山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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前書きが思いつかないんで投稿です。


9話

 

 

 

 

 

「――行こうか、もう見るべきものもない」

 

「よろしいので?」

 

「ああ、中々いい仕事をしてくれる連中だったが……ある意味でこの結果はわかり切っていたことだったかもね。どうにも、早まったのはこちらだったらしい。まぁそれも、結果的にはうまく作用したようだから問題ないさ」

 

 戦場と成り果てた学校を俯瞰し観測する男がいた。

 それは数日前より続く騒動を手引きした、全ての元凶となるもの。

 眠らされていた一人の暗殺者を叩き起こした男は何食わぬ顔で、しかしながらどこか満足そうに車へと足を運んだ。

 

 男の名は吉松シンジ。

 そんな優男は顔色も表情も一瞬たりとも変えることなく、今回の仕事のビジネスパートナーとなった傭兵たちを見捨てる選択を取ったのだ。

 

「一つ、お尋ねしたいのですが」

 

「なんだい?」

 

「今回のターゲットの暗殺に関してですが、その」

 

「ここまで手間と金を懸けていることが、疑問かい?」

 

「はい」

 

 運転席にて言葉を投げかける従者の女、姫蒲にとって今回の仕事はワケがわからないことだらけだった。

 戸籍を調べても一般人のソレと大差ない少年を吉松ほどの男が執拗に狙った理由。

危うく『DA』の制圧専門の部隊が動きかねないレベルの騒動になりかけてもなお彼にこだわった理由を、こうして事態が終息を迎えるまで彼女が知ることはなかった。

 

 しかしあの戦闘を見た以上、話は変わってくる。

 無礼は百も承知。

 だが吉松シンジという男に脅威の可能性、その存在を一部たりとも容認しないのが姫蒲という女性だ。

 何故ならそれこそが、彼女が自認する存在意義そのものなのだから。

 

 そんな彼女の様子をいじらしそうに穏やかな笑みを吉松は浮かべ、そのどこか柔らかいながらも芯のある声を以て、語り始めた。

 件の少年も知り得ない――彼の出自の一端を。

 

「私も詳しくは知らないんだがね」

 

 曰く、それは『製鉄場』だった。

 一つの刃を鍛える場所であり。

 一つの暗器を生み出す工場であり。

 万物による殺人を手掛ける――『鬼』を生み出す場所でもあったのだ。

 

「『彼岸花』でもない。『君懸草』でもない。それらよりもずっと昔からこの国に存在している、貌の無い暗殺集団があったのさ」

 

「貌の無い……無名無貌の暗殺者と?」

 

「お、良い表現をするじゃないか」

 

「いえ、そんなことは」

 

 ハンドルを握りながら澄まし顔の姫蒲と、そんな彼女が何を考えていることなどお見通しな吉松は更に笑みを深めた。

 

「そんな奇天烈な謳い文句を掲げる連中が、酔狂じゃない筈が無くてね。人間の可能性をどこまでも信じていたのさ」

 

 それも今は振り返る事も億劫になる昔の話だ。

 何せ彼らの狙いに貴賤はない。それも節操が無いとも言えるほどに。

 そこにどんな善人が居ようとも。どんな大義があろうとも。それが一人の人間を完成させるためであれば、どんな意義があろうともその殺しを完遂する。

 

 その真髄とは――万物に宿る『殺し』の理を掌握する者。

 

 それが人によって生み出されたものならば、それはいくらでも『殺し』の術に転化できるという滅茶苦茶な理論を実行する埒外の育成者。

 どんな才能があろうとも、彼らはそれらを『殺し』の術として転化させる術を、彼らは持っていたのだ。

 

「それは――何とも御し難いですね」

 

「ああ、だからこそ我々にも疎まれていたのさ」

 

 だから滅びた。

 そんなやり方を馬鹿みたいな年月を経てもなお続けているから、当然彼らを殺そうとする『敵』をも自らの手で作り続ける。相手を滅ぼす要因を作るのと同時に、彼らは自らを滅ぼす要因をも図らずも育てあげてしまったのだ。

 

