Fairy's Cradle   作:榧師

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惑いの森編②

 ロフェは人嫌いのきらいがあるようだ。感極まって抱きつかんばかりだったミミを引っ剥がすと、先程のロープの両端を二人の腕に結びつけてしまった。瞬時の早業により、ミミは一見するとお縄にかかった犯罪者のような有様である。

 

 ロフェの先導により歩く傍ら、ミミは自身の事情を掻い摘んで語った。魔法使いになるためにアカデミアのある湖都を訪れたこと。アカデミアの魔法使いアンブロージオに弟子入りを志願したこと。弟子入りの()条件として、惑いの森から〇〇草を採取してくるよう言われたこと。余談だが、〇〇草は魔物に取られることなく無事に懐にあった。条件がふいにならないと知り、心底ほっとしたものである。

 

「師アンブロージオ……ものぐさの引き籠もり、アカデミアと折り合いが悪く滅多に会合にも出ない。弟子もアカデミアを修了済みの者ひとりいるだけで、育成に積極的とはいえない。そんな彼が弟子入りを受ける入れるなんて、俄には信じがたいが……」ロフェがちらっとミミを一瞥する。「君の持っているコンパス、アンブロージオ門下の徴が刻まれている。師の魔力の残滓も感じられるし、嘘ではないみたいだ」

「はあ、ジオ様ってそんなこと巷で言われているんだね」

 カルロも随分と苦労しているようであった、と早朝(?)のことを思い出す。ずっと惑いの森にいるせいか、時間間隔が曖昧になっており、随分と前のことのように感じてしまう。

 

「あたし、ちゃんと教育してもらえるのかな。ちょっと不安になってきたよ……」

「知らないで彼に師事しようとしていた方が吃驚だ。いや、そもそも、よく彼を見つ

けたというべきか。彼より先に名前の挙がる候補だっていただろうに」

 

 ミミは何と言っていいか分からず、取り敢えず笑っておいた。正直に言うのならば、アンブロージオ以外の選択肢などないに等しかった。(あの人が信頼していたから。)しかしこれは、あまり口にしてはならないことだろう。(あの人はそう言っていた。これは誰にも知られてはいけないことなんだって。)

 

「ロフェにも先生がいるの?」

 

 代わりに相手にと水を向けておこう。話を逸らせるなら勿論僥倖、しかし半分は純

粋な興味である。彼は魔法使い、であるのならばミミの先達なのだ。

 

「……ラディッツ派。それが僕の所属する派閥だ」

 ラディッツ派、と辿々しげに復唱し、小首を傾げる。うろ覚えだが、聞き覚えがある。

「湖都でも五指に入る魔法使いの一人……って凄い人についているんだね」

「凄い人か」ロフェは口端を釣り上げる。「確かにラディッツ師の過去の業績は偉大だ。今は自分の書斎に一日中籠もってばかりさ。派閥の指導をするのも本人じゃない。師の直弟子を自称する者で、そいつらもただ派閥の頭領になろうと必死なんだ。そう考えると、君がアンブロージオ師を選んだのも、強ち間違いではないかもしれない」

「へ、へええ……そうなんだ……」

 

 饒舌に話された内容は深入りが躊躇われた。彼は自分の所属派閥があまり好きではないらしい。結局水を向け返されたのもあり、ミミはこれ以上の話題を引っ張り出すことを諦めた。話なら森を抜け出た後でもできるだろう。多分。

 

 それからは二人とも黙々と歩いた。しばらくはロフェがコンパスを持ち、方向を指し示すのに従っていた。しかしその指図の頻度を徐々に減っていき、只管に真っ直ぐ歩く状況が続く。あの花は先程も見なかっただろうか。リスの巣も、木の巨大な虚も……。極めつけは、変化のない空模様だった。夜が深まるどころか、茜色に染まる気配もない。残念ながら、ミミはロフェと遭う前にも、同じような状況に陥っている。

 

「惑いの森ってこんな恐ろしいところだったんだね……?」不安を紛らわそうと、目の前の背中に話しかける。「あたし、これで今日二回目の迷子だよ? ちゃんとコンパスも持っていたのに……こんなんじゃあ、あたしたち以外の人でも迷っちゃうでしょう?」

「いや。おかしい」ロフェの応答は固く強張っていた。明らかに先程よりも緊張で張り詰めている。「惑いの森の一番の対策は、魔法コンパスだ。これが不良品でもない限り、自分自身の精神が不安定でもなければ、迷う可能性なんて殆ど無い。そうでなければ、いくら君の師匠も一人ではいかせないだろう」

