ありふれた魔術師が世界最強になるのは間違っていない   作:ミーラー

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本当に遅くなりすみません。思い描くままに進めていたら、すごい時間がかかってしまいました…

いつもに比べて多いので分けようかとも思いましたが、最後までいきます!

暇つぶし程度にどうぞ!



第33話 新しい一歩

 

 

バーヴァンシーside

 

何やってんだろ…私…

 

召喚された部屋から飛び出した私は、たまたま見つけた洞窟の中に入った。洞窟は十メートルくらいの細長い通り道があり、その先にはそこそこ広い空間があった。

 

私は蹲りながらお母様との会話を思い出す。

 

お母様は…もう気にすることはないって…言ってくれたのに……

 

それでも、ふとした時にあの光景が脳裏によぎる。

 

キャメロットの玉座の間で、妖精共に傷つけられていくお母様。それをただ見ていた私。その光景を思い出すと、胸の中がグチャグチャして、吐き気のような後悔に襲われる。

 

どうして私は動けなかったの?

 

お母様に助けられて、どうやったらお母様の役に立てるか毎日考えて、いざその時が来たにもかかわらず、私は何も出来なかった。むしろ、お母様の足を引っ張った。

 

そんなやつが、今度こそお母様の役に立つ?

 

アハハッ!本当に気持ち悪い…

 

イライラする!今すぐあのクソみたいな妖精共を皆殺しにしたい!胸の中に渦巻く吐き気のような後悔を全部吐き出したい!

 

私は立ち上がり、この気持ちを発散するべく洞窟の外に向かう。洞窟の細い通り道を歩いていると、出口付近から嫌な気配を感じた。

 

「…」

 

私は息を殺して出口に近づく。出口に近づくにつれ、気配が鮮明になり、洞窟を出てすぐ右の方から気配がすることに気づいた。その気配は、モースなどから感じるものによく似ていた。

 

「モース?いや…ここは別世界のはず…あのクソ共がいるはずねぇよな…」

 

気配の感じからしてお母様達ではない。外にいるのがモースであっても無くても、おそらく敵であることに変わりはないだろう。

 

私は瞬時に弓を構える。構えた方には洞窟の壁しかないが、気配を頼りに弦を引く。馬鹿正直に出口から出た時に、奇襲される可能性を考慮しての判断だ。

 

私が弦を離した瞬間、綺麗な音色が洞窟内に響き、目の前の壁に穴を開ける。そしてその先にいる何かに当たった。

 

確かな手応えを感じた私は外に出る。

 

「何これ猪?…モースじゃねぇよな…」

 

そこには、体に無数の穴をあけて死んでいる猪がいた。バーヴァンシーは知らないが、この猪は奈落の五十階層に生息している何の変哲もない猪の魔物である。この世界に召喚されてから、何の説明もされていないバーヴァンシーが知らないのも当然であった。

 

「あんまり近づかない方がいいよな…モースみたいな特性があるかもしれねぇーし」

 

私は油断せずに猪を観察する。体長は三メートルを超えていて、普通の猪の倍はある。胴体には私の魔力矢が貫通していて、大量に血が流れている。死んでいるのは確実だが、もしかすれば復活してくる可能性もあるため油断できない。

 

私は目の前の猪の観察と並行して、周囲の警戒も行う。すると、私の周りに猪と同じ反応が大量にある事が分かった。周囲には大きな岩が多く、隠れるにはもってこいだろう。後ろには壁しかなく、隠れられる場所と言えば洞窟の穴しかない。今の私は格好の獲物というわけだ。

 

それを理解した時、周りを囲んでいた猪が、岩陰から続々と出て来る。数は三十。その全てが怒ったような顔をしている。

 

「「「「ブルルル…」」」」

 

猪達は仲間を殺した赤い女に殺気を向け、少しずつ距離を詰めていく。

 

「うるせぇな…まぁちょうど私もイライラしてたとこだし…お前ら全員、今から私の玩具決定な!」

 

バーヴァンシーがそう言った瞬間、猪達は戦闘態勢に入り、青白い雷を放ち始める。そして発生した雷を体に纏い、突進の体勢に入る。

 

