逆転裁判 〜東方法闘録〜 小説版   作:タイホくん

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序盤の控室シーンは、変更の予定がないので、そのまま掲載します。


第3話 旧法廷パート 1日目

 【4月10日 午後12時 裁判所 第2法廷】

 「ぼ、傍聴人がこんなに……」

 扉を開けたぼくと真宵ちゃんは目前に広がる光景に思わず息を呑んだ。

 傍聴席にはびっしりと人が座っている。満席だ。立ち見の人までいる。つい昨日まで閑散としていたとは思えないほどの盛況だ。

 ……いや、この状況を盛況と形容するのはなんか違う気もするが……それにしてもすごい人の数だ。小町さんの話していたことから何となく想像はついていたが、それをはるかに超えている。……これもあの新聞の影響なのだろうか。

 

 ……おっといけない。こんなところで突っ立っていたら迷惑だ。

 後ろをちらりと見ると、まだ傍聴人がやってきているようだ。

 先に進まないとつっかえてしまう。……しかしこれ法廷がパンクしないのだろうか。

 まだあっけにとられている真宵ちゃんの手を引き、傍聴席の真ん中を通る通路を歩く。

 

 (あ、あれが例の弁護士? って人ね……)

 (凄腕なんでしょ、今日の裁判楽しみだわ~)

 (あの四季様を打ち負かしたっていうんだからどんな人かと思ったが……なんだあのギザギザ頭は、ふざけているのか?)

 

 ぼく達が通路を通り始めると、それに気づいた傍聴人たちからざわめきがあふれ出す。

 「……髪型に関しては地毛なんですが」と言いたい気持ちもあるが、もう開廷まで時間がない。ひとまず席に着かなければ。

 周りから向けられる好奇の視線を無視して弁護席に着く。それとほぼ同時に、午後十二時を告げる鐘の音が鳴った。裁判が始まる定刻だ。

 

 鐘が鳴り終わると裁判長席すぐそばでスキマが開き中から紫さんがぬるりと這い出し、席に着いた。

 「あら、今日は随分と人が多いのね~」

 スキマから這い出てきた紫さんも、昨日までの法廷と様子が違うことに驚いたのか、

やや目を見張りながら席に着く。が、その時だった。

 

 「や、八雲のスキマ妖怪だ!」

 傍聴人の一人が突然叫んだ。

 それを皮切りに、ぼくのほうを向いていた傍聴人たちが一斉に裁判長席のほうを見る。

 「あ、あれって八雲紫!?」

 「スキマ妖怪ってやつだよな!?」

 傍聴席から大きなざわめきが起こる。紫さんはその光景を見ると、ハア、と一つため息をつき、スキマから木槌を取り出して打ち鳴らした。

 「静粛に、静粛に。傍聴人の皆さん、ご安心ください。確かに私はあの八雲紫ですが、

別にあなたたちのことを取って食おうとはしませんから、ひとまず静粛にしてください。

今の私はただのしがない裁判長ですから」

 面倒くさそうな声色で話している。……こういう状況には慣れているのだろうか。

 

 突然木槌が打ち鳴らされたことで少しざわめきは収まったが、それでもまだ動揺を隠せない傍聴人の姿が目立つ。

 「お、俺じいさまから聞いたことがあるぞ。八雲紫は、昔起こった異変で人を殺したかもしれないって!」

 すると弁護席のすぐそば、最前列にいた中年の男がぼそりとつぶやいた。

 紫さんが人を殺した……? ……かもしれない、と言っているということは、大方噂なのだろうが。

 しかし、いきなり目の前に現れた妖怪に対して動揺している傍聴人たちにとって、そのつぶやきは新たなざわめきを呼ぶのには十分な火種となった。

 「え、じゃあ、俺たちも危ないんじゃないか?」

 「い、今のうちに帰ろうぜ!」

 件の男性の周りにいた傍聴人たちから再びざわめきが起こる。

 ついには、席についていた一人が立ち上がり、法廷を逃げるように去って行ってしまった。

 それを見た傍聴人の何人か……いや、半分近くがつられるように法廷から去っていく。

 後ろのほうに座っていた傍聴人たちは、また別の話をしているのかその様子に気づくことはない。

 気が付けば、傍聴人の数はさっきの半分以下になってしまった。

 取り残された後ろのほうの傍聴人たちは何が起こったのかときょろきょろとあたりを見回している。

 

 「……なんだか面倒なことになっちゃったわね」

 紫さんはやれやれと言いたげな顔をしている。

 ……彼女の姿を傍聴人……人間たちが目にした瞬間、彼らはひどく動揺していた。

中には過去に紫さんが人を殺しただとか、ひどい言葉を投げかけているような人もいた。

 ……四季検事が妖怪に対して差別的な態度をとっているように、この世界の人間も同じような思想を持っているのだろうか。

 傍聴席のほうをちらりと見る。残っている人達は、ぱっと見二、三十代の若い人達が多いようだ。

 彼らは出ていくタイミングを見失ってしまったのか、どうしたものかと互いに顔を見合わせておろおろとしている。

 「……まあ、とりあえず始めましょうか。こうしていても、埒が明かないし」

 紫さんはしばらく頬杖をついて法廷を眺めていたが、やがてそれをやめると木槌を持ち直す。

 「ほら、始まるから。残っている人たちは前にいらっしゃいな。後ろだとよく見えないでしょう?」

 木槌を持っているのと反対の手で紫さんが手招きする。しかし、傍聴人はまたも顔を見合わせてどうしようか、と言いたげな顔をしながら焦っている。

 その様子にしびれを切らしたのか、紫さんはため息をつくと木槌を振り上げた。

 

 「えー、これよりメディスン・メランコリーの法廷を開廷するわ」

 紫さんが木槌を打ち鳴らし、開廷を宣言した。続けて席から少し身を乗り出し、「弁護側、検察側共に準備は完了しているかしら?」と双方に問いかける。

 

 「弁護側、準備完了しています」

 いつもどおりのセリフを言う。今回は珍しくそれなりに準備が完了している。

まあ、手に入れた情報は少ないと言えば少ないが、昨日の裁判に比べたらだいぶマシだ。

裁判で戦うための方針も立てられている。……昨日は我ながらあの少ない情報でよく裁判を乗り切れたものだよ……。

 

 「……検察側、万事滞りなく」

 ぼくに続いて四季検事も俯きながら準備完了の旨を伝える。

 調査の時に顔を合わせた時はやや冷静さを欠いていたようだが、今の彼女は見たところ落ち着いている。まあ、さすがに裁判の場では冷静にいないとダメだもんな。

 

 「……こんなにも早く再戦の機会が訪れるとは……正直、驚いています」

 俯いたまま四季検事が呟く。が、すぐに顔を上げてこちらに向き直る。

 「……成歩堂弁護士」

 「は、はい」

 四季検事は、手にした悔悟の棒をこちらに向ける。

 う、うわぁ、話しかけられないように目をそらしていたのに……ちょっと怖い。

 

 「今度こそ、私の真実を見抜く目が正しいことを証明して差し上げましょう。……あなたの完膚なき負けをもって、ね」

 てっきり説教されるものかと思って身構えたが、杞憂だったようだ。

 この一日でメンタルも回復したのか、四季検事はこちらを指さし、さらにやや小ばかにしたような顔をしながら挑発してきた。……まったく、穏やかじゃないなあ。

 

四季映姫……この前の裁判の時といい、彼女はずっと被告人を有罪だと決めつけている。

そう……まるで数年前までの“アイツ”のように。……きっと彼女の過去にもアイツと同じようなことがあったはずだ。……一体何があったのだろうか。

 

 「それと紫」

 四季検事は続けて裁判長席のほうを見る。

 

 「見たでしょう。あれがあなたたち妖怪に対する世間の目です。いい加減分かりなさい。

この世界はもう腐りきってしまった。今更何をしたところで無駄です。いい加減に……」

 「……黙って頂戴」

 またも挑発的な目線を浴びせながらしゃべる四季検事を紫さんが制止する。

 あの人の怒っているとろを初めて見た。あまり、怒るような人じゃないと思っていただけに驚きだ。

 

 「……私はこの世界を愛している。この世界は腐ってなんかいない。むしろ腐らせているのはあなたのほうよ、映姫」

 「……フン。なんとでも言いなさい」

 四季検事は紫さんの言葉をさらりと受け流す。

 嫌な沈黙が流れた。紫さんは四季検事のほうを睨みつけている。とても怒っているようだ。

一方の四季検事は何事もないような涼しい顔で受け流している。

 い、一体何がどうなっているのだろう……この二人の間には絶対に何か確執がある。

それにどうやら……その確執はこの世界に多大な影響を与えているように思える。

一体二人の間に何があったんだ?

 

「……それでは四季検事、冒頭弁論をお願いするわ」

 さすがにずっと睨みつけているわけにもいかないのか、紫さんは視線を検事席のほうからそらすと、裁判を進行させる。

 

 「承りました」

 四季検事は紫さんの言葉に頷くと、資料を一枚手に取り話し始めた。

 

 「事件は先日の深夜に起こりました。被害者の名前は鬼道酒華。種族は鬼。死亡時刻は、午前一時十五分です」

 「“死亡時刻”と断言しているということは、被害者が死亡する瞬間を誰かが目撃していた、ということね?」

 「はい。被害者は宴会の席で死亡しました。そのため宴会の参加者全員が、彼女が死亡する瞬間を目撃しています」

 うーむ……やはり、被害者が死ぬ瞬間を関係者全員が見ているのが少し嫌な点だな……。

それでこの先の流れが変わってしまうかどうかは分からないけれども……弁護する側としては何となく厄介に思えてしまう。

 

 「被害者の死因は、毒物を摂取したことによる内蔵出血。使用された毒物は“鬼殺の秘薬”と呼ばれるものです」

 「鬼殺の秘薬……確か、鬼族の血を持つ者に対して効力を発揮する毒なのよね」

 「そのとおりです。鬼族以外の種族がどれだけこの毒を摂取しても死に至ることはありません。しかし、鬼族にとっては猛毒です。ひとたび口にすれば、毒がたちどころに体中をめぐり、やがて内蔵出血を引き起こし、死に至ります」

 「まあ恐ろしい。私は鬼族じゃなくてよかった」

 やや大げさな態度で紫さんが胸をなでおろす仕草をする。

 四季検事はそんな紫さんのほうを横目でちらり、とやや軽蔑するような視線を送ったが、

すぐに再び、資料に目を落とす。

 

 「警察は、宴会に参加していた被告人を、主に彼女の持つ能力を理由に逮捕しました」

 「その能力というのは何かしら?」

 「被告人の能力は、“毒を操る程度の能力”です。この能力は、この世のあらゆる毒を作り出すだけでなく、独自に新種の毒物さえも作れてしまうようです。今回の事件はたまたま検出できる毒物が使用されたからよかったですが……。もしも検出することができない毒だったら、今頃事件は迷宮入り……。いえ、そもそも事件として扱われなかったかもしれません。警察は通報を受けた後、宴会の参加者全員の持ち物検査を行いました」

