――間一髪。
一秒前まで人気の無い通路だったその場所は、その雰囲気を一変させていた。
爆炎によって開けられた通路の大穴。内側の爆発によって壁を吹き飛ばし、巻き上げられた塵は破壊された通路に差し込む太陽によって際立って、スポットライトみたくより埃っぽく空間を演出している。
「あー、井ノ上さん。怪我は無い?」
「けほっ……どう、にか」
紺色の制服が少し煤に塗れているが外面上は無傷な井ノ上さんを確認して、ひとまず安心したので僕は
爆発の直前――扉を開けようとした井ノ上さんを抱え込んで扉の接合部をナイフで解体し、爆発の衝撃と熱風から身を護る盾として利用した。
ダメ押しでリコリス達に支給される戦術武装鞄に搭載されている緊急防御機能であるエアバック状のクッションを僕と井ノ上さんのモノを二つ展開し、絶命確定な一撃をどうにか無傷という形で防いだのだ。
「……やっぱり破壊神じゃないですか、竜胆さん」
「何ひとつ否定できない……」
どうして僕の引き受ける依頼はこんな事ばかり起こるのか。楠木さんが流布した噂が現在進行形で信憑性を帯びてきている様で、意図せず表情筋が引き攣る。
なんて事を考えながら井ノ上さんに手を貸すと、彼女はまるで平衡感覚を失ったみたいに脚をもたつかせていたので――前から抱きつく様に、彼女を支える。
「あ――」
「っとと、無理はしないで。やっぱり衝撃は殺し切れなかったか」
「……足を引っ張ってすみません」
「いやいや、井ノ上さんは悪くないよ」
そんなの爆弾仕掛けたヤツが一番悪いに決まってる。それでもどうにか立ち上がろうとして、案の定立ち眩んでいる井ノ上さんを半ば強引に休ませる。
僕が危なくなったら、頼りにしてるから。
なるべくこれから発生する射線から逃れる様に、脇道へと忍ばせて。
「さて」
かちり、と。
ナイフを握り直し――戦闘用に切り換わる意識を通じて、肉体を変革していく。
戦いに巻き込まれたあの日。常人離れした身体能力を引き出す為に修得――否、
俗に『自己暗示』と呼ばれるソレ。
『ナイフを握る』という行為を
――まるで、電流を得て胎動する機械の様に。
「よう」
男の声。
かつかつと、本当に朝の挨拶をしにきたと誤認しかねないほど軽々と此方に歩を寄せてくる敵の気配。この場においてあまりにも不釣り合いに感じる気楽さが、いやに冷徹な響きを伴って耳に届く。
「お前たちが探しているのは、コイツ等だろ?」
どちゃ、と重量と質量を両立させた液体の気配がした。鼻腔と閉所を満たす濃厚な血の香りと、男が投げ飛ばしたモノから感じる死の気配。
――それはまごうごとなき、こと切れた人間の死体。
生気を失い焦点が交わらない両目と、眉間、肩、脚と死体となっていった過程を容易に彷彿させるソレは夥しい程の出血を伴って、通路に血だまりを作っている。
「『姐さん』のメールでも確認したな……四か月くらい前に、ウチの先兵と教官がやられたって話。なるほど――匂うなぁ、凝り固まった醜悪な秩序の香りが」
「そういうアンタは普通じゃないな。住処をサバンナとかアマゾンの奥地とかに変える事をおすすめするが?」
「ははっ、良い悪態だ。少なくとも此処の奴らよりは骨がある」
ゆらりゆらりと、どこか掴み所が無い言動と所作には、隠しきれない暴力の気配を全身に纏っている。これではまるで人間の味を覚えた獣みたいだ。
啖呵を切りつつ冷ややかに、静かに回転する思考で武装を確認する。
右手にナイフ、左手には非殺傷弾を装填したガバメント系をベースに実用性を最優先にしたカスタマイズを施したモノ。
「それで、さっきから何が言いたいんだアンタは。よりにもよって年頃の女の子を爆発なんかに巻き込んでまでやりたかった事を、な」
「なぁに、簡単な話だよ眼鏡クン。世の中秩序だのなんだのと、現状維持をしたがる奴らが蔓延ってる。特にこの国はな。で、俺とお前が此処にいるときた。なら――」
改めてその姿を確認する。
――嗤う獣。
整えられていない癖のある緑色の髪。変動を止めないその表情と軽い言動はどことなく道化を彷彿させる。ピンク柄のシャツの上から黒いコートを纏うその姿は、暗闇と差し込む太陽の光も相まって影に溶け込む存在としての雰囲気を際立たせた。
思考を迸る直感めいた確信。目の前の男が内包するであろう飢えた肉食獣を思わせる凶暴性は、少なくとも大人しく対話をしようって柄ではないだろう。
故に交渉の余地は――最初から存在しない。
「――壊してバランス、取らねぇとなぁ」
「――普通に迷惑だから、他をあたってくれ」
――――突貫する。
穿つ鋼が影を残し、刃の軌跡を銀が辿った。
緩慢から一瞬で収縮した筋肉。緩急をつけて射出された砲弾の様に動く体は、生じていた間合いを音も無く縮ませ、突き出したナイフは一撃を以て男の中心を捉えた。
