逆転裁判 〜東方法闘録〜 小説版   作:タイホくん

3 / 5
序盤、終盤の控室シーンは、変更の予定がないので、そのまま掲載します。

※証拠品用の画像の著作権及び著作者人格権は著作者に所属します。
無断転載等を行わないようお願いいたします。


第2話 旧法廷パート 後半

【同日 午後10時 裁判所第2法廷】

 法廷に着いた時には、すでに紫さん以外の面々が、それぞれの位置についていた。咲夜さんは、小町さんと共に被告人席に座り、四季検事は相変わらず不機嫌そうな感じで検事席にいた。昼間のことをまだ根に持っているのだろうか。

 

 「……成歩堂弁護士。今回は私も手を緩めるつもりはありません。場合によっては切り札を切るつもりです。押し切られないように気を付けると良いでしょう」

 挑発の意味も込めてか、四季検事が嫌味っぽく発言した。

 「望むところです。こちらも負けるつもりはありません」

 

 対抗して、ぼくも胸を張って堂々と言い切った。士気で打ち負けているようでは、この先が心配だ。正直な話、検察側の切り札の存在が何よりも怖い。朝霧さんが言う決定的な記憶……出来ることならば使われる前に勝利を収めたいのだが、果たしてどうなることか……。

 それから数十秒も立たないうちに、裁判長席の後ろにスキマが空き、紫さんが現れた。

 

 「これより、十六夜咲夜の審理を再開するわ」

 木槌を打ち鳴らし、開廷の宣言をする。

 「弁護側、準備完了しています」

 「検察側、万事滞りなく」

 双方ともに準備完了の旨を伝える。それを確認した紫さんは、話を続ける。

 

 「先の審理では、被告人が被害者を殺害するのは状況的に厳しい、という結論で終わったわね。さて、その後の調査の進捗はどうかしら?」

 「検察側は、先ほどの審理でもあげた、二人目の目撃者から再度話を伺いました。さらに、今回の審理で証人として召喚する予定です」

 「なるほど。弁護側はどうかしら?」

 続けて、ぼくに紫さんが問う。

 「弁護側は、主に被告人の事件当夜の行動について、再度洗い直しました」

 「了解したわ。さて、では検察側の証人召喚から始めましょうか」

 「では、いっぷく堂の店員である、餅田桜さんを入廷させてください」

 四季検事がそう言うと、後ろにある扉が開かれ、桜さんが入廷してきた。すぐに証言台に立つ。

 

 「証人、名前と職業、種族を答えてください」

 「名前は餅田桜と言います~。種族は人間で、いっぷく堂の店員をしています~」

 桜さんは、相変わらずのほのぼのとした口調で質問に答える。

 

 「証人は、事件当夜、現場奥の厨房から事件を目撃した。間違いありませんね?」

 「はい~。この両の眼でしっかりと~」

 「では、その時のことについて証言をお願いします」

 「かしこまりました~」

 桜さんは一礼すると、証言を始めた。

 

「事件があった時、私は奥の厨房にいました~。厨房では、咲夜さんにお出しするお茶の用意をしていました~。でも、薪が無かったので、咲夜さんにとりに行ってもらいました~。その後しばらくすると、奥から物音がしたんです~。覗いてみると、なんと~! 薪を取りに行ったはずの咲夜さんが、茶太郎さんに向けてナイフを突き立てていたのです~」

 

 「証人は、大妖精さんとは違い、現場と同じ建物の中から事件を目撃しています。信憑性はより高いと言えるでしょう」

 証言を聞き終え、四季検事が涼しい顔で言った。

 「確かに、信憑性は高いようね」

 うう、少しばかりではあるが、紫さんは今のところ検察側の肩を持っているな……何とか尋問でひっくり返さなければ。

 「では、弁護人。尋問をお願いするわ」

 「分かりました」

 

 「桜さん、あなたは、客人であるにも拘らず、咲夜さんに薪を運ばせました。それはなぜですか?」

 まずは、一番疑問に思っていたことをぶつけてみた。目撃証言とは関係ないが、聞き出しておきたい。もしかしたら、現場から遠ざけるためという可能性も否定出来ないからだ。

 

 「なんで、と聞かれても~。なんとなく頼んだだけです~。断られたら自分で行けばいいと思って頼んだら、快く引き受けて下さっただけの話です~」

 「しかし、それなら咲夜さんではなく、茶太郎さんに頼めばよかったのではないでしょうか?」

 「そ、それは~その~」

 何気なく聞くと、少し口ごもった。なんだ、何か事情があるのだろうか。もう少し突っ込んでみよう。

 

 「茶太郎さんが運べなかったのには何か理由があるのですか?」

 「それは~その……」

 「それについては私が説明しましょう」

 口籠る桜さんに対し、四季検事が口を開いた。

 

 「被害者は、事件が起こるひと月ほど前に、足を捻挫していたのです。恐らく、事件当夜もまだ傷は癒えていなかったのでしょう。だから、薪を運ぶことが出来なかったのです。そうですよね、証人?」

 

 「え、ええ! そのとおりです~。茶太郎さんったら、歩いている時に捻挫しちゃって~まだそれが治っていなかったんです~」

 「そう、ですか」

 ……どうにも、桜さんの態度が引っ掛かる。まるで、四季検事の発言に合わせて怪我をしていると言ったように感じ取れる。本当に怪我をしていたかどうか、怪しいものだな。

 

 「では、次に……物音がしたと話していましたが、具体的にどのような音だったのですか?」

 「えっと~。たしかガタガタという音がしました~。今思えば、呻き声のような声が聞こえたような気も~」

 「呻き声、ですか」

 「恐らくは、被害者の声でしょうね。被告人に刺された時に漏れ出たのでしょう」

 四季検事が言った。

 

 「異議あり! 心臓をナイフで刺されたのならば、呻き声程度ではすみません。もしかしたら証人の聞き間違いだったのではないでしょうか?」

 「異議あり! 弁護人、先入観で物事を話すのはやめなさい。人間が刺されたからと言って、必ずしも悲鳴を出すとは限りません」

 「しかし!」

 「では、あなたは、被害者が呻き声ではなく、悲鳴を出したという証拠を提示できるのですか?」

 「それは……」

 うう、そんな証拠提示できるわけがない。

 「出来ないのでしょう? ならば、諦めなさい。重要なのは、被害者が被告人に刺されたという事実のみ。呻き声がしようが悲鳴がしようが関係ないのです」

 こうもきっぱりと言い切られてしまうと、これ以上の反論のしようがない。ここは引き下がるのが無難だな。

 

 さて、次の質問はどうしたものか。……そういえば、現場を見に行ったときに思ったが、あの厨房は、被害者が倒れていたところから見ると、丁度死角になっていたな。それなのに、なぜ桜さんは、現場の様子を知ることが出来たのだろうか?聞いてみる価値はあるな。

 質問を投げかける。

 「桜さん、あなたは、厨房から事件を目撃したと話していました」

 「はい、その通りです~」

 「しかし、桜さん。厨房から現場を見ようとすると、丁度死角になって見えないようになっているのです。しかし、あなたは現場の様子を知っている。このことについて、納得のいく説明をお願いします」

 

 「ああ、お話しするのを忘れていましたね~。実は、うちのお店、少し模様替えをしていて、事件のあった日、現場の所に鏡が置いてあったんです~」

 「鏡?」

 「はい。私と茶太郎さんが両端をもってようやく運べるような重た~くて、大き~い鏡です。これなら厨房からでも現場の様子が見えるんです~」

 鏡が現場においてあって、そこから目撃した。もっともらしく聞こえるが……いや、違う。この話は、あの証拠品とムジュンしている!

 

「異議あり!」

 考え終わると同時に言葉が出た。桜さんは嘘をついている!

 「現場におかれた鏡を使って、事件を目撃した。それは有り得ないんですよ」

 「有り得ないですって?」

 余裕たっぷりな雰囲気で証言を聞いていた四季検事の顔が少し歪んだ。

 「桜さん、ぼく達が現場の調査に行ったときにあなたはこう話していました、“うちの店の土間はとても柔らかい”と」

 「そ、それが何か~?」

 ゆったりとした口調こそ保っているが、桜さんが明らかに動揺した態度を見せた。彼女はやはり嘘をついている!

