OVERLORD -ALTERNATIVE TALES- 作:嵐川隼人
新たな世界で目覚めた二人は、世界の変化に衝撃を受けるのであった。
新世界とこれから
『運命を変えろ』
「……っ!」
足の指を革靴で踏まれたような激痛を、全身に感じながら取り戻した意識の中で、倒れる直前に誰かに言われたような言葉が神童拓未の脳内を何度もループし続ける。まるで朝の通勤直前まで大音量で鳴り続ける置時計のアラームのようだ。何が起きたのかを知るために目を開けてみるも、かなり外が眩しいからか景色がかなりぼんやりしている。
一体、何の運命を変えろというのだろうか。それ以前に、あいつは何者なんだ。どこから侵入してきたんだ。考えれば考えるほど、彼の脳内にはツッコミどころしか浮かばない。
「(……いや、今はそれについて考えるより、状況確認を優先するべきか)」
思考を切り変えながら上体を起こし、状況確認をするため五感を集中させる。全身が痛みで覆われていることから、触覚については言うまでもないだろう。味覚は流石に現時点で確認のしようがないと後回しにするらしい。
まず彼が確認したのは嗅覚。周囲を嗅いでみると、意識が消える直前まで感じていたあの花畑の匂いが思いっきり鼻の穴へと流れ込む。匂いそのものは同じだが、覚醒直後で敏感になっているのか、普段の数倍も濃縮されたような香りに思わず彼は咳き込む。
「うーん……拓未、様?」
「里香!目が覚めたようで良かった。怪我はないか?」
「全身が筋肉痛みたいですが、大丈夫です」
かなり盛大な咳だったのか、彼の近くで共に倒れていた黒井里香が意識を取り戻す。その声が聞こえたことから、どうやら聴覚も問題はないようだ。そのまま周囲に耳を傾けると、どこからか水が流れている音が聞こえ、拓未は首を傾げる。音の感覚的に噴水当たりだろうと予想はする。確かにこの花畑に噴水は景色的にも美しく、そこまで不自然さは感じられないだろう。しかし、彼の記憶の中で噴水があるのは、ユグドラシルの第一拠点として現実とほぼそっくりに完成させた
「(しかし、この音はどう考えても噴水だ。ということは、ここはユグドラシルの世界……いや、痛覚と嗅覚がある時点で、その可能性は限りなく低い。あのゲームは確かに自由性と再現性は高かったが、流石に五感をここまで再現することはできなかったはず……ん?)」
思考を張り巡らせていると、地面に下ろした右手に何かが落ちたようだ。落ちた何かに触れてみたところ、どうやら細長い棒のようなものらしい。しかもただの棒ではなく、棒の根元から先端まで指を滑らせると、平べったく並んだ薄い毛らしきものもくっついている。まるで羽根のようだ。棒を掴み、まだぼんやりとする視界のど真ん中へと持ってくる。
最初に見えたのは、黒い楕円……いや、正確には丸みを帯びた縦長の三角。続いて見えたのは、その三角の間を通り抜けるように伸びる白い線。流石にこれだけでは、対象物が何か全く見当もつかない。更に意識を集中させ、目の焦点を少しずつ合わせる。徐々に輪郭が露になる。どうやら黒い物の正体は何かの毛のようで、白い中心線から面を形成するように伸びているらしい。
白い線から大量に黒い毛を生やした物体、まさかと思いながらさらに焦点を合わせる。そして、彼の予想は的中する。
「これは……羽根?」
羽根のようなもの、ではなく本当に黒い羽根そのものだった。最初はカラスの羽根と予想したが、そもそも庭園に生物を飼育していないため、カラスの羽根が落ちる訳がない。加えて、目前に持ってきたことで初めて理解したが、カラスの羽根にしては明らかに巨大すぎる。では、一体何の羽根だろうか。この庭園の中で、カラスを除き巨大な黒い羽根を所持する生き物など、果たしていただろうか。
