山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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ちょっと時間がかかったんで投稿です。


第2話「The more the merrier」
1話


 

 

 

 

 

 

 

 ――――地獄を見た。

 森の中を駆ける。

 枝から枝へ。幼くて脆い、軽くて弱い脚で枝から枝へと空を跨ぐ風になっている。

 木々の隙間から差し込む月明かりは青い。森は大きな獣の気配で満ちていて、夜の暗がりだと言うのに物騒な賑わいを見せている。

 

 まるで祭りの様だ、とソイツは考えた。

 祭りなら楽しまなければならない。楽しむためにはそれに相応しい催しを用意せねばならない。

 ましてやそれが『獣』によるものであるのなら。

 その『催し』とやらが何なのか、言うまでもないだろう。

 

 獣の気配が風を切る。

 その先には余りにも夥しい――血の匂いで満ちていた。

 

「――――い″っぎぃ■■■■■■■■■ッッっっッッッ!?」

 

 ()()()()、気配が消える。

 ぐちゃぐちゃ、ばきばきと。

 惨たらしくそれでいて歓喜を含んだ、間違いなく食事を愉しむ為の音が人間だったモノから奏でられている。

 鼓膜なんかとっくのとうに通り越して、かつて『同胞』だったモノの断末魔を聞き届ける事なく、脚に力を込めた。

 

 無情だと嗤え。

 薄情だと蔑め。

 それでも生きたからには――生きなければならないのだから。

 

 一人。二人。

 また一人、また一人。

 一人一人一人一人一人一人一人一人。

 

 そして、また独り。

 血の匂いが遠ざかったのとほぼ同時に、森からは既に賑わいが消えていた。

 つまりは宴の終焉、祭りの終わり。

 辿り着いたのはこの場でソイツだけということ――つまりはそういうことだった。

 

 それこそが彼の『原罪』。

 そうやって一体いくつの命を見捨てたのか、ソイツにはわからない。

 気づけば誰かが居なくなっている地獄で。

 何かを捨てないと、生きられない世界で。

 そんなところで生きていて、()()()()()なんてことはわかる筈もない。

 

 

 

「――体は」

 

 

 

 だから、これは自然な話だ。

 生きていれば誰もが知る道理。そしてソイツには知る由もない真理。

 いつしか他人の為になりたいと言ったソイツは、結果として誰かを見捨てて。

 

 

 

「――――剣で出来ている」

 

 

 

 自分の中の『人間』というモノすら、捨ててしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――毒の様な微睡みが身体に圧し掛かっている。

 

 

 銃口から放たれる音が空気を叩く。

 都合三回。手を伝っている黒く冷ややかな鉄と、腕の骨が直立し棒でも突き刺さったかのように錯覚させる強い衝撃が、肩口を通って虚空へと消えていく。

 

 手に収まれば意外なほど重く、驚くほど軽い引き鉄から放たれた弾丸は――『的』の急所である胸を貫かず、中心から少しズレた箇所で赤い粉塵をまき散らしていた。

 

「それで、評価は?」

 

「……文句なし、満点ですね」

 

「おお、なら――」

 

「ただし『私の動き』の中でなら、ですが」

 

「……やっぱり?」

 

 此処は『喫茶リコリコ』が所有する屋内射撃場。

 更衣室から繋がる床の仕込み扉を入り口にした、資金をふんだんにつぎ込んで作り上げたこの店が持つとっておきの一つである。

 

 取り繕わずに言えば、ここは『DA』の左遷支部だ。

それでもこの店がほぼ独立していると言って良い程の自治を許されているのは、千束と店長が持つ『DA』への強い影響力と信用に他ならない。

 

 この地下射撃場もその証拠の一つ。

 本部からの高強度任務だけでなく、『喫茶リコリコ』を直接通じて依頼を飛ばしてくる状況にも柔軟に対応できるように、あらゆる備えは万全にしなくてはならない。

 

 そんな防音に大量の弾薬、狙撃銃やら爆弾やらと武器庫染みた場所で、僕とたきなは朝の修練へと励んでいた。

 

「具体的にはどこを修正すれば?」

 

「それは……何て説明すれば良いのでしょうか……カナメさんは既に『型』があるので、私の『型』で撃とうとすれば合致していないのは当然の事と言うのでしょう」

 

