逆転裁判 〜東方法闘録〜 小説版   作:タイホくん

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序盤の控室シーンは、変更の予定がないので、掲載しません。


第2話 旧法廷パート 前半

 【同日 午後3時30分 裁判所 第2法廷】

 開廷の時間になり、慌てて法廷に駆け込む。扉を開けると、二人とも持ち場についていた。急いで傍聴席を通って弁護席に着く。それと同時に紫さんがスキマから木槌を取出し、振り下ろした。

 

 「これより、十六夜咲夜の審理を再開するわ」

 「弁護側、準備完了しています」

 いつも通りに準備完了の旨を伝える。……今回に関しては、本当に準備が出来ているかと言われると全く完了していない。

 結局、ぼくたちに与えられた時間は十五分だけだった。その間に知ることが出来た事件に関する情報は数少ない。本当にこれだけでどうにかなるのだろうか、心配だ。

 

 「……検察側、もとより」

 遅れて、四季検事が開廷の旨を紫さんに伝える。

 俯きながらぽつんと発せられた言葉からは、彼女の不満な気持ちが混ざっているように感じ取れた。

 

 「それでは、早速冒頭陳述に入っていただくわ」

 紫さんの言葉を聞き俯いた顔をゆっくりと上げると、四季検事はため息を吐きながら頷いた。

 「……では、冒頭陳述を始めます」

 四季検事が冒頭陳述を始めた。

 

 「事件は昨晩の午前零時、人間の里の下町地区にあるお茶屋、“いっぷく堂”で起こりました」

 人間の里の下町地区……確か、四つある地区のうちの一つだったな。

 

 魔女の子の話によると、下町地区は人里の中で最初に開発が始まった地区で、そのほとんどが職人さんたちの工房になっていると聞いたのだが……どんな所にも憩いの場は必要ということなのだろうか。

 

 「被害者は、この店の主人の、八ッ時茶太郎という男性。死因は、心臓を鋭利な刃物で刺されたことによる失血死。死亡推定時刻は事件当夜の午後十一時半から午前零時頃です」

 事件発生時刻は夜、か。

 

 「警察は、通報した従業員の証言と、凶器に付いた被告人の指紋。さらに、被告人の能力、“時を操る程度の能力”を逮捕の理由としています。検察側は、これらの情報を踏まえ、被告人の有罪を完璧に立証します。冒頭陳述は以上です」

 

 冒頭陳述を聞いた紫さんは、少し小難しそうな表情を見せる。

 「話を聞く限りでは、まだ被告人が犯人とは言い切れないみたいね。弁護側の意見はどうなのかしら?」

 

 「弁護側は、被告人の無罪を主張します」

 「そこまで断言するということは、弁護側にはそれ相応の根拠があるのでしょうか?」

 四季検事が言った。

 

 「簡単なことです。ぼくが被告人の無実を信じているから。ただそれだけのことです」

 被告人が、有罪か、無罪か。それはぼくたちには分からない。そんな状況で、弁護士が出来ることは、ただ被告人を“信じる”ことだけだ。それがぼく達弁護士の最大の武器でもある。ぼくたちは被告人のことを信じ抜き真実を立証する。それが師匠から教わった、弁護士としての信念だ。

 

 「……信じるだけで、判決が決まるのなら、どれだけ楽なことか」

 「な……」

 四季検事はぴしゃりと言い切った。

 

 「そのような感情論だけで、真実は見えてこないということも、この審理の中で教えてあげましょう。あなたの完膚なきまでの負けを持って、ね」

 冷酷な笑みを浮かべ四季検事が言い放つ。

 正直、苛立ちを覚えた。だが、ここは我慢しなければならない。下手に挑発に乗ってしまえば相手のペースに飲まれる可能性もある。ここは、冷静に行かなければ。

 

 「それでは、最初の証人に入廷してもらうわ」

 紫さんが、証人の入廷を促す。

 「では、事件捜査の指揮を執った、河城にとり刑事を入廷させてください」

 

 そう言った直後、法廷の扉が開かれ証人が入廷した。

 証言台に立った刑事は、十二、三歳ほどの見た目をした少女だった。

 ウェーブのかかった外はねが特徴的な青髪を、赤い玉がいくつもついた髪留めでチーサイドアップにして留め、緑のキャスケットをかぶっている。

 服装は、白いブラウスの上に肩の部分にポケットの付いた水色の長そで(スモックと言っただろうか)を身に着け、服と同じ色のスカートを履いている。

 

 「証人、名前と職業、種族を答えてください」

 四季検事が、証人に職務質問をする。

 種族を聞いているのは、恐らく幻想郷には人間以外の人種がいるからだろう。もしかしたらこの証人も人間の姿をしているだけで、実は妖怪かもしれない。

 

 すぐに証人は質問に答えると思われた。が、なにを思ったのか、証人は突然背中に背負った大きな緑色のリュックをゴソゴソと漁り、中から大きなオウムのロボットを取り出した。続けてリュックから工具箱を取りだし、ロボットオウムのいろんなところをいじくり始めた。

 

 「……証人」

 四季検事が、呆れた表情で証人にそう言った。

 しかしこの証人、一度集中すると周りが見えなくなってしまう性格なのだろうか。四季検事の言葉に耳を貸すこともなく、黙々と作業に熱中していた。どうやら、今は左羽の溶接の作業の様だ。火花が顔に飛び散らないように着けるお面のようなものを取出し、何かの機械で火花を散らしながら、オウムの羽を胴体に溶接している。

 

 「証人!」

 今度はもっと強い声をだす。

 いくら集中していても、四季検事の大声にはかなわなかったのだろうか、証人は「ひゅい!」と、素っ頓狂な声を出すと、尻もちを着いてしまった。

 

 「いたた……そこまで大きな声を出さなくてもいいじゃないですか」

 腰をさすりながら、よろよろと立ちあがる証人。

 「まったく……一体何を作っていたのですか?」

 四季検事が腕を組み、呆れたような顔を作って言う。なんだかんだで、あのロボットのことが気になっているのだろうか。

 

 「このロボットですか? これは、“喋る! オウムロボットサユリさん六号”です!」

 オウムのサユリさんか。何年か前に聞いたことのある名前だな……。

 

 「このロボットの用途はですね。例えば、忘れちゃいそうなこと、例えば暗証番号なんかを覚えてくれて、“何か忘れたことはない?”と聞くと、その番号を教えてくれるんです!他にも……」

 「も、もう十分です。そのからくりがすごいということは分かりました」

 興味本位で尋ねたであろう四季検事だったが、証人のマシンガントークにやられてしまったのか、観念して話を中断させた。

 

 証人はまだ話足りなかったのか、わざとらしく頬を膨らませて不機嫌そうな顔を作った。が、四季検事が睨んでさすがに怯んだようだ。すぐにオウムと工具をリュックの中にしまい込むと、身分を応え始めた。

 

 「名前は河城にとり。職業は刑事と、機械エンジニア。種族は河童です」

 河童か……霊夢さんが言っていたように、本当に人間そっくりの見た目をしているんだな。

 

