空に軌跡を、ターフに別れを   作:競馬ビギナー

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…えっと、確かに私はコントレイルですが……どちら様でしょうか?

―――URA広報課の〇〇です、本日は取材で東京から伺いました。

 わざわざ東京から?それは大変だったでしょう…
この牧場がある一帯はインターネットの地図にも載ってない田舎ですからね。

―――はい、此処を知る為にトレセン学園で聞き込みをしました。

…トレセン学園にいったんですか?
テレスちゃん達は元気でした?テレスちゃんは惜しかったけど、毎日王冠2勝したサリオスちゃんに、近況報告とおめでとうって書いた手紙を贈ったばかりなんですよ。

―――同期の方達は変わらずお元気でしたよ。フランスから帰ってきたばかりで、ディープボンドさんにはお会いできませんでしたが…

―――このあいだの凱旋門賞は…残念でしたね。タイトルホルダーさん達の頑張りはテレビ越しにですが見てましたよ。プボちゃんからもレース終わってすぐに悔し泣きの電話がありました。

―――プボちゃん…ディープボンドさんのことですか?

 はい、ディープボンドちゃんのことです。
プボちゃんっていうのは同世代の子達で付けた愛称なんですよ。
あの子は皆に好かれる人気者でしたから。
…フフッ。この間ドバイでパンサちゃん―――あぁ、パンサラッサちゃんのことです―――あの子が勝った時、プボちゃん大はしゃぎしてたっけ…

―――失礼ですが…コントレイルさん、現役時代と雰囲気が変わりました?

…やっぱりそう思います?私、こっちが素なんですよ。
今だから出来る話ですが、現役の頃に付いてた優等生の私って…全部演技なんです。
本当に優等生なのは今度エリ女に出るタクトちゃんとか、ドリームシリーズで活躍中のアイ先輩みたいな人達で、私はただ周りに良く見られたかったから、それっぽく振る舞ってただけです。
……フフッ、意外でした?

―――いえ…貴重な話を聞けただけで、此処まで来た甲斐があります。

 こんな所で立ち話も何ですから、あそこに見える建物までいきましょう。
大したお持て成しは出来ませんが…取材に応じる事は出来ますから。
実は昨日、サリオスちゃんから貴方が来るかもって話は来てたんです。私のことを悪く書くつもりなら蹴飛ばして追い返せ!なんて言ってましたが…

―――ッ!!そ、そんなことはしません…絶対に!

………その様子だと、私の現役時代に何があったか凡そは知ってるみたいですね。
とりあえず移動しましょうか?お荷物、お持ちしますよ。

―――ありがとう御座います。…コントレイルさんが、此処を運営してるんですか?

……牧場主は私じゃありません……とだけ。
その話も取材の中でしますから……少し、長い話になるかもしれませんが。



―――真新しい造りですね。コントレイルさんが此方に来てから改装を?

 はい。現役時代の貯金を使って、私好みの雰囲気にしたんですよ。
よいしょっと…お荷物は此処に置きますね?そこらへんの好きな椅子にかけて下さい。
…コーヒーを淹れる間に、さっきの話の始まりをしてもいいですか?

―――是非、お願いします。

 分かりました。…といっても、大した話じゃありませんよ?
私のトゥインクルシリーズに、最後まで付き合ってくれたトレーナーさんとの出会いは、毎年季節ごとに開催される選抜レースでの出会いでした。



それは特に盛り上がりのない出会いだった

 

 

 

 まだ残暑の続く9月中旬のトレセン学園の練習用コースに緊張した顔のウマ娘達が集まった。

彼女達は今年に入学したばかりの新入生、全員が中等部になったばかりの新バだ。

額に汗を浮かべ、目線は自分達が出走するゲート番号と競争相手の顔と交互に向けられる。

 

 少し離れたところで彼女達の走りを見守るスーツやジャージの大人達が居た。

彼ら彼女らはトレセン学園に所属するトレーナーだ。

年齢は老人から大学生風の若者までバラバラだが、明らかにベテランという雰囲気を纏っている者達は、集団よりやや上のところで配られた出走ウマ娘達の資料を手に実際の彼女達と資料を見比べていた。

 

