目を開けると、そこは不思議な空間だった。
赤っぽい通路に立っており、現実感の無さから夢だろうかと考える。
なんとなく進んだほうがいい気がして壁沿いに歩いていくと、顔を象った壁が行く手を塞いでいる。
どうしたものかと取っ手や鍵穴でもないかと近づくと名を聞かれ、答えると秩序と混沌どちらの天秤を傾けるのかみたいなことを意味深に言われたのち通される。
そのまま進んでゆくが、夢の割にはそこはかとない浮遊感がなく床が足の踏ん張りの力をしっかりとはね返してくるのを感じる。
やみくもに進むのも心細くなったころ、木の板に磔にされた男がいた。ちょうど時代劇で見たばかりなのでしげしげと観察していると、どこからか声が聞こえる。
「これは神にささげられし魂」
観察も終わり板からおろして助けてやると、同行を希望するので了承する。
磔にされていたので関所破りや贋金でも作ったのかと聞いたがどうやら違うようだ。話してみると誠実そうな男で彼女がいるらしい。
再び進んでいくとうつぶせに倒れて怪物に踏みつけられている男がいた。
「これはチカラを求める乾いた魂」
2人で恐る恐る近づいていくと怪物は消えていき、男が目を覚ます。いい夢を見ていたのにと起きる前の体勢を考えるとマゾ疑惑が浮かぶ発言をし、同行を希望した。
夢の内容を聞いてみたが釈然としなかった。だが聞いた感じではSMプレイの夢ではなかったようだ。少しほっとした。
そのまま全て進んでいると湖が見え、水浴びをしている女性がいる。
「なんか現実感がねえし、羽衣伝説みたいだな。近くに羽衣が干してあるんじゃねえか?」
「いやいや、この状況ですよ。もしかしたらカッパの擬態で近づいたら水中に引きずり込まれるかもしれませんよ」
そうやって3人でひそひそ話していると、女性が気づいたのかこちらを振り返る。
初対面はずだが、こちらに熱い視線を投げかけてくる。
「あら?あなた―――ね。私の名は百合子。あなたの―――グヘッ」
何やら思わせぶりなことを言わんとしていたようだが、突然押し寄せてきた大波に足を取られて倒れた。
****
「む。そこな
「す、すいません!まさか別の人がいるなんて……」
3人が出落ちに呆然としていると、メンダコのような怪生物と少女が駆け寄ってくる。
「ケガとかしていませんか?」
「ハァ、ハァ……大丈夫だけど、どうしてここに人間が……」
百合子なる女性はなんとか起き上がって少女を訝しげに見ている。
「ノス=コシュめ、ドリームランドに招待すると言っておきながら途中で疲れたとぬかしおって……」
「あのパプリカって女の人に案内してもらえて助かりましたね」
「人の身で夢を渡るとは面白い奴だったな……」
3人は様子を伺っていたが、意を決して話しかける。
「話しを聞く限り、あんたらも夢の迷子か?」
「そうといえばそうなんですけど、違うんです」
「うん?」
「何ていうか……目的地の途中で車がガス欠して引き返してきた感じです。それでマグさんが……」
「食料でも獲ろうかとダイナマイト漁の真似事をしてみたのだがな……ここに魚はいないようだ」
先程の大波の理由が判明した。
すると、こちらに声を掛けつつ近寄って来る者たちがいる。
「おーい、結果はどうっスかー?」
「失敗だ。ここには魚はおらぬようだぞ……」
「ふーむ、残念だな。夢の中の魚を捌くというのも乙な体験だと思ったのだがな」
と、羊子とナプタークとウーネラスが合流する。今回夢旅行に参加したのは2名と3柱で、内亜は不参加だ。なんでも噂の調査に忙しいらしい。
「こやつらはなんだ?」
「どうも、この夢で偶然出会って出口を探しているみたいです」
とりあえず挨拶をする。異常事態の連続で、夢に明らかに自分以外の自我がある存在が複数いてもそんなものかで済ませられるようになっている。
