その夜、阿座斗家で飛び入り参加の破壊神マグ=メヌエクとフリーのデビルサマナー九頭、イナバシロウサギのルイスを加えて当家の息女の鈴の誕生会が始まった。
破壊神の別世界の話、九頭のサマナー稼業の話、この世界の人々の暮らしが知りたい破壊神へ対しての世間話と話題は尽きなかった。
サプライズで九頭がプレゼントとしてウサギのルイスの爪を加工した幸運のお守りを渡すと、それに激しい対抗心を燃やした破壊神が解き進めていくにつれ知能が向上し、完全にクリアすると「真理」を獲得すると言われている上位存在用の知恵の輪とでもいうべきものを贈ろうとして止められるような一幕があった。
諫められた破壊神は、あれこれ考えたのち異常性のない自分の姿が描かれた銀貨をプレゼントとして渡した。
誕生会が無事お開きになり、九頭とルイスは帰宅し、破壊神はヤタガラスグループ傘下のホテルの一室を貸し与えられることとなった。調査が完了し、破壊神マグ=メヌエクという存在に一定の保証と信頼が与えられるまでは一種の軟禁状態となる。
この「舌切り雀」ホテルはヤタガラス傘下だけあってロビーやレストラン、バーなどでも悪魔の連れ歩きが可能である。何なら明確な契約者がいないフリーの悪魔も時折利用しに来ることもある。
だが、万が一を考えて破壊神はホテル内であろうと許可無く外出できないこととなった。だが1日3食のルームサービス、制限付きノートPCと書物の貸し出しが確約されたこともあり、彼に不満はないようだ。
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深夜、ホテルの近くの公園に赤いスーツを着た車椅子の男性が佇んでいる。体の線が細く、眼鏡をかけ知的な顔したいかにも研究者や学者といった趣きだが、何とも言えない存在感を放っている。
そこに、宝石の様なものを頭上に掲げた小人らしきものが隊列を組んで公園に入ってきた。
よく見ると、それはそれぞれ飴玉を持った分体ミニ・マグ=メヌエクであった。
ホテルの破壊神の部屋の窓はもちろん閉め切りになっており、デビルサーチ機能により常に部屋に居るかどうかを把握されていた。
しかし彼はその大きな単眼をもってその仕組みを見破り、検知に引っ掛からないギリギリのサイズの分体に栄養補給として部屋にあった飴を与え、通気口を通して外に送り出した。
ミニ・マグ=メヌエクたちは車椅子の男の近くにたどり着くと、合体し先ほどよりは二回りほど大きい一体のミニ・マグ=メヌエクとなった。
「やあ、こんばんは。いい夜だね」
「今宵は月が心地よい狂気の波動を放っている……この世界でも星空の美しさは変わらぬな」
初対面の2人はまるで既知の知り合いかのように語り合う。
「君も少々複雑な状況にいるのに呼び出してすまなかった。私から君を訪ねるのは難しくてね」
「なに……この程度我にとっては造作もない……」
破壊神は分体たちが持っていた飴玉を1つを残して口中の亜空間へとしまい、残った飴を食事用の空間に送る。
「ではちゃんと自己紹介をしようか。私は『スティーヴン』。悪魔召喚プログラムの開発者だ」
「我が呼び名はマグ=メヌエク。混沌の闇より出でし上位存在である……」
挨拶も終わったので、破壊神は近くのベンチに腰掛ける。
「重ねて言うが、あんな怪しいコンタクトの取り方でよく来てくれた、ありがとう」
「我に与えられた情報端末はそういったものに制限がかけられていたにもかかわらず電子の書簡が届けられた。おまけに我の出自を把握しているような内容であったのでな」
「君がリスクを犯して来てくれなかったら、こうして話せるのはもう少し時間がかかったろうね」
スティーヴンと名乗る車椅子の男は破壊神が腰かけるベンチの隣に移動し、お互い月を見ながら言葉を紡ぐ。
「それにしても悪魔召喚プログラムか。人外の者の召喚儀式を電子の絡繰に代替させるとはな……」
破壊神はヤタガラスの人間や九頭から悪魔召喚プログラムなるものの存在を聞かされていた。そして悪魔の召喚と使役を助け、この世界の人外への対抗手段として大きく活躍していことに感心していた。
人間が未知なる闇を照らし、恐怖に名前を付け飼い慣らすのに使ってきた「科学技術」をもってしてオカルトに対抗するというのはこの世界の
同胞の魔術の神が知れば、喜んでちょっかいを出すことだろう。
「君たちの世界には存在しないものだったかな?」
「うむ。しかし悪魔召喚プログラムは制作者不明と聞いていたが……」
破壊神は鈴の誕生会で聞いた九頭の言葉を思い出す。
「
「今は一種のパブリックドメインみたいなものでいろいろなバージョンが出回ってます」
「創案者を名乗る奴は基本的にペテン師扱いされますね」
「あまりにも情報がないんで、死亡説、もう人間をやめてる説、変わり者の高位悪魔説、超古代文明の遺産説など言いたい放題の状況ですね」
鈴の両親の前だからかかしこまって敬語で話していた彼の言葉を反芻しながら、横の男を少し睥睨する。
「ああ、少々事情があってね。しかし、私が開発したのは基本の悪魔召喚機能だけだ。昨今の技術者たちの機能追加や様々な電子機器で扱うためのアップデートには脱帽するね」
車椅子の男、スティーヴンは事実であればここ数世紀の裏の世界においてもっとも偉大な発明を誇示する様子はない。
「まあ、貴様の正体を詮索するつもりはない。本題に入るぞ」
「
破壊神は彼の様子とどことなく人間離れしたオーラから、本当に悪魔召喚プログラムの開発者であるか、低い可能性ではあるが本人も他人も完璧に欺けるレベルの稀代のペテン師だと判断した。
