OVERLORD -ALTERNATIVE TALES-   作:嵐川隼人

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世界はいつだって変化する


序章
プロローグ


『地球は青かった』

 

 1961年4月12日、人類初の宇宙飛行を成功した人物が残した言葉らしい。

 

 かつて地球には、緑が広がる大地と青い海が存在したそうだ。

 人々はガスマスクなんて大層なものを装着せずとも、自由に外を出歩けるほど空気は洗浄されていた。犬や猫、鳥なんかも元気よく走ったり飛び回っていた。

 透き通った川や海で捕まえた魚を、その場でこんがりと焼いて食べたりもしていたという。川と言えば、当時の水はフィルターなどを使わずとも直接飲むことが可能だったと聞く。

 他にも朝には青い空に太陽が昇り、夜には黒い空に星と月が参上していたとか。

 

 昔の地球は本当に美しく、素晴らしい世界だったのだろう。だが、環境破壊が続いてしまった今の地球を知る者としては、その全てが夢物語のようにも聞こえてしまう。

 

 2138年、環境破壊が続いた現代の地球にかつての面影は何も残っていない。

 空は黒いスモッグで常に覆われ、太陽を拝むことはほとんど不可能。街は工場などから排出される有害物質の濃霧に包まれており、ガスマスク無しでの外出は自殺行為に等しい。太陽が姿を見せないため、当然のように日照不足が起き、ほぼすべての植物が枯れ果ててしまった。自然の根幹を担う植物の消失に伴い、人間を除く生物は急速に減少し続けている。それだけでは止まらない。有害物質が河川に溶けたことで、濁流としか言えないほど水が汚くなっていた。そんな水を飲むためには、フィルターが必須と言われる程に。

 破壊が進行した世界では、政治は機能しなくなっていた。今や国家は政治家ではなく、巨大複合企業が支配していた。根幹を考えれば、そもそもの原因はその巨大複合企業にあると言えるだろう。だが、そんなことすら指摘できないほど、人々はもはや藁にも縋る思いだったのだ。勿論、利益を求める企業が人にやさしい訳がなく、富裕層と貧困層の間で差別社会が完成するのは時間の問題だった。現在、企業に属する富裕層はアーコロジーと呼ばれる完全環境都市に住居を構えており、汚染された世界に住む貧困層とは別世界のような生活をしている。

 治安や教育については、何も言うまい。全て企業に有利に働く形に収まってしまった。

 

 荒廃しすぎてしまった世界。しかし、そんな世界にも一つだけ、富裕層と貧困層の境目がない文明が存在する。それは娯楽である。特に<Dive Massively Multiplayer Online Role-Playing Game>、通称DMMORPGの技術は目覚ましい進化を遂げていた。

 その中で、日本国内において最も人気だったとされるゲームが、<YGGDRASIL(ユグドラシル)>。700種類を超える種族、2000を超える職業クラス、6000を超える魔法の数々、自身のアバターやアイテム、更にはない方データの設定まで、ほぼ自由に自分の思うがまま作れるのがこのゲームの特徴。どのような物語を綴るかは己次第、無限に楽しめることから、一大ブームを巻き起こした。

 

 だが、人気を誇ったユグドラシルも12年の月日が経ち、今日そのサービスを終了しようとしていた。

 無論、プレイヤーとして思い入れが深かった俺も、なんとかその時間までにログインしようと考えていたのだが…

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「まさかここまで仕事が長引いてしまうとはな」

 

 予定外の仕事が入り、結果として遅くまで残業してしまったことに少し呆れた声を出す。

 そもそも、本来とは別の仕事など、その気になれば断ることもできたはずだ。しかし、自分の性格をよく理解している以上、どうしても断ることが難しい自覚がある。だからこそ、なんというか…もどかしい?