 

 「けれども、誰も毒の入っていた容器を持っていなかった。……ということですか」

 確認の意味も込めて四季検事に問いかける。

 「その通りです。事件発生後、警察が到着するまでの間、宴会の参加者たちは皆、同じ部屋の中から動かなかったそうです。そんな中で毒の入っていた容器を処分しようとしたら目立ってしまいます。つまり、毒を直接自分で生成でき、容器を持ち込む必要のなかった被告人にしか犯行に及ぶことができない、というわけです」

 「……一応、筋は通っているわね」

 紫さんがやや渋い顔をする。

 「ご理解のほど感謝します」

 四季検事が一礼する。

 

 「検察側は、被告人の罪を立証するのに十分たる証人と証拠を用意しています。もはや、被告人の有罪は揺るぎないものかと思われます」

 自信たっぷりの顔で四季検事が手ぶりを交えながら主張する。

 「以上をもって冒頭弁論といたします」

 「よく分かったわ」

 紫さんが頷いた。続けて木槌を一回打ち鳴らし続ける。

 「では審理を進めましょう。最初の証人を呼んでちょうだい」

 「では、現場捜査の指揮を執った河城刑事を」

 

 四季検事がそう言った瞬間、法廷の後ろのドアが開き、河城刑事が入廷し証言台についた。

 昨日の裁判で懲りたのか、今回はオウムのロボットを持ってきていない。

 さらにそれに加え、背筋をピンと伸ばし、やや脂汗を流している。

 ……そうとう嫌なんだな、四季検事のお説教。

 

 その当の本人もにとりさんの様子がおかしいのに気付いているようで、「……河城刑事。普通にしなさい」と呼びかける。

 「ひゅい……! ……で、ではお言葉に甘えて!」

 河城さんは小さな悲鳴を上げると張り詰めに張り詰めた背筋をやや緩めた。

 

 「……では、証人。名前と職業、それと種族を」

 「名前は河城にとり。種族は河童。発明家兼刑事です」

 「では刑事、説明を」

 「了解しました」

 河城刑事は敬礼すると話し始める。

 

 「冒頭弁論にもあったように、事件は昨晩遅くに起こりました。現場は人里から離れた森の中の庵です。この庵は被害者の自宅でした。その晩、現場では宴会が催されており、多くの妖怪が参加しているさなかに起こった事件でした」

 「では続けて、被告人を逮捕した理由について証言してください」

 四季検事に促され、河城さんが証言を始めた。

 

―証言開始― ~被告人を逮捕した理由~

 

 「事件当夜、宴会に参列していた人物は全部で十名。そのほとんどが妖怪でした。被害者が座っていたのは、現場上面図で言うとココです」

 河城さんは背中の大きなリュックから上面図を取り出すと、被害者が座っていた席を指さす。

 「被害者は、宴会中に突然苦しみだし、吐血して死亡しました。我々は宴会場を徹底的に捜索し、さらに持ち物検査も行いました。しかし、毒の入った容器はどこにも見つかりませんでした。よって毒を扱うことのできる被告人を逮捕した次第であります」

 

 「なるほど、よく分かったわ」

 紫さんが頷く。

 「解剖記録と、被害者が口をつけたお猪口を提出します」

 「受理するわ」

 紫さんからの許可が下り、にとりさんが中央の証拠品を置くための大きな机の上に二つの証拠品を置く。

 

 「それでは弁護人、尋問を」

 「分かりました」

 紫さんに促され、尋問が始まった。

 

―尋問開始― ~被告人を逮捕した理由~

 

 「参加者のほとんどが妖怪……ということは、他種族の参加者もいたのでしょうか?」

 この件については、メディスンさんや、名琴さんとの会話で知っている。だけど念のため確認をとっておこう。

 ぼくの質問に河城さんは首を振る。

 「ええ、一人だけ人間の方がいました。鬼の方々がいる中に混じって盃を交わすとは……私だったらその場にいるだけで失神してしまいそうです……」

 河城さんは肩を抱えるとぶるぶると震えだす。

 

 ふむ。これは名琴さんのことだな。……あんなオラオラした性格の鬼たちがいる宴会に参加できるんだ。もしかしたら彼は、相当肝の据わっている人なのかもしれない。

 「私は好きだけどな、ああいう人たち。なんというか賑やかなところとかがいいじゃん。

大人になったらあんな感じのお姉さんたちと一緒にお酒を飲んでみたいな~」

 横から真宵ちゃんがそう呟く。……真宵ちゃん、もしかして酒豪だったりするのだろうか。

……この子の将来が今から不安だ。……おっと。関係ないことを考えてしまった。尋問に集中しないと。

 

 続けてぼくは大机の前まで移動し、上面図を手に取って河城さんにつきつける。

 「この上面図の座り順についてですが、間違っていないと断言できますか?」

 証言台の上に紙を置き、問いかける。

 

 が、河城さんはぼくの質問には答えず、下を向いて口をつぐんでいる。

 ……どうしよう。何か聞いちゃまずかったのかな。

 だが今は尋問中だ。答えるべきことは答えてもらわないと。

 

 「河城さん!」

 少し荒いやり方の気もするが、答えてくれないなら仕方ないと大きめの声で名前を呼ぶ。

すると、我に返ったのか河城さんは目を見開いて、「ひゅい!」と叫んだ。

 「質問に答えてください! この上面図に書かれた参加者の座り順、間違っていないと断言できますか?」

 「そ、それは……できません」

 「なぜですか? きちんと調査したなら答えられるはずです」

 「だ、だって……怒られるかもしれないから」

 「……え?」

 お、怒られる……誰に?

 

 ぼくがあっけにとられていると、河城さんは少し口をもごもごとしながらしゃべる。

 「四季検事に今回の事件は今まで以上に捜査を丁寧にしろって怖い顔で言われて……調査をしたのは事実ですが、もし不完全だったら怒られちゃうかなって……」

 「なんだ、そんなことですか」

 それを聞いた四季検事は、やや呆れたような物言いをする。

 「……刑事。私はそんなに怒りん坊ではありませんよ。あなたが一生懸命やったならそれで構いません。それよりも、聞かれたことに対して答えないで俯いているほうがいけません。それについては説教の対象になるでしょう」

 ……なんだ、四季検事がやけに慈しみのある目で河城さんのほうを見ているぞ。ぼくに対しては軽蔑した目を向けてくるのに……意外に部下に対しては甘いのかもな、あの人。

 

「聞かれたことに対して正直に包み隠さず証言する。それが刑事のあなたが積める善行です。ほら、そこのトゲトゲ頭の弁護士さんに話してあげなさい」

 「異議あり! ぼくの頭はトゲトゲなんかじゃない!」

 「弁護側の異議を却下するわ。それよりも刑事、早く話してあげなさい。尋問がいつまでたっても進まないわ」

 ……うう、理不尽だ。

 

 「わ、分かりました」

 二人に促され、河城さんが口を開く。

 「実際に上面図の通りに参加者たちが座っていたかについては……断言できません。参加者たちはみんな酔っていて記憶がやや、あいまいだった人もいたので、絶対までとは……」

 

 「なるほど」

 まあ、常に酔っぱらっているような人がいるくらいだし、しかたないかな。

 「ありがとうございます。少し怒鳴ってしまってすみませんでした」

 「あ、いえ。お気になさらず。黙っていた私も悪いので」

 

 さて、気を取り直して質問を変えよう。次は……お猪口のことについて聞いておこう。

 弁護席に戻り、再び質問を始める。

 

 「被害者は宴会中に突然苦しみだし倒れた、とのことですが……間違いないのでしょうか」

 「はい。確認はとれています。今回使用された毒は鬼殺の秘薬……冒頭弁論でも話されていた通り、鬼族にとっては猛毒です。致死量の毒物が体内に入り込めば、三十秒も経たないうちに体中に毒が回り、内蔵出血を起こして死に至ります」

 「ちなみに、致死量はどのくらいなのでしょう?」

「およそ一ミリグラム。猛毒と呼ばれるテトロドトキシンとほぼ同等の毒性を持ちます。といっても、再三お伝えしていますが、あくまでも効力を発揮するのは鬼族に対してのみで、それ以外の種族に対しては一切の効力を持ちません」

「なるほど。分かりました」

一ミリグラムというのがどのくらいか、具体的には想像しづらいけど……とにかく少ないということはわかる。ということはどこかに忍ばせて……なんてこともできるかもしれない。

 

 「では次に毒の入った容器についてですが……それについてはどこからも見つかることはなかった。間違いないですね?」

 「ええ、きちんと探しました。参加者も進んで参加してくれたし、間違いありません!

持ち物検査の時には全部脱いで見せてくれた人もいるんですから!」

 ……それはただ単に酔っていただけなんじゃ。

 

 「なるほど。……ではお聞きしますが、河城さんはどこに容器があると思います……」

 「異議あり! 弁護人は証人に意見を求めています」

 「検察側の異議を認めるわ。弁護人は質問を撤回して頂戴」

 おっと、つい意見を求めてしまった。ほんとはやっちゃいけないことなのに……。

 

 「容器については目下捜索中です。……誰かが容器を飲み込みでもしない限りは見つかるでしょう」

 と、四季検事が冗談めいた口調で言う。

 「ちょっと四季検事、さすがにそんなことをする輩なんて存在しませんよ」

 それに合わせて河城さんがやや笑いをこらえたような口調で返す。

 「……フフ。それもそうですね。少し誇張しすぎました」

 「私もそんなぶっ飛んだ行動の持ち主は見たことがないわね」

 さらに紫さんもそれに同調し始める。

 「私も見たことないなー。逆に見てみたいかも。ね、なるほどくん!」

 ついには真宵ちゃんまで話に乗り出し、こちらのほうを向いて笑いかけてきた。

 ……みんな、分かっていてわざとやっているのか?