この猪魔物の強さは、その突進攻撃にある。電気エネルギーを脚力に上乗せすることで、常人では視認することすら難しいレベルにまでスピードを引き上げることが出来る。猪が雷になったと言っていいレベルだ。一頭の突進だけで、迷宮の壁に十メートルを超える穴を開けることが出来る。それだけではなく、電気を体全体に纏うことで、掠るだけでもかなりのダメージになる。生身の人間がまともにくらえば、体が消し飛ぶことになるだろう。

 

猪魔物は、奈落五十階層に生息しているだけあり、単体でもかなり強いため、元々は単独行動していた。しかし、ある時期を境に集団行動するようになったらしい。なんでも、仲間が大量に殺されたことがあり、それが原因とのこと。その者達は、大きな守護者と、扉のある方に向かって行ったらしいので、そこには近づかないことが、猪魔物たちの暗黙のルールとなっているようだ。

 

「「「「ブルルル!!!」」」」

 

猪魔物たちが雄叫びと共にバーヴァンシーに向けて突進する。

 

 

 

 

 

猪魔物のリーダーはこの状況になったことで、自分達の勝利を確信した。三十頭の猪魔物たちによる一斉攻撃。避けることはおろか、視認することすら出来ずに死ぬだろう。オマケに、周囲に逃げる場所は一つしかない。洞窟の入口だ。そこに逃げ込もうとしても、自分達のスピードなら逃げ込む前に殺すことが出来ると確信している。

 

実際、集団で行動するようになってから、この陣形で逃げられたものはいない。敵を迷宮の壁際まで追い込み、周囲に逃げ場をなくしてからの一斉攻撃。慣れない集団行動の中で身に付けた、生き残るための術。そして何より、仲間を殺したこの女を殺すために、この陣形を使うことにしたのだ。そう、この陣形はまさしく、敵を殺すための陣形なのだ。

 

その陣形から繰り出された一斉攻撃は、一瞬で迷宮の壁まで到達し、轟音を響かせながら壁に巨大な大穴をあけた。

 

リーダーは、バラバラと降ってくる瓦礫から抜け出すと、周囲を確認する。だがどこにも、あの女の姿はない。当然の結果だ…と思ったリーダーは、全員が瓦礫から抜け出したのを確認すると、そのままこの場を後にしようと動き出した。

 

その瞬間。

 

トゥルルルン♪

 

綺麗な音色が鳴り響く。

 

ブシュッ!!という音がリーダーの右側から聞こえた。リーダーが振り向くと、頭だけが無くなった仲間がそこにいた。頭が無くなった胴体が力なく倒れ、辺りに血が広がっていく。

 

突然のことにリーダーの思考が停止する。固まっていているのはリーダーだけではない。この場にいる全員が、その出来後に唖然としていた。

 

トゥルルルン♪

 

二度目の音が聞こえた。

 

ズシャッ!!という音が、今度はリーダーの左側から聞こえた。

 

恐る恐る、リーダーはそちらに顔を向ける。そこには原型など分からない、ただの肉片へと成り果てた仲間がいた。

 

それを見た瞬間、リーダーは明確な死というものを感じた。

 

トゥルルルン♪

 

リーダーが死を感じている間にも、殺戮の音色は鳴り響く。

 

今度は五匹が同時に殺された。さすがのリーダーもそれを見た瞬間には正気に戻り、この場を急いで離脱することを決意する。

 

「ブルルルル!!」

 

リーダーが撤退の指示を飛ばす。この状況で反応できたのは、リーダーを除く二十二頭の内、十頭。残りの十二頭は、この緊急事態に対応できず動けなくなっている。

 

リーダーの指示に反応できた十頭は、持ち前のスピードを活かして、この場を離脱する体勢に入る。リーダーもそれに続く。今のリーダーには、指示に反応できなかった仲間に構っていられるほどの余裕はなかった。獣としての直感が、今すぐこの場を離れろと告げていたのだ。

 

リーダーは今まさに走り出そうとする前の十頭を一瞥し、自分も走り出そうとした時だった。

 

前の十頭に、赤黒い閃光が降り注ぐ。目の前には、その光によって串刺しになっている仲間達。その光景に、走り出すために溜めていたエネルギーも霧散してしまう。

 

逃げることに必死になっていたことで、敵の位置をまったく把握できていなかったことに気づいたリーダーは、周囲に視線を向ける。だが、それらしいものはどこにもいなかった。

