Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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戦闘は一応しているから嘘はついてないよ


87 Open Combat

 ホテルのエントランスから入ってきたリコリスたちを気にする者はいない。

 

 実際は、物珍しそうに視線をよこす者、微笑ましそうそうに笑みを浮かべている者はいるが、本当にそう思って行っている者はいないだろう。全てが演者である。

 

 エントランスだけで、数十名。これらが、全て関係者とは。

 

「・・・そんなに驚くことないでしょ?リコリスにしろ、リリベルにしろ、花葵のお嬢様方にしろ、引退した後は何をしているかって話の一端だよ」

 

 ひょこっという感じでたきなの目の前で軽く腰を曲げながら、たきなの顔を覗き込んだノバラがそう説明した。

 

 リコリスの場合は当人の容姿、能力によるが、円満に引退する場合、概ね十八歳から二十歳程度が通常である。花の命は短いとは言え、年頃の少女を相当数養育しているのだ。引退したからと言え、消えてなくなる訳でもない。

 なら、それ以降は何をしているのか。

 多くの者はDA関連の業務に携わっているが、一部は用意された戸籍で大学に行ったり、就職したりすることになる。

 

「・・・これだけ戦力があるのであれば、彼女たちだけでも十分なのでは?」

「無理だよ。彼女たちは、もう現役じゃない。一部の例外を除けば、殺す覚悟も殺される覚悟もないんだから。修練もしていないだろうしね。本職相手には死体の山ができるだけ」

 

 たきなの疑問にノバラが即答する。

 一部の演者は、ノバラの言葉に不服そうな顔を浮かべたが、彼女の纏う雰囲気を察知して、顔を青くして押し黙った。

 

 にこり、とノバラは可憐な笑顔を浮かべているが、それには凄みがあった。

 

 その姿が雄弁に物語る。

 

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 ノバラの気配に、リコリスたちは、お喋りをしながら、顔を引き締める。

 そして、それ以外の演者たちで気づいた者は一様に冷や汗を掻いてリコリスたちから目線を逸らし、気づかぬ者は日常を演じ続ける。

 

 何なら、この場にいる者全てに、現役とそれ以外の違いを分からせたノバラがこの中で一番の役者であるだろう。

 

「・・・なら、手早く済ませましょうか。We are professional(我々は現役なんですから)

 

 その凄みのあるノバラの笑顔も、周りの驚愕もさらりと流せるのが、たきながたきなである所以である。『英雄』の『片翼』なのだから。

 ひゅ~、とヒバナが口笛を吹き、エリカがクスリ、と笑う。

 

I know. So let's do it(それじゃあ、プロらしく手早く), shall we(やっちゃいますか)?」

 

 ノバラがそう言って、真っすぐ拳を突き出すと、互いに面白そうに目配せをして、同じように拳を掲げる。

 

「「「「Yes, let's!」」」」

 

 五人の拳がコツンとぶつかり合う。

 

 ノバラは、にひっ、という悪戯めいた笑顔を浮かべながら案内したのは、従業員専用の区画である。

 

「とりあえず、このエレベーターで最寄の階まで上がるよ?」

「ほぇ~・・・ホテルってこんな風になってたんでありますな?」

 

 かやが物珍しそうにしている。

 そもそも彼女は活動をし始めてから浅いので、何もかもが珍しくはあるのだが。

 座学で習っているのは基本的にビジネスホテルやラブホテルが基本で、高級ホテルはあまり想定されていない。そのレベルでは専用エレベーターがないこともしばしばである。

 リコリスの相手は基本的には単独又は少数がほとんどで、その戦術は都市迷彩を利用した奇襲だ。ホテルに忍び込むことはあっても、真正面から攻略することはあまり想定されていない。故にこういった構造は詳細に座学で習うことはなく、必要に応じて実地で学ぶことになる。

 

「そりゃ、高級ホテルだもの。従業員用のくらいあるでしょ?」

 

 当然ながら、ノバラは自身のこれまでの活動と利用した経験上から、このクラスであれば、当然従業員用エレベーターがあるのは承知している。

 

「どうしてでありますか?」

 

 だが、やはりかやにはピンとこない様子である。

 ホテルって泊まるところでしょ、泊まれれば別にいいのに、分ける意味あるの、という感じだった。

 何とも初心な後輩に、ノバラはクスッ、と笑みを浮かべる。

 