「あー、つまりはさっきのたきなとの格闘訓練と同じだ」

 

 そう言って、割と容赦なくたきなを扱いた先の格闘訓練を思い出す。

 

 たきなの強い要望によって成立し、それを受諾した僕だが――そこら辺の教導に関しては手探りも良い所なのが現状だ。

 

 僕の動きは大枠で言えば『近接武器』による戦闘が前提となる。そしてたきなに教えるとなれば当然、射撃の術理を交えて鍛錬に組み込むことが必要となってくる。

 

「となると僕の動きの前提を組み換えるのは当然として、たきなの動きの改善も必要になるのか」

 

 何となしにぶつぶつと思考を巡らせるが、これがまた難しい。

 蛇ノ目さんとは違う、『射撃』という自分の旨味を理解しいる動き。そこに違うルールを持ち込むのだ。実戦で戦い抜いて来たたきなへの教導というのは、なまなかな手法では完遂することは不可能だろう。

 

 それこそ、僕自身も強くなるくらいでなければ。

  

 この射撃訓練はその一環だ。もとい僕自身の強化を考えた、リコリコの地下にいる理由である。

 僕が教えて、たきなが教える。

 僕に教えればたきなはもっと効率的に技術を習得できる。立派なギブ&テイクだ。

 

「……掻い摘んで言えば、そういうことなのではないですか?」

 

 だが、あまりにも一方的な展開であったことを今になってはっきりと思い出したのか。

 表情こそ微塵たりとも変化はないものの、ふいっと此方の謝罪に対して顔を背けているたきな。その表情からは隠しようの無い、僕の言葉に対して棘の様なモノを感じ取った類の反応だった。

 

 原因は言うまでないだろう。

 

「ま、負けず嫌い……」

 

「負けていません。訓練ですので」

 

 口を開けば開くほどたきなの表情はどこか膨れていくのがわかる。その様が不機嫌な子犬を見ているみたいで、少し和み……そうになるのを無理やり押さえつけた。

 

「ああ、ちがうちがう。ごめん、そんなつもりは無いんだよたきな、この通り……!」

 

「知りません」

 

「えーとえーと、あ、ほら! オヤツに作って来たわらび餅とか、きなこ餅とか……あ、すあまもあるぞ?」

 

「何でよりにもよって粉が舞うお菓子ばかりなんですか……貰いますけど」

 

 別に、食べ物に懐柔されたわけじゃありませんから、とジト目で僕を睨むたきな。

 

 滅相もない、と自家製和菓子を全てははーと差し出すと、少しばかり火薬臭くなってる和菓子を口に含む。口直しにあらかじめ淹れてきた珈琲も忘れない。

 

 先輩としての威厳もクソもない今の醜態。この姿に僕の中にいるイマジナリーな千束が爆笑してるのを幻視した。

 

「……そもそもどういう仕組みなのですか。カナメさんの動きは率直に言って、人間の動きから逸脱してると思います。普通あんな動きを人体から繰り出して、そのうえ戦闘を続けていたら確実に()()()()()()()()()

 

「それは……むしろ僕が知りたいというか」

 

 ――魔風。

 それがこれまで散々疑問視してきた僕の動き。()()()()から自然と浮かび上がってきた僕の体術の名称だった。

 

 僕に関する出自は今になっても全く以て不明なまま。ただ、この少な過ぎる情報から言えることが無いワケではない。

 

 

 

 僕の扱うコレは外法のモノ、即ち人を殺める為のモノで。

 

 

 

 これを()()()()()()()最期――僕は人間ではなくなるということだ。

 

 

 

「……」

 

「……顔色が悪くないですか? カナメさん」

 

「え、ああ、いや。そんなことないぞ」

 

 ぶんぶんと手を振って大丈夫だとサインを送り、ぐいっと珈琲を嗜む。

 

 ……たきなにも見抜かれてしまうとは、やはりまだまだ修行が足りない。

 これも全てあの妙な夢の所為だ。しばらく見ないと思ったらコレだから困る。

夢見が悪いだけで調子が崩れるなんて何の悪い冗談だ。なまじ、()()見終わっていない確信がどこかにあるぶん余計に質が悪い。

 

 まぁ、それだけ僕にとっては壮絶な光景だったのだけれども。

 

「本当に、なんなんだろ」

 

