イベント会場の人気のないスペースにて。
「今日はイベントにお越しいただきありがとうございます。なんでも、大口の支援を検討していただけるとか」
「うむ……」
あれから興味を持った風に装ってスタッフたちの中でも上の者と話し合いの場を設けた。破壊神の出店での散財っぷりと、受け取りは断られたもののお布施として渡そうとした、破壊神への供物であったただの金貨が効いたらしい。
鈴と羊子も同席しているが、破壊神が「こやつらの保護者だ」と親とも親戚とも言わず一言で説明を終わらせたため、彼の異様な風体もあって深堀りすることもできずろくに話を振れていない。
それから来場と大量購入への感謝と事業の宣伝、それに対する応答と当たり障りのない会話が続く。
「いやあ、先ほど寄付だと言って金貨を渡そうとされた時は驚きました」
「なに……愉快な奇術の観覧料だ……」
「これは手厳しい。確かに今の段階では観た人をあっと驚かせるのが関の山ですな。ですが研究が進めば……」
「いや、全てだ……始まりも、行き尽く先までもが茶番、奇術のショーに過ぎん」
尊大かつ口数が少なくはあったが、出資に前向きで手応えを感じていたために急に否定するようなことを言う包帯の男を訝しむ。
「こんなものはただの水。いや、ただの美味なる水だ……」
「実際に元気になった人の声を多数頂いておりますが」
「あのような美味い水でこまめな水分補給をすれば体調は良くなるのは必然だ……主たる購入者の歳を重ねた者達は水分が不足しがちらしいしな……もしくは
なおも言い募ろうとするが、床に魔方陣が描かれ大蛇のような生物が現れる。見事な一本角をきらめかせながら長くてよく伸び縮みする身体をくねらせる。
「ヤトノカミさん、結果はどうでした?」
「結果、ただの良質な水。備考、残り香、水の精霊」
「ご苦労……」
鈴が今回の依頼のために用意した新たな仲魔は龍王ヤトノカミ。仲魔の地霊コロポックルとこの数日間でスカウトした悪魔との合体結果である。
古来より蛇は湿地を好みその細長い体と動きが流れる川の如しということで水を司る水神として奉られることがあった。龍との同一視により神格化された蛇神は恩恵として治水を、祟りとして川の氾濫等をもたらす。
破壊神が大量に「幸せになる水」を取り込み、それを体内の亜空間でスタンバイしていたヤトノカミに分析してもらったのだ。
何故か破壊神本人も亜空間内に存在し、見物と手伝いを行っていた。
「水の精霊が作ろうと水は水だ……特別なのはあの水槽の悪魔だけだ……」
破壊神の等身が縮み、服と包帯が虚空に消えたかと思うといつものメンダコスタイルになっていた。
スタッフは破壊神の変装解除と悪魔の召喚に驚きはしたが、「化け物だー!」というようなパニックは起こらない。むしろ驚愕の中に忌々しげな敵対的感情が混じっている。
悪魔への反応を見て、鈴たちは背後に何かしらの超常の存在を察した。
「何でこんなことをしたんスか」
羊子が義憤に燃えた表情で問う。
「利益のためですよ。実際いい水でしたし、水は大事でしょ?」
「それならばヤタガラスに伺いを立てて行えばよいではないか……」
「え?できるんスか?」
「通常とは比べものにならぬ程厳しい検査と悪魔に関係しない既得損益を守るための関税がかかるだろうがな……」
実際に畑違いではあったが似たような事案がヤタガラスの資料にあった。
「それでは時間がかかり過ぎるうえに旨みが少ない!」
「大人しく縛に就く気はないと?」
「ええ!もちろん!」
交渉が決裂し、お互いの間に戦意が高まる。
口火を切ったのは羊子だった。
「行くっスよ、鈴センパイ!」
「はい!」
「おいでください、ウンディーネ!」