 「では、事件の概要について説明していただきましょう」

 「はい!」

 事件の概要、これは聞き逃せない。情報が少ないから、一言一句聞き漏れが無いようにせねば。

 

 河城さんは、リュックから何かの資料を取り出すと、すらすらと読み始めた。

 「冒頭陳述にもあったように、事件は昨日の晩、人里の下町地区のお茶屋で発生しました。では、現場の上面図をご覧ください。事件現場のお茶屋は出入り口が二つ存在します。一つは店への入り口。もう一つが厨房から続く裏口です。事件後、我々が調査した時点では、裏口の扉には鍵がかけられていました。事件当時も鍵がかかっていたと考えられます。また、現場には被告人と被害者、さらに目撃者である店の従業員がいました。さらに、この事件にはもう一人目撃者がおり、その人物は店の外から犯行直後の現場の様子を目撃しています。以上です」

 目撃者は二人か。無実を証明するためには、この二人の証言がカギになるはずだ。違う場所から事件を目撃しているというのもポイントになってくるはず。しっかり覚えておこう。

 

 「では、次に被告人を逮捕した根拠についての証言をお願いします」

 「了解しました!」

 敬礼をすると、河城さんは証言を始めた。  

「被害者の死因は解剖記録にもあるように、心臓を鋭利な刃物で一突きにされたことです。凶器は被告人がいつも持ち歩いていたナイフだと思われます。またこの凶器には被告人の指紋と、被害者の血液のみが付着していました。さらに、現場には被害者が書き残したと考えられる“Ⅰ・S“と書かれたダイイングメッセージが書き残されていました。能力以外で言うならば、こんな所でしょうか」

 

 

 

 「凶器に残った指紋、ダイイングメッセージ。すべて完璧な証拠と言えます。被告人が犯行に及んだということは、これではっきりしたと思われます」

 証言を聞き終えた四季検事は、涼しそうな顔でそう言った。

 

 「しかし、四季検事。まだ議論をする余地は十分にあるはずです。まだ被告人が犯人だと決めつけるのは早すぎるのではないでしょうか?」

 

 ぼくの発言に、紫さんが頷いた。

 「弁護士さんの言う通り。まだ議論の余地は有り余っている。まだこれだけで彼女が犯人とは言えないわね」

 

 「……好きにしなさい」

 紫さんの言葉を聞くや否や、四季検事はまた機嫌が悪くなったのか、そっぽを向いてしまった。

 

 「さて、それじゃあ、弁護側に尋問をしてもらおうかしら」

 「分かりました!」

 さあ、貴重な情報収集の時間だ。出来る限り多くの話を聞いて、ムジュンがあったら、証拠を突きつける。大丈夫、いつも通りにやればいい。

 

 

 「被害者の死因は、心臓をナイフで一突きにされたこと、と証言していましたが、他に何か原因はあったのでしょうか?」

 「それは無いですね。傷は、致命傷に至ったものが、左胸に残されていただけで、他に目立った外傷はなく、争ったような跡も見受けられませんでした」

 河城さんは、ぼくの質問をぴしゃりと否定する。

 

 致命傷に至った傷以外は外傷なし、か。そこに関しては、特に何とも思わないが……争った跡が無いというのが気になるな。

 

 どんな人間であれ、いきなり目の前にナイフを突きつけられたら、少なからず抵抗するはずだ。しかし、被害者には特に争ったような跡が無い。何か引っかかるな……もう少し突っ込んでみるか。

 「争ったような跡が無い、ということは、被害者は睡眠薬を飲まされていたのでしょうか?」

 被害者が無抵抗で殺害される、ということは、睡眠薬で眠らされていたとしか考えられない。頭を殴ったり、スタンガンなんかで気絶させる方法もあるが、外傷がないとなると、その線はあり得ない。さて、どんな答えが返って来るか。

 

 「睡眠薬ですか。調査の結果を見る限りだと、睡眠薬はおろか、体内からは、何も検出されていませんね」

 「そうですか」

 睡眠薬の線も無し、か。まいったな。他に争ったような跡が残らない理由は思いつかない。

 

 うむ、いったんこの話は保留にするべきだな。

 よし、気を取り直して、他のことを聞こう。

 

 次に聞きたいことは……被害者の命を奪った、凶器について聞いてみよう。凶器が別に存在したかもしれない。

「被害者の命を奪ったのは、本当に被告人のナイフなんですか? もしかしたら別のナイフが存在した可能性も……」

 

 「異議あり!」

 ぼくの質問を遮るように、四季検事が異議を挟んだ。

 

 「凶器が別に存在した、それはあり得ません」

 「なぜ、そう言い切れるのですか?」

 

 「被害者の死因は、鋭利な刃物で心臓を一突きにされたことです。そこで警察は、現場内にあった、刃物という刃物を徹底的に調べ上げました。しかし、凶器のナイフ以外からは、指紋も血液反応も一切出ませんでした。被害者の命を奪った凶器は、このナイフ以外にありえません」

 ううむ。ここまではっきりと言われてしまうと、反論の仕様がない。凶器が他に存在した可能性は、どうやらなさそうだな……。

 

 「質問を変えます。現場に残されていたダイイングメッセージを被害者が書いたという証拠はありますか?」

 「残念ながらありません。ですが、状況から見て被害者が書いたと考えるのが自然だと思います」

 眉尻を少し下げながら河城さんが話す。

 

 ダイイングメッセージはやはり被害者が書いたのか……いや、待てよ。それってムジュンしていないか?

 「異議あり!」

 河城さんの発言に異議を挟み、そのまま続ける。

「河城さん。一つだけ確認しておきたいことがあります」

 「何でしょうか?」

 「この現場に残されたダイイングメッセージ。あなたはこれを被害者の八ッ時茶太郎さんが書いたと本気で主張するつもりですか?」

 「ええ、その通りです。事件当時、メッセージを残すことが出来た人物は、被害者しかいないと考えるのが妥当だと思いますが」

 

 少し困惑した口調で河城さんが言った。

 「……逆です、河城さん」

 「ぎゃ、逆?」

 「このメッセージは、被害者だけには絶対に書くことが出来ないのです」

 

 ぼくは法廷記録から解剖記録を取出し、続ける。

 「これは、あなた方警察の資料です。ここにしっかりと書かれています。“心臓をナイフで一突きにされ、”即死”と」

 「あっ……!」

 「死んでしまった人間に、ダイイングメッセージを書くことは不可能です。よって、あなたの証言はムジュンしていることになります!」

 

 「異議あり!」

 検察側から、間髪入れずに異議が飛んでくる。

 

 「残念ですが、弁護側の意見は通りません」

 「なぜですか。解剖記録には確かに即死と書かれています」

 四季検事は呆れた顔でぼくの方を見ていた。何かおかしなことを言ったのだろうか。

 

 「……弁護人。その資料は古いものです」

 

 開口一番、彼女は意外な言葉を発した。資料が、古い?