 理由なんてそんなもの。だが、そこから先の結末は考えるまでもない。

 『リコリス』や『リリベル』が台頭し――時に『金梟』の組織が介入することで、それらの集団はその役割と意味を完全に失った。

 

 ――筈だったのだ、少なくともつい最近までは。

 

「今回は『彼ら』がまだ存続していることの確認ができればそれで良かったんだが……まさか()()()を見せられるとは思わなかったよ」

 

「やはり今のうちに潰しておくべきでは」

 

「まさか。やめておいた方が良い。寧ろ身を眩ませなければならないのは私たちの方さ」

 

「では、あのリコリスはどうします?」

 

「……そちらもしばらくは様子見だね。少し引っ掛かるところはあるが……まだ早まる時期じゃない。少なくともリコリスとしての任期までに間に合えばそれで良いさ」

 

 

 それに何より――彼の請け負う『使命』も気がかりだった。

 

 彼岸花の少女がその在り方に相反する『使命』を拝命している様に。

 

 竜胆の名を冠した少年の『使命』も吉松という男は図りかねている。

 何故なら、そこに彼の存在意義が隠されているのだから。

 

 

「竜胆要人」

 

 『刃』が人間のフリをしているのは些か不愉快ではある。

 

 だが、それを覆い隠すほどのものを見せてくれたのが、今回の戦いだった。

 

 

 ――――()()()をするなら、備える毒が強ければ強いほど良い。

 

 

「まさか九年前の電波塔の()()の中で生き残っていたのが君だったと知った時は驚いたよ」

 

 ――――それは表も裏においても誰も知らない真実の一端。

 それはリコリスの現司令も。

 『DA』の『元』司令すらも知らない真実だった。

 

「機関が支援する才能は神のギフトだ。選ぶことはできない。生まれながらに役割が示されている」

 

 それは一人の少女を救った祝福にして呪詛。

 たとえそれが『金梟』の組織によって与えられたものでなくても、例外はない。

 人を人と見ない非人間的なソレを、男はその狂気を以て享受する。

 

「喜べよ少年――君の本懐は、此処に来て果たされる」

 

 打ち込まれた楔は解かれ、かの殺しの術は陽の目を浴びた。

 それがどうなるかなどは、この男にとっては言うまでもない。

 

 神からの贈り物であれば、それらは正しく使われなければならないのだから。

 いっそ優雅さを感じる仕草で、その寒々しさを感じる虚ろな瞳を携えた目尻は愉快そうに弧を描く。

 その視線は今もなお遠ざかり、黒い煙を放つ校舎へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――北押上駅。

 太陽が頂を迎える少し前、何もかも笑っている様な明るさの中に朝の気配が残る午前。

 喫茶店リコリコの最寄り駅の最寄り駅とも言うべき距離感であるそこは、浅草や『旧電波塔』近くに点在する食事処やモールなどの娯楽施設が豊富であり何かと便利な立地となっている。

 その用途は主に、男女の待ち合わせ場所として機能していた。

 

 で。

 そんなところで僕は何をしていたかと言えば。

 

「お兄さん、バク宙やって」

 

「ウス」

 

 紆余曲折あって、通りすがり幼女の指示によってバク宙していた。

 

「おー!」

 

「採点は?」

 

「4点」

 

「辛辣」

 

 絶妙に低い。普通に低い。アレか、このギプスが駄目なのか。

 

「すいません、怪我されているのに娘の暇潰しに付き合って貰っちゃって……」

 

「あ、いえ。そんなことは」

 

「私なんて前転して気づいたら病室に居たこともあるくらいで……」

 

「それはホントに色々気を付けた方が良いですよ奥方……」

 

「マミー、運動クソ雑魚系一般市民なんな」

 

「どこで覚えんのそんな言葉」

 

 父親はどうした父親は。え、今は胃痛で病院? え? え?