どこかでガラスが割れるような音が起こったのちに水の肉体を持った悪魔が現れ、スタッフのうち腕に覚えのある者が3人程戦闘態勢を取る。悪魔はさらに水でできた分体のようなものを2体出し、敵グループが計6体となった。
ウンディーネは四大元素のひとつを司る精霊であり、実体がやや希薄であるはずだが動きに粘性と弾力性を感じる。
鈴は素早くアナライズを走らせる。
【合成精霊 ウンディーネ Lv17】
ステータスタイプ:魔型
防御相性:氷結弱点 電撃弱点 破魔無効 呪殺無効
素早く情報を共有する。すると羊子が取り巻きの方に突っ込んでいって分断しようとする。
「センパイは本命を!こういう分身みたいなのはボスを倒せば消えるのが定番なんで!」
ウンディーネに比べると取り巻きはかなり格下ではあるが、Lv7の羊子には少々荷が重い相手である。
彼女は何か木の枝のようなものを取り出し、それを振るいながら叫ぶ。
【
Lv7とは思えない威力の雷撃が大気を奔り、クリーンヒットした分体の1つは消滅した。
「あれは、梅の枝?」
これが今回の依頼に当たりスポンサーから羊子へ提供された秘密兵器である。
もともと彼女は電撃系の適正はあったが、肉体派なのもあり雷龍撃(弱)*1しか扱えなかった。
それを見かねたスポンサーがある日洋子を大宰府へと連れて行った。
そこで学力向上の祈願だとやたらと複雑な儀式を行った後にもらったのがこの梅の枝である。
有名な学問の神様兼雷神に勉強を頑張るという誓約を掲げ、一種の契約を結んだらしい。
この梅の枝は持っているだけで電撃系の補助になるとともに、
「む?」
ウンディーネと睨み合っている破壊神は、電撃で分体を消し飛ばした羊子を視て訝しげな声を上げる。
【マハアクエス】
【氷結ブロック】
【電撃の秘石】
【破滅の眼光】
「グォ……」
最前線で氷結ブロックを貼っていたヤトノカミが障壁を通り過ぎてきた魔法を受け止めて呻く。
受けきれなかった分は破壊神がかばって鈴へのダメージを最小限にした。
「あれは氷結じゃない?どうでしたんですかマグさん?」
今まで見たことのない系統の魔法に驚くも、明らかに水であるためヤトノカミに前に出てもらう。
破壊神が羊子の方に注目してるため鈴が聞く。
「羊子とやら……魔力以外の何かを消費しているな……」
「えっ?」
「そう軽々には戻らぬもの……よくあるのは寿命、といったところか?」
実際は学んで得た知識である。あくまで自ら奉る捧げ物であるため無作為に奪われることは無いが、この日のために一夜漬けで詰め込んだラテン語の知識はもうネタ切れしている。
「マグさん!ヤトノカミさん!プラン
鈴は即座に切り札を切ることにした。
弱点の電撃でウンディーネがスタンした隙を最大限に利用してヤトノカミが自分たちとウンディーネを含めた結界のようなものを張る。破壊神はこの間セールでまとめ買いしたクソマズイがカロリー満点の軍用レーションを頬張る。
破壊神の姿形が全盛期のものに近づき、耳の部分が翼状になって羽ばたき宙に浮く。
「一滴残らず蒸発させてやろう……」
赫焉たる火球が破壊神の眼前に収束していく。
【火炎ブロック】
【火障石】
【破滅の
放たれた小石大の火球が水の精霊の近くで西瓜程に廓大する。精霊も水の膜を張るが、それを意に介さないほどの膨大な熱。
もうもうと立ち込めた煙が薄れたとき、悪魔はいなかった
この連携技の肝は火炎ブロックを内向きに張ったものだ。
ようはギガ・ラ・セウシルだが、敵本体など火炎以外は素通りする上に反射能力もない。周辺被害を減らすためにヤトノカミが習得した。
そして鈴が火障石で自分とヤトノカミと一応破壊神を保護。