ふと、先程の聴覚で感じ取った音のことを思い出し、音の方角へと目を向ける。ある程度視界が復活していたことで、彼はその存在をはっきりと確認することが出来た。そう、あのユグドラシルの庭園にのみ建設した噴水だ。それも現実世界のような汚れた水ではなく、極限まで透き通り、湧き出す水しぶきから虹が見えるほどに美しい水を流す、己の理想を求めたあの噴水だ。
視界によって得られた情報は、噴水だけではない。噴水の向こう側、庭園と外界の境目に存在するガラス張りの壁の向こう側にあるもの。自分達が良く知る現実世界の荒廃した世界ではない。ユグドラシルの平原ど真ん中に立てたはずの屋敷から見えるあの野原でもない。
あるのは、生い茂った草花と針葉樹のような巨木が広がる森林。そしてその森林の中で、おそらく人工物ではない本物の太陽が、唯一樹木が光を遮らない場所に在る屋敷を照らす光景だった。
「里香、ガラスの外を見てくれ」
「外……わぁ、とっても綺麗な森ですね」
「あぁ。ネットの画像でしか見たことが無い、荒廃前の地球とそっくりだ」
まさしく新世界、まるで時が環境汚染の進む前の地球まで戻ったかのような景色に、拓未と里香は見惚れる。あの世界を生きてきた者達にとって、目前に広がる
しばらくその光景に我を忘れていた結果、いつの間にか痛みが治まったようで、二人は自由に身体を動かせるようになっていた。意識を無くしてからずっと同じ体勢だったためか、軽く動かすだけで各部から固い音が響く。それも拓未からだけではなく、里香からもほぼ同じタイミングかつ同じ音量で鳴り響いた。
「ははは!
「そういう拓未様こそ、
現実世界とは異なる、しかし既視感が物凄くある互いの
「「どう考えても異世界転生だな(ですね)」」
屋敷と共に新しく生まれ変わった、というよりユグドラシルのアバターとして生まれ変わった自分達。その現状に思考放棄し真っ白になる漫画キャラのような感情となった二人は、とりあえず外の光景を見て現実逃避しようと考えたのか、暫くその場から動かず思考を無にするのだった。
────────
「…さて、情報を整理しようか」
“人生真っ白サラサラピン”な意識状態から約30分、ようやくこれが現実であると二人は理解する。とはいえ、100%受け止めるには余りにも情報量が多すぎたらしく、何がどうなっているのかが分からない状態。一度状況を整理する為、彼等は雄大な自然が広がる庭園の角に建てられているガラス窓付きテラスへと移動した。
「まずは確認できることから。意識を失う前、俺は会社に残っていた仕事をすべて終わらせ、里香と共に車で屋敷に帰宅した。ここまでは良いか?」
「はい、確かに私は拓未様を直接お迎えし、車で屋敷へと帰りました。その後、私は夕食の準備をするために調理室へ、拓未様はお二人の墓へ挨拶をするためにこの庭園へと向かわれました」
変化した自分の姿を窓ガラスの反射で確認しながら、新種のモンスターを観察するかの如く隅々まで自分自身を調べる神童拓未。一方で、髪と瞳の色以外の変化があまり無かったのか、黒井里香は自分の姿をじっくり観察せず、普段の様にテラスに常備されているアールグレイの茶葉で紅茶を準備していた。
「拓未様がお二人に挨拶をしていた頃、丁度私が調理場で何を作るか悩んでいた頃ですね。窓の外を見たら、光のカーテンらしき謎の現象が屋敷を覆っていました」
「俺も同じだ。挨拶を終えて屋敷に戻ろうとした時、光のカーテン……確か、ネットの情報では"オーロラ"と呼ばれる現象だったか。それが周囲を取り囲み始めた。里香もそれで驚いて、庭園まで飛び出して来たんだろう」
「はい。そして拓未様とあの状況について話そうとした直後、身体の内部から爆発したような痛みが私達に襲い掛かり、激しい激痛と共に意識を失ってしまい……」