 

 「いいですか。現場となったフロアは床が土でできている土間です。この土間は先ほど申し上げたように非常に柔らかく、軽い人が踏んだだけでも痕が残ります。ところが……」

 と言って、ぼくは現場写真を取り出す。

 「現場を移したこの写真には足跡しか写っていない! つまり、あの現場には鏡なんて置かれていなかったのです!」

 

 「異議あり!」

 そこに四季検事が異議を挟んだ。

 「確かに、現場写真には鏡を置いた跡は残っていないようです。しかし、考えても見てください。現場は、捜査された際に多くの人たちが踏み入っています。それだけ踏み荒らされてしまえば、鏡の跡が消えるの当然なのでは?」

 

 「異議あり! では、この写真が撮られた時間を教えてください」

 「時間?」

 「もしもこの写真が、現場の捜査が始まる前に撮られた写真ならば、現場はまだ捜査員たちによって踏み荒らされていなかったことになります。その前後関係を明確にしない以上、検察側の主張は通りません!」

 

 「どうなのかしら?」

 紫さんが四季検事に聞いた。

 「ぐ。分かりました。すぐに確認させましょう」

 彼女は、やや苦しそうな表情のまま、小町さんに用件を伝え、警察署までひとっ走りさせた。そして数分後、小町さんがやや青ざめた顔をして法廷に戻ってきた。この時点で、廷内にいる全員が結果を察していたのは言うまでもない。

 

 「……写真は、捜査が始まる前に撮影されたそうです」 

 四季検事が机に顔を突っ伏し、一言そう漏らした。

 「これではっきりしました。やはり、現場には鏡は置かれていなかった。つまり、桜さん、あなたの証言は真っ赤な嘘だったということです!」

 「ぐ……」

 不機嫌そうな顔を桜さんはした。

 「でも、これじゃあ、事件の当時の現場の様子があやふやになってしまったわね。桜さんは嘘をついているし、大妖精ちゃんは現場の外からしか目撃していない。どうしたものかしら……」

 

 紫さんが、悩ましそうな顔をしながら発言した。

 「裁判長。ここで弁護側から一つ提案があります」

 「何かしら?」

 「現在の証人の発言については、信憑性に欠けます。そこで、弁護側は、被告人の証言を提案します」

 「異議あり! 証言に信憑性が無いのは被告人も同じです。却下するべきかと」

 「検察側の主張を却下するわ」

 四季検事の申し出を、紫さんはあっさりと取り下げた。

 

 「なぜですか? 信憑性に欠けるのは被告人も同じです」

 「確かに被告人の証言を信じることは難しいわ。でも、彼女から話を聞かないと、他に事件当時の現場について証言できる人がいなくなってしまう。よって、検察側の異議を却下し、弁護側の意見を受け入れるわ。被告人は証言台に移って頂戴」

 裁判長である紫さんの言葉には、さすがの四季検事も刃向えないのか、ここで大人しく食い下がった。仕方なく、咲夜さんを証言台へ通す。

 

「誠に遺憾ではありますが……裁判長の命とならば仕方ありません。被告人、名前と職業、種族を述べてください」

 咲夜さんは一礼し、身分を答える。

 「十六夜咲夜と申します。紅魔館でメイドを務めさせていただいております。種族は人間です」

 「弁護人、証言して欲しいことを被告人に伝えて頂戴」

 「分かりました。では、現場の様子、それと事件当時のあなたの行動について証言してください」

 「かしこまりました」

 証言が始まる。

 

 「あの晩、私はお嬢様に命じられて香霖堂に備品の買い出しに向かいました。その際、偶然桜様とお会いしたのです。その時、桜様にお茶に誘っていただきましたので、お招きさせていただきました。いっぷく堂には何度かお伺いしたことがありましたが、あの晩も、店は普段と何ら変わりありませんでした。勿論、鏡なども置いてありません」

 証言を聞いていた桜さんが、露骨に不機嫌な顔をした。嘘を吐いていたとみて間違いないな。

 「いっぷく堂に着くと、桜様がお茶を淹れるために二分ほど席を外されました。しばらくすると、桜様から、“薪が切れて来ているので取って来て欲しい”と依頼されました。そのまま私は、少し離れた薪小屋まで薪を取りに向かいました。店内に戻ったころには、茶太郎様はすでに息絶えておられました。不覚にも、状況がすぐに理解できなかった私は、思わず茶太郎様の前に立ち尽くしてしまいました。その後、桜様の悲鳴が聴こえ、私はその時ようやく、事のすべてを理解したのでございます」

 

 「現場には鏡は無かった……桜さんの証言と真逆ね」

 紫さんが言った。

 それに、咲夜さんの行動も微妙に違う。桜さんの証言では、咲夜さんは現場に残り、茶太郎さんを殺害したということになっている。しかし、今の証言では、咲夜さんは建物の外にいて、薪を運んでいたことになっている。……一体どちらが正しいんだ。ぼくとしては彼女のことを信じたい。どうにかして彼女が薪を運んでいたことを証明できればいいのだが……。

 「では、弁護人。尋問を」

 「分かりました」

 

 「では、最初に。現場には鏡が置かれていなかった。間違いありませんね?」

 「はい。断言できます」

 「では、現場の土間はどの様な感じでしたか?」

 「足跡まみれになっていました」

 ふむ。足跡まみれというのは同じか。

 

 「質問を変えます。桜さんが薪を取ってくるよう頼んだ時、桜さんは厨房から姿を見せましたか?」

 「いいえ、作業をしていらっしゃったので、厨房からは出ていらっしゃいません」

 桜さんは姿を見せなかった。もしかしたら、この間に凶器を用意していたのかもしれないな……。

 さて、聞きたいことはだいたい聞けた。だけど、もう少し証言が欲しい。……そうだ、ダイイングメッセージについて聞こう。

 「現場に戻った時に、茶太郎さんの側にダイイングメッセージは書かれていましたか?」

 「はい。私が現場に戻った時にはすでに。足のつま先の辺りにI・Sと」

 「もう一点。薪を運ぶのにかかった時間はどれくらいでしょうか?」

 「およそ五分です」

 「五分ですか。小屋から店まで距離はあまりないように思えますが……」

 「そ、それは少々トラブルがありまして……」

 「トラブルですか。一体何が?」

 「そ、それは……」

 咲夜さんはいつになく動揺している。薪を運ぶ五分間の間に一体何が?

 廷内が妙な雰囲気になりつつあった。それに、なんだか少し寒気がするような……。

 横目で真宵ちゃんの方をちらりと見ると、彼女も寒気を感じているのかぶるぶると震えている。

 な、なんなんだ……尋問に集中したいのに。

 今日一日、幻想郷を回ってみたが、冷房設備の類はどこにもなかった。つまり、この寒気は空調の故障なんかが原因じゃない。じゃあ、一体どこから……。

 

 その時、法廷の出入り口の扉がガタガタと揺れ始めた。言い争うような声も聞こえる。

 音につられてそちらを見ると、なにやら白い煙のようなものが扉の下にある隙間から漏れ出ている。ライブとかで見るドライアイスの煙みたいなあれだ。

 あれがこの寒気の原因なのか?

 

 そう思ったのもつかの間、揺れていた扉がついに破られた。

 「あたい、参上!」

 すると、どこか大ちゃんに似た雰囲気の女の子が飛び出てきた。

 

 「あ、貴方は……湖の氷精!」

 その姿を見た四季検事が叫ぶ。

 

 ……どうやらこの裁判、思っていたよりもハチャメチャになる気がするな。

氷精と呼ばれた女の子を見て、ぼくは背筋が凍るような気がしてならなかった。

 

 紫さんと四季検事は、この氷精とやらと知り合いの様だ。二人とも目を見開いて驚いている。

 

 「お前ら、なにやってるんだ、こんな所に籠もって?」

 少女は、首を傾げながら、少しずつこちらに歩み寄ってきた。やがて、証言台に立っている咲夜さんを見つけると、「あ! オマエ、昨日の晩はどうしたんだよ!」と言った。

 

 ……昨日の晩? もしかして、咲夜さん、この女の子と事件当夜に会っているのか?

 「待った! ちょ、ちょっと君、いいかな?」

 考え付いたとともに声に出した。……もしかしたら、今ぼくはこの事件を大きく動かすキーパーソンを目の当たりにしているかもしれない!

 

 「お? なんだおまえ。あたいは君、なんて名前じゃないぞ。アタイはチルノ! さいきょーの妖精さ!」

 ガッツポーズをしてみせたチルノちゃんは、正直なところあまり強そうには見えない。せいぜいお山の大将程度の強さだと伺える。だが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 「チルノちゃん。昨日の晩、咲夜さんに会ったの?」

 「そうだぞ。人里の茶屋の前で、薪を運んでいる咲夜に会って、しばらく話をしたんだ!」

 何てことだ……ここに来てとんでもない証言が飛び出て来たぞ!

 

 「係官、早くその氷精を退廷させなさい!裁判の進行に影響が出ます!」

 四季検事は、チルノちゃんの証言を聞いた途端、慌てて係官に命令を下した。

 「異議あり!」

 ひとまず異議をはさむ。この証言を聞きのがすわけにはいかない!

 

 「四季検事。たった今、彼女はとんでもないことを話しました。事件当夜、被告人と事件とは無関係の第三者が出会っているのです。これは聞き逃せません。弁護側は、彼女の証言を要求します!」

 「異議あり! 裁判長、耳を貸す必要はないです。こんな妖精の証言など聞くに足りません。今すぐ退廷を!」

 

 「検察側の要請を却下するわ」

 「ぐうう!」

 四季検事が今回の審理で一番の動揺を見せた。これは好機と見た。チルノちゃんの証言をもう少し引き出せば、勝機が見えてくるかもしれない!

