雷門中が無事に準決勝を勝ち進み、次はいよいよ決勝戦。フットボールフロンティア全国大会も大詰めを迎える時。
白い大理石で出来ており円盤の様な形をし、翼を広げた女神のような石像が埋め込まれ、まるでそこに神々が実在しているかのように神々しく荘厳なサッカースタジアム。
どういう原理なのか、その巨大なスタジアムは空に浮いていた。
その指令室で、影山は部下の黒服の男と向かい合って話をしていた。
「手筈は整っております。」
「そうか。ご苦労。」
黒服の男の言葉に、影山は無表情のまま静かに労いの言葉を掛ける。
「…それから。」
そして続けて命令を下す。
「雷門中にいるアドニスと言う小娘。この世宇子の秘密を知っている可能性が高い。試合前に必ず奴を捕らえておけ。」
「はっ。」
黒服の男は影山へ丁寧に頭を下げ、その場を去って行った。
影山はそのままグラウンドの方へ目を向ける。
グラウンドでは、世宇子の選手達がそれぞれ練習をしていた。
どの選手も迫力のある必殺技をいとも簡単に展開しており、中でも___
「ゴッドノウズ!」
舞い散る純白の羽根。白く神々しい稲妻をまとったボールがゴールに一直線に放たれる。
ボールがゴールに刺さった途端、轟音が何重にも鳴り響き煙が立ち込める。
ゴールはその力に耐えきれなくなり崩れていったのだ。
それを見た影山は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
雷門の生徒達が登校中の賑やかな朝の通学路。アドニスと春奈は2人で歩いていた。
しかし、まるで朝の明るさと引き換えたかのように彼女達はどこか元気が無かった。
「アドニスちゃん。いよいよ次は……だね。」
「…うん。」
ついにこの時が来てしまった。
前々から彼らが立ちはだかってくるという事は分かっていたが、やはり気が重い。
春奈も、これ以上どうやってアドニスに声を掛ければ良いのか分からなかった。下手に慰めてもきっとどうにも出来ないだろう。
「ようっ!おはよ!音無とアドニス!!」
そんな2人の胸中を知らずに、追い抜いてきた円堂が明るく挨拶をしてきた。隣には染岡もいた。
「おはよう…ございます。」
「なんだなんだ?そんな暗い顔をして…」
「だって……」
俯くアドニス。
円堂と染岡が顔を見合わせる。
「もしかして、次の決勝戦の事か?」
「うう、はい。」
染岡の質問に春奈がどんよりと答えた。
それに対し、いつものように明るく声を出す円堂。
「んー……ちょっと気持ちは分かるけどさ……大丈夫だって!全力で練習して全力でぶつかっていけば、どうとでもなるさ!!」
「豪炎寺だって、自分が元いた学校の奴らと戦ったんだ。お前も逃げる訳にはいかないぞ。アドニス。」
染岡も励ますようにアドニスへ言った。
そうだ。今から雰囲気を重くしていては、勝つものも勝てなくなってしまう。
それに、戦国伊賀島戦も木戸川清修戦も出場する事が出来ず、早くサッカーをやりたいと心の中で思っていた。
自分を仲間にしてくれた雷門の為にも。そして驕り高ぶった神を倒す為にも。
最終決戦は自分が出場しなくてはいけない。
アドニスはそう思い少しだけ元気を取り戻すものの、心の奥底では不安を拭えずにいた。
「もう足の怪我も大丈夫なんだろ?今日からサッカーの特訓再開だぜ!アドニス!」
「…はい!」
「そうと決まれば…向こうまで競争だ!!」
笑いながらそう言うと同時に円堂は走って行ってしまった。
「あ!待って下さい!キャプテーン!!」
それに続くアドニス。
「やれやれ…兄弟かよ。」
「あはは……」
その賑やかな光景を呆れながら眺める染岡と春奈。
そして放課後。
グラウンドにはユニフォームを着た雷門メンバーが揃った。
「みんなっ!いよいよ次は決勝戦だ!!今まで以上に手強い相手だけど…全力で戦う為に特訓だっ!!」
「おうっ!!!」
円堂の言葉に奮い立つ一同。
その中でも鬼道は声が強かった。
ここまで来た。ようやく帝国の仲間の仇を討つ事が出来る。
そう思う傍ら、横目でアドニスの様子を伺う。
「…………」
アドニスの顔は若干、青ざめているように思えた。
鬼道は、そんな彼女にそっと囁く。