 ……濃い親子に遭遇したなぁと遠い目になると――少し前の自分を振り返って、その余りにもかけ離れた現状に、あの時感じた現実感がふと蘇ってくる。

 

 ――あの事件から二週間が経過した。

 死傷者は、ゼロ。

 学校に居たほとんどの人間が昏睡するという事態を迎えながら、学校側の人たちには奇跡的にも死傷者は一人も出ておらず――変わりにこちら側が襲撃者に『死』をもたらした結果だけが残った。

 

 だがそんな被害状況に、学校は当然ながらしばらくの間は休校。原因が判明するまでとのことだが、それは当然『DA』の事後処理による差し金である。

 無論、報道における情報操作も抜かりない。銃撃、火災、あの戦いの全ては『集団昏睡事件』として処理された。

 

「それじゃ、正しく辞書を引いて正しい言葉を使うんだぞ」

 

「ありがとうございますぅー」

 

「辞書を引けばバク宙が……っ!?」

 

「違う、そうじゃない」

 

 そして現在、当の作戦に組み込まれた僕はというと、だ。

 濃いめ多めな母娘に別れを告げながらふと、付近に設置された周辺地図にうっすらと映っている自分の姿を見つめる。

 

 白と黒のジャケットに黒いスラックスという味気の無い恰好だが、割りと僕は気に入っているのは此処だけの話。

 こういったことにお世辞でも精通しているとは言えない自分に代わって選んでくれた本人は『面白みが無いくらい無難に纏まった』などと褒めているのか貶しているのかよくわからないことを言っていたが、彼女が選んでくれたものなら嬉しいに決まっている。

 

 ……僕が幼女と戯れていたのも、その待ち人に性懲りもなくソワソワしているのが理由だったりする。

 

 ただ、唯一の不満点を挙げるなら――折れた腕をぶら下げるギプスの存在がどう取り繕ってもいささか不格好と言わざるを得ないことだろうか。

 

「おーい、おまたせ竜胆くーん!」

 

「む――――…………ッッ!?」

 

 噂をすれば、待ち人来たれり。

 声のする方向へ顔を向けてみれば、大変珍しい装いの錦木さんの姿があった。

 

 そう――吸い付くような魅力を持つ錦木さんが私服姿で、僕に手を振っている。

 

「お――おっふ」

 

 ――言うなればそう、それは『錦木千束』という花であった。

 

 秋も終盤の十一月を想起させる紅葉の様な穏やかな装い。

 ぎらつかない落ち着いた色合いの赤いセーターから僅かに覗く首筋の白い肌は、彼女の持つ健康的な瑞々しさをこの上なく表現している。

 黒いロングスカートは普段の快活な印象を抑え込み、大人特有の美しさを引き出し。

 片掛けの白いポシェットは色合いとして全体のアクセントになって際立って、その一種身近な手の届く芸術の如きファッションを完成させていた。

 

「おー、食い付いてる食い付いてる。どーよ? この前に来た時はお互い制服だったからねぇー。私の私服、初めて見たでしょ。似合ってるっしょ? ね? ね?」

 

「―――くっ、似合ってる」

 

「ちょちょちょーい! 何でそこで悔し気にする! アレか、目が焼かれたとかそういうのかっ!」

 

「錦木さん……僕はっ、なんて無力なんだ……ッ!」

 

「ダメだ、話が通じない」

 

 僕はファッションについての知識に疎い。

 成る程、これは罪深い。この時ほど、服飾方面の知識を養わなかったことを後悔した日は無い。

  

 今この場で、錦木さんの魅力を表現する語彙と知識を持たない自分を全力で呪った。

 そして悟る。男がファッションを学ぶのは、究極的に言えば自分を着飾る為でも魅力を引き出す為でも何でもない。

 

 このめんこい女の子を最大限褒め散らかす時の為に存在するのだと……ッ!

 

 故にひとまず、だ。

 

「――写真、撮っていい? 後学のために……そう、後学のために」

 

「え、なに、コウガク? なにゆえ?」

 

「何って永久ほぞ……ん゛ん゛ッ……つまりは後学のためだ」

 

 思わず邪念が口から零れ出るのを必死に咳払いで誤魔化す。

 ……だけどまぁ、錦木さんからすればこっちの脳足りんな思考なんてお見通しなワケで。

 

「ふぅーん……そっかそっか……こういうのが好きか」

 

「……何だそのしたり顔」

 

「いや、別に? さっきから文が不審者だなって――あ、じゃあさ」

 

