Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
「証人出廷で一時的に東京の拘置所に収容されている死刑確定者の移送を計画している。まぁ、それだけなら、大した話ではない。問題は、ソイツが元リリベルだということだ」
楠木は、はぁ、と深いため息をつく。
警察署襲撃事件のときもそうだったが、隠蔽できない事件があった場合、身代わりを捕まえることは、聞くことがある話だ。
そして、それには、元リリベル、元リコリス、花葵所属の者が使われることが多い。
「何かの身代わりですか?」
フキがそう聞くことは楠木も分かっていたことだ。だからこそ、もう一度深いため息をついた。
「……そのはずだった」
「……はず?」
どういう意味だ、とフキが首を捻る。
楠木の膝から降りたノバラは、とてとてと冷蔵庫まで歩くと、中からお茶を取り出し、コップに注ぐ。手慣れた様子で、三人分をテーブルに置くと、ノバラはフキの隣に座り直した。
「フキは電波塔事件は知ってると思うけど、同時期に起こっていたテロは知ってる?」
「いや……」
「こう言っちゃなんだけど、あれ一つだけじゃあ、テロとして弱いと思わない?」
「待て。それじゃあ……」
フキはノバラの言葉の裏を探る。
言いたいことは分かる。
電波塔事件だけではなかったということ。
だが、だとすれば、この国は相当危うい橋の上を渡っていたことになる。
「全国主要都市で一斉にテロが起きるはずだったんだよ。電波塔事件が派手過ぎたせいでクローズアップされちゃったけど、他でも起きるか起きようとしていたんだよ」
ノバラの言葉の言葉を聞きながら、楠木は軽くグラスを回すようにした後、お茶を一口、口に入れた。軽く喉を潤し、当時のことを思い出す。
「札幌、仙台、東京、名古屋、京都、大阪、広島、高松、福岡、沖縄。元々の計画は十都市を対象としていた。ただし、同一組織によるものではなかったから、連携らしい連携はなかったがな」
ノバラと楠木の言葉にフキは息を飲んだ。
「電波塔事件を起こしたグループが色んなテログループに決行日をリークしたのよ。戦力分散の意味も兼ねてね」
不穏な動きがあれば、DAは対処せざるを得ない。
そうすれば、その分東京の戦力は薄くなる。
「結果、DAは一局集中で事に当たることができなかった。十分な応援を得られなかった結果が電波塔事件、という訳だな。だが、一方で他の都市は、比較的上手くやった。札幌、京都、広島は事前に計画自体を潰し、名古屋、高松、沖縄は小さな爆発事故として処理できた。ただ、仙台、大阪、福岡は、電波塔事件にこそ隠れているが、それなりの規模となった結果、完全な隠蔽は難しくなった。だから、組織抗争の体を取って、組織犯罪処罰法違反で何人かを身代わりで逮捕させた。今回の対象者は、仙台での主犯となった者だ」
「誰もが身代わりで逮捕されたと思ってたんだけど……この人、本当にテロ組織に参加していたんだよ。だから、リリベルの上の方はカンカンでね?」
この辺の事情は複雑だ。
だが、簡単に言えば、当人はリリベルという組織に恨みがあったということだ、とノバラが言う。
「一方でリリベルの隊員は擁護する立場となった。現役時代に慕われていたのだろうな。だが、そのせいで、事態はよりねじ曲がった。当の本人は仙台の拘置所に収容され、弁護人以外との面会、差し入れ、信書の発受を拒否。事実上、手を出せなくして、悠々としたものだったと聞いたが」
裏の手続きでは身代わりとして逮捕させる手続きが正規に行われていて、表でも刑事訴訟法上の適正手続が執られている。この状態で、公的機関に拘束されている当人をどうこうするのは、相当難しくなっていた。
「あとは裁判中くらいしか接触する機会はなかったんだけど。さすがに裁判所は……無理だよね?」
「やってやれなくはないが、リスクが大きすぎるな」
公で実施されている裁判中に襲撃は無理筋である。隠蔽工作もかなり難しい。相当数の人員を動員してやっとというところだが、裁判所という場所が特殊過ぎる。DAの手はそれなりに長いが、検察、弁護士、裁判官といった面子全てに手を入れるのは中々に難しい。
「ま、そんな訳で、順調に裁判進行して、十人以上の殺人に直接又は間接的に関与したということで、死刑判決が出た。実際、そうなんだから、それは仕方ないんだけど……」
ノバラがその先を言い難そうにしていると、楠木が補足する。
「……擁護していた現役のリリベルの一部などが離反して、テロ組織に合流した。ソイツの身柄の確保を目的にして」
狂信的と言って良い程の執着。
何が彼らをそこまで駆り立てたのかは、楠木にも分からないが、その醜聞と言って良い事態は、リリベルにとって最大の汚点となっている。
「リリベルくんたちは優秀だからねー。そのテロ組織でも戦力の中核となっているよ」
個としても群としても強力な彼らは、リコリスの奇襲強襲に対して、正面からの打倒が主である。テロ組織に与すれば、その実力から実行部隊の主力となるのは、自明と言えよう。
「更には当該事件の共犯者という者が二、三年に一度捕まっている」
「何故そんなことを……」
「死刑を執行させないためだよ。事件に関与の疑いがあるウチは執行できないから。捕まった連中は、のらりくらりと裁判を長引かせて、その人の死刑を執行できないようにした」