 「裁判の直前。私の元に新たな資料が届きました。“被害者はナイフで心臓を一突きにされた。ただし、刺されてから数十秒間の間、生きていた可能性を認める”……このような資料が、私の元に届いていたのです」

 四季検事は、わざとらしい笑みを浮かべると、続ける。

 「つまり、被害者は刺されてから、ダイイングメッセージを書き残すことが可能だったということになります」

 あ、新しい資料だなんて、そんなの聞いていないぞ!

 

 「開廷まで時間が無く、全員に新しい資料を配ることが出来なかったこと、深くお詫びいたします」

 これまたわざとらしく一礼し、謝罪の意を表す四季検事。見ていてとても白々しく、少々苛立ちを覚える。さては、初めからこうなることを見越して、敢えて黙っていたな……。

 資料を渡す時間がないというのも嘘かも知れない。検察側の証人である河城さんがその情報を知らなかったことが、それを証明している。……一杯喰わされたな。

 

 「遅ればせながら、新しい解剖記録を証拠として提出いたします」

 「受理するわ」

 

 紫さんの許可が下り、資料が証拠品として受理された。

 幻想郷には、印刷物を素早くコピーする技術が無いのだろうか、一部しかない資料は、複製されることなく机の上に置かれた。

 

 解剖記録・改

 ・被害者 八ッ時茶太郎 ・死因 心臓をナイフで一突きにされたことによる失血死。

 ・追記 ナイフの刺さりが甘かったことが再解剖で判明。よって、被害者は刺されてから数十秒の間生きていた可能性を認める。

 

 資料を提出し、検事席に戻った四季検事は話を続ける。

 「被害者は刺されてから数十秒間生きていた。やはり、このメッセージは被害者が被告人を告発する為に、書き残したと考えるのが自然でしょう」

 「そう考えるのが自然なようね」

 紫さんが頷く。

 

 うむむ、せっかくの突破口が塞がれてしまった……反撃の糸口も見当たらない。まいったな。

 「降参してもよいのですよ。弁護人」

 四季検事が、ふてぶてしい笑いを浮かべ、小ばかにしたような視線を弁護席に向ける。

 「だ、誰が降参なんてするものですか!」

 つい、挑発に乗ってしまった。

 

 本来ならば、こういった挑発には乗るべきではないと頭では分かっているのだが……

 売り言葉に買い言葉、というやつだろうか。思わず子供っぽく言い返してしまった。

 「威勢だけは良いですね。それがいつまで持つことやら、見物ですね」

 

 ぐぬぬ、向こうにペースを持って行かれている。どうにかして一泡吹かせてやれないだろうか。

 

 「大丈夫? なるほどくん。眉間にしわが寄っているけど……」

 見かねた真宵ちゃんが話しかけてきた。

 「ははは、威勢よく突っかかったのはいいけれど、突破口が見つからなくて」

 「そっか……」

 「真宵ちゃんは、何か気づいたことはないかな?」

 藁にもすがる思いだった。今は、得られる意見は全て聞いておかなければならない。何かいい案が出てくるといいのだが。

 

 しばらく悩んだ表情を浮かべた真宵ちゃんだったが、しばらくすると、法廷記録の中から、現場写真を取り出した。

 

 「うーん、一つ引っかかるものなら見つけたんだけど……」

 「引っかかるもの?」

 「うん。ダイイングメッセージが書かれている場所なんだけど、何かおかしいなって」

 ダイイングメッセージが書かれている場所、か。

 メッセージは、被害者の足先に書かれている。パッと見た限りでは何ら問題ないように思えるのだが……。

 

 「ありがとう。考えてみるよ」

 真宵ちゃんにお礼を言い、改めて被害者の遺体を観察することにしてみた。

 被害者は目を閉じてがっくりとうなだれている。顔が白いのは死亡した後で、血液が回っていないせいだからだろうか。上着の左側には刺された時に噴き出た血が広がり、左胸に小さな赤い染みを作っている。無残に殺害された被害者の遺体は、壁にもたれかかるようにして座っていた。

 

 ……待てよ。壁にもたれかかって座っている?それって、おかしくないか?

 足元に書かれたダイイングメッセージ……壁にピッタリともたれかかった遺体。

 頭の中にひとつの可能性が浮かんできた。そうだ、この二つは、ムジュンしているのではないだろうか?……試してみる価値はある。一つ、ハッタリをかましてみるか。

 

 「ありがとう、真宵ちゃん。おかげでひとつ可能性が見えて来たよ」

 「そう?お役に立てたのなら何よりだよ!」

 真宵ちゃんはガッツポーズを作った。

 

 「すっかり黙り込んじゃったみたいだけど、弁護側からの反論はあるかしら?」

 反論しないぼく達を見かねてか、紫さんが発言のチャンスをくれた。

 この機会を無駄にするわけにはいかない。攻めるしかない!

 

 「はい。弁護側は、検察側の意見に対して、反論の用意があります」

 「反論? 付け焼刃のなまくらな反論ではないでしょうね?」

 四季検事が、呆れたというように肩をすぼめた。

 「もちろんです」

 堂々と胸を張りながらそう言った。もっとも、堂々と張った胸とは裏腹に、内心は冷や汗たらたらだが。

 

 「面白い。じゃあ、弁護側の反論を聞くことにしましょうか。」

 紫さんがそう言った。

 

 「では、弁護側は、最初に証拠品を提出したいと思います」

 「分かったわ。それじゃあ、証拠品を提出して頂戴」

 提出する証拠品。……もちろんあれしかない。

 ぼくは、法廷記録から現場写真を取り出した。

 

 「それは、現場写真かしら?」

 身を乗り出しながら、紫さんが現場写真を凝視する。

 「はぁ。なにが出て来るかと思ったら……そんな写真一枚で、私の主張が覆せる?笑わせないでください」

 苦笑を浮かべる四季検事。

 「こんな写真ですか。果たしてそう言い切れるでしょうか?」

 「……なにが言いたいのですか?」

 困惑した声色で四季検事が尋ねる。

 

 「確かに、一見すれば、この写真はなんの力もないように見える証拠品です。しかし、“一寸の虫にも五分の魂“とも言います。一見関係ないように見える証拠品でも、状況を一変させるだけの力を持っているはずです!」

 「……ほう」

 少しだけ感心したような顔になった。

 

 「それじゃあ、弁護側に問うわ」

 紫さんが木槌を慣らし、ぼくに問いかける。

 「この写真に写っている、検察側の主張を覆す物とは?」

 

 どこを指示せばいいかはわかっている。迷わず、ダイイングメッセージを指さした。

 「注目していただきたいのは、このダイイングメッセージです。検察側は、被害者が刺された後もまだ生きており、その間にダイイングメッセージを残したと主張しました」

 「いかにも。数十秒あれば、ダイイングメッセージを残すことは可能だったはずです」

 「被害者は生きていた。だから、ダイイングメッセージを残すことも可能だった。この二点については、認めざるを得ない情報です。しかし、このメッセージを被害者が書き残すことは、かなり難しいと弁護側は主張します。」

