――そう思っていた時期もありました。
つまりは投稿です。
※最新話と直接的な関係はありません。
時系列は幕間と「Easy dose it」の間くらい。
最新話の一つ前の話数として投稿していることを、ご了承ください。
地獄とは何か、なんて下らない事を考えてみる。
「――あっはははははは!」
「ちょっとあの、千束。顔が見たことの無い赤さになって――」
「あ、私のカナメくんだぁ~。おいでおいで~、こぉーっち!」
「むぐぅ」
ここは地獄か。
それとも天国か。
聖なる夜の原点、十字の聖書がもたらす聖人が死んだ日。カップルの一大イベント。
あるいは――千束の胸の中とか。
呼び方や意義は人それぞれ。だが都合が良いのかいい加減なのか、そのどちらでもない中間を意味する場所があったりする。
その教えによれば人はそれを――煉獄と呼ぶそうだ。
「じゃんけんしよー」
「え」
「じゃんけん――」
ぽん。グーとチョキ。
別に負けても良かったのだが、負けたら負けたで次の事態が予想出来ないので取り合えず勝者に。千束の『目』のこともあるし、フェイントを混ぜながら。
――どうしよう、勝者になっても事態が全く予想出来ないぞっ……っ!?
「え、マジ? オッサン、アイツ千束に」
「さいしょはグーで勝てるか……」
「えへへへ、負けちゃった――しょーがないなぁー」
「ああああああ!? ちょっと待て流石にすまーん――!?」
唐突に脱ぎ始める千束を全力で隠すべく、目に焼き付きそうなくらい印象的な彼女の素肌を見た衝動をどうにか抑え込みながら彼女の前に出た。
服を捲り上げて、肌に張り付く黒いインナーが露わになる千束の姿はもう、それと言ったら扇情的で――って!?
「ち、千束? 今近づかれるのは本当にマズイから」
「しーらなーい!」
「ウェ!?」
僕の胸に顔を押し付けてくる彼女の耳はおろか、顔も目も血が集まったみたいに真っ赤になっている。
そして普段から高いが今ここではそれよりもっと高いテンションは、彼女に何が起きたかを確信させるには十分過ぎた。
「――酔ってる?」
「そーそー! 酔ってるのでどんどん言っちゃうぞー! カナメくん、カナメくん、カナメくーん」
「……………………ぼ、僕も――」
「うるさーい!」
「むぐぅ!?」
当の僕はと言うと、千束には誠実でありたい一心と男としての理性の狭間でひしめき合っていた。
もっと具体的に言うならばこの目の前の可愛い子を全力で抱き締めたい衝動に駆られている。
お、溺れる、さっきより胸部装甲が薄くなっている所為で千束の柔らかいのが間接的というかある意味で直接的に伝わってくる……!
「恨みますよミズキさん……っ!」
「フッ、今の私は無敵よ。ちさとー、やっちゃいなさい」
「なるほど、これは最強の独り身は伊達ではないと……」
「独り身を格付けすんな! 勝手に幸せになれコノヤロー!」
……どうして……どうしてこうなったか。
思えばそれは、このクリスマス会の開催の時から始まった――かもしれない。
◇
クリスマス。
オーブンレンジの中のグラタンのタイマーをセッティングしながら、その単語から思い浮かべることを何となしに連想してみる。
モミの木。甘いケーキに、豪華絢爛なご馳走の数々。そしてクリスマスプレゼント。
思い浮かべるものは様々だろうが、世間の老若男女問わず普遍的な認識はこのようなものだろう。
「飲み物よし、飾りよし、即席テーブルよし……あ、大人組が居るならチェイサーも必要か」
そして、この『喫茶リコリコ』もそうだ。
この店の要である千束の影響で日常的なイベントに事欠かない。お客の誕生日や退院祝い、学校の卒業などと来て、果てには『レアミズキ記念デー』なんてものも生まれたくらいだ。
今日は早めに店を閉じてクリスマス・パーティの準備をしている。千束と店長は最終準備に、僕は厨房を借りて持ち込んだ料理の仕上げや盛り付けに取り掛かっている。
