山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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リコリコ続編速報だったので投稿です。


幕間
「Slip one’s mind ①」


 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そこは大海を彷彿させる森の『檻』だった。

 硝子張りの天井と、閑古鳥も鳴く静寂が支配する緑の園。

 そして視界を埋め尽くす無数の植物の数々。

 人々の雑多みたく煩わしいものでもなく、夜の街のネオンみたく目に突き刺す喧しい光があるわけでもない。植物が彩る光景として完成された一種の景色としての到達点がそこにはあった。

 

 しんと澄み渡る空気は深緑の森を。淡く朝陽が照らす光は陸の無い大海を。茂る緑の隙間からは絶え間なく木漏れ日が地面で揺らめいている。明朝の光源から遠ざかった優しい暗所の温もりが肌を、神経を、全身を包み込んでいた。

 

 それを怖いと思い。

 それを寒いと矛盾を抱き。

 その在り方を、まるで『檻』の様だと。

 それが人間を縛り留まらせるもので生き物を囲めば、それは『檻』と言えるだろう。

 

 そんな()()()をその様に考える様になったのはきっと――『喫茶リコリコ』に通って、心地の良い賑わいに身を寄せたからだろう。

 

 だが不思議と、此処に来ると頭の霞が取れてくるのを実感するのだ。

 その冴え渡る思考が見つめる先はただ一点、父が残した『日課』に向けられている。

 

「これは中国語……いや、ドイツ語に再翻訳してから中国語にしてるのか……この文章が『人体』を示して、こっちが『設計』に関する文章だから……ええい、ややこしい。なんで途中から違う意味の文章を差し込んでるんだコレ」

 

 ――謹慎処分を受けている今日この頃。

 しばらく忙しくて出来ていなかった『日課』に僕は向き合っていたワケだが。

 ご覧の通り、相変わらず進捗は芳しくない。

 

「これ自体は本当にシンプルなんだけどなぁ」

 

 実際として形式は『暗号解読』に近い。問題は内容とその伝え方だ。

 ただひたすらに続く、科学と化学によって象られる文章の羅列。

 

 それが病的なまでに用紙にびっしりと並べられ、()()()()()()()()()()()()()()ソレは、未だに僕を静かに見つめている。改行も無ければ一段下げもないため大変読みにくいソレらは、逆を言えばそれだけのもの。

 

 『喫茶リコリコ』に来る前は特にやることも無かったうえ、()()()()()()()()()()()()()()()()からやることが出来たというのも大きいだろう。

 

 だがそれでも、僕が始めたことだ。続けると決めた以上、最後までやり通さなければ見えるものも見えないだろう。

 

 何より――家族について知りたいと思うのが間違いだとは、とても思えないから。

 

「とは言ってもな……いい加減頭の良い人にコレを精査して貰わなきゃ。一向に進まないぞ。かと言って『DA』を頼るのも……」

 

 しかし、しかしだ。事態が停滞していることも事実。

 そこでこれらを見事に解決してくれるのは頭の良い人。たぶん、頭の良い人である。つまりは頭脳を働かせることが出来るブレーン的存在という意味なわけだが……はて、思い当たる人物はいるだろうか。

 

 ごろん寝転がってと、僕の身近な人が頭の中で勝手に浮上する。

 千束。駄目。

 飲んだくれ。話にならない。

 店長。珈琲っぽい。

 最近加入したたきなは可哀想だから除外。

 

 駄目だ、どいつもこいつも戦闘脳とか結婚脳とか色モノばかりでこの手の話で頼れる人がいない。

 どんづまりだなぁ、なんてことを考えていると――寂れた時計が目に入った。

 

「……リコリコの仕込みに行こう」

 

 ぎこちない短針と長針が示すは午前六時。少し早い時間だが仕方ない。

 此処で考えても堂々巡りになることは目に見えている。だからこそいつも通りに店の仕込みと開店準備を完了させて、学校に行く。

 