 

そこでふと、赤黒い閃光が上から降ってきたことを思い出し、咄嗟に上を向いた。

 

最初に見た時と同じ、血で作ったかのような深紅のドレスに、弓を携えた紅い女が、宙に浮かびながらこちらを冷めた目で見下ろしていた。

 

紅い女は見せつけるように、その指を弦に絡ませ弾いた。

 

トゥルルルン♪

 

音が響いた瞬間、リーダーの背後で、ズシャッ!!という音が聞こえた。

 

リーダーはもう理解していた。その音が絶望を体現する音だということを。

 

振り返ったそこには、動けなくなっていた残り十二頭が、肉片になっている姿だった。

 

「お前なら、私の気が晴れる死に方をしてくれる?」

 

いつの間にか地面に降りていた紅い女が、リーダーに問いかける。何のことか分からないリーダーは、仲間を一瞬で殺されたことへの恐怖と、自分もそうなるかもしれないという絶望に身を震わせるしかなかった。

 

カツカツと高いヒールを鳴らしながら、こちらに近づいてくる紅い女。その手には、いつの間にか弓は無く、見るだけで身の毛もよだつほどの呪詛を放つ、釘とハンマーを持っていた。

 

紅い女がこちらに釘の尖端を向けると、リーダーの体が宙に浮き、身動きが取れなくなる。その直後、紅い女の目の前に、リーダーにそっくりの黒い模型が現れる。紅い女は釘の尖端を黒い模型に当て、ハンマーを末端に叩きつけた。

 

痛幻の哭奏(フェッチ・フェイルノート)

 

その声と共に、リーダーの意識は途絶えた。

 

後に残ったのは、紅く咲いた血の花だけだった。

 

 

 

 

 

バーヴァンシーは冷めた目で、目の前の血の花を見つめる。

 

いつもなら、高笑いをしながらこの作品を見ていただろう。しかし、今はまったくそんな気分になれなかった。むしろ気分が悪くなる始末だ。

 

なるべく恐怖を与えて…残酷に殺したのに……

 

お母様…私はどうしたら幸せになれるの?

 

分からない。

 

お母様の言う自分だけの答えは…どうやったら見つけられるの?

 

分からない。

 

私はどうしたら…玉座の間での出来事を…忘れられるの?

 

分からない。

 

誰か……教えて………

 

バーヴァンシーを中心に、迷宮の地面が血で塗りつぶされていく。それはまさに、血の女王と呼ぶに相応しい姿だった。

 

「バーヴァンシー!」

 

その時、彼女の名を呼ぶ声が迷宮に響いた。

 

 

 

 

俺とモルガンは、封印部屋から飛び出したバーヴァンシーを探していた。探すと言っても、モルガンの探知で位置は分かっているから迷うことはない。俺は、途中で出てくる魔物を倒しながらとにかく走る。

 

目的地に近づくにつれ、何やら音が聞こえ始める。

 

これは…戦闘音?バーヴァンシーが何かと戦ってるのか?確か五十階層って、突撃してくる猪の魔物がいたな…初見で戦った時は速くてめんどくさかったな……

 

というか、聞こえてくる音おかしくね?明らかに多対一の戦闘音なんだけど…あの猪魔物は単独行動だったし、別の魔物と戦っているのか?

 

俺はそんな疑問を持ちながらも、走る速度は緩めない。百聞は一見にしかずというやつだ。ここまで来たなら見た方がはやいだろう。

 

俺とモルガンは速度を上げていき、バーヴァシーがいるであろう場所の、目と鼻の先にまで来たところで一度止まる。今では戦闘音は聞こえず、濃い血の匂いが辺りに充満している。

 

このゴツゴツした岩に、隠れるのに適した場所。なんか見たことあると思ったら…ここ俺達が拠点にしてた場所だわ…

 

ちなみに、最初にバーヴァンシーが入った洞窟は、ハジメが錬成で作った洞窟なのだが、バーヴァンシーは知る由もなかった。

 

俺は隣にいるモルガンに視線を向ける。その表情は特にいつもと変わらないが、少し強ばっているように見える。余計なお世話と思いつつ、俺は声をかけることにした。

 

