山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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1話「Easy dose it」
1話


 

 

 

 

 ――――気が付けば、崩壊する建物と命を共にしていた。

 

 暗い。痛い。寒い。怖い。

 そして、眠い。

 きっと、何か大きな事件が起きたのだろう。

 見慣れたその場所は崩落の闇に落ちて、いつ瓦解してもおかしくない地鳴り染みた崩落音が、何となしにその結末を想起させる。

 

 

 そしてそれは、僕の身も同じ。

 

「大丈夫」

 

 生存を維持する大切なものが、壊れた蛇口みたいに次々と体の外へ流れ出ている。

 舌に纏わりへばり付く水を含んだ鉄と粉塵の味。徐々に遠くなっていく崩落音に、朦朧とし始めている視界は、ただ生きなきゃならないという無意味な命令に突き動かされ、かろうじて自分が死んでいないということを伝えてくる。

 

 ()()()()()()

 体の中で僅かに残る感覚をなぞっている。微かに残留する命の香りを辿っている。

 それはまさしく生きているフリで、それを生きているなどというのは命の冒涜に等しかった。

 

 どうしてこんなことになっているのだろう。

 どうして自分が、こんな所で独りっきりなのか。

 どうしてこんな、地獄の入り口みたいな暗くて寒い場所で、僕は傷だらけになっているのか。

 

 

 ――――どうして僕は、血まみれのナイフをその手に持っているのか。

 

 

「――――大丈夫」

 

 

 ――些末事だ。

 此処で感じている怖いこと、痛いこと、苦しいこと。その全ては、もう僕にはどうでも良いことだ。

 

 だって()()()にはもう色が無い。痛みが無い。感じる為のモノが無い。

そうしなきゃ生きられなかったから。

 生きられなかったから、一番捨ててはいけないモノを捨ててしまった。

 

 

 

 

 まぁ、なんだ。

 ソイツは体が死に切る前に――心の方が、死んだのだ。

 

 

 

 

 だけど。

 だけど、そんな心が死んでようやく耐えられるそんな地獄の様な光景の中で。

 

 誰かの手を握っていたことは、よく覚えている。

 

 それは、忘れちゃいけない大切なことのハズなのに。

 決して忘れてはならない、僕の手を握る誰かのことを。

 僕は終ぞ、思い出すことが出来なかった。

 

 

 

 だが、それでも――

 

 

 

 

「――――絶対に、助けるから」

 

 

 

 

 その時の僕は確かに。

 

 誰かを、助けたかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――っ」

 

 ……夢を見ていた。

 悪夢だかなんだか。寒々しさすら思わせる現実感のあったその夢から、四月の朝特有の冬の残り香を感じさせる外気によって覚醒する。

 そして鼻を僅かにくすぐるコーヒーの残り香は、ぼうっとした頭に自分がいる此処がどこかを確信させた。

 

「……よりにもよって客用の座敷で寝ちゃったのか」

 

 そこは第二の我が家と言っても差しつかえない、『喫茶リコリコ』の良き日本文化を感じさせる雅な天井だった。

 和と洋を取り持つ洒落っ気の溢れた電灯は営業時間じゃないこともあって、その灯をともしていない。

 

 営業時間は客用に使われているちゃぶ台には思わず苦いものを覚えるメモの山。背中から感じる畳の心地いい温度や感触と、癖を感じさせない草の香りはこの店の元締めたる店長独特の日本への思い入れの様なものを感じる。

 

 そして視線の先――畳に放り投げる様に伸ばした腕に覚えのない重さを感じて。

 

 鮮烈に、覚えのある可憐な表情と赤い瞳と目が合った。

 

「――」

 

「――」

 

 ――何か言えよ。

 そんな副音声すら聞こえてくる沈黙に空気が、全身が、顔がみるみる赤い熱を宿しているのが手に取る様に分かった。

 肩寄りの腕、上腕二頭筋に頭を乗せて、此方を見据える赤い瞳は僕と同種の羞恥からか、鏡面の水みたいに小さく左右に揺らめいている。

 

 女性らしいふわふわした香りは畳の匂いなんか簡単に押しのけて、腕を伝う女性特有の柔らかい感触には、言い様の無い感情を覚える。

 

