『――我々の存在を認知していた敵だと?』
「はい。それも相当の手練れであったかと」
耳元の端末からは久々に聞く楠木さんの声。
見届けた太陽が沈み、頭上には夜空が浮かび上がってる。都心のきらびやかな夜景は遠くに。街灯は光源を失った廃墟を照らしていた。
戦闘が起きた現場から離れてしばらくの、待機場所でもあったガソリンスタンドの廃墟にて。リコリスに支給される端末を通じて、今回の仕事における事の顛末を楠木さんへ報告していた。
その内容はあの獣の如き男は勿論のこと、今回引き受けた仕事の異質さについて。
……出来れば井ノ上さんに報告を代行して貰いたかった所だったが、爆発のダメージが抜けきらない手前、今は出来る限り落ち着かせておきたいし。
『モノの確保は完了しているんだろうな』
「はい。船を調べたところ、計五〇〇丁の銃火器を格納していた倉庫と船底、エンジン部にて爆発物を確認しました。恐らく別の思惑が存在した別組織の隠蔽工作の一環かと考えます」
『最低限の目的は達したか……動員されていた敵組織の生存者は?』
「一人残らず全滅です。もう少し遅ければ船ごと吹き飛ばされて
『――それで掴んだのが新たな銃取引の情報ということか』
――船内を調べたら出てきた、無数の惨殺死体。
爆ぜ、穿ち、折られ。おおよそ人間の抱えるあらゆる急所に、数多の殺害手段を用いた最低限の攻撃動作によって行われた鏖殺だったが、そんな死体からでも得るものがあった。
それこそが新たな銃取引の情報。
とにかく必死だったのか、あるいは少しでも持ち帰るものを持って帰ろうとしたのか。遺体の一つ一つを調べていくうちに――恐らくハッキング対策であろうが昨今では珍しい、紙媒体の情報が詰まった文書を見つけることが出来たのだ。
楠木さんら上層部にはこれらの情報の精査を『ラジアータ』を通じて行って貰いたいのである。
『それで、お前達を襲撃した男は今どうしている』
「あー……」
……やっぱり触れるよなぁ。うん、そりゃ触れる。
さて、どう説明したものか。気まずいのやら説明がし辛いのやら。今はつい口がまごつきたくなる様な気の休まらない感情が僕の中で渦巻いている。
何せ――骨を砕いたとはいえよりにもよって一番怪しいヤツを取り逃がしたのは耳に痛い事実なのだから。それにリコリス、もとい『DA』は究極的な結果重視の組織でそのような事をしでかせばどうなるか。
まぁ――言わないと現在進行形で千束を含めた他のリコリスが危険だから絶対に言うんだけど。
「――取り逃がしました」
『――なんだと?』
そして案の定、女性にしてはトーンが低めの楠木さんの声が更に低い状態となって耳へと届く。聴覚を通じて、重力染みた圧を否が応でも感じ取る。
そんな僕の挙動不審な様子を見ていた井ノ上さんが無表情ながら心配してくれているのを見て、安心させる様に笑みを浮かべながら手を振る。
そして首を傾げながら小さく振り返すのを見て、少し肩の力が抜けた。
「……ん?」
……だがいつまで待てども、僕が思い浮かべた様な言葉は投げかけられる事は無かった。むしろ僕の予想を大きく外れた言葉を電話越しの楠木さんには投げかけられた。
『――お前ほどの使い手が取り逃がしたのか』
「あれ?」
詰められる所か、むしろまるで予想外な評価をくれたお陰で、ものの見事に楠木さん仕様に取り繕った仮面を引っぺがされる。
『となれば投入する戦力の見直しが必要だな……その前に竜胆。何か私に言いたい事がある様に思えるが』
「おっと藪蛇だった……」
『そういう事は口に出さずに居た方が利口だぞ』
「ぎょ、御意」
ば、バレてるうえに面倒くさい誤解までされる始末とは……いや、この場合楠木さんが言っている事の方が正しいか。
これがアレか、年の功とも言うべきものなのか。どうにも店長のソレとは大分印象が違うが。
『まったくお前という男は……そんな所まで千束に似てどうする』
「えーと、お褒めに預かり?」
『どうやら頭のダメージが残っているようだな?』
「いや、多分千束ならこう返すかなと」
ハァ、と今度こそ本物の呆れを多分に含んだ重めの溜息が聞こえてくる。電話の向こう側で見える筈もない楠木さんの表情が手に取る様に浮かび上がった。