 それは僕の動きに対してだけではない。夢の中で()()()()()()()動きをする自分と、朝に見た夢に対する切実な疑問だ。

 

 人間が人間として扱われない世界。世紀末だってもう少し人間に優しいし、暗くて血生臭い光景は夢らしくない。こうしている今だって、この目に焼き付いている。

 

 匂いも音も、光や寒さもこの体はよく覚えている。

 

 

 まるで忘れるなと、言ってくるかのように。

 

 

「……それにこのメールも」

 

 そして奇妙と言えばつい朝がたに僕の端末に届いた、匿名希望のメール。

 そこには集合場所の住所と集合時間が記載されているだけで、送り主の名前以外に変わったところは見当たらない。『DA』特注のセキュリティソフトにもかけたところ、何か細工をされた形跡もなければウイルスが仕込まれているワケでもない。

 

 そんないつもと同じ、何の変哲もないメールに――僕自身が妙に嫌な予感を抱いているのが何とも不気味だった。

 

 そもそもどうやってこの端末に辿り着いたのか。どうして『一人で来て欲しい』などという特記事項が存在するのか。

 

 この気味悪さには覚えがある。

 それは忘れもしない――僕が戦う切っ掛けとなった、『金梟』のスーツ男と会った夜の時以来の感覚だった。

 

「どうかしましたか、カナメさん」

 

「……いや、仕事のメール」

 

「……浮気ですか?」

 

「異議あり! ナゼそうなる……ッ!」

 

 そんな切なる疑問と憂鬱は、たきなの奇天烈な発言によって跡形も無く吹き飛ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、午後十五時。

 たきなへの訓練とリコリコの通常業務の手伝いを終わらせて、今の僕はメールで指定された場所へ赴いていた。

 

 無論、完全武装で。

 匿名希望のメールに、ほとんど知らない僕の『DA』用のアドレスに辿り着く情報収集能力。この時点で既にこれ以上ないってくらい怪しいのに、罠を可能性を考えるなというのが無理な話だった。

 

 もっと言えば、こうして単独で指定場所に訪れていることも問題と言えよう。店長かたきな辺りの狙撃銃による監視が欲しいのが正直なところである。

 ……それで肝心の集合場所なのだが。

 

「……なにゆえ中華料理店?」

 

 この錦糸町でも大変珍しい、中華飯店だったのだ。

 困惑。混乱。狼狽。嫌な予感とは何だったのだろうかと言わんばかりの肩透かしが僕を直撃し、予定調和と言えばその通りの感情が僕の中で玉突き事故を起こす。

 

 名をイートン・泰山(たいざん)

 

 ザ・日本の商店街の店が立ち並ぶ中に一つだけ、中華の容貌を持つ店がそびえ立つ様はまさしく異様と言えた。昼下がりだというのに閉じ切った窓は客の出入りを功名に隠し、一周回って秘密基地じみた魅力を放っていた。

 

 そしてリコリコと同様、入り口近くに立てられた看板のおススメには『麻婆豆腐』と記載されている。

 

「……昼飯抜いてくればよかったか、なんて」

 

 などと魅力的な四文字に惹かれるがまま冗談を口にして、店の戸に手を掛けた。

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 僕が抱いていた楽観的思考は――店の中で待ち受けていた光景によって、その全てが吹き飛ばされた。

 

 

 

「やあ、竜胆要人くん」

 

 紺色のスーツに――『金梟』のバッジを施したジャケット。

 

 それはいつぞやの夜と同じだった。

 妙に浮ついた印象を持つ癖して、どこか厚みを感じる仕草。軽薄でなく堅物でなく。その掴み所の無さを体現している男は間違いなく。

 

 

 僕や千束を巻き込み、僕に戦う理由を与えた男の姿だった。

 

 

「――――」

 

 すっかり荒事に慣れ切った思考は自然に、意識と肉体を戦闘仕様に切り替える。

 ナイフはいつでも抜ける。ガバメントは装填済み。筋肉、内臓各種は戦闘に必要かつ最適な状態へと持っていく。

 

 だというのに。

 この男はひたすらあの時のまま――マーボーをかっ喰らっていた。

 

「おやおや、そんなに警戒する必要があるのかな?」

 

「……」

 

 僕と金梟の男の温度差に、思わず沈黙する。今度は窮地ゆえでなく、困惑が勝って。

 

