Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
療養中となっているリコリスがリコリス棟から抜け出すのは簡単ではない。
内へ入る者も外へ出る者も厳重に監視されている。
一般のリコリスが
だが、仮に協力を得ることができたからと言って、すんなりと抜け出すことができるかと言えば、答えは
……仮に抜け出すことができたとしたら?
「ちょっと考えれば、泳がされているって分かりそうなもんだけどね」
車から降りたノバラはそう言いながら、座りっぱなしで強張った背筋を伸ばすように両手を上に伸ばしながらそう言った。
そう考える余裕すらないのか、それともおつむが弱いのか。
仮にもファーストの地位にあったものがこのザマとは、とノバラは渋い顔をする。
「そう?
一方のエリカは辛辣だ。ファーストだったから、などとは考えない。最初から考えなしのバカとしか思っていない様子である。
「……エリカお姉さま、実は物凄く怒っていらっしゃる?」
口調こそ柔らかいものの、その言葉の裏の罵詈雑言を感じ取ったかやは若干顔を引きつらせて、エリカに問う。
「ん~? もう、怒る必要すらないと思うけど。リコリスとしてなら、家族とも仲間とも思わないまでも、同僚くらいには見ることができたけれど、今や完全な抹殺対象だよ? かやちゃんたちみたいに更生の機会は与えられていたハズだし、それを選ばずに、より楽な方へと動いた彼女たちには、同情の余地すらないもの」
エリカは顔こそ笑顔だが、まるで目が笑っていない。
一つ行動を間違えていたら、自分もその目で見られることになったのか、と思うとかやは背筋に冷たいものが走る。
「私は、仮にも元同僚だから、思うところがないわけではないけど。仕事は仕事だし、そこはちゃんと線引きはしないとな」
ヒバナはさすがに若干の心理的抵抗があるものの、仕事に対する使命感がそれを上回る。多少の同情はあっても、引き金を引くことに躊躇いはない。
「……かやは大丈夫?」
ノバラはエリカとヒバナについては、場数を踏んだセカンドであるが故に
だが、かやは別である。
訓練は受けてきているものの、このような経験はなかっただろう。
そして、相手は直属の上司とも言うべきファーストや同期が含まれている。
かやがここでノバラたちを裏切ることはあり得ないが、引き金が重くなってしまうことは十分にあり得る。そして、それがかや自身を危機に陥らせてしまうであろうことも。
「ご心配頂き恐縮であります、隊長殿! ですが、その心配はご無用に願います! 小生とて、使命を受けし、リコリスの端くれ。自らに与えられた任務に十分耐え得ると確信しております!」
踵を鳴らして気を付けの姿勢をとったかやは、敬礼の状態でそう宣言する。
ノバラはそんなかやの様子に満足そうな笑みを浮かべる。
「結構。それじゃあ、狩りを始めましょうか?」
何故こうも上手くいかないのか。
少女は焦っていた。
ある種の軟禁状態であった彼女は、元部下の手引きで、同様の軟禁状態にあった部下たちを連れ、リコリス棟から抜け出すことには成功した。
更には、本部敷地内からも監視カメラなどの設備をすり抜け、最寄の駅まで来ることはできた。
彼女を支援していたDA上層部からの指示では、ここから都内まで移動し、某ホテルでDAへの出資者である、とある研究所の人間と接触することになっている。
リコリスではなくなってしまうが、後のことはその者に託してある、とも。
今となっては、彼女にリコリスという立場への未練も執着もない。
リコリスの多くは、リコリスの仕事は『親に対する恩返し』と評する。この親は大半はDAという組織そのものであるが、彼女にとって、親というべきものは彼女をこれまで支援してきたDA上層部の者のことである。
今回も、彼は自分のことを助けてくれた。だからこそ、彼への恩に報いる必要がある。そのためであれば、リコリスとしての立場を捨てることにさえ躊躇はなかった。
彼女に付いてきた者たちも気持ちは一緒だろう。
優秀であるはずの自分たちを笑い者にするために、『
思い出しただけで腸が煮えくり返る。
彼女はあれさえ無ければ、華々しくファーストとして活躍をしていたと信じる。
だが、結果として彼女は模擬戦に敗れ、誰も彼もに蔑みの目で見られているように感じていた。
せめてDAに一矢報いてやりたい。
そう考えたのは、
いずれにしろ、その思いが、彼女たちを決断させて、本日ここに実行している。
……だと言うのに。
飛び込み事故があったことで電車が遅延している。
彼女はギリッ、と親指の爪を噛んだ。
『足抜け』する際には、当然、逃走経路なども考えていた。
幸いにも、元部下が何くれとなく手助けをしてくれていたおかげで、逃走経路の監視カメラを黙らせ、本部の境界フェンスを乗り越えても、未だ追っ手がかかった様子もない。本来であれば、時間ぴったりに電車に乗れていたハズであったのに。
しかし、ここで予想外の足止めを食らっている。
時間が経てば経つ程、自分たちが『足抜け』したことが発覚する確率は上がっていく。そうすれば、持ち出してきた限りある弾で戦闘をするほかなくなる。
協力者と合流するまでの間は、なるべく使いたくはなかった。
「どうします、リーダー? 何なら、その辺の車を盗んで……」
焦れた様子のサードが一人、そんな提案をする。
ここにいる全員、その程度の技量はあるので、やろうと思えばできる提案ではあるが、車での移動はリスクもある。Nシステムでラジアータに補足される可能性だ。せっかく今は見つかっていないのだから、あえてリスクを冒す必要はない。人に紛れることができる分、電車の方がマシなのだ。
「……最悪はそうするしかないけど、今は止めておきなさい」
「しかし、このままでは……」
なおも何か言いたげなサードの少女に彼女はカッとなる。
「あなたに言われるまでもなく、私も考えているところよ!」
大声を上げてしまってから、失敗したな、と思うものの、フォローをする余裕は彼女にはない。
慈善の策に頭を巡らせることが優先だったからだ。
そんな中、ぱちぱち、と拍手の音がする。
彼女は怒りを巡らせ、その音の方を見て……そして、ぎょっとした。
「いやいや。見苦しくて大変結構!」
そこには、にやにやと笑みを浮かべ、おかしそうに拍手をしているノバラがいた。
「『
彼女は怒髪天を衝く勢いで怒りを漲らせると、サッチェルバッグからグロックを取り出してノバラに銃口を向けた。