 「えっと、チルノ、あなたの話、もう少し聞かせてくれないかしら?」

 紫さんがチルノちゃんに言った。

 「話って、咲夜と会った時の話か?」

 「ええ、お願いできるかしら?」

 「モチロン! さいきょーのアタイは、証言もさいきょ―なのよ!」

 意気揚々とチルノちゃんは証言台に立ち、証言を始めた。

 

 

 

「あの晩は、友達の大ちゃんと人里に遊びに行っていたなー。でも気が付くと大ちゃんとはぐれちゃって、しばらく人里をうろついていたんだ。そしたら、薪を運んでいる咲夜に会ったから、しばらく話をしたんだ。その後、大ちゃんを近くで見つけたから一緒に帰ったぞ」

 

 「被告人、どうしてこのことを話してくれなかったんですか」

 チルノちゃんの証言が終わると同時に、咲夜さんに問いかける。

 「も、申し訳ございません。お話してしてしまったら、彼女に迷惑がかかってしまうと思い、軽率な行動をとってしまいました」

 

 ……本音を言うならば、留置所で面会した時にでも話しておいてほしかった。

 しかし、今回、唐突にチルノちゃんが乱入したことで、検察側の意表を突けたことに変わりはない。四季検事の様子から見ても、彼女はチルノちゃんの存在を知らなかったはずだ。なんにせよ、これはチャンス。逆転の糸口になりえる。

 

 「では、弁護人。尋問を」

 「裁判長、尋問の必要はありません」

 「あら、どうしてかしら?」

 「証人の証言によると、被告人は、事件当夜現場の外で、この証人と偶然出会ったことになります。その情報さえあれば、十分なのです」

 「十分……というと?」

 

 続けて紫さんが問う。

 「先の審理で、検察側が述べていた逮捕理由の中に、“時を止めている間にアリバイ工作をした上で、被害者を殺害した”というものがありました。しかし、被告人が証人と出会っていることで、その前提は根底から覆るのです」

 一息おいて続ける。

 「検察側が述べているアリバイ工作とは、時を止めて薪を運び終え、その後被害者を殺害したという事でしょう。しかし、被告人は証人と出会っている。被告人の能力は、時を止めている間、自分以外の全て物が停止します。検査側の主張通り、被告人が時を止めていたなら、チルノさんが被告人を目撃するのは不可能だったということになります」

 

 「異議あり! 確かに弁護人の主張はスジが通っています。しかし、まだ穴があります」

 検察側から負けじと反論が飛ぶ。

 「薪を運んだ時に時間が止められていない、ならば、逆の場合ならどうでしょう。被告人は被害者を殺害した時に時間を止めた。そう考えることもできます。人一人殺すのならば、時間を止めて居られる一分という時間は十分すぎるものでしょう。余った時間でダイイングメッセージを書き、薪小屋まで移動することも可能です」

 「異議あり! で、ですが、わざわざ自分の名前を書く犯人がいるでしょうか!」

 そうぼくが言うと、四季検事はやれやれと言いたげな顔で首を横に振った。

 

 「……弁護人は、ミスリードという言葉をご存知ですか?」

 「……ミスリード?」

 「被告人は敢えて自分の名前を書くことで警察の考えをミスリードしようとしたのでは無いでしょうか? わざわざ自分の名前を書き残す犯人はいない、と。被告人はこうすることで、自分に疑いがかからないように仕向けたのです。尤も、そのミスリードは失敗に終わったようですが……“策士策に溺れる”とはまさにこのことですね」

 

 涼しい顔で四季検事は言い切った。調子をすっかり取り戻している。

 ……これはマズい。逆転したと思ったらいつの間にかこちらが逆転されている……!

 

 ……目先の証言に気を取られて、逆の場合を考えていなかった。

 薪を運んでいる時に時間は止められていないと証明は出来るのに、殺害の時に時間を止めたと言われてしまえば、証明のしようがない! 何か……検察側の主張にムジュンは無いのか?

 

 「“何とか反論しなくては”そう考えているのでしょう。弁護人」

 ぐ、読まれている……。

 「無駄ですよ。もはや反論の余地はありません。それとも、まだお得意の“ムジュンがある”と主張するのですか?」

 今までの証言、主張にムジュンは……駄目だ、何もない……。

 「時には引き際も肝心と言います。諦めなさい」

 「期待していたのだけれど……これ以上何も出てこないならば仕方ないわね。チルノには退廷していただきましょう」

 落胆した様子で紫さんが告げると、チルノちゃんは係官に連れられ、法廷を去った。

 

 

 

 

 

 「さて、今この瞬間。全ての審議は尽くされた、私はそう判断するわ」

 「ようやく判決ですか……やはり私の思った通りでした。この被告人は有罪。それは最初から決まっていた運命です」

 四季検事は余裕綽々とでも言いたげな、ふてぶてしい笑みを浮かべている。勝利を確信している。

 駄目だ……言葉が出てこない! もう、ここで終わるのか?咲夜さんとの約束は果たせないのか?

 「では、被告人は証言台へ。判決を言い渡すわ」

 咲夜さんは、こんな状況でも落ち着き払っている。全ての罪を受けるつもりなのだろうか……うう、ぼくが不甲斐ないばかりに!

 「では被告人に判決を……!」

 木槌の音が鳴り響く……その直前のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「待った!」

 今、木槌が振り下ろされようとしたその時。またもや誰かの声がした。

 「その判決、少し待ちなさい!」

 「……あ、あなたは!」

 小さな体から生えた大きな羽のシルエットが法廷の扉前に現れた。

 やっと……やっと信じてきてくれたのか!

 

 「咲夜に罪をかぶらせはしないわ。その運命、私が変えて見せる!」

 紅魔館の主、レミリア・スカーレットはそう高らかに宣言した。

 

 「ここに新しい証拠があるわ!」

 

 「ここに新しい証拠があるわ!」

 突如法廷に現れたレミリアさんはそう言うと、ポケットから一枚の紙きれを取り出した。

 「あなたは……被告人の!」

 「お、お嬢様!」

 「ぬうう……! 小町は何をやっているのですか!」

 裁判長席、被告人席、検事席からも驚きの声が上がる。特に四季検事は、勝利まであと一歩というところを邪魔されただけあって、より一層大きな声を上げる。

 

 唖然とする面々をよそに、レミリアさんはこちらに闊歩してくると、紙きれをむんずと突き出す。

 「ほら、新しい証拠よ! これを提出させてちょうだい!」

 「異議あり! 裁判長。認可されていないものを証拠として扱う必要はありません! ましてや、この者は被告人の関係者です! 即刻退廷させ、判決を!」

 慌てて四季検事が言葉をかぶせる。

 「異議あり! 裁判長、新しい可能性が提示された以上、話を聞くべきです! 弁護側はその紙きれの提出、及びそれについての説明を要求します!」

 机をたたきながらこちらも言い張る。

 双方ともに必死の主張だ。どうなるかは裁判長の裁量次第。どちらに転ぶかは分からない。

 

 「……新しい可能性が提示された以上、審理を止めるわけにはいかない……弁護側の要求を受け入れるわ」

 「……ありがとうございます!」

 ……助かった。何とか首の皮一枚つながった。

 「ただし、彼女は被告人の関係者……いえ、それ以上の関係にある人物と言えるわ。彼女を救い出すために、偽造された物品を持ってきたという可能性も考えられる。今はあなたの勇気に免じて許可を出したけれど……万が一偽物だったなら、その時は分かっているわね?」

 紫さんはレミリアさんのほうを見て言う。

 

 「……どこからどこまで見られているのか。さすがスキマ妖怪ね」

 「あら、なんのことかしら?」

 紫さんに対して受け答えるレミリアさんの頬が、若干ではあるが紅潮している。

 「……まあいいわ。安心して頂戴。これは偽物なんかじゃないわ。あなたなら信じてくれるわよね、覗き魔さん?」

 「あら、ご挨拶だこと。ま、否定できないんだけどね」

 ……どうやら、ぼくの知らないところで、何かあったようだ。

 

 「……ぬうう! なぜ、こう何度もひっくり返されなければならないのですか!」

 一方の検察側は、ただ机をたたくことしかできない。決着がつこうとしていたところを邪魔されたのだから当然だろう。

 

 ……レミリアさんがつないでくれたチャンスだ。逃すわけにはいかない。どんなものが出てこようと、捌ききってやる!

 

 

 「……証人。名前、職業、種族。早く述べてください」

 ぶっきらぼうに四季検事が問う。よほど機嫌を損ねているのだろう。

 「レミリア・スカーレット。紅魔館の当主で吸血鬼よ」

 「それで、レミリアさん。その証拠というのは?」

 レミリアさんはこちらを見ると、少しばつが悪そうな顔をした。が、すぐに気を取り直すと、先程の紙きれを取り出す。

 

 「これは写真。うちの館にはパチュリー……魔法使いが住んでいて、その子が魔法の力を使って、館内を警備しているの。それで不審なモノが入り込んだら、結界が自動的に侵入者を捕らえるの。結界には念写能力も備わっていて、侵入者の顔を撮影できるようになっている。今回はネズミさんに逃げられてしまったのだけど……幸いなことに撮影だけは成功していたわ。で、この写真はそれを現像したものってわけ」

 「なるほど。仕組みは理解しました」

 ひとまず相槌を打つ。

 「さて、それじゃあ写真を見てもらいましょうか」

 すると、レミリアさんの手元にスキマが開き、そこを通じて紫さんが写真を受け取る。

 

 「これは……お茶屋の従業員の娘かしら?」

 目をしかめながら紫さんが言った。

 「ええ、そのとおりよ」

 「これを撮ったのはいつ頃かしら?」

 「事件があった日の夜……大体十一時五十分ごろだったかしら」

 「待った! レミリアさん。その情報、間違いありませんね?」

 「ええ。間違いないわ」

 

 「裁判長! これは重大……とまでは言い切れませんが、検討しなければならない証拠です。先ほどの証言では、桜さんは事件があった午後十一時五十分ごろ、現場奥の厨房にいたと証言しています。しかし、その写真に桜さんと思しき人物が写っている。これは明らかなムジュンです! 弁護側は彼女の証言を要求します!」

 こちらの要望を聞いた紫さんはしかめっ面をした。

 「……はっきり言って、この写真から今この状況をひっくり返すほどの事実が判明するとは話到底思えないわ」

 ……当然の反応だ。これはダメか……?

