――本日の我が学舎の昼餉は騒然としている。
元々僕みたいな捻くれた経歴を持つ生徒を快く歓迎する変わった方針を持つ学校だ。そんな校風の影響を受けてか、やたらイベントが好きというか、お祭り騒ぎが好きな連中が集まっている傾向にある。
そして午前中の授業を乗り越えて空腹の絶頂にいるそれらの男女が、オカズに出来そうな話題が最高のタイミングで提供されればどうなるか。
「竜胆――詳しく聞かせろ。勿論あのキレカワな女子二人組についてだ」
「……いやだと言ったらどうなる?」
「ふっ、怖いかポッター」
「ま、まさかね」
無論、滅茶苦茶食い付く。それはもう超食いつく。それは遠き深緑を流れる川の狂戦士ピラニアが如く。そして僕は選ばれし者でもない。
畑から大きなカブを引っこ抜くみたいに僕の頭を掴み、血走った目で僕を見つめる同級生たちの姿に冷や汗を覚えながら、改めて目の前の現実を見据える。
するとそこには、軽やかに駆け寄ってくる千束の姿があった。
たきなはそれに追随して申し訳なさそうに周囲にぺこぺこしてる。
「あ、いい香りする」
「これは鼻で受胎できる」
「敢えて言おう、時代は青より赤。よって俺が先行する」
「待て、俺が先だ」
うむ、ここに病院を建てよう。
相変わらず末期患者な同級生たちの頭の心配をしつつ、僕もそっちに混ざりたいなぁとか考えてみる。
そして天使か悪魔か、とにかく赤いめんこいのはどちらとも取れる満面の笑みで弁当の包みを差し出した。
「はいっ。もー駄目だぞー。せっかく自分で作ったのに忘れて行っちゃうなんて」
「言い方」
「つれないなぁ。昨日の夜だって私たちをあんなに……」
「存在しない記憶を挟むな」
「「「……『たち』?」」」
ざわわと千束の思わぬ一言に動揺が廊下全体に行き渡り、ついには全くもって関係の無い隣のクラスの連中まで足を止め始める始末。
手作りだと、とか。こいつが、とか。そもそもお前誰だ、みたいな大変よろしくない視線が僕に集中し始めている。
加えて、磔にされる僕に弁当を差し出したままじとっ、とした目を向ける千束の姿に、僕は周囲の視線による針の筵と化していた。
「どうしたの、いつもはもっと気持ちのこもった挨拶してくれるのに」
「……いや、ごめん。あくまで善良な一生徒としては当然の行為というか、欲を言えばコッソリ渡してくれたらなぁとか……あの、近い……近いです」
じぃっ、と見つめられ妙な沈黙が僕と千束の間に流れる。僕を絞め付けている男子共もその整った容姿に行きを呑んだ様に僕への攻撃を停止させる。
こうして間近で見ると本当に綺麗な子だなって改めて認識させられる。
長いまつ毛とか、白い髪を際立たせるきめ細かな肌とか赤い瞳とか。
あの時以来この姿を見ておらず、普段の制服とはまた違った魅力を醸し出している服装と相まって元来千束が持っているモノが際立つというか。
しかも口を開けば元気溌剌、やんちゃとまでは言わない天真爛漫さを発揮するというギャップ。これでは他の男子の視線を釘付けにするのも頷ける。
「ふーん――嫌なんだ」
「オイ竜胆」
「ぐぇ」
僕が人間らしい反応をするよりも速く、首と頭を掴む力は依然として力を増してきているのを一瞬で認識した。想像するのは首を絞められる鶏の構図。
そして千束はそんな周囲の存在をわかってか、あるいは無自覚か。晴れやかに澄み渡っていた表情を曇らせ――やたら芝居かかった表情と仕草で周囲の状況にタジタジなたきなの耳元に自身の顔を引き寄せた。
「だってーたきな。
「…………そうなんですか、カナメさん」
「ちょ、待て、待つんだ千束。そこでキミが苗字呼びに戻すのと、たきなにその手の話を持ち掛けるのは流石に大人げないのではないでしょうかっ……!? やり直し、切実にやり直しを要求するっ!」
き、汚い。流石最強のリコリス汚い……!