 ふわ、と包まれる様な感覚。

 携帯端末のカメラを起動する無事な僕の左腕を、錦木さんは楽しげな雰囲気とは裏腹にとても優しい手つきで引き寄せた。

 

 カメラの枠内に収まる様に、こっちに顔を引き寄せて。

 

 

「どうせなら、二人で撮ろっか」

 

 

 ………………これは後学これは後学これは後学これ後学後学後学後学後学後学後学後後後後後後――あ、近いやっぱり良い匂いがする。

 

「それは、その……よろしいのでしょうか」

 

 苦し紛れにそんなことを口にする。何の許可だ、とかそんな野暮は言ってはいけない。

 そして僕のそんな反応が琴線に触れたのか、にかーっと嬉しそうに満面の笑みを浮かべる錦木さん。驚くことにその表情にはいつもの悪戯な好奇心は欠片もなく、喜色に溢れかえっている。

 

 心なし、と言うにはいっそあからさまに、その頬は赤面の熱を宿している。

 

「あ、照れてる? もぉ~、竜胆くんはウブなんだからなぁーもー」

 

「顔、いっぱい赤いけど」

 

「あー、聞こえなーい聞こえなーい」

 

 明らかに照れているというのに、小悪魔的な仕草が全開と中々に器用なことをしている錦木さん。お陰で表情が色々と面白いことになっているが、そうなるくらいなら自分から仕掛けなければ良いのにと思わなくもない。

 

 彼女はアレだ、自分の攻撃力と反比例する紙装甲っぷりをいい加減自覚すべきではないのだろうか。

 何故かってそりゃ、他ならない僕自身が錦木さんと同等以上の紙装甲っぷりを発揮しているからである。脆弱だぞ、僕は。

 

「それとも、嫌?」

 

「……そういうズルい聞き方するなら嫌だ」

 

「あーん、ごめんって……言いたくないなら仕方ないなぁ……そーだ」

 

 そうして錦木さんはにんまりと笑って。

 

「竜胆くん風に言えば、これはコウガク……そう、コウガクだから問題ナシ。ね?」

 

 そうか、コウガクか。

……コウガクなら、まぁ仕方ないな。

 

「それに――初めての男の子とのデートでツーショットするなら、竜胆くんとが良い」

 

 ――――うん、撮ろう。コウガクとか言わずに何百枚でも。

 

「謹んで、撮影に参加させていただきます」

 

「っしゃぁ! はいじゃまず早速一枚ショットいきまぁーす! はいぶいっ!」

 

「ぶい」

 

 

 

 

 ――あの戦闘の後。

 気づけば僕は病室の住民だった。

 よく病室にはお世話になるなぁなどと、自分の怪我の具合なんて脳みその彼方に飛んで行ったみたいに他人事な認識していたことを覚えている。

 実際、医務室に運ばれてきた僕の体は本当に酷かった。我ながら、よく死ななかったなと場違いながらも感心していた。

 

 ――――右腕全体に及ぶ粉砕骨折。

 ――――撃ち抜かれた左肩の傷が開いたことによる出血。

 ――――同上。割腹した腹部の傷が開いた事による出血、および出血多量。

 ――――両足のヒビ。

 

 どれか一生のうちに一つや二つ経験すれば良いものをここ数日間で三回、学校で気絶した時に至っては一日のうち四回に及ぶぶり返しと新しい傷を作るに至っている。命だって本当に危なかったのだ。

 

 しかしながら、覚醒し開けた視界が認識したのは、担当医の顔でも、ボロボロになった全身への痛みでもない。

 

 

 ――涙と鼻水で綺麗な顔をぐしゃぐしゃにしている、錦木さんの安堵の顔だ。

 

 

 そこから先のことは、どういうワケかよく覚えていない。

 心配してくれてありがとう、とか。ちゃんと錦木さんの誓いを護れたか、とか。言いたいことはたくさんあったのに、何故か口にすることはなかった。

 

 ただ自分をそんなにも心配してくれたことに――胸と目の奥から滲む何かがあった。

 

 だから提案したのだ。

 映画を観に行こう、って。

 

「良かった」

 

「え、私の写真のこと?」

 

「いや、元気になって」

 

