ありふれた魔術師が世界最強になるのは間違っていない   作:ミーラー

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第12話 豹変

 

 

 

ぴちょん……ぴちょん……

 

水滴が頬に当たり口の中に流れ込む感触に、俺は意識が徐々に覚醒していくのを感じた。そのことを不思議に思いながらゆっくりと目を開く。

 

……生きてる? ……助かったのか?

 

疑問に思いながらグッと体を起こそうとして低い天井にガツッと額をぶつけた。

 

「痛ってぇ!?」

 

ハジメが作った穴は横幅が五十センチ程度しかなかったことを今更ながら思い出す。

俺は体勢を変えようと、天井に手を伸ばす。

 

「ふっ……よっこらせっと…」

 

俺は体勢を変え、辺りを見回す。

近くでハジメが横たわっていた。

息はあるな…よかった〜

どうやらまだ目覚めてないらしい。

 

そして俺はあることに気づいた。

あぁ…そうか、ハジメ腕が無いのか…

くそ!あの時、俺が無敵をかけれていれば…

 

ん?でもなんで、ハジメの傷は完璧に塞がってるんだ?腕を切られたままだったなら、間違いなく死んでいるはずだ。

 

それに、俺も魔術礼装はボロボロで修繕が必要だが、生身の方は無傷だった。

 

「この魔術礼装は、よく最後までもってくれたな。こりゃ感謝しまくらないとな。とはいえ、傷の方はどういうことなんだ?」

 

「あぐっ!?」

 

どうやらハジメも目が覚めたようだ。

 

「な、なんで? ……それに血もたくさん……」

 

「俺も考えたが…さっぱりだ」

 

「っ!?八幡!?大丈夫?」

 

「ああ、俺は大丈夫だ…それよりお前は自分の心配をしろ」

 

「そっか…よかった…」

 

コイツめっちゃいいやつかよ。まぁ長い付き合いだから知ってたけどね。

 

「でも、本当になんで生きてるんだろ…」

 

「ああ、ハジメの出血量なら死んでてもおかしくないもんな…」

 

俺は地面にうつ伏せで寝そべった。

すると目の前に、水が垂れてきていた。

 

やべぇ〜水滴を見ただけで、喉が渇いてきた。

これが極限状態と言うやつか?

 

一応、毒などが無いか調べるために、鑑定を使った。

 

そこには………

 

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神水

 

神結晶から内包する魔力が飽和状態になった時、液体となって溢れ出した水のこと。

飲んだ者はどんな怪我も病も治る。

体力や魔力を回復する。

欠損部位を再生するような力はない。

不死の霊薬とも言われている。

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「は?」

 

「どうしたの?八幡?」

 

「いや、どうやらこの垂れてきてる水……神水みたいだ」

 

「え!?それって確か、飲んだ者はどんな怪我や病も治すっていう?」

 

「ああ…ペロ……舐めただけでも、活力が溢れてくる。ハジメ、垂れてきてる場所を錬成してくれ」

 

「うん、わかった」

 

俺達は神水の水源を見つけるために動き出した。

 

やがて、流れる神水がポタポタからチョロチョロと明らかに量を増やし始めた頃、更に進んだところで、俺達は遂に水源にたどり着いた。

 

「おぉ…」

 

「こ……れは……」

 

そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が存在していた。

 

 その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。

 

すかさず俺は鑑定を開始する。

 

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神結晶

 

大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したもの。

結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。その液体を神水と呼ぶ。

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「間違いない…コレは神結晶だ…」

 

「そうなんだ……ね」

 

ようやく死の淵から生還したことを実感したのか、ハジメはそのままズルズルと壁にもたれながらへたり込んだ。

 

「大丈夫か!?」

 

「ごめん、ホッとしたら力が抜けちゃって」

 

 そして、ハジメは死の恐怖に震える体を抱え体育座りしながら膝に顔を埋め。既に脱出しようという気力は無くなっていた。ハジメの心は折られてしまったのだ。

 

 敵意や悪意になら立ち向かえたかもしれない。助かったと喜んで、再び立ち上がれたかもしれない。

 

しかし、爪熊のあの目はダメだった。ハジメを餌としてしか見ていない捕食者の目。弱肉強食の頂点に立つ人間がまず向けられることのない目だ。

 

俺は何とか持ちこたえてはいるが……

 

ハジメに関しては、実際に自分の腕を喰われたことで、心は砕けてしまった。

 

まさに、絶体絶命。

 

「誰か……助けて……」

 

 ここは奈落の底、ハジメの言葉は俺にしか届かない……

 

どうすればいい…どうすればここから出られる…何か手は無いのか?くそ……疲れが出てきたか…

 