というかたきなを味方につけた千束が無敵過ぎる。そしてそれ以上にたきなのちょっとショックを受けた顔が僕には辛すぎる。
あの本人は無自覚であろうたきなの残念そうな顔を見せられたら、道理なんて関係なく僕が悪いって思わざるを得ないのですが、それは。
「その、馴れ馴れしくしたのが不満だったら、改めます」
あ、周囲の視線に殺気が混じり始めた。今後の学校生活の命日が足踏みしてる。
「高くつくぜ竜胆ォ……!」
「処すか? 処そう。間を取って死あるのみ」
「というか女の子と一緒に居るってだけで相当羨ましいんだが」
「ホントそれな」
たきなが俯いてどことなく暗い雰囲気を発したことで、既に周囲が我慢の限界を迎えようとしている。既に僕は息が、出来ない。
呑気に会話しているが、此処で僕を絞めている奴らはコトが済んだら後悔させてやることを心に決める。
「あの千束さん、そろそろ。カナメさんが見たこと無い形相で同級生の方々を睨んでますから。多分彼らの命が危ないです」
「んーまぁそうだねぇ……あ、良い事思いついた。たきな、最後にコレ言ってあげて」
「目的変わっていません?」
「第二目標。大は小をかねるーとかなんとか」
僕を絞殺しかけている連中に対して様々な報復方法を頭の中で反復させている最中、何やら不穏な提案をしているのを目にする。
正直、既に昼食を摂るどころでは無くなっている気がする。
「い、言うんですか? こんな公衆の面前で?」
「大丈夫大丈夫。カナメくんが面白いこと――違う違う。じゃなくて、喜ぶと思うから。多分」
「いや多分って……」
いやそれ以前に面白いって言おうとしなかったか今。
そもそも。公衆の面前で言えない様なことをたきなにさせるなっ、というツッコミは虚しく――何やら堅い決意を露わにしたたきなが力強い足取りで僕へ近づいてくる。
そしてその後ろで爆笑しかけている千束を見て、その報復対象に彼女も入れることに決定した。
の、だが。
「……に」
「……たきな?」
「…………に」
「…………たきなさん?」
白い肌を赤くして、何やらもじもじと何も持たない両手を弄びながら口をまごつかせているではないか。この時点で既にどうしようもなく嫌な予感しかしない。それを感じてか、無意識に呼び方に敬称がついてしまう。
口から言葉が出かけては引っ込む。出ようとしては引っ込む。引っ込む度に目が泳いで肌の充血具合が増していくのを何度か繰り返して。
そして――その決定的な言葉を口にする。
「その、お昼を一緒に食べましょう――」
「――兄、さん」
「――」
直後、全身が脈動した。
兄さん。
兄貴。
お兄さん。
呼び方は数あれど――少なくともその言葉の意味は、僕にとっては大きな衝撃をもたらした。
心臓の音は耳元へ、呼吸は最後の息遣いだけを残して停止する。眼球の機能は役割を放棄して、正の循環が乱れた血管が、神経が、たきなが放ったその一言に込められたとんでもない攻撃力に、僕は一瞬にして我を失った。
表情がほとんど変化しない、人間らしさから遠ざかっていた子が。
そういう言葉を口にした。
そしてその事実を認識すれば――今度は古い映写機の様な映像が、頭の中を殴りつけた。
「何……ッ? だ……ッ?」
そして突如として僕の脳内にあふれ出した――存在しない記憶。
――――たきなソックリの黒髪短髪の女性。
――――白衣を着た男の姿。
――――そして女性の腕に優しく抱かれる小さなたきなの姿。
――――それを遠くから見つめる自分。
「き、近所でも有名の、なかよしふぁみりー……」
「か、カナメさん。白目を剥いています」
「ほら、効果覿面でしょコレ」
そして混乱した僕は――。
「あ、あ」
「あ?」
「あ?」
「悪霊退散――ッ!」
ばきゃーんと。
二人を抱えて廊下の窓から飛び出した――!
◇
そしてなんやかんやあって屋上へ逃げてきたワケだが。
四月を迎えて中頃の今、やや冷ややかな風と温かな日差しが両立する今日の気候が幸いしたとも言うべきか、人の気配は存在しない。追手への対策として、しっかりと外側から物理的に施錠しておいたので問題ない。
そして現状。
……歪んだ扉とドアノブでどうやって此処から出るのかという根本的な問題は、この際出るときに考えることにして。
結果として女性二人を抱えて全力疾走。
大変混雑してる食堂で、どうにかたきなと千束の分の昼食もテイクアウトで持ち帰ったうえで力技による扉の施錠をした僕は短期間で行われたその重労働っぷりに、ぐてっと冷たい床に溶け込んでいる。
「笑えよ」
「カナメさん、溶けてます」
「……笑えよ」
「あっはははははは!」
「千束ぉ……」
笑えよと言って本当に笑う奴がいるかっ!
