ありふれた魔術師が世界最強になるのは間違っていない 作:ミーラー
今回は最後に、アヴァロン・ル・フェの情報が含まれているので注意してください。
ザァーと水の流れる音がする。
冷たい微風が頬を撫で、冷え切った体が身震いした。頬に当たる硬い感触と下半身の刺すような冷たい感触に「くっ」と呻き声を上げて俺は目を覚ました。
ん?ここは何処だ?痛っ〜!全身が痛い。
確か……そうだ!奈落に落ちたんだ!
ガッツつけてなかったらやばかったかもな……
あとは……ハジメだ!
「ハジメ!何処だ!?」
「ん?寒!?あれ……ここは……確か……そうだ…橋が落ちたんだ……」
ほんと魔術礼装作れて良かったぜ……
これ無かったら死んでたな…
落下途中の崖の壁に穴があいており、そこから鉄砲水の如く水が噴き出していたのだ。ちょっとした滝である。そのような滝が無数にあり、俺達は何度もその滝に吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最終的に壁からせり出ていた横穴からウォータースライダーの如く流されたのである。とてつもない奇跡だ。
もっとも、横穴に吹き飛ばされた時、無敵とガッツの効果が切れ、体を強打し意識を飛ばしていたので俺達自身は、その身に起きた奇跡を理解していないが。
「何とか助かったみたいだな…」
「うん…それより八幡?」
「なんだ?」
「寒くない?」
「めっちゃ寒いな……」
首から上は平常道理にしているが、首から下は
めちゃくちゃ震えている。産まれたての小鹿のようである。
「とりあえず…火を起こさないとな…ちょっと待ってろ」
「うん…じゃあ僕は少し…何かないか周辺を見てくるよ」
俺とハジメは服を脱ぎ、俺は火起こしハジメは周辺探査。早速行動を開始した。
「求めるは火、其れは力にして光、顕現せよ、〝火種〟よし…ふぅ〜暖かいなぁ〜」
そして少ししてハジメが戻ってきた。
「八幡、この辺りには特に何もなかったよ」
「お帰り、ハジメも早く暖まれ」
「うん、さすがに寒すぎるからね」
だんだん身体が温まってきたころ。ハジメは、ゴシゴシと目元を拭って溜まった涙を拭うと、両手でパンッと頬を叩いた。
「やるしかない。なんとか地上に戻ろう。大丈夫、きっと大丈夫だ」
「ああ…まだ死ねないからな」
そうだ…俺は死ねない…必ず家に帰る……絶対に。
二十分ほど暖をとり服もあらかた乾いたので出発することにする。どの階層にいるのかはわからないが迷宮の中であるのは間違いない以上、どこに魔物が潜んでいてもおかしくない。
俺達は慎重に慎重を重ねて奥へと続く巨大な通路に歩を進めた。俺達が進む通路は正しく洞窟といった感じだった。
そうやってどれくらい歩いただろうか。
くそ…そろそろ疲れてきたな。ん?あれは分かれ道か?巨大な四辻だ。とりあえず岩に隠れながら考えよう。どの道に進むべきだ?
俺達は岩の影に隠れながら、しばらく考え込んでいると、視界の端で何かが動いた気がして慌てて岩陰に身を潜める。
そっと顔だけ出して様子を窺うと、俺達のいる通路から直進方向の道に白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もある。見た目はまんまウサギだった。
ただし、大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。物凄く不気味である。
何だあれ気持ち悪いな……一応鑑定しとくか……
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蹴りウサギ レベル ーーー
筋力:ーーー
体力:ーーー
耐性:ーーー
敏捷:ーーー
魔力:ーーー
魔耐:ーーー
状態:ーーー
技能:ーーーーー
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はい?つまり……あんな小柄でベヒモスより強いって事?はは…ヤバくね?
俺達は息を潜めてタイミングを見計らう。そして、ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出したところで、今だ! と飛び出そうとした。
その瞬間、ウサギがピクッと反応したかと思うとスッと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒するように耳が忙しなくあちこちに向いている。
ヤバい!見つかったか?ガチ見つかったら死ぬ…
岩陰に張り付くように身を潜めながらバクバクと脈打つ心臓を必死に抑える。だが、ウサギが警戒したのは別の理由だったようだ。
「グルゥア!!」
獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出したのだ。
その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。
どこから現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。
おいおい今度は何だよ!?
