アドニスと春奈と鬼道の3人は、すっかり暗くなってしまった帰り道を歩いていた。
だが誰も何も喋らず、どこかぎこちない雰囲気である。
そこで鬼道が口を開く。
「そういえば俺も前々から気になっていたんだが…なぜ世宇子から雷門へ転入したのか聞いても大丈夫か?」
そう、アドニスへと尋ねた。
以前も影山から同じ質問をされた事があり答えられないままでいたのだが、それは何となく影山に対して嫌な感じがしたからだった。
鬼道に対してなら、大丈夫だ。
アドニスは答える。
「はい。世宇子ではサッカーをさせて貰えなかったんです。」
「奴らの…か。」
「私は部員希望だったんです。でも…」
アドニスは世宇子の時の事を話した。
アフロディから声を掛けられて入部した事。
部員での入部のつもりだったのが、怪我をされたら困るからとマネージャーにされてしまい、抗議したら勝負をさせられた事。
ハンデを付けて貰ったにも関わらずその勝負に完敗させられ、もうその部ではサッカーをやらせて貰えなくなってしまった事。
完全に除け者の扱いだった事。
「そこでキャプテン…円堂さんと出会ったんです。」
「あいつにか。」
「はい。円堂さんは練習中に割り込んだ私を、すごいと目を輝かせながら褒めてくれたんです。それが嬉しくて……」
「フッ、あいつらしいな。」
「私を必要としてくれる場所は世宇子よりも雷門だったんです。」
「成程。そういう事だったのか。」
アドニスがあの時、戦国伊賀島の小鳥遊との勝負の時に我を忘れていたのはそれが原因か。
一応は納得する鬼道だったが……ではなぜ先程アフロディはあんな必死な形相でアドニスを取り返そうとしてきたのか。
まさか影山からの命令だろうか。だが、影山とは世宇子の廊下で一度すれ違った事があるというだけだったようだし、アドニスが影山の事を知っていたとは思えない。
いや……以前は世宇子にいたという事で、影山は彼女に目を付けているのかもしれない。
世宇子には何か秘密があるのだろうか。
もっとも、影山が関わっているという時点で真っ当なチームではないだろう。ついこの前まで影山に付き従っていた自分がそう思うのも変な事かもしれないが。
鬼道はそう考えながら、そのまま春奈とアドニスをそれぞれの家まで送り届けたのだった。
フットボールフロンティアスタジアム。
帝国の時のような悲惨な光景が、またしても繰り広げられていた。
『な…何という状況だぁー!開始10分だというのに
準決勝戦。
海賊を思わせるユニフォームを着用している狩火庵中の選手達は1人残らず倒されていた。彼らもここまで勝ち進んで来たチームであり強豪であるのだが、全く歯が立たないまま勝利を掴む事も出来ず決勝を逃し、痛みと悔しさにただ泣き崩れるのみ。
『従って決勝進出は……』
それは、まるで神の力を持ったチーム。
『世宇子中だあぁーーっ!!』
この結果に当然という事のように世宇子イレブンは薄い笑みを浮かべる。
これから自分達はサッカー界の頂点に立つ神となる存在。決勝進出など神としては当然であり造作もない事。
「………。」
だが、その中でアドニスを取り返す事の出来なかったアフロディは終始、その瞳に暗い影を落とし無表情のままであった。
試合中はいつものように身体は動いていたが、ずっとアドニスの事が気掛かりであった。
その光景を見ている、学生服を着た3人の少年。
それぞれ浅黒い肌に面長で唇が膨れ上がった似通った顔をしており、刈り上げられた髪は青、緑、赤の髪色。お揃いのサングラスを掛けている。彼らを見分けられるポイントは微妙に違う髪型と髪色のみだろう。
「ふーん、世宇子中か。勝ったのに何であの金髪クンは無表情なんだか………でも面白いじゃん。俺達の敵じゃない、みたいな?」
この悲惨な光景を見せられてなお、3人とも余裕な表情を崩さずに口々に言いたい事を言う。
「あれが決勝戦での俺達の相手…みたいな?」
「あんなの僕達に掛かれば一捻りですけどね。」
「誰にも俺達は止められないぜ!!」
彼らこそ、雷門中の準決勝の対戦相手。
名門である木戸川清修の3つ子ストライカー。
それぞれの名前は、青い髪で語尾に~みたいな、を付ける長男の
「今年こそ木戸川清修が全国一の栄光を掴むんだ!」
「でも、その前に倒すべきヤツがいるよ?」
「ああ、豪炎寺修也。…ここで会ったが1年目なんだけど100年目…みたいな?」
木戸川清修は、豪炎寺が以前いた学校であった。3人はある理由から彼に対して恨みを持っているのである。
「そしてコテンパンに叩き潰す!!」
彼らはそれぞれの手を重ねる。
「「「俺達3兄弟は絶対無敵だあーっ!!!」」」
人前にも関わらず大きな声で叫び、その場で注目を浴びる3人であった。
___シュッ、トスッ
静寂の中、弓の弦を引く音と矢を放つ音だけが交わる場所。
その場にいる者は皆、無言のまま真剣な眼差しで的を正確に射ようと、自らの集中力を高めながら弓を射ていた。
