Roses fall fleetingly, violets bloom vividly   作:MIA

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「ご苦労だったな、ノバラ」

 

 司令官執務室でノバラは楠木の膝の上に座りながら、抱き着いていた。

 

「……楠木さんは、人使いが荒すぎる~!」

 

 ぐりぐりと頭は楠木の胸の辺りに押し付けて、不満気にするノバラに、楠木は苦笑しながら、頭を撫でる。

 

「すまんな」

 

 この間も大規模作戦の後に、新人リコリスの教導を。

 今回は、テロ組織関係の排除と裏切り者の処分を。

 

 これほどの規模を一日二件ずつ使っても、不満を言うくらいでケロッとしているのは、リコリスの数は多くともノバラの他に幾人もいるまい。

 

 楓が融通を利かせてくれるおかげで、ノバラを比較的自由に使うことはできたが、彼女自身の負担は相当大きなものであっただろう。

 

 戦力不足という危機的状況において、奮闘したノバラに感謝と、愛しさを含めて、楠木はノバラの頭を柔らかく撫でていた。

 

「これで、また貸しが増えましたね。何で返してもらおうかな?」

 

 顔を上げたノバラはにこにこと笑顔だ。

 

「……まったく。交渉上手なのは楓の影響か? 先の要望書なら通してやったぞ」

 

 苦笑した楠木はぽふぽふとノバラの頭を軽く叩く。

 今回の貸しを返した、というには、少々安すぎる気もするが、幸いにも補充の人員に当てもある。見込みのあるサード二人とおまけで問題のあるセカンド一人くらいであれば、楠木の裁量の範疇内である。

 

「だから、楠木さんってすき~!」

 

 ノバラは子どもが母親にするようにぎゅうっと楠木に抱き着いた。

 

「……はぁ……今更のことではあるが。お前、司令に馴れ馴れし過ぎだろ?」

 

 その様子を傍らで眺めていたフキは盛大に頭を抱えたい気分だったが、大きくため息一つをつくに留めておいた。

 

「フキもお疲れ様。サクラはどうだった?」

 

 だが、そんな姉の様子をまったく気にも留めないノバラは暢気なものだ。楠木の膝の上で座り直すと、そう問いかけた。

 

 ノバラたちがホテルでの任務と裏切り者の処分を行っている間、サクラを指揮官とした別部隊が、DA上層部の背任者の確保に動いていた。

 

 延空木事件以前から、DAという組織自体に不満を持っていた上層部の一人が、延空木事件を契機として、本当にDAに見切りをつけた。支援していたリコリスを引き抜きつつ、ラジアータを始めとしたAI技術を盗んで鞍替えをしようとしていた。

 当然、その動きは事前に察知されていたのだが、それで本人はバレていないと思う辺り、頭はお花畑だったのだろう。都合のいい未来しか描けない野心家だったと言うべきか。

 合流の準備を進めていた彼をサクラたちの部隊が強襲した。それなりの装備をした護衛もいたのだが、彼女たちはまったく恐れを見せずに吶喊した。

 曰く、ノバラ隊長を前にする方が万倍恐ろしい、とのことだ。

 一体どんな訓練をしているんだ、とフキは、訓練隊長を務めている妹の鬼教官振りが気になった。

 

「……可愛気がないくらいに完璧だったよ。事前に誰かさんとがっちり模擬戦をしていたせいか、気合も入ってたしな」

 

 サクラに対する懸念は部隊間でのコミュニケーションだったが、彼女たちの多くはサクラに畏敬の念を持って接していた。

 聞けば、サクラを指揮官、相手をノバラとした模擬戦の評価が高かったようだ。真夜中から朝方近くまで連続して行われたその模擬戦は、全体参加者こそ三十名程度であったが、見学者は倍以上に上ったという。

 結果はサクラたちの惜敗と言った感じではあるが、多くの者が倒れるまでバケモノのごとき実力のノバラに向かっていき、最後までその士気を保たせたサクラの評価が上がっていた、らしい。

 

「それは良かった。なら、フキも嬉しい話が聞けるでしょ。ねぇ、楠木さん?」

「そうだな。今回の功績をもって、サクラのファースト昇格は確実だ。訓練不足のサードの教導、そのサードを主力としたDA上層部の背任者の確保。射撃精度が高く、本人自身の戦闘能力も優秀で、部隊指揮には卒がない。……十分合格点だ」

 

 サクラのファースト昇格の言質が得られたことにフキはホッとした表情をする。

 目をかけていた後輩であり、自分の相棒だ。内心では声を上げて、踊りだしたいくらいには喜んでいるが、楠木とノバラの前なので、自重する。

 

「……だが、フキ。お前の引退は早々には許可されないぞ? 良くも悪くも、千束がリコリスとして活動する限り、お前が先に降りることは許されない」

 