「今年はどの子が良さそうですかね…?」

「あれだ、6月の頭に東京マイルコース想定で勝った娘が注目されているとか…」

「来月のサウジアラビアロイヤルカップに出る娘だな。けどあの子は確か…」

「…もう中堅のトレーナーが声かけして契約決まってたよな?」

「そうか…ちょっと遅かったな」

「まぁ、まだまだ。才能ある娘が出てくるのはこれからですよ」

 

 下の方で中堅から新人のトレーナー達が話している間も、ベテラン達は一言も口を開かない。

理由は単純明快。これから出走しようとするウマ娘達の集中力を削いでしまうからだ。

それを知っていても癖で周りと話してしまう中堅や、まだ知らずに喋りっぱなしの新人に対して、ベテラン達が注意喚起をしないのには理由があった。

 

 一つ目にその騒がしい状況を実際のレースと似た環境であると考え、スタートからゴールまでの間、最も落ち着きを払って自分の走りに徹するウマ娘が居るかを見極めるため。

デビューしてからも観客慣れをしないウマ娘も多い中、若い頃から慣れのある方がベテラン側としても基礎を教えるのが大分楽になるのが理由の一つだ。

 

 二つ目に若いトレーナー達にこういった場面でどう振る舞うのが正解か敢えて口に出さず、失敗を自覚させることで次に生かす為の経験を積ませるため。

 

 此処は選び抜かれた原石の集う中央であり、後に新たな記録を打ち立てていくウマ娘達が失敗や後悔を経て成長するのと同じように、指導する側のトレーナーも最初の頃に失敗をして貰わなければ後々彼ら自身が困るのだ。

 

(――――――もっとも、既にそれを理解してる者達も居るようだが)

 

 トレーナー層の中で最も人数の多い中堅と呼ばれる者達。

大半が新人トレーナーに先輩風を吹かす中で、一部のベテラン達から指導者としての才能や素質を認められつつある者の数名は集団から離れた場所で一人ぽつんとレースを観察していた。

 

 福元正嗣もその一人だ。

高校を卒業と同時にトレセン学園のトレーナー試験を一発合格して二十四歳になるまでの六年間は研修も兼ねたサブトレーナーとしてベテラントレーナーが率いるチームの育成指導に参加させてもらい、今年ようやく独り立ちを決意して今に至る。

 

 元々口数も少ない彼は紙の資料では音が出るとマナーモードに設定した携帯端末の明かりを最低にまで設定し、衣服からも吹く風で擦れて余計な音を漏らさないよう立ち位置や日の当たらない場所まで意識して立っていた。

 

(2番人気7番レーヴドゥロワ、3番人気5番ハギノアレグリアス―――)

 

 黒縁の眼鏡の奥で瞳だけは忙しなく動き回り、彼から見て一番奥の最内枠を引いたウマ娘から順に表情や仕草、足回りの出来を細かく観察している。

 

《学内選抜レース、想定:阪神・芝右外1800・良バ場・9人出走。間もなく発走時刻です》

 

 無機質な校内放送から数秒の間を空けて、メイクデビュー戦のファンファーレが鳴る。

それを聞いてより一層緊張した表情の者もいれば、逆に落ち着きを払う者もいた。

中でも正嗣が興味を惹かれていたのは………

 

(――――――1番人気9番()()()()()()

 

 続々とゲートの中へ入っていき、最後に青鹿毛の彼女が長髪と尻尾を靡かせて収まる。

この時ばかりは新人や中堅たちも口を閉ざし、ベテラン達の目つきが鋭くなった。

刹那の静寂―――ゲートの開く音と共に9人のウマ娘達が一斉に飛び出す。

 

(―――良いスタートだ。掛かっている様子もない…)

 

 幾つかの想定をしている中で、最も理想的と言えるコントレイルの好スタート。

外枠で直線へと入っていく彼女は無理に前へ出ず、ゆっくりと前目につけた。

 

 4番のウマ娘が先頭を走り、6番が4番の左斜め後ろを追走。

1番は4番の後ろから半バ身ほど空けた状態で内ラチ沿いを走っている。

9番コントレイルは6番の左斜め後ろ1番の横に間隔をあけて走っている。

 

 前の集団はこれで決まるかと思ったが、コントレイルの左斜め後ろ外に持ち出した7番のレーヴドゥロワが上がって追い抜いていった。

同時に3番のウマ娘がコントレイルと1番の間にアタマ差で詰めて来るが、直後に何を思ったのか半バ身差まで下げて二人を追走する形に戻った。

 

(…落ち着いてる。まだ序盤…好スタートを無駄にしていない)