『怪我が無いなら良い。今やお前は私達にとっても欠かせない戦力の一つだ――もっともそれだけの不覚を取って、たきなは無事なんだろうな?』
「い、痛い所を相変わらず容赦なく突きますね楠木さん……」
ぐうの音も出ない正論に、ふと井ノ上さんの姿がダブった。
しかも不覚を取った事には違いないので、あながち間違いとも言えないのが何とも。
やっぱり悪い人では無いのはわかるのだが、どうにもこう言う所は相変わらず苦手である。
「……では、詳細は改めて。井ノ上さんは僕と同行させても?」
『そうして貰おう。尾行などされては堪らんからな。くれぐれも、これ以上我々の存在を知られる様な事が無い様に』
「そこは既に対応済みなので、ご心配なく。今日に限って言えば千束もいますし――店長もいますので」
『そうか――ああ、これだけは言っておくがな』
間があってほんの少し。
そこにどんな意図があるのかはまるでわからない。
唯一わかるのは、やっぱりこの人は苦手だって言う自分勝手な認識と。
どんな相手でも態度を変えずに話す事が出来る、千束の偉大さだった。
『――『DA』上層部は竜胆要人を高く評価している。私を含めて、な』
一方的に通話を切断され、無機質な待機音が聞こえてくる。
直前までのやり取りの意味を考えて……やっぱり意味がよくわからない。
信頼、してくれているという事なのだろうか。いや、まだ然るべき行動を経ていない気がするからそれは在り得ないか。
「……」
「竜胆さん? 楠木司令に何かあったのですか」
「いや、やっぱり苦手だなぁって」
「……それは多分、竜胆さん本人にも問題があると思います」
「えぇ……?」
井ノ上さんにまでそんな事を言われたらいよいよどうすれば良いかわからないぞ僕は。助けてくれ千束。あの図太さとマイペースさが今はどうしようもなく羨ましい。
まぁ、それはともかくだ。
「……本当に病院に行かなくても良い? 僕じゃ軽い診断しか出来ないからはっきり言って保証にもならないぞ」
「大袈裟ですよ竜胆さんは……大丈夫です。それでも動ける様に訓練してきたので」
「いや、僕はともかく井ノ上さんの命を預かった身だからさ。せめてこの仕事が終わるまで面倒を見させてよ。ほらこの通り」
「何で竜胆さんが頼み込んでるんです……」
変なブツを見てる井ノ上さん。その視界には気の抜けた表情で眼鏡をかけた男が手を合わせて拝む姿が映り込んでいた。言うまでもなく僕である。
だってこの子には今回は世話になりっぱなしだし、何より迷惑をかけてばかりだ。
知り合ったからには、長く生きて欲しいと思うのは決して間違いだとは思わない。
「言っておくが僕は井ノ上さんに死なれたら泣くぞ? ほんとに泣くぞ? 尊厳なんてクソ喰らえってくらい情けない顔を全力で晒して泣くからな?」
「こ、ここに来てそんな困ること言わないで下さい……! とにかく。司令はなんて?」
「ああ、それなら――」
「あ、いたいた。おーいカナメー」
言葉を遮って登場した赤い車。そこからはリコリコの制服ではなく仕事着、もとい普段着姿で運転席から手を振っているミズキさんの姿があった。
「ありがとうございます。すみません、今日はヤケ酒後と聞いていたので、動かすのもどうかなって思ったのですが」
「舐めんな。こちとら酔っ払いよ。ノンアルでも雰囲気で酔える」
「……? 竜胆さん、彼女の言っている事が全体的によく理解できないのですが」
「ごめん、ごめんな井ノ上さん……こういう人だから」
「オイこら」
見よ、これが大人の姿である。
ミズキさんの言い分にそれは誇るべきことなのだろうか、という疑問はさておき。
「で、その子が」
「そうです。クールでしょ。ね、井ノ上さん」
「あ、どうも。本部所属の井ノ上たきなです」
「……」
「ミズキさん?」
井ノ上さんの自己紹介だというのに、何故か僕に訝し気な視線を送るミズキさん。
心無しか、どことなく困っている様な気がする。
「どうしましたミズキさん」
「いや、許して貰えるのかなーって……ま、頑張んなさいよ。カナメ」
「いや僕かよ」
「あの、話が全然見えてこないのですが……」
ミズキさんの言っている事がいまいちわからないが、ともかくだ。すっかり置いてけぼりにしてしまった井ノ上さんに向き直る。やっぱりリコリコの面子と一緒にいると居心地が良い所為か、ペースをあちら側に持って行かれていただけない。