「目が覚めたら、ユグドラシルでも見たことが無い絶景拡がる大自然のど真ん中に、この屋敷と共に異世界転生してしまった───ユグドラシルのアバター、
テラス席に置かれている小さなランプで沸かした紅茶を2つのティーカップに注ぐ。そして二人は向かい合うように席に座り、全く同じ姿勢・同じタイミングでティーカップを持って口に近づけた。
男プレイヤーの名は"ステアー"。エジプト神話に登場する嵐の神"セト"の別名称"ステカー"を発音しやすく変更したことが、彼の名前の由来である。品性のある整った顔立ちに加え、白銀のストレートパーマツーブロックヘアーと紺碧の透き通った瞳は、静かで儚げな印象を与える。一方で、厳かな雰囲気を醸し出す皇帝のようなワインレッドの高貴な服装と、背中で周期的に羽ばたくカラスの如き巨大な漆黒の双翼、そしてその姿で行う彼の品位ある所作は、誰しもが彼を只者ではない異質な存在であることを直感的に理解させるに違いない。ちなみにここだけの話だが、実は彼のアバターは、訳あって背中の翼と服装以外全部現実と同じ姿(またはそれに限りなく近い状態)に寄せられている。それが功を奏したのか、転生して姿が変わったはずの今でも特に困る事無く普段通りに行動できているようだ。
そしてもう一人、女プレイヤーの名は"クローリカ"。彼女もステアー同様、現実世界に限りなく近い姿のアバター……というより、自分と何もかもが奇跡レベルで限りなく近いキャラクターを、古いデータからサルベージし、それをほぼ完全再現した姿を作っている。そのキャラクターとは、ルーンファクトリーというファンタジー生活ゲームシリーズに登場するヒロイン枠の一人、クローリカ。無論、彼女のプレイヤーネームも(偶然ながら、黒井里香という名前とイントネーションが似ていたこともあり)このキャラが由来である。ちなみに彼女自身『執事長であることと、物忘れの頻度が少ない点以外ほぼそっくりなキャラが昔のゲームに存在していたとは思わなかった』と驚いていたそうだ。
「……まぁ、実際に起きてしまったことを嘆いてもしょうがない。とりあえず、この屋敷も含め二人で一緒の異世界へ転生したこと、転生した姿がたまたま現実とほぼ同じ姿のアバターだったこと、この2点が俺達にとっての幸運だった。今はそれで処理しておこう」
「そうですね。証拠も情報もない状況下で理由なき不安を募らせても仕方ありませんから」
「あと、万が一にも俺が事故に遭ったりしてあの世に行ってしまった時のために、現実世界の自室の机に仕事の引継ぎ用の資料、その他諸々を準備してて良かったと、心からそう思うよ」
「まさか異世界に飛ばされる事になるとは、誰も予想できなかったと思いますけれど」
「できてたら逆に怖いだろ」
「それもそうですね」
「「アハハハハハ」」
こんな状況でも落ち着いているのか、お互いに笑い出す。そう周りには見えているだろう。しかしながら、これでも2人はかなり動揺しているのだ。その証拠として、2人がカップと皿をテーブルに置く際、連続する金属同士の衝突音が
「それで、拓未様はこれからどうされるのですか?」
「そうだな、まずはこの身体に慣れる事から始めるよ。俺には背中にデカい
「私はこの屋敷の中と周辺を探索してみようと思います。もしここが、ユグドラシルの世界に建てた屋敷と融合しているというのなら、
「
「かしこまりました。それでは、確認して参りますね」
流れるように、里香は空になった2つのティーカップを片付ける。そして立ち上がり、一礼をしたのち、彼女は館内へ入って行った。
一方のステアーも、背伸びをしながら立ち上がり、天井を見上げる。
ここは、紛う事なき異世界。決して夢ではなく、現実。おそらく元の世界に戻ることは難しいだろう。
