山育ちの竜胆と不殺の彼岸花   作:トウチ亀

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ファンブックが届いたので投稿です。


2話

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――どうしてこうなったのか。

 

 

 女の子の部屋の香りがする。

 産まれてこのかた女性らしい女性とのやり取りなど片手で数える程度のもの。だが、それが異性のモノであると確信できる直感が僕の中を迸っていた。

 暖色系の色合いで揃えられた部屋全体はモデルハウスみたく整い、橙色のカーペットと二つの緑のソファは宿主の気性というか『らしさ』をこのうえなく表現している。

 

 かっちんと硬直した体。緊張は全身に、羞恥や焦りは骨の髄にまで及ぶ。

初めての体験によって視界はその情報量に圧倒され、落ち着こうとすればするほど胸から来る高鳴りが体全体を伝導しているのをおのずと理解させられる。

 

そしてそんな場所でどうして僕は。

 

「カナメくん、カナメくん?」

 

「んえ?」

 

「味見してみて」

 

 

 隣でエプロン姿の千束の姿を拝むことになっているのだろうか。

 

 

「えっと、千束?」

 

 ずいっと押し出される白い小鉢。黙々とレタスを千切っていた僕に向かって、綺麗な白い髪が肉薄する。

 

 ……説明を求めるのは野暮というものだろうか。それとも一周回って誠実さの証明にでもなるのだろうか。

 なんて、そんな言い訳染みた謎理論を頭の中で展開しているワケだが。

 

 さもありなん、そんなのは千束の可愛さの前では現実逃避にもなりやしない。

 

「ん……ちょっと待ってね」

 

 間近でふーふーと器の中身に吐息を吹きかけるのを見て、一気に顔が熱くなった。

 

「ち、千束さん?」

 

「ん」

 

「っ……」

 

 ごくりと唾を飲み込む。視線を落とせば、小鉢にはどろりと湯気が立つ黄色いソースが食欲を誘う香りを放ち続けていた。

 

 赤くてまん丸な彼女の瞳が僕を見つめている。

 薄く笑みを描く口元に目線が吸い付き――そのすごく優しい顔に、僕は何も言えなくなって。

 

 されるがまま、彼女は僕の口に添えられた小鉢を傾けた。

 

「ど? 美味しいでしょ。千束特製カレー」

 

「……うん、良いんじゃない?」

 

「やった! カナメくん料理する系の男子だから千束さんも緊張したぜ……」

 

「言っておくけど、千束が作ったものにケチなんかつけないぞ、僕は」

 

「女の子的な面子の問題ですので、口出ししない」

 

 そうやって悪戯っぽく笑う千束は、るんるんと機嫌良さげに鍋に向き直った。

 

「……」

 

 ぼうっと、そんな彼女を見つめる僕の顔はきっと、間抜けに違いない。

 

 リコリスの制服の上から羽織った白いエプロンと、小躍りする度に揺れる白い髪は

喜びに満ちた犬の尻尾を連想させた。

 

 耳を撫でる心地の良い鈴の鼻唄、こぽこぽと煮立つ鍋の音は安らぎを与え、どこか落ち着かない胸の中を包み込むように静めてくれる。

 

 そんな夕餉を用意する風景の中にいる千束を見ていると――隣に立っている自分が無性に恥ずかしくなって、誤魔化す様に皿に盛りつけたレタスを無駄に整えていた。

 

「いやホントに……どうして、どうせいと……え、同棲?」

 

「カナメくーん、お皿出しといてくれるー?」

 

「あ、はい」

 

 なんなんだろうかこれ、と思わず呟きたくなるこの状況。心なしか幻聴まで聞こえてくる。

 あまりにも情けない今の自分をつい殴り飛ばしたくなるが、生憎と此処は人様の家であり、その様な粗相は出来ない。

 

 その代わりと言わんばかりに、霞がかかった様にはっきりしない頭は現在の状況をぼんやり――千束の家にお邪魔した経緯を振り返るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨の匂いがする。