「あの男の逃げ場所がわからないうえ顔まで覚えられた以上、しばらく単独行動を控えるべきだと僕は思うワケだ。ダメージを与えたと思いたいが……アレならきっと多分死ぬほど痛くても動くと思うし」
「では、どうするのです?」
「取り敢えず――
◇
「――ここが、竜胆さんの」
「あー緊張しなくて良いわよーたきな。コイツ含めて馬鹿ばっかりだし」
「当然、それはミズキさんも含まれているんですよね?」
「え?」
「え?」
遠回りに、道中に尾行が無いか確認しながらの走行を経てしばらくして。
我が家同然の『喫茶リコリコ』を目の前にして早速容赦の無い罵倒を口にするミズキさん。そこにはミッチリあなたも含まれている事も忘れないで欲しい。
だが当の井ノ上さんと言えば――。
「たきな? たーきなー」
「…………『DA』最強のコンビが此処に」
「聞いちゃいないわ。まぁ、アンタが来た時よりは全然マシだけど。な、カナメ」
「ミズキさんの言い方はともかく、ホントにな……」
何やら緊張した面持ちで僕達について来る井ノ上さんに二人して苦笑いを零す。一応『DA』の支部として扱われているのだから、もう少しリラックスして欲しいものである。
そんな身構えたら振り回されて気疲れするであろう未来を半ば確信しながらリコリコの扉を開いた。
……壊したドアの事になるべく触れない様に、あくまでも普通に振る舞いながら。
「――ただいま」
――結構気に入っているいつも通りの台詞を口にして。
扉に立てかけられた『close』の看板の通り、本日は営業を終了していた様だった。
だがミズキさんの様子を見るにそれほど混雑せず早めに店を切り上げたのだろう、陽が沈んで夜を迎えたばかりだと言うのに片付けがあらかた終了している。
そしてカウンターには紫の着物姿ないつも通りの店長と……何やらそっぽを向いている千束の姿があった。
「おお、戻ったかカナメ……ほら、千束。カナメが戻ったぞ」
「戻りました店長、この子にコーヒーを――……千束?」
「……ふ、ふんだ」
だがどういうワケか。
リコリスの制服を着た千束がカウンターに頬杖を突きながら、かたくなにこっちを振りむこうとしなかった。
僅かに覗けた横顔は、私怒っていますと言わんばかりにぷっくりと膨れている。
……怒ってるならそんな可愛らしくしないで欲しい、と思わなくもない。
「えっと、何かありました?」
「あー、なんて言えば良いんだかなぁ……まぁアレだカナメ、男を見せろ」
「あの店長、それ状況説明になってないような……」
どうにも因果関係を把握してそうな店長に聞いてみるが、本当に困った様子でしどろもどろに答えながらコーヒー豆を挽いている。
……ということは女の子的なアレやコレやか。とはいえ心当たりが無いのが何とも。
そしてそんな僕と店長の様子を見兼ねたのか、ミズキさんがいつもの席に座って比較的フラットに千束の現状を告げて来た。
「あー簡単よ。コイツたきなにお弁当作ったことに嫉妬してんのよ。でもカナメの行動は否定したくないっていう恋人でもない癖に何ともめんどくさ――」
「あぁ――! 手が滑ったぁああ――!」
「ぶふぅ――!?」
直後、隣に座っていた千束が無防備なミズキさんへダイブして取っ組み合いを始めた。いい所に入ったから今回は千束に軍配が上がるか。もっとも、今のところミズキさんが勝てた試しが無いのだけれど。
だが、ミズキさんという尊い犠牲によって千束がどうしてそんな事になっているかを理解することが出来た。
なるほどなるほど。
それは――僕の所為でそうなっているというのなら、いただけない。
ただなぁ……いつもだったら直ぐに埋め合わせをしたい所だけど、生憎と仕事中である。他のリコリスだけでなく、千束の命に関わる事でもあるのだから。
「オホン。あーおふた方、その辺りで。ほら、井ノ上さんが曖昧な表情で沈黙しております」
「「あ」」
あ、じゃなくてだな。もっとこう、先輩としての威厳を気にするアレとかそういうのは無いのか。人のこと言えるのかという点に関してのコメントは控えさせて頂く。
「ごっめーん! ついいつものカンジで振る舞っちゃった! 井ノ上さんだよね。私は錦木千束。ねねね、下の名前と
