山奥の異界にて。
【氷結の秘石】
「フムン?涼しくて気持ちが良いデスネ」
「やはり効かんか……」
巨体に冷気が叩きつけられるも、応えた様子がなく元気にしゃべっている。
「内地*1のクマ低レベルデース」
「遅れている内地の悪魔タチに試される大地で培ったワタシのチカラ見せてアゲマース」
それは形はクマのものであったが、色が茶色く胸に月の輪状の模様が存在しなかった。
【電撃の秘石】
【破滅の眼光】
クマの姿をした悪魔の至近距離に投げられた石が電撃を迸らせ、それを浴びて動きが硬直すると同時に破滅の閃光が叩きつけられる。
「オウ!ホーリーシット……」
大ダメージに存在を保てなくなったのかクマの悪魔の肉体が消失していく。
「確認するが鈴よ……今の悪魔はヌプリケスウングルで相違ないな?」
「はい。アナライズ上では確かにそうでした……」
今しがた討伐された悪魔の名はヌプリケスウングル。
アイヌ伝承のヒグマの妖怪で人食い熊の姿で現れて人を殺害する。このたび侵略的外来悪魔として討伐依頼が出された。
が、何故か創作物でも昨今見ないレベルのコテコテのエセ外国人ムーブをしていた。
謎は残るものの無事に討伐対象を倒せたため周辺警戒をしつつドロップ品の確認をする。マッカと共に立派な熊肉が鎮座していた。ご丁寧に肉屋で見るような大きなブロック状の切り身だ。
「ほう、殊勝な心掛けだな。我々の勝利の証として己の肉体を差し出すとは……」
「これ食べられるんでしょうか?」
とりあえず回収して帰還後調べたところ問題ないとのことであった。
「でも熊肉なんてどうやって調理しましょうか……」
「我と貴様だけが食すのであれば『倒した悪魔の血肉を取り込む』儀式になぞらえて丸かじりでも問題ないのだがな……」
「食べ切れなさそうですし、生のままはちょっと……」
どうしたものかと2人で頭を捻っていると、鈴がなにか思いついたのか顔を上げる。
「そういえばお気に入りの料理系VTuberがジビエ料理の動画上げてました!」
「あの四角い納豆巻きを作っていた奴か?」
「はい!魚を釣って捌いていましたし、将来的には狩猟免許も考えているそうですよ!」
鈴によると件のVTuberは家庭料理、本格料理、外国料理、製菓などなど非常にジャンルが広いのが特徴らしい。
一番の得意料理は唐揚げで鶏肉の部位やサイズ、下味や衣の種類や厚さ、食感に揚げ時間まで数多くのパターンを網羅しており、大体の店の味は完コピ可能らしい。
本人曰く
その幅広さから開始してからそこまで経っていないのに知名度が鰻登りで、この間の家庭科実習でも生徒間でその話が出たそうだ。
「生配信の録画を見たんですけど、アバターの手に小麦粉や調味料が付くのも再現してたんですよ。どんな技術なんですかね?」
「ふむ……」
「それに何か良い声なんですよね。脳に直接語りかけてくる感じというか……」
「……」
鈴は熱く語る。
ジビエ料理も手掛けているらしく、ファンから熊肉が贈られてきたことがあったため熊料理の動画も存在する。ちなみにメニューはステーキと熊鍋であった。
「じゃあ動画を見ながら作ってみましょうか」
「まず母親に連絡せねばな……献立の計画がずれる……」
かつてと違いこのような気遣いもできるようになった破壊神。
母親の手伝いもあり出来た熊鍋は、「おいしいが異様に生命力がわいて野生の鼓動を感じる」とのことで7割以上が破壊神の腹に収まった。
****
休日、とある湖にて。
ボートを漕ぐ破壊神と周辺を警戒する鈴がいた。
「どうだ?何か見つかったか?」
「今のところ何も……でも、妙な気配は感じます」
