山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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7話

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ、何してやがる! 撃てッ! 誰一人逃がすなッ!」

 

 号令一下。弾丸と号令はほぼ同刻、顔に大きな打撲痕を作った大男が一声に叫べば銃器は光と弾丸をまき散らす火器の群れと化した。

 

 その射出までの一瞬、隣の赤い瞳と視線が交差する。

 声はいらない。合図も不要だ。こと戦場において彼女との伝心は物理法則に囚われることは無い。

 

「――――」

 

 転がる火器を足で蹴り上げる千束。

 フキさんらがこの階層を制圧した際に落としたであろう敵の持ち物であるアサルトライフルを、井ノ上さんを姫抱きにしたまま片手で受け取る。

 

 手を伝い想定するのはその武装が持つ『意図』そのもの。

 ナイフによる自己暗示がもたらす拡張技能、四ヶ月の間に繰り返してきた戦闘によって発覚した『触覚』による物質理解。

 武装が肉体に応えるのではなく、肉体が武装に応えるモノ。

 

 

 なにを想い。

 なにを重ね。

 なにを目指し。

 なにを使い。

 なにを磨き――ソレは生まれたのか。

 

 

 それが『人類』の使ってきたものであれば――僕に従えられない道理はない。

 

「――ッ!」

 

 イメージ通りの軌跡を辿る無数の弾丸による反動が腕を通じて半身を逆流する。

 緩慢の隙もなく繰り返し伝導する鈍い衝撃は、弾丸が火を吹く銃口を離れる度に鋭く腕を刻んでいる。

 

 あくまで牽制。放った弾丸の全ては()()()()()()()()()()()()銃痕によって戦線を視覚化している。穴だらけになったコンクリート製の壁が示すのは人的被害がゼロであることの証左だった。

 だが今はそれで良い。今すべきなのは一刻も早く離れて井ノ上さんを安全圏へと安置し、勝ち取った戦線の優位を手放さずに畳みかけること。

 

 それに、彼女を助けたいと思ってるのは僕達だけじゃないから。

 

「先輩、こっち!」

 

「でかした蛇ノ目さん!」

 

 濃霧じみた粉塵が舞い上がっている。その向こう側で銃器の放ついくつもの火花が十字に浮かべば、聞こえてくる銃声に合わせて蛇ノ目さんの声と気配を頼りに壁の影へ転がり込む。

 

「あ、カナメくんコレあげるね」

 

「何コレ」

 

「手榴弾」

 

「はい?」

 

 千束から千束印の手榴弾を受け取る――ピン抜きで。

 井ノ上さんの応急処置をする蛇ノ目さんと一緒にそれを見てぎょっとしながらも、割れた窓から銃声の発生源に向けて投げれば、爆発音と一緒に悲鳴が聞こえた。

 

「おほほほ、カナメくんナイスピッチ」

 

「千束ッ、ピン抜いて人に投げさせるヤツがあるか!」

 

「なはははっ、見かけ倒しだから大丈夫だって。それで、状況どんな感じー? とりあえず、あのでっかいのは後でとっちめるのは確定だけど」

 

「それには激しく同意」

 

 熊みたいな男の事を言っているのだろう。そこに関しては全面的に同意である。

 

「それでカナメくん、たきなは無事?」

 

「さっきまであった意識がない。呼吸が安定しているから、呼吸器系がやられたワケじゃないと思うけど……個人的に早めに医者に見せた方が良いな」

 

「そっかー」

 

 ――怒ってるな。

 平坦な声。あくまでいつも通りの声音で出されたその呟き。だけど僕には射抜くべき敵を見据え仕留める為の冷ややかな響きが感じ取れる。

 まぁ、井ノ上さんの容態を見れば無理もなかった。

 

 井ノ上さんの腕の拘束を手で()()()()()、上着で枕を作って彼女を横たえてから改めて彼女の様子を見る。

 意識は無かった。包帯が当てられた額は切れて血が滲み、埃だらけの地面に押し付けられた綺麗な黒髪はくすんでいる。顔には青くなった痣がいくつも浮かび、一部は腫れ上がって赤く充血していた。この様子では、服の下もきっと似たような痣がいくつも浮かんでいることだろう。

 