 嗅覚に土の気が混じって、コンクリートから僅かに感じ取れる不釣り合いな熱が、空から来たる冷ややかな空気を押し返しているのがわかった。

 

 湿気を帯びた空気が重く全身に圧し掛かっている。帰る場所を目指す足取りは酷く曖昧で、見知った道だというのに知らない場所へと迷い込んだのだと錯覚する。

 

 その理由は、自分でもわかっていた。

 

 

 ――――何を迷う必要がある。殺人の為に生まれたキミが。

 

 

「……キツイなぁ」

 

 蘇った言葉に思わず心が揺らぐ。

 当然だと、何を言っていると。胸を張って誇れていた筈の部分が何気ない一言がきっかけで、あまりにも脆く崩れ去ってしまいそうになっている。

 

 僕は千束やリコリコのみんなから、沢山の得難いモノを貰っている筈なのに。

 

 曇天の空模様はまるで此方の心を現している様で、それがまた胸の奥を締め付けた。敷き詰められた雲には余裕がなく、今か今かと本命たる雨を地上へ落そうとしている。

 

 

 ――――人間ごっこなどやめろ。

 

 

 意味がないと、吉松は言った。

 役割を果たせと、あの男は言った。

 まるで不調を訴えた機械に対して苛立ちを覚えるみたいに。

 おかしな話だ。僕はこうして、生きているというのに。

 

「絶対に違うだろ、それは」

 

 ぐちゃぐちゃになった頭の中身を代弁するのは子ども染みた否定。苦悶の代わりに口から零れる言葉はあまりにも弱々しい。

 ……吉松シンジの言葉を無視するのは簡単だ。忘れてしまえばいい。否定したまま日常に戻って、何事も無かった様に過ごせばいい。

 

 そも、碌に知らない人間からの期待なんて端からくそ喰らえだ。

 僕は兵器じゃないと。僕も同じ人間だと言ってしまえば良い。それを信じてこれからも前に進み続ければ、竜胆要人は変わらず戦い続けられる。

 

 それだけで良い、筈なのに。

 

「……あー……重症だな、これ」

 

 重い足取りはいつのまにか『喫茶リコリコ』の眼前にまで及んでいた。これほど執着している筈なのに接近に気づけないなどなんて皮肉だろうか。あるいは、無意識レベルで帰ってくる場所として認識していることを褒めるべきが。

 

 何もわからない。何も何も、僕にはわからない。

 

 どうしても、あの『夢』が忘れることを許してくれない。

 

 

 ――――裏切るのか、と。

 

 

 そんな契約を呼びかける悪魔の囁きを聞く度に、心が欠けそうになっている。

 

「……ただいま」

 

 そんな心持ちが晴れないまま、手は『喫茶リコリコ』の扉を開いた。

 

 なるべくいつも通りに、誰にも心配をかけない様に気を付けて――。

 

 

「――へぶんッ!?」

 

 

 ――顔面にケーキが衝突して、それらは一瞬にしてご破算になった。

 

 

「い、一転して最悪の状況じゃない……」

 

「あちゃー……えーと、カナメくん大丈夫?」

 

「……」

 

 息を呑む千束とミズキさんの声に溜息をつきたくなる。だがお生憎様、ツッコむ気力も失せているのが悲しい現状だ。

 

 顔面に張り付いたケーキを近くの皿に乗せる。眼鏡が一緒に持ってかれなかったのは幸いか、きっと今の僕の顔は安っぽい番組企画みたいに滑稽な醜態をさらしているに違いない。

 

 もっとも、それにすら何かモノを言う気力も今は湧かないのだけれども。

 

「……いや、どういう状況?」

 

 だがそれはそれとして。

 ぐしぐしと眼鏡のレンズについたクリームを拭うと、そこには意味のわからない光景だけが広がっていた。

 

 リコリコの着物姿でブリッジしながら震えている千束。お盆を抱えたままうつ伏せ気絶しているたきな。そしてフォークを構えたままのミズキさん。

 

