ありふれた魔術師が世界最強になるのは間違っていない   作:ミーラー

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第25話 クラスメイトside2 後編

 

 

 

先手は、光輝だった。

 

「万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

曲線状の光の斬撃がベヒモスに轟音を響かせながら直撃する。以前は、〝天翔閃〟の上位技〝神威〟を以てしてもカスリ傷さえ付けることができなかった。しかし、いつまでもあの頃のままではないという光輝の宣言は、結果を以て証明された。

 

「グゥルガァアア!?」

 

悲鳴を上げ地面を削りながら後退するベヒモスの胸にはくっきりと斜めの剣線が走り、赤黒い血を滴らせていたのだ。

 

「いける! 俺達は確実に強くなってる! 永山達は左側から、檜山達は背後を、メルド団長達は右側から! 後衛は魔法準備! 上級を頼む!」

 

光輝が矢継ぎ早に指示を出す。メルド団長直々の指揮官訓練の賜物だ。

 

「ほぅ、迷いなくいい指示をする。聞いたな? 総員、光輝の指揮で行くぞ!」

 

メルド団長が叫び騎士団員を引き連れベヒモスの右サイドに回り込むべく走り出した。それを機に一斉に動き出し、ベヒモスを包囲する。

 

前衛組が暴れるベヒモスを後衛には行かすまいと必死の防衛線を張る。

 

「グルゥアアア!!」

 

ベヒモスが踏み込みで地面を粉砕しながら突進を始める。

 

「させるかっ!」

 

「行かせん!」

 

クラスの二大巨漢、坂上龍太郎と永山重吾がスクラムを組むようにベヒモスに組み付いた。

 

「「猛り地を割る力をここに! 〝剛力〟!」」

 

身体能力、特に膂力を強化する魔法を使い、地を滑りながらベヒモスの突進を受け止める。

 

「ガァアア!!」

「らぁあああ!!」

「おぉおおお!!」

 

三者三様に雄叫びをあげ力を振り絞る。ベヒモスは矮小な人間ごときに完全には止められないまでも勢いを殺され苛立つように地を踏み鳴らした。

 

 その隙を他のメンバーが逃さない。

 

「全てを切り裂く至上の一閃 〝絶断〟!」

 

雫の抜刀術がベヒモスの角に直撃する。魔法によって切れ味を増したアーティファクトの剣が半ばまで食い込むが切断するには至らない。

 

「ぐっ、相変わらず堅い!」

 

「任せろ! 粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ 〝豪撃〟!」

 

メルド団長が飛び込み、半ばまで刺さった雫の剣の上から自らの騎士剣を叩きつけた。魔法で剣速を上げると同時に腕力をも強化した鋭く重い一撃が雫の剣を押し込むように衝撃を与える。

 

 そして、遂にベヒモスの角の一本が半ばから断ち切られた。

 

「ガァアアアア!?」

 

角を切り落とされた衝撃にベヒモスが渾身の力で大暴れし、永山、龍太郎、雫、メルド団長の四人を吹き飛ばす。

 

「優しき光は全てを抱く 〝光輪〟!」

 

衝撃に息を詰まらせ地面に叩きつけられそうになった四人を光の輪が無数に合わさって出来た網が優しく包み込んだ。香織が行使した、形を変化させることで衝撃を殺す光の防御魔法だ。

 

 香織は間髪入れず、回復系呪文を唱える。

 

「天恵よ 遍く子らに癒しを 〝回天〟」

 

香織の詠唱完了と同時に触れてもいないのに四人が同時に癒されていく。遠隔の、それも複数人を同時に癒せる中級光系回復魔法だ。以前使った〝天恵〟の上位版である。

 

光輝が突きの構えを取り、未だ暴れるベヒモスに真っ直ぐ突進した。そして、先ほどの傷口に切っ先を差し込み、突進中に詠唱を終わらせて魔法発動の最後のトリガーを引く。

 

「〝光爆〟!」

 

聖剣に蓄えられた膨大な魔力が、差し込まれた傷口からベヒモスへと流れ込み大爆発を起こした。

 

「ガァアアア!!」

 

傷口を抉られ大量の出血をしながら、技後硬直中の僅かな隙を逃さずベヒモスが鋭い爪を光輝に振るった。

 

「ぐぅうう!!」

 

呻き声を上げ吹き飛ばされる光輝。爪自体はアーティファクトの聖鎧が弾いてくれたが、衝撃が内部に通り激しく咳き込む。しかし、その苦しみも一瞬だ。すかさず、香織の回復魔法がかけられる。

 

「天恵よ 彼の者に今一度力を  〝焦天〟」

 

先ほどの回復魔法が複数人を対象に同時回復できる代わりに効果が下がるものとすれば、これは個人を対象に回復効果を高めた魔法だ。光輝は光に包まれ一瞬で全快する。

 

