Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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同情しないノバラちゃん


93 execution

「『影狼(shadow wolf)』!!」

 

 銃口をノバラに向けたまではいいが、少女は引き金を引けずにいた。

 

(どうしてコイツがここにいる!? いや、それよりも、いつからそこにいた!?)

 

 彼女は駅に着いてから無警戒だったわけではない。

 そして、それは、他の少女たちも同じだろう。

 いずれ追われると分かっているからこそ、いつ襲われてもいいように警戒はしていた。

 

 ……だが、誰一人として気付けなかった。

 

 その事実にぞわりと悪寒が走る。

 

「……何の用? 何でこんなところにいるの?」

 

 単なる偶然の可能性もある。

 個人的には思うところはあるが、積極的に争うべき相手ではないことも理解している。

 だから、問うたのだが。

 

 そんな彼女を見て、ノバラはけたけたと笑う。

 

「え~? それ、こっちのセリフなんだけど? いけないなぁ……勝手に抜け出しちゃあ。悪~い、おおかみさんに食べられても知らないよ?」

 

 ノバラは、がおー、などと顔の横で両手をわきわきとさせて、ふざけているが、そんなふざけた様子とは裏腹に一部の隙も見出せない。

 

 改めて対峙するとよく分かる。

 

 ……最上ノバラは心底バケモノだということが。

 

 つーっ、と汗が一滴頬を伝って、地面に落ちる。

 

「……やっぱり、アンタが追っ手ということみたいね」

 

 彼女は引き金に指を掛け、ギリギリまで引き絞る。

 銃を向けられ、銃弾を放つ寸前だと言うのに、ノバラには一切の動揺は確認できず、それどころか、楽しそうにさえしている。

 

「追っ手? 違うよ? だって、追っ手っていうのは、捕まえる人でしょう?」

 

 くすくすという笑い声、嘲りの声が、四方から響いたように感じた。

 

「……私は処分しに来たのよ」

 

 その声が聞こえたときには、彼女は銃弾を放っていた。

 一発ではない。全てだ。遊底が下がったまま、戻らなくなっても、引き金を引き続ける程に、何度も引き金を引いた。

 

 冗談のような光景だ。

 

 ノバラと彼女の距離は十メートルあるかないか。

 彼女とて訓練を積んだリコリス。その距離は必殺必中の間合いとさえ言える。

 

 ……最初の弾丸はするりと避けられる。

 しかし、それは織り込み済み。避ける先を想像し、そこを狙う。

 

 だが、奇妙なことに遠近感が狂うような感覚を受けた彼女は二発目の狙いを定めることができないまま放ってしまう。

 にやり、と笑ったノバラの顔が網膜に焼き付く。

 三発目。その憎たらしい顔を目掛けて撃つ。

 ……いない、と気づき、それでも、ノバラの影を求めて四発目を放つ。

 五、六、七……連続して打ち続け、いつしか、カチカチ、という空しい引き金の音がする。絶望感とともに、もうマガジンには弾がないのだと気づいた。

 

「……それで? もういいの?」

 

 元の位置に立っているノバラの姿が、動いてさえいないのではないかと錯覚させる。

 

「撃てっ! 撃ちなさい!!」

 

 叫ぶ彼女に周囲の少女たちが構えようとする。

 

 ……瞬間、バチっと地面が弾けた。

 

 少女たちがその原因に思い至るより早く、ノバラがスッと手を上げる。

 

 カチャリ、カチャリ、カチャリ、カチャリと四方から金属音がする。

 

 その音の理由が少女たちの視界に映る。

 

 物陰から身を出した制服姿の少女たちが自分たちを囲むようにして銃を構えていた。その数は自分たちの倍以上。

 

「なっ!?」

 

 彼女はそれを見て、顔を引き攣らせた。

 いずれも本部所属のリコリスで、見たことのある顔がちらほらある。それどころか、元部下の者さえいた。

 

「どうして!?」

「……『どうして』? これがあなたの望んだ結末でしょう? 裏切者さん?」

 

 彼女自身には、DAを裏切った、という自覚はあまりない。

 むしろ、DAこそが自分を裏切った、とさえ思っている。

 

 少なくとも、これまで、忠実に任務を熟してきた。

 そんな中で、とあるDA上層部の一人の目に止まり、サードからセカンドへトントン拍子で出世した。彼女自身が美少女然とした華やいだ容貌をしていたことも理由ではあるのかもしれない。彼が彼女に何を求めていたのか、彼女には知る由もないが、自分を引き上げてくれた彼には感謝しかなかった。

 そんな中で、延空木事件が起き、彼女は彼の子飼いとして、本部でファーストとなることが決定した。口さがない者は、彼女を、顔と体でファーストになったヤツ、と揶揄した。

 冗談ではない。彼女とて、努力を怠ったつもりはないし、相応の実力を身に着けている。

 単なる嫉妬で謂れのない中傷を受けて、大人しくしていられる訳もない。

 古巣では、出てくる前に、悪評の根本を潰してから、本部にやってきた。

 所管するチームの人員には、自分と同様に彼の支援を受けている者が何人かいた。それ故に、その者たちと打ち解けるのは早く、そして、本当の意味で彼の子飼いとなるべく、活躍したいと考えていた。

