコントロールは当然イコールではないが、相関関係があるのは確かであり、この二つの要因を上手く操作できるようになるのがすみれの課題でもあるのだ。
「大丈夫、大丈夫。案ずるよりも産むが易しってね」
難しく考えるすみれに千束はそう笑って見せた。
「よっしゃ、行け!すみれミサイル!」
「ど~ん!」
千束はとりあえず非殺傷系任務にすみれを慣れさせることにした。
対人戦と言えど、すみれがある程度本気を出していても、手加減する方法はある。
ノバラは『ぶつかる前にちょっと止まる』という方法をとっていたようだが、千束が考えたのは『遠い位置から相手にタックルをする』というものだ。なお、この場合のタックルはアメリカンフットボール的なものである。
すみれの凶悪なまでの破壊力は、身体能力そのものよりも、それから生み出されるスピード(あとは実は結構重い体重)に依存していると言っていいだろう。
常であれば、体重とスピードが一番乗った瞬間に相手にぶつけるそれを、あえて届くか届かないかの遠い位置から開始することで、威力の減衰を図ったものだ。
ただの女子供がやったなら、何の痛痒もないだろうが、すみれがやればそれでも十分な威力がある。
何なら避けられても構わない。避ければすみれは避けた方に再び跳ぶし、千束が回り込んで非殺傷弾で仕留めることもできる。
今回で言えば、すみれミサイルと命名されたその動きで、本日五人目の拘束がなされた。
「千束ちゃん、これで全部?」
「おー、ご苦労さん、すみれ。あとは、その辺に転がしておいて、回収してもらおうか」
「は~い」
元気に手を上げるすみれだったが、制服は土埃にまみれていた。千束は苦笑しながら、すみれの制服をはたいてやると、砂ぼこりが舞って、千束とすみれの二人が同時にむせった。
「えほえほっ!・・・あ~、これは失敗だったかな?」
「けふけふっ!・・・制服がすごい汚れちゃったね~・・・」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
まだまだ問題点はあるが、それでも少しは前進できただろう。
少なくとも千束はそう信じた。