こうして破壊神の数少ない炎熱属性の技を活かそうと編み出した連携技の結果、ウンディーネは蒸発し火炎ブロックの内側に入ってしまった床は灰と化した。
ヤトノカミは通常とは違う使い方をした火炎ブロックで破壊神の攻撃を受け止めて消耗しきったためCOMPに送還された。
「消耗、送還、要求」
「お疲れ様です。戻ってください」
本体の消滅により残っていた分体も消え、羊子の電撃を食らって残り2名になっていたスタッフも両手を頭の後ろに組み膝をついて降伏の意を示す。
羊子の特攻と、彼女の知識の供儀に焦った鈴の迅速な切り札の使用により戦闘そのものはごく短時間で終わった。
しかし、最後の攻撃の余波である熱と煙により騒ぎになっているようで、放送で落ち着いて避難することと119番をしたことを知らせる声が聞こえる。
実際は巻き込んでしまったものは完全に燃え尽きたため延焼の危険性もないのだが。
何か火災か爆発事故でも起こったと思われているのか今のところ近づいてくるものはいないが、消火器を持ったものが飛び込んでくる可能性もある。
戦闘可能で地位が高そうな者は確保し、他のところにいるスタッフも観客の避難については面倒を見ているようだが、そのままおとなしく消防の到着を待つ道理はない。
このままだと犯人グループ確保に取りこぼしが出るかもしれない。
【
すると急にあたり一帯に馥郁とした空気が拡がり、急にざわめいていた声が聞こえなくなる。そしてこの場にいたスタッフも急にぱたりと倒れた。
「え?眠ってる?」
「ど、どういうことっスか?黒幕?第三勢力?」
「この薫りは……」
鈴たちが困惑していると複数の足音が聞こえ、統一感のない服装の大人たちが入ってくる。
「お疲れ、お嬢!」
「大活躍の初陣だったようだな!」
「今日は赤飯だ!」
「いや、俺らだと絵的にアレだし、若者には山盛りの唐揚げの方が……」
「それはどちらかと言えば男子中学生では?」
「ハァーイ。派手にやったようね」
「豊穣の会のみんな!それにスポンサーのプロヴィデンス様も!」
羊子はスプレー缶を持ったふよふよと浮遊するクリオネのような悪魔に礼をする。
「怪しいオカルト商法に潜入してタネを暴くも、大立ち回りに発展して大騒ぎになってしまった。犯人グループの何人かを取り逃がす可能性もあった、と。100点満点中60点かしらね」
「っス……」
「それにまさか助っ人にマグちゃんたちを引くとはね……面白い見世物だったわ」
プププ…と含み笑いをしつつ、ものすごい眼差しで己を睨め付ける破壊神を見やる。
「説明が必要みたいだし、後始末は皆に任せて場所を変えて話をしましょうか」
「どうします、マグさん?」
「……」
「マグさん?」
「……そうだな……」
****
寝ている詐欺グループの捕縛、眠らせた客の説得と記憶のつじつま合わせ、会場の片付けとヤタガラスへの説明などもろもろを豊穣の会会員たちに任せた鈴たちはイベント会場を後にする。
資金力の問題で豊穣の会が所有したり借りている事務所のようなものは存在しないため、カラオケボックスに入り簡易的な結界を張る。
「こういうところに来るのも久しぶりね。まず1曲ずつ歌う?」
「何のつもりだ、魔女めが……いや、それよりもなぜここにいる……」
「異世界へ転移した先で出会った同郷の者、敵か味方か……緊張感のある展開ね」
「「2人は知り合いなんですか(っスか)?」」
破壊神のただならぬ態度に何事かと思っていた鈴と羊子だが、まさかのことに驚く。
「じゃあ、自己紹介しましょうか。
「直訳とは安易なことだ……」
ウーネラスはふわりと鈴と破壊神の前に浮かび、優雅にお辞儀をする。
「聞きたいことがいくつかある、答えてもらおうか……」
