空に軌跡を、ターフに別れを   作:競馬ビギナー

4 / 5

 雀の鳴く声を私のウマ耳が捉えて、パチリと目を開ける。
上半身を起こして軽く伸びをすると同時に、布団の中で窮屈になっていた尻尾を引っ張り出す。
寝る前のブラッシングを今は欠かさず私一人でやっているが、少し前までは彼女におねだりして手伝って貰っていた。

「………」

 同室だった幼馴染の彼女はもう居ない。
空っぽになったベッドと、空っぽの本棚が目に映る度それを教えてくれる。
それを知った時はとめどなく溢れていた涙も、今は枯れていた。
泣いて懇願したところで、彼女は帰ってこない。
()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どうしてあの時、気づいてあげられなかったのだろう。
どうしてもっと早く、彼女が抱えている悩みを聞いてあげられなかったのだろう。
どうして……私達の世代は弱いと言われて、言い返すことが出来なかったのだろう。

 全ては私達が至らなかったからなのか?
ヒトの世界で起きた出来事が、私達の世界も狂わせたんじゃないのか?
あの静寂に包まれた東京優駿(日本ダービー)の悪夢を、私は忘れていない。
菊の舞台、彼女が栄光を勝ち取った瞬間に送られる筈だった賞賛の声が直後に行われた世紀の三強対決によって一瞬で消えてしまった事を、今でも恨んでいる。

 雨の日の大阪杯の直後に、怪我で苦しむ彼女に追い打ちをかけた人達の言葉を。
宝塚記念に出れず、悔しそうにしている彼女と私達がどんな思いで……っ!

……天皇賞秋、私は日本を遠く離れ世界最高峰のレース凱旋門に挑み―――そして敗れた。
これまで挑んできた先輩達と同じように……いや、それよりも酷い結果で。

 帰ってきた時には彼女のトゥインクルシリーズは全て終わっていた。
URAファイナルズも、アオハル杯も、クライマックスシリーズも、グランドライブも…
彼女は何一つ出ることなく、有終の美を飾ってトレセン学園を出て行った。
彼女の経歴についた、卒業ではなく中退の二文字。
なんとも後味の悪い結果に、暫く誰もが荒れたものだ。
私はただ泣くばかりで、覚悟を決めた時には有馬で彼女を負かしたあの子に敗れていた。

 あれからもう半年経つというのに、私は無意識に学園の中で彼女の姿を探してしまう。
それから周りに諭されて、あぁ…もう彼女はいないんだったと胸が締め付けられる。

 残酷な事を言うのなら、忘れてしまうのが一番なのだろう。
私達が立っているのは勝負の世界、レースに出るウマ娘達の中でも特に優れた者が集う中央。
その最前線に立つ私達が、既に居ない者のことを想い続けても何のプラスにもならない。

「――――――おはよう、コンちゃん」

 それでも、私は毎朝彼女の居ないベッドに向かって挨拶をする。
遠く故郷の名もなき土地に腰を落ち着けた彼女に、届かないと分かっていても。
これは私にとっての忘れられないローテーションであり、ある種のケジメだ。
空の彼方に軌跡を描いた彼女に、いつか私が勝利の報告を出来るように……

「……よーっし!今日も一日、頑張るプボッ!」

 私の名前はディープボンド。
2020年クラシック世代を走り、トゥインクルシリーズを走り続けているウマ娘だ。



2019年、年末が近づくトレセン学園にて…

 

 一か月後に年末国内最大の人気を誇るGⅠ競走【有馬記念】が迫る中。

11月の頭、トゥインクルシリーズのジュニア期を迎えたウマ娘達がトレーニングに燃えていた。

 

「どおおぉぉぉ!っはああぁぁぁ!」

「いいぞーパン!そこでぐーっと飛ばして、ばーんっ!って逃げ切るんだ!!」

「はいぃっ!ターボ師匠!!」

 

「えぇ……なんであの娘、今の指示であんな元気よく返事出来るかなぁ……?」

「ターボと似てるからじゃないかなぁ~…見た目じゃなく性格的な面で」

「抽象的な指示であっても真意を汲み取って理解する…賢いですね、彼女は」

 

 ひと際大きな声を上げているのは10月の中旬に京都の未勝利戦を勝利したパンサラッサ。

次走をホープフルステークスに定め、得意とする脚質の練度向上に力を入れている。

彼女は個人のトレーナーと担当契約を交わさず、トレセン学園に数あるチームの一つであり南坂という若い男が運営するチーム【カノープス】に所属している。

 

 カノープスの主要メンバーにはドリームシリーズで現在もチームスピカ所属のトウカイテイオー、メジロマックイーンらと激闘を繰り広げているナイスネイチャ、イクノディクタス、マチカネタンホイザ、ツインターボがいる。