 「……しかし、先程の証言とムジュンしているというのもまた事実。私としては、疑問点はすべてなくしておいてから判決に移りたいのだけれど……検察側の意見を聞きたいわ」

 

 「……検察側、異存はありません。無駄な時間を浪費したくはありませんが」

 「よし、問題ないようね」

 木槌が打ち鳴らされる。

 「それでは係官。先ほどの証人を再度入廷させてちょうだい」

 

 「突然呼び出しちゃってごめんなさいね」

 紫さんが開口一番謝罪する。

 「構いませんが~、私にお話しできることは、すべてお話ししましたよ~」

 「いいえ、証人。あなたはまだすべてを話していない……いえ、それどころか嘘をついているかもしれない。ある人物がこのような写真を提出しました」

 桜さんに写真を提示する。

 「これは、なんですか~?」

 「あなたと思しき人物が写った写真です」

 「へ~」

 緩めの口調はそのままに、あまり興味がないような口調で桜さんが言った。しかし、顔に若干の動揺の色が見られる。

 「先ほどの証言では、貴方は厨房にいたと話していた。しかしどうでしょうか。同時刻にあなたと瓜二つの人物が紅魔館で目撃されているのです。これはどういうことでしょうか?」

 「それは~」

 「本当のことを話してください。偽証罪に問われるかもしれませんよ」

 

 桜さんは、しばしの間爪を噛んで、悩んでいた。嘘を貫き通すか、本当のことを言うか、そんな葛藤をしているように見える。

 「……分かりました。本当のことをお話しします」

 意を決したのか、彼女は少し真剣なまなざしになった。口調も緩い感じから、締まった感じの雰囲気に変わっている。さて、どうくるかな……。

 

 

‐証言開始‐ ~本当のコト~

 

 「実はあの晩、私は紅魔館に行っていました。館へは、お菓子用のレモンを採りに行っていました。息をひそめていたつもりでしたが……見つかってしまい、慌てて店に戻りました。

それ以外には、道中何も起こらなかったので、話す必要はないと判断し、黙っていました。

ただ……それだけの話です」

 

 

 「レモンを採るために紅魔館に無断で立ち入った……それって不法侵入じゃないですか!」

 ぼくは紅魔館の庭のことを思い出していた。確かに、あの館の庭ではフルーツが栽培されていた。

 「そのとおりです。その後ろめたさもあったのでつい、嘘を」

 桜さんは冷めた目をしており、どこか遠くを見ながら人差し指に短い髪をくるくると巻き付けている。先ほどと雰囲気が変わっているのも気になる。やはり彼女がこの事件の……。

 「……なんにせよ、貴方はこの後この件について話を伺うことになります。……覚悟しておくことですね」

 四季検事が少し威嚇をするように言った。検察側の取り調べの時にもこのことは言わなかったのだろうか。四季検事は、桜さんに対して少し敵意を向けていた。恐らく、彼女もうすうす気づいているのだろう。

 「では弁護人、尋問を」

 

 

 

‐尋問開始‐

 

 「お茶菓子用にレモンを採りに行ったそうですが、何を作っていたのですか?」

 「レモンパイです。新しい商品として作っていて、試供品を咲夜さんに食べてもらおうと思っていたんです」

 「なるほど。しかし、夜遅くに一から作るのは大変なのではないでしょうか。被告人と香霖堂で会ったのも偶然だったようです」

 「いえ、冷蔵してあるものを解凍するので問題ありません」

 ……少し引っかかる。

 「しかし、既に作ってあるならば、わざわざ取りに行く必要はないのでは?」

 そう聞くと、桜さんの顔が少し引きつった。動揺している。

 「それは……そう、トッピングです。トッピング用のレモンを採りに行ったんです」

 取って付けたような理由だが、桜さんはそう証言した。……どうにも嘘くさいな。

 

 「では次に……帰り道で何も起こらなかったから証言しなかった、とのことですが……それは本当ですか?」

 「はい。間違いありません」

 「……それだけの理由で証言するのを控えるのはやめなさい、証人」

 検事席から低く唸るような声がした。四季検事、かなり苛立っているな。

 

 さて、桜さんはたった今明らかにムジュンしている証言をした。でも……このムジュンを指摘してしまうとおかしなことになってしまうような……。

 ……いや、迷っている暇はない。今はとにかく前に進む。壁が現れたのなら、その場その場で打ち壊せばいい。怯むな、成歩堂龍一!

 

 不安な気持ちを押し込んで、ぼくは法廷記録から証拠品を取り出してつきつけた。

 

 「異議あり! その証言は決定的にムジュンしています!」

 

「む、ムジュンですか?」

 指を刺された桜さんが動揺する。

 「……念のため、もう一度確認します。証人、紅魔館からの帰り道では何も起こらなかった。間違いないですね?」

 「何度も言っているじゃないですか。間違いありません!」

 少し苛立ちながら、不愛想に桜さんが答える。

 「……これで確信しました。桜さん、あなたは嘘をついている!」

 

 そのまま証拠品をつきつける。そう、文々。新聞だ。

 「これは、今日の文々。新聞の夕刊です。この新聞の一面にこんな記事があります。“四月八日午後十一時五十分ごろ、霧の湖で小規模な爆発が発生”……と」

 桜さんの顔から少し血の気が引いた。図星に違いない。

 「証人、貴方と思しき人物が紅魔館に現れたのは十一時五十分ごろのことです。そして紅魔館と霧の湖はかなり近い距離関係にある。もしあなたが本当に紅魔館に行っていたのならば、爆発音を聞いていなければならない。しかし、証人。あなたは帰り道で“何も起こらなかった”と証言した。これについて、どう説明するつもりですか!」

 桜さんは、動揺のあまりグロッキーになってしまったのか、「あわわわ」と口に出している。

 

 「異議あり!」

 そこに四季検事が異議を挟む。

 「どうやら、弁護人は自分自身で犯した過ちに気づいていないようです」

 「どういうことですか?」

 「証人は紅魔館に行ったのにもかかわらず、爆発音を聞いていない。……これはこの証人が紅魔館に行っていないということを示している。つまり、先程提出された写真は何の意味も持たないということです!」

 「い、異議あり! ですが、写真には確かに証人が写っている! 彼女が紅魔館にいたことは明白です!」

 「異議あり! しかしそれでは爆発音を聞かなかったという点に説明が尽きません。これについて、どう説明するつもりなのですか!」

 「ぐ……ぐおおお!」

 

 

 

 「……一度状況を整理してみましょうか」

 しばらくして、紫さんが口を開いた。

 「先ほど紅魔館の主から提出されたこの写真。これには証人と思しき人物が写っている。しかし、彼女は紅魔館からの帰り際に爆発音は聞いていないと話した。もし本当に彼女が紅魔館に行っていたならば、爆発音を聞いていてしかるべき、というわけね」

 「裁判長の仰る通りです。つまり、先程提出された写真はもはや何の力も持たない。写真に写っていた人物は他人の空似だったのでしょう」

 「う……」

 「やはり事実は何も変わらなかった。被害者を殺害したのは被告人。そして、証人はその犯行の一部を目撃していた。これこそが真実なのです!」

 「……どうやらそのようね」

 こちらが反論してこないところを見て、紫さんが頷いた。

 ……ここまでか。……いや、まだあきらめるには早い。考えるんだ! できる限りの可能性を!

 

 あの写真に写っている人物を桜さんだと仮定しよう。なぜ、彼女は紅魔館の前に現れる必要があったのか? 

……一つ考えられるのはアリバイ工作だ。もしも彼女が真犯人だとした場合、言い逃れをするために、アリバイを作る必要がある。そのために紅魔館に移動したと考えるならばどうだろうか?

そもそも幻想郷にはカメラというものがあまり存在していない。経緯はともかくとして、桜さんが紅魔館の防犯システムの存在に気づいていたとしたら、それを利用できると考えたのだろう。

 

彼女が紅魔館の前に現れる理由は思いついた。……でも、まだ問題がある。紅魔館で目撃されて、午前十二時までに現場に戻るためには、紅魔館から人里を十分程度で往復しなければならない。

しかし、調査のために人里から紅魔館まで移動したときは、片道で四十分はかかった。往復するとなればさらに時間がかかるのは容易に想像できる。十分間で往復するなど、人間にできる所業ではない! 替え玉でも用意しない限り、ほぼ同時刻に二か所同時に現れることなんて……まてよ、替え玉?