 「難しい?どういう事かしら?」

 紫さんが尋ねてきた。

 

 「この疑問を解消するためには、遺体とダイイングメッセージに注目する必要があります」

 「遺体に、ダイイングメッセージ、ね……」

 「では、最初に被害者に注目してください」

 他の二人が写真を取出し、被害者に注目する。

 「ナイフで刺された被害者は、壁にもたれかかりながら座っていることが分かります」

 「確かにそうね。隙間はほとんど空いていないように見えるわ」

 紫さんがそう言った。

 

 「では、次にダイイングメッセージに注目してください。メッセージは、被害者のつま先に書かれていることが分かります」

 ぼくはそこまで言うと、現場写真を法廷記録にしまった。

 

 「……そういうことですか」

 写真をじっと見つめながら、何かを考えていた四季検事が、ぽつりとつぶやいた。どうやら、気づいたようだな。

 そんな彼女とは違い、紫さんはいまだに頭の上に疑問符を浮かばせていた。

 

 「さて、ここで一度情報をまとめてみましょう。被害者の遺体は、壁にもたれかかって座っている。そして、ダイイングメッセージは遺体のつま先に書かれていた。さて、果たしてこの状況で、被害者がダイイングメッセージを書くことは可能だったのでしょうか?」

 「どういうこと?」

 いまだに理解していない紫さんが尋ねてきた。

 

 「ダイイングメッセージは、被害者のつま先に書かれていました。ここに字を書くためには、必然的に前屈の姿勢になる必要があります。普通の状態であれば、前屈をしても字を書くことは造作もないでしょう。しかし、この時の被害者は胸を刺されて瀕死の状態でした。前屈の姿勢になって、メッセージを残すのはかなり難しいと考えられます」

 

 「異議あり!」

 四季検事が割りこんできた。

 「確かに弁護側の発言はもっともです。瀕死状態の人間が、前屈をして、つま先にメッセージを書くのは難しい。しかし、あくまでもそれは想像の範囲に過ぎません。もしも、被害者の体がかなり柔らかかったとしたらどうでしょうか?メッセージを書くのには何ら問題ないといえます」

 

 「異議あり!」

 すかさず異議をはさむ。

 「確かに、この意見は憶測に過ぎないかもしれません。しかし、この証拠品を見れば、被害者が前屈の姿勢を取れなかったことが分かるはずです!」

 

   そう言ってぼくは中央にある机の前まで移動する。

 「これがその証拠品です!」

 「そ、それは…………被害者の解剖記録?」

 四季検事が言った。

 

 「そのとおりです。先ほど検察側が提出した新しい解剖記録に、“被害者はナイフの刺さりが甘かったため、刺されてから数十秒ほど息があった“と記述されています」

 「それがどうかしたのですか?」

 

 「前屈の姿勢というのは、体と足を密着させなければなりません。しかし、被害者の胸部には、ナイフが突き刺さっています。この状態で体を丸めようとすると、当然ナイフはより一層深く突き刺さってしまいます。しかし、被害者の解剖記録には、“ナイフの刺さりは甘かった”と、記されています。もしも、被害者がつま先にダイイングメッセージを書いたと仮定すると、この解剖記録に記された情報との間にムジュンが生じるのです!」

 

 「うぬぬ。し、しかし、被害者がダイイングメッセージを書き残していないとなると、一体誰がそのメッセージを書き残したというのですか?」

 苦し紛れの反論を入れる四季検事。

 

 ダイイングメッセージを他に書くことが出来た人物……咲夜さんが自ら書いたと考えるのは不自然だ。と、なると残された可能性はただ一つ。全くの第三者……つまり、真犯人以外に他ならない。確証はないが、今なら攻め込んでも問題ないはずだ。一か八かにかけてみよう。

 

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。大丈夫。正しい道をぼくは辿っているはずだ。

 「被害者以外にダイイングメッセージを書き残すことが出来た人物……真犯人以外に考えられません!」

 

 「異議あり!」

 当然ながら、四季検事が割って入る。どんな反論が飛び出て来ても、言い返さなければ!

 

 「現場には、真犯人が存在したと思われる形跡は一切見つかっていません。それとも、弁護側は、この事件に被告人以外の犯人が存在したという証拠品を提示することが出来るのですか?」

 

 真犯人が存在したという証拠……うう、言われてみれば確かに見当たらない。

 「……残念ながら、そのような証拠品は、今のところ手元にありません」

 「ふふ。思った通りです。真犯人など所詮まやかしの存在。犯人は被告人以外にありえないのですから」

 鼻で笑い、こちらを見下す四季検事。

 ……証拠もなしに突っかかったのが失敗だった。くそ、次こそは尻尾をつかんでやらねば。

 

 「さて、弁護人の戯言も潰したことですし、次の証言に入っていただきましょう。河城さん? 証言を……」

 そう口にしかけた四季検事だが、証言台の方を見ると絶句した。

 

 なにがあったのかと思い、証言台の方を見ると、河城さんが再びオウムのロボットを取出し、ロボットを改良……いや、改造していたのだ。

 

 改造が施されたロボットオウムは、もはやオウムの原形をとどめていなかった。頭が二つに増え、翼も四枚に増えており、おまけに足元にはなぜか黒電話が装着されている。

 

 「河城さん……?」

 強張った口調で、四季検事が河城さんの方を睨む。その視線からは、ただならぬ怒りの感情がにじみ出ていた。

 そんな四季検事の言葉は河城さんの耳に全く届いていないようだ。一人黙々とオウムを改造している。

 

 「河城さん!」

 ついに、堪忍袋の緒が切れたのか、四季検事が怒号を飛ばす。

 さすがに河城さんの耳にも大声が届いたのか、雷に打たれたように跳ね上がって驚いた。

 

 「……勤務中にからくりをいじるのは控えなさい。それが、今のあなたが積める善行です」

 「は、はい……」

 「まったく……では、あなたに被告人の動機について証言していただきます」

 被告人の動機……法廷記録にはそれに関する証拠品は無かった。この証言、聞き逃さないようにせねば。

 

 「では、証言をお願いします」

 四季検事に促され、河城さんの証言が始まった。

 

「被告人の犯行の動機、それはずばりストーカー被害です。じつは、被害者は被告人のストーカーでした。もっとも、被告人は犯行直前まで気づいていなかったようですが。

事件後、被害者の自室を捜索したところ、このコルクボードを発見しました」

 河城さんは、リュックから一枚のボードを取り出す。

 コルクボードには、おびただしい量の写真が貼られており、その全てに咲夜さんが写されている。

 「事件当夜、現場のお茶屋に立ち寄った被告人は、偶然被害者の自室でこのボードを発見したのでしょう。そして、ストーカー被害に逆上し、そのまま犯行に及んだ。これが我々の見解です」

 

 

 

 「ストーカー被害を知っての犯行。少し引っかかるところもあるけれど……。一応筋は通っているわね」

 証言を聞き終えた紫さんは、渋い顔を作った。

 

 確かにそうだ。あくまで先入観に過ぎないが、咲夜さんがストーカー被害を知って逆上したとは考えにくい。しかし、被害者がストーカーだった可能性を示す証拠品が見つかっている。ううむ、一体どういうことなんだ?

