山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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幼女は万病に効くとのことなので投稿です。


「A point of view : Chisato Nishikigi ③」

 

 

 

 

 我が城である『喫茶リコリコ』が居を構える墨田区は、いつも賑やかな活気に溢れている印象だ。

 それもその筈。周辺には吉原、歌舞伎町、錦糸町と来て。

 あの『旧電波塔事件』以来、再開発が進められてきたことで昼と夜は独立し今や大人も子どもも楽しく安心して過ごすことが出来る街になっている。

 

 ――密かに行われている『リコリス(わたしたち)』の活動云々はさておいて。

 

 ここ『上野動物園』もその一つである。

 雲一つ無い快晴なお出かけ日より。園内は色んな年代の男女や親子が普段では見れない大型動物を間近に見れるという非日常の空気に入り浸り、どこを見てもご満悦な表情でこの場所を堪能している。最近だとパンダの赤ちゃんも何かと人気だったりして、その盛り上がりは一層沸き立っている。

 実はリコリコの最寄り駅である錦糸町駅からだいたい十五分程度で到着する、割と近場な娯楽施設だったりするワケなんだけど。

 

 で、そんなデート、家族旅行、プライベートと何でもござれの場所で。

 

 現在、私は危機的状況に直面していた。

 

「――カナメ、ちー姉ちゃんに『あーん』をしてあげなさい」

 

「瑠璃、私もするー」

 

「駄目。あとにしなさい、優衣」

 

「ぶぅー」

 

 それは――ぶっちゃければ幼稚園児である。

 今、私たちの目の前には愛くるしさと上品さのどちらも感じさせる可愛らしい人形を思い浮かばせた。私たちの腰くらいまでしかない身長と、ウェーブのかかった黒い髪。その生まれを思わせる白いブラウスを基調とした如何にも『ワタクシお嬢様デス』という雰囲気が剥き出しになっている出で立ちをした瓜二つの二人組。

 

 一方はふんすと鼻息荒く写真を構え、もう一方は無邪気に自分の姉に甘えている。

 

 何を隠そう、なんと今回の仕事の依頼人その人だった。

 

「了解した――はい、『あーん』」

 

「り、竜胆くん? 本当にやるの? 本当に私と……!? 本気!? 正気!?」

 

「本気だし正気だが……もしかして作法とか礼儀があったりするのかな。なるほど、それは興味深い」

 

「ああ、違う。違うんだけど……う、うぇえ、だって、コレ今日の予定って本当は違うじゃん。なんで私たち――ソフトクリーム食べさせあってるワケ」

 

「何故かな」

 

「だぁー! この顔面メタル! こっちが聞いてるんだよいっ!」

 

 そんな危機的状況もどこ吹く風な竜胆くんは、まぁー何とも呑気な顔で手元に持った自身のソフトクリームをスプーンで私に突き出している。

 いやだからさ、流石に少しはツッコめよ本当にさぁ……ッ! これじゃ慌ててる私が馬鹿みたいじゃん。

 

「郷に入りては郷に従え……やめる分には構わないけど、何にせよ二人を御せる口実を思いついてから言ってくれ」

 

「う、それは……」

 

「それで、食べないのか」

 

「……食べます…………………あ、自分で」

 

「そうか」

 

 突き出したクリームをスプーンごと受け取って口に含む。物事には段階があるのだ。一口目は私だからノーカン、ノーカンである。

 

「カナメも顔が堅いわー。女の子を喜ばせるなら男は余裕を持たなきゃ!」

 

「ちーねーちゃーん、笑って笑って。あ、パパに送っていいー?」

 

「送りなさい」

 

 よせっ、と全力な無言の抗議も幼い二人には虚しく、チャットアプリの写真送信らしき無慈悲な軽い音声が聞こえて絶望する。

 そんな様子を見てようやく、竜胆くんが早めに匙を投げたその理由を理解した。

 

「どうだ、妙案が思い浮かんだか」

 

「うん、無理」

 

「そういうことだ。忠実に依頼をこなすなら、二人が満足の行く様に要望に応えていった方が良いと僕は思う」

 

「いやいやいや、にしてもでしょ」

 

 そもそも、だ。

 硬派というには世間を知らなすぎるし、堅物と言うには素直過ぎる竜胆くんが私にソフトクリームを……その……『あーん』して食べさせるアレを思いつく筈もないワケなんだけど。

 