その辺りの姿勢に関しては肩で息をしている僕の背を今でも撫でてくれているたきなを全力で見習って欲しいものである。
……もっとも、そんな風に振り回されて満更でも無い自分がどこかにいるので、千束の事を言えたクチではないのだが。
「というかどうやって入ったんだ。あの事件以来、セキュリティが強化されていると思うんだけど」
「そりゃあ一応リコリスだし? 潜入はお手の物よ。ね、たきな」
「はい、この校舎に入り込むのは造作もありませんでした」
「そういう問題じゃなくてだな……」
論点が、論点が致命的にズレている気がしなくもない。思考と段取りが完全に潜入任務のソレである。
いや、この場合は何やかんやで毎回巧みにコトを収めて帳尻を合わせる千束と、あらゆる物事を堅実にこなしその積み重ねで結果を出す二人のリコリスとしての能力に驚嘆すべきだろうか。
まぁ生憎と、リコリスの制服を着用していない目の前の二人は見てくれも含めてただの女子高生でしか無いのだけれども。
……それに、制服と言えば。
「にしてもたきな……ウチの制服が随分似合ってるな。髪型は千束が?」
「そそそ、一から十まで私プロデュース。たきなは髪型のバリエーションが利くからやり甲斐があったよ」
「それはその、恐縮です」
いや、千束の言う通り本当に似合っている。
可愛いくもあり綺麗。可憐であり流麗。人によっては野暮ったく感じる学生服をここまで着こなせるのは、たきなの持ちうる女性としてのスペックがひたすらに高いからだということを思い知らされる。
もしウチの学校の生徒として登校していれば学校の顔面偏差値の平均値に多大な影響を与えるのではないだろうか。しっかり者のたきなのことだから、後輩人気も高くなっていそうな予感がする。
それに――千束のプロデュースと聞けば、そのクオリティには納得の余地しかない。
「……此処に来るまでに疲れたでしょ、たきな。千束は試しだすと止まらないから」
「……それはもう、本当に……本来であれば昼食前を見計らっていくつもりがあんなことに」
「ああー……」
だから結果的に目立つような事になっていたのか、と納得する。
僕とたきなで千束を見やれば、全然こちらの気苦労なんてわかっていませんと言わんばかりの呆けた表情に、二人してジト目になるのが否が応でもわかる。
これからも増えるよねこういうの、という気苦労と。
あるでしょうね、という未来予知的な確信から来るソレであった。
「「……」」
「え、なになに」
「いや……一先ず、食べようか」
「……そうですね、食べましょう」
「えー、二人ともお昼なのにテンション低―い」
誰のせいだ誰の。……と言外にたきなと僕が視線を送っても、千束はどこ吹く風で受け流し、手を合わせてから弁当箱を開ける。
開いたフタの先にはまぶした鰹節の上に海苔を引いた白米。王道の卵焼きは勿論、磯辺揚げに鮭が顔を覗かせていた。
「お、海苔弁じゃん。美味しそー」
「来るって事前に言ってくれればちゃんと作ったのに……ほら、口開ける」
「こういうのはサプライズでやるから面白いんじゃん。あ、いただきまーす」
あむ、と。
横で食堂のオムライスを頬張ろうとしていた千束に箸を向ければ、フライパンで焼いた大振りのなんちゃって磯辺揚げを彼女は一口ぶん頬張る。
もっと食べても良いのに、一口に抑える辺り千束の細やかな気遣いを感じつつ、僕も磯辺揚げをそのまま口に入れた。
「おほ~これは美味……コメが欲しくなる」
「チキンライスじゃ駄目なのか?」
「ケチャップご飯はオカズ判定なのよねぇ。オカズとオカズを食べてる感じ?」
「なるほど。じゃあほれ」
口に運ぼうとしていた白米をそのまま千束の口へとシフトする。
そしてモノが舌に乗れば、華も慄く愛らしい笑顔が浮かんだ。
そんな様子に思わず僕も表情が緩む。余程その組み合わせが美味なのか。それともこの状況に対する幸福度の反映か。ご満悦なその様子に、可憐な表情に沢山の華が舞っているのを幻視する。
そして僕も続きの白米を口に入れようとして――サンドイッチを手にしたまま無表情でそんな僕と千束を見つめるたきなの姿が目に入った。
「いえ、続けてください」
「あー……カナメくん。これはそう、アレだね」
「……うん? ってああ、そういう」
何を、とは言えなかった。否、言おうとした直後にたきなの様子によって気づかされたとも言うべきか。