アドニスは今、サッカーユニフォームではなく濃紺の袴の道着をまとい、弓道部の練習へ混ぜて貰っていた。
足の怪我が治っておらずサッカーの練習は無理な為、今は必殺技発動の集中力を高める訓練をしているのである。
激しい動きをせずに集中力を高めるには弓道が良いと考えたのだ。
弓は前世でも狩りの際に使用していた道具。
この世界に生まれてからは、あまり触れた事は無かったがこの機会に弓道部へ少しの間、入部する事にした。
弓と一言に言っても大きさなどの違いはあるのだが、すぐに馴染む事が出来た。
弓に矢をつがえ、弦を引く。矢が飛んでいき的にトスっと刺さる音がどこか心地いい。
夢中になって弓を引いていると声を掛けられた。
「きみ、すごく筋がいいね。このまま弓道部に入部しない?」
弓道部の部長から、そう誘いを受ける。
だが、アドニス自身はこの世界では思い切りサッカーをやるという事を決めていたため、その誘いを丁寧に断った。
「そうか。また気が変わったら声を掛けてね。」
残念そうな顔をされてしまうが仕方がない。
これもサッカーの為の練習なのである。
練習を再開し、集中する。
真剣な眼差しで今は的に向かって矢を放つのみ。
神を討つ事が出来るまで。
「わあ、アドニスちゃん。かっこいい!」
こっそりと影からその様子を見ている春奈と鬼道。
「結構フォームは良いようだな。あれをサッカーに生かす事が出来れば良いんだが…」
「きっと成果が出るよ!」
「だと良いんだがな。…さて、俺達はグラウンドへ戻ろう。」
アドニスは矢を放つ事に集中している為、声を掛けるのはやめ、そのままサッカー部へと戻った。
グラウンドには円堂を始め雷門メンバーが揃っており、各々ストレッチをしたりボールを蹴る練習をしていた。
戻って来た2人を見つけ、円堂が声を掛ける。
「おっ!!鬼道と音無が戻ってきた。アドニスはどうだった?」
「ああ。順調そうだったぞ。何か必殺技を編み出せればいいんだが。」
「絶対、何か出来ますよ!私はそう信じています!」
「そうか、それなら良かった!まだサッカーが出来ないのは残念だけど、その分を他の練習に当てるなんてさすがアドニスだな。」
「妙に弓矢が似合っていたぞ。…あのまま弓道部に行ったりしてな。」
若干からかうように鬼道が言う。
「そんな事ない!あいつはサッカーが好きだから、絶対にサッカー部に戻って来るさ!」
真っ直ぐな目で反論する円堂であった。
そして全員部室に集合し、春奈はいつものようにメモを取り出し対戦校の事を話し始める。
「次の準決勝は………木戸川清修です。」
名門として有名な学校。そして。
「そこって確か、豪炎寺が前にいた学校だよな?よりによってそこと準決勝か……」
その名前を聞いた円堂が豪炎寺を見つめる。
「前に自分がいた学校と戦うなんて、俺がもし転校したとして雷門と戦う事になったら……やっぱり嫌だな。」
染岡が同情するように豪炎寺へと言うが、彼は気にしていない様子である。
「関係ない。どこの学校だろうとサッカーをするだけだ。それ以外に何もない。」
そう、椅子に座り自分の靴下を直しながら淡々と言うと、グラウンドへと出て行った。
「そうだな!…サッカーはサッカーだなっ!」
円堂は豪炎寺へ笑顔を浮かべた。そして全員、彼に続いてグラウンドへ出ていき練習を始める。
「あのー…一応まだミーティングが……」
部室から出て行ってしまった彼らに呆れながら春奈が呟く。
「無駄だ。春奈。なんせ奴らはサッカーバカなのだから。」
鬼道が春奈の肩をポンと叩いた。
グラウンドで練習を開始した彼らのもとに夏未が駆けつけて来て、全員に聞こえるように声を張り上げた。
「皆、聞いて!Aブロック準決勝の結果が届いたわ!」
その言葉に全員が夏未の前へ一箇所に集まり、緊張気味に耳を傾ける。夏未は若干言い辛そうに話を続ける。
「決勝進出は………世宇子中よ。彼らと対戦した学校は…帝国の時の様に全員病院送りにされてしまったそうよ。」
「世宇子…」
……やはり奴らか。
その名を聞いた鬼道は思わず唇を噛み締めた。
奴らは絶対に決勝へと上がってくる。それは分かっていた事だったが、完敗させられた時の事を思い出すと悔しさが込み上げてきた。
「これで決勝戦は確実に世宇子と当たる事になったな。…準決勝、絶対にここで負けるわけにはいかないな。」
鬼道の肩に手を乗せながら豪炎寺が言った。
「…ああ。」
そう短く返事をしながら鬼道は帝国の仲間達の事を思い浮かべた。
影山ではなく自分へと付いてきてくれ、共に戦い抜いて来た帝国メンバー。
全国ナンバーワンの実力を持った誇り高い仲間達。
………それが。
今まで聞いた事も無かった奴らによって蹂躙され、無残にも全員が病院送りにされた。
危うく、もうサッカーが出来ない身体にされてしまうところだったのだ。
必ず俺は、お前達の仇を打ってみせる。世宇子を倒す。
待っていてくれ。
鬼道は拳を握りしめながら改めて決意を固くした。