Roses fall fleetingly, violets bloom vividly 作:MIA
今回は皆さんお待ちかね牛タン回です。
「せりちゃん、すずなちゃん。着いたよー」
すみれは、後ろの座席で可愛らしく眠っている二人に声を掛ける。
「んぅ……」
せりはとろんとした目を擦るようにしながら目を覚まし。
「んぁ?」
すずなは起きると同時に大きなあくびをしている。
「って、あぁぁぁ!? もう着いたの!? しまった、寝落ちした!」
「心地よかったから仕方ないよ、すずな」
「うぁぁ……景色を見ながら、優雅に旅行気分に浸る予定だったのに……」
がっくりと項垂れるすずなを支えるようにしながら、苦笑気味のせりが言葉を掛ける。
「終わったことは仕方ないでしょ?帰りにでも……」
楽しめるでしょう、と言おうとしたところで、すみれが補足を入れる。
「あ、帰りはしれぇが東京まで載せて行くから車だよ?」
すみれには、全く悪意はないのだが、何度もすずなの楽しみを潰している形となった。すずなは半泣きのまま、すみれをぽこぽこと叩く。
「何ですみれさんは、ウチの望みを潰していくんですか!?」
「えぇ!? これ、すみれが悪いの!? ノバラちゃんから何も言われてない?」
「……や、そこは、片道切符しかない時点で気づくべきでしたねぇ」
そう言えば、とすももが預かった切符は片道分しかなかった。こっちで買えという意味とも捉えられるが、ある程度こちらへの滞在時間が決まっているにも関わらず、何の手配もしていないことで、別の手段で帰るのかもしれない、というのは想像しておくべきものであった。
「うぅ……絶対においしいもの食べて、仙台満喫してやるんだから!」
むきー、と怒っているすずなの様子を見て、せりはクスクスと笑っている。
「じゃあ、しれーさんに牛タンのおねだりしないとだね」
改札の辺りには周りから浮いた白衣を着た女性が二人見えた。
「あー、しれぇと川辺せんせーだ!」
ててっと歩き始めたすみれは、するすると他の客の間を抜けて、改札を通る、と二人の前に歩み寄って微笑んでいる。
「しれぇ、久しぶりー。川辺せんせーも久しぶりー」
「よしよし、すみれ元気にしてたか?」
楓はいいながら、すみれの髪がガシガシと撫でる。
「うん。すみれは元気だよ」
「あら、それは良かったわ。元気で過ごせたなら、検査結果もいいでしょう」
川辺がそう言って、すみれの首根っこを押さえつけた。
「あ、あれ? 川辺せんせー? しれぇが牛タン食べていくって言ってたはずなんだけど」
「検査前に食べられるわけないでしょう?あなたは、私が連れて行って、先に検査」
「そ、そんなぁぁ!? 牛タンは!? 牛タン!」
本来であれば体力差がありすぎて、引っ張ることなどできないのだが、すみれは、川辺に引っ張られているので、後ろ歩きするような形で、川辺に付いていく。
「あとで持ち帰り用の弁当買っててやるから、早く行けー」
その姿に楓がそう答える頃には、他の三人が楓の前に到着する。
「うぅ……皆、お先にー。また明日ねー……」
ぶんぶんと手を振っているすみれの姿が遠くなっていく姿に、すももは苦笑する。そして、改めて、楓に向き直ると、おや、と思う。
(技術開発部出身と聞いていたんですがねぇ……)
年の頃、三十前後である旨は資料で知っているが、身長の低さと童顔で年齢以上に若く見える。だが、肉の付き方を見るに、ただ研究一辺倒という貧弱な印象はない。
(……さぁて、これは何とも底が見えねぇお方で。なるほど、ノバラの姐さんが大人しく下に付くだけの器量はある)
「……さて、すもも、せり、すずなだな。私はDA仙台支部特殊作戦群司令官の楓だ。分かりやすく言えば、ノバラの上官だ。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いしますよ、楓司令。本部所属、セカンドのすももです」
「お、同じくサードのせりです!」
「すずなでーす」
「……まぁ、君たちは今日のところはゲストだ。堅苦しいのは無しにしようか。せっかく、仙台まで来たんだ、まずは牛タンでも食うべ?」
冗談めかして、楓がそう言って、にぃと笑うと、すずながバンザイして大喜びする。
「司令! 奢りですか!?」
「自腹なんてケチ臭いことは言わんよ。育ち盛りなんだから、たらふく食べるといいさ」
「マジですか!? ぃやったぁぁぁ!」
ガッツポーズをして、更にはぴょんこぴょんこ跳ねるすずなは色んな意味で目立っている。
「ちょ!? すずな! 恥ずかしいからやめてー!」
慌ててせりが止めようとするものの、逆に捕獲されて、バンザイさせられている。