 そんな中で口にした疑問。

 そもそも延空木事件は何で起こったのか。

 電波塔事件の『英雄』が、何故今更出てきたのか。

 全国中継に映ったリコリスは一体何をしていたのか。

 自分を揶揄した古巣の連中と同様、本部でもくだらない噂話で盛り上がるなど、管理がなっていないのではないか。

 これらを面白おかしく話していたところ、チームの人員がより自分を見るようになった。認められたと思った。

 欠員が多く出ていたせいか、本部のリコリスの中には派閥というべきものがなく、結果として、所管チームでまとまっていた新参者の自分たちが最大派閥のようになってしまった。

 そして、彼女を含め、地方から転属となった者たちは、自分たちは優秀だという自負があった。

 故に、自分たちはすぐにでも活躍できると思っていた。

 

 その矢先。

 

 最上ノバラというバケモノに叩き潰された。

 

 見た目こそ派手にやられたが、意外にも彼女の負傷で一番酷かったのは脱臼くらいで、後は打撲がほとんどだった。

 ふざけた格好のノバラに良いようにやられたことは無様としか言いようのない有様ではあったが、それでも、彼が治療の手配なども行ってくれていたらしい。

 もっともその後、彼女たちは何故かリコリス棟の中でも療養区画と呼ばれるそこに閉じ込められてしまったわけだが。

 

 しかし、その処遇が彼女たちの心を蝕んだ。これまでの忠誠、感謝は何だったのか、と思う程度には。

 そこに、療養区画に入らなかった元部下から彼からのメッセージが届けられる。

 彼からのメッセージは、今の境遇に不満がないか、別の組織へ移ることもできる、そのため、今の境遇から解放する、とのことだった。

 悩むことすらしなかった。元々、出世だって、彼のためであった。だから一も二もなく彼の提案に飛びついたのだ。

 

「……抜けようと思っただけで、裏切ってなんかいないわ!」

 

 彼女の言葉を聞いて、ノバラはやれやれと首を振る。

 

「厚顔無恥も甚だしいね。支給品の強奪、脱走、合流相手はテロ組織。それにあなたたちの頭の中には機密情報が詰まっている。これを無断で持ち出すことは、当然組織を危うくする。それらのリスクを承知して抜けるんだ。裏切り者以外でどう表現すればいいのかな?」

 

 ノバラの言った、自分たちが合流を予定している相手がテロ組織だと言うのは彼女にとっても寝耳に水だった。

 

「テロ!? そんなの、私たち知らない!?」

「知らない訳はない。リコリス全員に開示されている情報に載っている。そして、知らないからと言って、許されるものではない」

 

 確かに、リコリスには重要なテロ組織は公開されている。だが、彼からの話にはそんな話はなかったはずだ。

 彼女は目の前が暗くなる想いだった。

 

 精一杯やってきた。だと言うのに、どうしてこんなことに。

 

 ……いや、元凶が目の前にいるではないか!

 

「最上ノバラ! アンタの! アンタのせいよ!」

「ふ~ん。それで?」

「アンタさえ! アンタさえいなければ!!」

「……それで?」

 

 ノバラの目は冷たい。まるで汚物を見るような目である。

 殺気もない、敵意すらない。

 人間としてすら見ていない、その目に彼女は怯えて、それ以上何も言うことができず、ぱくぱくと口を開け閉めするに留まった。

 

「上手くいかなければ他人のせい。あなた、自分を省みたことないの? あなたは模擬戦で私に負けたことが原因だと思っているようだけど。私に勝てば良かっただけの話。自分の実力不足を他人のせいにしないでくれる? それに、私、あのときも言ったよね? あなたの軽々しい言葉のせいだって。その意味も理解せず、また、周りを巻き込んで……その子たちがここで、殺されるのも、あなたが私に殺されるのも、全部、あなた自身が撒いた種よ?」

 

 彼女は上げられたままの、ノバラの手が動く気配を感じた。

『撃て』という合図だろう。彼女はノバラに手を伸ばす。

 

「やめっ……!?」

 

『やめて』というより早く、無情にもノバラの手が下げられる。

 

 パシュ、パシュという音が聞こえ、彼女の部下たちの体には赤い花が咲いた。

 彼女以外、誰一人の例外なく。

 

 ドサリ、と倒れた彼女たちが地面を赤く染める。鉄臭い血の匂いが辺りに広がる。

 

「あ……ああ……」

 

 その匂いを嗅いで、彼女は目から涙を溢れさせた。

 

「さぁ……それで? どうするの?」

 

 この目の前の光景を見ても、何とも思わないのか、ノバラは顔色一つ変えた様子がない。

 

 その様子に彼女はカッとなる。

 

 部下を殺されたのだ。黙っていることなどできはなしない。

 

 腰からナイフを引き抜く。

 

「あああぁぁぁぁ!!」

 

 走る。

 ノバラにその殺意を突き立てるべく。

 

 短刀を抜刀したノバラの姿が見え……そして、消えた。

 

 ぐるりと回った世界の中で、彼女には、その刀身が見えた。

 

(ああ……なんて、キレイ……)

 

 そんなことを考え、彼女の意識は何もない闇の中に消えていった。

 

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