 

 4人の他にもアドマイヤジャパン、ウインバリアシオン、ラストインパクト等々…それぞれ世代にとんでもないビッグネームのライバルがいて、トゥインクルシリーズで重賞制覇に手は届くもGⅠ勝利にまで辿り着けなかった銀メダリスト達が名を連ねている。

 

 これは学園内に語り継がれる噂だが、主な勝ち鞍が阿寒湖特別やら香港ヴァースやらで知られる愛さずにはいられないベテランのシルバーコレクターもカノープスに度々顔を出しているとか…

…彼女の場合、気分でスピカやリギルにも乗り込むので特に注目はされていないが…

 

「…まぁ本人が納得してるなら、いいのかな。いや~いいですなぁ、青春青春」

「ネイチャさん。貴方も来月のURAファイナルズに備えて、トレーニングの準備をしてください」

「わかってますよぉ~。毎度どのレースでも、お馴染み三着ぅのネイチャさんもURAファイナルズくらいは勝ちにいきたいですからね~」

 

「ネイチャさんは中距離部門でしたか…私はタンホイザさんと同じ―――」

「長距離部門だね。私も次は絶対勝ちにいくから、覚悟してね~?」

「……ふ、望むところです」

 

 余談だが、彼女達が出走するURAファイナルズはドリームシリーズ入りした者達が出てくる。

未だ最強の座を譲らない皇帝、規格外の三冠ウマ娘や二冠の怪物たちが覇を競い合う。

そんな激戦のドリームシリーズでほぼ毎回掲示板を外さない彼女達は確実に強い。

…といっても本人達からすれば、戦績的に現役時代(トゥインクルシリーズ)とほぼ変わらないのだが…

 

「よーしパン!!そこでターボエンジン…じゃなかったパンサエンジン全開だー!!」

「ふおおぉぉぉぉ、お!?おっ……おぉぉぉっ……む、む~りぃ~…!!」

「ちがーう!そこで無理って諦めたらダメだ!全開だ!吠えるんだパン!!」

 

「……そろそろ休憩入れないと、流石にパンサちゃん潰れちゃうんじゃないかなぁ?」

「ですね。ネイチャさんはターボさんの方をお願いします」

「はいはーい」

 

 雑談を終えて、トレーニング用の靴紐を結んだカノープス娘達が芝のコースへ下りていく。

それを眺める南坂は、彼女達が再び勝利を掴む未来を描き…会話の最中、片時も目を離さなかったパンサラッサの走るフォームや走法の改善点などを書き込んでいた。

 

 凡庸な優男と周囲から評されてはいるが、当時ステイヤーとして最強だったライスシャワー相手にツインターボで勝たせたり、イクノディクタスの後世に語り継がれる異常な出走ローテーションを組んだとされる彼は……やはりトレセン学園ではベテラントレーナーの一人に数えられている。

 

 

「――――――は、はっくしょん!」

「…どうしたアイ、練習中にくしゃみとは…風邪か?」

 

「すみません。どうも少し朝から鼻の調子が悪くって…」

 

「無病息災、香港カップが近いとはいえ練習は早めに切り上げた方がいいな」

「い、いえっ…そんな勿体ことは出来ませんっ!折角ルドルフ会長やキングカメハメハ先輩がお忙しい中、時間を割いて練習に付き合って頂いたのに―――」

「アタシたちのことなんて気にしないの!自分の体を労わりなさいな」

 

 カノープスとは違うトラックにて、チームリギルの練習が行われていた。

ジャージ姿でターフに降りた途端、くしゃみをした鹿毛のウマ娘アーモンドアイ。

彼女は2018年度トゥインクルシリーズでトリプルティアラを勝ち取り、直後にジャパンカップ。翌年のドバイターフ、天皇賞秋を制覇した現在トゥインクルシリーズで一番人気のあるウマ娘だ。

 

 鼻を啜る彼女に向けて懐からポケットティッシュを差し出すのは皇帝の二つ名で知られる無敗の三冠ウマ娘シンボリルドルフ。

並んで困ったように笑いながら腰に手を当てるのはNHKマイルCから東京優駿を制した変則二冠のウマ娘として知られているキングカメハメハ。

少し離れたラチの外側でタッチパネルを弄っていた東條ハナが顔を上げる。

 

「体調管理を怠るなよアイ。お前は6冠で止まる器じゃない、まだトゥインクルシリーズで勝ち取らなければならないレースがある事を忘れるな」

「は、はいっ―――!」

 