……これは、アレか。僕と千束のやり取りを何か学ぶべき要素として学習しようとしているとか、そんな感じだろうか。
生真面目が過ぎるたきなのことだ。その可能性は十分にあり得る話。
しかし、どのように答えたものか。なんにせよたきなが求めている様な秘訣の様なものは微塵も含まれちゃいないのが現実である。
「いや、特段意識しているわけではないけど」
「意識、してない……?」
これが連携の秘訣か、とか何とかぶつぶつと口にしている様子はどう見ても考えすぎているソレである。これ否定した意味が無かったのではなかろうか。
言葉を重ねるほど今のたきなには理解から遠ざかると思って頭の中の言葉をそのまま口にしたつもりが、余計に混乱を招いた様に見える。
「……駄目だ千束、僕じゃどうにも……技術だったらともかく、コッチ方面はとてもじゃないけど。僕らってそんなに難しいことやってたのか?」
「いや割と良い線言ってるんじゃない? 今までの事を考えたらたきなは戸惑わせるくらいが丁度いいかも」
「ノイローゼになるのが先じゃないのかソレ」
「言うてカナメくんの方が酷かったからね」
「なんでさ」
……実際に何も否定出来ないのがツライところなのだが。
いや口にした通り、ホントに難しいことなんて何一つしていないのだ。
当初こそ気恥ずかしさが勝ったが――千束が幸せそうなら別に、って大分適当な理由でしかないのだから。
人の目がある場所ならともかく、こうしてたきなの様な身内を前にして恥ずかしがる様なことはあんまりない。当初は気にしていたミズキさんの怨嗟の声も今の僕にとっては子守唄に等しい。無論ハグは別とする。
そこら辺の情緒も何とかしないとなぁ、なんて他人事なことを考えつつ未だ思考の渦から抜け出せていないたきなを見やった。
そして何か閃いた様に――手にしたサンドイッチを僕へ突き出す。
「では私も」
「え」
「あ、じゃあ私もやるー」
「えぇ……」
たきなに対する驚愕。そして謎のノリを見せる千束に対する困惑。進めばたきな、退けば千束がいる。端から見れば相当羨ましい状況でしかないこの状況に、当事者たる僕はおろおろと困惑するしかない。
しかし、此処で冷静に考えてみよう。
今目の前でそわそわしてるたきなを放置して断れば僕がどうなるか。
当然、隣でシャム猫みたいな表情でこちらを見ている千束によるたきなの全力支援と言う名の悪戯が発生するのは目に見えている。
「スゥー………………わかった」
「む、なんでたきなにはそんなに緊張してんのさ」
「千束のは特別なんだよ」
それに千束は千束。たきなはたきなである。
なにやら視界の隅でピシッと固まる千束を無視して、たきなのサンドイッチに顔を向けた。
「それじゃたきな、いただきます」
「カナメさんの奢りでは?」
「そんな野暮なこと言わない」
あむ、と一口。からしバターが良く効いていて、パンに挟んだ卵に不足している食事としてのインパクトを程よく補っているのがわかる良き味付けになっている。
これをあの謎の麻婆給仕が作っているのだから世の中わからないものである。
「うん、美味しい。お礼にほら、たきなも。磯部揚げ」
「磯部揚げ」
「そう、磯部揚げ。口開けて」
「……失礼します」
サンドイッチのお返しで今回の目玉の一つである磯部揚げを一口ぶん箸で切り分けて差し出す。千束に一本目、たきなに二本目である。
もっ、もっ、とたきなが小動物みたく口を動かせば、味がお気に召したのか無いに等しい表情にちょっとだけ朱色が乗って綻んでいるのが目に見えてわかる。
だというのに――その頭の上には相変わらずはてなが浮かんでいた。
「これで強くなれるのでしょうか?」
「そりゃ強くはならないだろうなぁ。理由とかきっかけにはなり得るだろうけど」
「私たちのやってることは別にトレーニングってワケじゃないし……え、違うよね?」
「きっかけ、ですか。難しい」
案の定な答えに、僕も僕で苦笑いしか浮かばない。隣の千束も似たような反応だ。
そう。本当に、特別なことなんて何もない。
誰かと弁当をつつくのが楽しい。それを心の底から喜んでくれる人が笑っているのが本当に嬉しい。
それはちっぽけで凡庸、矮小で人によっては余りにも退屈なモノ。
だから、これは『きっかけ』に過ぎないのだ。
特別なことなんて何もないから――切り離しちゃいけないモノなんだと、僕は思う。
「しいて言うなら、そうだな……学校に行って、尾を引かずに美味い昼飯を食べる為に僕はナイフを握ってる――戦う理由って、そういうのでも良いんじゃないか?」