「――あいつら」

 

 女の子の顔に、僕の仲間になんてことをするんだ。この子は、こんな事をやられて良い様な子じゃないのに。

 瞳孔が開いたのがわかる。沸騰した感情が冷えた部分をめくり返そうと、今か今かと起き上がろうとする脚をどうにか拳を握って堪えている。

 脳の髄から灼熱する。久しく感じていなかった憤怒が、炉心の火みたいに内側から体を押し上げている。

 

 

 有り余るそれをどうにか抑え込んで、申し訳なさそうに俯いて井ノ上さんを見つめている蛇ノ目さんへ視線を向けた。

 

「蛇ノ目さん、井ノ上さんを頼むぞ」

 

「ごめんなさい、先輩……錦木さん……私、何も出来なくて」

 

「謝るのは後だよ……それより、たきなを助けようとしてくれてありがとね」

 

「錦木さん……」

 

 千束の優しい言葉に思わず口角が上がりそうになるが、今や作戦も大詰め。畳みかけなければ、井ノ上さんがこうなってしまった理由に報いることが出来ない。そのためには、千束と僕による迅速な敵の制圧が必要となる。

 

 もっともこの状況で千束がいるとなれば、取るべき行動なんて一つだ。

 

 即席の武器であるライフルを構える。

 ガバメントを装填する。

 

 そして僅かな時間――薄く笑みを浮かべる千束を見て、憤りによる昂りが鎮火する。

 

 

 

「――殺しちゃだめだぞ」

 

「――わかってるよ」

 

 

 

 そんな僕の反応に聞きたかっただけ、と言わんばかりに千束が微笑みを浮かべると同時に――二人して駆け出す。

 

 

 

「来たぞ! 撃て撃て!」

 

 切羽詰まった声と同時に屋内へ鳴り響く銃声。音速で飛来する攻撃は二門のみ。その位置取りからして歩兵が五人――そして砲手が二人。

 

 現状、武装と数はあちらが圧倒している。

 絶対的優位からの見事なまでの形成逆転は、相手の士気を下げる所か生存への欲求により向上をもたらした。ああなれば、標的は何が何でも生き残ろうとする筈である。

 それこそ、取引に使用する筈だった銃を利用してでも。

 

「よっ――!」

 

 雨を掻い潜る。その水滴の一つ一つは、人体の破壊を約束するモノ。

 穿ち、壊し、砕く。その小さくも無機質な暴力の化身を、射線の通らない角度まで屈みながら疾走する。

 

 そしてがちゃん、と。

 晒される暴風の中、待ちかねた兵器が装填されその産声を上げる。

 

「マシンガン来るよー」

 

「サブじゃない方?」

 

「サブじゃない方」

 

 直後、射撃の気配が切り替わる。銃声は重く。無数のうちの一つでも当たれば鮮血に濡れる肉塊と化すのは必定だ。それが三門、此方に向けて火を吹いている。

 マシンガン――機関銃と呼ばれる通常の銃によって放たれる口径からは想像もつかない威力を持つソレは、射撃というにはもはや砲撃に近い。

 

 それが三門。銃器が持つ機能美をかなぐり捨てた攻撃力は隙間なくこの階層を鉄の雨で埋め尽くしている。

 

「ッ――――!」

 

 そんな兵器の前では心許ないライフルで応戦する。

 手元にナイフはない。ガバメントも戦術鞄も、今は銃弾の雨の下に晒されている。戦場においては裸一貫に等しいのが今の僕の状態だ。

 

 だが案ずることは無い。

 物量も兵器も劣るが、千束という圧倒的な『質』が加わった事で既に天秤は此方へと傾いている。

 

 たとえ千の矢が放たれようが――この彼岸花にはそれすら弾幕にも成り得ない。

 

「――あ、当たらねぇ……!?」

 

 誰かが呟いたその言葉は火花に混じり、絶望を通り越した驚嘆があった。

 

 当然だ。不作法に放たれる鉄の嵐に、優雅に宙を舞う華を捉えられる道理はない。

 ()()()()()()()()()()()()()()。見えないのなら再定義すれば良い。卓越した天性の才と極限なまでに鍛えられた『観察眼』は、もはや人間の業というのも烏滸がましい。