 幸い裏口を壊しての侵入以来、鍵はちゃんと貰っているので問題ない。いや、問題あるけど問題ない。とっ散らかったメモの山やら資料となった本の山を足早に片付けて庭園を後にする。

 

「っと、これも取り忘れ」

 

 翻訳の資料の一つとして持ち込んできたずっしりと質量と重みを拾い上げる。

 

 

 タイトルは――かの『サンジェルマン伯爵』が残した記録の写本であった。

 

 

「……どうして錬金術なんだろうな」

 

 

 翻訳の過程で散々科学の話をしておいてコレだからワケがわからなくなる。古い科学に今更何の用があるというのだろうか、と我ながら疑問に思った。

 

 

 

 

 自分の――()()()()()()()()()()父を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、僕は侮っていた。

 千束はともかく、それに随伴する『喫茶リコリコ』の新入りのリコリス――井ノ上たきなの行動力というモノを。

 そして――弁当を忘れるという事がどういうことなのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リコリスというのは影でこの国を脅威から護る公的機密組織のエージェントである。

 そんな彼女――井ノ上たきなは、秘匿されるべき自分の立場というものに、若干疑問を抱き始めていた。

 具体的には『喫茶リコリコ』への転属を少し、ほんの少しだけ後悔し始めていた。

 

 

「エクササイズ、ワァァァァンヌッッ――!」

 

「あじ!」

 

「「「「「あじ!」」」」

 

「カナメくん!」

 

「「「「「カナメクン!」」」」」

 

「ノンノン、カナメくん!」

 

「「「「「カナメくん!」」」」」

 

「……」

 

 

 日本語教室に来たかと思えば、相方が勝手にアドリブを放り込んできたり。

 

 

「あ、ちー姉ちゃんだ! こんちゃー!」

 

「こんちゃー。久しぶりだねぇ優衣ちゃん。瑠璃ちゃんはどした? 教室?」

 

「うん。パパでロデオしてる……あ、でもことづて? 預かった」

 

「おーなんだろー」

 

「えっと――『ちー姉ちゃん、割りと受け身な所為でまだカナメとくっ付いてないだろうからアドバイス。カナメはちー姉ちゃんがしてくれることなら何でも喜ぶからもっともっと積極的になりなさい』――だって」

 

「……ウン」

 

「…………」

 

 

 小学校で開催される行事の手伝いに行き、突発的に千束への恋愛教室が始まったり。

 

 

「お、来たな千束。カナメはどうした?」

 

「こんにちはー。カナメくんは学校だよ。はいコレ、ご注文の」

 

「おー、たっぷり入ってるな……それで、そこの子は何で沈んでるんだ?」

 

「あ、だいじょーぶ。この国の明るい未来を見てるだけだから。ね、たきな」

 

「どん底の間違いだろ」

 

「………………」

 

 『ヤ』のつく組事務所で珈琲の配達をしたかと思えば、国の明るい未来を見たりと。

 とにもかくにも――爆発や銃撃が飛び交う現場を予測していたたきなにしてみれば、とんでもない肩透かしを喰らうのは必定と言える現実だった。

 

 

「お疲れーたきな。どう? この後の仕事も頑張れそう?」

 

「……まぁ、なんとか」

 

 そして『喫茶リコリコ』へと帰還した現在。

 日差しは中天に昇って、道行く人の誰もが昼餉を迎えようと街が賑わう頃。『セカンド』の制服を纏うたきなはリコリコのカウンターで相変わらずの無表情と鉄面皮のまま――頭を抱えそうになっている自分に大変困り果てていた。

 

 理由はまぁ、彼女の出自を考えればわからなくはないだろう。

 

 この部署の存在理由というべきか。日本語学校、小学校、組事務所ときて。その関係性の意味不明さから活動方針というのが彼女にはいまいちわかりかねている。

銃撃戦が存在するワケでもなければ、秘匿された育成機関による修練でもない。

 

 身も蓋もない言い方をするなら、たきなは今『DA』の支部としての存在意義が全く以て掴めずにいた。

 