 

替え玉、という言葉が頭の中で引っかかった。替え玉……そうだ、それだ! 調査の時に知ったあれを使えば、往復時間の問題も、爆発音が聞こえなかった理由にも説明がつく!

 ……いや、それどころか、凶器の謎についても解決できるかもしれない!

 

「しばらく待ってみたけれど、弁護側からの反論はないようね。……では、これをもって、この証人への尋問を終了し―」

 「待った!」

 机を思いっきり叩いて紫さんの言葉を制止する。

 「裁判長! 弁護側は新たな可能性を提示する準備があります!」

 「異議あり! ふん。今更何を。写真に写っていた人物は証人によく似た人物だったのです。この証拠品にはもはや何の力もない!」

 「異議あり! 何の力もない、それは違う! この写真はある一つの可能性を示しているのです!」

 「ほう……面白い。聞かせていただきましょう」

 ……今ぼくが答えるべきことは、桜さんが替え玉になりうるものを用意できたということだ。これまでの調査で得た情報を総合すれば答えは導かれる!

 

 ぼくは机をたたく。そしてそのまま人差し指をつきつけた。

 「この写真から導かれる一つの可能性。それは……!」

 

 ……突拍子もない発想だというのは自分でも理解している。

 現実世界では絶対にありえない主張……だけども、妖怪の類がいる幻想郷ならば十分にあり得る可能性。

 怖気づく必要はない。今は叫ぶんだ!

 

 机を叩きなおし、口を開く。

 「この写真から導かれる可能性。それは……」

 そこまで言うと、ぼくは証人席のほうへ向かって思いっきり指をつきつけた。

 「この証人が、吸血鬼である可能性です!」

 「きゅ、吸血鬼!?」

 紫さんが、叫ぶ。

 

 「異議あり! フン。戯言も休み休み言いなさい、弁護人。この証人が吸血鬼? そんな証拠はどこにも存在しない!」

 「異議あり! 事件発生当時、同時刻、まったく別の場所に瓜二つの人物が現れるには、この方法しかないのです!」

 「なんですって……?」

 「これは調査で知った情報なのですが……実は吸血鬼には、“分身”する能力が備わっているそうです」

 「ぶ、分身……?」

 「自分のしもべであるコウモリたちを大量に呼び寄せ、自身の分身を作り出す。吸血鬼ならば誰でもできる技だそうです。ですよね、レミリアさん?」

 「え? ええ、そうね」

 急に話を振られたのに驚いたか、レミリアさんは目を丸くしてこちらを見た。

 

 「なんだったらここで実践してあげるわ」

 と言うと、レミリアさんは右手を上げる。すると、どこからともなく無数のコウモリが飛んできて、一か所に集まり始めた。コウモリの羽音が何重にも重なって、廷内に響き渡る。

正直うるさい。

 しばらくすると、少しずつ黒い塊が人型を形成し始め、やがてレミリアさんそっくりの分身が出来上がった。

 「……御覧の通りです。証人が吸血鬼ならば同じ芸当が可能でした。そして、この吸血鬼を紅魔館に向かわせれば、同時刻、まったく別の場所に瓜二つの人物を出現させることができるのです!」

 

 「異議あり! 確かにあなたの言うことは正しいようです。しかし、証拠がありません。法廷でモノを言うのは証拠品のみ。忘れたわけではあるまいでしょうね?」

 やや嫌味な目線を四季検事はこちらに送る。でも無駄だ。こちらも、腰に手を当て、胸を張り、対抗する。

 「ええ、もちろんです。裁判長、弁護側は証拠品を提示する準備があります!」

 「あら、分かったわ」

 紫さんはそう言うと、木槌を振り下ろす。

 「では弁護側に証拠を提示してもらうわ。この証人が吸血鬼であることを示す証拠を!」

 

 簡単だ。調査の終盤に見つけたあの証拠品をつきつける!

 心の中で「くらえ!」と叫びながらつきつける。

 

 「その証拠品は、これです!」

 「そ、それは……写真たてのようね。中の写真は随分と黄ばんでしまっているみたいだけど」

 「ええ、その通りです。被害者の自室で発見しました。御覧の通り、この写真はかなり黄ばんでいる。撮影されたのは十数年以上前だと推測できます」

 「異議あり! その写真が古いのは見ればわかることです。あなたはさっさと指摘するのです。その写真のどこを見れば、この証人が吸血鬼であることが分かるか。さあ、答えるのです!」

 「……分かりました。この写真で注目すべき場所、それは写っている証人自身です!」

 

 「証人自身……見たところ、今と何も変わらないように思えるけど……あっ!」

 写真を凝視した紫さんが、自分で言ったことのおかしさに気づいたようだ!

 「そう。その通りです。この写真は時間の流れと決定的にムジュンしているのです。明らかに昔に撮られたであろう写真。そのことは、写真の黄ばみ具合と、若かりし頃の被害者が写っていることから分かるでしょう。しかしどうか。写真の中に写っている証人は今と見た目が全く同じです! そして、これが意味するところ……答えは一つです」

 ぼくは指をつきつけた。

 「証人はやはり吸血鬼だった! だからこそ、時間が経過しても容姿に一切の変化がないのです!」

 「ぐううううっ!」

 証人席から悲鳴が聞こえた。

 

 「異議あり! 証人が吸血鬼であったことは認めましょう! しかし、なぜ彼女はこんな面倒なことをしたのか! 検察側は、弁護側にその理由の説明を求めます!」

 なぜ、そんな面倒なことをしたのか。理由は明白だ。……そろそろ潮時なのかもしれない。

 

 四季検事の言葉に頷き答える。

 「お答えしましょう。なぜ、証人はこのような不可解な行動をとったのか。その理由は……アリバイ作りの為です」

 「あ、アリバイ作り……?」

 「証人は当初、事件現場の厨房から事件を目撃したと証言するつもりだったのでしょう。しかし、途中で不安になったのか、彼女は自らの分身を作りそれを紅魔館に向かわせた。事件発生当時、自分は現場にいなかったことにして、アリバイを作りたかったのでしょう。しかし、そこで思わぬハプニングが起こった」

 「霧の湖の爆発事故ね」

 「その通りです。吸血鬼が作り出す分身はあくまでもしもべのコウモリを集めただけの存在。物事を話す手段を持たないコウモリから彼女は爆発があったことを知ることができなかった。もし、彼女に双子なんかがいて、その人物を替え玉に使われていたらこの情報を教えられていたかもしれません。そうしたら、分からずじまいだったでしょう」

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさい、弁護人。あなたの話ぶりだと、まるでこの証人が犯人であるようではないですか」

 四季検事が、やや狼狽した声で言う。

 

 「……ええ。その通りです。……弁護側は、この証人を告発します。この事件の真犯人として!」

 

 「……ええ。その通りです。……弁護側は、この証人を告発します。この事件の真犯人として!」

 ……正直、勢いで言っていることは否めない。でも、ここで捕まえないと逃げられてしまう! 今は彼女をこの法廷にとどめておかないと!

 

 「異議あり! ……やってくれますね、弁護人。しかし、そんな行き当たりばったりの告発が通るとは思わないことです!」

 四季検事は怒りの炎を燃やしている。自分の思い通りにならないからだろう。

 「残念ですが、弁護側の主張には大きな穴があります!」

 四季検事は拳で机を叩く。

 「穴、ですか」

 「ええ。凶器についた被告人の指紋。忘れたとは言わせませんよ」

 ……凶器の指紋、か。まあ、予想通りの返しだな。

 

 「さらに言うならば、凶器の調達方法についても解明されていません」

 「凶器の調達方法?」

 「ええ、その通りです」

 首肯する四季検事。

 「今回の犯行に使われたナイフは、被告人自身の所有物でした。わざわざ鍛冶屋に頼み込んだ特注品。それはそれは大事に扱っているそうで。常に肌身離さず持ち歩いていると聞いています。そうですよね、被告人?」

 検事席から被告人席に視線が飛ぶ。

 

 「は、はい。仰る通りでございます。刃物は危険ですから、常に取り扱いに注意し、盗まれないよう管理しております」

 四季検事はそれを聞くと、自信ありげな表情を見せる。

 「ありがとうございます、被告人。さて、彼女が話したように、何人たりともあのナイフを調達することはできなかった。その時点で被害者の殺害など不可能なのです!」

 

 「異議あり! 残念ながら……主張に穴が開いているのは検事、あなたの方です!」

 「なんですって……?」

 「裁判長! 弁護側は検察側の主張に対して証拠品を提示する準備があります!」

 ぼくがそういうと、木槌の音が鳴る。

 「あら。分かったわ。それでは提示してもらいましょう。検察側の主張に対する証拠を!」

 

 もう一度、心の中で「くらえ!」と叫び、証拠品をつきつける。

 「反論の証拠、それはこいつです!」

 「そ、それは……ナイフ、かしら? 見たところ凶器と同じようだけれど……血はついていないようね」

 裁判長席から紫さんがのぞき込む。

 

