ありふれた魔術師が世界最強になるのは間違っていない   作:ミーラー

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第32話 母娘

 

 

俺は現在、バーヴァンシーの可愛らしい手で肩を掴まれている。だが勘違いしてはいけない。いくら可愛らしく、綺麗で柔らかそうな手であっても、それは見た目だけの話だ。

 

「いッ!?痛い!痛い!バーヴァンシー!」

 

見た目と力の入り方がまったく釣り合っていない。こうしている間にも、俺の肩は悲鳴をあげている。その手は徐々に力を増していき、今ではバーヴァンシーの爪が、ついに俺の皮膚に食い込もうとしている。

 

「何サラッと帰ろうとしてんだよ」

 

いやだな〜そんなこと思ってるわけないじゃないですか〜…痛い!嘘です!ごめんなさい!食い込んでる!食い込んでる!何なの?母娘そろって俺の心読めるとかなの?

 

俺は助けを求めるべく、ハジメとユエを探すために辺りを見渡す。封印部屋を一通り見渡したが、ハジメとユエの姿はもうなかった。ん?アイツら帰るの早くね?というか…俺絶対見捨てられただろ……

 

「オマエには聞かないといけねぇことが山ほどあるからな」

 

バーヴァンシーは俺の肩から手を移動させ、こんどは襟を鷲掴みにしながら、ズカズカと俺を引っ張って歩いていく。一体どこへ連れて行こうというのか……

 

というか、山ほど?おかしい…バーヴァンシーが知りたいことなんて、モルガンが俺に夫と呼ぶことについてだけのはずだが……ほかに聞きたいことでもあるのか?というか…面倒な予感しかしない。ここはひとまず、カタコトしとけば何とかなる作戦でいこう。

 

「ナンノコトダカワカラナイ」

 

俺がそう言った瞬間、目の前で急にバーヴァンシーが止まり、まるでゴミでも見ているかのような目で俺を見てくる。やべ選択ミスった。

 

バーヴァンシーは左足を少しあげる。俺はその状況から、コイツの狙いは俺の足ということを察する。角度的に考えて、左足の脛か足の甲が狙いということも分かった。これなら左足をズラせば回避することは可能だ。だが、避けたあとに、バーヴァンシーがキレて追撃してくる可能性がある。それは避けたいところだ。

 

つまりこの状況での最適解は、甘んじて受けることだ。ふざけていた俺が悪いのは確かだしな…ただ、普通に受けると凄まじい痛みに襲われることになるだろう。それはさすがに嫌なので〝金剛〟を使用する。念の為、足の膝から甲までの表面を守る。これで痛みが来る心配はないだろう

 

「しらばっくれてんじゃねーよ!」

 

ついにバーヴァンシーが俺の左足に向けて鋭い踏みつけを放つ。その速度は凄まじいもので、金剛がなければどうなっていたか想像したくもないほどだ。まぁ金剛あるし俺に与えられるダメージなど皆無だろう。

 

と思っていたのだが……

 

「いッ!?てぇ……」

 

俺は突然の鋭い痛みに呻き声を漏らす。金剛で完璧な守りを展開したはずだが、なぜ痛みが?と不思議に思い左足を見てみる。するとそこには、ヒールの踵が左足の小指に突き刺さっていた。

 

こいつ!…無駄に高いヒールの踵で小指を的確に踏みつけるとかどんな高等テクニックだよ!?金剛アリでもめっちゃ痛ぇんだけど…というか本当に何でそんな高いヒールで踏みつけてコケないんだ?理性の化物ならぬ体幹の化物か!

 

それにしても…まさか小指を狙ってくるとは思わなかった。これは避けるのが正解だったな……

 

「バーヴァンシー。なぜお前はそうなのだ…我が夫に不満があるのか?」

 

そしてここで降臨するモルガン陛下。今の雰囲気はまさに完全無欠の女王様といった感じで、今までの慈愛を含んだ眼差しは微塵もなくただただ真顔。一番怖いやつである。

 

「お母様…それは…」

 

これにはさすがのバーヴァンシーもしどろもどろになっている。まぁ勝手に変な夫を連れて来たら驚くのは無理ないな……誰が変な夫だよ!こんなに面倒見のいいヤツなかなかいないだろ!