 店内には本当に誰もいない。

 護衛らしき人間の存在も無く、立地的に狙撃の心配もないことも確認できている。

寂しい換気扇の回る音と、奥の厨房らしき場所でモノを焼いて鍋を振るう音だけが延々と耳の中を通っては消えていく。

 

 ひとまず座れよ、と男の言われるがまま彼の目の前の席に腰掛ける。

 の、だが。

 

「――――」

 

 やっぱり言葉が出ない。

 視線を下に落とせば、やっぱり麻婆豆腐がある。

 店内を充満するラー油と濃い山椒の香り。ぐつぐつと未だに煮立つ皿の中は、『ゲテモノ』的な旨味と辛さをこれ以上ないほど証明している。

 

 だというのに、目の前の男のレンゲは止まらない。

 はふはふ、もぐもぐと。男の息遣いと皿と口の間をただただ回転し続けるレンゲの音だけが嫌に店内に響き渡っている。

 

 ……だからまぁ、取り敢えず。

 

「あの」

 

「ん?」

 

「いったん、食べるのをやめてくれませんか」

 

 半ば懇願に近い形でソイツに問いかける。なんかこう、マーボーを口にしながらの会話の所為で、此方の緊張感とかそういうのが秒読みで台無しになっている。

 あと僕が抱いていたこの男への印象とか畏怖とかも込みで。

 

「ああ……すまない。なにぶん遅めの昼食だったものでね――では望み通り、本題に入ろうか」

 

「最初からそうしてくれ」

 

 敬語をかなぐり捨てて思わず本音を口にした僕は決して悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 

「さて、どこから話したモノかな」

 

 最後の一口の麻婆豆腐を平らげた男は自身の名を――吉松シンジであると名乗った。

 でも明かしたのはその名前だけで、吉松という男が何者であるのかとか重要な詳細は一切不明のまま。

 

 つけ入る隙も無く。未だに所在不明である僕の父を知る男で。

 リコリコの『仕事』の勝手口を認識し、メンバーに悟られず僕を誘い出す男で。

 物的証拠もないが、僕の学校を滅茶苦茶にした可能性のある最有力候補。

 そんな怪しさ満点の男が切り出した話というのは――僕に向けての依頼だった。

 

「ある人物の情報が欲しいんだよ。端的に言って追跡任務だね」

 

「本当に色々端折った話ですね……そんなのそこらの探偵にでも頼めば良いのでは?」

 

 なので他を当たってくれ。

 言外にそんな意を込めて出来る限り嫌味っぽく返す。正直な話、この男とはこれっきりにしたいので早めに話を切り上げたかった。少しでも早くリコリコという僕の癒し空間に戻して欲しい。

 

 だが当然それを汲み取る様な都合も背景も向こう側からしてみれば知ったことじゃなく、彼は持ち出した端末の画面を僕に掲示する。

 

「その探偵とやらが、近くに居れば良かったんだがね。生憎とそうもいかないのが厄介なところだよ」

 

 ――ウォールナット。

 

 無論、ただ木の実の事を指しているワケもなく偽名であるのは容易に想像できる。

 掲示された情報によれば、ネット黎明期から活動するスーパーハッカーなのだとか。

 

 そして『ウォールナット』というシステムの名にちなんでダークウェブ……いわばネットの裏側の住人たちよってそう名付けられたのだとか。

 

「いや、それこそ本当に本職のハッカーさんたちに依頼すれば良いのでは? 払いが良ければ彼らも動いてくれると思いますが……」

 

「そちらも既に手を打った。いわゆる天敵を用意したんだが……どこから情報を貰ったのか、巣穴が既にもぬけの殻だったモノでね」

 

「そこからの追跡は?」

 

「向こうが『本気』を出してきた、と言えばわかるかな?」

 

 ……なるほど、つまりその『天敵』とやらのハッカーですら追跡が不可能になるほどに、セキュリティレベルを上げるなりやらなにやらを駆使してきたと。

 

 そんなの電子機器の塊みたいな都心で隠れられたら、都市に擬態する要塞に近いだろう。ならばリコリコの戸を叩いて来たのも頷ける。

 

 そこで問題と言えば。

 この男の手法と()()から考えて、あることを確信してしまったことだろうか。

 

「……ちなみに突き止めた情報は何に使うので?」

 