今回はこの湖を泳ぎ回る悪魔が発生したとの依頼を受けて来ている。スピードが出せるモーターボートは鈴が船舶免許をとれる年齢ではなく、いざとなったら人力でそれ以上の速度が出せるということで普通の貸しボートだ。
龍王ヤトノカミはスキル更新ガチャの結果、毒液が体から滴り落ちるようになったためいろいろな意味で出せない。
「湖水を全て干上がらせて良いのならすぐ片付くのだがな……」
「それはさすがに……」
湖の中頃まで来た時、ボートに何かがぶつかり船体が大きく揺れる。
「敵か?」
「あれ?悪魔じゃないです!」
見ると水面にぷかりと魚が浮かんでいる。先程猛烈な体当たりをしたのはこの魚らしい。
だが、他にも魚が集まってきて己の身を顧みず次々と体当たりを仕掛けてくる。
取り敢えずこのままだと転覆や船体に穴の空く可能性があるため破壊神が頑張ってオールを漕ぐ。
するとやや離れた水面からイルカがジャンプした。光輪と翼があるイルカだ。
「!あれって?」
「やあ!僕はスナッピーッキュ!」
朗らかに声をかけてくるが、この状況では不自然極まりない。
「この哀れな魚類共は貴様の差し金か?」
「この僕の洗脳音波だっキュ。これにかけられた生き物は僕の思うままキュ」
「そんな……!」
「イルカがせめてきたぞってことキュ」
スナッピーはその容姿に合わぬ悪辣な笑みを浮かべる。
「ふん、エコーロケーションの応用とでも言うのか?そもそも何だ貴様は……ラッセンの模造品の悪魔か?」
「言ってくれるっキュね、僕は美麗なだけのアートよりも美しく賢い!」
破壊神は細く絞った破滅の眼光を放つが、俊敏な動きとその羽根による空中機動で当たらない。
引き続きスナッピーは操った魚で特攻攻撃をしかけてくる。次々と魚が犠牲になり、湖面に浮く。
「一旦引きましょう。マグさんは牽制を!」
破壊神に攻撃役を任せ漕ぎ手を交代した鈴がオールを漕ぐ。異能者たる彼女の力を十全に発揮したことによりモーターボート以上の速度が出るも、スナッピーも見事な泳ぎで追ってくる。
「無駄っキュ。僕の結界でこの湖からは脱出不能キュ」
かなりの速度でボートを漕いでいるはずだが岸が見えてこない。
破壊神は鈴との事前の打ち合わせでこの依頼は生態系への被害を極力抑える必要があると聞いたのを思い返す。足場や拘束として氷結系アイテムをどっさり持ち込んでいるが、操られた水生生物の巻き込みがあるため使えない。破滅の炯眼も同じ理由で使用できない。
「撤退だな……」
「マグさん、まだやれることはあるはずです」
破壊神は鈴の安全を鑑み、皮翼を広げ破滅の眼光を放射した推進力で鈴ごと抱えて飛行し、水上からではなく上部からの脱出を試みることを決めた。結界が上部にもあった場合はそのまま生態系の犠牲覚悟で上空から一方的に攻撃し仕留める。
「逃げ続けるだけじゃどんどんお魚さんがぎせ―――ブゲッ」
その時、スナッピーは急に突っ込んできた小型クルーザーにハネられた。
「え!?今日はこの湖は立ち入り禁止のはずなのに?」
破壊神は身体を広げて網状になり、魚を押し留めてボートとの距離を離す。
見るとクルーザーの舳先に見るからにお嬢様といった装いの女性が立っている。その容姿は端麗であり、どこか人間離れした美を感じさせる。
「そこのお方!珍獣ハントに力をお貸しします」
そういうと懐から何かを取り出す。
「あれは……ヤタガラスが使うという管か?」
お嬢様が手に持つのは半分ずつ赤と白のボール。
「いや、あれはどう見てもモンスターボ―――」
「それ以上は言わぬ方が良い……」
彼女は見事なフォームで投球した。
「ナプターク!君に決めた!」
甲板に黄緑色のヒトデのようなものが出現する。