長い緊張状態から開放された疲れが俺を襲いはじめ、思考もままならなくなっていく。

 

俺がもっと強ければ…………

 

そう思った時、俺の手の甲が薄ら赤く輝いた気がした。

 

俺とハジメはそのまま意識を手放した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 

 俺達は、現在、横倒しになりギュッと手足を縮めて、まるで胎児のように丸まっていた。

 

 俺達が崩れ落ちた日から既に四日が経っている。

 

俺は一日目の時点で、魔術回路が神水の効果で活性化していることに気づいた。もしかしたらと希望を抱いたが、冷静に考えてみれば俺の魔術が奴らに通用する可能性は低い。

 

俺の魔力量はおそらく、天之河より少し上くらいだ。その天之河の攻撃で無傷だったベヒモスよりさらに何倍もの強さを持つ化け物が、ここにはうじゃうじゃいる。

 

それに、ハジメが動かなければここを出ることは出来ない。出口はハジメが錬成で塞いでいるからだ。

 

もしかすれば魔術で破壊出来るかもしれないが、破壊した瞬間にその音を聞きつけた大量の魔物が一気に押し寄せてきた場合、対処できる手段はない。自分の力を正確に把握できていないからだ。

 

ということは、何をするにしてもハジメを動かす必要がある。

 

俺はこの四日間、自分の飢餓感を押し殺しながら、ハジメを元気づけようと声をかけ続けた。

 

ハジメの返事は無理だという否定の言葉がほとんどだった。だがそれも、日数が経っていくにつれ、口数も減っていき、ついには何も返さなくなった。

 

そして現在、俺ももう無理なんじゃないかと思いはじめていた。

 

その間、俺達はほとんど動かず、滴り落ちる神水のみを口にして生きながらえていた。

 

 しかし、神水は服用している間は余程のことがない限り服用者を生かし続けるものの空腹感まで消してくれるわけではなかった。死なないだけで、現在、壮絶な飢餓感に苦しんでいた。

 

(どうして俺がこんな目に?)

(どうして僕がこんな目に?)

 

 ここ数日何度も頭を巡る疑問。

 

 空腹で碌に眠れていない頭は神水を飲めば回復するものの、クリアになったがためにより鮮明に苦痛を感じさせる。

 

 何度も何度も、意識を失うように眠りについては、飢餓感に目を覚まし、苦痛から逃れる為に再び神水を飲んで、また苦痛の沼に身を沈める。

 

もう何度、そんな微睡と覚醒を繰り返したのか。

 

 いつしか、俺達は神水を飲むのを止めていた。無意識の内に、苦痛を終わらせるもっとも手っ取り早い方法を選択してしまったのだ。

 

( (こんな苦痛がずっと続くなら……いっそ……) )

 

 そう内心呟きながら意識を闇へと落とす。

 

それから更に三日が経った。

 

 ピークを過ぎたのか一度は落ち着いた飢餓感だったが、嵐の前の静けさだったかのように再び、更に激しくなって襲い来る。ハジメの幻肢痛は一向に治まらず、精神を苛み続ける。まるで、端の方から少しずつヤスリで削られているかのような耐え難き苦痛。

 

( (まだ……死なないのか……あぁ、早く、早く……死にたくない……) )

 

しかし、少し前、八日目辺りから2人の精神に異常が現れ始めていた。

 

 ただひたすら、死と生を交互に願いながら、地獄のような苦痛が過ぎ去るのを待っているだけだった2人の心に、ふつふつと何か暗く澱んだものが湧き上がってきたのだ。

 

 それはヘドロのように、恐怖と苦痛でひび割れた心の隙間にこびりつき、少しずつ、少しずつ、2人の奥深くを侵食していった。

 

(なぜ俺が苦しまなきゃならない……俺が何をした……)

(なぜ僕が苦しまなきゃならない……僕が何をした……)

 

((なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……))

 

(それは俺が弱いからだ……)

(神は理不尽に誘拐した……)

 

(強ければ全てうまくいった……)

(クラスメイトは僕を裏切った……)

 

(弱いからウサギに見下された……)

(ウサギは僕を見下した……)

 

(強ければアイツをぶっ殺せた...…)

(アイツは僕を喰った……)

 

次第に二人の思考が黒く黒く染まっていく。白紙のキャンバスに黒インクが落ちたように、ジワリジワリと二人の中の美しかったものが汚れていく。

 

 誰が悪いのか、誰が自分に理不尽を強いているのか、誰が自分を傷つけたのか……

 

 無意識に敵を探し求める。激しい痛みと飢餓感、そして暗い密閉空間が二人の精神を蝕む。暗い感情を加速させる。

 

(どうして俺はこんなにも弱い……)

(どうして誰も助けてくれない……)

 

(弱者には生存の権利などないというのか?)