まだ一般人であった頃、僕を襲撃した男が使っていた視界から消える歩法の応用。
だが――この船の人員をたった一人で鏖殺した男は流石に話が違った。
「――!」
交錯する体。交わる視線。お前の狙いなど端からわかっていたと言わんばかりに男は嗤い、高速で駆動する視界の中で黒光りする拳銃を構えた。
その狙いは、伽藍洞になったこの体の中心部だと即座に理解する。
「よっ――!」
引き鉄が引かれるその瞬間、左で構えたガバメントを男ではなく、向けられた拳銃に向かって射出した。
火花が散る。
不殺の赤い弾丸が赤い塵を巻き上げる。
銃口から生じた閃光が音を置き去りに二つ。男が放った複数の弾丸が僕という的を外れ、着弾した壁で金切り音を上げて瞬きにも満たない僅かな時間、暗所の灯かりとなった。
弾と壁が衝突するその瞬間――男が僅かに顔を顰めたのを目に焼き付けて。
「ハッ、暗殺者さんがモノホンの銃でごっこか」
「そうかよ。折角だから味わって出国しろ」
男の油が乗った嘲弄じみた軽口にこちらも軽口で答えながら、返事代わりにガバメントから非殺傷弾を放つ。
射撃音が連なる。無拍子で繋げられる銃声は連続する落雷を思わせた。
牽制と本命。必殺へ繋げる為の一撃と、必殺を狙う一撃。
だが、当たらない。これらの応酬は弾丸が発射される前に躱されるという事実を見越したうえでの駆け引きだ。
今この場ほど、千束の『目』ほど最適な戦術解は存在しないだろう。
筋肉の動き、纏った服のズレ、視線と銃口。視覚で認識できるあらゆる情報を掌握するあの赤い背中がまだまだ遠い事を認識させられる。
――故にイメージしろ。
「――速くなったな……!」
「――」
弾を装填しながら男の射撃を躱し、没頭する。
無駄となるあらゆる雑念、あらゆる思考を削ぎ落して、加速を続ける。
ひたすら想起せよ。お前が何を見て来たか。どんな背中に憧れて――焦がれたのか。
ガバメント。
正式名称をコルト・ガバメント。『統治者』の名を冠する、豊富なパーツ群によるカスタム性が売りのソレ。担い手の想定次第でどんな銃にでもなり得る可能性の銃。
これで、錦木千束は誰よりも優しい兵器を生み出した。誰も殺さず、何も奪わず、命を許容する。そんなどこまでも甘い――それでもきっと、何処かの誰かが一度はその身に思い浮かべた理想だ。
グリップを握り締める。人を穿つ冷たい鉄の塊に、温かいモノを覚えた。
すると見えてくる。瞼の裏、瞳の奥で鏡像の如く思い浮かぶ。本来の担い手の姿と、彼女が戦闘において考えうるあらゆる想定がその突破口を掲示してくれた。
――男の持つ異常な回避能力。
銃を構えている頃には終えている行動、弾が銃口から飛んでいく頃には全てを無駄撃ちにしてくれるその強さの理由を探った。
僕より遥かに優れた銃撃の練度と言う視点からの観察。それらを成立させている男が持つ要素の考察。
そして検証――先ほど目に焼き付けた金切り音が頭を過って、射撃の間合いから一気に男の懐付近へと距離を詰める。
「ぐっ!?」
狙いは男ではなく、
そして男が顔を顰めたのを見て、その回避能力の一端をようやく理解した。
「『音』だな?」
「バレんの速っ!」
「嬉しそうにする――なっ!」
戦闘の種を明かされたというのになおブレない男へそんな台詞を吐き捨てる。
すかさず地面に手をついて放つ上段回し蹴り。男は腕を交差させて防ぐが、そんな動作に意味はない。狙い通り、自ら仕掛けた爆弾で開けた船の穴からその細身ながら大柄な体が文字通り吹き飛んだ。
それを追う様に跳躍。
轟く銃弾。それらを最低限の動きで躱して、男の耳の近くでガバメントを虚空へと向けて射出すれば、尋常じゃない聴覚で無防備に拾った銃声の所為で苦悶の声を漏らしたのがわかった。
そして――完全に隙だらけになって空中に投げ出された体に両脚で強引に組み付く。
「オイオイオイ……!?」
「先に言っておく――死ぬほど痛いって評判だぞ」
此方の意図を理解したのだろう、詰めに入られた焦りと戦闘特有の高揚感を感じさせる声音が耳に届く。
右往左往。ぐるぐると縦横無尽する視界は、黒煙を巻き上げる船と既に夕焼けに染まりかけている空というアンバランスな光景を捉えた。
男が此方に得物を向けるがもう何もかもが遅い。ガバメントの引き鉄に指をかけ、銃口を男の腹へと押し付けた。
落下の浮遊感を覚え、此処までゼロ距離。
領空権は――既に僕の間合いである。
「がッ――!?」
引き鉄を引く。引いて引いて引きまくる。
レンズ越しで見る単発銃らしからぬ射撃はさも小さな花火の様に連続して火を吹いている。非殺傷弾の赤い粉塵が巻き上がって、赤い花と言うよりまるで血霧が如く。