 「これは鍛冶屋一徹から借りてきたナイフです。グリップも特注品ですし、ナイフの刃もきちんと銀製で、実際に被告人が使っているものと全く同じものです」

 「異議あり! あなたは証人が鍛冶屋に直接ナイフを貰いに行ったと言いたいのですか? そんな馬鹿な真似をする人がいますか!」

 「ええ。もちろん、そんなことを主張するつもりはさらさらありません。……実は、鍛冶屋一徹では、使い古したナイフの刃を再利用し、グリップはまとめて捨てているのです。そして、そのグリップとナイフの刃は、まとめて店の裏にある倉庫に保管してあるそうです」

 「……あっ!」

 

 四季検事が少し狼狽した。

 「そう。使用済みのグリップ。そこには当然あるものが付着している」

 「被告人の指紋……ということね」

 「その通りです」

 紫さんの言葉に頷く。

 「……つまり! 鍛冶屋の倉庫に忍び込み、グリップを入手すれば、誰にでも被告人の指紋が付着したナイフを作ることができたのです!」

 「ぐぅぅっ!」

 四季検事はうなり声をあげる、しかし間髪入れずに「異議あり!」と反論をかます。

 

 「た、確かにそれならば凶器を入手することはできたようです。……しかし! まだ解明されていない点があります!」

 「なんですって?」

 「凶器のナイフに関する情報を御覧なさい。ここには確かに、“ナイフの刃は鉄製”と書かれています。しかし、被告人が普段持ち歩いているナイフは“銀製”です。もし、被告人に罪を着せるならば、当然彼女が普段持ち歩いているナイフを再現しなければなりません。しかし、実際に凶器として使われたナイフの刃は“鉄製”だった。証人は銀製のナイフを選ばなかったのです。……この食い違いについて、どう説明するつもりですか!」

 

 「異議あり! ……四季検事。先ほどの弁護側の証明を、もうお忘れなのですか?」

 「べ、弁護側の証明……?」

 「えっと、さっき弁護側が証明したことと言えば……そこの証人が吸血鬼だ、っていう話だったかしら?」

 

 「そうです、裁判長。さて、四季検事。ここで一つクイズです。吸血鬼の弱点と言えばなんですか?」

 「きゅ、吸血鬼の弱点? ええっと……十字架、にんにく、太陽の光、流水、そして銀……あっ!」

 「お気づきのようですね。そう。証人は銀製のナイフを“選ばなかった”のではない。“選べなかった”のです。……その理由は明白。真犯人……すなわち証人が吸血鬼だから。それ以外にありえません!」

 

 「きゃあああっ!」「また吸血鬼の話ですかっ!」

 証人席と検事席から悲鳴が上がった。

 

 検察側が反論してこない隙に一気に畳みかける!

 ぼくは威嚇の意味も込めて机を叩き、続ける。

 「被告人に罪を着せるために必要になるのは、指紋が付いたグリップのみです。本来ならばナイフの刃の部分まで再現すべきだったのでしょうが……吸血鬼である証人にはそれを持ち出すことはできませんでした。仕方なくグリップを盗み出した証人は、その後鍛冶屋で刃が鉄でできた洋物ナイフを買ったのでしょう」

 

 「なんで、そんなことをしたのかしら?」

 裁判長席から質問が飛ぶ。

 「当然、刃を用意するためです。幸いなことに、被告人が使っていたグリップの差込口は鍛冶屋の洋物ナイフの刃の根元と同じ形をしていました。証人は洋物ナイフで被害者を刺殺した後、グリップの部分を入れ替えたのです。その証拠に、被害者に刺さっているナイフのグリップには血がべったりと付着しています。殺害した後、ナイフをそのままにしておけば、グリップに血が付くことはありません。ナイフが栓の代わりになって、大量に出血しませんから。恐らく、交換するときに誤ってグリップに血をつけてしまったのでしょう。……慌てていたのか、拭い去りはしなかったようですが」

 

 「ちょっと待ってちょうだい。わざわざそんなことをしなくても、初めからグリップの部分だけ変えておけばいいじゃない」

 「いえ。被告人が使っているグリップは投げナイフとして使用するために、形状が普通のグリップとはやや異なります。確実に殺害するためには、より握りやすい普通のグリップのままで刺すべきだと判断したのでしょう」

 「なるほど」

 紫さんは納得して頷いてくれた。……しかし。

 

 「異議あり!」

 検察側はまだ食い下がってくるようだ。

 

 「あなたの説明には納得しました。しかし、肝心の証拠がありません」

 「証拠?」

 「証人が倉庫に侵入した証拠ですよ。法廷でモノを語るのは証拠品のみ。法廷での大原則を忘れたわけではありませんよね?」

 やれやれ。どこの世界でも、何かと言えば証拠、証拠ってうるさいな……。

 

 「……分かりました。では、お望み通り証拠品を提示しましょう。証人が鍛冶屋の倉庫に忍び込んだ証拠。それは……!」

 

 「……分かりました。では、お望み通り証拠品を提示しましょう。証人が鍛冶屋に忍び込んだ証拠。それは……このネックレスです!」

 「ね、ネックレス?」

 裁判長席から声がした。

 

 「このネックレスは、鍛冶屋の裏手にある倉庫に落ちていたそうです」

 一徹さんからもらったネックレスを掲げる。それを見て、桜さんは青ざめた顔をした。

 「異議あり!」

 負けじとすぐさま検察側から異議が飛ぶ。

 

 「ふん。そんなネックレスをむんずと突き出されたところで、それが彼女の物だと証明できなければ意味がありません。検察側は、そのネックレスが証人の物だったという確固たる証拠の提示を求めます!」

 「……いいでしょう。このネックレスが証人の物だということは、こいつが示してくれる!」

 と言うとぼくは、一枚の紙きれを法廷記録から取り出す。

 「その証拠はこいつです!」

 「そ、それは……写真、かしら? 証人と被害者が写っているようだけれど」

 「その通りです。この写真は、朝霧という人からもらいました」

 「朝霧…………まったく、あの男はぁ……!」

 朝霧さんの名前を聞いて、四季検事が唸りだす。彼には悪いが、このまま続けさせていただこう。

 

 「この写真をよくご覧ください。被害者と証人はおなじ形のネックレスを首にかけている。これが何よりの証拠です!」

 「ま、待ってちょうだい! そんなネックレス、人里の宝飾店を探し回れば、どこかで売られているはずよ!」

 証人席から、桜さんが反論してきた。

 

 「異議あり! 証人、そうはいきません! このネックレスは開店祝いに作られた特注品だった。つまり、この世界でこのネックレスを持っていたのはあなたと被害者のみなのです!」

 「ぐっ……!」

 「そして、こいつが特注品だったと教えてくれたのは……証人! ほかでもないあなたなのです!」

 「き……きゃあああっ!」

 「やはり、倉庫に忍び込んだのは証人で間違いなかった! この事件の真犯人は餅田桜、彼女以外にありえません!」

 

 桜さんは、俯いている。顔はすでに真っ赤に染まっており、静かな怒りが感じ取れる。

完全に追い詰め切ったと言っていいだろう。

 裁判長席のほうを見ると、紫さんはすでに意を決したように、証人席と被告人席のほうを交互に見ている。これで審理は決したはず……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「異議あり!」

 が、そう上手くもいかない。

 

 「……どうやら、そろそろ潮時のようですね」

 先ほどまで動揺していた四季検事だが、今は妙に落ち着き払っている。

 目を閉じ、まるで、瞑想しているような雰囲気だ。

 

 そう思ったのもつかの間、四季検事はカッ、と目を見開くと机を叩き、叫ぶ。

 「裁判長! 検察側はここで、新たな証人の召喚と、証拠品を提示する準備があります!」

 新たな証人に、証拠品……か。さっきの追及で、検察側はかなり追い詰めらているはず。

 そしてそんな状況で提出する証拠品……切り札が飛んでくる!

 

 「新たな証拠品……そういえば、検察側の証拠品があと一つ余っていたわね」

 紫さんが資料をめくる。

 「分かったわ。可能性が残っている以上、検証しなければならない。証人の入廷と、証拠品の提出を許可するわ」

 紫さんの事件に対する向き合い方は正しい。そのおかげで、この裁判中に何度も助けられた。……しかし、今度はそうもいかない。検察側の切り札。ここで崩さねば、逆転されかねない!

