____勝負の行方。
アドニスは、いつの間にか10点を奪われていた。
ボールを取れたと思っても気付かないうちに奪われ、慌ててしまい何度も転びそうになってしまったり、自分のリズムを完全に崩されてしまっていた。
彼は、アフロディは動きが速過ぎる。
まるで、こちらの時間が止められてしまっているかのように。
アドニスが彼に挑むのは無謀過ぎたのだった。
息を切らせ地面に座り込み、うなだれるアドニスにタオルを掛け、その肩を優しく叩きながらアフロディは言う。彼の息は全く乱れていなかった。
「これで分かってくれただろう?キミにはサッカーは危険なんだ。キミには怪我をして欲しくないんだよ。危ない事をして、もしもの事があったら…」
_____?………この感じは…
同じだ。どこかで同じ事を言われた事があるような気がして少しだけではあるが、アドニスの中に記憶がよみがえる。
『ねえ、アドニス。狩りなんて危険過ぎるわ。あなたには怪我をして欲しくないの。危ない事をして、もしもの事があったらどうするの?』
それは、かつてアドニスが共に過ごした女神の言葉。
今、目の前にいるアフロディの言葉が被る。
「アドニス。キミはボクの傍にいてくれれば、それでいいんだ。」
『アドニス。あなたは私の傍にいてくれれば、それでいいのよ。』
…ああ。そうか。
誰かに似ていると思ったら、この人は……女神アフロディーテに雰囲気が似ていたんだ。
あの時も…好きな狩りをする事を、危険だからと反対してきた。
結局、この人も私をそういう目で見ていただけなのか。ただ、何かの花でも傍に飾っておきたいだけだ。
自分の庇護下に置いて、最初から私にサッカーをさせるつもりなんて無かった。
自分がやりたい事を否定されている気がして目の前が真っ暗になるような、どうしようもない悔しい気持ちが込み上げてくる。
確かに前世での自分も、その忠告を聞き入れずに命を落としてしまった。
前世でも今世でも自分は決して強い存在ではないし英雄ではない。
でもその事は後悔などしていない。好きな事を一生懸命やった結果なのだから。
「…はい。キャプテン。私には…サッカーは向いていないのかもしれませんね。」
今は…負けを認めるしかない。悔しい持ちを抑えながら、ポツリと言葉を絞り出す。
「約束は約束ですよね……。」
そんなの…嫌だ。本心ではない事を言ってしまう。
だがこうなってしまった以上、この部ではサッカーをやらせて貰えないだろう。
そのアドニスの言葉を聞いたアフロディは嬉しそうに微笑み、ぎゅうっと彼女を抱き締める。その腕は力強く、見た目に反して彼は男子なのだと改めて認識させられる。
「ふふ、良かった。分かってくれたんだね。でもどうか、そう気を落とさないで。これからはマネージャーとしてサッカーに携われば良い。キミにはボクをサポートして欲しいんだ。改めてよろしくね。」
「…はい。」
やっぱり、サッカーは自分には危険なものなのだろうか。前世の狩りの様に。
本当にマネージャーになるしか、もうサッカーをする事は諦めるしかないのだろうか。落胆する。
____次の日の放課後。
サッカー部に行きづらかったアドニスは、どこか後ろめたさを感じながらも部活を休む事にした。そもそも行ったところで、もうサッカーはやらせて貰えない。場の空気を読んで、ああ言ってしまったものの勿論納得なんてしていない。
どうせ自分なんて行っても行かなくても同じだ。
帰りの支度をし、サッカー部員に出くわさないように素早く外に出る。
「……あれ?ここは………」
帰り道を歩いている…筈だったのだが、なぜかいつもと違う見知らぬ場所に辿り着いていた。色々と考え過ぎて、途中で道を間違えてしまったのだろうか。
そこは河川敷で、サッカーゴールが置いてあった。
同じ年くらいだろうか。オレンジ色のバンダナを付けた少年がサッカーの練習をしていた。近くには、ピンク色のヘアピンで前髪を留めた少女もいる。
アドニスは、その光景に見とれてしまい、遂に身体が動いた。
無意識のうちに少年からボールを奪い、ドリブルをしながら走り続けていると、そこから力強い突風が生まれ、それを思い切りゴールに打ち込んだ。それはまるで獣を狩る弓のようで、はち切れそうなほどにゴールネットに突き刺さる。
はっ、と正気に戻った時には二人は驚いた顔でアドニスを見つめていた。
「あ、ごめ…」
「すっげーなっ!!君!!」
「え?」
謝罪しようと口を開いたアドニスの言葉を遮り、興奮したようにバンダナの少年が目をキラキラと輝かせ満面の笑みを浮かべながら、彼女を褒め称えた。
「だって、今のすごいよ!!気付かないうちにボール取られちゃってさ、シュートもバアーンってっ!…君もサッカー好きなんだなっ!」
まさか、練習の邪魔をして、こんなに褒められるなんて。でも何だろう、この熱い気持ちは。
「オレは円堂守!良かったら一緒にやろうぜ、サッカー!!」
「もう、円堂くんたら…ごめんね。この人、サッカーの事となるといつもこうなの。無理しなくていいからね。」
円堂と一緒にいた少女が申し訳なさそうに、アドニスに言う。
「ううん、そんな事ないよ。一緒にやろう!私はアドニスって言います。よろしく!」
「私は木野秋よ。よろしくね!」
先程までの憂鬱な気持ちを忘れ、秋にも加わってもらい、今は三人でサッカーを楽しんだ。
会話も弾み、円堂の話を聞いていると、ついこの前、練習試合であの40年間無敗を誇っていた帝国学園に勝利し、部員全員がやる気に満ちているのだとか。
ちなみに普段のポジションはゴールキーパーだそうだ。
「そういえば、アドニスはどこのポジションなんだ?」
「あ、私は決まっていなくて…」
「へえ、そうなのか!蹴る力が強いからフォワードかミッドフィルダーが向いてるんじゃないか?」
「そうかな…」
そこまで言ってくれるのか。つい昨日、キャプテンからキミにはサッカーをやって欲しくないと言われたばかりなのに。
この少年、円堂は違う。
そうだ。何も学校の部活だけがサッカーをする場所ではない。
サッカーが好きでボールがあればそこがグラウンドになるんだ。
アドニスは高揚を抑えきれなかった。やっぱり私はサッカーがやりたい。それが危険な事だとしても。
改めて、その気持ちを再認識した。