「モルガン、大丈夫か?」

 

「そうですね…緊張していないと言えば、嘘になります」

 

「そうか…まぁ気楽にやればいいと思うぞ。モルガンの思っていることを、素直にぶつけるだけでいいさ」

 

俺の言葉が、どれだけモルガンの助けになるか分からないが、少しでも気が楽になってくれたらと思う。

 

「ええ、行ってきます」

 

モルガンは少し深呼吸すると、岩陰から姿を晒し愛する娘の名を呼ぶ。

 

「バーヴァンシー!」

 

モルガンの声にバーヴァンシーが振り返る。バーヴァンシーの瞳はひどく虚ろで、まるで感情がそのまま抜け落ちたかのようだ。FGOでいう第三再臨の目のようだ。

 

「お母様…」

 

俺は岩陰からそっと二人の様子を覗ぞいている。

 

ん?俺は行かないのかって?もっともな疑問だが、今俺が行ってもあんまり意味ないからな…それに一応、この世界に来てから初めての母娘二人きりの状況だ。封印部屋ではハジメ達との顔合わせで、お互い話したいことの半分も話せていないだろう。そこに水を差すなど言語道断である。

 

そういう理由から、ここでの俺の役割は特にないのである。俺の出番があるとすれば、この話し合いの後になるだろうからな…まぁこの話し合いで終わってくれればそれでいいんだけど…

 

俺は二人の話し合いが始まるのを、黙って待つのだった。

 

 

 

モルガンside

 

私は振り返ったバーヴァンシーの瞳を見て、なぜこうなってしまったのかと、己に問う。

 

本当は優しい妖精であるバーヴァンシーに、正反対のことをさせたからだろうか?…だが、それ以外の方法で、バーヴァンシーが生き残る術などなかった。

 

それでも結局、私の知らないところでバーヴァンシーは傷つけられていた。

 

やはり八幡の言う通り、もっとバーヴァンシーとの時間を増やすべきだったのだろう。そうすれば……

 

私はそこで一度、思考を止める。今はそんなことを考えるためにここに来たわけではない。目的はバーヴァンシーを連れ戻すこと。目的を見失ってはいけない。

 

バーヴァンシーを連れ戻すには、バーヴァンシーを苦しめている本音を、とにかく吐き出させる必要がある。だが私だけでは、バーヴァンシーの本音を吐かせるなどほぼ不可能と言っていい。私との会話を拒んだからこそ、今の状況になっているのだから当たり前だ。

 

私のこの会話での目的は、バーヴァンシーを落ち着かせること。この後に控える八幡との話し合いで、なるべく本音を話しやすいようにするためのものだ。

 

このことを、私は八幡には話していない。本人はおそらく、この話し合いで終わってくれれば…などと考えているのでしょう。ですが、私の力だけではバーヴァンシーを連れ戻すことは難しい。ここはしっかりと協力してもらうことにしましょう。

 

私はまず、バーヴァンシーが何に苦しんでいるのかという所、つまりは問題の核心に触れる言葉を放つ。

 

「バーヴァンシー。お前は、何をそんなに恐れている?」

 

「ッ!?…わた…しは…」

 

モルガンが一歩ずつバーヴァンシーに近づいていく。それと同時に、バーヴァンシーも一歩ずつ後ろに後退していく。

 

「何をそんなに迷っている?」

 

「い…言えない…言えないっ!」

 

予想していた通り、やはり私には言いづらいことなのだろう。バーヴァンシーは涙を流しながら首を横に振る。

 

「そうか。ならば言う必要はない」

 

その言葉を言った瞬間、バーヴァンシーが驚いたように目を見開く。

 

「言いづらいなら、今言う必要はない。知って欲しくなった時に、また教えなさい」

 

私はできる限り優しく語りかける。そして、バーヴァンシーに一歩、また一歩と近づいていくと、バーヴァンシーが後ろの壁にぶつかり、これ以上さがることが出来なくなった。私はバーヴァンシーの背に腕を回し、優しく抱きしめた。

 

「ただ、自分だけで抱え込む事が難しいと感じたなら、必ず言いなさい。私がお前を拒絶することなど、ありはしないのだから」

 

「おかあ…さま……ごめん…なさい…言えなくて…ごめんなさいっ!……」

 