 

 「被害者のコルクボードを証拠品として提出します」

 「受理するわ」

 提出の許可が下り、コルクボードが机の上に置かれた。

 

 「では、弁護人。尋問をお願いするわ」

 「はい!」

 早速尋問に入った。

 

 

 

 「そのコルクボードはどこで見つかったのでしょうか?」

 「えっと、確か被害者の押し入れの中から見つかりました」

 「押し入れの中、ですか」

 

 ……引っかかる。証言を聞く限りでは、咲夜さんが被害者の自室に入って壁に掛けられているコルクボードをたまたま見た、というニュアンスのはずだ。

 しかし、コルクボードは被害者の押し入れにしまわれていた。

 これだと、咲夜さんが被害者の自室を物色したということになる。これも先入観に過ぎないが、メイドさんが他人の部屋を物色するようなまねはしないと思うのだが……。

 

 さて、他に聞くべきことは……。

 ……なにも思いつかない。どうしよう、もっと情報が欲しいのに、こういう時に限って質問が思い浮かばない。

 

 他に情報を得る方法は……コルクボードぐらいだろうか。

 警察は、とっくの昔に調べてあるだろうし、今ぼくが調べても問題ないはずだ。

 

 「裁判長!」

 紫さんに声をかける。

 「先ほど提出された、被害者のコルクボードを調べても構いませんか?」

 「ええ、どうぞご自由に」

 よし、紫さんの許可が下りた。早速調べよう。

 

 白手袋をはめ、机の上からコルクボードを手に取る。

 コルクボードは、かなりの大きさがあり、両手で抱えないと持ち運べないほどだ。

 そんな見た目とは裏腹に、そこまで重くないのは、コルクボードの材質故なのだろうか。

 

 コルクボードを横に持って、抱きかかえるように弁護席の机まで運び、観察してみる。

 コルクボードに張られている写真は、ざっと三十枚と言ったところだろうか。ところせましと並べられた写真の中には、日焼けして、色落ちしてしまったものも何枚か混ざっており、被害者がかなり昔からストーカー行為に及んでいたことが窺える。

 

 ストーカーというものは、こういった写真を何枚も壁に貼り付けるイメージがあったけど、まさか本当とは。

 コソコソと隠れながら撮影された写真からは、被害者の並々ならぬ歪んだ愛情が伝わってくようにも感じる。そんな写真を直視するのは少々憚られるが、これも調査の為だ、我慢せねば。

 

 と、いざ意気込んで、写真に目を通そうとしたときだった。写真に写っている咲夜さんと目が合ったのだ。

 驚いて、思わずのけ反ってしまう。やれやれ、写真に写った人と目が合ったぐらいで驚いてしまうとは。

 改めて写真をざっと見る。写真は全て咲夜さんの日常生活を写し取ったもののようで、

基本的に人里内で撮られたものがほとんどだ。そのせいか、写真には里の人間達も写りこんでいる。よく、里の人にも気づかれずに写真を撮ったものだな。

 ……ん? まてよ。今さっきぼく、証言とムジュンすることを考えていたような……。

 

 「どうしたのですか、弁護人。コルクボードの写真を見たきり、黙り込んでしまったようですが……」

 四季検事が突然話しかけてきた。

 

 「そんな物、どれだけ眺めても時間の無駄です。被害者が被告人のストーカーだった。そのコルクボードが顕著に表しています。大人しく降参した方が身の為だと思いますが」

 嫌味を混ぜ込みつつ、こちらを挑発する。そう言っていられるのも今だけだ。

 

 「異議あり! 被害者が被告人のストーカーだった、果たして本当にそうだったのでしょうか?」

 「……どういう事でしょう」

 「河城さんが提出したコルクボードが全てを物語っています。四季検事、あなたの主張は、この証拠品と決定的にムジュンしている!」

 「む、ムジュンですって?」

 四季検事が少し顔を強張らせた。反撃される前に押し切る!

 

 「普通、盗撮写真というのは、物陰に隠れ、気づかれないように撮影するはずです」

 「いかにも。姑息な手段で撮影された盗撮写真……破廉恥(はれんち)以外の何物でもありません」

 「しかし……このコルクボードの写真は普通の盗撮写真とは少し違います。写真に写った、被告人の目線に注目してください」

 

 「……写真の被告人は、すべてこちらを向いているわね」

 目を凝らしながら写真を見て、紫さんがそう言った。

 「そう。写真の被告人は、すべてこちらを向いて写っているのです。さて、ここで浮かんでくる当然の疑問があります。本当にこの写真は隠し撮りされたものなのでしょうか?」

 「……まさか!」

 痛いところを付かれたのか、四季検事が低い唸り声にも似たような声を上げた。

 

 「先ほど説明した通り、盗撮写真は物陰に隠れ、気づかれないように撮影するものです。

被写体となる人物が撮影されているという認識が無い限りは、写真に写った人物がカメラ目線になることはあり得ません。しかし、このコルクボードに貼られている写真は、全てカメラ目線になっています。これが意味すること……もうお分かりですね?」

 

 「被告人は、写真を撮られている認識がある?」

 紫さんが、絞り出すような声色でそう言った。

 

 「その通りです。撮影されている認識がある。つまり、この写真は任意によって撮影された物。言うなれば、極々普通の写真なのです。このことから、被害者は被告人のストーカーではないことが分かります。よって、被告人が被害者を殺害する動機は無かったということになります!」

 

 「し、しまった……」

 悔しそうな声を上げる四季検事。この裁判で、彼女の悔しそうな顔を見たのは初めてかも知れない。続けざまに、悔しそうに、拳を打ち付ける、こうしてみると普通の子どもなのにな……。

 

 「……河城さん」

 拳を打ち付けながら、不意に四季検事が口を開いた。

 「今度からは……きちんとした捜査をして……もっとましな推理をしなさい!」

 もう何度聞いたかわからない四季検事の怒号が河城さんに襲いかかる。今回に関しては、八つ当たりも交じっていると思うが……。

 

 「ひぇぇ、すみません、すみません!」

 何度も頭を深く下げ、謝罪の意を見せる河城さん。

 しかし、怒りで半分我を忘れ、歯止めのきかなくなった彼女には、どんな謝罪も無意味なようだ。

 

 突然、検事席を離れたかと思うと、証言台の前まで移動し、「そこに正座しなさい!」と、河城さんを土下座させ、お説教を始めた。

 今が裁判の最中だということも忘れてしまっているのか、四季検事はただひたすらにお説教を滝のごとく、河城さんに浴びせ続けた。

 至近距離で大声の説教を聞かされている河城さんは、鼓膜が破れないように、必死に耳を塞いで応戦している。

 