 説明できる人間が軒並み壊滅していて、思わず頭を抱えたくなる現実が目の前にはあった。

 

「っ! カナメさん、おかえりなさい」

 

「うお、急に起きるなホント。大丈夫か二人とも」

 

「あ″ぁー……取り敢えずね。おかえり、カナメくん」

 

 がばっとうつ伏せの急停止から起き上がりの急加速。

 そのまま僕を発見するたきなの姿に思わず驚愕する。ブリッジから解放された千束も同様にその場に崩れて疲れた表情を隠さない。

 

「うん、ただいま……それで、何があった?」

 

 起き上がる二人に手を貸しながら彼女らに問う。

 

 いや、たきながコケて千束がケーキを避けたくらいのことはわかるのだけど。ケーキ投擲という稀に見る珍事態の当事者になった所為で、前後の繋がりが全く理解できない。

 

「ぶふっ、ごめ、でも顔に、クリーム……! 早く拭けよこいつ……!」

 

「……」

 

 そしてクリームをつけたままの僕を視界の外にはミズキさんが密かに笑みを吹き出しているのを捉えた。許さない。

 

 アレで隠せてる気があるのなら僕はミズキさんの脳の作りを疑う。

 

「ミズキ笑わない。カナメくんはこっち向いてホラ……いや、あんね、たきながケーキを作ってたんだけど……仕上げが終わったまでは良かった、うむ」

 

「そこで僕が帰ってくる気配がしたと?」

 

 ごしごしと顔を布巾で拭いてくれている千束に問う。

 

 このケーキをたきなが作ったのは理解出来た。だがそれがどうして、ケーキ作りという本格的クッキングに繋がるのだろうか。

 

「何かの試作? それだったら僕とか店長に相談してからでも良かったのに」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

「……?」

 

 そんなたきなと言えば。僕の視線に気づいたかと思えば誤魔化す様に、もじもじと着物の着付けを正している。

 

「その、カナメさんは朝に元気が無かったので……甘いモノでも食べれば、元気になってくれるかな、と」

 

「……僕の為に?」

 

「失敗、しちゃいましたけど」

 

 明らかに意気消沈した様子のたきなの姿を見て千束は無言で、彼女の背中に手を当てている。苦笑いを浮かべながら行っているソレは、ミズキさんよりよっぽど自立した大人の女性に見えた。

 

「そっか……そうなんだ」

 

 そんなたきなの様子に、僕は何となくだけど救われた気がするのは不謹慎だろうか。

 さっきまで立ち込めていた胸の中の暗がりにほんの少しだけ日が差し込む。たきなのとても献身的で健気な行動とその理由に、思わず――たきなの頭に手が伸びた。

 

 知る限り優しく。整えた髪が崩れない程度に。僕に用意できるかわからないけど、出来る限りたくさんの感謝と親愛を込めて。

 運が悪かっただけで失敗したわけじゃないと、彼女に知って貰う為に。

 

「良い子だなぁ、たきなは」

 

「……子ども扱いしてます?」

 

「それこそまさかだ。たきなを見てたらこう、僕の方がよっぽど子どもなんじゃないかって思ったくらいだ。ありがとうね」

 

「…………そういう物言いが子ども扱いって言うんです」

 

 ジト目で此方を見据えているものの、頭の上に乗った手を払い除けない所為で説得力が皆無なソレに苦笑いが零れた。

 

 こんなにも、たきなは成長している。

 

 冷然とした態度は今や遠ざかり、こうしてリコリコに順調に馴染んできているのがその証拠だ。

 

 きっと――彼女が心の底から笑える日もそう遠くないだろう。

 

「……カナメくん?」

 

「……」

 

 それに対して僕はどうだろう。

 

 確実に人間として成長していくたきなに対して、僕はちゃんとやれているだろうか。

 

 僕が望んだ『人間』の姿に、今はちゃんとなれているのか不安だ。不安で不安でたまらない。

 