 

 「……オホン。質問を続けます」

 ひとまず、この話の流れを打ち切ろう。質問を続けないとこの話で盛り上がってしまうかもしれない。さっさと次の質問に移らなければ。ぼくの羞恥心が限界突破してしまう。

 

 「ええと、被告人を逮捕した理由は彼女の能力だと聞いていますが。逮捕に至った理由はそれだけですか」

 「そうですね」

 「わざわざ確認するまでもないことだと思うけど、何か問題があるのかしら?」

 紫さんが問う。

 「はい。問題があります。逮捕した理由が能力のみ。それって少し弱くないでしょうか? 逮捕するに至るには、やや早急かと思いますが」

 そう、ぼくが言うと、河城さんはそれに慌てて反論を始める。

 「そ、そんなことを言われても。あの状況で毒を盛れたのは被告人だけです!毒の容器が見つからない以上、彼女以外に犯人は考えられません!」

 この逮捕は正しい、あくまでもそれを通すつもりか。

 

 「……さて、それなりに証人に質問ができたようだけど……弁護人、何か問題はあったかしら?」

 「問題点ですか……」

 「ふん。我々の調査に問題などありません。逮捕の理由については十分に説明されたと、私は判断しますが?」

 四季検事は堂々と言い切る。

 

 「異議あり!」

 その言葉に異議を挟んだ。……確かに、一見逮捕の理由については説明されつくしているように聞こえる。……でも、まだ一つ欠けているものがある。

 「裁判長! 弁護側は、被告人を逮捕した理由にまだ“欠けている”点があると主張します!」

 「か、欠けている点……それはいったい何かしら?」

 「逮捕理由で欠けている点……それは、被告人の“動機”です」

 「動機……そういえば、一度も聞いていないわね」

 紫さんが言った。

 「その通りです。先の証言に加え、冒頭弁論の際にも、被告人の動機について話されていませんでした。誰かを殺す……そのためには、それ相応の“動機”が伴わなければなりません。しかし、警察、そして検察側はその動機について、説明していない。それはなぜか? ……動機が存在してない。そう考えるのが自然です」

 ぼくは、そこまで言って机を叩いた。

 

 「……以上のことから、弁護側は、被告人の逮捕は早急であったと主張します!」

 当初の計画通り、華扇さんの件を主張するのが一番確実なのだろう。しかし、穴を見つけた以上、叩かないわけにはいかない。このまま、検察側の調査不足を主張して、再調査まで押し切る!

 

 ぼくの主張に、傍聴席が少しだけ騒がしくなった。それを、紫さんが木槌を打ち鳴らし制止する。

 「静粛に! ……四季検事。今の弁護側の主張は聞いていたわね?」

 「……はい」

 「被告人の動機が何か、あなたたちは把握しているのかしら?」

 「…………」

 検察側は、黙りこくっている。答えられなくて当然だ、だって動機を見つけられていないんだから! よし、このままいけば……!

 

 「……もちろん、検察側は被告人の動機について把握しています」

 「な、なんだって!」

 ……このまま行ってくれればよかったのに。そう事は上手く運ばない。

 

 「説明して頂戴!」

 裁判長席から要求が飛ぶ。

 「かしこまりました」

 四季検事は、それに一礼して答えると続ける。

 

 「被告人の動機は……好奇心からくる、ある種の“無差別殺人”です」

 「む、無差別殺人!?」

 隣にいる真宵ちゃんが、思わず声を上げた。

 傍聴席からも、再びざわめきが起こる。さっきよりもそれは大きくなっている。当然だ、動機が無差別殺人、なんて主張しだすんだから。

 

 「静粛に、静粛に!」

 紫さんは、傍聴席のざわめきの大きさに比例するように、木槌を先ほどよりも強く打ち鳴らす。

 「検察側、これは一体どういうことかしら?」

 「言葉通りにとらえてもらえば結構です。毒を盛られた人物はどのようになるのか。被告人はそれに興味を持ち、犯行に及んだ。これが検察側の主張です!」

 四季検事は、悔悟の棒をつきつけながら話す。

 

 「異議あり!」

 とにかく異議を挟む。こんな主張をされてしまえば、被告人への心証はがた落ちだ。判決に影響が出かねない!

 「ひ、被告人はそんなことをする人物ではありません! 第一、彼女はまだ幼い! そんな危険な思考に至るはずがありません!」

 「異議あり! 弁護人、それはただの偏見です。……いいですか、子供というものは“生”に対して、時に惨酷な者と化します。無邪気な子供が、虫を悪びれることもなく、好奇心に任せて握りつぶす。今回の場合、その対象がたまたま被害者になってしまったのです。ましてや、彼女は生まれたばかりの妖怪。凶暴性が高いのは言うまでもないでしょう!」

 「異議あり! その主張だって検察側の偏見にすぎません! 只今の発言は、被告人の名誉を棄損しています!」

 双方ともに異議をぶつけ合う。とにかく、ここで、この主張を通すわけにはいかない!

 

 「弁護側の主張を認めるわ。検察側は発言を撤回するように」

 「……分かりました」

 そんなぼくの気持ちが伝わったのか、紫さんはこちらの意見を通してくれた。よし、これでひとまずはしのげたな。

 ……しかし、今の四季検事の発言……妖怪への差別に他ならない。裁判制度の話といい、彼女はどうも、妖怪に対して差別的な思想を持っているようだ。……過去に、妖怪との間に何かあったのだろうか?

 

 四季検事は、紫さんに主張を却下されてしまったが、まだ余裕があるようだ。表情に乱れが見えない。

 

 「……さて、話の続きですが。今現在、被告人に明確な動機を見つけられない。……この点については認めましょう。否定するつもりはありません」

 「つまり、先程の発言は出まかせだったと?」

 「……その通りです」

 ……やけにあっさりと認めたな。

 ……恐らく、今の発言はメディスンさんの心証を下げるための行動なのだろう。作戦にしては、随分急ごしらえというか……どことなく、四季検事の私情が入っているようにも思えた。検察側の捜査不備を知らしめてしまうにも関わらず、このような主張してきたことがその印象をより強めている。

……なんにせよ、攻めるなら今だ! このまま、捜査の不備を主張して、再調査まで持ち込ませる!

 

 ぼくは机を叩く。

 「動機が見つけられないと認められた。捜査が不十分だったと受け取ってよろしいですね? 裁判長。弁護側は、検察側に捜査のやり直しを要……」

 「異議あり!」

 しかし、ここで検察側からの異議だ。いったいなんだ?

 

 「……弁護人。先ほど、河城刑事に、“逮捕が早急だ”と言ったこと……忘れていませんね?」

「え、ええ……」

 「その言葉、そっくりそのままお返しします。判断が早急すぎるのは、あなたの方です」

 「……何が言いたいんですか?」

 「冒頭弁論で申し上げたはずです。“罪を立証するのに十分な証人がいる”と。……動機が分かっているか、いないか。そんなことは、些細な問題です。重要なのは証拠と証人。動機など二の次なのです!」

 ぐ……開き直るつもりか!

 

 「裁判長。検察側は、弁護側の主張を退け、審理を続行することを求めます!」

 何食わぬ顔で四季検事は主張した。くそ。こっちが真犯人を告発したときは、動機について追求してくるくせに……自分の時だけずるいぞ!

 

 紫さんは、双方の主張を受け、目を閉じて考えていたが、やがて口を開く。

 「……吟味されていない証言がある以上、審理を打ち切ることはできないわね。分かったわ。検察側の主張を認めるものとしましょう」

 「ぐ……!」

 「感謝します。裁判長」

 うう……主張としては少し弱かったか。まあ、裁判長の立場からすれば、すべての情報を検討したくなるのも当然か。よし、気を取り直そう! 例え、どんな証人が来ても、ムジュンを探して突き進む。いつも通りやればどうにかなるはずだ。

 

 「では、被告人の動機は“無差別殺人”だった、という主張は可能性程度の話だということにして……。そろそろ、次の証人を呼びましょう。……宴会に参加していた、星熊勇儀さんをここへ!」

 

 にとりさんが退廷し、すれ違う形で勇義さんが入廷する。二人がすれ違う直前、にとりさんは何やら勇義さんに対して、ヘコヘコとお辞儀をしていた。……あの二人にも、何か関係があったりするのかな。

 

 入廷してきた勇義さんは、相変わらずお酒の匂いを辺りに漂わせ、自分の盃に注がれた酒を揺らしながら、目で楽しんでいる。

 

 「……証人。法廷内は飲食禁止です。ましてや、飲酒など……すぐにその盃をしまいなさい」

 四季検事は、静かに勇義さんを叱る。

 「えー、別にいいじゃんかよ。減るもんじゃないしさ」

 勇義さんは、四季検事の言葉には耳を傾けず、一口、酒を飲む。

 「いいえ、規則は規則です。しまいなさい、証人」

 「だったら、香りを楽しむくらいならいいだろう? ほら、それなら飲んでることにはならないしさ!」

 それでも勇義さんは引かない。……無類の酒好きなんてもんじゃないぞ。

 

 「……ああ、もう、証人! 言うことを聞かないのなら退廷させますよ!」

 堪忍袋の緒が切れかけているのか、四季検事は声を少し荒げる。しかし、それでも勇義さんはひるまない。それどころか、余裕の笑みを浮かべている。

 

 「ほう、私を退廷させてもいいのかい? 一応、あんた側の証人として私はここにいるわけだが。いいんだぜ? 証言しなくても」

 「ぐ……それは、困ります」

 「なら、酒ぐらい認めてくれよ~。証言はちゃんとするからさ」

 「うむむ……仕方ありません。特例で認めましょう」

 四季検事が折れた。勇義さん……意外と強いな。

 

 「かっかっか! ありがとよ、検事さん! やっぱ私は、こいつがないと舌が回らないもんでねえ」

 勇義さんは、許可を得たのをいいことに、これ見よがしにと酒をあおる。

 「ぐ……覚えておきなさい。裁判が終わったら、すぐにでも……!」

 法廷での飲酒を認めることとなり、四季検事の機嫌が露骨に悪くなった。……こちらに飛び火しないことを祈ろう。

 

 「……では、改めて。証人、名前と職業、種族を」

 観念した四季検事が身分確認を行う。

 「私は、星熊勇儀。泣く子も黙る鬼さ。職業は……宴会を求めて歩き回る旅人、ってところかな?」

 それは無職というのでは……。

 「証人は、事件が発生した宴会に参加し、その犯行の一部始終を目撃していた。間違いありませんね?」

 「おうともさ。この両の眼でばっちりとな!」

 「では、そのことについて証言をお願いします」

 「合点!」

 勇義さんは、盃をグイ、とあおると証言を始めた。

 

―証言開始― ~事件の一部始終~

 

 「私は、昨日の宴会で丁度、被告人の真ん前に座っていたんだ。そして、被害者が被告人の隣に座っていたのも確認している。宴会中、被告人は被害者の肌に何度か触れていたな。……あと、被害者は、何人かに酌もされていたな。被害者は最初こそ普通に酒を飲んでいたが、ある時、急に苦しみだして倒れたぞ。その後、私たちは警察が到着するまで宴会場から動かなかった。その間、誰も不審な行動はとっていなかったと、断言できるぞ」

 

 

 

 「ありがとうございます。証人」

 「おうともさ。さて、しゃべったらのどが渇いちまったよ。ゴクゴクゴク……」

 自分の役目を終えた勇義さんは、再び酒を飲み始める。

 四季検事は、勇義さんのふるまいを見て眉をピクピクとさせる。怒りをこらえているな……。

 「……さて。この証言で重要となるのは、被告人が被害者の肌に触れていた、という点です」

 「……ふむ。どういうことかしら。説明して頂戴?」

 裁判長席から質問が飛ぶ。

 

 「先ほど、冒頭弁論で“毒物の入った容器がどこからも見つからなかった”、とお話ししたのは覚えていますね?」

 「ええ、確かにそんなことを言っていたわね」

 「さらに……これは冒頭弁論でお話ししませんでしたが……。実は今回、毒物は“被害者の体内”以外から“一切検出されなかった”のです」

 「い、一切……。お猪口や、徳利からも検出されなかったの?」

 「その通りです。……容器については、最悪、気づかれないように処分することは、不可能ではないでしょう。しかし、毒を被害者に飲ませるために必要となる、お猪口や徳利に関しては例外です。万が一処分してしまえば、さすがに誰かに気づかれてしまいます。しかし、そういった物が処分されていたり、他の物にすり替えられていたりした痕跡はありませんでした」

 

 「で、でもそれじゃあ、いったいどうやって被告人は被害者を殺害したことになるのかしら?」

 「そこがミソとなるのです、裁判長。毒を入れる容器と、被害者に毒を飲ませるためのお猪口。……この両方を用いずに被害者を殺害できる方法。それこそが被告人の能力なのです」

 「なるほど」

 「検察側は、被告人が自身の“手のひら”に毒物を精製し、その状態で被害者に直接触れることで、殺害に及んだと考えています。……つまり、先ほどこの証人が証言した、“被告人が被害者の肌に触れていた”という点こそが、被告人があるまじき凶行に及んだ瞬間だ、ということです」

 「……よく分かったわ」

 ぐ……にとりさんの言っていた通りの主張をしてきたな。……正直、この状況を打開する方法が見つからない。ひとまず今は、証言をできる限りゆさぶろう。そこから何かほころびを発見することができれば……。

 

 「さて、それでは弁護人。尋問をお願いするわ」

 「分かりました」

 とにかく、どうにかしてこの状況を乗り越える。……華扇さんを、法廷に引きずり出すために!