「いやいや、言っておくけど竜胆くんの回復力が尋常じゃないだけで普通は動けないからね?」

 

「その節は反省しています」

 

 僕は今、頭の悪い男女みたいなことを人目もはばからずやっていると、ようやくだなぁ、なんて場違いなことを考えたりしている。

 色々あったけど、やっと戻れたかのような。

 

 壊れたものがあった。

 以前の様に何も知らない頃には決して戻れないけれども。

 それでも、大事なモノが壊れていなくて正直なところ、ホッとしている自分がいる。

 

 

 だから今は錦木さんとのその……『デート』とやらを楽しもうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――そこからは、色んな所へ足を運んだ。

 

「映画までだいぶ時間あるし……ねねっ、服とかもう一回見に行こう?」

 

「じゃあ僕出して良い? その、錦木さんの服を選んでみたい」

 

「えぇ~、ちゃんと似合うの選んでくれるのか~? 失敗すれば高くついちゃうかもよ?」

 

「が、がんばるぞ僕は」

 

「うむ、では励みたまえ竜胆隊員」

 

「ハッ」

 

 服を選んで貰ったり逆に選んで錦木さんの好みを把握したりして、早速次のデートまでの楽しみが増えたり。

 

 

 

「これ経費で落ちるかな」

 

「いやいや、何故にトング?」

 

「リコリコの賄いとメニューの種類増やしたくて……ホラ、店長が和食好きだったからそればっかりだったけど、いい加減ね。菜箸でもやろうと思えば何でも出来るんだけど」

 

「え、リコリコの経費で落とすならアレ買って良い!? チャーシュートング!」

 

「何に使うんだソレ……」

 

 どこから取って来たのか、まるで用途不明のマニアックな調理器具をリコリコの経費で落とそうとする錦木さんを全力で止めたり。

 その過程で店長がブチキレた事件のことを思い出して二人して蒼褪めたり。

 

 

 

「竜胆くんコレ、美味しいよ」

 

「……魂胆はわかってる。だけど敢えて聞こう。なぜ、フォークを差し出すのかな」

 

「もぉー、わかってる癖に……そういう事を聞く男はモテないぞ?」

 

「……じゃ、いただきます。正直、スッゴイ嬉しいし」

 

「――――!」

 

「刺突!?」

 

 男子の憧れな伝家の宝刀的な、食べさせてくれるアレで危うく錦木さんに喉を貫通させられかけたり。

 

 

 

「――――あの、指」

 

「コウガク、コウガクだよ竜胆くん――えへへ、意外に恥ずかしいや」

 

「――――そっか」

 

 

 

 今日の予定の本題であった映画を観るところで……まぁ色々あって。

 

 怪我のことなんてどうでも良くなるくらいに楽しんだ。

 

 

 

「いやー……遊んだ」

 

「遊んだねぇ……え、連れまわしておいてアレだけどさ、怪我とか何ともないの? マジ?」

 

「まぁ別に、って感じかな」

 

「見知らぬところで体力お化けになっちゃってまぁ」

 

 そして帰り道を辿る頃、気づけば空には夜を思わせる黄昏が広がっていた。

 楽しい時間って言うのはあっと言うまに過ぎて。とても数日前に自分が襲われて、命のやり取りをしたあの日と地続きとはとても思えないくらい、楽しく過ごさせて貰った。

 一応療養中のこの体は気持ちが良い健康的な疲労感が全身を巡っている。

 

 これも、錦木さんが教えてくれたことだった。

 

 そしてこのデートの終点は錦糸町。何を隠そう、僕の知る中で名店中の名店だ。

 東京の誇る二大繁華街のうちが一つ、その一角に店を構える喫茶店、リコリコである。

 

「ねね、ちょっと寄ろうか」

 

「いいよ」

 

 言われるがままについていく。錦木さんが指さす方向的に、恐らくは『錦糸公園』。

 春には桜が、秋には紅葉が。夜には東京のビルの街並みと共に、この国の平和の象徴たる『旧電波塔』が見える。

 互いに何も言わずにベンチに腰掛けた。

 

「――――」

 

「――――」

 

 珍しく誰もいない公園のベンチに生まれる、付かず離れずの距離。近い様で密着しない、とても心地良い距離感を感じる。きっとそれは、錦木さんも同様だろう。

 