「ええ、いいわよ」
「どうやって来た?」
「ユピちゃんがあなたの夢分体の異界渡りを観測してね」
ウーネラスが鈴と羊子の方にメニューを押しやり、注文をするように促しながら答える。
「面白そうだからノスちゃんの権能を使ってもらっていろいろして夢分体を創ったの。そしてユピちゃんとニニツィの権能でこちらへ渡ったのよ。説得と魔道具でのサポートが大変だったわ」
「ノス=コシュと言えば、先ほどの集団睡眠はあやつの権能か?」
ウーネラスはちらりとスプレー缶を見せる。
「ちょっと借りたのよ。記憶消去や操作は『摂理』の魔道具でできるけど、その前の意識があいまいな状態に持っていくのが子守唄*2とかよりすごく楽なのよ。もっとも本人みたいに睡眠&エナジードレイン*3だったり、現実と夢の境目を曖昧にしたりはできないけどね」
「あやつらもここに?」
話しながらも腕を伸ばしてメニューを指し、注文することを破壊神は忘れない。
「ユピちゃんは観測で忙しいって。ノスちゃんはめんどくさいし疲れたから向こうで絶賛熟睡中よ。無位の彼らは力不足で不参加ね」
「向こうの我は?」
「あら、同期されてないの?じゃあ帰ってからのお楽しみね。悪いことにはなってないわ」
ウーネラスは楽しそうに備え付けのマラカスを振り、破壊神にもカスタネットを押し付ける。
「前にも似たようなことを聞いたが、何を企んでいる?」
「推し活よ」
「またか……この
カスタネットを受け取りつつ、鋭い眼光で魔術の神を射抜くも彼女は変わらぬ様子だった。
「私の見た目なら天の御使いとして潜り込むこともできないわけじゃないけど、あそこは
「私は弱っちい癖に身の丈に合わない志を抱いて足掻いているようなところが好きね。悪より善寄りかつ、崇高で青臭い理想を掲げているとなおベストだわ」
「弱っちい……身の丈に合わない……」
スポンサーの発言に羊子は一人ダメージを受けている。
「そういえば……あの稲光の魔道具は貴様が渡したのか?」
「そ、そうですよ!寿命とか削ってないですか?」
あわてて鈴が尋ねる。ギアセカンドくらいならまだしも、呼吸を極めた際に出る痣レベルだと洒落にならない。
「ああ、違うっス。知識が捧げものっスよ。ラテン語の基礎的知識ときんぴらごぼうの作り方が吹っ飛んだっス!」
「彼女も了承済みよ。また頑張って覚え直しましょうね」
「まあ、本人が納得しているなら……?でも、なるべく使っちゃダメですよ」
「貴様の癖が変わっていなくて安心したぞ……
「まあまあ、せっかくだから歌いましょう」
ひとまず納得したので、そのあとは親睦を深めるカラオケ大会となった。
最後に旧支配者のキャロルをみんなで合唱後、あいさつして分かれる。
「まさかマグさんのお仲間が来ているなんて、驚きですね」
返事がないので破壊神の方を見ると、何やら黙って考え事をしていた。
「それ以外の奴らは来ているのか……?」
【豊穣の会会員 千黒山羊子 Lv7】
スキル:【雷龍撃(弱)】
・バトルスタイルは古武術+他の会員から伝授の雑多な技
・ウーネラスのお気に入りのうちの1人
・豊穣の会期待のホープ
【合成精霊 ウンディーネ Lv17】
ステータスタイプ:魔型
防御相性:氷結弱点 電撃弱点 破魔無効 呪殺無効
スキル:【マハアクエス】【ディアラマ】【分体生成】
・純粋なウンディーネではなく様々な水の属性を持つ悪魔を合成したもの
・合体素材にスライムや片栗粉があるため粘度と弾力性がある
【魔神 ウーネラス Lv26】
ステータスタイプ:魔型
スキル:【摂理の脈動】 etc.
・物見遊山でこちらへ来たトリックスター系オカン
・彼女のハートは未だ高鳴っている