Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
作戦終了後のリコリスたちはロビーで整列していた。
スタッフも客も事情を承知しているのだから、何の遠慮もする必要がない。
……もっとも、彼女たちは全員がその実情はどうあれ仕事中であるので、己が役割を淡々と実施せざるを得ないのであるが。
ノバラがロビーに現れると、号令を掛けている訳でもないのに、自然と全員が合わせたように『気を付け』の姿勢をとった。
隊列の中央付近に歩いてきたノバラは、軽く全員の様子を確認すると、微笑みを浮かべる。
「まずは、任務完了お疲れ様。楠木司令からも、よくやった、とお褒めの言葉を頂いているわ。私も皆が欠員もケガもなく、任務を達成できたことを嬉しく思います。さて、今回の作戦は思いのほか大規模なものとなったけど、それに見合うだけの成果を得ています。銃器、弾薬を相当数押収しているほか、肉体の機械置換技術の流出を未然に防げたことは、今後の治安維持の観点からしても大変有意義なものとなりました。また、これらを用いた敵集団に臆することなく立ち向かい、打倒できたことは大いに誇るべきことです。あなたたちの勇気と強さに、私も感服いたしました」
多くの者がノバラの言葉に嬉しそうに微笑んでいる。
それを見ながら、ノバラも外向けのお上品な笑みを引っ込めると、にぃと口の端を吊り上げて楽しそうな笑みを浮かべた。
「でも、任務に着いて間もない者は、驕らず謙虚に、諸先輩方から学べるものを貪欲に吸収するように。努力と鍛錬こそが、最も自分を裏切らない武器よ。ちょっと認められたからといって、サボらないようにね?」
釘を刺された形のかやを含めたサードたちは苦笑いを浮かべる。
『性根更生会ノバラ組』を筆頭に、まだまだ訓練漬けの日々は続きそうである。
「バス組は約二時間後、一五〇〇に出発としますので、それまでの自由行動の許可は頂いています。シャバの空気を吸いに出かけるのも良し、このまま休んでも良し。……ああ、そうそう。ここ、デザートビュッフェをやっているそうよ? 普通ならちょっとお高くて躊躇してしまいそうだけど、支払いは本部にツケておくから、行きたい子は行ってもいいわよ? 美味しいらしいので、食べ過ぎて、後で太ったとか文句は言わないように。あと、帰るまでが任務なので、油断しないこと」
ノバラの粋な計らいに皆が目をキラキラさせている。
ほぼ全員がデザートビュッフェに行きそうである。
……なお、フロントの受付さんを筆頭に、恨めしそうな目で見られていたことはノバラだけの秘密である。
「それでは、これで解散とします。皆、ありがとう!」
わーっ、という歓声と、ぱちぱち、と拍手の音が響く。
半ば以上、自由時間と無料でのデザートビュッフェに対する感謝だろうが。
皆が思い思いにビュッフェ会場に突入しようとしているので、かやも喜び勇んでそれに付いて行こうとするが、その前に首根っこを捕まれる。
「……何処に行こうとしているの、かや?」
「え、何処って、ビュッフェに……」
ノバラに引き留められたことに、嫌な予感を感じながら、かやは怪訝そうな表情をした。
「あなた、バス組じゃないでしょ?」
そして、ノバラに告げられる、無情な事実。
確かに、ノバラは『バス組は』と言っていた。そして、かやは車組である。
その事実に気づいて、かやは愕然とした。
「え? えぇぇぇ!? そんな殺生な!?」
ふわふわで甘い生クリームも、濃厚でクリーミーなカスタードも、ほろ苦くとろける甘さのチョコレートも、目の前にありながら、遠い存在となってしまった。
かやは涙目である。
うるうると潤んだ瞳でノバラを見つめて慈悲を乞うが、相手が悪い。
「私も、エリカも、ヒバナも。事後の仕事があんのよ。あなた、ももちゃんの代わりで来ているんだから、逃がさないわよ?」
良くも悪くも仕事人間なノバラは、仕事を終えた者に配慮はしても、終えていない者に慈悲はない。
エリカとヒバナは最初から分かっていたのか、特に文句もないようで、可哀そうなものを見る目でかやを見ながら、苦笑いである。
「そ、そんなぁぁぁ!?」
床にシクシクと泣き崩れるかや。
外で思う存分甘味を味わえる機会などそうはない。かやの嘆きもよく分かるところである。
「……食べて行かないんですか、ノバラ?」
研究熱心なノバラのことだ。一流の高級ホテルでのデザートビュッフェなら、本来は自分も行きたいはずだろう。顔にこそ出さないが、実は相当残念だろうと思い、たきなは念のためそう確認してみる。
「……たきなは行きたいなら行ってもいいよ? 自分で帰ってもらうことになるけど」
ノバラのわずかな逡巡の時間に、たきなはその無念さを感じ取る。だが、だからと言って、本業を疎かにしない辺り、千束をして頑固と言わしめるだけの意志の強さを感じる。
これは誰が何を言おうが、前言を翻すことはないだろうな、とたきなは考えながら答える。
「いえ、それではまたの機会に。私だけで行ったら、千束が不貞腐れてしまいそうですし。千束とすみれも……クルミとミズキさんも連れて改めて来ましょう?」
「あはは。それも楽しそうだね」
……ノバラの言葉にたきなは違和感を覚える。
(……あれ? もしかして、今、ノバラは約束するのを避けましたか?)