「はっはっは。そこまで喜んでくれると奢り甲斐があるな」
「ほら、司令もそう言ってるし」
「だからって跳ねないで!? 見られてる見られてる! スカートめくれそう!」
「大丈夫だよ、下は見せパンだし」
「だからって、積極的に見せるもんじゃないからね!?」
「もぅ、せりはお堅いなぁ……」
「何だか私が悪いみたいに!?」
何とも騒がしい二人に楓もすもも苦笑気味だ。
「ほら、すずな嬢。早く牛タンを食いに行っちまわねぇと、混んじまいますよ?」
すももがそう取りなすと、すずなは楽しそうにせりの手を引いて歩き始める。
どこで食べるのかすらよく分かっていないだろうに、完全に勢いだけで動いている。
やれやれ、と肩を竦めた楓が二人に追いつくと、先導を始める。
「駅中の牛タン通りでもいいんだがな」
楓が案内したのは、駅前にほど近い有名店だった。
入口に一歩足を踏み入れれば、炭火で焼かれているお肉の良い匂いがする。
テーブルをリザーブしていたのか、奥まったテーブルに通されると、奥側に楓とすももが並んで座り、それに向かい合うようにせりとすずなが座った。
「司令! 何頼んでもいいんですか!? ウチ、このお高いヤツ食べたいんですけど!」
「ちょ!? すずな、遠慮なさ過ぎだよ!?」
「別に構わんよ。すみれはえらい量を食べるし、ノバラはノバラですずなと同じように高いのを食べるからな。安いもんだ」
「ま、なら、あたしも遠慮なく、すずな嬢と同じのにしましょうかね」
「で、では、私も!」
全員が決まったのを見計らって、楓がプレミアムで極まっている定食を四つ頼む。味付けは、楓とすももは塩、すずなとせりは、塩と味噌の合盛りだ。
程なく運ばれてきた定食を見て、すずながきらきら笑顔になる。
「おほ~……これはぷれ~みあむですな! で、では、いただきます!」
他の人がまだ手を合わせている隙に、すずなはさっそく牛タンを一切れ口に運ぶ。
丁度よい塩気、炭火で焼きあがった香ばしさ、こりこりとした食感。
固さも食感もあるのに、噛めば口の中で解けるようだった。
そして、じんわりと口に広がる肉のうま味。
「うんま!? めちゃウマ! 牛タンってこんなに食べ応えあったっけ!?」
一切れ食べただけなのに、肉食ってるなぁ、という感じがする。
「……ウチが今まで食べてたあのうっすいペラペラなヤツはなんだったんだ……こんなの食べたら、ウチ……っ! ウチは、もう、あの頃には戻れない!」
せりは、おおげさな、と思うものの、ちょっと涙を浮かべているすずなを見るに、本気らしい。目の前の牛タンにごくりと喉が鳴る。
「……あむ! ……んー! んー! ホントだ、すっごいおいしい!」
せりはお肉を噛みながら、幸せそうに頬を押さえる。ほっぺが落ちそうとはまさにこのことである。
「それでは、あたしも失礼して……ん。なるほど。これは確かに。……それに南蛮味噌も付けて食べると……辛さがよく合いますねぇ」
これは確かにプレミアムに極まったヤツだ、とすももも納得の味である。
美味しそうに牛タンを頬張る三人の少女を見ながら、楓は頬を緩める。
「喜んでくれて何より。奢ったかいがあるよ」
「ごはんにとろろをどばーっとな」「お行儀悪いよすずな?」「え~? こういうもんでしょ?」「じゃ、じゃあ、私もどばーっと……わ、ちょっと零れた」「せりにねばねばな粘液がついてるのは、何かエロい」「エロい!? 酷い!」「ん~……テールスープの塩気とネギのシャキシャキがまた何とも」「ももちゃん先輩! せりはエロいと思いませんか?」「エロさと言うよりは、罪悪感を感じますねぇ」「あ~……純真無垢な子を汚してる的な。なるほど。分かります」「あ、でも、とろろご飯おいしい!」「……見ました? あの唇についたとろろ舐めとったの? ヤバくないです?」「すずな嬢は想像が豊かだねぇ……デザートの抹茶大福も……うん、文句なしでさぁ」「あれ? ももちゃん先輩食べるの早すぎません?」「喋ってばっかのすずな嬢が遅いんですよ」
きゃいきゃいと楽しそうに話しながら、和気藹々と食事を取る三人のリコリスに楓は懐かしさを感じる。
(ノバラとすみれと食事をしたのは……一応は、あの模擬戦の打ち上げが最後か。まだひと月も経ってないのに。騒がしい食事が懐かしくなってしまうとは。どうやら、私も寂しかったらしいな)
楓は自嘲気味に笑うと、すみれを構い倒すためテイクアウトの弁当を色々頼むことにするのだった。
仙台に初めて遊びに来た友人が牛タンを食べるとすずなちゃんのような反応をすることがあります。
昔はもっと安かったのに、今や完全高級なおもてなしメシに……