 

 ―尋問開始― ~事件の一部始終~

 

 「被告人の丁度真ん前に座っていた……間違いありませんか?」

 「んあ? そんなこと聞いて何になるんだよ?」

 勇義さんは、酔っぱらった声で軽く怒鳴る。……早くも酔いが回ってきてるようだ。

 「い、いえ……一応、記憶に問題がないかを確認しようと」

 「記憶? はっはっは! それなら問題ないさ! 鬼が酒に強いってことを忘れてもらっちゃ困るね!」

 「……では、昨日の宴会で飲んだお酒の種類は覚えていますか?」

 「おお、もちろんだ! 鬼殺の……あ、ちがったこりゃ毒だ。がはは!」

 ……本当に大丈夫か、この人?

 ……まあ、座り順については、今は問題ない。他のことを聞いていこう。

 

 「被告人が被害者の隣に座っていた……確かな話ですね?」

 「ああ、そりゃそうだ。そうじゃなきゃ、今頃あのお人形さんは逮捕されていない。隣に座っていたから、毒を盛れたって話なんだろ」

 「う……その通りです」

 ……酔っ払いに言い負かされてしまった。

 

 「なるほどくんも、お酒を飲んで対抗してみればいいじゃない」

 「……やめとくよ。まともに尋問できる気がしない。……それに、四季検事がすごい形相でこちらを睨んでくるし」

 こちらの会話が聞こえたのか、四季検事はものすごい剣幕でこちらを睨む。……冗談くらいは見逃してくれよ。

 

 「宴会中、被害者の肌に被告人が触れていた。……間違い、ないですよね?」

 「お? なんだか歯切れが悪いぞ、兄ちゃん」

 「そ、そりゃまあ……こちらからすれば、ものすごく不利な情報なので」

 「はっはっは。ま、そりゃそうか。けれど、残念だがな、これが事実なんだ」

 勇義さんは、顔をしかめる。

 「なんだ、“お姉さん、すごく筋肉ついてますね~”みたいな感じで、結構べたべたと触っていたぜ、あのお人形さん」

 「な、なるほど……」

 メディスンさん、意外と筋肉好きなのだろうか? 思わず、視線が被告人席に飛ぶ。

 

 「な、なに? 別にいいじゃない。私が誰の体に触ろうと、私の勝手よ!」

 「つまり、被害者の肌に触ったのは認める、と。そういうことでよろしいですね、被告人?」

 「ええ、そうよ! 私は、私の好きなように生きるの。それが“レディ”ってもんでしょ?」

 四季検事のさりげない確認に、メディスンさんは首を縦に振ってしまった。

 

 「ちょ、被告人……! そんな堂々と言い切られては!」

 「あ! ……ごめんなさい」

 メディスンさんは、ぼくの言葉で、四季検事の言葉に乗せられたことに気づいた。

 うう……これでまた一つ、心証が落ちてしまいそうだ。

 「さて、被告人から確認もとれたことですし、さっさと尋問に戻りなさい、弁護人。……まあ、どれだけゆさぶったところで無駄でしょうけど」

 「む、無駄かどうかはまだ分かりませんよ!」

 ぐ……少し向こうのペースだ。なんとか小さなムジュンでいいから見つけ出さないと。

 

 「何人かが被害者に酌をしていたとのことですが……誰がしていたかは覚えていますか?」

 「えっと……私を含めて四人だったな。確か、華扇に萃香、被告人のお人形さん、そして私だな」

 「なるほど。ちなみに、酌をした順番は覚えていますか?」

 「ああ……そこはちょっとうろ覚えだな。確か、私が最初に酌をして、その後は華扇がしたはずだ。残りの二人の順番については……すまない。覚えていない。そこまで注意してみていなかったからな」

 「そうですか……」

 うむむ……もう少し情報が欲しいな。ゆさぶってみるか。

 「他に何か覚えていることはありますか? 何でも構いません」

 「他に覚えていること……ああ、そういえば一つあるな」

 「なんでしょう?」

 「被害者が黄緑色の鳥が描かれたお猪口を使っていたことぐらいかな」

 「黄緑色、ですか」

 「ああ、一昨日ぐらいに、熟れる前の黄緑色の蜜柑を食って、腹を壊しちまってな……。それからしばらく、黄緑色に敏感になってて……それで覚えてたんだと思う」

 「なるほど……」

 黄緑色の鳥が描かれていた、か……。

 

 「ねえ、なるほどくん。今の話、なんかおかしくない?」

 「? そうかな」

 「うーん……なんかおかしいと思うんだけど」

 真宵ちゃんが、こめかみを押さえる。……ぼくは特に違和感を覚えない……一応覚えておくか。

 

 「被害者が苦しみだして倒れた後、皆さんはどうされましたか?」

 「そりゃ当然、被害者のもとに駆け寄ったさ。真っ先に隣に座っていた、名琴……って人間が駆け寄ったな」

 勇義さんは、名琴さんの名前を忘れていたのか、一瞬名前を思い出すのに手間取ったようだ。……名琴さんが最初に駆け寄った。ま、隣に座っているならそりゃそうか。

 「その後、名琴が被害者の脈を確認したが……。……その時点で、もう息絶えていたさ。まあ、鬼殺の秘薬を飲んじまったなら無理もない。ありゃ、マジでやばい毒だからな」

 「その後はどうしたのですか?」

 「華扇の奴が、警察に連絡しに行ったよ。そん時に、華扇が、誰もそこから動くなって言って、みんなそれに従って、大人しくしていたさ」

 「華扇さんが警察を呼びに行った以外に、誰も外には出ていませんか?」

 「ああ、出ていない。不審な動きをしている奴は誰もいなかったから、誰かが容器を始末した、なんてことはあり得ないぞ」

 「ぐぬぬ……」

 やはりここが問題なんだよな……毒の入った容器、どこに行ってしまったんだろう……。

 

 

 「どう。なるほどくん。なにか見つかった?」

 「うーん……今のところ、問題がないんだよな、勇義さんの証言。どこかに、ほころびがあると思ったんだけど、どうやらそう甘くもないみたいだ。むしろ聞けば聞くほど、より確実になっていくというか……」

 「……ね、さっき私がいったところ、やっぱりおかしくない?」

 「さっきっていうと……“黄緑色の鳥”のところか」

 「そうそう。一回、法廷記録を確認してよ」

 「分かった。見てみるよ」

 ぼくは真宵ちゃんに促され、法廷記録を開く。…………ああ、なるほど。違和感って、これのことか。

 

 「分かったよ。真宵ちゃん。ムジュン、一つだけ見つかったみたいだ」

 「ほんと? よかった。よし、じゃあ、ビシッと異議を唱えちゃおう!」

 

 「異議あり!」

 指をつきつけたぼくは、そのまま説明を続ける。

 「証人。被害者が黄緑色の鳥が描かれたお猪口を使っていた……それはあり得ないんですよ」

 「な、なに? 私は確かに見たぞ!」

 勇儀さんは、盃を落としそうになりながらも、反論する。

 「……証人。それはあなたの勘違いです」

 ぼくはそう言って、法廷記録からメモを取り出す。

 「これは、伊吹萃香さんから教えてもらった、お猪口についての情報です。あの日、あの宴会では、五種類の柄のお猪口が使われていました」

 「ああ、その通りだ。その中に、鳥が描かれたお猪口もあったはずだぞ」

 「確かに、鳥の描かれたお猪口はあります。……しかし、色が違います。お猪口に描かれた鳥の色は、“鶯色”なのです」

 「な、なに?」

 「被害者が使っていたと推測されるお猪口に描かれた鳥の色も、当然、鶯色でした」

 ぼくは机を叩く。

 「つまり、証人。あなたの発言は、これらの証拠品と決定的にムジュンしている!」

 「な、なんだと!?」

 傍聴席が、少しざわめく。……些細なムジュンではあるが、ムジュンはムジュン。ひとまず糸口を見つけたぞ。

 

「異議あり!」

 検察側から、傍聴席のざわめきをかき消すほどの異議が飛ぶ。

 「ふん。取るに足らないムジュンをチクチクと指摘して……あなたの戦術には、もう飽き飽きです!」

 四季検事は、悔悟の棒で机を叩く。

 「いいですか! この証言で重要となるのは、“被害者の肌に被告人が触ったこと”の一点のみです。お猪口の色が多少違うことなど、何の問題にもならない!」

 「異議あり! しかし、宴会で使用されたお猪口の中に“黄緑色の鳥”が描かれたお猪口がないことは、明確な事実です。このムジュンを見逃すことはできません!」

 「異議あり! 黄緑色と鶯色は、共に緑系の色です。酔っていた証人が見間違えた可能性だってある!」

 「ぐ……!」

 そんなことを言われてしまえば、反論の仕様がない!

 

 「証人。どうかしら。あなたが見たお猪口に描かれていた鳥の色は、一体どちらだったのかしら?」

 勇儀さんは、頭をひねりながら思い出そうと奮闘する。

 「う、うーん……どっちだったか……。でも……言われてみれば、鶯色だった気もしなくもないな……」

 「そ、そんな!」

 勇儀さんは、検察側の主張を聞いて、意見を変えてしまった。くそ……せっかく見つけたムジュンだったのに!