 

「確かに残虐に生きろとは言ったが、我が夫がお前に直接何かしたのか?」

「い…いえ」

 

モルガンの圧力に、バーヴァンシーがどんどん小さくなっているように見える。俺も少しふざけていた部分があるため、何だか罪悪感を感じてしまう。

 

「モルガン、俺は大丈夫だから安心してくれ。それに、ふざけていた俺にも非があるしな…」

「我が夫…いいでしょう。アナタがそう言うなら、これ以上の追求はよしましょう。ですがバーヴァンシー。私は本当に我が夫を愛しています。それだけは心得ておくように」

「………」

 

心中複雑なんだろう……その気持ちはよく分かる!だってもし小町が結婚相手の男を急に連れてきたら、俺も自分を抑えられるか分からんしな。まず間違いなく、小二十四時間は尋問しなければいけない。その後は丁重にもてなして帰って頂こう。俺は認めんぞ!

 

俺が真面目にそんなことを考えていると、バーヴァンシーがこちらにやってきた。

 

「おい…オマエはお母様をどう思ってんだよ」

 

その問いに対する答えは既に出ている。しかし、やはりストレートに言うのは恥ずかしい…だが、この状況ではそのまま言うことが一番なのは俺でも分かる。俺は意を決して言葉を発する。

 

「俺はモルガンを愛している」

「我が夫……」

 

モルガンがその言葉を聞いて、嬉しそうな空気を醸し出す。その空気はどんどん広がっていき、封印部屋から溢れ出すほどである。それを感じ取ったバーヴァンシーは、このお母様…本当にお母様?といった表情をしている。めちゃくちゃ分かりやすいな……。

 

「おい…オマエお母様にいったい何したんだよ」

 

と、小声で聞いてくるバーヴァンシー。俺としては、特に何もしていないというのが事実である。実際、したことよりも、されたことの方が多い。まぁ主に鍛錬のことについてだけど……魔術や技能の成長は、俺一人では間違いなくもっと時間がかかっていたはずだ。それをここまで成長させたのは、モルガンの助力によるところが大きいだろう。特に虚数魔術とか…あれは俺一人だと何年かかっていたことか……シャレにならんレベルだ。

 

「俺は特に何もしてないぞ」

「本当かよ…マジ別人レベルなんだけど」

 

バーヴァンシーから見て、モルガンは別人レベルで変わっているらしい。まぁアヴァロン・ル・フェで見たモルガンと比べると、確かに別人レベルかもしれないな…今のモルガンは可愛さが溢れ出ている。

 

というか、俺達はいつまでここに留まるつもりなんだろうか…とりあえずは隠れ家に戻ってから話を再開でもいいのではないだろうか?

 

「バーヴァンシー。とりあえず俺達の拠点に戻ってから話さないか?」

「そんなのあるならサッサと言えよな。オマエのせいでヒールも綺麗にしないといけねぇし」

 

いや、それは俺のせいじゃない気が……。しかも、俺を汚いものみたいに言いやがって……まったく自己中なやつだ……。

 

俺はそんなことを思いながら、バーヴァンシーを見つめる。その時、バーヴァンシーの視線がモルガンに注がれたかと思うとすぐに逸らし、また見たかと思うと、少し表情に影が刺した。普通の人が見ても、分からないような微細な反応。それをずっと繰り返しているのに気づいた。

 

俺はその行動に違和感を覚える。モルガンと話し合って色々と吹っ切れ、一件落着したはずだ。だがよくよく見てみると、何と言うか…吹っ切れたように見せている。というのがしっくりくる感じだ。もしかすれば、バーヴァンシーの中でまだ吐き出していない本音があるのかもしれない。

 

「じゃあ先に行っててお母様。少しだけお母様と出会えた余韻に浸りたいから…それが済んだら行くから…」

 

そう言ったバーヴァンシーは封印部屋を後にしようとする。その背中は、とても悲しく、寂しそうだった。それを見た俺は、間違いなくバーヴァンシーはまだ、心の中にある何かを押さえ込んでいると確信した。

 

もちろん俺が気づいているのに、モルガンが気づいていないはずもなく、急いでバーヴァンシーを止める。

 

「少し待ちなさいバーヴァンシー。最後に少しだけ話したいことが……」

 

モルガンが話しかけている途中で、バーヴァンシーは、一目散に封印部屋の外に駆け出した。

 

俺は想定外のことに一瞬固まった。それもそうだろう。あのバーヴァンシーがモルガンと話すことを拒絶したのだから。

 

一瞬固まっていたのはモルガンも一緒だった。だが、すぐに正気を取り戻しバーヴァンシーの後を追うように駆け出す。

 

だが俺は、モルガンの腕を掴みそれを止めた。

 

「モルガン、少し待ってくれ!ここは俺に任せてくれないか?」

「我が夫…ですが!」

 

この問題は当事者同士での解決は難しい。第三者の介入があった方が手っ取り早い。モルガンやバーヴァンシーのような複雑な事情を抱えているならなおさらだ。

 