事情が事情なので、こんな祝い事とは無縁だった僕はリコリコで働いて以来、こういうイベントに対してワクワクしたりしている。
そんな皆楽しいクリスマスだが。
この単語に触れる事において何より必要不可欠な要素がある。
そう――恋人の日である。
「今年もついにこの日が来たわ」
そしてそんなちょっと楽しい忙しさに包まれている『喫茶リコリコ』のカウンターにて――似合わない黒幕顔で晩酌しながら腕を組むミズキさんの姿があった。
それこそ、そんなの良いから手伝ってくれませんか、なんてなんてフザケた事を言えないくらいには。
「……一応聞きますが、何がです」
「決まってるじゃない社会不適合者」
「早く結婚してくれませんかね」
「結婚を罵倒みたいに使うな」
開口一番それとは酷い侮辱もあったものである。やはり営業時間中に酒盛りを始めるアラサーは一味違う。いっそ見習いたいくらいだ。
蓄積していたミズキさんへの文句をそうやって細々と口にしながら、寝かせておいたローストビーフを切り分けて盛り付けていく。瓶詰したソースをかけて完成。
もう、何でも良いから手伝って欲しいというのが本音だった。
「よく聞きなさい、バカナメ。世の男女がもっとも多く、そして深く繋がるこのイベント――それこそがクリスマスよ」
「聖夜のイベントを汚さないでくださいよ……」
「おい、今アタシ普通のこと言ってるわよね?」
「いやぁ……」
青筋浮かべて此方を見てくるミズキさんの言い分に、やはり首を傾げざるを得ない。
なんというか、文脈は別に違和感が無いのにミズキさんが口にすると途端にスケベ親父染みて一気に淫らになっている気がする。
それは日々の人徳か積み重ねか、あるいは僕の脳がこの人に影響されてそんな思考をしているのか。
もし後者だった場合、僕は数日寝込む自信があるぞ。
「ミズキさんの良い所を沢山知っているので、敢えて言います」
ただ、ミズキさんがこんなにも荒んでいる理由。
そしてクリスマス・イブでも仕事に入り、クリスマス当日には『喫茶リコリコ』のイベントに参加していることからして、原因は明らかだ。
「な、なによ」
「その……またフラれたんですか?」
「ああああぁ!? そのことは言うなぁー!?」
精神崩壊して、顔面の穴という穴から色んなものが噴き出してとても妙齢の女性がして良い顔をしていない。フラれた時もこんな顔していたのなら男の方が逃げ出しそうな顔をしている。
そんな痙攣するミズキさんを無視してグラタンを取り出し、会場となるリコリコのテーブルに配置する。
……何だろう、僕だけこんな目にあってるのって地獄かな。地獄か。
「はぁーい! メリークリスマぁース! 皆おめでとー!」
だがそんな地獄に。
それこそ、聖なる夜に舞い降りた妖精の如き存在が、玄関より舞い降りた。
「――――お、おっふ」
それは妖精という表現すら生易しい、かの聖人になぞらえて言えば聖霊であった。
金が混じる白い髪はいつもの赤い髪留めではなく、クリスマス仕様にされた緑と赤のリボンの帯によって留められ。
サンタを象徴する赤はスカートを基調としたドレス風に、白いファーは雪化粧の様に、スカートの下は黒いタイツと赤いヒールによって全身を仕立て上げている。
晒された肩と腕の白い肌と、黒い袖なしのインナーがアクセントとなって、より千束の魅力をクリスマスという世の風情によって昇華されているのがわかる。
「カナメくーん、お疲れ。あ、ケーキ作ってきたよ」
「あ、ああ、うん。僕、トナカイにでもなれば良いかな?」
「ごめんなんて?」
「生憎と持ち合わせのソリはこれしかないんだけど……」
「それ雪かき用のスコップじゃん。押すタイプの」
……衝撃のあまり自分がトナカイだと錯覚してしまった。
だが、千束が来たという事は参加者が全員集まろうとしているということだろう。
