「あ~あ、アドニスちゃん、可哀想に。本当はサッカーやりたいんだよね?」
紫色のウェーブヘアをかきあげながら、いきなりアドニスに声を掛けてきたのは3年生のサッカー部員でレギュラーである、へパイスだった。美とは程遠い鍛冶の神ヘパイストスの名前を冠する彼であるが顔は整っており、サッカーの際には自身のプレーに酔いしれてしまう事もある。
アドニスが熱心に練習を眺めていた為、こうして声を掛けたのだった。
「あの人は自分のお気に入りは傷つけたくないサガだからね。きっと君はこのままサッカーなんてさせて貰えないよ。」
「ヘパイス先輩、それってどういう…」
「分からないかな、君が美しくて愛らしいからだよ。」
どういう事だ。
サッカーをさせるつもりがないのなら、何故自分をサッカー部に入れたのか。全く意味が分からなかった。
「…………。」
アドニスはキャプテンのアフロディのいる場所に向かって歩き始めていた。
「…おや……?」
アドニスが近付いて来る事に気付いたアフロディは紅い瞳を細め、優しくにっこりと彼女に微笑む。
「やあ、アドニス。どうかしたのかな?」
「キャプテン、どうして私にサッカーをさせてくれないんですか?」
もう我慢できない。その思いを隠し切れなくなったアドニスは単刀直入にアフロディに理由を聞く。
「え…?」
「私はサッカーがやりたいからキャプテンに誘われた時、入部したんです!…それなのに………」
アフロディは、そう言われてしまい思わず頭に手をやる。
傍に置いておきたい。いて欲しいという気持ちだけで入部させてしまったのだが、部員とすると怪我をさせてしまう事もあるだろう。それで済めばいいほうであるが、最悪の場合もあり得る。
実際、超次元スポーツは、かなりの危険が伴うもの。…となるとマネージャーが丁度良いのだ。
それに入部に誘う際に、確かに彼女はサッカーが好きだと言ってはいたが一応、部員として入部する、とは一言も言ってはいない。
サッカーが好きなら、無理に試合をしなくても傍で見ていればいい。
…微笑みを苦笑いに変え、アフロディは答える。
「……それはキミが、あまりにも愛らしいから、だよ。」
「!」
つい先程、ヘパイスが言っていた事と同じだった。
愛らしいから、とはどういう事なのか。そうだったとしても、だから何なのか。
アドニスの中で何かが引っ掛かる。
「キミは女の子だ。怪我なんてしてしまったら……」
続いてそんな事を言われる。
呆れた。何を今更そんな事を。
自分だって髪をそんなに伸ばして女子みたいなくせに。
少しイラっとしたアドニスは言い返す。
「怪我なんて何をしても避けられない事じゃないですか?それに私はマネージャーとして入部したつもりはありません!」
まずい。彼女は大分怒っている。そこまでサッカーがやりたかったのか。
そう直感したアフロディは彼女を落ち着かせる為、ある提案をする。それにこれは、思い知ってもらう為でもある。
「分かったよ。アドニス。それじゃあ、少しボクと勝負しよう。」
「…勝負?」
「ああ。キミが勝ったら正式にサッカーをさせてあげよう。でもボクが勝ったらキミにはボクのサポートを主にしてもらう……マネージャーになって貰うよ。」
「…………」
腑に落ちない感じがして思わず黙り込んでしまうが、このままではサッカーはやらせてもらえないだろう。
でも相手はキャプテン。アドニス自体も同年代の者達と比べたら運動神経は良くはあるが、その程度の事で簡単に勝てる相手ではない。
「そんな考え込まなくてもいいよ。もちろんハンデを付けてあげるよ。」
考えて黙り込んでしまったアドニスを見て、少し見下した様子でそう言ってきたアフロディ。彼自身には、そんな気はなかったのだが。
その態度に更にイラっとしたアドニスは決意を決める。
「分かりました。勝負を受けます。」
「ルールは簡単さ。どちらかのゴールに先に点数を入れた方の勝利だ。…そうだな。アドニスは3点。ボクは……10点だ。」
「!!」
確かに男子と女子の差はあるだろう。とは言え、そこまで見下されているなんて。
「さあ、アドニス。どこからでも掛かってきていいよ。そのサッカーへの思い…ボクに全てぶつけてみるといい。」
目の前で余裕な表情を見せているアフロディを鋭い目つきで睨む。
アドニスはボールを蹴り出し、向こうのゴールへと向かった。
それを追い掛ける事もなく、ただ見つめているアフロディ。
「へえ……結構速いし、ドリブルも上手いじゃないか。」
思っていたよりも上手で、つい感心してしまう。
サッカーが好きで、やりたがっているだけの事はある。運動神経も並以上はあるようだ。
「…?」
どうしてボールを取ろうとしないのか?
アフロディが追い掛けて来ない事に疑問を持つアドニス。逆に不気味な感じがし、不安を煽られる。
ゴール前に辿り着き、そのまま1点を入れようとボールを力を込めて蹴り出す。
____シュっという音と共に、あっけなくボールはゴールに入った。
1点を取られたにも関わらず、アフロディは余裕な表情を崩さない。
アドニスの中では嬉しさよりも、得体の知れない不気味さが勝っていた。
「ふふっ、1点おめでとう、アドニス。シュートも中々強いようだね。……でも。」
その程度では、到底ボクには適わない。サッカーはキミには危険過ぎる。
その事を証明するかのように動き出した。彼女に怪我をさせないように。
へパイス
3年。ディフェンダー。
雑用ばかりさせられて不満そうなアドニスの目に気付き、声を掛けた。アフロディに負けずかなりのナルシスト。
でもあまり出て来ない。