 悩むのとは、何だか違う気がする。

 悩むとは前進すること。未知だと知ったうえで、苦行を承知の上で前に進み続けることを決めた選択の先に存在するモノの事を指すのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()筈なのに足踏みしている僕が抱えるものはたきなの様な高尚なモノでなく、ただの『停滞』と言えるだろう。

 

 だがそれでも。

 どれだけ身勝手でも、子ども染みたワガママだとしても、考えずにはいられない。

 

 

 

 どうして僕はいつもいつも――あの綺麗な世界の一員になれないんだろうって。

 

 

 

「――カナメくん、仕事先で何かあったでしょ」

 

 しかもそんな僕の胸の内を。

 よりにもよって一番知られたくなかった人に、見抜かれてしまった。

 

「いや別に――ッ!?」

 

 なんともない、という言葉は続かない。

 

 迫る千束の美貌に、脈が跳ね上がった。両頬に触れる柔らかくも鍛えられた肌が何なのかと判断した頃には、茹で上がった脳みそがそれを即座に把握する。

 

 じっと此方を見つめる赤い瞳。目に優しい白い髪。

 動くなんてとんでもない。

 何故なら、千束の両手が僕の顔を挟んで抵抗を許さなかったからだ。

 

「うーんこれは……ミズキー、この後シフト二人で回せる?」

 

「あー……ま、カナメがそんなんだし。良いわよ今回は」

 

「ん。ありがと」

 

 そう言って千束は僕から手を放すと、いそいそとリコリコの片づけをしていく。皿へ避難させたケーキを持ち帰り用の箱に梱包して、座敷に積み重ねていた座布団をまいたりなど最低限の準備を進めていた。

 

「んじゃ千束。ソイツ元に戻しておけよ~」

 

「お任せあれ~。たきな、ミズキとよろしくね」

 

「あの、やっぱりなにか……?」

 

「あーいーのよたきな。千束に任せておけば。寧ろアンタ良くやった方だわ。ファインプレーよ」

 

「は、はぁ」

 

 そんな状況へ僕と同じ様に疑問を覚えたたきなをミズキさんが奥へ奥へと押しのけると、改めて千束は僕に言った。

 

「ほらカナメくんも。私も着替えたら直ぐに行くから」

 

「行くったって……どこに?」

 

 それこそ、今まで考えていた事を跡形も無く吹き飛ばすくらいぶっ飛んだ提案を。

 その時の僕は、どんな表情をしていたのだろう。

 

「どこって、私んちだけど?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 少なくとも、人に見せられたモノじゃない事だけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――セーフハウス一号。

 敵に拠点を悟られることを避け『DA』の管轄であるマンションの一室を改造して作り上げた『忍者屋敷』が、千束の自宅の名称であり正体だった。

 元々その戦闘方針から千束は敵を作りやすく、恨みを買いやすい。逆恨みした敵が千束を襲撃するなんてことはよくある話だった。

 

 家自体には驚かなかった。なにせ、()()()()()()()()()()()()だし、むしろ『罠』を仕掛けていない時点で大分温情というか良心的な作りをしてるというのが正直な感想だった。

 

 そしてかれこれ数時間。

 カレーの材料やら映画を観る時の菓子類その他もろもろをスーパーで購入して千束と共に帰路につき、現在に至る。

 

「たはっー。いやー、カレー美味しかったねー」

 

「うん、本当に美味しかった。というか人が作った夕飯を食べること自体僕としては珍しいかも」

 

「夜の賄い作るのいつもカナメくんだもんねー」

 

 どかっとリビングに設けられたソファに腰掛ける僕と千束。

 

 実際、彼女が作ってくれたカレーは大変美味だった。

 

 お腹は程よい満腹感によって満たされており、同時に皿洗いなどの食後の雑務を済ませた今に至っては謎めいた充足感が体を巡っている。

 

 デザートとして食べたたきなのケーキもそうだ。

 味は勿論。僕の顔の所為でぐちゃぐちゃになったけど――たきなの優しさが、結構キていた心の髄に浸透していた。

 