俺はすかさず鑑定する。
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二尾狼 レベル ーーー
筋力:ーーー
体力:ーーー
耐性:ーーー
敏捷:6ーー
魔力:ーーー
魔耐:ーーー
状態:ーーー
技能:ーーーーー
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いやコイツもかよ!!
何なんだよここ……リアルジュ〇シック・パークかよ……
俺達は、このドサクサに紛れて移動しようかと腰を浮かせた。
しかし……
「キュウ!」
可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、ウサギがその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。
ドパンッ!
およそ蹴りが出せるとは思えない音を発生させてウサギの足が二尾狼の頭部にクリーンヒットする。
すると、
ゴギャ!
という鳴ってはいけない音を響かせながら狼の首があらぬ方向に捻じ曲がってしまった。
俺達は腰を浮かせたまま硬直する。
うん…確かに鑑定結果からいけばそうなるよね…
そうこうしている間にも、ウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で"空中を踏みしめて"地上へ隕石の如く落下し、着地寸前で縦に回転。強烈なかかと落としを着地点にいた二尾狼に炸裂させた。
ベギャ!
断末魔すら上げられずに頭部を粉砕される狼二匹目。
その頃には更に二体の二尾狼が現れて、着地した瞬間のウサギに飛びかかった。
今度こそウサギの負けかと思われた瞬間、なんとウサギはウサミミで逆立ちしブレイクダンスのように足を広げたまま高速で回転をした。
飛びかかっていた二尾狼二匹が竜巻のような回転蹴りに弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。グシャという音と共に血が壁に飛び散り、ズルズルと滑り落ち動かなくなった。
最後の一匹が、グルルと唸りながらその尻尾を逆立てる。すると、その尻尾がバチバチと放電を始めた。どうやら二尾狼の固有魔法のようだ。
「グルゥア!!」
咆哮と共に電撃がウサギ目掛けて乱れ飛ぶ。
しかし、高速で迫る雷撃をウサギは華麗なステップで右に左にとかわしていく。そして電撃が途切れた瞬間、一気に踏み込み二尾狼の顎にサマーソルトキックを叩き込んだ。
二尾狼は、仰け反りながら吹き飛び、グシャと音を立てて地面に叩きつけられた。二尾狼の首は、やはり折れてしまっているようだ。
蹴りウサギは、
「キュ!」
と、勝利の雄叫び? を上げ、耳をファサと前足で払った。
トリケラトプスより強いウサギってなんだ?
小町……俺にどうすればいいか教えて……
俺達は、「気がつかれたら絶対に死ぬ」と、表情に焦燥を浮かべながら無意識に後退る。
それが間違いだった。
カラン
ハジメは、足元にあった小石を蹴ってしまったのだ。あまりにベタで痛恨のミスである。俺達の額から冷や汗が噴き出る。小石に向けていた顔をギギギと油を差し忘れた機械のように回して蹴りウサギを確認する。
蹴りウサギは、ばっちりこちらを見ていた。
やがて、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとこちらの方を向き、足をたわめグッと力を溜める。
来る!
本能で悟った瞬間、蹴りウサギの足元が爆発した。後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。
気がつけば俺とハジメは、全力で横っ飛びをしていた。
直後、一瞬前まで俺達のいた場所に砲弾のような蹴りが突き刺ささり、地面が爆発したように抉られた。硬い地面をゴロゴロと転がりながら、尻餅をつく形で停止する俺達。陥没した地面に青褪めながら後退る。
蹴りウサギは余裕の態度でゆらりと立ち上がり、再度、地面を爆発させながらハジメに突撃する。
『オシリスの塵』を使い、俺は咄嗟にハジメに無敵を付与した。
その結果、ハジメにダメージは無かったが、衝撃で吹き飛ばされていた。
蹴りウサギは、狩りを邪魔したもう一匹の獲物へ視線を向けた。
絶望が俺を襲う。こんなところで死ぬものかと、ガッツを自身に付与し、呆然と掲げられた蹴りウサギの足を見やる。その視線の先で、遂に豪風と共に致死級の蹴りが振り下ろされた。
恐怖でギュッと目をつぶる。
「……」
しかし、いつまで経っても予想していた衝撃は来なかった。
俺が、恐る恐る目を開けると眼前に蹴りウサギの足があった。振り下ろされたまま寸止めされているのだ。
まさか、俺で遊ぶつもりなのかと更に絶望的な気分に襲われていると、奇妙なことに気がついた。よく見れば蹴りウサギがふるふると震えているのだ。
な…なんだ…何を震えて……いや…怯えてんのか?
