___これは夢なのだろうか。
アフロディは、どこかの広い草原に立っていた。
辺りを見回すと、少し遠くに古代ギリシャ風の服装をした短い黒髪の少年がいた。顔はよく見えないが同じ年くらいだろうか。
彼は何かと戦っている最中なのだろうか。弓矢を構えている。
アフロディは、なぜかその少年から目が離せなくなった。
どこからか大きな動物の足音が聞こえて来る。それは巨大なイノシシ。少年目掛けて突進してきていた。その角は鋭く、当たれば無事では済まされないだろう。
少年は弓を射るがイノシシは硬く、その矢など物ともせずに弾いてしまった。
「あ、危ない!!」
思わず少年へそう声を掛ける。が、その途端、巨大なイノシシはサッカーボールへと変わり、少年は_____
「…!アドニスッ!!!」
見覚えのある少女へと変わった。以前共に居たはずの、しかし自分の元を離れていった彼女に。
強力に飛んできたサッカーボールに直撃し倒れ込むアドニス。
全速力で走り、彼女のもとに駆け寄ろうとするが、なぜか近付く事が出来ない。
_____そこで目が覚めた。
無意識に伸ばしていた手を引っ込め、布団から起き上がる。
心臓が激しく鼓動を打ち、汗が止まらない。先程の夢に嫌な予感がする。
「でも……もう、やめるわけにはいかないんだ。」
決勝戦。後戻りは出来ない。
雷門中を倒し、自分を裏切った彼女へ制裁を加える。圧倒的な神の力の前にひれ伏せばいい。
アフロディは無理に余裕のある薄い笑みを浮かべた。
「みんなっ、いよいよ今日は決勝戦だ!頑張って行こうぜ!」
決勝戦当日。
フットボールフロンティア会場に向かう前に、集合している雷門イレブン。
円堂は、キャプテンとして全員の士気を上げていた。
しかし。1人だけ、まだその姿が見当たらない者がいた。
「アドニス…遅いな。」
「連絡は取れないのか?」
「それが…何度も電話を掛けても出ないんです…!アドニスちゃん。」
皆、なぜかまだ来ないアドニスを待つが、時間も迫って来ている。
もう行かなければ間に合わない。仕方なく、今いる全員だけで会場へ向かう事にした。
春奈は、とりあえず会場に向かっているからね。とアドニスにメールを打つ。
そして今、会場へと辿り着いたのだが。
「何だよ?!これ?」
入り口は閉ざされ、閉鎖と書かれた張り紙だけが張ってあるのだ。
その場にいる全員は混乱する。
そこに突然、夏未の携帯電話が鳴り出した。
「はい、そうです。……え、どういう事ですか?でも今更そんな…!」
電話に出た夏未は何を言われているのか、困惑を隠せない様子だ。
「はい。…はい。分かりました。」
通話が終わり、電話をしまうと円堂の方を向く。
「誰からだ?」
「大会本部から。急遽、試合会場が変更されたって……」
「変更?変わったってどこへだ?」
「それが……」
いきなり天気が曇って来たのだろうか。
そこにいる全員を影が覆い、突然辺りは暗くなる。
上を見上げると___
「何だあれ?!」
土門が驚きの声を上げる。だが、それは全員が思っている事。
なぜなら、彼らの上空には巨大な円盤の様なものが浮いていたからだ。
その円盤は白い大理石の様な物で出来ており、翼を広げたギリシャ神話の女神をモチーフにしたような彫刻がいくつか飾り付けられている。それはまるで、そこに神々が存在しているかのような荘厳な印象を与える。