 

 「では、証人。入廷なさい」

 四季検事が証人を呼ぶ。しかし、今までと少し口調が違う。まるで、目下の者に話しかけるような口調だ。

 すぐに扉が開かれる。そこには、朝霧さんの姿があった。

 

 

「証人、名前と種族、職業」

 彼が証人席に着くや否や、即座に身分確認が始まる。

 

 「ああ、四季様、お構いなく。僕のようなものが、この席に座ること自体、恐れ多いし、それに……」

 「名前と種族、職業。今すぐ述べなさい!」

 叩き割る勢いで机を殴った後、四季検事が怒号を飛ばす。

 朝霧さんは、お茶屋であった時より、少し恐縮しているように見て取れる。彼女の直属の部下なのだろうか。

 

 「名前は朝霧純透、種族はただの妖怪。職業は刑事を」

 そつなく答える。

 「初めから、普通にして下さい。大体あなたという人は……」

 「おっと、四季様。説教は勘弁してください。一応、僕は証言しに来ているのですから」

 お説教がまさに始まらんとしていたところで、朝霧さんが制止した。

 彼女のお説教癖を知っているということは、やはり直属の部下なのか……いや、四季検事のことだ、街中でも説教をしているのだろう。それで知っているのかもしれない。

 

 「む……。分かりました。あなたへのお説教は、後に取っておきましょう」

 正論を言われたのが少し癪だったのか。四季検事は眉間にしわを寄せた。

 「それで、この証人は何を話すのかしら?」

 紫さんが問う。

 「僕は、四季様がおっしゃられていた、決定的な証拠についてお話しいたします」

 決定的な証拠……物の記憶だな。

 

 「僕は、能力を使って、物の記憶を紙に念写することが出来ます。昨晩、僕は幻想的な香りに誘われ、現場をふらりと訪れました」

 さながら、ミュージカルの役者のように、ふわりと飛んでみせる朝霧さん。が、検査値側からの刺すような目線に気づくと、慌てて姿勢を直す。

 

 「そして、偶然、素晴らしい幻想の記憶を持つものを見つけたのです」

 「一体なにかしら?」

 「それは、そこにおいてある凶器のナイフです」

 机の方を指さす。

 「物とは実に素晴らしいです。ぼく達が気づきもしないようなことまで見聞きしている。ああ、何て幻想的なのでしょう……」

 今度は、空に向かって祈りをささげるようなポーズをとった。どうやら彼は、自分の能力に関連した話をすると、気分が高揚するのだろう。彼を除いた廷内の全員が、冷ややかな視線を送る。

 

 「な、何が幻想的なのかはわからなないけど、とにかく、すごいものを見つけたのね」

 「はい、裁判長閣下」

 「では、その決定的な記憶について、証言をお願いするわ」

 「仰せのままに」

 執事のような深い一礼をした後、証言を始める。さて、どんな記憶が飛び出るか……。

 

 —証言開始― ~決定的な証拠~

 

 「今回念写してきた紙は、合計で三枚です。これらについて、僕自身の解釈を織り交ぜながら、紹介させていただきます」

 朝霧さんは、懐から三枚の紙を取り出すと、証言席の机に並べ、一枚取り上げる。

 「一枚目はこの紙。被告人が今まさに、被害者を殺害しようとしている様子ですね」

 

【挿絵表示】

 

 一枚目の写真には、ナイフが、立ち尽くす茶太郎さん目掛けて突き刺されようとしている様子が写っている。よく見ると、薪小屋が写っており、薪が積み上げられているのが分かる。

 

 「少しいいでしょうか」

 思わず声を上げた。

 「何でしょう?」

 「この写真、確かに被害者が刺される直前の光景に見えますが……これだけでは、被告人がナイフを持っているとは断定できないのでは?」

 「それについては問題ありません」

 朝霧さんは頭を振る。

 

 「成歩堂弁護士、着眼点を変えてみましょう。被害者に注目してください。彼は殺されるというのに、動ずることもなく、棒のように立っているでしょう?」

 「た、確かに……」

 「ナイフを突き立てられたら、人間であれ妖怪であれ、必ず抵抗するはずです。しかし、被害者は抵抗する素振りを見せてない。なぜそのような状況が出来上がったのか?答えは一つです」

 「時間を、止められていたから……」

 これまた思わず言葉が口から漏れ出た。

 「正解です」

 今度は頭を縦に振られた。出来る事なら横に振って欲しかった……。

 

 「時を止められてしまっては、抵抗することは出来ません。被害者は自分が殺されたことも知らずに、命を落としたのです。何て幻想的な犯行だ……尊敬の意を表するのに値する……」

 なんてこった……たった一枚の写真で、せっかくの逆転が止められてしまった!

 「さて、一枚目はこんな所ですかね。では次に行きましょう。」

 朝霧さんが、別の紙を手に取った。

 

 「二枚目はこれです」

 二枚目の紙には、何も写っていない。インクでべた塗りしたように真っ暗だ。

 「これはですね、被害者が刺された瞬間のナイフが見ていた光景です」

 「刺された瞬間の?」

 「そう。ナイフは、刺された瞬間のみ、目の前が真っ暗になってしまうのです」

 「なるほど」

 「さて、あまり語りすぎるのも幻想的とは言えません。次の記憶を見ましょう」

 

  三枚目の紙が取り上げられる。

 「この写真は、被害者が刺された直後の光景です。刺された衝撃で一瞬窓側を向いているのか、外しか見えません」

 

【挿絵表示】

 

 紙には、お茶屋の外が映し出されている。薪小屋しか写っていない。

 「僕が物に問いかけて呼び起こした記憶はこの三つだけです。さて、成歩堂弁護士、あなたはこれをどう読み解きますか?」

 

 

 

 「いかがでしたでしょうか、裁判長」

 証言を聞き終えた四季検事が、余裕綽々と言わんばかりにほくそ笑む。

 「そうね……一枚目の紙に写っているものと、その解釈を聞く限りでは、そう判断せざるを得ないわね」

 悔しいが、ぼくもそう認めざるを得ない。ナイフで刺されようとしているのに、一切抵抗しないのはおかしい。彼の解釈が正しいとしか思えない。

 うう、検察側の切り札、突破するのは骨が折れそうだ……。

 「弁護人、何か反論は?」

 紫さんが問う。四季検事は、ぼくを見下すような眼で見ている。

 

 「無駄です。一枚目の紙を見て、よく分かったでしょう。被害者が殺害される直前、時間は止まっていた。この幻想郷で時間を止めることが出来るものは、被告人以外に存在しません」

 そう言って、ぼくの方目掛けて指をさした。

 「あなたがこれまで立証してきたことは、確かに理にかなっていました。しかし、時止めの前にはすべて無意味です」

 「でも、まだ可能性があるかもしれません」

 「往生際が悪いのも大概にしなさい。こればかりは、あなたにも立証することは不可能です。諦めなさい。今、ここで負けを認めれば、あなたに対する罰則は見逃してあげましょう」

 少し、慈愛を感じさせるような柔らかい声色で話す。

 

 「……残念ですが、四季検事。ぼくは諦めが悪いんです」

 そうだ。諦めて堪るものか。約束を、咲夜さんとの約束を果たさなければならない!

罪をかぶるのが怖くて弁護士が務まるか。ぼくは初めから、その覚悟を持って、この法廷に立っているのだから!

 

 「……弁護側は、検察側の提出した証拠にムジュンがあると考えます!」

 「……面白い!」

 四季検事が、パン、と手を打ち鳴らした。

 

 考えろ、考えるんだ成歩堂龍一! 今こそ、発想を逆転させるんだ。 

 “時が止まっていなかった証拠”を探すのではなく、“時が止まっていたとしたらおかしくなってしまう点”を指摘する。そうすれば、めぐりめぐって、時が止まっていなかったことが証明できるはずだ!

 そして、その“おかしな点”はこの写真に隠されているはず。見つけるんだ、なんとしても!

 これが最後の戦いだ!

 

 

  ……これは!

  写真を凝視していると、ある一か所が変化していることに気づいた。

 ある部分に変化がある……待てよ。それって、検察の主張とムジュンしているんじゃ……。

 

「弁護人、時間です」

 考え込んでいると、検察席のほうから声がした。

 「さて、答えていただきましょうか。この三枚の紙にあるムジュンとやらを!」

 四季検事は、勝ちを確信しているのか、笑みにすっかり余裕が戻っている。

 ……だが、そうはさせない。その笑みと共に、ムジュンを打ち崩す!

 

 「……分かりました。お望み通り、弁護側の最後の立証をご覧に入れましょう!」

 お得意の指差しのポーズをくらわせる。

 四季検事は、予想に反してコチラが反撃してきたからか、顔に浮かんでいた笑みをかき消した。

 「ぐっ……そこまで言うのならば、指摘してもらいましょう。この写真のどこにムジュンがあるというのですか!」

 「ムジュンがあるのは……一枚目と、三枚目の写真です。一つずつ見ていきましょう。まずは一枚目をご覧ください」

 「被害者が刺される直前の写真ですね。これが何か?」

 「四季検事、着眼点を変えましょう。被害者の後ろに写っている薪小屋に注目してください」

 「……薪が積み上げられていますね」

 「その通りです。それを踏まえて、次は、三枚目の写真に写っている薪小屋に注目してください」

 四季検事が、三枚目の写真を見る。すると、みるみるうちに、彼女の顔に焦りの顔が見えだした。冷や汗をかいているようにも見える。

 

 「薪が、減っている……!」

 「そう。三枚目の写真に写っている薪の量は、一枚目の写真の時より減っているのです。さて、ここで思い出してください。この二枚の写真は、それぞれどのタイミングの記憶だったでしょうか?」

 「薪の減っていないほうが、犯行直前。減っているほうが、犯行直後だったわね」

 紫さんが言った。

 「まさしく。犯行直前と直後。その差は長く見積もっても、せいぜい五秒といったところでしょう。さて、ここでムジュンが生まれます」

 人差し指をピンと立てて、少しかっこつけて見せた。普段しないようなそぶりをとってしまうのは、高揚してしまっているせいなのだろう。

 

