雷門中にある理事長のご令嬢、雷門夏未の部屋。
窓には豪華なカーテンが付けられ、壁には大きな振り子時計が置いてある。棚の上にはアンティークドールが何体も飾られており、学校の中にあるとは思えないような……ゴージャスで何ともお嬢様らしい部屋だ。
そのテーブルに、そわそわと落ち着かない様子でアドニスは座っていた。
「はい。どうぞ。イギリスから取り寄せたアールグレイよ。お口に合うと良いのだけれど。」
夏未が、高級そうなティーカップに入れられた紅茶をアドニスへと差し出す。
紅茶からは、柑橘系の爽やかな香りが漂っていた。その良い香りは今の彼女の心を解きほぐしていく。
「ありがとうございます。頂きます…」
アドニスは一口、口を付ける。
そして、今まで味わった事のない紅茶に目を見開く。
「美味しい!こんなに美味しいお茶、飲んだ事がありません。」
「あら、それは良かったわ。この前、円堂君に飲ませてみたら麦茶と何が違うんだ?って言われたのよ!…あの人ったら……」
「あはは、円堂さんらしいですね。」
「そうかもしれないわね。良かったら今度、分けてあげるわね。……ごめんなさい、話が逸れてしまったわね。」
夏未はアドニスの対面に座り、一緒に紅茶をすすりながら微笑む。
「それで、どうしたの?何か悩んでいるのかしら。」
穏やかで優しい声で、アドニスに尋ねる。
つい先程の事。
いつものように雷門中へやって来たアドニス。ただ、なぜか彼女は元気が無い様子だったのだが、体調が悪いという事でもなさそうだった。
何か悩みがあるのか…それを心配した春奈が夏未へ話したのだ。
いつも雷門中に来てくれるアドニスの為、何かあるなら相談に乗ろうと思った夏未はこうして彼女を部屋に招いたのだった。
「何か悩んでいるのなら話してしまった方が楽になれるわ。……話したくないのなら無理には聞かないけど。」
「夏未さん、ありがとうございます……!」
悩みを抱えている時にこうして聞いてくれるとは何と心強いのか。
さっきまで悩んでいた事も小さな事に思えてしまう。アドニスは嬉しい気持ちで溢れた。
確かに、うじうじと一人で悩むなら誰かに聞いて貰った方が良い。
このまま、話を聞いて貰う事にした。
「あの、私、今___」
そして、今の自分の心境を話し出す。
在校中の学校のサッカー部での自分の扱い。
フットボールフロンティアに出てみたかったという事。
夏未はそれを真剣な眼差しで聞き始める。
「あれっ?アドニスはさっき来てたよな?どこ行ったんだ?」
グラウンドで練習している円堂が先程までいたはずのアドニスを探そうとする。
「キャプテン!今アドニスちゃんは夏未さんと大事なお話をしているんですよっ!」
春奈が慌ててそう伝える。
「大事な話?」
「そうです!だから今日はそっとしておきましょう!」
「なんだ、そうなのか。それならしょうがないな。」
単純すぎる円堂。
だが今は決勝戦の強敵、帝国学園との試合の時の為、一分一秒でも長く練習をしなくてはならなかった。
そのまま、練習を再開する。
部屋でアドニスの話を一通り聞き終えた夏未は彼女に提案をする。
「話は分かったわ。アドニスさん。そういう事なら…雷門中に転校してくれば良いわ。」
「でも、転校となると、そう簡単には…いかないですよね。」
転校が、まるでいとも簡単な事の様に…紅茶をすすりながら言ってくる夏未にアドニスは疑問を持つ。
「あなたが本当に雷門中に来たいというのなら、私が手続きをするわよ。それに今の話を聞いた限りだと、あなたをその学校に置いておくのは勿体ないと思うの。是非うちに来て活躍して欲しいわ。」
この超次元サッカーの世界には、引き抜きと言うシステムがある。
気に入った選手がいれば、こちらの学校へ引き抜く事も可能なのだ。
理事長の娘であり、その代理である夏未はそういった手続きを得意としていた。
「どうする?転校する?しない?」
じっとアドニスの目を見ながら、夏未は尋ねる。
確かに前々から雷門中に行きたいと何度も思っていた。それはアドニスにとってはこの上ない誘いだ。こんなに簡単な事で良いのだろうか…。
しかしアドニスの答えはもう既に決まっていた。
もう世宇子のマネージャーで…除け者扱いされるのは嫌だ。雷門中に転校して、私も部員としてサッカーがやりたい。
「はい。夏未さん。どうかよろしくお願いします。」
椅子から立ち上がり、深々と礼をするアドニス。
それを見た夏未は少し慌てる。
「あ、あらまあ、何もそこまでかしこまらなくても良いのよ?あなたに来て貰いたいというのは私の希望でもありますからね。」
「ありがとうございます…!」
「そうと決まれば手続きの準備を進めなくてはならないわね。…あら、もうこんな時間?アドニスさん。遅くなってしまうからもう帰った方が良いわ。後は私がやっておくわね。」
時計を見ながらそう言い、夏未はノートパソコンを取り出す。
「夏未さん。本当にありがとうございました。どうかよろしくお願いします。…それでは私は失礼します。」
「気にしないで。私も楽しかったから。それではまた、ね。気を付けて帰るのよ。」
お辞儀をしながら夏未の部屋を出たアドニスの表情は喜びに満ちていた。
夏未さんに話をして本当に良かった。もうすぐで皆と本当の仲間になる事が出来る。
わくわくとした気持ちのまま、帰路に就く。
「おかしいわね…。サッカー部の事は何も書かれていないなんて……」
夏未は転校手続きの為、アドニスが話していた彼女が在校しているという世宇子中について調べていた。
学校自体は存在しているのだが、なぜかサッカー部の事に関しては全く出て来ない。
アドニスはサッカー部に所属しているにも関わらず、サッカーをやらせて貰えないと嘆いていたのだが。
「それ程、弱小中という事なのかしら。まあいいわ。」
その事を深く考えるのはやめ、今は手続きを進めていった。