「ピンチのようだなマグ=メヌエク!吾輩の活躍とくとみるがよい!」
「!貴様か……クロール泳法が達者なだけの貴様に何ができる……」
「障害を破壊するだけが全てではない、やはり頭を使わねばなぁ~」
破壊神はイラッとしたのか軽く破滅の眼光を撃つ。
「危なっ、やめんか!いくぞ、吾輩の権能の出番だ……」
そういうとナプタークと呼ばれたヒトデ型の悪魔はその口を大きく開ける。口腔内の眼球がぎょろりとあたりを睥睨する。
【狂乱の咆哮】
指向性を持った邪神の声が操られた魚たちの精神を揺らす。
「よし、狂乱の軍勢一丁あがり!うぬら、巻き添えになるから下がっておるがよい」
魚たちは速やかに散っていき、戦闘に巻き込まれないところまで離れる。
跳ね飛ばされて戻ってきたスナッピーは驚きで眼を剥く。
「はあ、どういうことだっキュ!操作系は早い者勝ちのはずっキュ!」
「え?そうなのか?」
「なんで僕と同じような洗脳能力を持っているのに知らないっキュ!」
「いや……今まで普通に上書きしてきたし……」
そこで船上で観戦モードに入っていた令嬢から解説が入る。
「それは同種の生物が同じ原理の能力で争った場合でしょう?あなたの洗脳能力はナプタさまの権能に完全に力負けしたのですよ」
「そんな……イルカに食われるヒトデみたいな見た目のくせして……」
【氷結の秘石】
呆然としていた悪魔だが、鈴が投げたアイテムで周りを凍らされ動けなくなる。
「ナプタークよ、良い助力だった……褒めて遣わす」
「
【破滅の眼光】
こうして湖を荒らした妖獣スナッピーは撃破された。
****
「さっきはありがとうございました。阿座斗鈴です」
「マグ=メヌエクだ……」
「いえいえ、ご無事でなによりです。私、ナプタさまのパートナー兼パトロンの
「料理人兼策謀の邪神、『狂乱』のナプタークだ」
依頼対象の悪魔を討伐した一行は陸に戻り挨拶と自己紹介を行う。
ナプタークは挨拶も早々に特攻させられて死んでしまった魚たちを有効活用すべく調理に入っている。
「火手布さんがナプタークさんのサマナーをしてるんですか?」
「内亜とお呼びください。いえ、私はあくまでナプタさまの支援者です」
内亜は撮影機材の準備をしながら答える。
「私、親戚にその道では有名なイカモノ料理人の内原冨手夫さんがおりまして、その影響で未知の料理が好きなんですの」
「ある日クルージング中にナプタさまを釣り上げまして、未知の食材として調理しようとしたら料理を作ると命乞いをされましたの」
「すごい出会いですね……」
「こんなやつを食すと腹を下しかねんぞ……」
気にすることなく内亜は話を続ける。
「食べたとき衝撃を受けたのです。作っていただいたのは、丁寧な作りでしたがどう見ても一般的な料理でした。しかし、口に入れてみると私のためだけに存在する料理のようでした。味付けから切った食材のサイズまで全て私の好みのものだったのです」
「料理の好みやセンスが奇跡的に合ったということですか?」
「好みが合う、といったレベルではございませんわ。まるでもう一人の自分のよう……」
内亜がやや上気した顔で微笑む。
「それでナプタさまが己の料理で信仰を得たいとおっしゃるので、料理系動画配信者としての活動を支援しています」
「どうしてVTuberに?」
「ナプタさまの見た目がどちらかと言うと料理を作る側ではなく料理にされる側ですので。興味を惹くのにガワは大事です」
「なかなか好評でな!この間登録者が5万人を超えたぞ!記念の鯛の塩窯焼きを作って動画にしたのだ」
己の外見に関してなかなかなことを言われたが、気にする様子もなく下ごしらえ中のナプタークも口を挟む。