 

 あらゆる視覚情報が千束にとっては優位に働き、逆に全ての視覚情報は敵にとって不利に働く。目に依存する生物種である人類にとって、これほど絶対的な力は存在しないだろう。

 

「まずはひとーつ」

 

「がぁっ――!?」

 

 塵が舞い上がるビルの中に赤い粉塵が混じる。

 弾丸の雨をすり抜ける千束の動きは、容易に砲手である標的を非殺傷弾によって捕捉した。

 

 残る銃口は正面のモノを含めあと二つ。

 残りの一つは――今まさに千束の死角に移動し射撃間近の一門のみ。

 

「カナメくん」

 

 通りがけざま、凛とした声で彼女が名前を呼ぶ。此方に振り向く事なく、その銃口と赤い視線はひたすら前の歩兵へと向いている。

その信頼に、こんな状況だというのに口角が上がった。

 

「ありゃ、いらなかった?」

 

「そういうわけじゃ。信頼してくれてるなって」

 

「迷惑?」

 

「悪い気はしないな」

 

 ライフルを投げ捨て、駆け出すのとほぼ同時。

 視界の隅に映り込んだ銀色の光を、千束に背を向けながら受け取った。

 

 手元には馴染みの重みがその感触を伝えてくる。逆手に持ったそのグリップを強く強く握り締めれば――肉体は更に加速した。

 

「は、速過ぎ――」

 

 茫然と呟く死角を射抜こうとしていた砲手の懐に潜り込み、銃身ごと標的の体を蹴飛ばした。銃口まで出かかっていた弾丸が天井を貫く。重い銃撃は暴発して、僅かに髪を掠めた。

 

 すぐさま空洞になった間合いにナイフを振り抜けば――ずるり、とマシンガンの銃身が薪割りの如く滑り落ちる。

 

「は……?」

 

「ど、どう対処すれば良いんだコイツら! 機銃掃射に正面から対処出来るヤツにこんなの撃ったところで……!」

 

「だから構わず撃て!」

 

 残心し、視線を声のする方向へ向ければ冷や汗を流しながら千束と僕に銃を向ける標的の姿がある。

 砲手を仕留め、五名だった歩兵が残り三名。

 

 その中には、井ノ上さんを痛めつけた大男も確認できる。

 

「これで全員?」

 

「一応。少し引っ掛かる所があるけど……とりあえずは此処までかな」

 

「何を終わった気になってやがる、まだこっちは――」

 

「――だから終わりだよ。後ろに控えているのは、僕だけじゃない」

 

 直後、大男の両脇を固めていた歩兵の二人が肩から血を流して倒れ伏す。

 

 射線を辿れば、そこには部屋の両脇から歩兵を狙い撃った蛇ノ目さんとフキさんの姿があった。

 

「おーフキ―、援護さんきゅ」

 

「……クッソ不本意だけどな、本命はお前らに譲ってやる」

 

「お、フキにしては珍しい反応……あ、カナメくんは私のだからね?」

 

「そんな奴こっちから願い下げだっ!」

 

「あの、二人ともその辺で……」

 

「……」

 

 締まらない空気に一言申したくなるが、話題が話題なだけあって介入しづらい。

 

 ただまぁ、とにかく。

 

「一発ずつ殴るか」

 

「そうしよう」

 

「よ、よせッ――!」

 

 

 

 直後、ビル中に悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで今回はここまで。

ちょっとした補足。山育ちのちょっとした技能のはなし。

『憑依経験』と『自己暗示』を足して割った様な技術。初陣でナイフを扱えたり、前話と今回で初見の武装を使えていたりしてたのはこれらの技術を無意識のうちに引き出していたから。割腹自殺しかけた時のナイフ捌きもこれが理由だったりする。

武器を扱う技術に共通する概念や認識。それらを掌握すれば『人類』が使用するモノであればそれらに必要な技量を引き出すことが出来る。もっとも、未熟故に練度はまだ低い。
ではそれらを補正する知識と経験は何処から? ってとこは本編を進めていくうちにわかるのでそのうち。

今回も感想ありがとうございます。いつも送ってくれる方は勿論のこと、新規さんも気軽に送っていただければ確実に返すつもりなので、オネシャス。


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