「別に構いません。人に言いづらいことの一つや二つはあるものです」

 

これが、今の私の嘘偽りのない本心。

 

「いつまでも、待っていますよ」

 

最後に私はそう言い残し、八幡のいる方に歩き出す。

 

バーヴァンシーを苦しみから解放できないことは名残惜しく感じるが、私の出番はここまでだ。

 

少しはバーヴァンシーの抱えているものを、減らせただろうか?不安と緊張は今も少し残っていますが、後のことは夫に任せるとしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、モルガンとバーヴァンシーの会話に聞き入っていたのだが、思った以上に早く会話は終了した。

 

こちらに帰ってきたモルガンに、俺はすぐに疑問をぶつけた。

 

「モルガン、あれだけで良かったのか?もっと話したいこととか色々あったんじゃねーの?」

 

「はい、もちろん山ほどあります。ですが、今話しても意味はないでしょう。バーヴァンシーの抱えているものが無くなったら、ゆっくり時間をかけて話すつもりです」

 

「そうか…まぁとりあえず、お疲れ様だな。後は任せて、ゆっくり休んでくれ」

 

「ありがとうございます。申し訳ないですが、後は任せました」

 

そう言ったモルガンの表情には、悔しさが滲み出ていた。そこから、モルガンは可能なら自分で解決したいと考えていたことが伺える。それを俺に託すと言っているんだ。なら俺も、その信頼に値する働きをしなければな。

 

俺はそう思い、少しの間時間を置き、バーヴァンシーが落ち着いてきたのを確認して、モルガンとバトンタッチしたのだった。

 

俺は、まだ目尻に少し涙を残したまま、血溜まりの中に座っているバーヴァンシーの隣に座る。もちろん魔術で血を蒸発させた後に座っているので、汚れる心配はない。

 

「何しに来たんだよ…」

 

いつもより数段、覇気のない声で聞いてくる。

 

「少し話したいことがあってな…」

 

俺は一呼吸置くと、再び話し始める。

 

「バーヴァンシーは、何で泣いていたんだ?」

 

「……。お前に話す必要なんてねぇだろ…それに、私が素直に話すと思ってんの?」

 

「ああ、話すさ。お前は今、自分の中にあるものを吐き出したくてたまらないだろうからな」

 

俺もようやく分かった。さっきの会話の目的が。モルガンが優しく語りかけたことで、バーヴァンシーはある程度冷静さを取り戻した。

 

本当ならモルガンとの会話の中で、全て吐き出したかったはずだ。だが出来なかった。今のバーヴァンシーの胸中は、もどかしい気持ちでいっぱいだろう。

 

俺はバーヴァンシーが話すのを待つ。 だがバーヴァンシーは話さない。普通なら、もう話し始めてもいい頃だが、バーヴァンシーは喉元まで出かかったものを、押しとどめている。

 

このやり方は無理か…寄り添う感じに話せば、普通に話すと思ったんだが…

 

俺はすぐに路線変更し、やり方を変える。あまりやりたくない方法だが、上手くいけば、溜め込んだ全ての本音が聞けるかもしれない。

 

俺は脅すようにバーヴァンシーに語りかける。

 

「いつまで役立たずでいるつもりだ?」

 

「ッ!?」

 

急に変わったことにバーヴァンシーは驚き、こちらに視線を向けてきた。俺はその目を見つめ返し、この奈落で培った闇をバーヴァンシーにぶつける。

 

「モルガンの役に立ちたいっていうのは、嘘だったのか?」

 

「嘘じゃないっ!」

 

ようやく口を開いたバーヴァンシーだが、その意見を俺はすぐに否定する。

 

「だが現状はどうだ?お前は役に立つどころか、足を引っ張っているだろ?」

 

俺の言葉に、バーヴァンシーは黙るしかない。バーヴァンシー自身が、それを事実だと認めているからだ。

 

「まるで、玉座の間の時と同じだな」

 

俺がそう言った瞬間、バーヴァンシーの瞳が大きく揺れる。動揺しているのは明らかだ。俺はさらに踏み込んでいく。

 

「なんであの時、モルガンは殺されたんだ?誰のせいだ?」

 

「…」

 

この質問に、バーヴァンシーが何か言いたそうにしたが、すぐに口を閉じる。

 