「そして、ソイツを二年ほど前に仙台から東京へ移送している。身柄の扱いが特殊なので、中立性を考えて、リリベルではなく、リコリスが護衛を担当した」
楠木の言葉にフキがジロリとノバラを見る。
「あ、私じゃないよ?」
その頃のノバラと言えば、札幌から仙台への異動でそれどころではなかった。
「計画担当は、DA仙台支部特殊作戦群を所管していた司令官。現場指揮は当時のエクストラ筆頭。ダミーの情報を拡散すると同時、移送を強行した。裁判で証人の出廷が決まる前にな」
「実に鮮やか手並だったねー……」
DA本部すら意見がまとまらない内に法務省への根回しを済ませていて、誰もがこれからと思ったときには移送を終えていた。せっかく人を集めていたテロ屋も目が点になったことだろう。
「司令官も指揮官も性格が捻じ曲がった
楠木にしては珍しいF言葉だ。
フキは衝撃で顔を引きつらせた。
「……く、クソ女……?」
「あー……相当性格悪かったらしいよ? 外から見てたら分かんないけど」
「人の裏をかくのが得意で、相手が悔しがる姿を見てゲラゲラ笑うようなヤツだ」
楠木の言葉にフキはノバラを見つめる。
「私じゃないよ!?」
ノバラが慌てて両手をぶんぶん振りながら、首も振る。ノバラ的には心外である。
そんな様子に楠木は薄く微笑んだ。
「ノバラはこれで可愛い方だぞ?」
楠木とて、フキの言いたいことは分からないではないが、ノバラの場合、戦略、戦術的にそうするべきという意図が分かりやすい。人の裏をかいて悔しがる姿を見て笑う、という点では同じだが、少なくとも悪意はない。おそらく。
「……コレが?」
だが、フキにはあまり違いが分からない。そのため、怪訝そうな表情でノバラを見た。
「フキお姉ちゃん、酷い~!?」
私、そんなに酷くないよ、と嘆くノバラに、どの口が言うんだ、とジト目のフキ。
「いや、お前の底意地の悪さも相当だぞ?」
「それは否定しないが」
「そこは否定してよ、楠木さん!?」
しくしく、と泣き真似をするノバラ。
「まぁ、奴らが最悪だったのは、国内にテロリストが入り込むのは織り込み済みで、身柄を東京に送ったから、後は東京の仕事、と押し付けてくれたわけだ」
「仙台も仙台で移送のあとすぐにその司令官と指揮官が死んじゃってごちゃごちゃしてたんだけどね」
さらっと言ったノバラだが、結構、重要な話だ。
フキがノバラを見ると、ノバラはきょとんした顔をする。
(……まさか、な……)
証拠も何もないのに、糾弾することはできない。フキには疑問があったが、この場では飲み込んだ。
「まぁ、楓に後任が決まっていたのは幸いだったな。ノバラを付けてやったんだから、それくらいは治めてもらわないと割に合わん」
「私は大変だったんですけどねー……」
ノバラが遠い目をしているところを見るに、厄介な案件に引っ張り出されていたことが容易に想像できる。
「……今回、楓が計画を担当しているのは、仙台の拘置所へ還送する計画だ。二番煎じは通用しないだろうから、別の方法を行うことになるが……どうなんだ、ノバラ?」
「私もそんなに詳しくは聞いてないよ? デイジーが最適解を計算しているとは思うけど、
「やはり、そうなるか。下手をすれば……下手をしなくても三つ巴か。厄介なことだ」
「それは……つまり」
「身柄の確保を争って、リコリスとリリベル、それと元リリベルが争いになる。これが最低ライン。……ね? 面倒臭いでしょ?」
うぇー、と顔を顰めるノバラ。楠木も苦い顔をしている。
「……そう言えば、対象の組織は?」
「世界の秩序がどうたら言ってる頭のおかしい連中」
「衆の強さを背景に、壊れた天秤で世界の調和を目指す狂信者」
「「『
大きな爆弾を預けられた形になったフキはため息をつきながら、たきなが待ってるから帰るねー、と笑顔で手を振るノバラを見送った。
「さて、フキ。残ってもらってすまんな」
「いえ、聞きたいこともありますので」
「私が答えられないことも多い。だから、まずは私の話を聞くように」
「はい」
スッと楠木が目を瞑る。
言い辛そうにしているのが、フキにも伝わってくる。
楠木が瞑目してから、数秒程度だろうが、フキにはやけに長く感じた。
「……こんなことを言うのは酷かもしれないが、ノバラのことを信用するな」
「は!?」
フキは楠木の言葉に驚愕する。
「リリベルでさえ、あんな有様になったのだ。リコリスとて、同じこと。各司令官や上層部で思惑も違えば、主義主張も異なる。派閥同士で争うこともある。本当に色々な思惑が絡んでいる。お前が作戦に当たるとも限らないが、ノバラを味方だと思わずに警戒しろ」
「アイツが裏切るって言うんですか!?」
「裏切りではない。楓やアイツ、私や上層部の思惑は異なるというだけだ。同じ方を向いているならいい。だが、アイツが相対してくるなら、私もお前も、たきなや千束だって殺しに来る。それだけの覚悟がある。だからそのときが来たら迷うなよ、フキ」
「…………はい」
フキは歯を食いしばってそう言って、司令官室を出る。
(……そのときが来たら、か……私に撃てるか?模擬戦ならいくらでも銃は向けられる。実銃でも訓練なら向けられるだろう。だが、実戦で引き金を引くとなれば……私には無理だ)
爪が食い込むほどに手を握り締める。
(信用するな、と言われてもな。……私がアイツにできるのは最後まで信じてやることしかできそうもない。私が姉としてできるのはそのくらいだ。アイツがその気なら、この命だってくれてやる。それで後悔なんてしない)