 その知識の出どころは――今回の依頼人であるお嬢様方の楽し気な様子を見るに、まぁ言うまでもないだろう。最近の幼稚園児って怖い。

 

 私が気になるのは、それを実行に移した竜胆くんそのものにあるんだけど。

 

「う~……ホントに何を吹き込まれたんだよ竜胆くん……」

 

「――さて、な」

 

 本当に、なしてこうなったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お目付け役?」

 

「そそそ。なんかどこかの社長さんのお子さんらしくて、リコリコの噂を聞きつけて依頼してくれたらしいよ?」

 

「……ああ、錦木さんがよく行ってるコーヒー豆の配達とか日本語教室とかかな」

 

「そーそれ。しかも双子だってよめっずらしー」

 

 リコリコを発って駅を目指す傍ら、改めて今回の仕事について説明していく。

 『喫茶リコリコ』は喫茶店としての側面だけじゃなく、いわば『地域の何でも屋』としての活動も並行して行っている。

 

 日本語学校の支援、コーヒー豆の配達、竜胆くんは知らないけど保育園や幼稚園などへの手伝いに駆り出されることだってある。

 時には、下手をすれば『リコリス』としての案件で取り扱われかねないギリギリなストーカー被害の相談事も受けたりする事もあるくらいだ。

 

 今回の依頼も同じ様なものだ。

 つい先日、私が猛烈に恥ずかしい思いをした事が記憶に新しい、ミズキが提案した竜胆くんの依頼への同行。

 普段の業務内容からしてここまで踏み込んだ依頼を受ける事はそうそうないんだけど、まぁそこは竜胆くんの為である。

 

 そしてやはりと言うべきか、表情に浮かんでいるのは非っっ常にわかりにくいが、無表情によって生み出される渋面だった。

 

「やっぱり心配?」

 

「……うん。僕に務まるかどうか。この前の接客の時だって、無理に笑おうとして小さな子を泣かせてしまった」

 

「まー、めちゃめちゃ泣かれていたもんね」

 

「…………」

 

「ちょちょちょーい、ゴメンって。千束さんちょっと言い過ぎた。だから帰らない。ね?」

 

 壊れたゼンマイの玩具みたいに方向転換した竜胆くんをどうにかして此方に引き戻す。アレは本当に誰も悪くない悲劇であったと言わざるを得ない。

 

 スマイルが欲しいとお客様のお子さんに言われるがままに浮かべてから、ノータイムでお子さんにビンタされて泣かれた挙句帰られるというオチを迎えた珍事件。

 

 呆然とする竜胆くんをミズキは爆笑し、先生はまるで我が事の様に彼を慰めて業務が停滞するというちょっとした地獄が生まれたのだ。

 

 竜胆くん本人が善意一〇〇パーセントでやっていたという点が本当に救われない。

 というかそもそも、だ。

 

「先生にも言われてたでしょ。竜胆くんが楽しいと思うことを全力で楽しめば良いの」

 

 もっとも、竜胆くんの場合は圧倒的に経験が足りていないからまた別の問題が発生するんだけど。

 

「楽しいこと……楽しいこと」

 

「あーほら、また難しいこと考えてるでしょ」

 

「いや、難しいことと言うよりは何というか……」

 

「??」

 

 いつも割りとズケズケとモノを言う竜胆くんにしては煮え切らない彼の言動に、ちょっと違和感を覚えた。

 

 どうして――私を見ながら言っているんだろうか。

 

「――いや、難しく考えなくて良いとはこのことか」

 

「……竜胆くん?」

 

「ひとまずわかった。リコリコもとい錦木さん達には世話になりっぱなしだからな。僕なりに、今回手伝う仕事に関しては『楽しませて』貰う」

 

 ……おぉ。

 

「おー、おおおー――?」

 

 ――ちりちり、どかん、と。

 爆竹とか花火の爆発染みた喜色一杯の感情が全身を巡る様な感覚を覚えた。

 

「おぉー! 何かわかんないけど、楽しむってことがどんなことかわかったカンジ!? すごーい! さっすが私ぃ!」

 

 竜胆くんの今までにはない彼らしからぬ言動に、思わず小躍りしてしまう。

 これまで手応えらしい手応えを感じていなかったところでこの言葉に、本当に心が躍っていた。

 

「よっしゃあ! じゃあ出発出発ぅ! あ、もし小っちゃい子の相手で本当の本当に困ったら遠慮なく私を頼ってね。私、そういう子の相手慣れてるから!」

 

「わかった、頼りにさせて貰う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なーんて意気込んでいたんだけど。