「それ以上、と言うのなら別料金になるが? もっとも引き受けてくれるのなら報酬は弾むが」

 

 成程――要するに『口封じ』と。

 

 最初から察しはついていたが、読めてきた。やはり碌でもない事を考える男の依頼など碌でも無くて当然だった。いや、物的証拠があるワケじゃないのだけれども。

 

 兎にも角にも、つまりはウォールナットというハッカーはこの男の知ってはいけないことを知ってしまって。

 

 自分の手を直接汚さず、僕に殺害の令を下そうとしていると。

 

「……」

 

「さて、話は以上だ。返答を聞こうじゃないか」

 

 中華飯店の室内が見えない針でささくれ立つ。鞘から覗く刃がまだかまだかと刀身を晒す如き緊張が僕の中を巡っている。

 

 沈黙している僕にまるで毒の様な柔らかい笑顔を浮かべている。吉松はあくまで朗らかに僕を見つめていた。

 

 もっとも此方の返答は決まっている。

 

 護ると誓った。不平等に人を助ける女の子を僕は護り続けると。不殺(ちかい)を貫き、あの子が喫茶店で笑って生きていける様に。

 

 

 だからお断りだと。

 

 

 そう口にしようとして――。

 

 

 

 

「何を迷う必要がある。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「え――――?」

 

 ――どくん、と。

 

 心臓を鷲づかみされる様な感覚が、強い呪詛の様に胸でわだかまった。

 

 僕を見つめる吉松からは先程まで感じていた浮つき、虚ろにすら見える姿はどこにもいない。

その静かな表情はさも罪人を裁判にかける、冷徹な裁定者のソレであった。

 

「何を、言って」

 

「随分と人間らしい反応をするじゃないか。擬態……というワケでも無さそうだ」

 

 何を言っているのかこの男は……?

 思考が纏まらない。気道が酸素を求めてるのに一向に吸い込もうとしない。ぐるぐると抜け出せない渦巻によって身動きがとれない思考が、考えるという行為そのものを僕に放棄させようとしている。

 

 わからない、本当にわからない――わかりたくない。

 

 血の匂いが戻ってくる。暗い森が僕の現実に纏わりついて、山の中に響き渡る獣たちの嗤い声がこっちにやってくる。

 

 それじゃまるで。

 

 

 

「わからなかったか? くだらない人間ごっこなどやめて、キミに与えられた役割を、使命を全うしろと。そう言ったんだよ竜胆くん」

 

 

 

 ――あの『夢』が現実だと言っている様なものじゃないか。

 

 

 

「…………違う、僕は――」

 

「おっと、こっちはちょっとした老婆心のつもりだよ? 意味の無いモノに意味を与える。そんな大変素晴らしいモノに気づかずに生きているなんて――それこそ残酷だとは思わないかい?」

 

 そう言って吉松は席を立った。

 その昆虫の様な瞳で僕を見据えてたまま。

 

 

 

「何の為にキミが『山』の中から出て来て『確保』されたのか。それをじっくり考えておくと良い。でなければキミを完成させた彼女と君の父があまりにも浮かばれない」

 

 

 

 違う。

 そう答えたいのに、否定できない冷静な自分がいることに余計混乱した。

 

 

 

「キミを生み出した連中は、キミに人間らしさなど求めちゃいない」

 

 

 

「今のキミは誰かの血で、名前の無い才能を犠牲にしたうえで生きながらえている」

 

 

 

「故に――使命を果たせ、竜胆要人。キミには生きる権利はもとより、その義務を果たす為に生まれたのだから」

 

 

 

 

 

 




今回はここまで。

吉松登場回&山育ちの素性が少し露わに。そしてメンタルの決壊。
まぁ、大事なモノが出来ず奪われてばかりのヤツが大事なモノが何かなんてわかる筈もない。
だから簡単に大事なモノを手放せるってだけの話。それがどれだけ愚かなことでも。

そして吉松シンジが道具に求めるモノ。
立つ鳥跡を濁さず。冷徹に、冷血にその役目を遂行することを何よりも欲している。
故に人間らしさなど、彼にとっては最も唾棄すべきものなのかもしれない。

感想、誤字報告ありがとうございます。特にテキスト全体のうち半分の文量の誤字修正を送ってくれたユーザーさんにはホントに感謝。


次回、山育ちは彼岸花の家に行く。


それでは。
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