ベヒモスが、光輝が飛ばされた間奮闘していた他のメンバーを咆哮と跳躍による衝撃波で吹き飛ばし、折れた角にもお構いなく赤熱化させていく。

 

「……角が折れても出来るのね。あれが来るわよ!」

 

雫の警告とベヒモスの跳躍は同時だった。ベヒモスの固有魔法は経験済みなので皆一斉に身構える。しかし、今回のベヒモスの跳躍距離は予想外だった。何と、光輝達前衛組を置き去りにし、その頭上を軽々と超えて後衛組にまで跳んだのだ。大橋での戦いでは直近にしか跳躍しなかったし、あの巨体でここまで跳躍できるとは夢にも思わず、前衛組が焦りの表情を見せる。

 

だが、後衛組の一人が呪文詠唱を中断して、一歩前に出た。谷口鈴だ。

 

「ここは聖域なりて 神敵を通さず 〝聖絶〟!!」

 

呪文の詠唱により光のドームができるのとベヒモスが隕石のごとく着弾するのは同時だった。凄まじい衝撃音と衝撃波が辺りに撒き散らされ、周囲の石畳を蜘蛛の巣状に粉砕する。

 

しかし、鈴の発動した絶対の防御はしっかりとベヒモスの必殺を受け止めた。だが、本来の四節からなる詠唱ではなく、二節で無理やり展開した詠唱省略の〝聖絶〟では本来の力は発揮できない。

 

実際、既に障壁にはヒビが入り始めている。天職〝結界師〟を持つ鈴でなければ、ここまで持たせるどころか、発動すら出来なかっただろう。鈴は歯を食いしばり、二節分しか注げない魔力を注ぎ込みながら、必死に両手を掲げてそこに絶対の障壁をイメージする。ヒビ割れた障壁など存在しない。自分の守りは絶対だと。

 

「ぅううう! 負けるもんかぁー!」

 

障壁越しにベヒモスの殺意に満ちた眼光が鈴を貫き、全身を襲う恐怖と不安に、掲げた両手が震える。弱気を払って必死に叫ぶが限界はもうそこだ。ベヒモスの攻撃は未だ続いており、もう十秒も持たない。

 

 破られる!鈴がそう心の内で叫んだ瞬間、

 

「天恵よ 神秘をここに 〝譲天〟」

 

鈴の体が光に包まれ、〝聖絶〟に注がれる魔力量が跳ね上がった。香織の回復系魔法だ。本来は、他者の魔力を回復させる魔法だが、魔法陣に注ぐ魔力に合わせて発動することで、流入量を本来の量まで増幅させることができる。〝譲天〟の応用技だ。天職〝治癒師〟である香織だからこそできる魔法である。

 

「これなら! カオリン愛してる!」

 

鈴は、一気に本来の四節分の魔力が流れ込むと同時に完璧な〝聖絶〟を張り直す。パシンッと乾いた音を響かせ障壁のヒビが一瞬で修復された。ベヒモスは、障壁を突破できないことに苛立ち、怒りも表に生意気な術者を睨みつけるが、鈴も気丈に睨み返し一歩も引かない。

 

そして遂に、ベヒモスの角の赤熱化が効果を失い始めた。ベヒモスが突進力を失って地に落ちる。同時に、鈴の〝聖絶〟も消滅した。

 

肩で息をする鈴にベヒモスが狙いを定めるが、既に前衛組がベヒモスに肉薄している。

 

「後衛は後退しろ!」

 

光輝の指示に後衛組が一気に下がり、前衛組が再び取り囲んだ。ヒット&アウェイでベヒモスを翻弄し続け、遂に待ちに待った後衛の詠唱が完了する。

 

「下がって!」

 

後衛代表の恵里から合図がでる。光輝達は、渾身の一撃をベヒモスに放ちつつ、その反動も利用して一気に距離をとった。

 

その直後、炎系上級攻撃魔法のトリガーが引かれた。

 

「「「「「〝炎天〟」」」」」

 

術者五人による上級魔法。超高温の炎が球体となり、さながら太陽のように周囲一帯を焼き尽くす。ベヒモスの直上に創られた〝炎天〟は一瞬で直径八メートルに膨らみ、直後、ベヒモスへと落下した。

 

絶大な熱量がベヒモスを襲う。あまりの威力の大きさに味方までダメージを負いそうになり、慌てて結界を張っていく。〝炎天〟は、ベヒモスに逃げる暇すら与えずに、その堅固な外殻を融解していった。

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

ベヒモスの断末魔が広間に響き渡る。いつか聞いたあの絶叫だ。鼓膜が破れそうなほどのその叫びは少しずつ細くなり、やがて、その叫びすら燃やし尽くされたかのように消えていった。

 

