Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「たきな、扉、撃ってくれる? 私、扉を倒して中に突入するから」
ノバラは扉の三か所を指さした。
上下の蝶番と、ドアクローザーの辺りである。
相手は部屋から出てくる様子はないが、何らかの戦闘があるのは既に承知しているであろう。
部屋の中で待ち構えていることは想像に難くない。
「……危なくないです?」
ノバラはそれでも避けられる、との判断なのだろうが、扉の向こう側は見えていない。つまり、普段、ノバラが行っている避け方はできないことになる。
「教科書どおりにしか撃ってこないからへーき。まぁ、一応、頭はガードしとくけど」
「機械化兵がいるとすると、短機関銃でしょうか? 相性悪いんじゃないですか?」
「飽和射撃とか、狙いつけないでバラ撒かれたね。でも、コイツら、良くも悪くも対人戦想定だから、撃ってくるの腰から上辺りだし。こういう時、被弾面積が少ない体は便利だねー」
射撃訓練の的を想像すれば分かるが、銃撃の想定は当て易く、確実に動きを止められる胴体か、一撃死が確定される頭部を標的にすることが一般的だ。
成人男性よりも一回りも二回りも小さいノバラであれば、軽く屈むだけでも、的から逸れるとの計算であろう。
「……分かりました。無茶はするんでしょうが、無理だと思ったら引いてくださいね?」
「たきなは心配性だねー……でも、分かったよ。無理はしない」
ノバラの言葉にたきなは満足そうに頷いた。
ノバラがロイヤルスイートの扉の横に張り付くように位置を取ると、扉に対して斜めに構えるたきなに向かって頷く。
それを見て、たきなも頷くとゆっくりと深呼吸する。
ノバラは簡単に言ったが、扉を撃てば、相手が反撃してくるのは目に見えている。その反撃を避けつつ、突入するノバラが危険なのは変わりないが、必要箇所を撃つに当たり、無駄弾も無駄な時間もかけられない。全箇所打ち抜くと同時、ノバラが扉を倒しつつ中に入るという、奇襲効果を狙っての作戦である。失敗すれば、それだけノバラが危険になるし、仮に失敗したとして、後の突入も困難となる。
たきなに掛かるプレッシャーは相当なものである。
だが、たきなはそれを飲み込んで。
一呼吸のうちに三射する。
全てが狙いを違えず、標的に吸い込まれる。
そして、三射の内、ドアクローザーを狙った最後の一発が当たるより早くノバラは行動を開始していた。
たきなの射線と交差しようがお構いなし。着弾したかも確認しない。
自分の体が対象ではなくても、射線を読み切るノバラには当たるかどうか見れば分かるし、たきなが撃ったのであれば、外すことはないと信じている。
姿勢を低くし、扉の前に一歩ほど助走を付け、着弾と同時、自らの体を一瞬で最高速まで引き上げて、扉に体当たりをする。
ガン、という激しい音ともに吹き飛ばした扉は、突入したノバラの上に跳ね飛んでいた。ノバラはそれを隠れ蓑にしつつ自らの気配を消して、地面を這うような低い体勢のまま突入した。視界の端に二人、短機関銃で連射をしている姿が見えるが、想定通り、ノバラの体とは見当違いのところを撃っている。
(正に教科書どおり。あとは……)
相手は、銃弾を向けた先に誰もいないと改めて認識して混乱している。その意識の隙間、哀れな獲物の一匹にノバラは牙突き立てる。
機械化兵であるのは手応えで分かった。
左手のナイフは金属に弾かれるような感覚がある。だが、右手は喉から脳髄方向に向けて刺したが、肉としては異質な感触があるものの、確実に奥まで押し込めた。
(
さすがに頭から上にはあまり機械らしい部分は付けられなかったらしい。皮膚や顔はそのまま、骨や筋肉、血管の一部を置き換えている感じだろうか。
思考回路は元の脳に依存しているであろうが、ここが潰されたとしても、それだけで、無力化されるとは限らない。肉体の機能が何とか維持できるなら、外付けで反撃程度の最低限は動かしてくる可能性は十分ある。
「たきな!」
ノバラが声を掛け、次の標的に移ると同時、たきなは状況を一瞬で把握すると、ノバラに攻撃を受けて、未だ立っている男の心臓付近を連射した。一発であれば、耐えられたかもしれない。しかし、それが寸分違わぬ場所、一発、二発撃たれ続けたとなれば、防弾だろうが、金属プレートだろうがぶち抜かれる。たきなは三射目で打ち抜いた瞬間、その標的は倒れた。
ノバラは二人目に対しては、頭部は同様に突き刺したが、心臓を狙うには、人間の姿にこだわったが故に、弱点となっている喉にナイフを突き刺すと、相手が混乱している最中に、相手の体を台にして飛び上がると、喉元に刺したナイフを心臓方向に思い切り蹴りつける。根本まで体内に押し込まれたそれは、十二分に心臓部を破壊した。
「ふーん。こんなもんか。いや、それともこの程度しか配置できなかったのかな?」
「後者でしょう。CBにしては随分中途半端ですね……」
部屋の中で現在視界の範囲にいるのは、震えて銃を構えてい中年男性が一人だ。撃つという気迫もなければ、その覚悟すらなさそうな有様である。
「リコリス、リコリスだと!? 何故、貴様らが私を狙う! 私を誰だと思っているんだ!?」
その言葉にたきなはおや、と思う。確かにリコリスの存在は、延空木事件で漏れかけたが、誰にでも認識されているというわけではない。
「ん~? 出資者の人だっけ? で、だからどうしたの?」
ノバラは事情を知っているようだが、それでも、敢えて、だからどうした、と問う。男は禿げた頭が茹で上がるほど顔を赤くしている。
「バカな! DAの上層部は知っているのだろうな!?」
「あなたが通じている上層部ってのが、誰だか知らないけど。近く処分されるんじゃない? ねえ、
自分の頼りにしている者が実質上失脚していること、自分の所属まで完全に把握されていることに男は顔を引き攣らせた。
「我々がどれだけ貴様らに金をかけたと!」
男の主張にノバラはクスクス、と笑みを浮かべる。
「あら、それはありがとう。でもそれはテロを正当化する理由にならないよね。というか、あなた、
ノバラが承知している限り、この男はCBで培った技術引っ提げて、別の組織に鞍替えしようとしているのだ。それが適わなかったら、機械化兵の優秀さをアピールするため、盛大なデモンストレーションという名のテロを画策していた。
CBはこの裏切りを知り、処分に動き始めたところだし、別の組織は技術や武器は欲しいが、この男は別にいらない。各組織がそれぞれに動き出し、自己の利益を得ようとしているところにDAが横槍を入れた形だ。
別の組織というのも厄介でこちらは、この者と違って、完全な戦争屋だ。CBの技術があれば、より効率的に戦争もできる。そして、現在の狙いは治安世界一位の日本である。事を起こして成功されれば、注目の的だ。メシの種に困らない。
このような複雑な事情が絡み合っているのである。
「まぁ、私たちも全部が全部税金で賄えるわけでもないから、出資者の話を聞くことはあるよ? でも、それは治安維持に資するお話に限るの。あなたたちのような欲望にまみれた話を聞く必要なんてない。……一応、あなたに限っては捕縛命令らしいから、
ノバラの冷たい目が男を見下ろせば、バケモノを見たかのようにブルブルと震え、青い顔して今にも気を失いそうだった。
今は殺さない、でも死んだ方が良かったと思う目に合わせてあげる。
全く目が笑っていないノバラの笑顔は男に暗い未来を思い描かせるのに十分だった。