 四季検事は、勇儀さんが意見を変えたのを見て、まんざらでもない顔になる。

 

 「ふふ。言ったでしょう。黄緑と鶯色は似ている、と。やはり証人の勘違いだったのです。さて、弁護人。お得意のムジュンは、これできれいさっぱり消え去りましたよ!」

 「ぐ……ぐおおおっ!」

 く、くそ……。出鼻を挫かれた……。これはマズいぞ。

 「さて、弁護人の妄言を崩したところで、尋問に戻っていただきましょう。……と、言っても、これ以上何かが見つかるとは思えませんが」

 ぐ……完全になめられている。今に見てろ……!

 

 とりあえず、尋問に戻る。……しかし、これ以上何を聞いたらいいのだろうか。……さっき、ムジュンを見つけたのは、被害者が酌をされていたってところをゆさぶった時だったな。

 ……無駄かもしれないけれど、もう少しだけゆさぶってみるか。

 

 「証人、被害者が酌をされていた事についてですが……ほかに何か覚えていることはありませんか?」

 「ええー? あんたも無茶言うね」

 勇儀さんは、盃に酒を注ぎながら不満げに言う。

 「なんでもいいんです。何かありませんか?」

 「そう言われてもね~」

 勇儀さんは、盃に酒を限界ギリギリまで注ごうとしているのか、ヒョウタンをずっと傾けたままにしている。しかし、そのまま考え事をしていたせいか、盃から酒が溢れてしまった。

 「おっと……私としたことが、酒をこぼしてしまった」

 勇儀さんは、あわててヒョウタンを垂直に戻す。

 

 「証人……後で掃除しておいてくださいね」

 四季検事が、検察席から勇儀さんのことを睨む。

 「わ、悪い悪い」

 勇儀さんは、やや申し訳なさそうな顔をする。が、その直後、何かを思い出したのか、ハッとした顔になった。

 「あ……。そういえば、今ので一つ思い出したぞ」

 「! な、何ですか!」

 「被害者が酌をされていたって言っただろう? あの時、被告人のお人形さんが、思いっきり酒をこぼしたんだよ」

 「被告人が?」

 「ああ、そうさ。それはもう盛大にぶちまけてさ。まあ、こぼされた本人は“気にすることはない”って笑っていたけど……私だったら、気持ち悪くて着替えたくなるぐらいの量がこぼれていたな」

 勇儀さんは、盃を回しながら話す。

 

 メディスンさんが酒をこぼした。新しい情報だ……あれ、でも待てよ。それっておかしくないか?

 ぼくは法廷記録を開き、ある情報を確認した。……そうだ、やっぱりおかしい。勇儀さんの今の発言は、あの証拠とムジュンしている!

 

 「異議あり!」

 指をつきつけた勢いで、机を叩いた。

 「証人、今の発言はさすがに聞き逃せません。あなたの証言は、ある情報と決定的にムジュンしている!」

 「な、まだムジュンがあるっていうのか!?」

 二度もムジュンを指摘され、さすがの勇儀さんも動揺する。

 

 ぼくは、法廷記録からメモを取り出すと続ける。

 「これは、名琴さんから聞いた情報です。実は、彼も宴会の場で被害者が酌をされたときに、相手に酒をこぼされていた、と話していました」

 「そ、そうだ。私以外もそう話しているんだ。ムジュンはないはずだ」

 「いいえ、そうはいきません。……問題となるのは、“誰が酒をこぼしたか”という点です。あなたは、酒をこぼしたのは“被告人”と話しました。……しかし、名琴さんは“萃香さん”がこぼしたと話している。……つまり、証人。あなたの発言は名琴さんの話とムジュンしているのです!」

 「異議あり! ふん。一度ならず、二度までも同じことを言わせるとは……。いいですか、そんなことは些細な問題です! 重要なのは、“被告人が被害者の肌に触れた”という事実のみで……!」

 「異議あり!」

 検察側の言葉を遮る。同じことを何度も言いたくないなら、遮って黙らせるまでだ!

 

 「いいえ。四季検事。さすがにこのムジュンは見逃せません。確かに、先ほどの鳥の色の話については、証人の勘違いだと捉えることもできます。……しかし! さすがに酒をこぼした人物を勘違いするのは、いくら酔っていたとはいえ考えにくい! 弁護側は、このムジュンは看過できないものだと主張します!」

 傍聴席が、にわかに騒がしくなる。

 

 「静粛に!」

 紫さんが木槌を鳴らして、それを制止した。

 「……確かに、弁護側の言う通り、さすがにこれを勘違いだと片付けるのは、いささか問題があると思うわ。これは、証人の信用性に関わる話になりえると言えるわね」

 よし。紫さんが、こちらの肩を持ってくれた! これでひとまず安心だ。

 「異議あり!」

 しかし、検察側はまだ食い下がる。

 

 「では、名琴さんの話が間違っているとしたらどうでしょうか。酒をこぼしたのは、本当は被告人だった。これならば、問題はありません! ムジュンなど存在しないのです!」

 「異議あり! 四季検事、それを決めるのはあまりにも早急すぎます! 弁護側は、事実確認のために、伊吹萃香さんの証言、及び尋問を要求します!」

 「弁護側の要求を認めるわ。確か、証言者の中に伊吹萃香の名前もあったはずよ。検察側は、ただちに証人として入廷させるように!」

 紫さんが、検察側に命ずる。よし、まずは第一関門突破だ。この後の萃香さんの証言で、さらに情報を引きずり出してやる!

 

 一方の検察側は、論争に敗れたのが不服だったのか、悔悟の棒で机をバシバシと叩いている。そして、そのままの姿勢で「分かりました……すぐに入廷させましょう」と、紫さんの要請に応じた。

 勇儀さんは、一時法廷の脇に移動する。そして、法廷の扉が開かれた。小さな鬼のシルエットが見える。……さて、第二面と行こうか!

 

 「では、証人。名前と職業……と、言いたいところですが、まずはその前に踏み台を用意してあげる必要があるようですね」

 証言台についた萃香さんは、若干身長が足りないのか、鼻から下の部分が証言台に隠れてしまっている。その代わりに、ピョコンと二本の角がはみ出し、まるで何かのオブジェのような風貌になってしまっている。

 

 「ああ、踏み台かい? それならいらないよ」

 小町さんが踏み台を取りに法廷を退出しようとするのを、萃香さんは制止する。

 「こういう時は、私の能力を使えば大きくなれるってもんさ」

 萃香さんがそう言って、数秒も経たないうちに、彼女の体は少しずつ大きくなり、やがて、証言台につくのに十分なくらいの大きさになった。

 

 「わあ、すごい! これが萃香さんの能力何ですか?」

 真宵ちゃんが驚きの声を上げる。

 「ああ、そうさ。私の能力は“密度を操る程度の能力”。……まあ、物の大きさを自由自在に操る能力だと思ってもらえばいいよ」

 萃香さんは、伊吹瓢に直接口をつけて、ゴクゴクと酒を飲む。

 「応用次第で、色々使えそうな能力だね。あれでトノサマンバルーンを膨らませれば……」

 真宵ちゃんは、何やら一人でぶつぶつと言っている。トノサマンバルーン……そんな事件もあったなあ。

 

 「……ところで証人。なぜ、あなたまで法廷で飲酒を始めるのですか?」

 四季検事は、眉をピクピクとさせ、怒りの感情をあらわにする。

 「ふえ? だって、勇儀の奴が飲んでいるじゃないか。なら、私だって飲んでいいだろう?」

 萃香さんは、当然だ、とでも言いたげな様子で、酒を飲み続ける。

 法廷の角のほうを見ると、勇儀さんがヒョウタンから酒を注いでは飲み、酒を注いでは飲むという動作を繰り返している。

 「……いいですか。あの証人は、“特例”で飲酒を許可しているのです。あなたにまで許可を下すわけにはいきません。私に法廷を無法地帯にしろと言いたいのですか!」

 ……とっくの昔に無法地帯だと思うけどな。

 

 「ほーん……いいのかい、そんなこと私に言って」

 「な……。脅しをかける気ですか?」

 萃香さんは、薄ら笑いを浮かべる。何をする気だ……?

 

 「……泣き叫ぶぞ」

 「……へ?」

 「あんたが飲酒を認めてくれないなら、私、ここで泣き叫んでやる! 証言なんかやってやらないもんねー!」

 「おおー! いいぞ萃香! もっとやれやれ!」

 萃香さんは、いきなり地団太を踏み出すと、とんでもないことを言い出し、勇儀さんが法廷の角からそれに同調しだす。……ああ、もう滅茶苦茶だよ。

 

 「ぐ……酔っ払いの鬼どもめ……。……ああ、分かりましたよ! 認めればいいんしょう、認めれば!」

 「お、話が分かるじゃないか」

 「ああ、なぜ私がこのような目に……」

 四季検事は、行き場のない悔悟の棒をバシバシと机に叩きつけながら、頭を抱える。

……さすがにちょっと同情を禁じ得ない。

 

 「ははは、まあそう落ち込むなって! 別に酒を飲んだところで証言するのに影響はないって! ゴクゴクゴク……」

 萃香さんは、腰に手を当てて酒を飲む。……そのうちぶっ倒れてしまわないのだろうか。

 

 「ぐ……。も、もういいです! 証人、名前と職業、種族!」

 四季検事は投げやりになりながら、身分確認をする。

 

 「あ~。名前は~、伊吹萃香。種族は~、鬼。職業は~、無職でーす!」

 今の一気飲みで少し酔いが回ったのか、萃香さんの呂律がやや怪しくなる。

 「……では、証人。宴会中に、被害者に酌をしたことについて話してください」

 四季検事が、机に突っ伏したまま、ボソボソと話す。

 

 「ふあ? 今、何て言った?」

 とうとう聴力にまで影響が出たのか、萃香さんは耳を手に当て、聞き返す。

 「被害者にっ! 酌をしたときのっ! 証言っ! もうこれ以上私のことを弄ばないでください!」

 「ああ、酌の話ね。了解了解」

 ……かわいそうな四季検事。

 半ベソをかきだした四季検事をよそに、萃香さんは呂律の回らない証言を始めた。

 

 ―証言開始― ~被害者に酌をしたこと~

 

 「……確かに、被害者に酌をしたな。んで、そん時に酒をこぼしちまったな、それも勢い良く。被害者は、気にしなくていいと言ってくれたが……ありゃ相当な量だったと思うぞ。そして、私が酌をした直後に、被害者は血を吐いて倒れたんだ。ありゃ驚いたね」

 

 

 

 「……どうやら、これで一つ確実になったようですね」

 証言を聞き終えたぼくは、開口一番そう言った。

 「どうやら、弁護側の主張していた通り、酒をこぼしてしまったのは被告人ではなかったようね」

 紫さんがそう言った。

 「そのようです。……そして、このことにより、一つ明らかになることがあります」

 「……なんでしょう」

 ある程度回復した四季検事が言った。

 