 現実は無情というか無慈悲と言うべきなのか。

 実際に困り果てて縋り付きたくなっているのは当の私だったりする。

 

「これは……犬だな」

 

「ちゃうちゃう、これカピバラ。一応ネズミの一種なんだって」

 

「おお、ネズミ……衛生的問題があるかも」

 

「ないから」

 

「カナメ、肩を組みなさい」

 

「了解した」

 

「不意打ちィ!」

 

 おかしくなり始めたのは、いつからだったか。

 

「錦木さん、モルカーだ。集られて動けない」

 

「ちゃうちゃう、これモルモット。誰から教わった? ん? というか凄いな数」

 

「優衣ちゃんと瑠璃ちゃん」

 

「ちょっと二人とも?」

 

「優衣。シャッターチャンスよ。そして今まで撮ったやつもパパに送信するの」

 

「あいさ」

 

「やっぱ待って、待って、待ってください!」

 

 竜胆くんが多数のモルモットに襲われて行動不能になり、理不尽なサイバーテロ予告をされた辺りだろうか。

 

「ソーセージ爆弾!」

 

「ぐぇ」

 

「そしてニークラッシュ!」

 

「おぼふ」

 

「竜胆くん!?」

 

 竜胆くんの顔面に熱々のフランクフルトが叩きつけられ、隙だらけになった膝裏にドロップキックを叩き込んで撃沈した辺りだったろうか。

 

 多分、そのどれでもない。

 

 ……ああ、それと。これが一番恐ろしいことなんだけども。

 

「ちーねーちゃーん、そのままカナメにキスしなさい」

 

「ごめん、流石に待って」

 

 なんかこう、見事なまでに楽しむ楽しませるの立場が逆転してるんですが――!?

 

「カメラマンというヤツだな、瑠璃ちゃん」

 

「そーよカナメ。ちー姉ちゃんはイマイチ積極性に欠けるから、あなたがエスコートするの――優衣、ちー姉ちゃんの背中を押しなさい」

 

「瑠璃、ちー姉ちゃん固まって動かなーい」

 

「ストォーップぅー――ッ! タンマだよ二人とも! ちょ、もう竜胆くんこっちッ、作戦会議するよ作戦会議!」

 

「荒れてるな」

 

「キミは順応しすぎだから!」

 

「二人とも、コレで好きなオヤツを買ってくると良い。なるべく視界からは外れないように」

 

「「やったー!」」

 

 ――というか、なんか普通に動物園を私たちが楽しんでしまっているんだが。

 

 うん、おかしいね。

本来は逆じゃないのだろうか。お目付け役として私たちは一応お呼ばれしている筈なんだけども。

この構図にツッコミが出来る人材が皆無なのが非常に恨めしい。実に恐ろしい。誰かミズキを呼べミズキを。

 

「……あ゛ぁー、疲れた……」

 

「みたいだな」

 

「そんな他人事みたいに言ってるけどさぁ……」

 

 これまで色んな子達を相手にしてきたけど、今回ばかりは別格であると言わざるを得ない。下手をすればあの子ら同世代の三倍分くらいの倍率で濃い言動をしている気がする。

 

「だけど、錦木さんは楽しそうだ」

 

「……ホント?」

 

「うん。特に肩を組んで写真を撮った時とか錦木さんの反応が――」

 

「わーッ! わーッ! わーッ!?」

 

 恥ずかしい場面を掘り返そうとしてくる竜胆くんの言葉を勢いのまま遮った。何故あの幼稚園児二人は執拗に私たちをくっつけようとしてくるのだろうか。

 

 思えば随分と今回の仕事は遠回りをしていると思う。

 何せコレ、元々は竜胆くんのメンタルトレーニング染みたモノの為に参加して貰ったものだったのだから。

 それが今や私が振り回され、唯一の懸念事項であった竜胆くんの方が依頼人たる瑠璃ちゃん&優衣ちゃんコンビの舵取りに結果として一番貢献している。

 

 彼は案外、子どもとの相性が悪くなかったのだ。

 

「途中から竜胆くんの方にべったりだったしねー二人とも……なにかコツでも掴んだ?」

 

「コツなんてそんな大それたものじゃない――ただ、あの子達みたいに錦木さんを喜ばせてみたいと思っただけだ」

 

「……私を? あの子たちじゃなくて」

 

「うん――元気に錦木さんを振り回そうとしている瑠璃ちゃんや優衣ちゃんが、あんまりにも幸せそうだったから」

 