「考えてもみなさいよ。ハネムーンで連泊しているときに、お出かけ際とか帰り際にエレベーターで掃除のスタッフさんとすれ違ってみなさい。非日常感を楽しんでるのに、掃除とかそんな日常風景ぶち込まれたら、雰囲気台無しでしょう?さらに言えば、自分の泊まってる部屋の掃除とかベッドメイクされてると思えば・・・ねぇ、たきな?」

 

 具体的だが、分かりにくい例え話に、かやは、はてな、と小首を傾げるが、思わず想像してしまったたきなは顔を赤くしていた。

 

 ハネムーンから事後までをまず想像し、その後、エレベーターで自分の部屋のベッドメイクをしたスタッフと同じエレベーターになることを考えてしまえば、気まずさ爆発である。お互いに。

 

「どうして私に聞くんですか!?」

 

 にやにや笑いのノバラを見れば、その意図は分かりきっているのだが、問わずにはいられない。

 

「ハネムーンに一番近いのがたきなだから。あれ?もう済ませてる?ハワイで」

 

 確かにホテルも同室だったが、そこではやましいことは一切ない。それにコブ付きだった。たきな的にあれはハネムーンに計上できるわけもない。無論、あれはあれで楽しかったのだが。

 

「済ませてません!」

 

 その答えを聞いて、ノバラがまた、にたり、と笑う。

 

「やっぱり行く気じゃないの」

 

 二人っきりのハネムーン!行きたいに決まっている!

 

 その心理を理解してのノバラの揶揄いである。もしかしたら、姉のための言質を取りに来たという線ももちろんあるが。

 

「ノバラちゃん、あんまり、たきなをいじめないの」

 

 にやにや笑いのノバラをエリカが後ろから抱きしめる。まだ、揶揄い足りないのか、ノバラは不満そうに唇を尖らせているが、エリカがぽんぽんと軽く頭を撫でるとほわっ、と顔を緩めた。

 ノバラはエリカに正面に向き直って、正面から抱き着き直すと、胸の辺りに顔を埋めてすりすりとしている。

 

「エリカがやわらかわいいからゆるす」

 

 エリカはそんなノバラをくすくすと笑いながらあやしている。

 

 意外、という訳でもないが、この二人、実は結構仲が良い。

 

 やれやれ、とばかりにヒバナもノバラの頭を上から押さえつけるように雑に撫でる。

 

「ヒバナは撫で方が雑ぅ!」

 

 ノバラは口では文句を言っているが、顔は嬉しそうにしている。ヒバナもそれを分かっているからか、笑みを浮かべている。

 なお、かやはノバラのハグ待ちで両手を広げていたが、ノバラになめくじでも見るような目で見られて興奮していた。

 

 そんな様子を見て、たきなはクスッ、と微笑んだ。

 

「まったく・・・ノバラ、揶揄われた借りはいつか必ず返しますからね」

 

 たきながそう言ったとき、エレベーターが止まる。ノバラがたきなの方を振り返りながら、先に降りて軽く笑う。

 

「んふふ。楽しみにしてる・・・さて、おふざけはこのくらいにして、行きましょうか。非常階段使って、三階分上がる。部隊はここで二分する。標的に近い北側は、私・・・たきな?」

 

 ノバラは自分一人で北側を担当しそうだったので、先んじてたきながノバラの袖を引っ張って自己主張する。

 

「もちろん私も行きますよ、構いませんよね?」

 

 やや強引とも思えるたきなの言葉に、ノバラは苦笑気味に頷く。

 

「おーけー。エリカ、ヒバナ、かや。南側よろしく。焦らずゆっくり押して行って。やれる?」

「任せて」

「了解」

「承知であります!」

「よし。それじゃあ、この階の非常階段のロックは解除しておくから、三人はあっちね。問題があったら、すぐに連絡を」

 

 三人の背中を見送り、たきなとノバラも歩き出す。

 北側非常階段に入ると、ノバラはスマホを取り出した。

 

「デイジー。図面出して」

『はいはーい。お、そちらは、たきなちゃん!おーすごい、美人さんだー!』

「は・や・く!」

 