「ははーん。見た感じ、思ってたのと違った~ってとこかな?」

 

 そしてこっちの悩みなんて知る由もない気楽な声がたきなの耳に届く。疲れた思考回路に芳醇な香りが鮮明に迸り、重いモノで満たされる頭の中の隙間を潜り抜けて五感を刺激するソレは、ぐるぐると渋滞気味だった思考回路の乱れを正す。

 

 たきなの視界に割り込んだモノ、それはまごうことなき千束が淹れた珈琲だった。

 

「……いつのまに」

 

「こういう早業が無いと此処じゃやっていけないからねぇ……あ、これカナメくんが挽いた豆で淹れた私おススメ。もしかして砂糖マシマシが良かったー?」

 

「いえ、このままで」

 

 放置すると山の様な角砂糖が放り込まれる未来を幻視して、いそいそとマグカップのソーサーを握る。

 

「……この部署は、一体何をする場所なんですか?」

 

 隣に座った千束に問いかけるたきなの平坦で冷然とした声は、どことなく重い。

 

 黒い水面に映る彼女の顔には疲労というよりも――色の濃い不安が見て取れる。

 

「カナメくんも最初それ言ってたなぁ――ざっくり言えば、困っている人達を助ける仕事だよ」

 

 困っている人、と考えてたきなは早速疑問を覚え思わず首を傾げる。

 困っている人なんて腐るほどいる。それこそ掃いて捨てられる程にどこにでも困りごとなんて転がっている。

 

 そんな()()()()()()()()な所で拾われたのがたきなという存在なのだから。

 その果てに『DA』に行きつき、引き鉄を引いた。そしてそこに疑問を覚えるなど、本当に今更な話だった。

 

 

 道理を考えるのなら――それこそ自分は生まれること自体が間違えている。

 

 

 そして、たきなにとってはこれが一番の疑問なのだが――。

 

「……そもそも」

 

「んー?」

 

「これで――カナメさんみたいになれるのでしょうか」

 

 結局のところ、彼女の行きつく所はそこだった。

 朦朧とした意識の中、それでもあの光景だけは覚えている。思い浮かべれば今でも鮮烈に。どれだけ遠ざかろうとも、目に収めたあの時の様に鮮明に。

 

 竜胆要人。そして錦木千束。

 

 遠きに咲く彼岸の銃撃。刹那を往く鋼の閃。集中砲火による包囲網をモノともせず、殺さずに敵を完封する黒と赤の俊足。

 

 井ノ上たきなという人間の存在に意味が無いというのなら、その存在理由すら間違えているというのなら――せめて強く在りたかった。

 

 自分が綺麗だと願ったモノに、なりたかった。

 

 その理想を往く黒い暗殺者の様に。そんな理想を張り続ける赤き暗殺者――千束の様になりたいと、彼女は願ったのだ。

 

 

「はは、なれないだろうねぇ。そりゃ」

 

 

 だというのに。

 

 

 そんな脆く曖昧な幻想は、他ならぬ千束本人の手によって否定された。

 

 

「――」

 

 その一言が――たきなには何故だか堪えた。

 理由もなく視界が揺らぐ。鉄で覆った心にヒビが入って、その亀裂から内側に溜め込んだ全てが今にも破裂しそうになる。

 

 赤く炸裂する爆弾が眼前で弾けようが、銃弾が顔を掠めようが、動揺なんてまるで感じなかった自分の取り繕った表情が崩れそうになるのをたきなは必死に堪えている。

 

 ――この感覚には、彼女は覚えがある。

 自分が任務に失敗した時。部隊行動で自己判断による作戦変更した時。

 正しいって思って行動した結果がことごく間違っていて――気づいた所で誰も助けてくれないという現実を知った時の虚しさと。

 

「……なら、私はどうして此処に居るんでしょうか」

 

 だというのなら、自分が見たあの光景は何だったのだろうか。

 こうして心に残っている景色を、美しいと感じたことは間違いだったのだろうか。

 