「まさか、決勝戦のスタジアムというのは…」
そう。この空に浮いた重々しいスタジアムこそ、これから雷門中がフットボールフロンティア決勝戦を行う舞台。
世宇子スタジアムだった。
「まあまあ、決勝戦が出来るのならどこだっていいさ!!みんな、気合入れていくぞーーっ!」
現れた壮大過ぎるスタジアムに圧倒され、重くなってしまった雰囲気を円堂が打破する。
「そうだ、円堂の言う通りだ!」
「おうっ!!」
円堂に続き雷門中イレブン達は世宇子スタジアム内部へと入って行く。
黄金のサッカーボールのオブジェが並べられた広い廊下を歩いて行くと雷門中の控室に辿り着いた。
「控室も広いな…」
「さすが決勝戦の舞台は違うでやんす!」
いつになっても来ないアドニスを心配しながらも、準備に取り掛かる。
___同じ頃。
アドニスは、どこかのある広い部屋にいた。というよりそれは彼女の意志では無く、閉じ込められていると言った方が正しい。
彼女自身も訳が分からなかった。
それは今朝の事。
今日は決勝戦だと意気込み家を出ると、突然見知らぬ黒い服の男達に囲まれたのだ。
「雷門中の……アドニスだな?我々と来てもらう。」
「え?!あなた達は……?」
まだ朝も早く、人気も全く無い場所。
恐怖を感じながら抵抗する間もなく車に乗せられてしまい、どこだか分からない場所へと連れて来られてしまった。
特に手荒な扱いはされなかった為、今のところ無事だと言えば無事ではあったが、今日はフットボールフロンティア決勝戦なのだ。
皆と、戦うと約束したのに。
「どうしてこんな目に……」
大事な日に訳の分からない事が起こり、悲しく悔しい感情で頭が一杯になり、涙が頬を伝う。
せっかくここまで来たのに。弓矢の練習だって沢山してきたのに。皆………ごめん。
もう時間だ。間に合わない。
準備を終え、グラウンドへと出ていく雷門イレブン。
その有り余るほど多い観客席は既に満員になっており、帝国の時とは比べ物にならない程だった。
観客達は歓声をあげながら、今か今かと決勝戦を心待ちにしている。
「これが決勝戦……」
「円堂。お前に話しておきたい事がある。」
響木監督が真剣な眼差しで円堂を見つめながら言った。
___それは、円堂の祖父が、影山によって消されていた、という事。
円堂の祖父によって自分の人生を狂わされたと思い込んだ影山は、復讐を果たした。
そして今、その忌むべき男の孫である円堂守をも、毒牙に掛けようとしているのだ。
「……!!」
たった今話された事実に円堂は言葉を失い、怒りと悔しさに身体を震わす。汗が止まらず、心臓が波打つ。
「キャプテン…」
「円堂…」
「円堂くん…」
その様子を見守る事しか出来ない雷門メンバー。
「……じいちゃん。」
震駭する円堂だったが、自分の好きなサッカーをこれ以上、影山に汚して欲しくない。汚される訳にはいかない。
今朝家を出る時に母親から渡された、祖父が使っていたというキーパーグローブを見つめる。
豪炎寺と鬼道が、ポンと彼の肩に手を乗せた。
円堂は、目の前の仲間達を見つめる。
「監督、みんな………こんなにオレを思ってくれる仲間に会えたのはサッカーのおかげなんだ。影山は憎いけど、そんな気持ちでサッカーはするものじゃない!」
「円堂…!」
「サッカーは楽しくて面白くて、ワクワクして………一つのボールに、みんなの熱い気持ちをぶつける最高のスポーツなんだ!!」
__じいちゃん。どうかオレに力を貸してくれ!
円堂は祖父のキーパーグローブを装着した。雷門メンバーは最後まで戦い抜くという事を決め、全員で円陣を組んだ。
「オレ達はオレ達のサッカーで優勝を目指す!!全力でぶつかれば絶対に何とかなる!!行くぞっ!!」
「「おうっ!!」」
円堂の声に、雷門メンバーは緊張を感じると共に希望の力が湧いてくるような感情で溢れる。
そこに突然、吹き荒れる突風。現れた世宇子イレブン。
アフロディは余裕のある笑みで雷門イレブンの方を向いた。
が、よく見渡しても一番会いたい人物の姿がなぜか見当たらず、がっかりしたようなホッとするような複雑な感情が絡み合う。
アドニス?どうして…………
そう考えている間にも、研究員の男により世宇子イレブンにドリンクが運ばれて来る。