 そう、何も問題はない。

 だが問題、というか滅茶苦茶気になっていることがあるとすれば、それは。

 

「ありがとう千束。風呂まで貰っちゃって……」

 

「ふふふ、いーよー……私もその、役得だし」

 

「なんだそりゃ」

 

 気になる点があるとすれば――千束の恰好だろう。

 

 今の千束は寝間着姿だった。上下は綺麗に白の生地で揃えられ、肩口の桃色のフリルを模した肩紐が彼女のパーソナルカラーを主張する。

 風呂上りということもあって僅かに上気して覗く肩は、彼女の強さを全く伺わせないほど小さく、そして愛らしい。

 

 金色混じりの白髪は普段と違って二つに分けて結ばれ、少なくとも外では絶対に見られない幼さを残す千束を垣間見ることが出来た。

 

「――――」

 

「か、カナメくーん……その、そんなにじっくり見られると私もどうして良いかわかんなくなるというか。無理して言葉にしなくても色々伝わってるから……あはは、久々だねこの感じ」

 

「…………ウス」

 

 言葉にしようとすると詰まって。

 視線が合うと恥ずかしいのに、それが向こうも同じだということが妙に嬉しくて。

 

 だから問題なんてあるワケがない。こうしている今も、秒読みで僕は癒されている。

 

 ただ二人きりでお互いに寝間着でいるというこの状況が、その事実が何だかこう、胸にくるモノがあるのだ。

 

「……カナメくんはこういうの、好き?」

 

「どうだろう……千束だから、かも?」

 

 千束の寝間着姿を指しているのなら、と思わずそのまま答える。

 

 そして沈黙。しまった、と思った頃にはもう遅い。風呂によって残留していた僅かな熱を、湯の熱とは違う別種の熱が押しのけて頭のてっぺんに到達する。

 

 僕と言えばそういうコトを聞いてきてくれたことが嬉しくて小躍りしそうで。千束と言えば顔に集中する羞恥を抑え込む様にこめかみに手を当てている。

 

 色ボケと指摘するミズキさんを否定できないと、密かに思った。

 

「……」

 

 だけど午後の出来事を思い返すと、何となく不安になった。

 だから何となく。本当に何となくだ。この心地の良い熱を、目の前のこの子から生まれる温かさをどこにも逃がしたくなくて。

 

 自分でもどうかと思うくらい、千束に近づいた。

 

「……」

 

 千束に拒む様子は無い。むしろおいで、と言わんばかりに片手を広げていて此方を手招きしている様にしか見えない。

 

 肩と肩が繋がるゼロの距離。交わらない言葉に気まずさはなく、ただただ千束の慈しみがこもっていた。

 

 手持ち無沙汰になっていた彼女の左手、僕の右手は玩ぶ様に互いに触れ合って――やがて静かに重なっていた。

 

「じゃあ予定通り、映画でも観よっか」

 

「……ありがとう」

 

「うん」

 

 そしてあらかじめセッティングしておいたディスクを再生する。

 

 なんの偶然か――映画の内容は言わば『怪物と成り果てた少女を愛する少年』の物語だった。

 

 少女は罪人だった。それも彼女が望んだワケじゃなく、周囲の環境や望みが、結果的に彼女を罪人にしてしまっただけ。

 

 だがそれでも、こびりついてしまった血とその匂いは拭えない。

 どんな善行を積んだとしても償い切れない罪が、そこにはあったのだ。

 

「千束はさ」

 

「ん?」

 

「今日はどうして僕を誘ってくれたんだ?」

 

 映画が終盤へと移行する最中のこと。リコリコを去ってから聞けずじまいだった疑問を千束に投げかけた。

 映像では、主人公たる少年が少女の抱える罪を知る場面が流れている。

 

「うーん……そうだねぇー……」

 

 肩が押される。離れて欲しい、という意味合いかと一瞬勘ぐって悲しくなるが、直ぐにそれらの懸念は否定される。

 