 自分が綺麗に思ったモノになろうとするのは――無意味だったのだろうか。

 

「大丈夫、意味ならあるよ」

 

 そんなたきなの悲鳴を拾い上げる優しい声が耳を撫でた。沈む心身に引っ張られる様に俯いていた顔は、自分が驚くほど軽くなっている。

 

 重力から解放された表情を隣で座る千束に向ければ、どこかで見た様な優しい瞳で此方を見据えている。

 

 だけどそれは、優しくて強い筈なのに――まるで残された時間が少ない人間のソレだと、他人事みたいに考えた。

 

「今のたきなはきっとね、今までに無かった『やりたいこと』が出来たんだと思う」

 

「私の、やりたいこと……?」

 

「そ。それを叶える方法が今までのやり方じゃ出来ないってわかったから、たきなは悩んでいるんだよ」

 

 千束の諭す様な言い分に、たきなは胸の内に静かな波紋が出来た様な感覚に陥る。

 悩むなんて、そんな時間などあるわけが無い。

 

 だって悩んでいたら、足が止まってしまうから。それらの迷いは戦場まで尾を引いて、『DA』に何の貢献も出来ずに死んでしまう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 待ち受けるのは『死』という事実を前にして、悩む暇なんてものは存在しえない。

 そうでもしなきゃ――井ノ上たきなという少女は自分の居場所を護ることが出来なかったのだから。

 

 

 

「良いんだよ」

 

 

 

 だというのに。

 この目の前の少女はなおも影を許容して。

 陽だまりが如き慈しみを含んだ笑顔で、迷える少女の背中を押す。

 

 

 

「もっともっと、悩んで良いんだよ――だって今いる君の居場所は無くならないから」

 

 

 

 それは『DA』の育成機関では絶対に教わる事の無いモノ。

 人が持つ当たり前。されど彼女たちにとっては何よりも眩く遠い理想。

 

 井ノ上たきなが知る事を許されず、気づかぬうちに零れ落としてしまった。

 温かくて誰もが持っている――大事なモノ。

 

 

 

「悩んで悩んで、たくさん苦しくなって――それでも居たいと思える場所が、たきなの居場所だよ」

 

 

 

 背中に優しく当てられた手を伝って、冷ややかな鉄の心に火が灯る。溢れ出そうになっていた中身は溢れて、陽だまりによって教えられたモノがその内側を満たしてる。

 鏡を見ずとも、既に問題などない。

 重力場であった彼女の心は既に――空を見上げている。

 

「にしし。ほら、たきなはカナメくんとか私になんか成らなくても十分、大事なモノを既に持ってるよ。ね?」

 

 サムズアップを浮かべる千束の姿を見て、たきなはつい口が緩みそうになる。実際には全く以て変わらないが、千束には心と表情を覆っていた壁の一枚がようやく剥がれたことを見抜いている。

 

 だからなのかはわからないが。

 たきなはつい、無礼とかそういった遠慮を金繰り投げ捨てた、本当に素直な想いを吐露してしまう。

 

「千束さんって」

 

「うん?」

 

「――なんだか、おばあちゃんとかお母さんみたいですね」

 

「おいこら。今私は良い事を言ったぞー? だって言うのにそんな失礼な事を言う口はコレか、コレだなー?」

 

「いふぁい、いふぁいれす」

 

 マズイと思った頃には既に遅い。

 ぐいぐいと引っ張られる頬の痛みを訴えながらも、甘んじてそれを受け入れる。

 ――の、だが。

 

「ふふふふ、そんな君に罰を与えよう。たきなくん」

 

「は、はぁ」

 

「――此処にカナメくんのお弁当箱があります」

 

 カウンターの影から取り出したのは、前回任務を同行した際にも見た実に見覚えのある包みを、何故か千束は誇らしげに掲げていた。

 

 何やってるんだろうこの人、とさっきまで感じていた敬意とか尊敬とかそういうのを全て吹っ飛ばした感想が浮かび上がる。

 