「えっと、たきなです。十六歳」
「じゃあたきなって呼ぶね。どう? カナメくんと組んで大変じゃなかった? 爆発とか、ロケットランチャーとか! その他の爆薬の類とか!」
「おい」
「……いえ、別に良いんですけど」
この人が竜胆さんの、と井ノ上さんは玄関で聞いたニョアンスとは大分違う沈痛な面持ちで呟いている。だからリラックスして欲しいと言ったのに……。
だけど。
「その、爆発から護っていただけましたので」
フォローしてくれたのだろう井ノ上さんが放ったその言葉が、良くなかった。
妙に嗅覚を働かせた千束がそんな言葉を見逃す筈が無く。
「ふーん…………ちな、どんな風に?」
「……錦木さん?」
「千束で良いよー。それで、どんな風に?」
雲行きが怪しい。部屋の温度が全体的に下がった気がしてならない。
だがどうしてだろうか、何故だかここから何をしようとしても結末が変わらない気がする。
「井ノ上さん、リラックスしてくれ。頼む」
「カナメくんは黙ってよっか?」
「ウス……」
少しでも被害軽減の為に井ノ上さんを止めようとするが、もう遅い。
「えっと、こう――抱き締められるみたいに?」
「――カナメくん?」
「井ノ上さんの伝え方、伝え方の問題だから千束――ッ!」
よ、よりにもよってこれ以上ないってくらい最悪の状況になってる……ッ!? 何故だ、何故なんだ井ノ上さん。火と油の関係性を知らないのかキミは!
「千束、誤解のない様に言っておくがな僕も井ノ上さんも咄嗟で――」
「カナメ、その辺りにしておけ。話が進まん」
「うぐ……」
千束の機嫌を治せないまま進行していく会議。見事に失敗した僕は千束の座っていた席の隣に座って、井ノ上さんを更にその隣に座って貰った。
コーヒーを渡してくる店長の顔は――柔らかめだが、間違いなく仕事仕様のものである。
「司令部からの通達が来ている――新たな作戦が『DA』から下った」
いや、速いな。それだけ緊急事態ということだろうか。
「千束も。カナメが帰ってきたにせよ仕事中だ。今はどうにか抑えてやれ」
「ぬぬぬ、ぐぐぐ……はぁーい。あ、それとカナメくぅ~ん」
「……な、なにか」
「あとで今日のこと、聞かせてね?」
「…………ウス」
――笑ってない女の子の笑顔って、怖いなって。
◇
で。なんやかんやあって。
店長から次の作戦の通達を聞いてすぐ、僕は真っ先にリコリコの座敷に連れていかれて正座させられていた。
言うまでもなく、僕が現場で何をしていたかという説明である。緻密かつ丁寧、それにて鮮明にという無茶な注文を叶えたうえで。
「――と、いうワケなんだけど……千束、どうか嫌いにならないで欲しいんだが……」
「なるほどねぇ……そっかそっか。たきな、被告の証言は間違いなくて?」
「被告て」
「間違いないかと」
「そっか。では裁決を下します」
カナメくん、ととっっても良い笑顔を浮かべてくる千束。リコリコの営業においても見た事の無い美しさ、華すら幻視させる可愛さがそこには存在した。
なお、機嫌はどうみても最悪である。
「スケコマシ、朴念仁。唐変木。えと、あとはえっと……種馬!」
「意味わかって使ってるのか……」
「罵倒っぽいのをそれっぽく並べていますね」
「……そうだね」
そしてもう一つの問題は。
僕の隣で同じ様に正座をする井ノ上さんの存在であった。
「……それで、井ノ上さんはどうして僕の隣で正座をしているのかな」
「元々私に原因があるので」
「…………なるほど?」
「なるほど、じゃないわーい! くっつき過ぎだぞ二人とも!」
うがーっと吼えながら座敷の上で正座する僕と井ノ上さんの間に入り込む千束。
そして、どういう事か同じ様に正座してふんす、と腕を組んで踏ん反り返った。もう本当に意味がわからない。
「あ、誤解のない様に言っておくけど、別にたきなには怒ってないんだ。ごめんね、巻き込んじゃって」
「いえ、此方こそすみません千束さん……あなたを困らせるつもりは無かったのですが」
「いーのいーの。私が指摘しているのはこう、色んな子にコナかけてるカナメくんに対してだから。いい加減にしろー、みたいな?」
「……あの、そろそろやめてあげて下さい。竜胆さんがダメージの許容範囲を超えた顔をしています。銃弾は効かないのに」