 

 スタート直後の直線で勝負を仕掛けるのは逃げの戦法を取ったウマ娘だけだ。

彼女達は集団を引っ張る形で走る為、序盤でどれだけ無駄なく先頭を走れるかが勝負。

コントレイルが取ったのは前目につけるが無理はしない…典型的な先行だ。

彼女は周りにチラと視線を向け、走りは変えずに前をレーヴドゥロワに譲った。

一方で先頭に立った4番は抜かされまいと速度を上げて内沿いをひたすら走る。

 

 ここで2バ身切れて後方集団の3人。

内沿いの2番と、クビ差で2番の左斜め前を走る8番。

2人と先頭集団を見る形で最後方を走るのが3番人気5番ハギノアレグリアスだった。

 

(5番は大きく出遅れた…差しといよりは追い込みで巻き返しを図るしかないな)

 

 離れたところで同じくレース展開を予想するトレーナー達が5番に×印をつける者達が多い中、正嗣は落ち着いて戦法を変更した彼女を逆に判断力は良しと評価していた。

スタートの出遅れはレース全体の流れに於いて致命傷と言えるほどのミスと思う者も多い中、彼はスタートで出遅れても巻き返して勝ってきた過去のレース結果を判断材料として「スタートの結果で、即座に戦法を変えられる判断力と走法をウマ娘に教えること」こそがトレーナーの課題ではないかと考えている。

 

…無論、そんなものは過去に多くのトレーナー達が思考錯誤を繰り返して未だに正解は出ていないのが現状だが…何もせず出遅れたからといって悲観的にレースを見るのはトレーナーとして心構えがなっていない。…と彼自身は思っている。

レースの結果もウマ娘達の能力も、最良の結果に持っていくのは結局のところ指導者の采配次第。

見向きもされなかった道端の石を宝石にも出来るし、その逆も十分あり得るのだ。

 

(結局のところ俺達が出来るかどうかじゃない。―――やってもらうしかないんだ、彼女達に)

 

 勝ちたい意志があって、その為にどんな努力も時間の浪費も惜しまないというのなら。

トレーナーは生きる全てを以て彼女達をレースで勝たせる為の育成をしなければならない。

 

(…余計なことを考えすぎたな。レースは――――――)

 

 思考の海から現実へと引き戻された正嗣の視線は先頭集団に向けられた。

3、4コーナーの中間地点で先頭はまだ4番が走っており、7番レーヴドゥロワが追走。

彼女…コントレイルはレーヴドゥロワを見る形で三番手、四番手を窺っている。

結局コントレイルと1番の間が再び空いて、3番はやや後方から両者を見る形を維持していた。

 

 コーナー入った直後に下がって6番、2番、8番と続いて最後方に5番ハギノアレグリアス。

全体の流れを見る中、1000m通過した瞬間に正嗣は手元のストップウォッチに目を向ける。

 

(1分02秒7……スローペースだな……4番が落としたというよりは……)

 

 9人全員がハイペースを望まないレース運びと表現するのが正しいのか。

その中で各々走法に合わせて仕掛け易いバ群の位置につけたのだろう。

4番の表情はそれほど苦しそうではなく、意外にまだ粘れそうな雰囲気だった。

 

 中間地点を越えた直後、最後方に控えていた5番ハギノアレグリアスが動き出す。

9人が固まり始めて4コーナーの終わりに差し掛かろうとしている。

まだ4番は粘って、7番レーヴドゥロワは追い抜こうと仕掛け始めた。

 

 外を回ってコントレイルはレーヴドゥロワの横に間隔をあけて走る。

表情は他8人と比べてまだ余裕があり、目線は前の2人越しにゴール版へ向いていた。

 

(………来るか……!)

 

 直線コースに入って、これが彼女達にとって最後の勝負所。

二番手につけていた筈の7番レーヴドゥロワはスピードが落ち始めている。

序盤に飛ばし過ぎた結果のスタミナ切れ…先行にはありがちなミスだ。

4番から更に内を進んでいた抜かそうとするが、足がそれ以上早く進まない。

大外回ってコーナーから仕掛けていた5番ハギノアレグリアスが追い込もうとするが、6番と8番が斜め前の方で懸命に粘っている。そして――――――

 

「……フッ!」

 

(仕掛けた…!)