「じゃああの料理系ブイチューバーの『食の軍師ナプちゃん』って?」
「おう!吾輩だ!」
思わぬお気に入りの動画配信者の正体バレに鈴は驚愕する。
「あとでサイン良いですか?」
「ここにもファンがいたか!よかろう」
「なぜあそこにいた?」
破壊神は少し面白くなさそうだ。
「今回は撮影のためにこの湖に来たのだ」
「今日は立ち入り禁止でしたが、権力に物を言わせて。仮に悪魔が出てもいいネタになりそうでしたし」
「そこでうぬらがいたから同胞のよしみで助けてやったのだ」
ナプタークと内亜は手際よく撮影と調理を進めている。
「そういえば内亜さんはCOMP使ってないんですか?」
「はい。あの術は手慰みに覚えたものですので、本職の方と比べたらとてもとても……」
「あと、あれはどう見てもモンスターが入っているボールっぽかったんですが……」
「ああ、あれは万が一見られても説明が楽なんですの。皆さん深く語らずとも察してくれます」
「できたぞ!」
そうこうしている間に料理が完成した。献立はムニエルと焼き魚だ。焼き魚はわざわざ焚火を起こして串に刺した魚を炙ったものだ。
「麦の粉を魚にまぶして焼いたものか……栄養を逃さんとするその心意気、時空干渉者に対する猟犬のごとしだ……」
「うぬの食レポも変わったなぁ」
ナプタークがしみじみ言う。
「え?昔はどうだったんですか?」
「栄養とエネルギー量しか見ていないガサツな食レポであったぞ」
「あの小娘と暮らすうちに食感や調理法、塩分濃度なども言うようになった。相変わらずあまり食欲を掻き立てない物言いだが……」
「ナプタークよ……」
破壊神がやや遮るように言う。
「貴様……配信者のとやらの布教活動で権能を使おうとは思わんのか」
ナプタークの「狂乱の咆哮」は電子機器を介しても効果がある。最大限活用すればデビュー当日に登録者億越えも夢ではない。
「権能か……それに頼るのは邪道だ」
邪神は何も分かっていないとでもいうようにやれやれと首を振る。
「吾輩の生まれ持った権能ではなく自ら望んで身につけた料理で人を魅了するからこそ意義があるのではないか」
「ナプタさまの意を汲みまして、機材は撮影中ナプタさまの混沌の波動を検知するとナプタさまもろとも巻き込んで自爆する仕掛けになっております」
「え!?今知ったぞ。危なかった、登録者数の伸びがイマイチだったら使っていたかもしれん……」
皆で食事をしたのち、片付け中。
ナプタークとマグ=メヌエクは食器洗い担当だ。
「己は飛んで脱出しようとしたな?小娘はまだやる気だったが?」
破壊神が早々に権能を使って汚れを除去しようとしたため、慌ててスポンジを握らせ皿を洗わせている。
「地力では勝っていたが相手の得意な場所に封じ込められた形だ……神として信徒のためにも万全を期すべきだろう……」
「変わったな己、随分と過保護になったものよ」
「……」
彼の名はナプターク。
破壊神よりも多くの別れを経験し、破壊神が微睡んでいる間も歩みを止めなかった恐るべき邪神。
マグちゃんはLv18になりました。
【狂神 ナプターク Lv25】
ステータスタイプ:知・速型
防御相性:破魔・呪殺無効 精神系吸収
スキル:【狂乱の咆哮】 etc.
・狂乱の咆哮:ナプタークの精神力を乗せた混沌の叫び。上位者の精神力を分け与えられるということは呪いであり、行動を後押しする助けとなる祝福でもある
【妖獣 スナッピー Lv19】
ステータスタイプ:知・速型
防御相性:魔法吸収(限界あり)
スキル:【洗脳音波】【バインドボイス】 etc.
・ネットでイルカのフグ遊びが広まってしまったことをしくじったと思っている