ならば、この世界のルールを理解し、学び、生きるしかない。
仲間がいるかは分からない。だが少なくとも、今の自分には守るべきたった1人の
これからの行動において、その軸となるものは、それだけでいい。
目前に広がる世界は美しい。この世界で飛んだらどれほど気持ちがいいか。
やる気となる理由は、それだけでいい。
人を動かす理由は、いつだって単純。
だからこそ、彼は臆さない。
意識を背中に集中させる。
イメージは鳥……いや、より具体的に。そう、カラスだ。赤い瞳で威嚇する、知性高き漆黒の鳥。
彼らはどうやって飛んでいた?イメージを膨らませる。
空気だ、空気を味方につけるんだ。
自分は今カラスだ。さぁ、空気を味方につけるために、翼を広げたぞ。
次はどうする。ただ翼を動かす?いや、違う。おそらく翼だけでは足りない。
足だ、足で地面を蹴り飛ばし、身体を浮かすんだ。
見ろ、俺にも足はある。ならば飛べるはずだ。
真上にジャンプするイメージ、そこで翼を……いや、下に向かって風を起こすんだ。
その風が反射し、翼に帰ってくる事で、俺は空を飛べる。
イメージが固まる。これなら飛べる。
あとは試すだけ。
目を瞑り、全神経を集中させる。
行くぞ、人類を超越する覚悟はできているか?
「それじゃあ俺も、早速試しますか──!」
地面を蹴って身体を真上に飛ばす。
翼を広げ羽ばたかせ、地面に空気を送る。
きた、風に送られ、行き場を失った空気が元の場所に戻ろうと反射してくる。
この風に乗れ、あとは翼で繰り返せ。
……ふと、身体が軽く感じる。
足元が地面から離れている感覚だ。
どれだけ待っても地面につかない。
落ちているような感覚と、上に吹っ飛ばされるような感覚を交互に感じる。
俺は今どうなっている?
静かに目を開ける。足は床についていない。
風を感じる。背中の翼はずっと動いたままだ。
飛んでいた。文字通り、自分はそれを飛んでいた。
「は、はは……見てるか、静葉。俺は本当に飛べたぞ!」
墓に眠る己の妻に話しかける。その表情は、初めて補助輪無しで自転車に乗れた小学生のようだ。
改めて確信する、ここは異世界だと。
今の俺は、人を超越した存在……紛う事なき
だが不思議と恐怖は感じない。種族の設定によるものだろうか。
否、それなら何故義妹の里香と会話ができた?
堕天使は、人間を嫌う種族と説明にあった。ならば、里香と会話することすら億劫になっていたはずだ。
種族の性格は、あまり関係しない?それとも、家族だからだろうか。
疑問は無限に増える。だが、今はそれでいい。どうせこれからはこの世界で生きる必要があるんだ。時間はある。焦らず、一つずつ対処すればいい。
俺は
これが俺の新しい人生。良いだろう、喜んで受け入れようじゃないか。
のんびり過ごすのも良し。新しい仕事を探すのも良し。世界を冒険するのも楽しいだろう。
今の俺は、なんでもできる訳ではないが、今まで以上に出来ることが圧倒的に多い。それを活用しないなんて、勿体無い。
「『運命を変えろ』だったか?良いぜ、こうなったら、とことん第二の人生を謳歌してやる。空を飛ぶ、
……このあと、カッコよく口上を述べて飛んだは良いものの、ここが強化ガラス張りのテラスであることを忘れていた彼は、案の定天井に頭をぶつけ、そのまま石をぶつけられた鳥のように地面に落っこちたのは、ここだけの話。
皆様、大変長らくお待たせいたしました!
お待たせしすぎて、本当に申し訳ございません!
遅れた理由は単純です。スランプ・就活・修論発表!全部が重なり、全く内容が浮かばず、時が流れてしまいました……。
という訳で、第一章第一話でした。あの三人とは誰でしょう?知ってる人はいるのかなぁ……