 千束が頭から倒れ込んだ先には、僕の膝があったからだ。

 

「女の勘、じゃ駄目かな?」

 

「……女とか言える歳じゃないでしょ、まだ」

 

「あ、そういうこと言うー。そこはサラッと流すとこだよ」

 

「だから『まだ』って言ったのに……」

 

「んふふ、なぁにそれ」

 

 僕を見上げる千束の顔。僕のももを伝う千束の温もりと髪の感触。手の甲とか指の背で彼女の頬を撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細めて、僕の手を握ってくれる。

 絶対に手放したくないと思える、愛しさと慈しみで僕の胸はいっぱいになっている。

 

 だからだろう。まるで心の淀みを払い除ける様に、知られまい知られたくないと重かった口は容易にその中身をさらけ出した。

 

「……例えば、さ」

 

「うん」

 

「その人に『役割』があったとして」

 

「……うん」

 

「――そのため以外に生きたら、その人はもう人間ですらないのかな」

 

 それはずっと考えてきたことだった。

 それは竜胆要人という人間が、この様な力を持って今ここで生きている理由。

 

 自慢じゃないが、僕は決して万能でも無ければ天才でも無い。

 

 だからこそ、誰かがやったことしか出来ない。中身の無い容れモノだと思っていた自分がその実、何者であるかと決定づけられていた。

 

 だってその容れ物の中身は――血の匂いが纏わりついてるのだから。

 

「……」

 

 千束からの返答はない。言いたいことは言った。

 肯定されるのだろうか。それともこんなに情けない自分に対して失望されるのか。何もわからない。

 

 だが僕の言い分が正しければ

 画面の中の少女は、自分の罪を少年へと告白している。

 だけど返ってきたのはそのどちらでもない。

 

 

 「ううん。ちゃんと人間だよ、カナメくんは」

 

 

 それは紛れもなく、僕の言葉を否定するものだった。

 

 

 ――――液晶に映っている少年は、罪に悲しむ少女を抱き締めている。

 

 

「……どうして」

 

「だって――カナメくんさっきからずっと、泣きそうな顔してる」

 

「……涙なんて出てないけど」

 

「そうだね……泣けたら、もっと良いのにね」

 

 そう言うと千束は一瞬、悲しそうに顔を伏せた。

 だけどそれもすぐに引っ込んで、流れない涙の跡を拭うみたいに僕の頬を撫でる。

 

 

「カナメくんは、なりたい自分になれば良いんだよ」

 

 

「苦しいと思う。でも私はカナメくんに罪で選んだ道を歩いて欲しくない」

 

 

「もしカナメくんが怪物になっちゃったとしても、大丈夫」

 

 

 

「私が見つける」

 

 

 

「私がカナメくんを、独りにしないから」

 

 

 

 ――――それが千束の答え。

 どれだけ迷っても大丈夫と言ってくれた。

 なら僕がとるべき選択は、あの男へ返すべき言葉は決まっている。

 

 

 

「ありがとう」

 

「……元気になった?」

 

「うん」

 

「そっかぁ……よかった」

 

 

 そりゃこれだけの激励を送られたのだ。それに応えなきゃ男じゃない。

 そう答えると千束は笑って――膝に頭を乗せたまま。僕みたいな瞳で、僕のお腹に顔を押し付けた。

 

 

 

 

 千束が僕を見つけてくれている限り。

 

 

 

 僕は『不殺』を張り続ける。

 

 

 

 そこにどんな罪が待っていたとしても。

 

 

 

 

 だって誰かを助けたいって願いが――間違いなわけないんだから。

 

 

 

 

 

 




というワケで今回はここまで。

山育ちが千束の手によって人間に戻れた様に。
千束も彼の前では、ただの女の子に戻れるって話。

今回も感想、誤字報告ありがとうございます。
新規さんも徐々に増えているので、感想でもよろしければヨロシクやってくれれば幸い。感想によってワイは加速する。

それでは。
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