用意された人数分のグラスを、それぞれ手に取る。全員がグラスを掲げた事を確認したアフロディは、キャプテンとして音頭を取り、その場の気勢を高める。
まあ、どちらが勝利するかは決定しているも同然だが。
「ボク達の勝利に!」
「勝利に!!」
世宇子イレブンは、そのドリンクを一斉に飲み干す。
「あれって…」
「全員で水分補給…?」
それを、どこか不審に思いながら見つめる夏未と音無。
『いよいよフットボールフロンティア全国大会、決勝!!着実に成長してきた雷門中と、神がかった強さを誇る世宇子中!!果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか!!?』
実況が始まり、両チームの整列。
それぞれのキャプテン、円堂とアフロディが試合前の握手をする。世宇子イレブンは1人を除いて余裕な表情を崩さない。
「…アドニスは…彼女はどうしたんだい?」
アフロディは少しだけ迷いながらも、目の前の円堂に聞いた。
円堂は、お前には関係ないと言いたいところだったが、少し心配そうに曇った彼の表情を見て素っ気なく答える。
「まだ来てない。連絡も繋がらない。」
「…え?」
アフロディは目を見開く。
彼女に何が起こったのか。それは、ここにいる誰にも分からなかった。
だがもう時間は来てしまった。両チームはそれぞれのポジションへつき、準備をする。
『雷門対世宇子の試合、開始です!!』
試合開始のホイッスルが鳴り響く。
アドニスがいないまま遂に始まってしまった決勝戦。いつになく会場は盛り上がりを見せた。
世宇子によるキックオフで、試合は始まった。
ヘラからデメテル、そしてバックパスでアフロディにボールが渡る。しかし彼は、目の前にボールが来たにも関わらず走り出そうとしない。
「…動かない!?」
「舐めんな!!」
そこに迫る豪炎寺と染岡。
だがアフロディは余裕のある表情を崩さない。
「キミ達の力は分かっている。ボクには通用しないという事を。……ヘブンズタイム。」
アフロディが左手を上げ指を鳴らすと、彼以外の者の動きが止まる。まるでその場所の彼以外の時間が、止まったかのような光景。
そのまま急ぐ事なく悠々と歩きながら、動きが止まった豪炎寺と染岡を優雅に抜き去る。
そしてもう一度、指を鳴らす。
止まっていた時は再び動き出し、豪炎寺と染岡は愕然とする。彼らからすれば一瞬で、アフロディは既に自分達の後ろにいたからだ。
「な、消えた…!?」
次の瞬間。
「うわああぁ!!」
2人はどこからか吹き荒れる爆風に巻き込まれ、飛ばされてしまい地面へ叩きつけられる。
そのまま歩きながら、ゆっくりとしたドリブルで雷門陣へと足を踏み入れていくアフロディ。
「全然見えなかった…」
「何て速さなんだ!」
「ヘブンズタイム。」
半田と鬼道も一瞬にして抜かれてしまい、爆風が彼らを襲う。
その圧倒的な力を目の当たりにし、立ちすくみ動けなくなってしまった壁山と土門。
アフロディはその2人にゆっくりと近付いていき、そっと囁くように言う。
「…怯える事を恥じる必要はない。」
そしてまたも左手を上げ、パチンと鳴らす。時が止まる。
「自分の実力以上の存在を前にした時の、当然の反応だ。」
壁山と土門も、爆風により呆気なく飛ばされてしまった。
とうとうゴール前に辿り着かれてしまう。
「…くっ!」
身構える円堂。だが、こうも圧倒的な力を見せつけられてしまい、正直なところシュートを止められる自信は無かった。
アフロディはボールと共に空へと飛び立った。
純白の3対6枚の巨大な翼が彼の背に具現化する。その姿は何とも神々しく神聖で、彼は本当に神なのではと思い知らされるような美しさ。その光景に観客も目を奪われる。
ボールにまとわりついた白い稲妻が大きくなってゆく。
ああ…アドニス。キミにこの力を見せる事が出来なくて残念だ。
そう心に秘めながら、ボールを蹴り出す。
「ゴッドノウズ!……これが神の力!!」
神の力。それは決して過言ではなかった。
雷門は、これまでもいくつかの強力なチームと戦い抜いてきた。だが、それらを軽く凌駕する強大な力。
今までに無い力を秘めたボールが一直線に白い軌道を描き、雷門ゴールへ……円堂へと迫る。
駄目だ、まだあの技は完成していない!