 しかし、続いた楠木の言葉に、フキは少しだけ肩を落とした。

 リコリスの仕事に誇りを持っているフキは積極的に引退したい訳ではないのだが、自分がファーストに居座ることで、優秀な後輩がファーストに上れないのでは、ということを最も懸念している。

 その次が、後進の育成を積極的に行いたいと思っていること。つまりは教官として、DAに再雇用してもらうことを希望していた。それだけの実力はあると自負しているし、ミカと同じ立場に立ってみれば、同じ景色が見れるだろうか、という想いもあってのことだ。

 

「……そうですか」

 

 そう言ったフキの気持ちはともかく、すんなりと認めてもらうことはできないであろうことはフキも理解していた。特にこの人員不足の中では特に。

 ……だが、千束対策の一環というのは、微妙に納得いかない。

 

「サクラにみっちり仕込めるって考えたらいいんじゃない?」

 

 ノバラの言う通り、引退を伸ばすことのメリットはそこだ。

 今は一目置かれているらしいサクラだが、どこでぽかをやらかすかは分からない。しかし、フキが側にいれば、未然に防ぐことも、事後的にフォローすることも可能だ。

 

「そうだな……実質的指揮権をサクラに引き継がせて、お前がフォローする形を取るのであれば、私も安心できる」

「しかし、それは……いいんですか?」

 

 問題は、同じ部隊内にファーストが二人。しかも、ファーストと同士でペアを組む形になる。

 あまり聞いたことのない変則的な配置だ。

 

「先例自体はある。事情を考えても妥当性があるから、十分理屈は立つだろう。サクラに対する風当たりが気になるところではあるが……」

「あはは。サクラがそんなの気にする訳ないじゃん。実力で黙らせるでしょ?」

 

 楠木の不安を笑い飛ばすかのようなノバラの言葉に、楠木はノバラを意外そうな目で見た。

 

「おや、随分、サクラに対する評価が高いな?」

 

 仲は悪そうではなかったが、実力に対するノバラの評価は基本的に甘くない。

 

「フキが目を掛けているのもあるけど。私に向かって、『負けてやらない』って言ったのよ? 折れない心は、何時だって強い。叩けば、叩くほど強くなる。フキや私と同じように」

 

 フキは千束と比べられても折れることなく、努力し続けた。

 ノバラは優秀な姉二人に追い付けるように、血反吐を吐くほど練習し続けている。

 そして、サクラは恵まれた体躯と射撃センスにのみ頼るのを止めて、基礎トレーニングからみっちりやり直している。憧れの先輩に近づくために。ライバルに勝つために。

 

「フキも同意見か?」

「そうですね。まぁ、凡人の私たちと違って、アイツの方が才能があると思いますが」

「ふむ……だとすると、ファーストとしてのデビュー戦は大きな舞台になるかもしれないな。そうだろう、ノバラ?」

 

 その言葉に少し考える仕草をするノバラ。

 

「さすがにそれは可哀そうすぎないかな……?」

 

 フキと楠木の様子を伺うような視線で、そう答えるノバラの様子に、フキはノバラにしては珍しいな、と考える。

 できるできないで判断することが多いノバラが、サクラを気遣う様子を見せている。

 

「不安があるのか?」

 

 楠木もそこに違和感を覚えて、ノバラに続けて問う。

 

「小さい成功があってこその、大きい成功でしょう? いきなり、大舞台にぶち込んで失敗したらトラウマものだよ? まぁ、楠木さんがどうしてもというなら反対はしないけど」

 

 言っていることは分かるがどうにもしっくり来ない。

 これは何か隠し事をしているな、とフキはピンときた。

 

「……何があるんだ?」

「ん~? ウチの楓司令に任されている作戦のこと」

 

 ノバラは惚けた様子も見せないで、そう答えるが、詳細は語らない。機密事項に当たるからノバラ自身の口からは語れない、といったところだろうか。

 

「そうか。フキはさすがに耳に入っていないか」

 

 まだ開示前の作戦情報だ。ノバラが知っているのは基幹要員であり、実質上の現場指揮官と決まっているからである。

 ファーストとは言え、作戦に従事するかどうかすら決まっていないフキにはその情報は与えられていない。

 

「……そんなに大規模なんですか?」

「大規模と言うより、色々な思惑が絡んでるから、すっごい面倒臭い!!」

 

 ノバラが凄くイヤそうな顔をしている。

 だが、様々な思惑が絡んでいるような厄介な案件は実にノバラ向きと言えた。

 大人の思惑なんて関係ねぇ、とばかりに横面を叩くだろうから。

 

「内容自体は単純なものだ。一人、護送するだけだからな」

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