そして、後には黒ずんだ広間の壁と、ベヒモスの物と思しき僅かな残骸だけが残った。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

 

皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。同じく、呆然としていた光輝が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

 

キラリと輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝。その声にようやく勝利を実感したのか、一斉に歓声が沸きあがった。男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。メルド団長達も感慨深そうだ。

 

そんな中、未だにボーとベヒモスのいた場所を眺めている香織に雫が声を掛けた。

 

「香織? どうしたの?」

 

「えっ、ああ、雫ちゃん。……ううん、何でもないの。ただ、ここまで来たんだなってちょっと思っただけ」

 

苦笑いしながら雫に答える香織。かつての悪夢を倒すことができるくらい強くなったことに対し感慨に浸っていたらしい。

 

「そうね。私達は確実に強くなってるわ」

 

「うん……雫ちゃん、もっと先へ行けば南雲くん達も……」

 

「それを確かめに行くんでしょ?そのために頑張っているんじゃない」

 

「えへへ、そうだね」

 

先へ進める。それはハジメ達の安否を確かめる具体的な可能性があることを示している。答えが出てしまう恐怖に、つい弱気がでたのだろう。それを察して、雫がグッと力を込めて香織の手を握った。

 

その力強さに香織も弱気を払ったのか、笑みを見せる。

 

 そんな二人の所へ光輝達も集まってきた。

 

「二人共、無事か? 香織、最高の治癒魔法だったよ。香織がいれば何も怖くないな!」

 

爽やかな笑みを浮かべながら香織と雫を労う光輝。

 

「ええ、大丈夫よ。光輝は……まぁ、大丈夫よね」

 

「うん、平気だよ、光輝くん。皆の役に立ててよかったよ」

 

同じく微笑をもって返す二人。しかし、次ぐ光輝の言葉に少し心に影が差した。

 

「これで、南雲やヒキタニも浮かばれるな。自分達を突き落とした魔物を自分達が守ったクラスメイトが討伐したんだから」

 

「「……」」

 

光輝は感慨にふけった表情で雫と香織の表情には気がついていない。どうやら、光輝の中でハジメと八幡を奈落に落としたのはベヒモスのみということになっているらしい。確かに間違いではない。直接の原因はベヒモスの固有魔法による衝撃で橋が崩落したことだ。しかし、より正確には、撤退中のハジメに魔法が撃ち込まれてしまったこと。そこからの八幡の剣が折れたという、負の連鎖が原因だ。

 

今では、暗黙の了解としてその時の話はしないようになっているが、事実は変わらない。だが、光輝はその事実を忘れてしまったのか意識していないのかベヒモスさえ倒せばハジメ達は浮かばれると思っているようだ。基本、人の善意を無条件で信じる光輝にとって、過失というものはいつまでも責めるものではないのだろう。まして、故意に為されたなどとは夢にも思わないだろう。

 

しかし、香織は気にしないようにしていても忘れることはできない。〝誰か〟を知らないから耐えられているだけで、知れば必ず責め立ててしまうのは確実だ。だからこそ、なかったことにしている光輝の言葉に少しショックを受けてしまった。

 

雫が溜息を吐く。思わず文句を言いたくなったが、光輝に悪気がないのはいつものことだ。むしろ精一杯、ハジメ達のことも香織のことも思っての発言である。ある意味、だからこそタチが悪いのだが。それに、周りには喜びに沸くクラスメイトがいる。このタイミングで、あの時の話をするほど雫は空気が読めない女ではなかった。

 

若干、微妙な空気が漂う中、クラス一の元気っ子が飛び込んできた。

 

「カッオリ~ン!」

 

そんな奇怪な呼び声とともに鈴が香織にヒシッと抱きつく。

 

「ふわっ!?」

 

「えへへ、カオリン超愛してるよ~! カオリンが援護してくれなかったらペッシャンコになってるところだよ~」

 

「も、もう、鈴ちゃんったら。ってどこ触ってるの!」

 

「げへへ、ここがええのんか? ここがええんやっへぶぅ!?」

 

鈴の言葉に照れていると、鈴が調子に乗り変態オヤジの如く香織の体をまさぐる。それに雫が手刀で対応。些か激しいツッコミが鈴の脳天に炸裂した。

 

「いい加減にしなさい。誰が鈴のものなのよ……香織は私のよ?」

 

「雫ちゃん!?」

 

「ふっ、そうはさせないよ~、カオリンとピーでピーなことするのは鈴なんだよ!」

 

「鈴ちゃん!? 一体何する気なの!?」

 

雫と鈴の香織を挟んでのジャレ合いに、香織が忙しそうにツッコミを入れる。いつしか微妙な空気は払拭されていた。

 

これより先は完全に未知の領域。光輝達は過去の悪夢を振り払い先へと進むのだった。

 

 


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