「い、いや、いいんだ井ノ上さん」
ばしっばしっ、と背中を張り手で良い音をならしながら叩いてくるので徐々にダメージが蓄積していく感覚が否めないが、甘んじて受け入れる。
……理由はなんであれ、千束をこんなんにした責任があるのだから。
それに、千束がご機嫌斜めな理由はそれだけじゃないのだ。
「それと、何よりも私が納得できないのが――」
「なんで私がカナメくんと一緒の作戦に参加できないんだよぉー!?」
そうなのである。よりにもよって楠木さんは現場指揮を他のリコリスに任せて、機嫌が最悪な千束に部隊の後詰めとして配置したのだ。
戦力のバランスを考えた結果、とのことだが。最たる理由はまぁ、千束の『不殺』の方針が噛み合わないことで生じる現場の混乱と防ぐ為だろう。
に対して僕は例の男と交戦し、取り逃がしている。責任を取る為にも、現場にいる交戦経験の無いリコリスの為にも参加しない理由が無かったのだ。
「本部の決定だ。言っても仕方がないだろう」
「だってせんせぇー。私ファーストだよ? 一応カナメくんは私のっていう責任的なアレもあると思うだけど! あるよねカナメくん!?」
「それは、わからなくはない」
作戦関連の事だからか、助け舟を出してくる店長に泣きついて猛反発する千束。とんだキラーパスをする彼女に僕は曖昧な返事しか出来ない。別に間違っていないし。
……元々僕の命は千束のモノなんだし、そんなこと気にしなくても良いのだが、と思わなくもない。
「にしても、千束の現場まで荒らされていた事には驚きました。やっぱり僕の襲撃と関わりがあるので?」
「それらを見据えたうえでの戦力の配分だろう……だから千束、どうか納得してやれ。カナメもいい加減困っている」
店長の大人らしい正論には千束も敵わないのか、膨れっ面になりながら僕に近づいて……って。
「うぅ~私だってわかってるんだけどさぁ~。うー、カナメくーん」
「あ、あの千束、うーじゃなくてくっ付き過ぎ……せな、背中」
「ミズキさん、二人は何を?」
「え、色ボケ」
そして先ほどからどういうワケか酒が美味いのか、酒瓶をそのまま口に着けて傾けるミズキさんの姿は、もう何から何まで酷いという評価ですら難しい惨状である。
存在というかその在り方が情操教育によろしくないミズキさんは後でとっちめる事を心に決める。
「もう正直に言ったら~? カナメが女作ってきそうで不安だって」
「ミズキィ!」
「……さっきもそうだけど、なんでそうなるんだ千束」
「う」
僕と千束のことを見ながら美味そうに酒を飲むミズキさんには後で物申すとして。
朴念仁とかスケコマシとかって、僕のどこを見てそう思ったのだろうか。
そしてバツが悪そうにモジモジとしながら、千束はまごつく口をどうにか開いた。
「……だって竜胆くん、色んな女の子にコナかけてるんだもん……」
「だから何で」
「この前サードの子、いたでしょ。ほら、そばかすでショートの可愛い子」
「……ああ、蛇ノ目さんのことか。最近セカンドに昇格したらしいな」
千束の情報から、それがサードからセカンドに最近昇格したリコリスを思い出す。
本当に偶然な話。危うく殺されそうだったから助けただけなのだ。しかもどうみても前線向きな性格じゃないのに最前線に駆り出されるのを見て、ちょっとした体術のノウハウを叩き込んだ仲である。
昇格祝いに髪が長かろうと思ってカチューシャを送ったのは記憶に新しい。
「竜胆さんは蛇ノ目さんと知り合いなのですか」
「まぁね。広義的に見れば先輩後輩の関係なのかな? 彼女の方がキャリアを積んでいるのにおかしな話だけど」
何せあちらが『先輩と呼ばせて下さい』と言ってきたのだ。僕も最初はどうにもむず痒くて断っていたのだが、露骨に悲しんだので泣く泣く承諾したのである。
「ほらぁー! ほらぁー! 見たでしょミズキ! こういうことを言っているんだよ私は!」
「あっはっはははははは! あー、酒が美味いわぁー」
「さっきから何をツマミに呑んでるんだミズキさん……!」
だがこれではマズイ。
何か、千束の機嫌を一瞬で覆すことが出来る都合の良い一手が欲しい。
だがとうの千束からは聞けず。店長は我関せず。ミズキさんは飲んだくれである。本当に味方がいない。場をカオスが支配している。