 「先ほど、勇儀さんが話していた“被害者に酌をした人の順番”のことを思い出してください」

 「えっと……確か、順番で言うと、勇儀、華扇、そして残る二人の順番が分からない、って話だったわね」

 紫さんが指折り数えて話す。

 「その通りです。そして、ただ今の証言により、最後に酌をした人物が証人であることも判明しました」

 「えっと……なんで、そう言い切れるのかしら」

 「証人は、ただ今の証言で、“自分が酌をした後に被害者は死亡した”と話していました。……仮に、証人が三番目に酌をした人物だとした場合、最後に酌をした被告人が既に死亡した人物のお猪口に酌をするという、奇妙な状況が出来上がってしまいます。このことから、証人こそが被害者に酌をした、最後の人物であることが確定するのです!」

 

 「異議あり! ……そんなことがどうしたというのですか。被害者に酌をした順番が分かったところで、何の意味もありません!」

 「異議あり! ところが四季検事。このことによって、ある一つの可能性が浮かび上がるのです」

 「か、可能性……?」

 「被害者は、“証人が酌をした直後”に死亡している。そして、鬼殺の秘薬は即効性のある毒だった。……つまり、被害者は証人に酌をされたときに、毒を盛られたという可能性が考えられるのです!」

 「……! た、確かにそのとおりね!」

 傍聴席から、少しざわめきが起こった。

 「異議あり!」

 が、そのざわめきは、検察側の異議で吹き飛ばされる。

 

 「毒物は被害者の体内からしか発見されていないという事実……忘れたとは言わせません。……確かに、あなたの推理は筋が通っている。しかし、それを阻む証拠品があるのもまた事実。つまり現時点では、あなたの主張など、仮初めのものにすぎないのです!」

 「ぐ……」

 ……言い返せない。四季検事の言っていることは正しい、あくまでもこちらが提示したのは“可能性”だ。そして、この可能性を打ち砕く事実が存在している以上、この可能性は崩れ去ってしまう……。

 

 その時、木槌の音が鳴った。紫さんだ。

 「……弁護側の言い分は分かったわ。確かに、今の主張は、可能性としてはあり得ないとは言い切れない。しかし、その可能性を確信に変えるにも、言いがかりと片付けるにも……どうやらまだ情報が足りないみたいね」

 「……そのようです」

 「と、いうことで、弁護人。情報集めのためにも、そろそろ尋問をお願いするわ」

 「分かりました」

 ……今のは、可能性にすぎない。こちらの本命となる主張は、華扇さんが毒物を摂取していたということだ。今回の尋問では、萃香さんが毒を入れた可能性を探しつつ、華扇さんを法廷に引きずり出せるような情報を探すんだ!

 

 

 ―尋問開始― ~被害者に酌をしたこと~

 

 「被害者に酌をしていたという証言。間違いないですか?」

 「んにゃ? なんでそんなこと聞くんだよ」

 「い、いえ。念のため、聞いておこうかなー、と」

 「ふーん……。まあ、間違いないよ。いくら酔っているとはいえ、そのくらいは覚えているさ」

 「なるほど。では、被害者に酒をこぼしてしまったという話も?」

 「ああ、間違いない」

 ……嘘をついている様子はないな。ま、と言っても、ここで嘘をつく理由なんてないか。

 

 「……被害者に酌をした酒に、毒物を混ぜていた、なんてことは……さすがにありませんよね?」

 「……ほう。なんだい、私を疑っているのかい?」

 「い、いえ。これも念のため……」

 萃香さんは、たじろくぼくを見て、ため息をつく。

 「はあ……。いいかい、兄ちゃん。私は、自分が使っていた徳利の酒を被害者に注いだんだ。流石に、自分の徳利には毒は入れないさ。そんなの自殺行為だよ」

 「で、でも、被害者を殺害した後、一切酒を飲まなければいい話なのでは……」

 

 「異議あり!」

 検察側からの異議だ。

 「……弁護人。もう忘れたのですか? 毒物は、お猪口や徳利などの食器類からは一切発見されていないのです。また、仮にそれらに毒物を混入させたとしても、あの場にいた誰もが、それを処分できなかった。この時点で、彼女が毒を入れた可能性は、無に等しいのですよ」

 「あっ……! ごめんなさい。忘れてました」

 「全く、しっかりしてくれよ、兄ちゃん。いいか! 私の容疑は、被害者のお猪口に描かれた川のように透き通っている」

 「……ええと、いまいち言っている意味がよく分かりません」

 「え。分からない? 結構いい例えだと思ったんだけどな……。要は、私は潔白ってことさ。鬼を殺す毒なんて、持ち歩くはずがない!」

 「そ、それは失礼しました……」

 ……怒られてしまった。……? でも、待てよ。今、萃香さん少し妙なことを口走ったような……。

 

 「異議あり!」

 ……自分自身でも、このムジュンが意味するものが、いまいち見えてこない。……だが、ムジュンはムジュン。指摘せずに放っておくわけにはいかない!

 

 「証人。あなたの発言によると、被害者は“川の絵”が描かれたお猪口を使っていたそうですね?」

 「あ、ああそうだ。それがどうかしたのか?」

 「……やはり、あなたの証言はおかしい」

 「お、おかしい? どこがさ?」

 「……あの日、被害者が使っていたお猪口には、川の絵なんて描かれていなかったのですよ!」

 「な、なに?」

 

 「異議あり!」と、四季検事が異議を挟む。

 「弁護人、またその話ですか! 何度も言っているでしょう。お猪口に描かれた柄など、酔っていたら見間違えてしまうものです。今回も、先ほどの証人と同じように、勘違いだとするのが妥当です!」

 「異議あり! 同じ柄の違いとは言え、今回と前回では訳が違う! 似たような色の黄緑と鶯色を見間違えるのは仕方がないかもしれません。だけど流石に、青と鶯色は見分けがつくでしょう!」

 「ぐ……!」

 四季検事がやや怯んだ。

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれよ、兄ちゃん! 私は確かに見たんだ! 被害者が川が描かれたお猪口を使っていたところを!」

 萃香さんもこちらに反論してくる。……どうも、嘘をついている様子はない。しかし、被害者の席においてあったお猪口には、川なんて描かれていなかった。……一体どういうことなんだ?

 

 「……なあ。ちょっとだけいいか」

 すると、法廷のどこからからか、声がした。

 「……今、発言をしたのは……さっきの証人ね」

 

 見ると、証言台のそばに勇儀さんの姿があった。

 「勇儀さん、どうかしたのですか? 何か言いたいことがあるようですが」

 ぼくが問いかけると、勇儀さんは頭を掻きながら話す。

 「いや~。被害者が使っていたお猪口に、川の絵がどうとか、って話なんだけど……。実は私、華扇が川の絵が描かれたお猪口を使っているのを見てるんだよな」

 「な……なんですって!」

 ぼくは思わず叫んだ。どういうことだ……? 川の描かれたお猪口を華扇さんが使っていただって?

 「い、茨木華扇……!」

 四季検事は、お猪口の柄の問題よりも、華扇さんの名前が出たことに動揺しているようだ。何やら様子がおかしい。

 傍聴席からは、話声が聞こえる。傍聴人たちも、この状況に困惑しているようだ。

 「異議あり!」

 そんな中、検察側からまたも異議が飛び出す。

 

 「裁判長! これはもう、お話になりません! 今、この場で議論すべきは、被害者の殺害方法についてです。お猪口の色や柄など、些細な問題なのです!」

 四季検事は必死に主張する。その様子は、かなり焦っているように見える。華扇さんの名前が出てから、明らかに様子がおかしい。

 

 紫さんは、四季検事の言葉を、目を瞑って聞いていた、が、首を縦に振ろうとはしない。

 「検察側の異議は認められないわ。……確かに、お猪口の柄については、極めて些細な問題。議論すべき話題から逸れた物と言える。……しかし、二度もこのようなムジュンが出てきてしまえば話は別。本法廷は、このムジュンは看過できないものだと考えるわ!」

 「ぐ……!」

 四季検事が、今回の法廷で一番の動揺を見せた。

 

 「……さて、どうやら食い違った証言が出てきたようね。……弁護人は、どちらが本当の事を話していると思うかしら?」

 本当の事を話しているのはどちらか……。それを確定させるには、もう一方の意見が間違っているということを証明しなければならない。……しかし、それを証明できるだけの情報や証拠はない。ならば考えられるのは……。

 

 「……どちらも正しい。弁護側はそう主張します」

 「ど、どちらも……。一体どういうこと?」

 「この状況が成り立つには、二つのパターンが考えられます。一つは、被害者と華扇さんの二人が、川の描かれたお猪口を使っていた場合。そして、もう一つは二人の間で、お猪口が交換された場合です。このどちらかならば、このような状況が出来上がると考えられます」

 「なるほど。……しかし、本人の話を聞かないことには、どちらが正しいかは分からないわね」

 ……しめた! これは華扇さんを法廷に呼ぶ絶好の機会だ!

 ぼくは机を叩く。

 

 「どうやらそのようです。裁判長! 弁護側は、確認のためにも茨木華扇さんの証言を要求します!」

 「分かったわ。弁護側の要請を受け入れましょう。検察側、異議はないわね?」

 「……問題ありません」

 四季検事は、抵抗する様子もなく、紫さんの言葉を飲む。その姿はどこか不服そうだ。

 「……確認のために“も”ですか。……なるほど。一本食わされたようですね」

 四季検事は、親指の爪を噛む。……どうやら、こちらの意図が読まれているようだ。

 

 あの様子だと、四季検事は華扇さんが吐き気を感じた一件を知っているように見える。

……そして彼女は、恐らく、ぼくと同じ結論にたどり着いているのだろう。被害者だけでなく、華扇さんも毒物を飲んでいる可能性がある、という結論に。

だから、華扇さんの名前が出たとたん、焦りだしたんだ。……名前が出てしまった以上は、華扇さんを証言台に通さざるを得なくなるからだ。

 

 ……何はともあれ、これはチャンス。偶然ではあるものの、検察側が恐れていた華扇さんをついに証言台に引きずり出せた! 後は、彼女が毒を飲んでいたことを証明すれば……この裁判は一気にこちら側に傾く!