常であれば、すぐに乗ってきそうなものであるのに、はぐらかすような回答だった。
意図的なのか、無意識なのか分からないが、その違和感がたきなには非常に気持ち悪い。
「じゃあ、私は車回してくるから」
たきながノバラを追及しようとするより早く、エリカがそう言ったので、タイミングを失ったたきなは、仕方なく追及の言葉を飲み込む。
「ほら、かや。そんなところに座り込むな。汚れちゃう」
「はぁぁぁ……せっかくの甘味が……」
ヒバナに引っ張られた立ち上がったかやはどんよりと顔色を曇らせている。
「たきな、ヒバナ。かやをよろしくね」
そんなかやの様子を見ながら、ノバラは唐突に踵を返した。
「……ノバラ? どうしたんですか?」
たきなが不思議そうにノバラを見ると、ノバラは恥ずかしそうに少しだけ頬を染める。
「お花摘みだよ! ちょっとだけ先に行って待っててね!」
ああ、と頷いて、たきなも項垂れているかやに肩を貸すようにしてエントランスに歩いていく。
程なくしてエリカの運転する車が来たので、行きと同じようにかやを三列目シートに乗せ、ヒバナは助手席に、たきなは運転席の後に座って、ノバラを待つ。
「お待たせ~!」
そう言いながら、車に乗り込んできたノバラは二つの白い箱を手に持っていた。
「ノバラ、それは?」
たきなの言葉にノバラは満面の笑みを浮かべると、箱の一つをたきなに押し付け、もう一つの箱を開け始める。
「あ、たきなのヤツはリコリコの皆にねー。……ほら、かや、これあげるから、元気だしなさい。まったく……」
そう言って、ノバラがかやに差し出していたのはシュークリームだった。
「ほ、ほわぁぁ!? 隊長殿、これ、これは!?」
「見りゃ分かるでしょ? シュークリームよ。おみやでもらってきたの。リコリス棟に持ち込むと面倒なことになりそうだから、車の中で食べてね。あ、皆の分もあるから。一人二個までね。カスタード・アンド・生クリームと、チョコクリーム、イチゴクリーム、レアチーズ、あと抹茶ね。仕方ないから、かや、一番に選んでいいわよ?」
「隊長殿! 隊長殿!! かやは! かやは一生隊長殿に付いて行きます!!」
感激にむせび泣くかやに、やっすい忠誠だなぁ、とノバラは苦笑した。
なお、かやは、カスタード・アンド・生クリームとチョコクリームを、エリカはイチゴクリームとレアチーズを、ヒバナはカスタード・アンド・生クリームとイチゴクリームを、たきなはレアチーズと抹茶を、ノバラは残りのチョコクリームと抹茶を食べることとなった。かやは涙を流しながら食べ、運転中のエリカはヒバナに食べさせてもらっている。たきなとノバラは被らなかったレアチーズとチョコクリームを半分こにしながら、仲良さげにお互いに食べさせあっていた。
一人だけ放置される形となったかやは、食べさせあいっこをしている先輩方をちょっとだけ羨ましそうに見つめる。
甘味を食べつつ、談笑しながらの道のりは早かった。エリカはリコリコの前に止まると、たきなが降車する。
「たきな、ごめんね! 先に話してた通り、報告書とか作んなきゃいけないからさ、私はエリカたちと本部にいくから、ちょっと遅くなるよ。じゃあ、皆によろしくねー」
「ええ、承知しました。こちらも、皆で美味しくいだきますよ」
たきなはノバラから渡された白い箱を軽く掲げて、ノバラを見送る。
発車後、しばらく、ノバラはたきながリコリコに入っていくの見つめていたが、その姿が見えなくなると、ふぅ、と息をついた。
「……良かったの? ノバラちゃん、たきなに嘘ついて」
「えー? 嘘はついてないよ。ホントのことを言ってないだけ」
「これだもんなー。ノバラは敵に回したくないよ」
何やら分かっている様子のエリカとヒバナはやれやれと苦笑しているが、かやは何のことか分からず、首を傾げる。
「え……どういうことでありますか?」
「私たちが事後の仕事があるのは、本当。でも別口の仕事もあるの。ねぇ、ノバラちゃん?」
ノバラはちょっと気だるげに頷いた。
「片翼殿にも手伝ってもらってもよろしかったのでは?」
かやの言葉にノバラは首を振る。
「……千束が絡んでないなら、それでも良かったんだけど。今回のたきなは千束からのお目付け役だからね。あんまり、後ろ暗い仕事は見せたくなかったんだよ」
「後ろ暗い、でありますか」
「ま、平たく言えば、リコリスから出た裏切り者の処分」
その相手が思い付いたかやは、ああ、なるほど、と考え、瞳に炎を灯らせた。