アドニスは一人、河川敷で必殺技ディバインアローの練習をしていた。
もう少し。あともう少しで技が決まる。そう思い、ゴールにボールを打ち続ける。
「アドニスちゃん!ここにいたんだ。ふふ、頑張ってるねっ」
「春奈ちゃん。」
そこに笑顔を浮かべた音無春奈がやって来て、アドニスにドリンクを渡した。
2人はベンチに座る。
「ありがとう。」
「でもここじゃなくて、グラウンドで一緒に練習すればいいのに…」
「私は雷門中の生徒じゃないし…さすがに何度もお邪魔したら申し訳ないよ。」
「そういえば、アドニスちゃんは、どうして雷門に来たの?」
春奈からそう、質問をされる。
言われてみれば、どうしていつの間に雷門に馴染んだのか。
「サッカーがやりたいから、かな。」
「アドニスちゃんの学校にはサッカー部は無いの?」
「ううん、あるよ。あるんだけど……そこではサッカーやらせて貰えないんだ。怪我をさせたら困るからって……」
そう聞いて、それも少しわかるような気がする春奈だった。
確かにこの子に怪我をさせてしまったら、気が引けるだろう。
でもアドニスにとって、それは大きなお世話なのだ。
「でもね、良い人達もいて必殺技を教えて貰えたばかりなんだよ。」
「それが今練習してる技?」
「うん。その人達の好意を無駄にしたくないから出来るようになりたいんだ!難しい技なんだけどね。」
「沢山練習しているんだもん。もうすぐ出来るようになるよ!アドニスちゃん…その学校の名前、聞いても良い?無名でも良いから。」
以前、聞いた事がある質問だったがアドニスは言っても分からない、という事でうやむやにしていた。
春奈ちゃんになら言っても良いか。そう思い、アドニスは答える。
「世宇子中っていう所なんだけど…やっぱり知らないでしょ?」
「ぜ…ぜうす……?」
聞いた事も無い学校名…というよりそれってギリシャ神話の神様の名前?と春奈の目は点になる。
「……あははっ、もう、アドニスちゃんたら!いきなり神様の名前を言ってくるなんて……ふふ、」
アドニスなりの冗談と思い春奈は思わず笑い出す。
「ああ、笑った!本当に学校の名前なんだよ!」
「はいはい。分かりました~」
「信じてないな!」
今でこそ微笑ましく会話のネタにしているが、この時はまだ彼女達は知る由も無かった。
その世宇子が、雷門中の最大の脅威になるという事を。
この調子でしばらく話し込んでいると、円堂がやって来た。
「ここにいたのか!音無とアドニス!練習を始めるからグラウンドに来てくれ!」
「はい!」
2人は返事をすると円堂に付いていき、そのまま次の試合の為の練習をした。
もうアドニスは雷門中の一員のようにされていた。もちろん正式な部員ではない為、試合には出る事は出来ないが。
それでも一緒に練習させて貰えるというだけで、必要とされているようで嬉しかった。
フットボールフロンティア地区予選、準決勝の秋葉名戸戦はオタク気質で、お世辞にも運動神経が良いとは言えない…文化系のマニアックな部員達が卑怯な手を使ってでも勝利を掴もうとしていた。オタクを馬鹿にしていると憤りを感じた、普段はフィールドに立つ事のない目金欠流のオタク道全開のプレーで勝利。
この調子で雷門中は地区予選を勝ち進んで来ていたのだった。
アドニスは正式には世宇子中の生徒。
サッカーをさせて貰えないマネージャーがどんなに嫌でも、そう決まっているのならそれに従うしかない。
今現在、本業の世宇子中サッカー部にいるのだが。
突如、大きく鳴り響く轟音。
「…!何て力……!」
目の前に広がる光景を見て、つい驚きの言葉が出てしまう。
いつも通りの筈の部員達の練習。その中でもキャプテン、アフロディのシュートにゴールが耐え切れず、壊れてしまったのだった。
特にゴールが老朽化していた、という訳でもなさそうなのだが。
どうして、急にあんな力を__?
確かに彼は、いや彼らは強い。でもこれは特訓で…という訳でも無いような___
アドニスは嫌な予感を感じた。
ヘラとデメテルの方を見ても、彼らはアドニスに目を向けようとしなかった。
何となくではあるが…キャプテンを除く、皆の態度が冷たくなったような気がする。
「どうだい?アドニス。すごいだろう?」
アフロディが自信に満ちた表情を見せる。その顔はいつも通り美しく、しかし同時に得体の知れない不気味さも感じ取れた。
「これが神の力さ。キミはずっとボクの傍にいて、この強大な神の力を見ていればいい。」
神の力…。
圧倒的な強さ。確かにこの光景を見せられてしまえば、そう認めざるを得ないのかもしれない。
でも彼らは神ではない。それだけは分かる。
思い上がった事をすれば、いずれ本物の神によって天罰が下るだろう。
神話の世界では、自分は神に並ぶ……神をも超えると思い上がった人間には、本物の神が必ず天罰を与えているのだ。
だがそんな事を今の彼に言ったとしても、絶対に聞いてなどもらえない。
アドニスは、苦笑いをするしかなかった。
それと同時に…ここ世宇子からは、離れた方が良いかもしれない。なぜかそう不安を感じたのだった。
考えてみれば雷門サッカー部と比べて、おかしいところがある。
まず、どこの学校とも練習試合をしていないという事。
あまりにも弱過ぎれば、どこからも試合を受けつけて貰えないという事は聞いた事があるのだが彼らは強い。
ここまでの実力がありながら…なぜ、どことも試合をしないのだろうか。
そして、雷門ではマネージャーの春奈が部員達の練習を撮影したり記録したりしているのだが、ここ世宇子では時々やって来る、サングラスを掛けた研究員の様な男達が何やら記録しているようだった。
中学生の、しかもどことも試合をしないようなチームに大掛かり過ぎではないか。
そのサングラスの男達はアドニスを見ても、ただの雑用係だと相手にしていなかった。
そして一番気になる事は監督が未だに姿を現していないという事だ。雷門には響木監督がいて、いつも雷門イレブンの練習を見てくれている。
もしかすれば、部員達全員は既に会っているのだろうか。自分だけ___
深入りしたとしても、きっと皆もキャプテンも濁してくるだろうし本当の事なんか教えて貰えないだろう。
いつも除け者扱いされ、簡単な雑用ばかり。それじゃなければアフロディの話し相手にされるだけ。
サッカーがやりたいから入部したはずなのに自分なんて、ここにいなくてもいいのではないか。
これなら、円堂達雷門中の方が自分を必要としてくれている。
どうにかして…雷門に転入する事は出来ないのだろうか。
このままは、やっぱり嫌だ。
でも…何をすればいいというのか。自分ではどうする事も出来ない。
転校だって、そんな簡単に出来るはずがない。
アドニスは自分の無力さに思い悩む事となった。