「お前達もだ。今回のURAファイナルズはスピカとカノープスも中長距離の両方に出走する。体の調子を落として負けたのでは、付いた二つ名に傷がつくぞ?」

「分かっていますよトレーナー。どんな相手、どんなレースであろうとも、全身全霊を賭けて臨み、勝利してこそ私は皇帝を名乗れるのですから」

「私も、現役時代はそんなに良い成績残せなかった分ドリームシリーズでは思いっきり暴れてやるんだから!今年もURAファイナルズ優勝はリギルのものに!」

 

「よし、その意気だ。アイ、お前はとりあえず――――――」

「アーイ!元気かい!トレーニングの準備オーケー?体調もノープロブレム?」

「あっ、クリス先生!おはようございます」

 

 陽気な声でスーツ姿のままターフへと駆け下りて来た彫りの深い外国人の男。

彼の名はクリストファー・ルチアーノ。フランスのトレセン学園でトレーナーをしていたが、色々あって数年前から日本のトレセン学園に移籍して、現在はチームリギルのサブトレーナーを務めている。

 

 ヒト・ウマ娘問わず流暢な日本語で話し、あっという間に打ち解けることで有名な彼は、指導者としても短期間で担当してきたウマ娘に数多くの重賞を齎していることからベテランの枠に入れられている。

 

 トレセン学園で長年チームリギルのトレーナーを務めてきたハナですら彼の指導力に底知れない才能を感じており、そう遠くない未来彼をリギルのチームトレーナーに推薦するか、独立を促してチームを発足させるか悩んでいるほど。

ハナとは付き合いの長い沖野もクリスには指導者として一目置いている。

 

「や、おはよう!おハナさんにルドルフ、キンカメもネ!」

「おはようございますクリストファー先生」

「…ミスター。キンカメって略すの辞めて下さいって何度も言ってるじゃないですか…」

「クリス。昨日提出したカネヒキリの来季ローテだが、特に問題はない」

 

「ホントですか?やぁ良かった!あの子はまだ光るモノ持ってると思いましたから」

「彼女も喜ぶだろう。…ドリームシリーズのダート戦線は、一番の魔境だからね」

「クロフネ先輩が全員ぶっち切るか、ファル子ちゃんが逃げ切るのか、それとも最近頭角を現し始めたタルマエちゃんかコパノリッキーちゃんが差し切るのか…」

 

 余談だがクロフネとカネヒキリはチームリギル所属。スマートファルコン、ホッコータルマエ、コパノリッキーの三人はそれぞれ個々でトレーナーと担当契約を交わしている。

またスマートファルコンに関しては逃げ切りシスターズなるチームでのウマドル活動をしており、何故かその中にしれっとリギル所属のマルゼンスキーがいたとか…

本人曰く「流行りに乗り遅れるとかナッシング」だそうな。

 

「…ボク個人としてはワンダーアキュート。底知れない娘だと思ってますヨ」

「アキュートちゃんね。ファル子ちゃんと戦った東京大賞典はいつ見てもドキドキするわ」

「油断大敵。今この場で名前が挙がらなかった者達も、十分強敵と言えるからね」

「あぁ、確かワンダーアキュートはオペラオーが気にかけていたか…」

 

 リギル所属のテイエムオペラオーが誘ったダートのウマ娘ワンダーアキュートだが、自分は長くトゥインクルシリーズで活躍しているだけでリギルに所属する資格はないとやんわり断られてしまった過去があった。

誘ったオペラオー曰く「運命的な何かを感じた」らしいが、彼女はアキュート以外にもクーリンガー、ミッキーロケットといったウマ娘に対しても同様の理由で誘いをかけているという。

 

「オペラオーは確か、ドットさんのリベンジに燃えていましたネ?」

「トゥインクルシリーズの宝塚記念で敗れたこと、本人はドトウさんが勝ったのに惜しみなく賞賛の声を送っていたけれど…控室で見せたあの顔を思い出すと……ね?」

「……我々も似たような経験をしてきたからね。ドリームシリーズはまさに、走り続けるウマ娘達にとって勝ち取れなかった勝利の景色を見る為の舞台と言っても過言ではない」

 

 トゥインクルシリーズでオペラオーのライバルとなった者達…ナリタトップロード、アドマイヤベガ、ラスカルスズカ、そしてメイショウドトウ…彼女らもドリームシリーズで走っている。

リギルの中ではマイルの王者として知られるタイキシャトルが、メイショウドトウとはかなり仲が良く、二人が学園外で果物を食べている姿が目撃されているとか。

 