 空は黄昏れ、遠くには帰路につく車の音。

 昼の喧噪は遠く、間もなく静かな夜がやってくる。

 今は寂しい遊具も公園も、太陽が昇ればこの緩やかな平穏を謳歌する。

 

 だけどそれらは決して――もう何も知らなかった頃の僕が戻ることは無い。

 

「竜胆くん」

 

「なに」

 

「怪我の具合、実際のところはどうなの?」

 

「――なんていうべきか」

 

 ぽつりと零された錦木さんの疑問。

 そして指摘したそれは、僕自身が一番驚いていることであった。

 

 まさしく『変革』している。ナイフを握って、あの戦闘に介入して以降、まるで自分の体じゃないみたいに以前とは隔絶とした違いを見せつけた。

 考えてみればおかしなことだらけだ。

 

 脚の罅割れはこの二週間という期間でほぼ完治し。

 知らない技能をまるで経験済みかのように使いこなしたり。

 そしてそれと不釣り合いな――自滅を前提とした、あの技。

 

 武器を手にしない今だからこそ全開の状態とは言い難いが……それでも異常な性能だ。

 

「錦木さん……僕たちが相手にした人たちは?」

 

「大丈夫。現場での判断を一任されたから、指揮系統が戻る前にちゃちゃっとクリーナー呼んでちょちょいのちょい、ってね」

 

「そうか……良かった」

 

「うん、良かった」

 

 それはつまり、あの戦闘は無駄じゃなかったということ。

 あの男の言う通り確かに、助けられない命があった。同時に素人ながら助けられない命が存在してしまうということを否が応でも認識させられた戦いだ。

 

 だがそれでも。

 誰かが生きているのなら、それはきっと無意味でも無価値でも無かったという事だ。

 

「で、僕はどうなるの?」

 

「そうだねぇ……ライセンスを取ってからの話になるけど、所属が支部のリコリコになって研修って形で私の仕事を手伝う感じかなぁ……というか、先生がそうなる様に楠木さんを説得してた」

 

「ますます頭が上がらないな……ただでさえ病室で怖い顔してたのに」

 

「……病室でも結構怒られたもんね、私たち」

 

 二人してげんなりしてしまう。だがまぁ、こうして命があるワケだし。今回の出来事における教訓の一つとして受け取り、授業料を払ったとでも思っておこう。

 

「ね」

 

「言っておくけど、僕はもう退かないぞ」

 

「わかってるよ。『最期』まで付き合って貰うって決めたし……だけど、竜胆くんの戦う理由を聞きたい。君の口から」

 

 ――僕の戦う理由、か。

 

「そんなの、考えるまでもない」

 

 この平穏が、名残惜しくもある。後悔もある。やり直しなんて、あの日から何度望んだかわからない。

 だけど――それはきっと、僕が変わる時だっただけだ。

 だから、僕は戦う。

 僕の身近な誰かが、この平穏を噛み締めて生きていける様に。

 僕の身近な誰かが、ずっと笑っていられる様に。

 

 戦う。

 戦って、戦って、戦い続ける。

 たとえその結末を未来永劫、呪い続ける様な結果が待っていたとしても。

 

 

 

 ――――それで、誰も泣かずに済むのなら。

 

 

 

 だから今から行うこれは、『誓い』だ。

 

 

「それじゃ、今後もよろしく――千束」

 

「え」

 

 錦木さん――千束に、左手を差し出す。

 僕と彼女も、今まで通りというワケにはいかない。

 その背中に追いつけるようにする為に――置いて行かれないためにも。

 ……結構、気恥ずかしいけど。

 

 そして彼女も同じことを考えたのか。

 陽の光を帯び、夜に沈むその公園で爛々と耀かんばかりの笑顔を浮かべて、左手を差し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん――よろしく、カナメくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで今回はここまで。

千束の服装はリコリス・リコイル第四のジャケットに書かれた秋服。
デートの本格的な描写はまた今度。やりたいこともあるし……。
次は千束視点とカナメを書いて、一つギャグ回予定の幕間を書いてアニメ本編へ突入。

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