 しかし、説教の声は耳をふさいだ程度では防ぎきれないのか、河城さんは最終的には耳をふさぐことを止めていた。もしかしたら、気を失っているのかもしれない。

 説教は、四季検事の体力がなくなるまでの十五分間、ノンストップで続いた。

 

 終わるころには、河城さんは泡を吹いて気を失いかけ、四季検事は、息を切らして、その場に座り込んでしまった。

 遠くで聞いていた紫さんとぼくたちも、かなりのダメージを被ってしまった。まだ頭がガンガンするや……。

 まるで、長距離走をした後のように汗をかき、息を切らした四季検事は、フラフラとした足取りで検事席に戻ると、深呼吸をした。

 

 「はぁ……はぁ……まったく……あなたという人は……」

 息を整えながらもなお、河城さんに説教をしようとする。

 もうやめておけばいいのに……。

 

 説教が終わってから数分、ようやく息切れが治ったようだ。四季検事は元の冷静な顔つきに戻り、河城さんも何とか意識を取り戻して証言台に戻った。

 「河城さん」

 四季検事が口を開く。それと同時に河城さんが小さな悲鳴を上げた。

 「今月の給与査定、楽しみにしておくといいでしょう」

 どこかで聞いたことのあるセリフを口にする。どこの世界でも、検事と刑事はこういった関係なのだろうか。

 

 「うう、来月も生きて行く自信が無いや……」

 河城さんはそう言いながら背中を丸め、物悲しそうにすごすごと法廷を後にした。

 ……河城さん、お気の毒に。

 先の見えない来月の生活に不安を感じる河城さんの背中を見て、ぼくはそっと心の中で励ますことしかできなかった。

 

 

 「さて、少々取り乱してしまいました」

 先ほどまでとは打って変わって、落ち着いた口調で四季検事が話し始めた。

 正直、“少々”の域をすでに超えていると思うのだけれど……突っ込んだらぼくまで説教を食らいかねない。心の中にしまっておくことにしよう。

 

 「それでは、そろそろ次の証人を呼ばせていただきます」

 ……次の証人か。

 「次の証人は、この事件の目撃者です」

 目撃者、これまた重要な証人だ。改めて気合を入れ直さなければ。

 「係官。目撃者の方を入廷させてください」

 そう言ったのと同時に法廷の扉が開かれ、小さな女の子が入廷してきた。

 年齢は、十歳ほどだろうか。緑色の髪を左側でサイドテールにまとめ、黄色いリボンを付けている。服は白いシャツの上から青いワンピースを着て、首元にリボンと同じ色をした小さなネクタイを付けていた。

 また、背中からは小さな羽が生えており、子どもの頃に絵本で見た妖精を彷彿とさせる容姿をしている。

 霊夢さんが幻想郷には妖精もいると話していたし、恐らくこの証人の種族は妖精なのだろう。

 

 緊張しているのか少し強張った表情を見せながら、女の子が証言台に着いた。

 しかし身長が低いせいだろうか、こちらから見ると女の子の頭部だけが見えて、全身が見えない状態になってしまっている。

 

 「あら、大変。係官、何か踏み台になるものを持ってきて頂戴」

 心配した紫さんが、係官である小町さんに踏み台を持ってくるように頼み、すぐに踏み台代わりのミカン箱が証言台に運ばれた。

 

 女の子が段ボールに乗ったことを確認すると、四季検事が身分の確認を始める。

 「では、証人。名前と種族を言ってください」

 職業を聞かなったのは、まだ証人が幼いからだろうか。

 よく聞くと、四季検事が女の子に話しかける声色が、河城さんの時と比べると、明らかに優しくなっている。……四季検事にも、案外優しい一面があるんだな。

 

 「えっと、名前は大妖精と言います。種族は妖精です。」

 質問された証人は、少し言葉を詰まらせながらも、何とか名前と種族を答えた。

 「大妖精さん。あなたは、昨日の夜、事件現場の前を通りかかった時に、現場の様子を目撃した。間違いないですね?」

 「はい、間違いありません」

 「では、その時のことを話してください。落ち着いて、ゆっくりで構いません」

 「わ、分かりました!」

 四季検事に促され、証言が始まる。さて、どんな証言が飛び出てくるのやら。

 

 「昨日の夜、私はお友達と一緒に、人里に遊びに行っていました。一緒に手を繋いで歩いていたはずなのですが……気が付いたら、私の側にお友達の姿はありませんでした。お友達を探していた時です。たまたま、下町地区にあるお茶屋の前を通りかかりました。夜も遅いのに、そこだけ明かりが点いていたのが気になって……私、つい中を覗いてしまったんです。そうしたら、中で血を流した男の人が倒れていて……被告人が、その男の人と向かい合うように立っていました。それを見て怖くなった私は、すぐにその場から逃げ出しました……」

 

 

 

 「証人、ありがとうございました。辛い思いをさせたかもしれません。どうか許してください」

 証言が終わると、四季検事が真っ先に大妖精ちゃんに謝罪した。さっきまで河城さんに物凄い剣幕で説教をしていた人だとはとても思えない。

 

 大妖精ちゃんに頭を下げ終えると、四季検事は、元の冷静な口調で話し始める。

 「被告人がナイフを持って立っていたという証言は、もう一人の目撃者との証言と一致します。証人は、間違いなく、事件発生後の現場の様子を目撃したのです」

 ナイフを持った咲夜さんを見たという証言か……かなり厳しい状況だな。

 

 「それでは、弁護人、尋問をお願いするわ」

 紫さんがそう言った。

 「証人、あなたは、これからそこのギザギザ頭のおじさんの質問に答えてください。焦らなくても構いません。落ち着いて応えれば大丈夫です」

 「は、はい!」

 少し微笑みながら、大妖精ちゃんに四季検事は助言する。

 あの四季検事、まさか偽物じゃああるまいな。

 

 「弁護人。証人が困惑しないように、優しい口調で尋問すること。いいですね、“ギザギザおじさん”?」

 大妖精ちゃんに向けた微笑みはどこへやら、こちらを睨みながら、ぼくを威嚇する。

 地味に傷つくから、人をオジサン呼ばわりするのはやめてくれ……。

 複雑な気持ちで尋問を開始した。

 

 さて、最初に聞いておくべきことは……お茶屋の前を通りかかった時間だな。

 「証人、あなたがお茶屋の前を通りかかったのはいつの……」

 「弁護人?」

 質問をしていると、検事席から少し怒った口調で四季検事がこちらを睨んできた。

 おっといけない、ついいつもの調子で尋問してしまうところだった。お説教される前に訂正しなければ。

 

 「えっと、大妖精ちゃん、でいいのかな?」

 「えっと……出来れば、大ちゃんって呼んでいただければ幸いです」

 「大ちゃんだね、分かった」

 大ちゃん……大妖精だから、大ちゃんというのだろうか。かわいらしいニックネームだな。

 