「……それは、カナメさんのお弁当には違いありませんが、それがなにか?」

 

「その通り。千束さんの推理によれば何らかの理由で不調だったカナメくんはリコリコの仕込みを優先したことに加えて、何か考え事をしながら作業をした結果こうなったと思われる」

 

「いえ、別に状況を聞いているワケではなく」

 

「まぁ私が引き抜いたんだけど」

 

「千束さんが原因じゃないですか」

 

 なんだったのだろうか今の茶番は。

 

「それで、結局何を考えてるんですか」

 

「決まってるじゃーん。ほら、よく言うでしょ。犯人は現場を確認しに戻るって――つまり論理的に私の犯行がバレる学校もまた犯行現場と言える」

 

「あの、論理的というか狂人の妄言なのですが、それは」

 

「リコリスとして、物事とは過程と結論でのみ語られるべきだと思わないかい、たきな隊員」

 

「そんなリコリスなど知る由もないのですが……なんか、本当に調子狂いますね」

 

 本当に先程の千束はどこに行ってしまったのだろうか。

 じっ、と嫌な笑みを浮かべながらたきなを見つめる千束には、何を言っても聞く様子は見られず、渋々とたきなは了承する。

 

 ここで止めた所で結局自分はついていくことになるだろうと判断した結果だ。午後の仕事はどうするんですか、なんて言っても聞かないだろう。

 だからこそそこで思う事、とどのつまり文句は一つ。

 

「……千束さんってカナメさんの事になると一気に子どもっぽくなりますよね」

 

「あーまたそういうこと言うー。私も世間的には花のJKですのであしからず。今朝はちょっと元気が無かったカナメくんを元気づける為でもあるからね」

 

「なんというか……」

 

 よく見ているなぁという感慨と一緒に、愛されているなぁあの人なんて呆れにも似た感情がたきなの中へ流入する。

 

「あ、悪いことなんて考えてないから。ホントですヨ?」

 

 

 絶対に何かあるに違いない。

 たきなは先程とは打って変わって悪戯っ気が剥き出しになっている千束の表情を見て、露骨に溜息を零した。

 

 同時に――カナメさんはどうやってこの人をオトしたのだろう、という純粋な疑問を抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の授業は何事もなく終了した。

 時折爆弾が設置されたり。換気扇に毒ガスが仕込まれていたり。遠くで見れるマンションから観測されてるんじゃないかなんて事が頭を過ることもあったが流石にそんな筈もなく、雑然とした昼休みが訪れている。

 

 あの事件から四ヶ月も経過すれば意外なのかウチの学校の連中がタフなのか、とにもかくにも普段と変わりない姿をそれぞれ見せている。

 今日はクラスメイトと食べようか、なんて考えながら鞄の中を漁っているとある根本的な事実に気づくことになった。

 

「うん、ないな」

 

 教科書を出そうが筆箱を取り出そうが、弁当の包みらしきものは決して出てこない。

 これらの結果からわかる事は一つ。僕は、弁当を忘れた。

 

 リコリコで開店準備をしている時だろうか。学校の鞄を開け閉めする機会などそれこそ鍵を取り出したり仕舞う時か、教室くらいだ。

 

「おーどーした竜胆。鞄の中に弁当ぶちまけたみたいな顔して」

 

「どんな顔だそれ……いや、弁当をバイト先に忘れたんだ」

 

「お、奇遇だな。俺も財布を忘れたんだ。他校の女子に目にデコピンって脅されて」

 

「頼むから一緒にしないでくれ……で、何に使った」

 

「チョコを、ちょこっと」

 

「帰れ」

 

 なんて馬鹿なやり取りをクラスメイトとしながら一緒に食堂へ向かう。これも乗りかかった船、あちら側からすれば怪我の功名。

 

 一応こっちの奢りという事で商談が成立し教室の入り口を目指す、のだが。

 

「どうした。食堂に行かないのか」

 

 何やら入り口でたむろしているウチのクラスの男子共が見えるではないか。

 そして何やら廊下もどことなく騒がしい。

 