事実、蹴りウサギは怯えていた。
俺達が逃げようとしていた右の通路から現れた新たな魔物の存在に。
その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。その姿は、たとえるなら熊だった。ただし、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えているが。
その爪熊が、いつの間にか接近しており、蹴りウサギと俺を睥睨していた。
辺りを静寂が包む。俺は元より蹴りウサギも硬直したまま動かない。いや、動けないのだろう。爪熊を凝視したまま凍りついている。
「……グルルル」
と、この状況に飽きたとでも言うように、突然、爪熊が低く唸り出した。
「ッ!?」
蹴りウサギが夢から覚めたように、ビクッと一瞬震えると踵を返し脱兎の如く逃走を開始した。今まで敵を殲滅するために使用していたあの踏み込みを逃走のために全力使用する。
しかし、その試みは成功しなかった。
爪熊が、その巨体に似合わない素早さで蹴りウサギに迫り、その長い腕を使って鋭い爪を振るったからだ。蹴りウサギは流石の俊敏さでその豪風を伴う強烈な一撃を、体を捻ってかわす。
俺の目にも確かに爪熊の爪は掠りもせず、蹴りウサギはかわしきったように見えた。
しかし……
着地した蹴りウサギの体はズルと斜めにずれると、そのまま噴水のように血を噴き出しながら別々の方向へドサリと倒れた。
コイツには鑑定をする必要なんてない……
見たままだ……
蹴りウサギが怯えて逃げ出した理由がよくわかった。あの爪熊は別格なのだ。蹴りウサギの、まるでカポエイラの達人のような武技を持ってしても歯が立たない化け物なのだ。
爪熊は、のしのしと悠然と蹴りウサギの死骸に歩み寄ると、その鋭い爪で死骸を突き刺しバリッボリッグチャと音を立てながら喰らってゆく。
ハジメは動けなかった。あまりの連続した恐怖に、そして蹴りウサギだったものを咀嚼しながらも鋭い瞳でハジメを見ている爪熊の視線に射すくめられて。
爪熊は三口ほどで蹴りウサギを全て腹に収めると、グルッと唸りながらハジメの方へ体を向けた。その視線が雄弁に語る。次の食料はお前だと。
ハジメは、捕食者の目を向けられ恐慌に陥った。
「うわぁああーー!!」
しかし、あの蹴りウサギですら逃げること敵わなかった相手からハジメが逃げられる道理などない。ゴウッと風がうなる音が聞こえると同時に強烈な衝撃がハジメの左側面を襲った。そして、そのまま壁に叩きつけられる。
「がはっ!」
「ハジメ!?」
肺の空気が衝撃により抜け、咳き込みながら壁をズルズルと滑り崩れ落ちるハジメ。衝撃に揺れる視界でどうにか爪熊の方を見ると、爪熊は何かを咀嚼していた。
だが、一体何を咀嚼しているのだろう。蹴りウサギはさっき食べきったはずである。それにどうして、食んでいるその腕は見覚えがあるのだろう。
ハジメは理解できない事態に混乱しながら、何故かスッと軽くなった左腕を見た。正確には左腕のあった場所を……
「あ、あれ?」
ハジメは顔を引き攣らせながら、なんで腕がないの? どうして血が吹き出してるの? と首を傾げる。脳が、心が、理解することを拒んでいるのだろう。
しかし、そんな現実逃避いつまでも続くわけがない。ハジメの脳が夢から覚めろというように痛みをもって現実を教える。
「あ、あ、あがぁぁぁあああーーー!!!」
ハジメの絶叫が迷宮内に木霊する。ハジメの左腕は肘から先がスッパリと切断されていた。