 「大ちゃんがお茶屋の前を通りかかったのは何時ぐらいのことかな?」

 慎重に言葉を選びながら、慎重に大ちゃんに問いかける。少しでも気を抜くと、怒号が飛んできそうで怖い。

 「……だいたい、午前零時ぐらいだったと思います」

 お茶屋の前を通ったのは、午前零時ごろ……被害者の死亡推定時刻とも一致する。問題はなさそうだな。

 

 しかし、なぜ、そんなに遅い時間に子どもだけで人里に行ったのだろうか。事件とは関係なさそうだけど、少し気になる。ついでに聞いてみるか。

 

 「何でそんなに遅い時間に、人里に遊びに行ったの?」

 「そ、それは……私のお友達が、突然遊びに行こうって言いだして、私は危ないから引き止めたんですけど……」

 「けど?」

 

 「お友達が、“大丈夫、さいきょーのアタイが付いているから心配ないさ!“って言って、私の言う事を聞かなくて、つられるように私もついて行ってしまったんです」

 ……大ちゃんのお友達、ずいぶんと破天荒な性格をしているんだな。

 

 さて、話が逸れてしまった。次の質問を考えなければ。

 次の質問は……倒れていた被害者のことについて聞こう。

 「大ちゃん。お茶屋に倒れていた男の人は、どんな様子だった―」

 

 「異議あり!」

 質問をしていると、いきなり四季検事が割って入った。

 「弁護人。被告人はまだ幼い子どもです。こうやって、尋問の場にかけているだけでも酷なのに、その上、死体を見た時の話を聞こうとは……弁護士が聞いてあきれますよ」

 うう、もっともな意見だ。これ以上詮索するのはやめておくべきだな。さもないと、四季検事が本気で怒りだしてしまう。

 

 さて、気を取り直して、次の質問だ。

 被害者のことを聞けない、となると……被告人のことなら問題ないだろうか。彼女は別に殺されているわけではないから、聞いても問題ない……はずだ。

 少々不安ではあるが、大ちゃんに質問を投げかける。

 

 「じゃあ大ちゃん、その時の被告人の様子を教えてもらえ―」

 「弁護人、あなたという人は!」

 検事側から、怒号を飛んで来た。

 しまった、この質問もダメだったか……。

 「大丈夫です。検事さん」

 「……え?」

 大ちゃんからの意外な返答に、四季検事は驚きを隠せないようだ。目が泳いでしまっている。

 

 「私は大丈夫です。見た事をきちんと話すのが私の役目ですから」

 しっかりと検察席の方を見て、大ちゃんがそう言った。大ちゃん……しっかりした子だな。

 「あ、あなたがいいのなら、私はそれでも構いませんが」

 困惑した口調で話す四季検事。

 「えっと、被告人の様子でしたよね」

 大ちゃんは再び、ぼくのほうを向くと質問に答え始める。

 

 「私がお茶屋を覗いた時、被告人は、遺体の前で呆然と立ち尽くしていました。」

 呆然と立ち尽くしていた、か……もう少し情報がほしいな……。

 「大ちゃん、他に気づいたことはないかな? 例えば……返り血が飛んでいたとか」

 「返り血ですか。私の記憶では、飛んでいなかったと思うのですが」

 返り血が飛んでいない?……妙だな。もう少し掘り下げてみるか。

 

 「大ちゃん。その情報、もう少し詳しく……」

 「そこまでです」

 またまた四季検事が割って入る。

 「弁護人、もう、その辺りにしておきなさい。いくら証人が頑張っているとは言え、度が過ぎています。証人への質問はここまでにしておきなさい」

 そ、そんな。せっかく重要な情報が聞き出せそうだったのに……。

 だがしかし、彼女の言っていることも正論ではある、惜しい気持ちは尽きないが、ここは引き下がるのが無難だな……。

 

 四季検事に大ちゃんへの質問を打ち切られ、得られた情報を真宵ちゃんにまとめてもらおうと思った時だった。

 ふと、裁判長席の方を見ると、紫さんが眉間に少ししわを寄せて小難しそうな顔をしている。……なんか、嫌な予感がするな。

 

 すると突然、法廷に木槌の音が響き、それと同時に紫さんが口を開いた。

 「そこまで! 犯行直後の決定的な証言が出て来た今、本法廷は、これ以上の審理の続行を不要と判断するわ!」

 

「な、何ですって!」

 声に出さずにはいられなかった。これからが本番なのに、ここで打ち切られてしまっては、堪ったものではない。

 

 「ふふ。あなたにしては良い判断ね、紫。検察側も裁判長のご意向に賛成です。私も、これ以上の審理の続行は不要と判断します」

 四季検事は紫さんに便乗した。

 ま、まずい。このままだと本当に裁判が終わってしまう……どうにかして引き止めなければ。

 

 脳をフルで稼働させる。何かないだろうか。証言の突破口を見つけ、二人を納得させるような可能性は……。

 正直、向こうもかなり追いつめられているはずだ。現に、四季検事は大ちゃんの尋問の時に、何度もぼくの質問を遮って来た。今思えば、あれはぼくに情報を与えないための言い訳だったのかもしれない。今は、どんな可能性でもいい。突破口を探さなければ……!

 

 法廷記録を開き、ありったけの証拠を調べ直す。

 解剖記録、凶器のナイフ、現場写真、上面図、コルクボード……調べられるだけ調べつくした。しかし、これといった情報や、証言とのムジュン点は一切見つからない。

 

 「……弁護人。もう諦めなさい」

 焦った様子で、証拠品を何度も調べるぼくのことを見かねたのか、四季検事が口を開く。 

 その声色は、先ほどまで弁護席に向けられていた冷徹な声とは違い、どこか慈悲を感じさせるような声だった。

 

 諦める……確かに、この状況を覆すことは難しいかもしれない。けれど、ぼくは諦める訳にはいかない。

 裁判が始まる直前、咲夜さんと約束したじゃないか。“最後まで諦めずに戦い抜く”と。

 ……ぼくは、こんな所で立ち止まっていられない。今は進むしかないんだ。この道を、真っすぐに!