「いや、行きたいのは山々なんだがな」

 

「竜胆、あの子ら知っているか」

 

「……あの子ら?」

 

 ほんの少し。ほんの少し自分の内側で嫌な予感が燻るのを感じる。

 

 なので恐る恐ると、覗き込んでいる男子たちに紛れる様に視線を巡らせた。

 

「な――」

 

 瞬間、僕は息を呑んだ。

 案の定とも言うべきか。望外というか予想外も良い所だったと評すべきなのか。

 

 嫌な予感というより、驚愕に値すべき光景が僕の視界に待ち受けていた。

 

 

「あの、本当に此処で良いのでしょうか」

 

「だいじょーぶ。カナメくんのクラス確かここだったし」

 

「そういう意味では……その、周囲の視線が」

 

「あー、たきな可愛いもんねー」

 

 

 いやお前もじゃい、なんてふざけたツッコミが喉から口に出かけたのを抑え込み。

 そこには、この学校にはいる筈もない子が居た。

 いつぞやの潜入任務の際に使用した制服姿の千束。

 

 

 ――やっぱ今からでもウチに入学してくれないかな。

 

 

 雑念が入った。ぶんぶんとそれを早急に振り払って思考を揺り戻す。そんなことを思ってる場合じゃなくて、注目すべき点はもう一つあった。

 

 それは『喫茶リコリコ』の新入りである井ノ上たきなの――学生服姿である。

 

「――――」

 

 女学生仕様のブレザーやスカートは勿論のこと、ラフに着こなしている千束とは打って変わってたきははウチの生徒に見習って欲しいと思えるほどのキッチリとした装いとして完成している。

 

 綺麗な黒い髪はサイドに三つ編みを施されて大人らしい印象に。白いワイシャツに若緑のリボンは、髪型と相まってリコリスの制服とはまた違った印象を与えていた。品行方正な彼女しか出せない魅力を満遍なく押し出されているその姿。

 

 それは今じゃ在り得ない、彼女が本来あるべきだった学生としての姿だった、

 

「滅茶苦茶可愛いくね? ウチの生徒であんなのいたっけ? 留学? 交換学生?」

 

「ちょっとお前声掛けて来いよ。隣の子はともかく、赤い方は声掛ければワンちゃんあるかもよ?」

 

「俺の中のリビドーが叫んでる――何も言わずに裸になれ、と」

 

「リビドーニキまた叫んでる……」

 

「こいついつも発狂してるよな」

 

「鎮まれ。そしてそのまま死ね」

 

 なんてウチの男子共が好き放題言っているなか。そしてリビドーニキは安らかに

 他クラスの子まで注目が集まり出したタイミングという、割と最悪な状況の中――視線を泳がせていた僕と千束とたきなの視線が合致する。

 

「あ、カナメくーん!」

 

「どうも、カナメさん」

 

 どよよっ、と擬音が幻視と幻聴を反復する。

 しまったと思った頃にはもう遅い。ぶんぶんと元気よく手を振る千束と、おずおずと会釈するたきなの姿の対比にまさしく凸凹コンビであるという認識をもたらした。

 

 そして悪戯っ気を隠そうともしない千束の手にはありありと、僕の弁当箱がぶら下がって事態の自己主張をしている。

 

 そんな置いてけぼりなまま当事者となってしまったこの状況において、思う事はただ一つ。

 

 

 

「――いや、なんでさ」

 

 

 

 

 それを人は俗に現実逃避と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というワケで今回はここまで。
ワイの千束のイメージは「元気なおばあちゃん」。

毎度誤字報告助かってます。過去の誤字報告も送ってくれたユーザーにはホントに感謝。マジで書いてると気づかないのよ、コレ。毎回なんでソレ入力ミスしたって思う奴ばかり。

改めて感想、評価、誤字報告ありがとうございます。新規さんも気軽に送ってくれば幸い。今後の更新に更なる加速が見込まれ。
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