「モルガン…バーヴァンシーは必ず連れて戻ってくる。だから…少しだけ待っていてくれ」

「我が夫……」

 

モルガンは悔しそうに顔を顰める。今のバーヴァンシーを救うことは、自分には難しいことを分かっているのだろう。モルガンは俺の腕を掴みながら近づき、そのままもたれかかってきた。

 

俺は驚きつつもモルガンをしっかりと受け止める。すると、モルガンは俺の胸に顔を疼くめながら言った。

 

「我が夫…バーヴァンシーを…頼みます…」

 

その声色には、様々な感情が見え隠れしていた。娘が困っている時に何も出来ない自分に対しての怒りや、悔しさ。俺を頼ることに対する申し訳なさもあるかもしれない。

 

「私は…もう失敗するわけにはいかない…この奇跡を無駄にするわけにはいかない……」

 

モルガンにとってもバーヴァンシーにとっても、今の状況は奇跡的なものだ。二人が肉体を持ち、触れ合うことができるのは、後にも先にもこの一度きりだろう。次のチャンスなどもう無いと言っても過言ではない。

 

「我が夫…私は…どうすれば……私は…娘一人、幸せにできないのか?」

 

こんなにすぐに壊れそうなモルガンは見たことがない。FGOで、文章で読みはしたものの目の前で見たのは初めてだ。いつも冷静で、聡明なモルガンの姿は今や見る影もない。

 

「いいや…モルガンはバーヴァンシーを幸せにできる」

 

そうだ。モルガンは幸せにできる。それは俺が確約する。なぜなら、もうモルガンのおかげで幸せになった人が一人いるのだから。

 

「俺はモルガンと出会えて、一緒に過ごせて…幸せだと感じている」

 

だから…幸せにする人が一人から二人に増やすだけだ。モルガンならできるに決まってる。その過程で躓くこともあるだろう。だが、本当に困ったその時は……

 

「モルガンが本当に困って、助けて欲しい時は、手を伸ばしてくれ…俺は必ずその手を掴む」

 

その後は…俺の仕事だ。

 

「だから、モルガンは好きなようにすればいい。モルガンが取りこぼしそうになったものは、俺が全部拾うし、面倒な事も、全部こっちで何とかする。俺の負担なんかは気にするな。まぁ一応…これでも…モルガンの夫だからな……」

 

俺はモルガンを、バーヴァンシーを、幸せにするためにここまでやってきたんだ。こんな所で絶対に途切れさせない。今回の件は、モルガンとバーヴァンシーが、ゆっくり時間をかけて解きほぐしていくような問題だ。ただ予想以上に、バーヴァンシーの抱えているものが大きかったというのが問題だった。それも、モルガンとの話を拒絶する程のもの。だが、だからといって二人をこのままにしておくという選択肢はない。

 

「我が夫は本当に…」

 

モルガンは胸に疼くめていた顔を上げ、涙の溜まった瞳をこちらに向ける。その瞳には、不安と希望が入り交じっているように見えた。だが次の瞬間には、確固たる覚悟を決めたような瞳をしていた。

 

「我が夫…感謝します。おかげで私も覚悟を決めることができました」

「そうか…それはよかっ「私もバーヴァンシーのところに行きます」た?」

 

あれ?なんか思ってた反応と違うぞ?ここは俺に全部任せて、モルガンには隠れ家でゆっくりしてもらおうとか思ってたんだけど……まぁ待たせる方が辛いってのもあるとは思うけど…今回の件は正直、第三者の意見をぶつけた方が効果的な気が……

 

「ええ、もちろん分かっています。ですが…私としてはじっとなどしていられません。それに……」

「それに?」

「何かあっても…全て何とかしてくれるのでしょう?」

 

うん。確かにそんなこと言ったけど…何か凄い難易度が跳ね上がった気が……しかも、また超恥ずかしいこと言ってるし……

 

「本当に…頼りにしていますよ?」

 

そんな上目遣いで言われても……はい。もちろんやりますよ…やらさせていただきますよ…

 

「はい…出来る範囲で頑張ります」

「さぁ我が夫。バーヴァンシーを連れ戻しに行きますよ」

 

そう言ってモルガンは俺の手を引っ張りながら封印部屋の外へ向かっていく。今のモルガンの様子を見る限り、どうやらいつも通りのモルガンが完全復活したようだ。

 

なんか全然思ってた展開と違うけど……まぁ…モルガンが元気になってくれて良かった。

 

バーヴァンシー。お前にも幸せになって貰わないといけない。俺が困るしな!

 

俺はモルガンに手を引かれながら、バーヴァンシーを探しに行くのだった。

 

 

 





八幡の励まし方って難し……
あの遠回しの感じが出せなくて辛い……

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