 画面には金髪ツインテールの少女のキャラが表示されていた。たきなもこれが例のAIか、と思い至るが、全く不自然さのない音声は、まるで、別の人間が電話で会話しているようですらあった。

 

『もう、ノバラはせっかちだなー。私だって色々聞きたいのに・・・よく撮れてたでしょ?』

 

 にひひ、と悪戯っぽい声がスマホから聞こえた。

 

「・・・あなたの仕業でしたか」

 

 ノバラが撮影できたとしても、千束の背後からの映像で、真横から撮影できるわけもない(さすがに気づくだろうし)。他に監視カメラでも仕掛けられていたのか、とも考えていたのだが。

 

『音源が四つもあって、元となる映像データもあるんだから再現余裕です!』

 

 ノバラはノバラでこっそり撮影していたデータをスマホから音源を広い、そこから解析して映像データを再編集したのだろう。技術的にはクルミでも再現可能なレベルだろうが、あの短時間であそこまで作るのはさすがAIというところか。

 

「・・・寝室にはスマホを持ち込まないことをおすすめするよー。まぁ、この子、暇じゃないし、興味の対象は基本的に私だから、私がいなくなれば大丈夫だと思うけど」

 

 ノバラとしては、何の気なしの忠告だろう。

 だが、たきなはその言葉の中から、千束が泣いていた理由の一端を察する。

『いなくなれば』、というその言葉。

 単純に聞けば、仙台へ帰ったら、ということになるだろうが、ならば、何故その表現をしなかったのか。

 無意識だからこその本音。

 たきなはノバラが生に対する執着が薄いことを改めて認識した。

 

(だから、『ノバラから絶対に目を離さないで』、ですか。コレにいち早く気付いたんです。あなたは間違いなくノバラの姉ですよ、千束)

 

「ふむ。敵さんの配置も事前の想定どおりだね。中央エレベーターと要人のいる北側は手厚い。その分、南側はちょっと薄いね。たきな、私たちは開始とすぐにお楽しみだから、準備してて。デイジー、敵の最新配置状況は全部隊共有、スマホのデータ送受信や監視カメラデータからの再現データだから過信しすぎないように注釈入れてね」

『えー、見落としなんてしないよ?』

「念には念を、よ。客室内部はさすがに映像データはないでしょう?私だったら、バラして持ってきたヤツを中で組み立てるぐらいするけど」

『あー・・・CBならやりかねないかもね。りょーかーい』

 

 解析能力に自信のあるデイジーでも自らの手が届く範囲外であれば、その内容に手落ちがある場合もあり得る。そこを想像と経験で埋め、デイジー自身に蓄積させていくのもノバラの役割の一つである。

 

「ウチの子たちの配置状況は?」

『現在時刻一一五四。遅れなし、全員到着済み』

「司令部に配置済の連絡と、各員に予定通りと通達。開始まではいい子にするように伝えてね」

『りょーかーい。現在時刻一一五五。作戦準備段階に移行、システム干渉開始・・・あい・はぶ・こんとろ~る、ってね』

「ふざけてないで敵位置情報は逐次更新」

『もうやってるも~ん!』

 

 ノバラが、ちっ、と舌打ちする。

 二人のやり取りを聞いている限り、普段の作戦中もこんな感じなんだろうな、とたきなは考えて苦笑する。

 

 相手はAIだと言うのに、ノバラの接し方は仕事仲間に対する親しみというよりも、妹などの肉親に接しているようにも思えたし、デイジー自体の反応もあまありメカメカしくはなく、本当に感情があるようにすら思える。

 

「・・・たきな?」

「何でもありません。そろそろ時間ですか?」

『現在時刻一一五九。一二〇〇まで、三〇・・・二〇・・・一〇、九、八、七、六、五、四、三、二、一』

 

 バチン、と非常階段を含めたフロアの電源が落ちる音がする。

 

『復旧まで、五、四』

 

 カウントを聞きながら、ノバラはいつの間にかナイフを手にして、扉の前に立つ。

 

「たきな」

「はい?」

「お先!」

 

 デイジーの奏でる『ゼロ』の声色と同時、電源が復旧したその瞬間に扉を非常口を蹴破るように開けて飛び出し、すぐ側にいる男の首にナイフを突き立てていた。

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