「ドリームランドは行けなかったし、せっかくだから今回はここで水遊びでもどうかしら?現実はまだ肌寒いでしょう?それに夢の中なら魔力だけでほら、この通り」
ウーネラスがそう言うと破壊神とナプタークの体に着られた状態で水着が出現する。ウーネラス自身は海女さんのようなウェットスーツとゴーグルをつけている。破壊神の水着は海パンだ。
みなも水遊びに賛成し、ウーネラスの魔法で着替えさせてもらう。
「あなた達もどうかしら?夢の世界だもの、そのうち目が覚めるわよ。それまで遊んだっていいんじゃない?」
ウーネラスが話の矛先を3人と1人へ向ける。
「貴女はどう?というかアナタ、着替えの服が見当たらないじゃない。どうするつもりだったのかしら?」
「いや……夢の中だし……いい感じにフェードアウトしていこうかと……」
ゆりこは全裸だったため1人だけ少し離れたところで体を水に沈めていた。人数が少なかった頃は隠しつつも自慢げに肌を晒していたが、小学生や人外まで来たことにより気恥ずかしくなったらしい。
「せっかくだから使いなさいな」
「じゃあお言葉に甘えて」
「せっかくなんで……」
「じゃあ……」
3人も場の雰囲気に流されてウーネラスの水着の魔法を受ける。
このままだとゆりこは1人だけ全裸で湖のほとりにいることになるので、仕方なく着させてもらう。
「あの、これ……」
「いいじゃない、似合ってるわよ」
何故か彼女のだけ近年の学校でスクール水着としても採用されている、ゆったりとした露出の少ないラッシュガードタイプだ。
「わはは、吾輩の華麗な泳ぎを見よ!」
ナプタークが見事なフォームのクロール泳法を披露している。彼の水着はふんどしだ。
「
邪神の挑発に、意外なことに男3人組のうち1人が反応した。
「僕も小学生のころは水泳教室に通ってたんですよ、勝負しましょう」
「いいぞ!見知らぬニンゲンよ」
他の人間と邪神は突然始まった異種水泳大会の観客となった。
邪神陣営は破壊神以外はナプタークを、短い間とはいえ夢の中を一緒にさまよった縁で男2人は餃子が好きそうな男を応援する。
「頑張ってくださいナプタさんー!」
「応援してるっスよー!」
邪神に黄色い歓声が飛ぶ。
「自由形ではあのヒトデ?が勝ちか。まあ、あれだけクロールを自慢していたしな」
「でもブランクがある割には接戦じゃなかった?種目によってはイケるんじゃない?」
「そうだな。おーい、気張っていけよー!」
2人もなんだかんだ観戦を楽しんでいる。
「ねえ、アダ…あなた。ちょっと話が―――」
「ゆりこさんだっけ?ちょっと手伝って欲しいからこっちに来てね」
ゆりこはパソコン好きの男に話しかけようとするも、魔術の神によるインターラプトが入る。
「え?は、はあ……」
そう言ってウーネラスはゆりこを皆の目の届かない木陰に誘導する。
「それで、何でしょうか?」
「アナタにはね、幻でも何でもいいから魔術で食材を作って欲しいの。ガワだけでいいわ。他は私が肉付けするし、調理はナプちゃんがやってくれるから」
「なんで私に?夢の中とはいえ人間の私に言われても……」
「あら、貴女ニンゲンを幻で惑わせたり口先で唆したりするの得意でしょ?ワタクシと同類じゃない」
「あ゙?」
思わぬ指摘に彼女の一瞬虹彩が黄色くなる。
「あら、怖い怖い。でもアナタ『毒婦』とか『魔女』呼ばわりされたことあるでしょ」
「……」
「言ったでしょ、同類だって」
「何が目的?」
「だから食材の調達よ」
これ以上問答をしたり揉めたりするのは得策ではないと判断したか、幻影の食材を出す。食えはするものの味はなく、栄養も満腹感もない代物である。
百合子とウーネラスが戻ってみると他の泳法で勝ち星を稼いだ人間側の勝利となっており、お互い健闘を称え合っていた。
「やるものだな己よ。ニンゲンも大したものだな!」
「僕も久しぶりで燃えました。やっぱり泳ぐのっていいですよね」