 それが――錦木千束のモノであればなおさら。

 

 そして戦う為、誰かを助ける為の綺麗な人差し指は、どういうワケか首元を緩めて露出している胸元の素肌をなぞったまま停止していた。

 

 彼女の吐息すら認識できる距離を詰められたという事実を認識した頭は当然、色んな感情が玉突き事故を起こして寝ぼけた頭には刺激が強すぎる――。

 

「――どぅわっ!?」

 

「――とぅっ!?」

 

 錦木さんが超人染みた速度で飛び退くと全く同時。

 ずったんばったんと、謎の浮遊感と一緒に自身の弾力を実感する羽目になった。

 まるでキュウリを目にした猫みたいな動きで畳を跳ねまわって全身が跳ね上がって、とにかく迅速に千束と距離を取る手段を講じた。

 

 結果、背中から座敷の外へ弾んで落ちるという、無様を晒すことになった。痛い。

 

「~~~~~~っ!?」

 

 したたかに腰を強打し、千束もはずみで頭部を打ち付けたのか、座敷の上でうずくまるに丸まって痛みに悶絶している。

 そんな様子を見て、痛みと火みたいに燃え上がっていた羞恥心が徐々に鎮火していくのがわかる。

 

「あー……大丈夫? 千束」

 

「おおぉ……ギリ……もー、なんてタイミングで起きちゃうんだよもー……あとちょっとだったのに」

 

「いや、だって千束がかわ――待って、僕が寝ている間に一体『何』をしようとした?」

 

「……………いや、違うし。違うよ?」

 

「まだ何も言っていないんだが」

 

 ホントに隠せるつもりでいるのか、視線は僕の開けたシャツの襟元を行ったり来たりしている。んな馬鹿な話があるか。

 ……よくよく確認してみれば、シャツのボタンが昨夜より三つくらい解けていることについて詳しく聞きたい所存である。いつから此処に居たんだろうかこの子は。

 

「――この話は止そう。戦うしかなくなる」

 

「なんて横暴だ……そもそも千束から聞いてきたから――わかった。わかったから、今近づくのはヤメテ。反則」

 

 あとやめなさい。そんなチベットスナギツネみたいな顔は。

 

「はいはいはーい、んじゃ仕切り直し。リテイク――おはよう、カナメくん」

 

「……おはよう、千束」

 

 ただ、まぁ。

 ある意味で悪夢と言って良いほどに夢見の悪い思いをした直後に、千束の顔を見ることが出来たのは怪我の功名と言うべきか。

 

 それですっかり元通りになるのだから、我ながら単純だなと思わざるを得ない。言い訳になるが、総じて男とはそんなもんである。

 でさ、と千束が一言。

 

「またリコリコで寝落ちしたことは物申すとして……どしたのコレ。座敷がめちゃめちゃだけど」

 

「いや、僕の安眠の結果というか何というか……ぶっちゃけコッチの方が熟睡できるんだ」

 

 千束に言われて辺りを見渡した。

 改めて見ると確かに酷い。直前まで静寂に支配されていたとは思えない店内の座敷は、いっそ騒々しさすら感じるほど散らかっている。

 『喫茶リコリコ』の奥にある座敷スペースを見事に占領したその光景は、『DA』に関する書類だけではない。

 

「ナニコレ。英語にロシア語に中国語に……アラビア語、え、古アイルランド語ってなに。何に使うの?」

 

「僕の『日課』だよ。毎度毎度、やってて頭がおかしくなりそうになるけど」

 

お陰でリコリコにくる数年以上前から僕の趣味は言語学習になってしまった。

だからまぁ、余計に『DA』にこき使われる羽目になっているのだけれど。

 

「え、マジ? じゃあ『これなんて言ってるかわかる?』」

 

『これであってる?』

 

「うわマジだ」

 

「抜かりないぞ」

 

 千束も目を回している通り、際立つのはその難しさだ。

 彼女が羅列した比較的ポピュラーな外国語だけでなく、世界的に見てもあまり普及率が低い言語などを順序不同、ページ数もバラバラだったり、せっかく翻訳した文章が全く意味を成さないモノだったりなんて徒労はザラだ。

 