 

 紫さんが木槌を鳴らした。

 「では、本法廷はこれより十五分間の休憩に入るわ。検察側は、それまでに証人の準備をしておくように!」

 「……承りました」

 「では、一時休廷するわ!」

 もう一度木槌が打ち鳴らされ、法廷は一時中断となった。

 

 【同日 午後1時23分 裁判所 被告人第二控室】

 「やったね、なるほどくん! 華扇さんを法廷に呼び出すことができたよ!」

 控室に戻ってくると、真宵ちゃんが歓喜の声を上げた。

 「ああ。後は、華扇さんが宴会の席で毒を飲んでいた可能性を主張することができれば、こちら側に流れは傾く」

 よし、何とかうまく行きそうだ。……うまく行き過ぎて、我ながら怖い。

 

 「流石ね、弁護士さん! もうこんなに有利な状況になるなんて!」

 一旦、控室にやってきたメディスンさんが言った。

 「メディスンさん。緊張はもう解けましたか?」

 「ええ、流石に解けているわ。今のところは順調みたいね」

 「はい。後は、留置所でお話ししたことを証明することができれば、どうにかなるかと」

 「ふふ。もしかしたら、次の証人が決め手になっちゃうかもね」

 「ええ。……そう、ですね」

 「? どうしたの、なるほどくん。なんだか歯切れが悪そうだけど」

 「い、いや。何でもないよ。大丈夫」

 「そう? ならいいんだけど」

 うーむ……本当に我ながら事がうまく運びすぎているような気がして、怖い。……どうも、何かもうひと悶着ぐらいありそうな気がしてならない。

 

 「おーい、弁護士さん! 証人の準備ができたみたいだよ! そろそろ戻ってきておくれ!」

 小町さんが控室にやってきた。思っていたよりも早い。

 「さて、それじゃ弁護士さん。後は頼んだわね」

 メディスンさんは、特に心配する様子も見せず、控室を後にした。

 

 「さて、なるほどくん。私たちもいこうか!」

 「……そうだね」

 何とも言えない不安な気持ちを抱え、ぼくは控室を後にした。

 

 

 

 【同日 午後1時33分 裁判所 法廷】

 弁護席に戻ると、既に二人は自身の席についていた。ぼく達が戻ってきたのを見て、紫さんは木槌を鳴らす。

 「では、審理を再開するわ。四季検事、証人の召喚は済ませられたかしら?」

 「ええ、何の滞りもなく。すぐにお呼びできます」

 四季検事は、すっかり落ち着き払っている。先ほどまで見せていた動揺が、欠片も感じられない。

……やはり不安だ。メディスンさんは、華扇さんの証言で決まると言っていたが……少なくともそれはないと思う。

 

 「では、早速入廷していただきましょう。係官、証人をここへ!」

 四季検事がそう言うと、法廷の扉が開かれ、華扇さんが入廷してきた。さっきまでの二人とは違い、落ち着いた物腰をしている。もちろん、酒の匂いもまったくしない。

 

 「……ああ。普通の証人が、これほどまでに有難い存在だとは……」

 四季検事は、法廷で好き勝手をしない華扇さんを見て、ある種の感動を覚えているようだ。

 「あ、あの検事様……いったい、先ほどまで法廷で何が?」

 「ああ。あなたは気にする必要はありません。……後であの鬼どもには、私がきつ~いお説教を食らわせておきますので」

 「……何となく察しました。どうやら、私の友人が迷惑をかけたようですね。お詫びいたします。つきましては、私も説教に加勢を……」

 「……助かります。あの者たちには、しっかりとお灸をすえてやらねば」

 「ええ。同感です。せっかくの機会ですし、みっちりと絞ってあげましょう」

 

 すでに退廷した二人の知らぬところで、四季検事と華扇さんが謎の協定を結びだした。

……二人にはかわいそうだが、完全な自業自得だ。ここは素直にお説教を受けてもらうとしよう。

 

「……話がそれてしまいましたね。では、証人。名前と職業、種族をお願いします」

 「名は茨木華扇と申します。種族は仙人。……未だ修行の身でございます」

 「……では、証人。宴会中にあなたが見聞きしたことについて、証言をお願いいたします」

 「宴会中のことですか……。分かりました。覚えている範囲でお話しさせていただきます」

 

 —証言開始— ~宴会中に見聞きしたこと~

 「宴会の場で、私は被害者の方の、ちょうど右隣に座っていました。……一度、被害者の方に酌をしたと記憶しています。宴会が始まってしばらくしたところ、急に吐き気を感じ、一度席を立ちました。戻ってきてしばらくすると、突然被害者の方が苦しみだし、血を吐いて倒れてしまいました。その後、私が警察に連絡をしに行きました」

 

 

 

 「……え、えっと、証人。これだけ、ですか?」

 「は、はい。私の覚えていることは、これで全てです」

 焦るぼくの姿を見て、四季検事がほくそ笑んだ。

 

 「……どうやら、この証人は自分が使っていたお猪口の柄について覚えていないようです。つまり、証人が使っていたお猪口の柄が変わっていたかどうかを、証明することはできない。弁護人。どうやら、あなたの目論見はここで朽ち果ててしまったようですね!」

 「ぐ……!」

 ……悪い予感が当たってしまった! 

……今回、ぼくは華扇さんが毒を飲んでいたことを証明しようとしていた。そして、その理由として、誰かが彼女のお猪口と毒の入ったお猪口を交換した、と主張するつもりだった。

でも、肝心の華扇さんがそのことを覚えていない! 勇儀さんや、萃香さん達の話だけでは、お猪口が入れ替わっていたと証明することは不可能だ! くそ、本人の口から話されるのが、一番説得力があるのに!

 

 四季検事の動揺が消えていた理由が分かった。彼女は、証人召喚の時に、先に華扇さんから話を聞いていたのだろう。そしてそこで、華扇さんがお猪口のことについて覚えていないと知った。だから、あんなに余裕そうでいられたんだ!

 

 「ふふ……焦っているようですね。弁護人」

 四季検事は、悔悟の棒を、手のひらにペチペチと打ちながら、余裕綽々な笑みを浮かべる。

 ま、まずい……! 向こうは完全に調子を取り戻している!

 いつの間にか窮地に陥ってしまった弁護側。しかし、さらにそこに追い打ちをかけるような発言が、紫さんから飛び出る。

 

 「……さて。本法廷で、未だ解明されていない謎は、この証人のお猪口が入れ替わっていた可能性という一点にまで絞られた。私個人の意見としては、この謎は解決されるべきだと思うわ。……しかし、この謎は、事件の大筋から外れた謎。今のところ、事件との関連性は一切見受けられないと言える。……よって、この尋問において、事件との関連性、もしくは、明確なムジュンが見受けられなかった場合、本法廷はこれ以上の審理は不要なものと判断するわ!」

 「な、何ですって……!」

 思わずのけ反ってしまう。うう、さっきまではいい感じだったのに!

 

 「ふふふ。裁判長の賢明な判断に感謝します」

 四季検事は、裁判長席に向かって一礼した。

 

 ……どうやら、ここが正念場のようだ。ここで何かムジュンを見つけられなければ、こちら側の敗北が確定してしまう! ……覚悟を、決めなければ。五感をフル活用して、何でもいいから引きずり出すんだ!

 

 「どうやら、弁護側も腹を固めたようね」

 紫さんが、裁判長席から身を乗り出し、こちらを見ながらそう言った。

 「……では、弁護人は、最後の尋問に取り掛かるように!」

 木槌の音と共に、尋問が始まった。

 

 

 

 ―尋問開始― ~宴会の場で見聞きしたこと~

 「被害者の右隣に座っていた。間違いないですか?」

 「ええ。断言できます」

 華扇さんは首肯(しゅこう)する。

 

 「ふふ。弁護人、そんなことを聞いたところで、ムジュンは現れませんよ」

 四季検事がこちらを挑発してくる。ええい、ムカつくけど、今は無視! 尋問に集中するんだ!

 

 「被害者に酌をしたときに、何か違和感を覚えたりはしませんでしたか?」

 「はて。違和感というと具体的にはなんでしょう?」

 「えーっと、例えばその……。血を吐いていた、とかですかね?」

 「ちょっと! なんでそこで疑問系になるの!」

 真宵ちゃんからツッコミが入る。

 

 「ええっと、違和感についてですが……申し訳ありませんが、特になかったと思います」

 「そ、そうですか……」

 「ふん。当たり前です。被害者が死亡したのは、伊吹萃香氏によって酌がなされた後です。証人が酌をした時点では、被害者に異変が起こるなどありえない。……証明した弁護人自身が、そんなことを聞くとは。滑稽なものですね」

 「わ、悪かったですね!」

 「ま、まあまあ弁護人。落ち着いて」

 紫さんになだめられた。うう、我ながら大人げない。

 

 「吐き気を感じた、とのことですが……どのような状況で、そうなったのでしょう」

 「分かりません……突然、胸のあたりが苦しくなって。席を立って、厠で吐いてみたところ……吐しゃ物に血が混じっていました」

 「ち、血が?」

 「ええ。……あれは、吐き気というよりは、痛みといったほうが正しいかもしれません。そう、まるで内側からえぐられるような」

 「なるほど……。ちなみに、お酒はどのくらい飲まれましたか?」

 「かなり少なかったと思います。宴会の席にあった二種類のお酒を、それぞれ少しずつ、といった感じです」

 「それ以外には、何も口にしていないということですね?」

 「はい。食べ物を除けばそうなります」

 ふむ……筋は通っているな。だけど、まだ情報が欲しい。もう少しゆさぶろう。

 

 「では、吐き気を感じた時、他に違和感はありませんでしたか?」

 「違和感、ですか……」

 「例えば、お猪口の柄が変わっていたとか……」

 「異議あり! 弁護人は、証言を誘導しようとしています!」

 「検察側の異議を認めるわ。弁護人は質問を撤回して頂戴」

 ……さすがに強引だったか。

 

 華扇さんは、目を閉じ、腕を組んで必死に思い出そうとしてくれている。そして、しばらくした後、彼女の目が開いた。

 「違和感ですが……。一つだけ、あるにはあります」

 「……! 何ですか!」

 「私が、吐き気を感じる前に飲んだお酒なのですが……妙に“えぐみ”のある味をしていました」

 「え、“えぐみ”ですか」

 「はい。それまで飲んでいたお酒には、えぐみなどなかったのですが……。吐き気を感じる直前に口にしたものだけ、味が変わっていました。あれはいったい何だったのでしょうか……」

 

 華扇さん吐き気を感じる直前に飲んだお酒に“えぐみ”があった……待てよ、それってあの情報とムジュンしていないか?