頼みの綱の井ノ上さんは天然ムーブで無理をさせてしまうだろうし――。
――なんて、思っていたのだが。
「――千束」
「…………なに」
「一瞬、こっち向いてくれる?」
「……こう?」
――妙案なんて、いらないんじゃないかって事に気づいた。
きっと千束のことだ。
自分の感情は勿論のこと――そんな感情を自分以外の誰かに抱いているということに対しても、自己嫌悪している筈だ。
だが彼女はそれを晒す様な真似はしない。
だってそれが表出すれば――それはきっと、自分が欲してやまない誰かの時間を奪う事に繋がるからだ。
そんな真っ直ぐな子に対して僕がしてやれること。したいことなんて、初めから決まっていた。
「――一回しか、やらないからな」
「え――」
「あ」
「うお、マジか」
「やるな」
井ノ上さんの様な事故でもなく。場に流されてやったワケでもなく。
紛れもない僕の意思で――千束を正面から抱き締めた。
「か、カナメくん、これは」
「これも、一回しか言わないから、よく聞いといてよ」
「ひゃ、ひゃい」
案の定、千束はその白い肌を真っ赤に充血させている。声は上擦って、両手はわなわなと行き場に迷っていた。
……恥ずかしいのは此方も同じである。
背中と頭に回した手から感じ取る感触はとても柔らかく、温かくて。
全身を包み込んでくる彼女の鍛えられた肢体は感じまい、感じまいと意識にフタをすればするほど鮮明に感覚として脳髄から体全体に伝わってくる。
嗅覚に優しい充足感を与える彼女の香りは、一瞬にして火照り返った僕の自意識を吹き飛ばす。
そんな癖になりそうな幸福感に抗いながら――僕は伝えるべき事を伝える。
「――不安にさせてごめん」
「多分、見苦しいかもしれないけど――僕も千束の立場だったら、同じ事をするかもしれない」
「だけど知っておいて欲しい」
――――こう言う事をしたいって思ってるのは、千束だけだから。
それは、僕が『僕』を取り戻してから感じたことだ。
だから決まっている。僕は僕の命の使い方を決めている。
僕を人間にしてくれた彼女の為に、どんな事をしても応えたいのだ。
その果てにたとえ――どんな地獄に落ちたとしても。
「――ご、ごめん。とにかく、そういうワケだから。紛れもない、僕の本心、だから」
「…………」
「さ、さーて。明日の為に装備の確認をしなきゃ。井ノ上さん、こっちに武器庫があるから着いてきて。今日消費した武装はそこで補充しよう」
「あ、はい」
「おふた方、千束をよろしくお願いします」
呆然とする千束を二人に任せ、井ノ上さんを連れてリコリコの居間のスペースに向かった。
恥ずかしい。滅茶苦茶恥ずかしい。あとで絶対にミズキさんに弄られる、なんて何とも子どもっぽいことを思い浮かべる。
そう思うと憂鬱というか、そんなどうしようもないやるせなさが溜息となって口に出てくる。
だが不思議と、後悔とかそういうのは感じていなかった。
「……」
「竜胆さん」
「……なにかな」
「顔が真っ赤です」
「…………何とでも言ってくれ」
「気障な台詞ね~……いるのね、あんなこと言うヤツ」
「だが千束には効果覿面だぞ」
彼が去ったその直後。
彼岸の少女は、その真っ直ぐな想いの籠った言葉を聞いて。
単純だと笑うが良い。都合の良い男の弁舌だと思えば良い。
溢れ出る感情を抑え込む様に屈みこんで、震えていた。
それは、彼の言葉がその芯まで
「――カナメくん」
それは、誰にも聞こえない声で。
「私、初めて思っちゃったよ」
彼女にとっては祝福であった、
「――――死にたくないなぁって」
心臓の音は――やはり聞こえない。
今日は此処まで。
書く速度が上がって興奮する。
新規の感想が徐々に増えてきていて嬉しい所存。投稿初期から送り続けてくれているユーザーからの感想も燃料がヤバみ。
それでは。
型月タグの追加に関して
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賛成
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反対
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どっちでも良い