 現に、既に数年以上の月日が経過しているが、その実態は何一つわかっていない。

 強いて言うなら、()()()()()()()()()()()ということぐらいだろう。逆を言えば、数年以上かけてその程度しか理解できていないのが悲しい現状である。

 

 

 それでもと、徒労に終わる様なことを続けているのはきっと、僕が何よりも『執着』しているからなんだろう。

 その理由は、こうしてリコリコで働くことになったから理解できる。

 

 

 

 何せ――影も形もない僕の父である『伊之神幹也』との繋がりを示す、唯一の縁なのだから。

 

 

 

「……そう言えば、何で千束は此処に居るんだ?」

 

「ありゃりゃ忘れたのー? 今日はリコリスの仕事でしょ。装備の補給もあるから、一度リコリコに寄ろうって話したじゃん」

 

「あー……確か学校にも公欠って体裁で申請して――……ん?」

 

 ちょっと待て。

 今、どこかおかしな所が無かったか。

 

「昨日そこそこの依頼を終わらせたばかりじゃなかった?」

 

「ソッコーで終わらせたけど?」

 

「じゃあ今回の仕事ってつまり……」

 

「え? 私の独断ですが、なにか?」

 

「……やっぱキミはリコリスだ」

 

「おいこら、どういうだ意味ソレ」

 

 無論、情け容赦の無さで言えば最強最高であるという意味で。

 ……というかコレ、僕が楠木さんとかに詰められるパターンじゃなかろうか。やっぱ千束は悪魔の末裔か何かなのだろう。

 成程、これだけ可愛いげがあれば騙されても良いやってなるのも納得である。

 

「だって楠木さん、隙あらばカナメくんに誰かを殺させようとするからさ。最近はやっと懲りたのかそんなことも無くなったけど……お陰であんまり一緒に居られないし

 

「だからって強行突破はなぁ……あまりキミの首を締める様な事をしたくはないんだけど、そこはどう考えてるワケ?」

 

「まー……うん、いざとなれば実力行使に出ますとも」

 

「さいですか」

 

 案の定、そういうやり方に終着しているのは実に千束らしいというか何というか。

 まぁ、そこが頼もしくもあり心配でもあるんだけど。

 彼女の強行突破に戦々恐々しつつ、どこか頭の芯に眠気が残る感覚に抗いながら、私物で散乱する座敷を片付けて行く。

 

 ……どうにも相当熟睡していたらしい。

 いや、今回の場合夢見が悪かったが故の睡眠の深さとも言うべきなのだろう。普段であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()問題ないのに。

 いずれにせよアレだけ接近されて目が覚めない様ではまだまだ修行が足りない。

 

 ――にしたって、嫌に具体的で現実感のある夢だったが。

 

「おはよう」

 

 そしてどうにか座敷の体裁を整える程度には片付けを終えた辺りで、よく聞き慣れた落ち着きのある声が耳に届いた。

 アフリカ系の血を思わせる大柄なその巨躯は玄関から差し込む朝日を遮り、それらと対を成す様に着こなされた紫色の和服はコーヒーと和菓子が売りであるリコリコのコンセプトを忠実に再現していると言えた。

 

 何を隠そう、『喫茶リコリコ』にて店長を務めるミカさん、その人である。

 

「おはようございます、店長。先にお邪魔しています」

 

「おはようカナメ……店の鍵は裏も表も閉まっていた筈だが、どうやって入った?」

 

「はて、何故でしょう……それはそうと、壊れた裏口のドアってリコリコの経費で落ちますかね」

 

「ははは、カナメ。仕事から帰ってきたら覚悟しておけ」

 

「ウス……」

 

 藪蛇だった。

 頭の体操がてらの軽い冗談のつもりが、割りとシャレにならない事態になった。だって鍵が開いてないならそうするしかないじゃない……。

 

「あ、先生おはよー。聞いてよ、カナメくんがまた此処で寝落ちしたんだって」

 

「ちょ、何で言うのさ」

 

「カナメ」

 

「店長ぉ……」

 

 知らぬ間にデスカウントが進んでいく。なんて朝だ。

 

「ところで、ミズキさんは?」

 

「外の車の中だな。予想外のヤケ酒がたたって車の中でダウンしている」

 