 

 これまで落ち着いて前から4人目の位置を走っていたコントレイルが動いた。

内沿いに下がっていく7番レーヴドゥロワを尻目に粘る4番に並んで、並んで―――

 

「抜いたっ!!」

「抜いたぞっ!」

「いけ、いけーっ!!」

 

 最後の瞬間はやはりトレーナー達も熱くならざるを得ない。

中堅や新人達が声を上げて、彼女を推していた者が勝利へ進めと声を上げる。

正嗣は心の中で熱を抑え、目線だけが忙しなく彼女の走りを分析していた。

 

 4番とコントレイルの競り合いに、他7人が三バ身近く離された。

そして……直線で更に加速したコントレイルが4番を抜いて1バ身、2バ身と抜き去る。

 

「―――――――――完勝だ」

 

 中堅の誰かがぽつりとそう呟いた。

勝ったのは1番人気9番コントレイル…粘った4番に2バ身半差をつけての勝利。

続いて6番、1番、3番と続々とゴール板を駆け抜けていく。

後から来るものの顔には悔しさと悲しみの色が滲み―――

 

(……純粋に勝ったことが嬉しい……ってところか)

 

 走り抜けてからゆったりと速度を落として息を整えるコントレイル。

その表情はレース中の真剣さが徐々に抜け、年相応の幼さが戻っている。

彼女は電光掲示板の方を確認し、両手を握り締めて口元が笑っていた。

青鹿毛の長髪と尻尾を、緑のターフの上でファサファサと上下に揺らす。

 

 全員が走り終えた時点で、他のトレーナー達よりも一早く正嗣は動き始めていた。

もう音を消す必要はないと石の階段をダダダッと勢いよく駆け下りる。

その音にギョッとした新人と中堅が慌てて彼の後に続く。

ベテラン達はようやく口を開いて、お互いに9人の評価を話しながらゆっくり歩き出す。

 

 走り終えた彼女達も駆け寄ってくるトレーナーの姿に気づいていた。

コントレイルはラチの中に置かれた水筒とタオルを片手に正嗣の方を向く。

手前で止まり、軽く息を整えた彼は眼鏡のブリッジを指で軽く押して元の位置に戻す。

 

「―――お疲れ様、コントレイル。早速だが、俺のスカウトを受ける気はあるか?」

 

「ふう~…ちょっと待ってね~…。―――んくっ、よしっ―――それでスカウトだっけ?受けてもいいけれど、こっちの提案を呑んでくれたらかな?」

 

「分かった。聞かせてくれ、君の提案とは?」

 

「私はクラシック路線に進みたい。それ以外を目指すつもりなら勧誘お断りだね」

 

 それを正嗣の後ろで聞いていた何人かの中堅トレーナー達が離れていく。

コントレイルの走りと今回の距離を見て、彼女をマイラーにでもしたかったのだろう。

その判断は間違っていないかもしれないが…肝心の本人達の意思が優先されるべきだ。

契約する前から意見が割れていたら、そもそも契約は成立しないのだから。

 

「良いだろう。過酷な道のりになるかもしれないが……それでいいんだな?」

 

「重々承知してるよ。―――だって私は――――――」

 

 正嗣の方を向いていたコントレイルの視線はトレーナー集団より更に後ろ。

ベテラン達に混じって選抜レースを見に来ていた制服姿の先輩ウマ娘達に向けられる。

その中でひと際目立つ集団…学内最強のチームリギルに向けられていた。

 

 皇帝シンボリルドルフ、世紀末覇王テイエムオペラオー等々…現在もドリームシリーズで活躍中のレジェンド級ウマ娘達が集うチームで、新たな伝説として世間を騒がせた一人のウマ娘がいた。

 

 コントレイルの目は、そのたった一人の鹿毛のウマ娘を捉えていた。

二人は髪型がそっくりだった―――正確にはコントレイルのが()()に似せていた。

皇帝シンボリルドルフに続く二人目の無敗の三冠ウマ娘となった()()。その名は―――

 

「―――ディープインパクト先輩の後継者になるウマ娘だから」

 




 なお、当のプイちゃんはレース中ずっと真顔で「お腹空いたなぁ…」とか「後でクリスエスちゃんと併走したいな~」とか欠伸を噛み殺しながら考えていた模様。
トレーナーはオリトレです。福永騎手成分だったり矢作調教師成分だったりは偶に混じってることもありますが、見た目・年齢、口調、性格とかは適当に考えてます。
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