「前に言っていたな。世宇子ではサッカーをやらせて貰えなくなったと。自分を本当に必要としてくれたのは雷門だった、と」
「…!」
「その思いを奴らへと全力でぶつけてやるんだ。」
「鬼道さん…」
そこに突然、誰かが駆け寄って来る足音が聞こえ、全員が何事かと音の方向を見つめる。
「いた!アドニスさん!」
駆け寄って来たのは、道着姿の弓道部員達だった。そのまま切羽詰まった様子でアドニスへと詰め寄った。
「お願い、すぐ来て!アドニスさん!」
「えーっ?困るよ。今からサッカー部の練習が……」
円堂は苦情を言おうとするが、
「これから始まる試合に出れなくなった子がいるの!終わったらすぐ返すから、お願い!」
すかさずにそう言われ、アドニスは弓道部へ連れて行かれた。
彼女自身も弓道部にお世話になっていた為、断る事は出来なかった。
「終わったらすぐ戻ります!!」
振り返って円堂達にそう告げながら、その場を去って行った。
「仕方がない。時間も惜しい。とにかく練習をしよう。」
鬼道がそう言い、今はアドニス抜きで練習を始める事にしたサッカー部員達であった。
円堂は祖父の特訓ノートから見つけた最強のキーパー技、マジン・ザ・ハンドを習得しようと、染岡や鬼道からシュートの必殺技を自分に向けて撃ってもらっていた。
だが、何度やっても技の発動までには至らない。
「もう一度!行くぞ円堂!ドラゴントルネードッ!!」
「ツインブースト!」
「よしっ!来い!次こそは……」
2つの強力な技を同時に前にして、新たな必殺技を発動させようと意気込む円堂。
しかしそこに突然、何者かの影が現れた。
「な、何だ!?」
「誰だよ、あれは!?」
強力な2つの技をいとも簡単に両手に止めて見せたその人物は、ギリシャ神話のようなユニフォームに身を包み、腰まで届く絹のようなしなやかな金髪。
両手に止めたボールを持ちながら薄い笑みを浮かべていた。
まるでその場にいる者全員を見下しているかのように。
だが、それすらも美しいと思えてしまう程に整った顔立ち。雷門メンバー達は思わず見惚れる。
「!!」
だが鬼道と春奈は以前にも出会った事のある、その人物を警戒する。他の者は初対面な為、何が起きているのかを理解する事が出来ない。
「お前、すごいキーパーだなあ!!」
そんな2人の心中が分からない円堂は、いつものように朗らかにその人物を褒め称えた。
「ボクはキーパーではないよ。まあ、我がチームのキーパーならこれくらいは指一本で止められるけどね。」
相変わらずの上から目線の傲慢な態度。
「さて…キミは円堂守君だね。それに久しぶりだね。鬼道君と……その妹さん。」
「アフロディ…!」
鬼道は素早く春奈を自分の背中へ庇った。
「…おや?」
アフロディはキョロキョロと辺りを見回し、ある人物を探す。
「アドニスちゃんならここにはいませんよ!」
前に出て、きっぱりとアフロディにそう言い放ったのは春奈だ。
彼は春奈に目を向ける。
鬼道は再び、自分の背に春奈が隠れるようにした。
「それは困ったな。ボクは彼女に用があるのだけど。じゃあ、どこにいるんだい?」
アフロディはニコニコと微笑みながら質問をする。勿論その微笑みは好意的なものではない。
「あのさっ!結局、君は何なんだ?」
先程から自分を置いてけぼりにされ痺れを切らした円堂がアフロディに向かって声を掛ける。
「まだ分からないのか。こいつが世宇子中の…アフロディだ。」
それに鬼道が応じた。
「世宇子!」
今、目の前にいる人物は決勝戦の相手だったという事に驚く円堂。
「彼女が来るまで待たせて貰うよ。…その間。」
アフロディはそう言いながら、持っているボールを蹴り上げ宙へと飛び立つ。
「キミ達と遊ばせて貰おうかな…!」
そしてそのままボールを蹴り出す。
しかしそれは蹴ったというよりは、軽く爪先で触れたという感じで力は込められていない。だが、ボールの威力は弱く蹴り出されたとは思えない程、不気味な赤い稲妻をまとった強力なシュートとなる。
その威力は当たれば無事では済まされないと一目で分かるものだった。
「な、何あれ!」
「あれは…!」
驚きを隠す事が出来ない雷門メンバー達。
そのシュートは牙を剝いたように円堂へと迫る。
「!」
どんなボールも、ヘソに力を入れれば取れないものは無い!