 「検察側は先ほど、この写真を根拠に、被害者が殺害されるとき時は止まっていた。つまり、時を止めることができる被告人こそが犯人だ、と主張しました。しかし、写真を見てみるとどうか。薪の数が減っているのです! 被告人の能力は、時を止めている間、被告人以外の“すべての人物”の動きが停止します。もし、時が止まっていると仮定すると、止まっている時間の中で、何者かが薪を運んでいることになる。これは明らかなムジュンです!」

 ぼくは机を叩く。

 「つまり! 被害者殺害のタイミングで、時が止められていたという検察側の主張は、このムジュンをもって、完全に崩れ去るのです!」

 「ぐっ……ぐう!」

 四季検事が唸る。

 

 「恐らく、薪を運んでいたのは、外に出ていた被告人だったのでしょう。つまり、彼女に犯行は不可能だった! ……では、誰が被害者を殺害したのか? 考えられるのは、たった一人!」

 机に両手を叩きつけた。そして、そのままの勢いで、桜さんめがけて指をつきつける。

 「餅田桜さん! あなたにしか、被害者を殺害することはできなかったのです!」

 

 桜さんは、まるで何か殴られたかのように、大きくのけ反り、そのまま背中から倒れこんだ。が、その直後立ち上がり、頭を抱える。

 「わ、私はやっていない。私は……! そう、これは何かの間違い、間違いなのよ!ねえ、検事さん、そうよね!」

 懇願のまなざしを桜さんは検察席に向かって飛ばす。しかし、肝心の四季検事は、唇をただ噛むだけで、一言も口を開こうとはしない。

 

 「ここが、年貢の納め時です。……桜という名を持つならば、その花のように、散り際をわきまえるべきです!」

 「うう……うわあああ!」

 桜さんが咆哮した。それと共に、何かが裂けるような音がした。見ると、彼女の背中から、大きな黒い翼が二枚生えている。

 「わ、私は……私は!」

 我を忘れた桜さんは、その背中に携えた翼を大きくはためかせ、出入り口の扉めがけて突進し、逃走を目論む。

 「ま、まずい! 逃げられる!」

 思わず声に出すが、もう手遅れだ。トップスピードに達した彼女に、追いつくすべをぼくは持ち合わせていない。

 そのまま桜さんは、法廷を脱走……と、思われたが、そうは問屋が卸さない。彼女は、扉の少し手前で、見えない何かにぶつかった。そのままの勢いで、桜さんは弾き飛ばされ、証人席に、叩きつけられる。衝撃で机が砕け散り、桜さんは嗚咽を漏らした。

 「……あらかじめ、結界を張っておいたわ。裁判長は、裁判を円滑に進めるのが務めだからね」

 紫さんが口を開いた。もう一度扉のほうを見る。目を凝らすと、扉の前にうっすらと壁のようなものが見える。結界か何かを、紫さんがあらかじめ張っていてくれたようだ。

 「どうして……どうして私ばかりがこんな目に……!」

 あおむけに倒れた桜さんは、天井を見つめて呟くのが精いっぱいだった。

 

 

 

 「……一つ、分からないことがあります。桜さん、あなたはなぜ被害者を、茶太郎さんを殺さなければならなかったのですか。その理由が分かりません」

 落ち着きを取り戻した桜さんに問う。三人の係官に周囲を固められた彼女は、抵抗する気力もなく、ボソボソと話し始めた。

 「……あの人が悪いんです。嘘をついた、裏切ったあの人が悪いんです」

 「裏切った?」

 「見ての通り、私は人間ではありません。私の本当の種族は、あなたの推理した通り、吸血鬼なんです」

 背中に生えた翼を見ながら、か細い声で彼女は言った。翼を見つめる、彼女の眼は、それを忌々しそうに見つめている。

 「私は、吸血鬼と人間の間に生まれた子です。今でこそ、羽を隠すことができるようになったものの、幼いころはそれができず、迫害されていました。“お前は残忍な吸血鬼の子だ”なんて言われて……」

「ご両親は?」

 「両親は二人とも自害しました。魔女狩りのように追い立てられて、最後は滝壺に身を投げて……。その頃の私は、羽を隠せるようになっていたので、人間として生活していけると、両親は判断したのでしょう」

 桜さんがため息を吐く。

 

 「それからしばらくして、私はいっぷく堂で働くことになりました。茶太郎さんは、最初はいい人でした。そう、最初はいい人だったんです……どこの誰かも分からず、両親もいない私を雇ってくれた時は、彼が神に思えました。それまで、私は人間として見られていなかったのに、彼は私を人間として扱ってくれた、すごく嬉しかった。その時、私は自分のことを初めて人間だと思えました」

 淡々と語る桜さん。だが、今、ほんの少しだけ声に生気が感じられた。本当は、茶太郎さんに対して、沢山の恩があったのだろう。

 「……でも、私が吸血鬼の子だと知ってから、彼の態度は変わりました。それまでは優しかったのに、それからの彼の態度は冷たくなったんです。……裏切られた、と思いました」

 「それで、彼の殺害を……」

 「はい。ちょうどその頃、咲夜さんと知り合って、能力や、使っているナイフの話を聞いて、この計画を思いつきました。……だけど、慣れないことはするもんじゃありませんね。銀製のナイフに触れないから、刃の部分を鉄にしたのが間違いでした。もしも私が、人間だったら、そこでばれることもなかったのに……」

 桜さんはそこまで言うと、天井を見上げた。

 

 「こんなことを言っても信じてもらえないかもしれませんが……一度は殺害を止めようとも思いました。茶太郎さんを殺害しようとしたときのことです、ナイフを向けられた彼は、なぜか抵抗しませんでした」

 「それは、なぜ?」

 「……分かりません。ただ、その時、私の中にある人の心が、殺してはいけない、と感じたんです。今、ここで殺してしまえば、きっと後悔する。そう思いました。……だけど、私は彼を殺してしまった。最後に勝ったのは、私の人間としての心では無く、吸血鬼の心だったんです。……幼いころに受けた言葉が現実になるとは。……皮肉なものです」

 桜さんが膝から崩れ落ちた。背中に生える羽も、それに共鳴するように、クタリとうな垂れ、そのほとんどが地面についてしまっている。

 「結局私は、ただの残忍な吸血鬼だったんです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……それは違うと思います」

 すべてを語り終えた桜さんに対して、ぼくのすぐ横から反論が聴こえた。真宵ちゃんだ。

 「確かに、あなたは人を殺しました。その結果だけ見れば、吸血鬼としての心が勝ったのかもしれません。だけど、そうじゃない。あなたの中にはまだ茶太郎さんを思う気持ちがあったんです」

 そこまで話すと、法廷記録から、被害者の解剖書を取り出した。ぼくの目に写る真宵ちゃんの顔は、いつになく真剣だった。

 「これは、被害者の解剖記録です。ここに、被害者のナイフの刺さりは甘かった、と書いてあるんです。桜さん、本当に残忍な吸血鬼としての心が勝っていたら、あなたの中に醜い殺意の心しか芽生えていなかったら、こんな風にはなりません。最後の瞬間、あなたの中にほんの少しだけれど、茶太郎さんを思う気持ちが生まれたんです」

 「私の、中に……?」

 「はい」

 力を失った、吸血鬼の目をしっかりと見つめて、真宵ちゃんは断言した。

 その瞬間、一筋、涙が桜さんの頬を伝った。

 その目は、憎悪に満ちた吸血鬼ではなく、後悔と反省の念がしっかりと籠もった目のように、ぼくには思えた。

 

 

 

「……これで、全て解決されたとみて問題なさそうね」

 桜さんが法廷から去り、しばしの間、なにか物思いに耽っていた紫さんが、ゆっくりと口を開いた。

 「私は、もう判決に移っていいと判断するけれど、二人はどうかしら?」

 弁護席と、検事席、交互に見て、語りかける。

 「弁護側、異議はありません」

 キッパリと言い切った。今度こそこれで終われる。ぼくは約束を果たすことが出来たのだ。

 

 「……検察側も、問題ありません」

 一方の検察側は、かなり落胆している。切り札が破られ、真犯人を暴かれたショックが大きいのか、机に突っ伏している。

 

 「どうだったかしら、映姫。初めての裁判は」

 落胆する四季検事に追い打ちをかけるように、紫さんが聞いた。が、当の本人は、答えるのが癪なのか、はたまた、声を出す気力すらないのか、一向に口を開こうとしない。

 「……まあ、無理に応える必要はないわ。ただ映姫、これで分かったでしょう。自分の一存だけで物事を判断すると、時に間違った結論を招きかねない。今回の裁判であなたがこのことを理解してくれたなら、幸いだわ」

 そこまで言うと、木槌を打ち鳴らした。判決の時だ。

 

 「では、被告人、十六夜咲夜に、最終的な判決を言い渡すわ」

 紫さんが息を吸い、そして判決を言った。

 「無罪!」

 よし! 心の中でガッツポーズを作った。未知の世界である幻想郷での裁判に終止符が打たれた。そう考えただけで肩の荷が下りる。

 「やったね、なるほどくん!」

 真宵ちゃんも、嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。

 「さて、それじゃあお開きとしましょうか。本日はこれにて閉廷!」

 紫さんが再び木槌を鳴らした。現実には絶対にありえない、幻想の裁判が、今終結した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。