そして噂をすれば、だ。
「そ、それでさ、カナメくん。あ、あの、この衣装どう――」
「おお、カナメくんか」
「カナメくーん、メリークリスマス」
「……いらっしゃいませ、こんばんは皆さん」
良い所だったが、仕方無い。
山寺さん、後藤さん、伊藤さん、北村さんに伊藤さん。
リコリコの常連、その中でもとりわけ姿を現すことが多い御仁が揃い踏みしていた。
その中でも、とりわけ憔悴している伊藤さんの下に向かった。
「ガナ゛メ゛ぐん」
「ひと目で何があったかわかる……!」
「伊藤さん、この前に描いていたコミケの原稿は大丈夫で?」
「大丈夫――今日の夜からペン入れすれば間に合う……っ! きっと、必ず……っ!」
「そっかー……どうしようカナメくん。ちなみに関わったらデスマ確定」
「藪蛇だ。流石にペン入れは出来ないぞ」
大丈夫じゃないみたいだ。
うん、帰りには夜食と挽いたコーヒー豆をサービスしておこう。
そして全員が着席したことを確認すると、いつの間にか復活して既に酒が入った様子のミズキさんが一升瓶を掲げていた。
あの一瞬で既に一本空けて二本目に突入したのか……。
「それじゃあ、毎年恒例『喫茶リコリコ』のクリスマス会あーんど忘年会の開催をこのアタシが祝杯してやろうじゃない!」
「おーいったれミズキさん!」
「流石フラれればフラれるほど磨きがかかる女!」
「ちょっと最近マジで行くところまで行くんじゃないかって思い始めてるぞミズキさん! けどそこが魅力だぞミズキさん!」
「アラサーエデンアラサーエデン! その婚期が世界を救うと信じて!」
「ちょっとそこに直れお前らぁ!?」
「「「ぎゃあああああ!?」」」
あの、乾杯……。
大人組は幹事の役割を放棄して酒盛りと飲み比べを始めていた。ここは喫茶店だぞ、というツッコミは野暮だろうか。
「あ、ミズキがまた倒れた」
「結局いつも通りだ……」
……まぁ、その方がこの喫茶店らしいか。
ああ、それと。
料理を口にする前に、やらなきゃならない事がある。
「千束」
「お、どしたどした。飲み物渡ってなかったとか?」
「いや、そうじゃなくて……おほん」
「???」
「――クリスマスの衣装、本当に似合ってる」
「――――ッ! もぉー、もぉ~! カナメくーん!」
◇
――で。
「んふふふふ、カナメくーん、膝がかたーいぞー。あ、でも顔はスリスリしてる」
「千束、なら座敷の座布団でどうにか。というかせめて服を――」
「やっ!」
「ぐぅぅううう……!」
現在、見事に会場の空気で出来上がった千束が僕の膝の上で、手の甲と手のひらをぺたぺたと行ったり来たりしている。
軽く幼児退行を起こしている彼女を抱き締めるどころか全身を包み込みたくなる様な衝動をどうにか抑え込んでいるのが現状だ。
「と、というかコレ、本当に大丈夫なんですか?」
「そうだな……どれどれ」
料理のソースにも酒は確かに使ったが、それこそ調味料同然の量でしか使用していない。
であるなら、外的要因が他にもあると考えるのが普通だろう。
膝の千束の乱れてしまった髪を整えながら、この場で一番頼れる大人である店長に問いかけた。
……と、思っていたのだが。
「これは――雰囲気酔いと蓄積だな」
「んな馬鹿な」
頼れる大人からそんな頭の悪い結論を聞くことになった。
「カナメ、いいか。雰囲気とは侮れん。クリスマス、そして忘年会とくればこう、舞い上がってしまうのはわからなくもない。そこに料理に使った酒に加え、大人組の放つ酒気に充てられ――千束はウィスキーボンボンとかそんな感じのを口にした」
「最後がだいぶテキトーですねっ!? 冗談じゃないですよ店長っ。そんな曖昧なモノでアルコール摂取したみたいに酔われたら――」
――抱き締めるのは良いが、別にこの子を持ち帰ってしまっても構わんのだろう?