 などと考えながら、パソコンの前でひたすらキーボードを打ち続ける。仕上がった書類を送信したところで、やっと全ての仕事が終わった。一息ついてから帰ろうと、椅子に座ったまま背筋を伸ばす。すると、携帯から通話着信音が鳴る。また仕事かと思いながら通話を開始した。

 

「もしもし?」

 

『やっほー、拓未。仕事はどう?』

 

 通話の相手は、ユグドラシルの親友第一号、もといNPCからだった。いやNPCがどうやって電話してんだよ、というツッコミが聞こえた気がするが、説明が長くなるので割愛する。一応『AIの進化』によるものとだけは伝えておこう。

 

「シン、ちょうど今仕事が終わったところだ」

 

『そっか、夜分遅くまでお疲れ様。今日はユグドラシルに来るのかな?』

 

「ありがとう。勿論、今から急いで帰って、そっちに向かうつもりだ」

 

『了解、じゃあ先に行って待ってるね』

 

「わかった」

 

 通話を終えると、無駄のない動きで荷物をまとめる。

 そしてパソコンの電源を切り、部屋の電気を消して退社する。この時既に自分以外の社員は全員帰っていたので、特に何も話さずに出る。

 その後、会社の地下へ向かうと、一台のベンツが停まっており、その扉近くで執事服の女性が立っていた。

 

「ただいま、里香」

 

 女性に声をかけるが、反応がない。もしやと思って顔を覗き込んでみると、案の定たったまま眠りについていた。仕方ないので、ポンポンと肩に軽く触れた。

 

「ん~…‥あ、おはようございます~」

 

「おはよう、里香。待たせちゃったかな」

 

「大丈夫です。それでは、参りましょうか」

 

 余程気持ちよく寝ていたのか、疲労の見えない顔で目を覚ます。そして流れるように俺を車に乗せると、慣れた手つきで運転を開始した。

 彼女は黒井(くろい)里香(りか)。俺の専属執事を務める女性であり、唯一の家族と言える存在だ。

 里香は、いつもののんびりとした口調で話しかけてきた。

 

「そういえば拓未様、今日はユグドラシルのサービス最終日ですね」

 

「そうなんだよ。12年続いてたらしいけど、終わるってなるとなんか寂しいよな」

 

「私も同感です。ぼっちだった拓未様と一緒に遊んだ頃が懐かしく思います」

 

「ぼっちじゃなくて、ソロだよ。一応フレンドはいたから」

 

「おっと、失礼いたしました」

 

 濃霧で視界が遮られる道路を、二人でたわいない会話をしながら進む。

 里香は確かに執事ではあるが、だからと言って何でも丁寧だったり謙虚という訳ではない。しかし、俺は里香との今の関係をかなり気に入っていた。

 

「そうだ、今日は里香も一緒にログインしようよ」

 

「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」

 

 そんなこんなで、楽しい会話が続くこと約10分。目的地の屋敷に到着する。

 荒廃した景色が広がる中、世界観が急に変わったような美しい豪邸。この地域は比較的安全な場所で、汚染物質の影響が少ない。そのため、他より汚れる速度が遅いのだ。

 車は屋敷の大きな門を通り、地下へと入ると、自動で表面の汚染物質が洗浄される。汚染率が安全領域に達したところで降車する。

 

「それでは、夕食の準備をして参ります。拓未様はいかがなされますか?」

 

()()に挨拶してくるよ」

 

「承知しました」

 

 地下室から一階へ上がると、里香は食事の支度で食堂に向かった。

 一方俺は、一階の端側に位置する透明なガラス張りの部屋に入る。この部屋は少々特殊で、アーコロジーと同じ環境になるよう設定されている。そのため、多種多様な植物が元気に育っている。その景色は、まさに圧巻と言えるだろう。

 そんな部屋の中心へ向かうと、そこには2つの立派な石碑が建てられていた。

 そう、ここは墓地。亡くなった二人のために俺が作った、大きな花畑だ。

 

「二人とも、今日は遅くなってしまってごめん」

 

 遅れてしまったことを謝りながら、石碑に向かって黙禱する。ここに眠っているのは、俺と里香の大切な家族だ。一人は俺の親父で、もう一人は里香の姉であり俺の婚約者だった人だ。

 

「そういえば、ユグドラシルが今日サービス終了するんだよ。12年も続いてたらしいよ、凄いよな。後で里香と最後のログインをする予定なんだ。勿論、シン達も一緒だ。あ、でも鈴木さん、もといモモンガさん達も誘えばよかったかな。いや、あの人達はギルドのメンバーと話してるよね、多分……おっと、そろそろ時間だ。それじゃあ、また」

 

 時計を見て、そろそろ夕食が出来上がる時間だと考え、立ち上がる。

 そして食堂へ向かおうと、振り返った時だった。俺は、視界に入った外の異様な景色に思わず目を疑った。

 

「な、なんだ……?!」

 