そこにウーネラスが健闘を称えて煽てつつも仕事を押し付ける。
「じゃあナプちゃん、料理よろしくね」
「夢の中で料理できるとはなぁ。腕によりをかけるぞ!」
邪神の調理を待っている間、皆でビーチバレーと相成った。ウーネラスが審判、破壊神がボールとなり、3対3にするために女性チームに百合子が強引に組み込まれた。
「おいアンタ、こっちのチームが打つ瞬間体を凹ませてインパクトをずらしてるだろ。自分の飼い主がいるところを勝たせたいからって汚いぞ」
「なんのことやら。我が肉体を用いた即席のボールのため多少の不具合はある……」
「マグちゃーん、見てるわよー」
その後ナプタ作のカレーを皆で食べた。
「というかまだ目が冷めないのか?」
腹ごなしにゆっくりしているが、さすがに心配になってきて眼鏡の男が言う。
「む、そうだな。しばし視ていたが、ここは割と浅い階層の夢のようだ。早道を作れるかもしれんぞ……」
「情緒ががないわねえ。どうせ夢の中なんだしいいじゃない」
「あの、僕たちは出口を求めてここに着いたのでして……」
「すいませんウネさん。そういう声もありますし、お願いできますか?マグさん?」
「うむ……」
【破滅の眼光】
破壊神の眼光により、この夢の世界に穴が開いた。
「じゃあ皆さん、さようなら」
「貴重な体験でした」
最後にあいさつを交わしあう。奇妙な体験ではあったが、無事目覚めることができそうだと分かると悪くないものと思えてくる。
「ねえ、百合子さん。楽しかった?」
「まあ、予定とは違ったけど、それなりに……」
そこに、息を切らした老人がたどり着く。
「おお、なんということを……大いなる流れがとんでもない脇道へ逸れておる……」
「ご老人も迷子ですか?あの穴から出られるようですよ」
しかし耳に入っていないのか老人は焦った様子ブツブツとつぶやいていたが、吹っ切れた様子で顔を上げた。
「おぬしたち、楽しかったか?」
「え?まあ……」
「ふむ。これはこれでよかったかもしれぬな……」
男3人に向けた意味深な言葉に後ろ髪を引かれる想いだったが、穴をあけた張本人がもたもたすると塞がるというので皆穴を通っていく。
****
数日後、青年が愛犬パスカルの散歩をしている。
あれは衝撃的な体験ではあったが所詮夢、細部は徐々に朧気になっている。
パスカルが気になるものでもあったのかフンフン辺りを嗅いで回るので、それに任せて歩を進めると奥の路地裏でいかにもチンピラといった風体のグループにのされている男がいる。
様子をうかがおうといったん向こうからは見えにくい位置に体をずらそうとすると、別の男が制止に入る。
こちらからはよく聞こえないが暴行を止めるよう諫めているようだ。しかし数でも負けていて強そうでもない男のいうことを素直に聞くような輩ではない。
そこで合図としてパスカルの前足をつま先で小突く。
「ワン!ワン!アオォォ~~ン!」
見事なまでの遠吠えにいくら人通りの少ない場所とはいえ注目が集まる。現に遠くに見えるジョギング中の男性が足を止めてこちらを振り返ったのが見えた。
推定チンピラグループも少し慌てた様子で去っていく。
グッボーイ、グッボーイとパスカルを誉め、帰ったらジャーキーだと思いながら起き上がろうとしている眼鏡の男に近づく。
制止に入った赤ジャケットの男が手を差し伸べて立つのを助けようとするも、すげなく振り払われている。
「大丈夫かい?」
「くそっ。俺に力があれば……」
「ああ、無理に立ち上がろうとしない方がいい。フラフラじゃないですか」
「余計なお世話――ん?」
殴られていた眼鏡の男がちゃんと顔を上げたことにより、3人ともお互いの顔がしっかりと見えるようになった。
「あれ、まさか……」
「なあ、俺たち……」
「うん、数日前……」
「「「夢の中で逢った」」」