「――なんて未来が訪れる可能性が、ないでもありませんか……ッ!」
「いやぁ、その心配は無用だとは思うが……聞いていないな」
千束がこうなった原因たるミズキさんら飲んだくれ組に今度は視線を送る。
「ホントに飲ませていないんですよね大人組方々――!?」
「流石に無いって。多分。でもいやぁ、青春だねぇー」
「やはりリコリコではネタが、モチベーションが、尊みの供給がぁー――!?」
「伊藤さんが死んだ!」
「この人でなしぃ!」
そしてどさくさに紛れてまた伊藤さんが死んでる。アレはもう何人目だろうか。
「カナメ、千束に水を飲ませてあげてやってくれ。夜風にでも当たれば、きっと酔いもおさまる筈だ」
「そうさせていただきます……ほら、千束」
「うみゅー」
「……………………ふぅ」
――は? 最高に可愛いんだが。
「ほら、冷えるから。毛布でも被ってて。僕の上着も貸すからさ」
「あ……うん」
外へ出て、店前に設置されたベンチに二人して腰掛ける。
夜は月光の儚い光の静寂。背後に構える店は橙色の喧騒が耳を打つ。
「…………」
「…………」
何となしに、静けさが訪れる。
先の賑やかさから一転して、顔が赤いままの千束はどこかソワソワしているのがわかった。
その様子からして、その理由は言うまでもない。
「その……ごめん。カナメくん。滅茶苦茶酔ってました……まさかあんなお菓子がトドメの一撃になるなんて……あぁあああ、恥ずかしいぃ……!」
「……いや、アレは大人が悪いというか僕が悪いというか、何というか」
しいて言うならクリスマスが存在する限り覆せない事態とも言うべきか。
だが何にせよ、何か酔わなければいけない理由があったのだろう。
それを指摘する様な無粋は、敢えてしない。
いつもと違う千束の様子。
絢爛な衣装の感想を言った時の、幸せそうな顔。
そして――隠す様に置かれた白い箱の存在。
きっと、勇気が必要だった。そんな彼女の頑張りを、努力を否定するようなことを、僕はしたくなかったのだ。
「その、ね」
「うん」
「本当は――コレを渡したくて、酔っていた所がありました」
傍らに隠してあった箱から顔を出したのは――クリスマスケーキだ。
なんともシンプルなショートケーキ。白いクリームに、黄色のスポンジ。モミの木の葉っぱをあしらった緑の装飾。
それは、本当の本当に小さなケーキだったけれど。
それが真実、僕だけに作られたものだと、確信できたんだ。
「――――」
これを見た時の感情をなんて言えば良いのか。
泣いたのか。嬉しかったのか。何もわからない。
ただ少なくとも、この心の鳴動はこの体で内包するにはあまりにも小さすぎた。
「その、初めてだったから、私うまく出来なくて――」
「――ううん、きっと美味しいよ。ありがとう」
飾りとして添えられた小さなフォークを使って、その可愛いケーキを口に入れる。
本当に美味しかった。
無論、料理としても。クリームの舌触り、スポンジの程よい甘み。酸味の強い果物を添えることで甘みに対してアクセントが加わって、全体的な味わいが綺麗に纏まっている。
そして何より――。
「――誰かに作って貰うケーキって、こんなに美味しいんだな」
家族と過ごす日に、愛しい人たちが周りに居る。
冷たくて暗い、寒くて広い僕の家では感じられなかったもの。
それが本当に嬉しくて――口角が吊り上がるのがわかる。
「寒いね」
「稀に見る大寒波だからな」
言葉が重なる。
けれどもそこには――言葉が無くとも伝わるモノが、確かにあった。
「ね、もう少し寄ってよ」
「……まだ酔いが残ってる?」
「んー……そうだね。じゃあさ」
「――確かめてみる?」
「――」
それのなんて妖艶なことか。
髪から覗く耳は赤く、されどそこには寒さなんて野暮なことを感じさせない、僕を見据える熱を心で感じる。
千束のクリスマス衣装も相まって、それはいっそう幻想的だった。
僕にも酒気が巡ったのか――鼓動は信じられないくらい強く、速い。
ふと、手が触れられる。
それを拒まず、体を寄せる。
そして寄せられた肩には、一回り小さい千束の頭が乗っかった。
「――ねね。しばらくこうしてて良い?」
「――いいよ。千束の酔いが醒めるまでなら」
これを全部店の外側から見ていたリコリコ一同が二人にバレる十秒前。
以後、クリスマス会を開く際には酒の持ち込みに関しては自重する様にルールが設けられた模様。
昨日思いついて執筆しました。
感想は気軽に送ってくれれば幸い。
※お酒はルールと節度を以て嗜みましょう。
型月タグの追加に関して
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