爪熊の固有魔法が原因である。あの三本の爪は風の刃を纏っており最大三十センチ先まで伸長して対象を切断できるのだ。
それを考えれば、むしろ腕一本で済んだのは僥倖だった。爪熊が遊んだのか、単にハジメの運が良かったのかはわからないが、本来なら蹴りウサギのように胴体ごと真っ二つにされていてもおかしくはなかったのだ。
「あ、あ、ぐぅうう、れ、〝錬成ぇ〟!」
あまりの痛みに涙と鼻水、涎で顔をベトベトに汚しながら、ハジメは右手を背後の壁に押し当て錬成を行った。ほとんど無意識の行動だった。
無能と罵られ魔法の適性も身体スペックも低いハジメの唯一の力。通常は、剣や槍、防具を加工するためだけの魔法。その天職を持つ者は例外なく鍛治職に就く。故に戦いには役立たずと言われながら、異世界人ならではの発想で騎士団員達すら驚かせる使い方を考え、クラスメイトを助けることもできた力。
だからこそ、死の淵でハジメは無意識に頼り、そして、それ故に活路が開けた。
背後の壁に縦五十センチ横百二十センチ奥行二メートルの穴が空く。ハジメは爪熊の前足が届くという間一髪のところでゴロゴロ転がりながら穴の中へ体を潜り込ませた。
目の前で獲物を逃したことに怒りをあらわにする爪熊。
「グゥルアアア!!」
重たい身体に鞭を打ち、俺もハジメの後に続いて穴の中へ入り込みながら、自身に緊急回避を付与する。
まだ諦めていない爪熊は、咆哮を上げながら固有魔法を発動し、俺が潜り込んだ穴目掛けて爪を振るう。凄まじい破壊音を響かせながら壁がガリガリと削られていく。
俺の体に爪熊の固有魔法が当たりそうな時、緊急回避が発動した。
俺の身体にかかる重力だけが重くなったかのように、地面に吸い寄せられた。その次の瞬間頭上に爪熊の固有魔法が突き刺さった。
だが俺はそんな事は気にしない……いや、気にしている余裕はなかった。とにかくあの恐怖の塊から逃れたい、その一心で身体を動かす。
どれくらいそうやって進んだのか。
しかし、実際はそれほど進んではいないだろう。一度の錬成の効果範囲は二メートル位であるし(これでも初期に比べ倍近く増えている)、魔力も無限ではない。そう長く動けるものではないだろう。
実際、ハジメの意識は出血多量により既に落ちかけていた。それでも、もがくように前へ進もうとする。
しかし……
「〝錬成〟 ……〝錬成〟 ……〝錬成〟 ……〝れんせぇ〟 ……」
何度錬成しても眼前の壁に変化はない。意識よりも先に魔力が尽きたようだ。ズルリと壁に当てていた手が力尽きたように落ちる。
俺達は、朦朧として今にも落ちそうな意識を辛うじて繋ぎ留めながらゴロリと仰向けに転がった。ボーとしながら真っ暗な天井を見つめる。この辺は緑光石が無いようで明かりもない。
いつしか俺は昔のことを思い出していた。走馬灯というやつかもしれない。保育園時代から小学生、中学生、そして高校時代。様々な思い出が駆け巡る。
家族のこと…奉仕部のこと…
最後の思い出は……
救い続けた者たちに裏切られ
愛した島のために戦い続け
最後まで必死に
玉座へ手を伸ばす
一人の女性の姿だった……
あぁ…俺がもしあの場所にいたら…しっかり手を掴みたかった……
彼女には……
幸せになって欲しかった…
報われて欲しかった…
そして…ずっと……
笑っていて欲しいと…思った…………
その思いを最後に俺の意識は闇に呑まれていった。意識が完全に落ちる寸前、ぴたっぴたっと頬に水滴を感じた。
それはまるで、誰かの流した涙のようだった。