腕が軋む。筋肉が悲鳴を上げている。殺しきれない衝撃が腕を伝導し、骨から筋肉にかけて内側から破壊しようとしている。
「おぉ――らッ!」
「かはッ!?」
そして地面と衝突するその直前。殺しきれない腕の痛みを噛み砕き――ブン投げるみたいに男の胸倉を掴んで船の鉄製の甲板に叩きつけて、落下の緩衝材代わりにする。
まだ終わらない。
ぐるんと再び回転する体。
弾切れになった銃を投げ捨て、右手に持っていたナイフを逆手に持ち両腕で男の顔面、そこから僅かに逸らして自慢の耳付近に渾身の力を込めて振り下ろした。
鉄を食い破る刃の音が静かになった船の中に残響し――それが詰みの合図になった。
「――バ、ケモン、かよ……へへっ」
「お互い様だ。相当タフだよアンタ」
「お前に言われたかねぇ――人の大事な耳の近くで、しかもナイフで
男は笑いながら、さりとて大きな音によって同じ場所を狙い続けた弊害か、苦し気に左の耳から血を流している。
バケモン云々に関しては、寧ろ此方が申し上げたいくらいなのだが。
僕が使っているのは非殺傷弾とは言え、それでも銃は銃である。人を気絶させる程度は造作もないし、死ぬほど痛いという評判も実際に喰らったが故の口コミだ。
今みたいに呑気に話しながら――全く諦めた気配の無いこの男が異常なだけで。
「そいで、アンタは何者だ。此処で何をしてた。ほら、洗いざらい吐いて」
「さーてなぁー……仲間になるってんなら話は別だが」
「どういう心境で出した言葉なんだ今の言葉は……忠告しておくが、この後控えているあの子は僕ほど優しくないぞ。それこそ指の一本や二本くらいは覚悟しておいた方が良いかも」
「暗殺者がお優しいことで」
いや、そんな話ではない。割りかし単純な生産性の話だ。
拷問というのはやられる方だけではなく、する側もしんどいってだけのこと。誰も合理的な理由で人が苦しんでいる所なんて、見たくもなければやりたくもないのだ。
…………何を考えているのだろうか、僕は。
「――ところでよ。知ってるかナイフ眼鏡」
そして追い詰められた手負いの獣が如き男は何を考えているのか。
嗤い顔を浮かべながら――此処から遠方。目測にして一〇〇メートルちょい。コンテナが並ぶ港を指さした。
「――世界最速の狙撃銃の初速は音速の四倍なんだぜ」
成る程。
ということは、なんだ。こうして男が指さした先に閃光を認識した段階では。
どうやっても当たるってことか――!
「――」
直ぐに男の拘束を放棄してナイフを構えた。
切り絞る感覚が拾い上げる弾丸が空気を切る音。予測し弾が辿るであろう延長線上に、刃を乗せる。
この狙いは必中。潮風にも晒されることもなく、伸びた仮想の軌道線は綺麗に心臓部を辿っている。故に、躱す事は敵わず、叩き斬るしかない。
それが敵の狙いだとわかっていながら。
「授業料だ、悪く思うなよっ!」
耳から血を流し、撃たれた腹部を手で押さえながら此方に銃口を向ける男。つまりは処理すべき弾丸がもう一つ増えたという事実。
流石にマズイ……!
銃があればまだしもこれはどうにも――。
「――井ノ上さん!」
だから此方も援軍を呼ぶ。
僕の脇道。刃の一閃みたく、弾が鋼と火花の道をつくり上げる。
鞭打たせてゴメンとか、休めと言った矢先に働かせてすまない、とか。色々言いたいことは山程あるけど。
ナイフを振り下ろして狙撃を防ぎ、男の銃は破壊されて船の甲板にばらばらと破損したパーツが乱雑に放り投げられた。
「チィ――今回はてめぇらの勝ちだ、アサシンども」
「逃がすとでも?」
「逃げるさ」
逃げるな、とは言える間もなく。
向き直った頃には展開されていた閃光弾が、辺りを一際明るく灯し目を潰されるわけにはいかない僕や井ノ上さんは必然的に視界を閉ざすしかない。
光が晴れた頃には――既に男の姿は無かった。
「……ごめん、正直滅茶苦茶助かった」
「いえ、最初に足を引っ張ったのは私なので。ですが、油断は禁物です」
「手厳しい……あ、でも、井ノ上さんに頼り切りだったから油断したのかもしれない」
「……本当に、変わった人ですね」
まぁ、何にせよ。
ひとまず今回の仕事は――これで終わったと判断して良いのだろう。
「その前に、生存者を探さなきゃな」
「本当にナイフで斬りましたね」
「井ノ上さんもやってみる?」
「お断りします」
「皆んな同じ反応……」
というワケで今回はここまで。
そして名前は一度も出してないけど例のバランス性ブロッコリー。
コイツはアニメ本編でどうやって銃を調達してたんだーって話。
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次回、たきな早めの顔出し。
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