 

 「異議あり!」

 ……まさか、この情報が役に立つとは思っていなかった。やはり、人……いや、鬼の話はきちんと聞いておくべきだな。

 

 「証人。あなたが吐き気を感じる前に飲んだお酒には、“えぐみ”があった。断言できますね?」

 「ええ。忘れようのない味でした。断言できます」

 「ありがとうございます。証人。……これで、どうやら証明できそうです」

 「異議あり!」

 検察側からの異議だ。

 「飲んだ酒にえぐみを感じた……。ふん、それがどうかしたのですか。そんな些細な情報、気にかけるに能わないものです!」

 自信満々に言い放つ四季検事。が、ぼくはその言葉に思いっきり首を振ってやった。

 

 「ところが四季検事。この話は、とある証拠と決定的にムジュンしているのですよ!」

 「む、ムジュンですって?」

 ぼくは、法廷記録からメモを取り出した。

 

 「あの日宴会では、二種類の酒がふるまわれていたようです。名前は、“鬼殺し”に、“神便鬼毒酒”。それぞれ、辛い味と、甘い味を特徴とする酒です」

 「辛いと甘い……あっ!」

 四季検事は、こちらの意図に気づいたのか、顔をしかめた。

 

 「先ほどの尋問で、証人は宴会でふるまわれた酒以外の液体は、一切口にしなかった、と証言しました。……しかし、彼女は、“えぐみ”のある液体を口にしている。これは、明らかなムジュンです!」

 「ぐううっ!」

 四季検事が叫んだ。傍聴席からは、少しざわめきが起こる。

 

 「静粛に!」

 紫さんが、そのざわめきを制止した。それを確認したぼくは、そのまま続ける。

 

 「さて、ここで“なぜ証人はえぐみのある液体を口にしたのか”という疑問が浮かびます。宴会場でふるまわれた酒の中に、えぐみのあるものはない。つまり、これらの酒を飲んだことは、原因とはなりません。では、いつこのような状況が成り立つのか。……考え得る状況は一つです。何者かが、えぐみのある液体の入ったお猪口を、証人のものと入れ替えた時。それ以外ありえない!」

 「異議あり! どうやら、弁護側が主張したムジュンは正しいようです。しかし、その液体と事件との間に、関連性は見受けられない! えぐみのある液体が事件に関係していると証明できない以上、あなたの主張は何の意味も持たないのです!」

 「異議あり! お言葉ですが、このえぐみのある液体は、事件に大きくかかわっています! ……四季検事。この液体の正体が何か、あなたも既に知っているはずだ!」

 「ぐっ……。そ、それは……!」

 四季検事はこちらから視線をそらした。気づいているとみて間違いないようだ。

 

 「さて、舌戦はそこまでにして……。弁護側に問うわ」

 紫さんが木槌を打ち鳴らしながら言う。

 「証人が飲んだ、えぐみのある液体。その正体とは一体……!」

 

 ……ついに、ここにたどり着けた。液体の正体、それは決まり切っている!

 ぼくは、机を叩き、そして叫んだ。

 

 「証人が口にした液体の正体、それは……。被害者を死に至らしめた、鬼殺の秘薬です!」

 「ぐううっ!」

 四季検事が再び叫ぶ。傍聴席からは、今回の法廷で一番のどよめきが起こった。

 

 「静粛に! 静粛に! 弁護人。続けて頂戴」

 「被害者の殺害に使われた毒物、鬼殺の秘薬。その特徴の一つに、“強いえぐみ”があげられます。そして、証人が吐き気を感じる前に飲んだ液体もまた、えぐみがあった。証人が鬼殺の秘薬を口にしたことは、明白な事実です!」

 「異議あり!」

 四季検事は苦しい顔を見せたが、それでも引き下がる。

 

 「えぐみという共通点だけで、証人が毒物を飲んだと判断するのは、あまりにも早急です! あなたの理論で言うならば、この世に存在する全てのえぐみのある液体は、鬼殺の秘薬ということになってしまいますよ!」

 「異議あり! 証人が飲んだのは、間違いなく鬼殺の秘薬だったのです! 弁護側は、それを証明する証拠品を提出する準備があります!」

 「分かったわ。では、証拠品を提出してもらいましょう。証人が飲んだ液体が、鬼殺の秘薬だったことを示す証拠品を!」

 

 ぼくはメモを取り出すと、心の中で「くらえ!」と叫ぶ。

 「証拠品……それは、鬼殺の秘薬自体です!」

 「ど、毒自体が証拠なの?」

 紫さんが聞く。

 「鬼殺の秘薬が身体に及ぼす影響の中に、吐き気があげられます。証人の吐き気は、鬼殺の秘薬によって引き起こされた可能性がある!」

 「異議あり! 鬼殺の秘薬は、摂取した者に流れている鬼族の血に反応して、効果を示します。……しかし! 証人は仙人。鬼ではないのです。つまり、鬼殺の秘薬が反応するはずがない!」

 「異議あり! 残念ですが、検事。あなたの主張は間違っている!」

 「ぐ……ぐうっ!」

 四季検事が奥歯をギッ、と噛みしめた。

 華扇さんが、自身の正体のことを四季検事に話しているかどうか、ぼくは知らない。

しかし、華扇さんが証言台に立つことを彼女が恐れていたということは、四季検事は華扇さんの正体を知っているはず。だからこそ、今のぼくの言葉に、彼女は動揺したんだ!

 

 ぼくは、机を叩いて続きを言おうとする。が、ここで、華扇さんが自身の正体のことを隠したがっていることを思い出した。思わず、証言台のほうに目が行く。

 すると、華扇さんは観念したように目を閉じ、こちらに向かって頷いてくれた。

 ……話してもいい、ということのなのだろうか? 

確認の意味も込めて、目配せすると、彼女は再び頷いてくれた。

……華扇さんは、こちらに味方してくれたみたいだ。ならば、遠慮なく、彼女の正体を明かさせていただく!

 

 改めて机を叩く。

 「裁判長! 弁護側は、証拠を提出する準備があります!」

 「証拠……証人の正体を示す証拠ね」

 「その通りです!」

 「分かったわ。では、弁護側に提出を命じましょう。……この証人の、正体を示す証拠とは!」

 提出すべき証拠は、明白だ! ぼくは法廷記録から、写真を取り出した。

 

 「その証拠は、こいつです!」

 「それは……写真ね」

 「この写真には、かつて妖怪の山に君臨していた、鬼の四天王達が写っています。この写真に写った、桃色髪の鬼……見覚えがありませんか?」

 「……証人にそっくりね」

 紫さんが言った。

 「その通りです。証人は、元鬼族だった! 仙人になる修行の過程で、その血は薄まりましたが、彼女の中には、まだ鬼族の血が流れている! だから、彼女は鬼殺の秘薬を摂取し、吐き気を感じてしまったのです!」

 ぼくは、机を目いっぱい叩いた。……これで終わりだ!

 「つまり! 事件当時、宴会の場には毒の入ったお猪口があった! このことから、被害者が、そのお猪口から毒物を摂取して死亡した可能性が浮上するのです!」

 「き…………きゃあああああっ!」

 四季検事が悲鳴を上げ、机に突っ伏した。……どうやら、しのぎ切れたようだ。

 

 

 

 「……今の話を聞いていて、一つ思い出したことがあります」

 ほとぼりが冷めたころ、華扇さんが言った。

 「なんでしょう?」

 証言で思い出せないと言っていたことについてだろうか。ぼくは即座に華扇さんに思い出したこと、について聞いてみた。

 

 「吐き気を感じて厠に向かう前、私が使っていたお猪口には鳥の絵が描かれていました。しかし、厠から帰ってきたとき、私の席においてあったお猪口には……川の絵が描いてあったのです」

 「先ほどの鬼たちの話と一致する内容ね。証人は当初、鳥のお猪口を使っていた。しかし、席をいったん立って戻ってきた時には、お猪口は華のお猪口に入れ替わっていた……ということね」

 

 「そのようです。このことから、鳥のお猪口に毒が仕込まれていたと導くことができます」

 紫さんとの会話で、自分の中で情報の整理ができてきた。今の話を総合すると、鳥のお猪口を使っていた人物が、自らのお猪口に毒を入れ、それを同じく鳥のお猪口を使っていた華扇さんに手渡した、ということのようだ。

 もし、真犯人が鳥以外のお猪口を使っていたとした場合、華扇さんと真犯人の間でお猪口が交換されたタイミングで、柄が変わっていることがばれてしまう。つまり、同じ柄を使っていないとこの方法は成り立たないという事だ。

 ……これで、調査で調べるべき対象が見つかったな。探すべきは、鳥のお猪口を持つ人物だ。

 

 「……どうやら、新たな可能性が浮上したようね」

紫さんが言った。

 「当初、現場からは毒物は被害者の体内以外から検出されていなかった。しかし、たった今、弁護側が毒物の入ったお猪口が存在していた可能性を主張したわ。この時点で、検察側の主張は崩れてしまう。だけど同時に、弁護側が存在を主張する毒の入ったお猪口が発見されていないのもまた事実だわ。……今の時点で判決を下すのは、まだ無理なようね」

 紫さんは、木槌を鳴らす。

 

 「果たして、被害者の体内以外に、毒物が現場に存在していたのか? 弁護側・検察側ともに、再調査でこの点を明確にしてきて頂戴」

 「分かりました」

 「……御意に」

 双方とも、異議もなく紫さんの要請を受け入れた。

 「では、本日はこれで閉廷!」

 木槌が打ち鳴らされ、今日の法廷は終了した。

……た、助かった、みたいだな。

 

 

 

 【同日 午後2時23分 裁判所 被告人第2控室】

 「な、何とかなったみたいだね……」

 控室に戻ってくると、真宵ちゃんは冷や汗をかきながら言った。

 「あ、ああ。華扇さんがお猪口のことを覚えていないと言ったときは、流石に終わったと思ったよ」

 「いやー。やっぱりなるほどくんの弁護は、綱渡りになる運命なんだね」

 「……ぼくだって、そうせずにすむのなら、そうしたいものだよ」

 ああ、汗でシャツがべったりだ。このまま弁護士を続けていたら、命がいくつあっても足りないよ。

 「弁護士さん」

 控室に、メディスンさんが入ってきた。

 「あ、メディスンさん。お疲れ様です」

 「まずはありがとうと言っておくわ。何とか、首の皮一枚つながったみたいね」

 「ええ。結構ギリギリでした」

 「そうみたいね……被告人席で聞いていて、生きた心地がしなかったわ。開廷前に、真宵さんが言っていたことは、確かだったようね。隣に座っていた死神に、鎌をつきつけられる幻覚が危うく見えかけたわ」

 メディスンさんは、頭を抱えてフラフラとする。

 

 「……とにかく、これで一日延命することができました。この後は、調査でどのようにして華扇さんのもとに毒入りのお猪口が届けられたのか。そして、そのお猪口がどのようにして被害者の元に運ばれたのか。その二点を調べる必要があるようで……」

 「あー、その前にちょっといいかしら?」

 ぼくの耳元で声がした。思わず、「ふわあああ!」と情けない声が出る。

 

 「紫さん! 何ですか急に!」

 「あら、驚かしちゃった? ごめんなさいね~」

 ……嘘だ。絶対に驚かしに来てる。

 「意気込むのはいいのだけれど……。今朝言っていたことについて、少しお話しさせていただけないかしら?」

 「け、今朝……。ああ、そういえばそうでしたね。……でも、今は調査が」

 「ああ、それなら大丈夫よ。そんなに長くならないし、安心して頂戴!」

 「で、でも……」

 「つべこべ言わないの。……しかたないわね。それっ!」

 

 紫さんは、床に向かって空を割くように指を動かす。すると、浮き上がったような感覚がやってくる。と、思った次の瞬間、ぼくの体は、深い穴に落ちていった。す、スキマだ!

 「あ、そのスキマは私の家に繋がっているから安心して~! 後で会いましょう~!」

 紫さんは、スキマの入り口から顔を出し、こちらに呼びかける。

 

 「ちょ、ちょっと紫さん! やり方が強引ですよ!」

 徐々に遠くなる控室を、ぼくは見上げながら落ちることしかできなかった。……なんでこう、何度も穴に落ちないといけないんだ! 

 目玉模様だらけのスキマの中で、ぼくは一人抗いようのない理不尽に怒るのだった。

 

 

 

つづく

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