円堂は迫り来るそのシュートから逃げようともせず、キャッチをしようと構える。
「よせ!円堂!!」
慌てた様子で鬼道が叫ぶが、その声は彼には届かなかった。
弓道部で緊急の助っ人にされていたアドニスは自分の出番は終わったため、サッカーユニフォームに着替えようと更衣室へ向かう。
サッカーの練習も早くやりたいけど、集中力が研ぎ澄まされるような感じがして弓道も良いな。これをサッカーに応用する事は出来ないだろうか。手に持っている弓を見つめながら色々考え廊下を歩いていると、女子生徒の話し声が聞こえてきた。
「ねえ、何かサッカー部が使ってるグラウンドにすごく綺麗な人が来てるって…」
「へえ?どんな人なの?」
その女子生徒の会話に、思わず聞き耳を立てるアドニス。
「長い金髪で、何だか神話みたいな服を着てるんだって!」
「!!」
まさか、あの人が来るなんて…!
そのあまりにも分かりやすい特徴を聞いた途端、嫌な感じがしたアドニスはそのままグラウンドへと走り出した。
「どうしたんだい?これが準決勝を勝ち進んで来たキミの実力かい。」
呆れている口調ではあるが薄笑いを浮かべながら、先程のシュートを受け止められず倒れた円堂を見下すアフロディ。
やはり神と人間が戦っても勝敗は見えているか。
こんな奴にアドニスを取られたのか。全く自分でも情けない。
「その様子では決勝戦は棄権した方がいいよ。」
「…何だと…!?」
「神と人間が戦っても勝敗は見えている。もはやどちらが勝利するかなんて…火を見るより明らかだろう?」
アフロディの傲慢な態度に、その場にいる者は恐れと共に苛立ちを感じていた。
円堂は立ち上がり、アフロディを睨みつける。
「……そんなの、やってみなくちゃ分からないだろ!!」
いつも明るく笑顔の彼らしからぬ、苛立ちを隠せない表情と口調に雷門メンバーも愕然とした。
「今の本気じゃないだろ!もう一発本気で来いよ!!」
「おい、円堂、もうよせ!」
気が立ってしまった円堂を風丸が宥めに入る。
丁度そこに、走って来たアドニスが辿り着いた。
アフロディはアドニスに目を向ける。
「…!」
いつもと違う、濃紺の袴の道着姿の彼女に少しの間見惚れるも、すぐに笑顔を向け彼女へ近付いた。
「アドニス…おいで。こんな人間達と一緒にいる事は無い。キミは神であるボクと共にあるべきだ。」
「残念です。私は人間ですから、いつまでも神様とは一緒にいれません。」
アドニスは静かにそう返答した。だがアフロディは引き下がらない。
「こいつらはキミに怪我をさせたじゃないか。ボクならキミをもっと大切にするよ。…さあ。」
そう言いながら、アドニスの腕を掴もうとする。
だがアドニスは素早く数歩下がると持っていた弓をアフロディに向けて構えた。
「……正気かい?」
アフロディは顔を引きつらせ驚くが、アドニスは無言のまま体勢を崩さない。
「………神に弓を向けるのか。ふーん。そうか。アドニス。ボクを裏切るんだね。」
こんな弓くらい簡単に躱す事が出来るだろう。だがそういう事ではない。
2度も迎えに来てあげたのに。それなのに。アフロディの心の中で何かがプツンと切れたような負の感情が引き起こされた。それは悲しく悔しいような…暗く嫌な感情。
本当はこんな事を言いたくない。思いたくない。
「…キミには幻滅したよ。せいぜい後悔するといい。」
顔に影を落とし、暗く若干震えた声でそれだけを言い、アフロディは一瞬で消え去って行った。
その数秒後、アドニスは糸が切れたように座り込んだ。
「アドニスちゃん!…大丈夫?」
春奈がアドニスに駆け寄る。
仕方がないとは言え、前の学校のキャプテンへと弓を向けてしまった。それは気分の良いものでは無い。
「あ、円堂、待てよ!」
円堂は無言のまま、イナビカリ修練場へと走って行ってしまった。それに続く風丸。
「何か、世宇子の…すごく高飛車だったよな。」
「綺麗な人だったでやんすが、あの態度はムカつくでやんす!」
「世宇子はあんなのばかりだ。」
口々にアフロディに対しての文句を言うメンバーに鬼道が淡々と答える。
「アドニスちゃん、前はあんなのと一緒だったんだ。なるほど、そりゃ離れたくもなるよね~」
松野からそう言われる。
至極その通りなのだが、アドニスは恥ずかしいやら何やら嫌な感情が混じり合い、何も言う事が出来なかった。