 それは、初めてだったと思う。

 リコリコで働いて以来初めて浮かべる本当に柔らかい顔。

 目尻を下げて、眩しいものを見ている様に穏やかなその様は。

 これまでにない――酷く人間臭いものだった。

 

「あの二人――お母さんが病気がちで入院しているんだって」

 

「……それは」

 

「うん。今回の動物園に行こうって案はね、いつか元気になったお母さんと一緒に回りたいっていう予行練習だったの」

 

 ――それこそがミズキがこの仕事に竜胆くんを巻き込んだ真意だ。

 あの二人の奔放さは、きっとどうしようもない寂しさの裏返し何だと思う。

 私と竜胆くんの写真を撮る側に回っていたのも恐らく――仲の良い両親がいつかこういうことが出来れば良いな、という願いから来たものなのだろう。

 

 それは捉えようによっては不幸かもしれないし、不自由なのかもしれない。

 だけど。

 

「それでも――あの子達は笑ってた」

 

 どちらも不幸な顔をしていない。

 母親は病院に、父親は仕事に、きっと子どもらしくいる事も許されない場面が多い筈なのに、たくさんの笑顔に溢れている。

 楽しいと思える『今』に全力で、未来に向けて笑っている。

 

「誰かを笑わせたいっていう想いはね、自分が笑っているってことなんだよ」

 

「僕が、笑っている」

 

「そ。だから何が楽しくて生きている、とか言っちゃいけないの」

 

 

 

 

「――生きるってことは、本当はそれだけで楽しいことなんだから」

 

 

 

 

 苦しいこともある。

 ツライこともある。

 なんなら、あの喫茶店から外は私からしてみれば窮屈なもので溢れかえっているかもしれない。

 

 だがそれでも、世界はこんなにも綺麗で愛おしいものに溢れている。

 

 私はそれを護れる存在になりたい。

 それが『救世主さん』が見たかった世界だと、この命を以て証明するんだ。

 それがきっと――私が生きていた証になるから。

 

 

「……正直な話、僕には錦木さんみたいに生きられる気はしない」

 

「……そっか」

 

「――――だけど」

 

 レンズ越しの視線が、往来する多くの人達の隙間を縫った。

 その先には私が見守って、竜胆くんが慈しむ瑠璃ちゃんと優衣ちゃんの姿がある。

 それでも少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 

「こうして錦木さんと二人でいるのは」

 

「うん」

 

 

 ――それは、本当に不意打ちだったと思う。

 

 

「こうして、誰かを笑顔にしている錦木さんと一緒にいるのは」

 

 

 それは本当に僅かな時間。切り取られた写真の一幕みたいに何気ない、いつかは勝手に忘れてしまう束の間の一瞬。

 温かい、誰かの笑っている顔を見つめるその鋼の様な表情は――。

 

 

 

 

「――――うん、悪くない」

 

 

 

 

 ――――竜胆くんがもっとも焦がれたものを、そこに浮かべていた。

 

 

「――――あ」

 

 だけど、それもほんの少しの間だけだ。

 

 私は、竜胆くんが笑った顔が見たい。

 何も知らなかったその心に、もうお腹一杯だって言わせてやるくらいに満開の笑顔を浮かばせてやりたいんだ。

 

 そしてそれが出来るのは――きっと私だけ。

 

 

「すぅー……ハァー……ね、竜胆くん」

 

「どうした」

 

「今から私は、私でも初めてなことをキミにするね」

 

「うん、わかった。錦木さんのペースで良い。キミの初めてなら、きっと何よりも価値があるものなんだろうさ」

 

「…………へんたい」

 

「なぜだ」

 

 うるさい、言い方が何かエロいのが悪いんだ。

 顔が茹で上がったみたいに熱い。サウナなんて目じゃないくらいに色んな所が熱くて――()()()()()()()の代わりに全身がバクバクと脈打っているのがわかる。

 

 不思議な感覚だった。

 瞳が見据える先に熱を感じる。それより上に目線を上げられなくて、それでも持て余している自分の中の感情を誤魔化す様に手をスカートの上でまごつかせている。

 それは初めての接客の時にも感じた事がない。

 それこそ――『救世主さん』の前でも感じたことがない。

 

 全く新しい、私にとっての『幸福』の形だと確信している自分がいる。

 

「う、ウチで本格的にバイトしない?」

 