「そ、それじゃあ、あたしたち、なんで迷っているのかな……? あたしのも、ロフェのコンパスも不良品なんて、不運すぎない?」

「コンパスがおかしいわけじゃない。ここのマナが乱れているから、機能できていないんだ。」

「だが、原因は何だ……?」

 

 そこではっと思い当たる。

 

「僕としたことが、最も妥当な可能性に思い当たらないなんて……!」

 

 どういうことかと尋ねるより前に、突風が吹き荒れる。目も開けられないほどの強さに、二人共吹き飛ばされぬようにと脚を踏ん張る。突風に木々や草葉が踊り、風音とともに唱和する。それはひとつの小宇宙だった。この場に自分たちはいらないと、いてはならないという言いようもない確信が生まれる。その時、暗い視界の中で声を聴いた。

 

(アァ……ミツケタ)

(オ待チシテイタ)

(我ガ主)

 

 その囁きは興奮と歓喜に満ちていた。声は反響し、胸中へと沁み渡り、その余韻に身体が震えるかのよう。声に誘われるように、閉じた視界を開く。その先にいた者は――。

 

 それは新雪の色をした四肢動物であった。人の一回りもあろうかという巨体、頭部の両側から生える枝角、その全てが輝くばかりの白さを誇る。唯一の他色は、双眸の蒼。常ならば、悠然たる佇まいだけで、見る者に畏敬の念と美しさを感じさせたことだろう。そうでないことが残念にすら思われた。体全体を震わせ、瞳に昏い淀みを宿し、闇雲に叫ぶ様は、痛々しかった。

 彼は何かに苦しんでいるようだ。その苦しみは、やがて見た目にも顕になった。真白だったはずの毛並みが薄汚れ、所々が剥げた見窄らしい毛皮に変わった。角が半ばから折れた時、叫びは一層悲壮を帯びる。首を激しく振り、頭部を地面に打ち付ける。執拗に、何かから逃れるように。その度に周囲に細かな塵が舞った。彼の身体は端から塵と化し、崩れつつあるようだ。いずれ、彼は全て塵となり、跡形もなくなるのだろう。

 ミミはどうしようもなくたまらない気持ちになり、衝動のままに駆け寄ろうとした。しかし誰かが彼女の腕を掴み、引き止めた。

 

「何をしている! 魔物に突っ込むなんて命知らずだ!」

 

 ロフェは片手でミミを掴んだまま、もう片手でロープを放った。するすると伸びたロープが魔物(彼)に巻き付き、締め上げる。

 

「早く戻るぞ」ミミから一旦手を離し、懐から青い鉱石を取り出す。(強制転移用の媒介)

「で、でも、あの魔物(こ)は?」

「あいつはもう長くない。理由は不明だが、もともとかなり弱っているんだ。それに、君もここ(常世)に長く居ると危険だ」

 

 ミミは迷った。囁く声がずっとぐるぐると脳裏に巡る。魔物から敵意は感じなかった。むしろ、何かを訴えてきているように思ったのだ。焦れたロフェが強引に腕を掴もうとしたが、刹那にその身が吹っ飛んだ。力を振り絞り拘束を解いた魔物が、自らを縛った少年に襲いかかろうとした。

 

「――だめッ!」

 

 ミミは咄嗟に魔物にしがみついた。

 掴んだと思ったはずの感触は、次の瞬間には消えた。魔物の姿があっという間にいなくなっていたのだ。どこに行ってしまったのか。まさか、死んでしまったのか……。

 呆然とするミミに、身体を打ち付けたのか、庇いながらロフェが近寄ってくる。その顔は少々険しい。

 

「無謀じゃないか。どうせ何の策もなかったんだろう。それで魔法使いを目指すつもりか?」

 

 少女の反応は乏しい。未だに衝撃が抜けきっていないようで、こちらの言葉もどれほど理解しているのか、怪しい。これは後でもう一度言わないと駄目だろうな。そこまで考えた後、はたとロフェは頭を振った。それは彼女の師が教えることだろう。出会ったばかりの自分がわざわざ言う義理はない。とはいえ、未だこの場を脱出したわけではないのだから、ひとまず正気に戻ってもらわねばならない。

 

 ロフェは地面からあるものを摘み上げ、ミミに見せつけた。極小さく薄い、ガラス片のようなもの。少しでも力を入れるだけで崩れてしまうような脆さを持つ。ただのガラスでないことは、仄かに発光していることが示している。

 

「……それは?」よろよろとミミが顔をあげる。

「妖精の羽だ。彼らの命にも等しいものだ。あの魔物、もとは妖精だったらしい」

 

 羽をそっと小瓶に入れる。それをミミに押し付けた。

 

「それは君が持つべきだろう。――君の中から、やつの気配がする」

 

 されるがまま小瓶を受け取ったミミは、目を瞬かせた。

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