「……それはエゴでは?」
「何言ってるのたきなー! 戦う理由を探すために戦う。それも立派な理由だよ」
千束の言葉に僕はうんうんと全力で同意する。
きっと今までのたきなは素直過ぎたのだ。『DA』の方針と存在こそが戦う理由だったのが、千束や『喫茶リコリコ』を目にしてそれ以外の生き方があると知れた。
だけど今は違うだろう。色んな人が居て、自分に向いていなかった光の先が今の様な場所を照らしていたと知ったからこそ、たきなは悩むことが出来ている。
実際に僕も千束がどんな場所で戦っているのかを知って、彼女と同じ世界に足を踏み入れたのだから。
「なんと、言いますか」
「うん?」
そういうとたきなは少し表情を崩して、僕と千束を見比べた。
「千束さんがどうしてカナメさんと組んだか分かった気がします」
「――――ッ! 聞いた!? カナメくん聞いた今! 私たちお似合いだって、ベストマッチだってよカナメくんっ!」
ぐわんぐわんと僕を揺さぶる千束の大変上機嫌な様子に、たきなは更に表情を緩ませた。
相変わらず、笑顔こそ浮かべない。
だが今のその表情には確かに、以前では感じられなかった温かいモノが宿っているのがわかる。
「にししっ、カナメくん! 次次! 私の番ねー!」
「よし、いただこう」
そんな実りのある昼餉を、三人で過ごしたのだった。
◇
「――戻ってきたな」
「また面倒な奴が……」
「おお、扉の前で腕組み待機……やるなあの人」
「千束さん、言ってる意味はわかりませんがステイです」
まぁ、いい感じで終わることなど無く。
千束らを連れて教室に戻れば当然、ウチのクラスメイトが待ち受けているわけで。さしずめ、巣穴に戻る野生動物を仕留める猟師のソレか。
というかまだその熱を保っていたのかとこちらは呆れを通り越して驚くしかない。
「暇かお前ら。スゴイ暇か」
「暇じゃない。隙あらば日常を彩るオカズを探しているだけだ」
「つまり暇なんじゃないか」
せめて否定してくれ、と切なる願いが届くワケもなく意味のない睨み合いが続く。
――いい加減あの人たちが誰か教えろコラ。
――ただのバイト先の同僚だ。
――ただの同僚が弁当なんて持ってきてくれるか。
――そりゃそうだわ。
……。
…………。
………………。
「――今日はこれくらいで勘弁してやる」
「え、よわっ、カナメくん口喧嘩よわっ」
「千束うるさいぞ……!」
今、たったいまマシな言い訳を考えてるのだ。これでも。
「――全く、しょうがないなぁ。カナメくんは」
なんて、僕があたふた説明しようとしているさなか。
僕はその接近に気づかず、その背後から。
――――頬から艶やかな柔らかい感触が全身を巡った。
「ち、千束さん……!?」
「おお……!」
「な、なななななん、いま何をっ……!?」
「さーて、何をしたかな」
僕やたきなを含めた周囲の人間を圧倒する千束に慄くことを気にする素振りを見せることなく、すたすたとクラスメイトの下へ邁進する。
「カナメくんのクラスメイトだよね?」
「
「では咲間くん、そういうコトだから――今後ともよろしくね」
「ハッ!」
びしっ、とした敬礼にふざけんな、というツッコミを入れる気力すら湧かない。
頬から全身を伝う羞恥に、体が言うことを聞く素振りを見せなかったからだ。
「それじゃ、行くよーたきな。カナメくんも、午後の授業頑張ってね」
「は、はい……カナメさん、お気をつけて」
すたすたと優雅な様を崩さない千束の醸し出す空気にされるがまま、たきなは一礼してから消え去っていく。
直後、階段を猛スピードで降りる音をかんち して。
「おい、今のは録画してあるな」
「一部始終。現在はDVDに、しかと焼いております」
「――んなことさせてたまるかぁー!」
どかーん、と。
溢れ出て止まる事を知らない羞恥と歓喜がないまぜになった感情をぶつけるべく、黄色い声でまくし立てるクラスメイトをとっちめるのだった。
「千束さん……」
「…………な、なにたきな」
「顔が、赤いです」
「……………………何も言わないで」
似たもの同士だなぁ、なんて呑気に思い浮かべるたきなだった。
というわけで今回はここまで。
誤字報告、感想、評価ありがとうございます。毎回感想送っていただいているユーザーにはホントに感謝しかない。新規で入ってくれた方も気軽にレスしてくれればサイワイ。
次回、迫る影。
それでは。