「スプリガンのせいか?──違う」

 

「ウッドワスのせいか?──違う」

 

「あの妖精共のせいか?──違う」

 

俺は自分で候補を上げていき、その全てを否定する。

 

「あれはお前のせいだ。バーヴァンシー」

 

「ッ!?」

 

俺の言葉に、パーヴァンシーから大粒の涙が溢れ出した。

 

「お前が本当に役に立ちたいと思ったなら、あの瞬間に動き出せばよかった。妖精共を蹴散らさなくても、モルガンを玉座に運ぶだけでよかった。そうすれば、今までの失態も取り戻せただろう」

 

バーヴァンシーは体を震わせながら、俺の言葉を黙って聞いている。だが俺は気にせず畳み掛ける。

 

「モルガンの役に立ちたいなんて、出来もしないことにうじうじ悩んでる役立たず。それがお前だ」

 

そう言った瞬間。バーヴァンシーは立ち上がり、俺の胸ぐらを掴みながら立ち上がらせてくる。そして俺を睨みつけながら叫ぶ。

 

「お前に…お前に私の何が分かる!!お母様に夫と認められてるお前に!!本当はあの場にいたマスターじゃないくせに!!」

 

ここで二つ分かったことがある。一つは、バーヴァンシーが俺に対して強く当たるのは、俺がモルガンに認められているから。つまりは嫉妬ということだ。

 

二つ目は、バーヴァンシーが俺を本当のマスターじゃないと知っていること。まぁ本当のマスターだったら、玉座の間で起こったことなんて知らないからおかしいと思うのは当たり前なんだが…

 

「確かに、俺はあの場にいたわけじゃない。ただの一般人だ。だがそれを言ってどうなる?お前が無能の役立たずであることに変わりはない」

 

俺が言っているのは、ただの極論。バーヴァンシーは無能ではないし、役立たずでもない。優しい妖精だということを俺は知っている。モルガンを助けられなかったからといって、責任問題になることはない。だが、俺はとにかくバーヴァンシーを責め続ける。

 

モルガンとの会話でも分かっていたことだが、バーヴァンシーは他人に頼ることを知らない。だから一人で悩んで、迷って、抱えて、最後には潰れてしまう。

 

だから俺はバーヴァンシーを責め続け、その考え方や性格も否定する。そして、自分一人で抱え込めない領域にまで追い込む。そうすれば、自分を守るために、自分を責めている人でさえ、頼らざるを得なくなる。

 

バーヴァンシーは胸ぐらから手を離し、俺の胸に頭を預け出す。

 

「分かってるわよ…私が役立たずだってことくらい…」

 

バーヴァンシーがぽつりぽつりと、心の中のものを吐き出していく。

 

「だったら…私は…どうすればいいの?……そこまで言うなら……あんたが私を助けてよ!!!」

 

バーヴァンシーは泣きながら、俺の胸をボカボカ叩きはじめる。

 

助ける。と言って手を取ることはできる。だが、俺は手を取らない。俺とモルガンが望んでいるのは、依存じゃない。

 

この手をとれば、バーヴァンシーはこれからも、誰かに頼らなければ生きていけなくなる。助けるという意味では、それも一つの正解かもしれない。だが、俺はその選択をしない。

 

俺はただ黙って、バーヴァンシーが落ち着き、話し始めるのを待つ。少しして、目を合わせないままバーヴァンシーは話し始めた。

 

「私は……どうしたら幸せになれるの?」

 

「自分が幸せを感じられることをすればいい。俺だったら、モルガンや、ハジメにユエ、お前と一緒に居られるだけでも幸せだと感じる。バーヴァンシーならモルガンの役に立つ事でもいい」

 

「…さっき役立たずって否定したくせに…」

 

「…言った俺が言うのも何だが、人の意見なんて気にするな。それが幸せだと思うなら、それを貫き通せばいい」

 

「……だったら…お母様の言う答えって何?…どうしたら見つけられるの?」

 

「それは俺にも分からない。有るのかもしれないし、無いのかもしれない。ただ、俺の好きな人の言葉に、こんな言葉がある

 

 

〝ボクらは意味の為に生きるんじゃない。

生きた事に、意味を見いだす為に生きているんだ〟

 