 ――違う。

 そうなんだけど、違う。

 言葉を重ねようとすればする程、私の言いたい本当のことから遠ざかっていく。

 

 五感が遠くなる。

 動物園の喧しさがどんどん薄まって、私と竜胆くんしかいない様な得体のしれない錯覚を感じる。

 

 思い出せ。

 ここまでの竜胆くんを見て、暖かいものを知って、私は何を思ったか。

 でも彼が拒否すれば全てが終わってしまう。そんな可能性がどうしても不安になって、ふと顔を上げる。

 

「――――あ」

 

 けれども、そこに浮かんでいた顔はどこまでも穏やかなソレ。

 

「わ、私は」

 

 待っていると、どれだけ永くなろうともソレが形になるまで待ってくれるということを確信させてくれる――今まであったどんな人よりも優しい、慈しむ在り方だった。

 

 それが私だけに向けられるものだと自覚して。

 気恥ずかしさよりも、胸が温かいもので満たされた。

 そしてそれが全て決壊したかのように、その言葉を告げる。

 

 

 

「もっと――竜胆くんと一緒に居たい」

 

 

 

 竜胆くんが幸せになるところを、この目で見届けたいのだ。

 ――この短い命が、尽きるまで。

 

 

 

「――キミには困らせられたり困らせてばかりだけど……ま、此方からもよろしく頼むよ、錦木さん」

 

「――――え」

 

 熱を持たない瞳には光が宿って。

 その表情には薄く、笑顔が乗っている。

 

「笑ってる?」

 

「それは、これだけ錦木さんと一緒に居ればな」

 

「本当の本当に、笑ってるの?」

 

「うん――笑えるって、こんなに嬉しいことなんだな」

 

「そう――そう、心って重いけど、本当に楽しいことなの」

 

「え、な、なんで錦木さんが泣いてるんだ」

 

「ずびっ、だって、だってぇぇぇ……」

 

「あ、カナメがちー姉ちゃんを泣かせてる」

 

「私しってる、『しゅらば』っていうのね」

 

「違う、全て間違ってるぞ瑠璃ちゃんに優衣ちゃん」

 

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。

 それこそ、慌てふためく竜胆くんの姿なんか目にはいんなくて。

 ただ――人形みたいだった自分が、誰かを人間に戻せるきっかけになることが出来て良かった。

 竜胆くんみたいな人が――自分の幸せなことを見つけられて、本当に良かった。

 

 やっと、本当にやっと。

 竜胆くんは、人間に戻ることが出来たんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――雨が降っている。

 12月も中頃、刺すような冷気と芯まで届く水気のある寒さがあった。

 吐息は白く、手先はその冷え込みに抗議するかのように、赤く熱を訴える。

 

「――千束」

 

「遅いぞー、カナメくん」

 

「ごめんって。僕も車は動かせる様になったけど如何せん人目が……」

 

「うそうそ。ありがと。にしても凄いねぇ、電話かけてから五分も経ってないのに」

 

「ちょっとショートカットしてきた」

 

「オイこら、詳しく説明しろ」

 

 そこは人目を気にしろよ。

 

「……」

 

「どうした」

 

「いやぁ、人って変われば変わるんだなぁって」

 

「なんだそれ……」

 

 ――あれから、私たちも随分変わっていた。

 

 自分の秘密を晒して。店の秘密を知って、その果てにカナメくんは自分の秘密を知ることになった。

 在り方も変わって。

 呼び方も変わって。

 私たちは変わらないまま――その関係性を変えることになった。

 それが良い方向で働いたのは、きっとカナメくんのお陰だろう。

 

「ねぇ、カナメくん」

 

「なに」

 

「なんで、人目も気にしないで、そんな急いで私の所に駆け付けてくれたの?」

 

「…………からかうつもり?」

 

「じゃあ聞き方を変えるね――私がしたいこと、当ててみて」

 

 

 

 

「――傘は?」

 

「うん」

 

「――必要か?」

 

「うん――一緒に帰ろ、カナメくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれども、時々こうも思ってしまうことがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――本当の本当に、彼が私の目の前から居なくなってしまった時。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――私は、正気で居られるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 




 Q. これは告白ですか?
 A. 告白ではありません。

 今回はここまで。
 イメージは間桐桜が衛宮士郎から家の鍵を貰うシーン。HFを視聴せよ。
 
 感想、評価。あと滅茶苦茶丁寧な誤字報告には感謝しかありません。匿名設定なのが悔やまれる今日この頃。これには綺礼もネッチョリ。

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