(誰も助けてくれないならどうすればいい?)

 

(だったらこれからはどうすればいい?)

(この苦痛を消すにはどうすればいい?)

 

 九日目には、二人の思考は現状の打開を無意識に考え始めていた。

 

 激しい苦痛からの解放を望む心が、湧き上がっていた怒りや憎しみといった感情すら不要なものと切り捨て始める。

 

 憤怒と憎悪に心を染めている時ではない。どれだけ心を黒く染めても苦痛は少しもやわらがない。この理不尽に過ぎる状況を打開するには、生き残るためには、余計なものは削ぎ落とさなくてはならない。

 

((俺は何を望んでる?))

 

(俺は〝勝利〟を望んでる。)

(俺は〝生〟を望んでる。)

 

(ならどうやって勝利を掴む?)

(それを邪魔するのは誰だ?)

 

(俺が強者になる)

(邪魔するのは敵だ)

 

(強者とはなんだ?)

(敵とはなんだ?)

 

(絶対的な力の持ち主、理不尽の権化のこと)

(俺の邪魔をするもの、理不尽を強いる全て)

 

(なら俺は何をすべきだ?)

(では俺は何をすべきだ?)

 

((俺は、俺は……))

 

俺の手の甲に薄らと浮かんでいた紋様が形を成していく。

 

十日目。

 

 二人の心から憤怒も憎悪もなくなった。

 

 神の強いた理不尽も、クラスメイトの裏切りも、魔物の敵意も……

 

全てはどうでもいいこと。

 

 生きるために、生存の権利を獲得するために、そのようなことは全て些事だ。

 

(この世界は、いや…考えてみれば、前の世界からそうだった。

どちらの世界でも強者は勝利し、弱者は敗北する

勝者は全てを手に入れ、敗者は淘汰される。俺は強者にならなくてはいけない。

 

あらゆる理不尽に勝つため……

 

勝利するため……

 

生きるため……

 

そしていつか、あの手を掴めるようになるため…

なら俺は……)

 

赤い紋様の輝きが増していく。

 

 二人の意思は、ただ一つに固められる。鍛錬を経た刀のように。鋭く強く、万物の尽くを斬り裂くが如く。

 

 すなわち……

 

(( 殺す ))

 

悪意も敵意も憎しみもない。

 

勝利する為に必要だから、ただ生きる為に必要だから、滅殺するという純粋なまでの殺意。

 

 自分の生存を脅かす者は全て敵。

 

 そして敵は、

 

((殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す))

 

 この飢餓感から逃れるには、

 

(( 殺して喰らってやる ))

 

今この瞬間、優しく穏やかで、対立して面倒を起こすより苦笑いと謝罪でやり過ごす、香織が強いと称した南雲ハジメは完膚無きまでに崩壊した。

そして、生きる為に邪魔な存在は全て容赦なく排除する新しい南雲ハジメが誕生した。

 

と同時に、腐った目をしていたが、その目の奥には常に優しさが溢れていた。その比企谷八幡は崩壊した。そして、勝利するために、強者になるために、とてつもない"力"への執着。強者になることへの渇望。勝利することへの信念。この3つの感情を目の奥に宿した新しい比企谷八幡が誕生した。

 

 砕けた心は、再び一つとなった。ただし、ツギハギだらけの修繕された心ではない。奈落の底の闇と絶望、苦痛と本能で焼き直され鍛え直された新しい強靭な心だ。

 

俺達はすっかり弱った体を必死に動かし、ここ数日で地面のくぼみに溜まった神水を犬のように直接口をつけて啜る。飢餓感も幻肢痛も治まらないが、体に活力が戻る。

 

 そして二人は目をギラギラと光らせ、濡れた口元を乱暴に拭い、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。歪んだ口元からは犬歯がギラリと覗く。まさに豹変という表現がぴったり当てはまるほどの変わりようだ。

 

 ハジメは起き上がり、錬成を始めながら宣言するようにもう一度呟いた。

 

八幡は現在の状況から自分の勝利条件を考える。

それは、生き残ること。生存の権利を獲得すること。それを侵害するものは、排除しなければならない。

 

それこそがこの状況下における勝利だと決定した。勝つために、そしてその先にある本物を手に入れるためにもう一度呟いた。

 

「「殺してやる」」

 

呟いた瞬間、俺の手の甲に赤い令呪がくっきりと刻まれた。

 

 

 

 

 

 











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