そう思いながらも、円堂は技を発動させるため、構える。
「ゴッドハンドォ!!」
圧倒的な力の差。
円堂のキーパー技ゴッドハンドは、物ともせず破られてしまった。その瞬間、彼の手には大きな痛みが走る。
「うわああっ!」
『世宇子のキャプテン、アフロディ!何と開始早々、雷門にボールを触らせる事なく先制点をもぎ取ったあーっ!これはまさしく神の一撃!!』
その様子を見たアフロディは、倒れた円堂を見下すように得意げな笑いを浮かべた。
試合を指令室からモニター越しに眺めている男__影山も薄く笑みを浮かべる。
「これが、キミが無謀にも挑んだ神の実力だよ。」
「…くっ!」
円堂は痛みに手を抑えながら、アフロディを見上げる。
「困るなあ、今からそんな様子では……まだまだこれからだよ?円堂君。」
雷門中。自分からアドニスを奪った学校。
どこへ彼女を隠したのかは知らないが、このまま制裁を加えてやる。逃げる事は許さない。
「大丈夫か!円堂!!」
風丸が駆け寄り、円堂の手を見る。
その手は震えが止まっておらず、キーパーグローブの上からでも分かるほど腫れ上がっていた。
「…!あの一撃で、こんなに!冷やさないと!」
「大丈夫だ。サンキュ、風丸。」
応急処置を施し、試合続行。
「今度はこっちが攻める番だ!」
豪炎寺と染岡が世宇子陣へと駆け上がっていく。
しかし。世宇子の彼らは一切動こうとしない。
『どうした事だ!?世宇子中、ディフェンス陣が一切動かない!これは何を意味しているのかっ!?』
「舐めやがって!動かねえんなら、その事を後悔させてやる!」
染岡の言葉に頷く豪炎寺。
そのまま染岡がボールを蹴り込むと、青い龍が咆哮を上げながらまとわり付いた。そこに豪炎寺がファイアトルネードを打ち込む。
「ドラゴントルネード!!」
2人の連携技。
炎をまとい、青から赤へと変貌した灼熱の龍が世宇子ゴール、ポセイドンへと向かった。
「ふん。甘いわ!ツナミウォール!!」
ポセイドンはそう言うと、その巨体を跳び上がらせ地面を両手で強く叩いた。その衝撃で地面から吹き出た巨大な津波が、ドラゴントルネードを容易くブロックした。
『世宇子中キーパーポセイドン!!津波でシュートを止めたぁ!この姿はまさに海神だあーっ!!』
「俺達の技が…全く通用しない?!」
「まだこれからだ!気を抜くな、染岡!」
豪炎寺の前にボールが投げ出される。
投げたのはポセイドンだった。そのまま彼は人差し指を曲げて見せ、雷門を挑発したのだ。
『おおーっと?!世宇子中キーパーポセイドン、雷門にボールを渡した!!これはシュートを撃って来いと言う事かぁー?!』
「…ボールを渡した事が間違いだったと思い知らせてやるんだ。」
鬼道の言葉に静かに頷く豪炎寺。
そして、ツインブースト、ドラゴンクラッシュ、皇帝ペンギン2号___
どの技も海神によって、まるで相手になっていないかのようにいとも容易く止められてしまった。
「俺達の必殺技が……」
何も通用しない。
これが本当の…神の力だとでも言うのか。
圧倒的な力の差を見せつけられ、雷門メンバーは絶望の淵に追い詰められる。
そんな彼らを、世宇子イレブンは嘲り笑いながら見つめていた。