「……駄目だったのですか、今回も」

 

「そうだ。つまりは通常業務中にヤケ酒が始まる。いつも通り頼んだぞカナメ」

 

「それは実質丸投げでは?」

 

「裏口の鍵」

 

 謹んで拝命させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろか」

 

 揺れる人が疎らな電車。矢継ぎ早に流れる景色。背後で古い映写機みたいに陽の光が通りすがる建物に遮られる所為で、視界には景色を黒く塗り潰す光の痕が残っている。

 

 そしてきん、と。速度の世界へ乗る電車が空気を切っているのを耳で感じ取った。

 朝の眩くも肉体に元気を充填する陽の光は人工の静かな光に。白む青空を映し出していた車両の窓は暗所による疑似的な夜を想起させるものに変わっていた。

 

 そうやってトンネルを抜ければやがて――海が見えてくる。

 

「すっかり馴染んでるなぁ……」

 

 平日の午前中に修学の義務を放り投げて『仕事』に向かうのも慣れたモノで、同時に荒事に慣れようとしている自分がいることにちょっとした危機感を覚えるが――こうして巻き込まれなきゃ死んでいた事実を思い返して、ちょっと顔が引き攣った。

 

 よくよく考えてみれば、こうして何気ない景色を茫然と落ち着いて見られる時点で馴染んでるもなにも無かったという事実を殊更に実感した。

 

 僕にとってこうした荒事とは、既に電車の風景と変わらない日常になっていたのだ。

 

「それにこの制服も」

 

 ふと、電車の自動ドアのガラスに映り込んだ今の自分の姿を見やる。

 

 防刃、簡易防弾、対赤外線等々、この国で普通に生きていればまぁお目にかかる必要性が無い技術がふんだんに使いこまれたソレ。

 傍らに置いた鞄も同様で、戦闘に必要な工具やら武装などが必要分だけ積み込まれており、いざとなれば盾にもすることが出来るという優れモノだ。

 

 手向けられた色は『紺』。

 つまりは赤服の『ファースト』である千束の一つ下の階位。

 事情が事情な為、少々特殊な立ち位置な故に通常とは微妙に異なるのだが、兎にも角にも『セカンド』としての立ち位置を『DA』より拝命している。

 

「ま、明らかにただの学生服なんだけど」

 

 言うなれば、リコリスの男版とも言うべき姿。幸いとも言うべきなのか、それは俗にいう『学ラン』と呼ばれるべきもの。肩に記された『彼岸花』の意匠が男であるのにこの組織にいることの異常性を際立たせている。

 

 それは奇しくも、初めて戦闘に参加したあの日と似たような装いになっていた。

 

 

 

「――失礼致します」

 

 

 

「む」

 

 そしてその『女子高生』を視界に入れた瞬間――僕の仕事が始まった。

 

 最初に感じたのは冷たくも美しいという印象だった。

 背中まで綺麗に伸ばされた濡れ羽色の黒い髪。白い肌に少し切れ目な黒い瞳には一見、何の感情も乗っていない。

 スカートの下から伸びる脚は白く。腕の裾より覗く手には一見すると、血の気配が全くしないのがわかる。真っすぐな背筋はそのまま彼女の性格を表している様で、いつも組んでいる千束とは正反対の印象を僕に植え付けた。

 千束を『太陽』と称するなら、その子は『月』と称すべきなのだろう。

 

 その冷然とした仕草と生真面目っぷりは、暗器を使う僕なんかよりもよっぽど暗殺者染みている。

 

「――竜胆要人さんですね」

 

 隣に来てそんな事務的なことを口にするその子。これならきっと年相応な青い春真っ盛りな男が声を懸けられたとしても、蜘蛛の子散らして逃げ出すだろう。

 

 加えて僕と同じ色、同じ系譜を感じさせるソレに答え合わせなど不要であった。

 

 

 

 

 

「本日の任務に同行することとなりました。井ノ上たきなです。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。

ついにたきな登場。千束が「ナニ」をしようとしていたかはご想像にお任せ。
千束ウエディング姿を見て急遽思いついたシチュでした。

感想、評価、誤字報告ともどもありがとうございます。

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