 光だ。カーテンのような光が、屋敷を取り囲むように拡がっていたのだ。

 ここがアーコロジーなら、CG技術がなんとかという説明で事足りるだろう。しかし思い出してほしい。ここは汚染が進んだ領域、アーコロジーの外だ。光が差し込まない、汚れ切った外の世界で、こんな物理法則を無視した光が発生するなど、考えられない。

 

「拓未様!これは一体」

 

 外の異様な光景に気付いたのか、普段とは違う形相で里香がこの部屋へ飛び込んでくる。

 どうやら、俺だけに見える幻覚とかではないようだ。

 

「分からない。一体何が起き──!」

 

 言葉を続けようとした瞬間、今まで感じたことの無い激痛が、まるで爆弾が爆発したかの如く全身に走った。

 

「ぐ、ぐあぁぁぁぁああああああ!!??」

 

「拓未様?!いかがなされ──あ、ぐぅぅぅううう?!!」

 

 俺の体を心配した里香にも同じ激痛が現れたのか、彼女も同様に苦しみ始めた。

 痛い。息が苦しい。痛い。背中が熱い。痛い。吐き気がする。痛い。痛い、痛い痛い痛イ痛イいたイいタイいタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ

 

「「ああぁぁぁぁああああああああああああ???!!!?」」

 

 激痛に耐えられず、悲鳴を上げながらその場に蹲る。激痛により意識が朦朧とし始める。何も考えられない。声も出すのが苦しい。視界がぼやけ始める。ぼんやりとした景色の中で、光だけが徐々に強くなる。

 

 

 

 

 

 

「────────」

 

 

 

 

 

 

 

 頭が真っ白になりそうなほどの痛みを感じる中、何者かが俺達に話しかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「───を─えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 何だ。誰だ。よく聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──を変えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 変えろって何をだ。何を変えろというんだ。そもそもお前は……駄目だ、意識が……せめて、何を変えるかだけでも……

 

 

 

 

 

 

 

 

「運命を変えろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後にそれが聞こえたところで、俺の意識は完全に消えた。

 ただ、ほんの一瞬だけ……もしもの時用に、仕事引き継いでもらうためのメモ、一応会社に残しといたのは正解だった……この状況で。そんな思考が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「さて、これで舞台は整った」

 

 先程まで屋敷があった場所には、今や何も残っていない。

 代わりに、一人のフードを被った高身長の男がそこに立っていた。

 

「しかし『運命を変えろ!』なんて、少年漫画とかで幼い主人公が未来の主人公に言われそうなテンプレ発言かましたけど、今更ながら恥ずかしいなおい。というか、前の世界では、なんかいきなりログインしたら変なところに飛ばされて云々みたいな始まりしてたけど、俺はあれでも十分だった気がするんだよな。ただ、問題となったのはその後の番外席次よ。あいつの本名が原作に出てきたし、性格とかも色々判明したから、この世界を修正せざるを得なくなったんだよな。全く、クライアントの自由すぎる発想に合わせて動く俺たちの立場とかも考えてほしいよ、いやマジで」

 

 何やら一人で謎の言葉を連呼しながら、誰かの愚痴を呟く青年。汚染されたこの環境下で、ガスマスクすら装備せず、ほぼ生身の状態で呼吸をしている。それにもかかわらず、目立った悪化症状一つ見せない彼は、一体何者なのだろうか。

 

「とりあえず、仕事は果たした。後は野となれ山となれだ。あ、でも無理矢理あの二人を飛ばしたから、今頃は多分激痛で動けないよな……ま、いっか。一応あの二人はユグドラシル最強クラスのビルド設定にしてやってるから、プレイヤーかNPCでも相手にならない限り大丈夫だろ。俺は暫く、物語の読者らしく傍観させてもらうぜ」

 

 右手を握りしめ、全力でフルスイングする。すると空間にヒビが発生し、破壊された部分だけ別世界のような空間が広がる。

 

「さて、それじゃあ後はよろしく頼むぜ、神童拓未……もとい、ステアー。お前の物語、()()と共に楽しませてもらうよ」

 

 その言葉と共に、青年は空間の中へ消える。

 彼がいた場所には、もはや何もなかった。




はい、というわけで最後凄く意味深な言葉を残したところで、プロローグは終了です。
こちらの作品は、前作のリメイク版となります。方向性もかなり変わったのでご了承ください。
以上、嵐川隼人でした。乞うご期待!(自分でハードル上げる馬鹿)
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