「……そういえばおハナさんは今年のトゥインクルシリーズ、ジュニア期はどの娘が次世代の有力候補だと思います?」

「ん、そうだな……一人目はこの間のサウジアラビアロイヤルカップを制したサリオスか。関係者曰くダービーは彼女が獲ると息巻いているらしい」

「ほーそれはそれは……興味深いです。ルドルフ達はどうかな?」

 

「そうですね……私は聞いた限りだとオーソリティー、ヴェルトライゼンデが気になります」

「私はおハナさんと同じサリオスちゃんかしらねえ…。…あぁ、そういえばこの間オペラオー先輩が気になってる子がいるとか…名前はたしか…ディープボンド…だったかしら?」

 

「フム……それで今度東スポ杯に出る子が例の――――――」

 

「私の期待しているコントレイルですよ。クリス先生」

 

 クリス達の背後から声を掛けて現れたのは、厳かな雰囲気を纏った長いの鹿毛のウマ娘。

本人はそんな雰囲気を纏っているつもりはないのだが、周囲は彼女の存在に圧倒される。

ただ一人…ルドルフだけが笑みを浮かべて平然と彼女に声を掛けた。

 

「ディープインパクト、随分と遅かったじゃないか」

「すいません会長。オルフェさんとドンナさんを探していたんですが、見当たらなくて…」

 

 彼女はディープインパクト。

日本近代ウマ娘競走に現れた奇跡の存在と呼ばれ、ルドルフに次ぐ無敗の三冠ウマ娘だ。

本人はその肩書きを特に凄いとは思っておらず、ただ周りの強い先輩達と同じように自分も同世代のライバル達と切磋琢磨し、更に上を目指すだけと語っている。

…同世代のウマ娘達からすれば、かなりプライドを傷つけられる発言なのだが…

本人に悪気は一切なく、寧ろそのことで責めると酷く落ち込んでしまうほどメンタルの弱い子なので、周りからは温室育ちのお嬢様みたく扱われていた。

 

 彼女が探している二人のウマ娘、同じチームリギルに所属する三冠ウマ娘のオルフェーヴルと、トリプルティアラのウマ娘ジェンティルドンナ。

二人の行方を知っていたキングカメハメハが気まずそうに答えた。

 

「あー……あの二人ならスピカのゴールドシップちゃんが「ゴルゴル星の危機だ!行くぞ金色同志オルフェとゴリラメカドンナ!」って無理やり何処かへ連れて行ったのを見かけたわね……」

「…またスピカのところの…後で沖野に言っておくわね……無駄かもしれないけれど」

 

 黙れば美人、喋ると変人、走る姿は不沈艦と悪名名高きスピカ最古参のウマ娘ゴールドシップ。

皐月、菊花を勝ち、天皇賞春、宝塚記念、有馬記念と数々のGⅠを勝っている確かな実力者なのだが…口を開けば意味不明な単語が飛び交い、日常生活からレースに至るまで奇行が絶えない。

 

 彼女と関わってきた多くのウマ娘は「理解する方が難しい」と答え、彼女と妙に親近感の湧くウマ娘は「愛される気分屋だけど偶に馬鹿をやる。親の顔が見てみたい」と言う。

その度に遠く離れたところでカノープスで噂になっているベテランのシルバーコレクターウマ娘がくしゃみをし、機嫌を悪くしてゴールドシップを締め上げるらしい。

 

 オルフェーヴルは後輩である筈のゴールドシップに対し何故か敬語を使っていたりと上下関係が逆転している他、ジェンティルドンナとゴールドシップはかなり仲が悪い事で有名だ。

貴婦人の二つ名で知られるジェンティルドンナが隠している野生的な本能を剥き出しにしてタックルを仕掛けにいくのだが、ゴールドシップはそれを軽々と跳ね除けてしまうらしい。

 

 今頃は鬼の形相でゴールドシップを追うジェンティルドンナと、それに付き合わされてマスクを着けたオルフェーヴルがゼイゼイと息を切らして周りに助けを求めている事だろう。

それもゴールドシップが飽きて二人を放置するか、誰かが仲裁するか、結果は誰にも分からない。

 




 デアリングタクトは残念だったけれど、ゴリラ姉貴の子が勝ったのは純粋に凄いし嬉しいなって(五万飛んだ諭吉から目を逸らし)
開幕曇らせから始まって本編でやりたい事を好き放題やる奴www私です(´・ω・`)
クリストファー先生は言うまでもなくアイの主戦騎手にして、少し前にウマ娘のCMで「楽しメール」やったあの人です(他の騎手さん達も因子継承させて出したいかなって…)

 芝/ダート最強論は未だに決着がつきませんが…
競馬ビギナーの私でも障害最強はオジュウチョウサンだと断言できる。
私が存命の間に彼を越える存在は、果たして出てくるのだろうか……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。