 

俺はこれが、答えというのに一番近いじゃないかと思う。人生に意味を見いだすように、答えにも意味を見いだすのは自分自身。俺たちが生きている間に分かることじゃなく、全部終わった後に分かることなんだろうな」

 

俺はゆっくり語られるバーヴァンシーの悩みを、一つ一つ自分の考えと共に話していく。そして……

 

「なら…どうやったら…わたしは…玉座の間での出来事を…忘れられるの?」

 

おそらくこれが、バーヴァンシーの一番の悩み。だが、これを解決する方法など、記憶を消す以外にないだろう。魔法なら出来るかもしれないが、そんなことは言わない。もし言って、やりだしたら大変だからな…

 

「それは、ほぼ無理と言っていい。トラウマというのは、克服したと思っていても、できてないことの方が多い。今生きている人のほとんどが皆、何らかのトラウマを抱えてるものだ。それでもみんな、毎日を生きている」

 

「その人たちは…どうやって?」

 

「そういうの丸々自分だって受け入れて、開き直って前に進むんだよ」

 

俺は軽く鼻で笑いながら言う。

 

「前に進む…か。私に…できるかな?…絶対どこかで…また…」

 

「躓くって?そんな人生で当たり前のこと気にしてどうする?みんな、躓いて、転んで、それでも立ち上がって進むんだ」

 

誰しもが人生という長い旅の中で、悩んで苦しんで、それでも何とか立ち上がって、本当に挫折した時には、身近な人に頼って…そうやって生きている。

 

「あと…今みたいに一人で全部抱え込む必要はない。モルガンも言っていただろ?抱え込むのが難しくなったら、頼っていいんだって」

 

「でも…私が頼れる人なんて…」

 

俺はため息をついて言う。

 

「いるだろ…モルガンとか、ユエとか、もちろん俺でもハジメでもいい」

 

こいつ…なんて贅沢な悩みを…俺はボッチだったから、頼れるのなんて小町くらいしかいなかったのに…まぁそれで十分だったんだけど…はぁ〜小町に会いたい。

 

「頼りたいと思った人に、頼ればいいんだよ」

 

「わたし…また…歩けるかな?…」

 

「まぁ…大丈夫なんじゃね?全部吐き出せたならな」

 

バーヴァンシーは、深呼吸すると俺から離れる。そして長い間下を向いていた顔を上げる。

 

「もう…大丈夫みたいだな」

 

俺はその表情を見て言った。その表情は、ここで蹲っていた時とは比べ物にならないほど、晴れやかなものだったから。

 

「まぁそうね…だいぶ楽になった…一応、ありがとう…」

 

「俺がやりたくてやった事だ。気にするな…」

 

これでようやく、バーヴァンシーも新しい一歩を踏みだせるだろう。まだ不安定ではあるが、そういう部分は俺たちが支えてやればいい。

 

「私…お母様ともう一度話してみる」

 

「すぐでいいのか?モルガンはいつまでも待つって言ってたが」

 

「うん…早めに話したい。そうじゃないとまた…」

 

バーヴァンシーなりの覚悟とケジメということかもな…

 

「分かった。ちなみに聞くが、俺の手は必要か?」

 

俺がそう聞くと、バーヴァンシーは首を振る。

 

「大丈夫。二人で話すわ」

 

俺はそれを聞いて、うんうんと頷く。この変化がどんどん大きく成長していくことに期待しよう。正直、もうこんな大変なことはしたくないしね?

 

「まぁ…頑張れよ」

 

俺の言葉にバーヴァンシーは頷くと、モルガンのいる岩陰の方へ走っていく。

 

その表情は不安や緊張もありそうだったが、それでもしっかりとした覚悟が宿っていたように感じた。

 

俺はすぐにこの場を退散して、一足先に隠れ家に戻ることにする。

 

なんでかって?バーヴァンシーにボカボカ叩かれた胸が痛すぎるからに決まってるだろ!!何だあれ?おかしいだろ!一撃一撃が骨に響いて死ぬかと思ったわ!あのとき微動だにせず耐え切った俺を褒めて欲しい。いやマジで…

 

俺は痛む胸を抑えながら隠れ家に戻った後、神水を飲んで回復したとさ。

 


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