 

 「……残念だけど、弁護側からの反論は無いようね。それでは、これを持って尋問を終了して、判決に……」

 

 「異議あり!」

 紫さんがすべてを言い終わる前に、異議をはさむ。

 「裁判長、弁護側の立証はまだ終わっていません!」

 「なっ……!」

 勝利を確信し、ほくそ笑んでいた四季検事の表情が崩れた。

 

 「先ほどの証言……そこに、一つだけ、ムジュンが潜んでいるのです。弁護側は、そのムジュンを指摘する準備があります!」

 

 「異議あり!」

 四季検事が異議をはさむ。

 「弁護人、残念ですが手遅れです。もう審判は下された。今さら何を言ったところで無駄なのです。裁判長、早急に判決を下してください」

 四季検事が裁判長席の方を見てそう言った。

 

 「……検察側の要望を却下するわ」

 しかし、そんな彼女の要望を、紫さんはピシャリと否定する。

 「な、なぜですか、審理の必要性が無いといったのはあなたです!」

 「確かにそういったわね。でも、たった今、状況は変わった」

 「い、一体何が変わったというのですか?」

 

 「……“可能性”よ。私が審理を終了するといったのは、もうこれ以上は新たな意見が出てくることはないと判断したから。だけど、今は違う。弁護側によって、新たな見解が提示されようとしているこの状況で、審理を中断することは出来ないわ」

 彼女の言葉に、四季検事は少し屈服したような顔になる。

 「裁きの庭である法廷で、間違った結論が出されることは、絶対にあってはならない。どんな状況であろうと、議論の場に新たな可能性が生まれたら、私たちはそれを徹底的に追究しなくてはならないわ」

 静かに口にする紫さん。

 

 「と、言うわけで、弁護側に発言のチャンスを一度だけ与えるわ」

 チャンスは一度きり……大丈夫、それだけあれば十分だ。

 「く……どうせ、弁護人の発言など、ハッタリに過ぎません!」

 悔し紛れの独り言をつぶやく四季検事。

 確かに、さっきの発言は、ただのハッタリだ。だけど、根拠のないハッタリではない。あと少し、手がかりがあれば何かが掴める。ピンチはチャンス。今こそ笑う時だ、成歩堂龍一!

 

 すると、ぼくの声を聞いた紫さんが木槌を鳴らし、ぼくに問いかける。

 「では、弁護側に問うわ。先ほどの証言のムジュンを示す証拠品とは?」

 そういった紫さんに対して、ぼくは首を横に振った。

 「いいえ、裁判長。弁護側が提示するのは、証拠品ではありません」

 「ど、どういう事かしら……?」

 てっきり証拠品を提出すると考えていたのだろう。紫さんは驚いた様子を見せる。

 

 「先ほどの弁護側の発言は、ハッタリだった……と言ったところでしょう。証人の話とムジュンする証拠品など、存在するはずがないのですから」

 

 「異議あり!」

 四季検事の言葉をさえぎるように異議をはさむ。

 「確かに、現時点で証人の証言とムジュンするような証拠品は提出されていません。しかし、証拠品以外ならどうでしょうか?」

 「証拠品以外で、ムジュンを解く? 一体何を使うというのですか?」

 「……“証言“ですよ。四季検事」

 「証言?」

 

 「証言台に立った証人は、場の空気のせいから緊張状態に陥ることがあります。ましてや、証人はまだ幼い。法廷で証言するとなっただけでも、かなりのストレスがかかるはずです。すると、自分でも気が付かないうちに、証言にムジュンが生じることがあるのです」

 「証言同士のムジュンですか……。なるほど、確かに一理あります」

 四季検事が、納得したような表情を見せた。

 

 「……では、説明してもらいましょう。証人の証言に隠されたムジュンについて!」

「分かりました。先ほど証人は、被告人が被害者のすぐ正面に立っていたと証言しました。ここから推測する限りでは、被害者は正面から刺されたということになります。しかし、同時に、“被告人の服に返り血は付着していなかった“と証言しています。正面から人を刺す。当然ながら、返り血が刺した人物の元に降りかかるはずです。しかし、被告人の服に血は付いていなかった。これは、大きなムジュンです。このことから、被告人が被害者を殺害したという可能性は極めて薄くなると考えられます」

 

 「異議あり!」

 四季検事が割って入る。

 「確かに弁護人の推理は筋が通っているようです。被告人が被害者を刺した可能性は極めて低い。しかし、それはあくまでも“正面”からの話です」

 「どういう事でしょうか?」

 

 「発想を逆転させるのです。正面から刺せなかったのであれば、後ろに回り込んで刺せばいいと。弁護側が先程説明したように、真正面から人を刃物で刺すと、当然ながら返り血が飛びます。しかし、背後から刺せばその心配は無用です。被害者の体が盾代わりとなり、返り血が服に跳ぶのを遮ってくれるからです」

 

 「異議あり! 検察側の主張は、ある証拠品とムジュンしています!」

 背後に回って被害者を刺した。もっともな意見に聞こえる。しかし、この主張、一つ穴がある。

 

 ぼくは、法廷記録からナイフについてのデータを取出し、続ける。

 「これは、凶器のナイフについての調書です。ここに “ナイフのグリップの部分から、順手で握られた被告人の指紋を検出”と書かれています。検察側の主張では、被告人が背後に回り込んで被害者を殺害した、とされています。背後に回り込んで刃物を突き刺す、そのためには、ナイフを逆手に持たなければなりません。しかし、凶器のナイフに付いた指紋は順手でした。これでは、背後からも被害者を殺害することは不可能なのです!」

 

 「ぐ……私としたことが、見落としてしまった」

 四季検事が机に突っ伏し、悔しそうな声を上げる。その様子から察するに、もう反論してくる気配はない。山場は越えたようだな。

 

 

 

 「……どうやら、私たちは大きな壁にぶつかったみたいね」

 しばらくの間、何かを考えていた紫さんだったが、やがて口を開き、そう言った。

 「被告人が犯行を犯した疑いがあるのは、はっきりしているわ。その証拠に、ナイフに指紋が残っている。しかし、弁護人は、被告人が犯人ではないと主張した。被告人の服には返り血が飛んでいないことがそれを証明している。どうやら、私たちがこの事件の真相にたどり着くには、まだ情報が少ないみたい」

 そこまで言うと紫さんは検事席の方を見る。

 

 「映姫。どうやら、今の時点で判決を下すことは難しいようね」

 「ば、バカな……この私の立証が崩れるとは……」

 紫さんにそう言われ、検事席からはより一層悔しそうな声を上がる。

 

 「よし、決めた。審理はいったん中断とするわ。二人にはこれから再調査に出かけてもらいましょう。審理の再開は今晩、午後十時、それで問題ないわね?」

 紫さんが、弁護席と検事席を交互に見る。

 

 「弁護側、異議なしです」

 「……検察側も、異存はありません」

 四季検事は、突っ伏したままの姿勢で力無くそういった。

 「よし、問題ないようね。それでは、今回はここで休廷!」

 紫さんが木槌を打ち鳴らす。何とか耐えきれたようだ。

 

 

 

 紫さんは閉廷を宣言すると、さっさと法廷を後にした。

 ぼくと四季検事は、いまだに緊張が抜けないのか、お互いに席から離れられないでいた。

 「……成歩堂龍一、と言いましたか。一つ聞きたいことがあります」

 不意に、四季検事がぼくに言葉をかける。

 「何でしょうか?」

 

 ぼくがそう答えると、四季検事は、何かを考えるような顔を作った、今から質問を考えているのだろうか。

 「……すみません。何でもありません」

 しばらくの間、彼女はうつむいていたが、顔を上げると申し訳なさそうな表情を作り、首を振った。

 

 「次の審理、覚悟しておくことですね」

 四季検事は、吐き捨てるように言うと、検事席を後にする。

 

 「……こちらこそ、望むところです」

 

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