そして本題へと入る。
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破壊神はヤタガラス傘下の舌切り雀ホテルにチェックインしたのち、貸し出されたノートPCで情報収集を目的としていたネットサーフィンをしていた。
その貸与品は電霊の対策などで情報の送受信に制限がかけられていた。無論メールソフトも使用不可であった。インターネットも悪魔関係者ご用達の武器・防具・アイテムの売買サイト、情報交換のためのSNSや掲示板、依頼の仲介所、果ては悪魔が契約主を求めて己を商品として出品するデビルオークションなど、某子供向けサイバーパンクアクションRPGでいうところの「ウラインターネット」にはアクセスできないようになっていた。
破壊神は元の宇宙との差異と信仰を得るための一般人の暮らしについて知見を深めるのが目的であったため、それを了承してノートPCを使っていた。
調べごとが脇道に逸れてこの地方の名物を調べていた頃、入っていないはずのメールソフトが勝手に立ち上がっており、1通のメールを開いていた。
そこにはこう書かれていた。
『―――別宇宙の神へ。
初めまして。私はスティーヴン、悪魔召喚プログラムの開発者だ。
おそらく君もだいたいは把握しているだろうが、今回の君のイレギュラーな召喚について情報を共有したい。私もこの世界の悪魔や召喚技法に関しては一家言持っているので、君がまだ知らないことも教えられると思う。
急で済まないがホテルの近くのXX公園にXX時に来てくれないだろうか。
君が徒に世界と人々をかき乱すことを望む存在ではないことを信じている。
NAME:STEVEN』
破壊神がメールを読み終わって数秒後、まるで読み終わるのを待っていたかのように受信したメールがメールソフトごと完全に消去され、不可思議なメールを受け取った証拠はこの世界から消え去った。
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破壊神はやったことの高度さと己の出自を知っているような内容から、ただの愉快犯ではあるまいと判断しホテルから分体を送り出したのだ。
「ああ、先ずは私が把握している事実、そこから導き出した推測を君とすり合わせたい」
破壊神が驚いたことに、スティーヴンは召喚された邪神の正体を知っており、近い存在である破壊神がそれに便乗したような形で召喚されたということも見当がついていた。
破壊神も知らなかった海底の神殿に眠るとされる邪神の説明を聞いて、彼はスティーヴンの見識の深さに感心する。
お互いに召喚についての認識のすり合わせを行った後、スティーヴンが破壊神に向こうの宇宙でのオカルト事情について尋ねる。
「驚いた。君たちの宇宙では超常的な伝承、事件はルーツを辿ると基本的には君たちに到達するんだね」
「むしろ我はこの世界の超常の多様さに驚きを感じている……」
「薄々君の纏う法則の異質さから察していたが、興味深いね」
スティーヴンは破壊神の答えを聞いて、今まで観測したことのない世界に興味を抱いたようだ。
「さて、楽しいひと時ではあったがそろそろお開きにしようか」
「ふむ。我々と近い存在かもしれぬ『クトゥルー神族』の話は実に有意義であった……しかし、良いのか?」
「うん?」
「其奴らは混沌と狂気を振りまく方向に進んだようだが、我が同調若しくは影響されて手を組む可能性は考えなかったのか?」
破壊神はこの宇宙のクトゥルー神族の話を聞いて、神としての方向性の違いと幾ばくかの失望を感じた。しかし、あの成り損ないのスライムと相対したときに漠然とした親近感を覚えたのも事実である。
「確かにアレと君は世界間の同素体とでもいうべき存在だ、だが君はもう自分の道を見つけているんじゃないかい?」
半ば確信をもってスティーヴンは破壊神に語りかける。
存在の根源が酷似している、人間に讃えられ、畏怖される姿が似ている。しかし、辿った
「定命の者……かは怪しいがヒトの身で知ったような口をきいてくれる……」
「君の人間に対して向ける視線を見ればわかるさ。だからこそ言っておきたい」
「む?」
破壊神は怪訝な視線を向ける。
「子供はやがて親から巣立つものだ」
今まで尊大な態度ではあったが饒舌で機嫌の悪くなかった破壊神だが、その言葉を受けると急に緘黙する。
「君が過去に何を失い、何を思い、次はどうしたいと考えているかを私があれこれ推考するのは不埒で不敬だ。だから先ほどの一言のみが来訪した破壊神への献言だ」
「………」
先程までは星空を映して煌めいていた破壊神の単一の大きな瞳は、感情を推し量ることができない名状し難い色を湛えている。
「悪魔の人との関わり方はそれそれだ。そこに邪な企みが無いのならば私からは咎めることはできない」
「………」
スティーヴンは話すことは終わったというかのように公園の出口に向かっていく。破壊神は沈黙を保ったままベンチに座っている。
「ああ、最後に一つ」
ふいに車椅子がターンして破壊神の方に振り向く。
「この宇宙は君の召喚を通して
さらりと言うとスティーヴンは車椅子を操り公園を出ていった。
破壊神はベンチに腰かけたまましばしの間無言だったが、再び数体に分裂するとそれぞれがエネルギー補給用の飴を口中の亜空間より取り出し、齧りながらホテルへと帰っていった。
マグちゃんの宇宙ではメガテンで有名な嫉妬する神、熱愛の神と呼ばれるあの神さまはいないか、マグちゃんたちの存在でそこまで大きい顔はできない状態です。